月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第89話 真犯人を追え……?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 各地に散っていたチームが全て帰還。申し込みが締め切られ、武術競技会の参加者が確定した。参加者数は過去最大。一方で上級騎士の参加は予定外の少なさとなった。開催決定時から参加が確定していたシュバルツとアーテルハイド、そしてルイーサ以外では、ジギワルドと戦車の称号を持つベルントの二人だけ。全員が戦闘能力を持っているわけではないが、それでも五人というのは少ない。

「やはり、テレル殿も参加するべきでしたね? 今からでも申し込みますか?」

 その結果を受けて、アーテルハイドは不参加を決めているテレルに申し込みを促した。

「俺が参加しないのはルールのせいだ。いくら胸から下しか攻撃しないといっても、当たれば大怪我をさせてしまうからな」

 大会には当然、実戦とは異なるルールがある。特殊能力を使った上で、無条件で戦っては大怪我どころか死者が出てしまう。そうならない為のルールだ。首から上への攻撃は禁止。許されている場所への攻撃も、大怪我をさせない程度に手加減が必要だ。
 だがこのルールに対応出来ない上級騎士もいる。テレルもその一人だ。

「特殊能力を使わなければ良いではないですか?」

 テレルの剛力で攻撃されれば、間違いなく大怪我になる。そうであれば能力を使わなければ良い。ベルントはそうやって対応する。彼の能力は豪剣。大会用の模擬剣であっても人の体を切り裂くくらいの力があるので、使えないのだ。

「考えてみろ。俺が手加減して動いていたら、ただのノロマ。勝てるはずがない」

 剛力を使って、馬鹿長い鉄棒を振り回して戦うのがテレルの戦闘スタイル。能力を使うことなく、さらに怪我をさせないように手加減しては、攻撃が当たるはずがないとテレルは考えている。

「そうかもしれませんけど……」

 上級騎士相手であればテレルの言う通り、勝てないかもしれない。だが、鉄の棒を木の棒に持ち換えて、さらに手加減しても従士相手では十分に勝てる力がテレルにはある。

「良いではないか。従士たちに機会を与えるという点では、もっと少なくても良いくらいだ」

 従士の参加は、上級騎士とは逆に、思っていた以上に多い。勝ち抜けば上級騎士になれる。これは特殊能力保有者以外に、初めて開かれた上級騎士への道。この褒賞が従士たちにとってはかなり魅力的なのだとテレルは思っている。

「遅くても準々決勝では当たるわけですか……最低でも三勝ですから、厳しいでしょうね?」

 従士が上級騎士に三連勝する。まずあり得ないことだ。

「それでも多くの参加者がいる、良いことではないか」

 不可能だと分かっていても、挑戦する気持ちが多くの従士たちにはある。それをテレルは喜んでいるのだが。

「それが……上位に食い込めれば、好きなチームに移れるという話が、一人歩きしているそうです」

「おい? それは問題だろ?」

 参加者が多いのが、アーテルハイドの言うような事情であれば、テレルも喜んではいられない。それだけ今のチームに不満を持っている従士がいるということになってしまう。

「確かに問題なのですが……これがまた、どうやら愚者が原因でして」

「またあの男か? 今度は何だ?」

 問題の影には常にシュバルツがいる。近年は戻ってくる度にシュバルツが起こした出来事を聞かされているので、テレルはそんな風に思ってしまっている。間違っているとは言い切れない。

「チームとしての愚者の活躍はかなりのものです。自分も愚者の従士になりたいと思う者が出てもおかしくありません。目立つというだけでなく、稼ぎも違いますから」

 任務達成の報酬だけでも、テレルの力やベルントの戦車のように前線に配置されているチームは別にして、他チームより抜きん出ている。さらに愚者のメンバーは中央諸国連合からの報奨金も受け取っている。若手では今もっとも稼いでいるチームなのだ。

「なるほど。傭兵であれば稼げる仕事をしたいと思うのも当然か」

「さらに愚者のチームは、人数的にはまだまだ増やす余地があります。外から見るとそう思えるというだけですけど」

 愚者の従士は五人。戦闘チームとしては他チームに比べて少ない。多ければ十五人、少なくとも五人くらいの枠はあると周囲は考えているのだ。

「あの男の従士になりたいと思う理由は分かった。だが、どうしてそれと競技会が結びつく?」

 稼げるチームに入りたいと考えるのは傭兵であれば当然のこと。愚者にはまだ従士を増やす余地があることも分かった。だがそれが競技会で成績を競うことに繋がる理由がテレルには分からない。

「その点についてははっきりと分かっていません。愚者は志願者をすべて拒否しているようですが、競技会で実力を示せばさすがに受け入れてもらえるのではないかと、勝手に考えているのではないでしょうか?」

「実力を示すだけであれば、最後まで勝ち抜けなくても良いというわけか」

 参加する上級騎士に勝てる可能性は極めて低い。上級騎士への道は開かれたといっても、そこを抜けるのはまず不可能なのだ。だが多くの従士たちの目的は、最後まで勝ち抜くことではなく、自分の実力をシュバルツに認めさせること。それであれば目的を果たせる可能性はある。あると考えている従士たちが参加を申し込んだのだ。

「実際にその自信に見合うだけの実力があるのであれば、それはそれで問題だと思いますけど」

「どういうことだ?」

 実力ある従士の存在をアーテルハイドは問題と言う。テレルにはその意図が分からない。

「そういう才能が埋もれていたということになるのではないかと思いました」

「……確かにそうだが……実際にいるかは微妙ではないか?」

 従士試験以降、傭兵団幹部が合格した彼らの実力を知る機会はほとんどない。任務の成果はチーム全体のもの。チームを率いる上級騎士のもの。従士一人一人の活躍までは、特別に詳しい報告を求めた任務以外ば分からない。
 実際に埋もれた才能が存在するとすれば、そういった傭兵団の仕組みの問題。それをテレルは素直に認めることが出来なかった。

「クローヴィスは短期間で驚くほど強くなりました」

「……セーレンもだ」

「二人の才能はある程度、我々も分かっていました。ですが、才能を持つのが二人だけだと思うのは、ただの身びいきではありませんか?」

 クローヴィスとセーレンは、特殊能力はなくても、剣の才能がある。鍛えれば成長することは分かっており、実際に成長した。二人と同じくらいの才能を持ちながら、育っていない従士がいる可能性をアーテルハイドは考えている。

「……従士を育てる為の仕組みか。俺の苦手な分野だな」

 強いから傭兵になる。強いから生き残れて金を稼げる。これがテレルの考え。もちろん、自分のチームのメンバーを鍛えることはしているが、それは未熟な従士を一人前にするというようなものではなかった。そもそも未熟な従士はチームに入れていない。

「愚者に預けて強くなるのであれば、いくらでも預けたいところですが」

「あの男がそんなことを引き受けるはずがない」

 そんな面倒なことを、まして仲間と認めていない相手を鍛えることなどシュバルツはしない。間違ってはいない。だが、やり方次第で引き受けさせることは出来る。パラストブルク王国のゴードン将軍は、それに成功しているのだ。

「やりようですが……今は良い方法がありません」

 アーテルハイドはそれを知っている。クローヴィスから任務中の様子を詳しく聞いているのだ。愚者に任務を与えた上で、従士をまとめて同行させる。それで、その任務に生き残る為に必要な鍛錬をシュバルツは行うはずだ。だが、それを行うのにちょうど良い任務がない。他チームの従士だけを任務に同行させる仕組みもない。

「……いっそのこと、俺かベルントと交代させるか?」

 愚者に最前線での任務を与えれば、嫌でも人数を増やさざるを得ない。

「考えて良いのであれば、考えさせてもらいます」

「……傭兵団の為になるのであれば、それも有りだな」

 最前線の任務から外されることには、少し抵抗がある。最前線を任されるのは信頼の証。任せられる実力あると認められた証だ。その証を失うのは寂しい。だが、それがアルカナ傭兵団にとって良いことであれば、受け入れるしかないとテレルは思う。そういう時が来てしまったのかとも思った。

 

 

◆◆◆

 ヘルツが働いていたのは歓楽街の中でも表通りに近い場所にある店。踊り子たちによる華やかなショーが売り物の店だ。どうやってそこに潜り込んだのかは、黒狼団のメンバーたちも分からない。彼らが知っているヘルツの職場は、歓楽街の奥にある、もっと卑猥な踊りを見せる、金を払えば性接待も受けられる店だったのだ。その頃の彼女が悪い薬に関わっていないのは、まず間違いない。商品である踊り子を使い物にならなくするような馬鹿な真似をする店ではないのだ。
 ヘルツが薬と接点を持ったのは新しい店に移った後。そう考えて、黒狼団は調査を始めていた。

「……さらにもう一枚。これでどうだ?」

 クロイツはテーブルの上にもう一枚、金貨を積み上げて、相手の反応を探る。

「……いくら金を積まれてもね。思い出せないものは思い出せない。もう少しのような気もするけど……やっぱり、出てこないな」

「そうか……じゃあ、仕方ないか」

 テーブルの上に積まれた金貨は三枚。それでも相手は話をしようとしない。それを聞いて、クロイツは金貨を懐に戻した。

「良いのか? 他に知っている人がいるとは思えないけどね?」

「思い出せないのであれば仕方がない。他の人をあたるか……他の方法を探ることにする」

 暗い目で相手をじっと見つめるクロイツ。幸いにも、その意味が分からないほど、相手は馬鹿ではなかった。

「……ああ、思い出した。そうかそうか。もしかするとあの男かもしれない」

「思い出してくれたか。それで? そいつは何者だ?」

「……まずはさっきのものを」

 クロイツの脅しに屈しながらも金銭の要求は忘れない男。拷問が嫌だからといって、金銭欲を抑えられるわけではないのだ。

「ちゃんと思い出してくれたら渡す。それまでは、ここに」

 テーブルの中央にまた金貨を置くクロイツ。金を惜しむつもりはない。目の前の金を手に入れたければ、全てを話せ。そう示しているだけだ。

「……以前の店で客だったという男がヘルツを訪ねて来たことがあった。それも一度きりではなく、何度か」

「そんな奴は他にもいるのでは?」

「店に来る人はいたかもしれない。いや、それも怪しいか。うちの店は踊りを見せるだけ。彼女が以前、勤めていたのとは違うはずだね?」

 ヘルツが以前勤めていた店では、踊りはただの客への顔見せ。性接待がメインだ。そういう店に通っていた客が、ただ踊りを見るだけで満足するはずがないと男は思っている。

「確かに……でも、今の言い方だとその元客は店に来たのではないのだな?」

「その通り。客としてではなく、普通に会いに来た」

「……この店では満足できないから、直接、交渉しに来た可能性は?」

 あり得ない話ではないとクロイツは思っている。ヘルツの魅力に溺れ、そこまでする価値があると思い込んでいる客がいてもおかしくないのだ。

「可能性はあるね。でも私がその男を怪しいと思っているのは、そういうことではない」

「他に理由があると? じゃあ、それを話せ」

「あの男は裏町の風俗店に通うような身分ではない。立ち居振る舞いが全然違う」

「そんなの分かるのか?」

 怪しいと考えている理由は立ち居振る舞い。そんなものは疑いを抱く理由にはならないとクロイツは思った。

「私も踊りで生計を立てている身だ。体の動きを見れば、その人がどういう人であるか、ある程度は分かる。たとえば君。君は、ただの悪党じゃない。君の動きはまるで騎士のそれ。裏町の悪党の足運びじゃない」

「へえ……」

「い、いや、君が分かるのかなんて聞くから! これ以上、深く詮索するつもりはない!」

 クロイツから、また不穏なものを感じて、ダンサーの男は慌てて言い訳を口にする。体の動きだけでなく、心の動きにも敏感な男なのだ。

「焦らなくてもいい。剣は使えるけど、俺は間違いなく裏社会の人間だ」

 油断ならない相手だと思って気持ちが尖ったが、別にクロイツは素性を隠しているわけではない。裏社会の人間であることは事実だ。

「そう……君の話はもういいね。その男の身のこなしはかなり上品だった。貴族か城勤めか。騎士ではない」

「貴族ではないのか?」

 国王の愛人になる前に、ヘルツは貴族の愛人になっている。その貴族の愛人が会いに来ていた可能性をクロイツは考えた。

「それは彼女ご自慢の金づるのことかな? そうであれば違うと思う。その貴族はヘルツの存在を隠していなかったよね? 素性を偽る理由がないね」

「なるほど」

 若い愛人が出来たことを自慢する為に、城に連れて行くくらいだ。愛人となる前であればまだしも、そういう関係になってから素性を隠して、会いに来る意味がない。

「それに、その男の歩き方は普段、パンツを履いている感じじゃない。少し女性的で、でも庶民の歩き方ではない。性別が男性で長衣を着る……さすがに教会の人間はないかな?」

「教会の人間……確かにヘルツとは縁遠い奴らだな」

 口から出た言葉とは逆に、クロイツは心の中で教会の人間である可能性を考えている。聖職者がヘルツにはまったく関りのない人間であることは言葉にした通り。だが教会の異能者狩りを知るクロイツにとって、聖職者は清廉とは言い難い存在だ。あり得ると思うのだ。

「私が知っているのはこれくらいだ。では」

「まだだ」

 金貨に手を伸ばそうとした男の手を、クロイツはテーブルの上に押さえつける。

「知っていることは話した」

「まだ話せることはある。続けて質問するから答えろ。といっても質問するのは俺ではなく、こいつだ」

 クロイツが指差したのは隣で黙って座っていた男の子。彼もラングトアの貧民街育ちで、名をマテーウスという。ただ黒狼団ではない。彼に戦う意思はない。

「じゃあ、早く聞いてくれるかな」

「はい。では最初は顔の形です。その男の顔は丸、三角、四角だとどれが近いですか?」

「……はい?」

 マテーウスの質問は男の想定外のもの。何を聞かれているのか理解出来なかった。

「こいつは顔の絵を書くのが得意だ。質問に答えてくれ」

「顔の絵……そこまで思い出せるか自信が……」

「思い出せる範囲で良い。質問に答えれば、こいつがそれっぽく書くから、似てるか似てないかを答えてくれれば良い。それでまたこいつが直す」

「はあ」

 そんなやり方で顔を描けるのか。男は疑問に思っているが、質問に答えることにした。目の前の金を手に入れる為にはそうするしかないのだ。あまりに時間がかかるようなら、適当に似ていると言って終わらせれば良いだけだ。そう思っていたのだが。

「ああ……もう少し目が、いや、目じゃないな」

「もしかして眉かな? 眉を少し下げる? それとも上げる?」

「眉か……きつい感じだから」

「じゃあ、あげてみるね?」

 意外に似た顔が出来上がったことで面白くなって、夢中になってしまっている。さらにいくつかの微調整を繰り返して。

「……ああ、良い。そんな感じ。良く出来ていると思う。君、すごいね? ほんと良く描けている」

「良かったです」

 似顔絵の出来上がりだ。

「それで食べていけるね。ああ、もう仕事にしているのかな? もし時間があるなら、うちで働かない? お客さんに絵を書いてあげれば、うけると思うな」

「ありがとうございます。考えてみます」

 マテーウスにしてみれば絵を書く機会を与えてもらえるのなら、報酬は二の次だ。なんていう考えなので、エマが心配して、ある程度までは黒狼団で面倒を見ることになったのだ。戦う力がなくても、こういう形で役に立ってもらえるので無償援助というわけでもない。

「……こいつか」

 ダンサーの男とマテーウスの話が続いている横で、書き上げられた似顔絵を見てクロイツは呟きを漏らす。あとはこの似顔絵に似た人物を探すこと。城か貴族家の屋敷が並ぶ住宅街か、それとも教会か。男の言葉を信じるのであれば、調べる場所はこの三か所だ。
 ヘルツの裏切りは許せない。だが裏切りを唆した者がいるのであれば、その相手はもっと許せない。黒狼団は仲間を傷つける者を決して許さない。目には心臓を、歯には脳みそを。相手に許される選択肢は、楽な死か苦しい死かのいずれかだ。

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