月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第88話 波乱を前にした束の間の平穏

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 感謝祭期間に入って、最前線に張り付いていたチームのメンバーたちも帰還してきている。常に緊張を強いられている団員たちにとっては、年に一度、訪れる安息の日々。家族を持つ人たちにとっては団らんの日々だ。
 セーレンの父であるテレルも久しぶりの家族団らんの時を過ごしている。ただ少し、一般庶民の家庭とは違った形となっているが。

「う~ん」

 腕を組んで唸っているテレル。

「えっ? 駄目?」

 その反応を見て、セーレンの表情が曇った。

「いや……強くなったな」

「あっ……ありがとう」

 セーレンの表情が一気に晴れやかなものに変わる。テレルの口から出てきたのは、セーレンが求めていた反応。シュバルツの従者となることを許してもらった時以来の父との立ち合い。自分の成長を見てもらう為の場で、望んでいた結果が得られたのだ。

「愚者の指導か?」

「あっ、えっと……そうかな?」

「かな?」

 シュバルツの指導であれば、「そうだ」と言えば良いだけ。曖昧な答えを返してきた理由が、テレルは気になった。

「実戦経験を重ねたのも大きいと思う。それに……私に一番教えてくれたのはシュバルツの仲間だから。ロートというの」

 指導を受けたのがロートであることを正直に話すセーレン。隠し事が、特に父であるテレルに対しての隠し事が苦手なのだ。

「その、ロートというのは?」

「黒狼団ではシュバルツの次に強いと言われている人。特殊能力抜きの、純粋に剣の実力であればシュバルツよりも上だっていうから」

 特殊能力を持たないセーレンとクローヴィスにとっては良いお手本。内気功だけで、実際は剣の才能もあるのだろうが、ここまで強くなれるのだということを証明してくれる存在なのだ。

「愚者の仲間にはそういう者がいるのか……」

 テレルはアルカナ傭兵団の幹部であるが、西の前線であるノイエラグーネ王国に常駐している身。黒狼団については、今はまだ、多くの情報を得ていなかった。

「彼らは凄いよ。貧民街の悪ガキが集まっただけなんて言っていたけど、謙遜し過ぎ。その戦闘力はアルカナ傭兵団の下手なチームを軽く超えていると思う。もちろん、シュバルツがいてこそだけど」

「……ギルベアト殿が剣を教えたのだったな?」

「そう。そのギルベアト殿って、どういう人なの? 元はこの国の近衛騎士団長だっていうから、どうして手放してしまったのだろうって不思議に思った」

 黒狼団を、ただの貧民街の悪ガキ共の集まりから戦闘集団に変えたのがギルベアトであるなら、その手腕をノートメアシュトラーセ王国で活かすべきだった。黒狼団のことをより詳しく知り、セーレンはこう思うようになっている。

「手放したくて手放したのではない。勝手に出て行ってしまったのだ。ギルベアト殿のことは団長も高く評価していた。国に残っていれば、王国騎士団を任せていたと思う」

 そしてノートメアシュトラーセ王国の王国騎士団がギルベアトの指導によって精鋭と呼べるまでになっていれば。東西両大国との戦いは、もっと楽になっていただろうとテレルも悔やんでいる。

「でも近衛騎士団はどうなの? シュバルツもこれを気にしていた」

「近衛騎士団の何を?」

「近衛騎士団をどうして鍛えなかったのかってこと。うちのフィデリオさんは弟子にしていたみたいだけど、団長なら団全体を鍛えるのが普通でしょ?」

 気にしている理由を隠して、シュバルツはこれをセーレンに伝えていた。少しでもギルベアトの昔の情報を集めたいと考えてのことだ。

「確かにそうだな……もしかすると、鍛えてはいるのかもしれん」

「えっ、そうなの?」

「近衛騎士団の実力はよく分かっていないからな。隠れた実力者がいてもおかしくない。団長ならある程度は把握していると思うが、聞いたことがなくてな」

 アルカナ傭兵団と近衛騎士団に接点はほとんどない。それは王国騎士団も同じだ。軍組織同士、仲が良くないのは他国でもあること。接点を増やす目的もあって対抗戦が行われている以外は、特に距離を縮める為の対応は行われていない。仮に機会がもっとあっても本国にいないテレルには関係ないだろう。

「もしそうなら軍全体に広めれば良いのに」

「対抗意識があるだろうからな。王国騎士団や傭兵団には教えたくないのではないか?」

 他団よりも実力で上に行きたい。この考えも特別なものとテレルは思わない。アルカナ傭兵団もチーム間で鍛錬方法を共有などしていない。それぞれ自分のチームを他チームより強くする為に、独自の工夫を行っているはずなのだ。

「そういうのって面倒。危機感がないのかな?」

「危機感がないはずがないだろう? 我が国は常に戦争状態だ」

 この認識は正しいとは言えない。常に戦争状態にあるのはアルカナ傭兵団、その中でも一部のチームだ。中央諸国連合の中でも北辺に位置するノートメアシュトラーセ王国の近衛騎士団も王国騎士団も、前線からはもっとも遠い位置にいる軍なのだ。

「でも黒狼団の人たちは、競争はあっても、皆で強くなろうとしている。助け合わないと生きていけなかったからだって」

「助け合わないと生きていけない……そうだな」

 自分たちもそうであったことをテレルは思い出した。特殊能力保有者であることで周囲から疎まれ、信頼していた人たちに裏切られ、時に命を狙われることもあった。皆が皆、そんな人生を歩んでいた。ディアークと出会い、仲間たちと出会い、世の中には信頼してよい人がいるのだと、また思えるようになった。仲間たちと一緒であれば生きていけると思った。アルカナ傭兵団はそんな者たちの集まり、家族のようだった。

「任務は大変だった。死んでしまうと思うこともあった。でも、楽しかった。無事で終われたから、そう思えるのだろうけど」

「楽しかったか……どうやら良い仲間に巡り合えたようだな」

 セーレンの気持ちは良く分かる。命を削るような仕事であっても仲間と共に戦っていれば楽しかった。セーレンの言う通り、生きているからこそ、そう思えるのだろうが、楽しいという思いは間違いなくあった。アルカナ傭兵団にも、テレルたちにも、そんな時代があった。

「仲間……仲間と認められるのは難しいかな?」

「どうしてだ?」

「だって……私は、アルカナ傭兵団の人間だから」

 黒狼団とアルカナ傭兵団では向かう先が違う。シュバルツという繋ぎ役がいるから行動を共に出来ただけ。セーレンはそれが分かっている。シュバルツがずっとアルカナ傭兵団の団員でいるつもりがないことも。

「……セーレン。俺が傭兵団員だからといって、娘のお前もそうでなければならないわけではない。もし、違う道を生きたくなったのであれば、そうすれば良いのだ」

「私は父上のようになりたい。私の進む道は父上と同じなの」

「そうか。それなら良い」

 テレルの顔に浮かぶ笑み。自分の背中を追いかけてくれている娘。テレルはそれを素直に喜べるようになった。男の子であれば、なんていう思いは綺麗さっぱり消え去っている。今となっては、性別にこだわっていた自分が馬鹿みたいにも思う。ルイーサにトゥナ、女性の傭兵団は何人もいるのだ。

「よし! では、もう一本やるか!?」

「はい! お願いします!」

 剣を構えて向き合う二人。これが二人の団らんの形。幸せを感じられる瞬間だ。

 

 

◆◆◆

 愚者と行動を共にしていたパラストブルク王国軍が自国に帰還したのは、シュバルツたちの帰国よりもかなり遅れてのこと。激戦の中、負傷者の数は決して少ないとはいえなかった。その人たちの怪我がある程度、癒えるのを待っての出発、そして行軍を開始してからも怪我人を気にして、かなりゆっくりとした移動だったのだ。
 彼らが帰還したのは感謝祭期間の直前。負傷しなかった人たちも、長い任務で蓄積した疲れを払うには丁度良い時期、というべきなのだが。

「本当に熱心だな? 休むべき時は休むというのも必要なのではないのか?」

 帰還した彼らは、怪我人を除いて、すぐに訓練を開始した。パラストブルク王国軍の多くが、少し早い感謝祭休暇に入っているというのに。それにゴードン将軍は感心し、呆れもしている。

「はい。閣下の申される通り、適度の休養は必要です」

「なるほど。適度な休養をきちんと取った上での訓練か……」

 その適度な休養の度合いが、他の部隊とは異なっているということ。そうなるとゴードン将軍は、パラストブルク王国軍全体が怠惰であるかのように思えてしまう。

「閣下には焦っているように見えるのかもしれませんが、生き残る為には必要なことだと思っております」

 シュタインフルス王国ではかなり厳しい戦いも経験した。敗北どころか、壊滅が頭によぎったほどの厳しさだ。自分たちなりに厳しい訓練を続けてきたつもりだったが、まだまだ十分ではなかったと思ったのだ。

「……確か、敵に特殊能力者がいた戦いだったな?」

「はい。アルカナ傭兵団の人たちがその敵の対応に当たったのですが、その結果、我々の戦力が落ち、かなり追い込まれることになりました」

 ロンメルにブランド、ボリス、フィデリオといった愚者の中でも強者である三人が引きつけられている間、何倍もの敵軍の相手をすることになったパラストブルク王国軍は、ぎりぎりまで追い込まれた。その戦いについて、ゴードンは報告を受けて、知っている。

「敵の特殊能力保有者をヴォルフリック殿が単独で止め、戦況は一気に好転した。相変わらずの活躍だが、君たちもよく耐えたものだ」

「それに関しては、正直、少し自信になりました。やってきたことは間違いではなかったと思えたのですが……」

「何かあったのか?」

 五倍の敵を相手にして耐えきり、最後には勝利した。これは誇るべきことだ。ゴードン将軍も、シュバルツの下に部隊を送りこんだ判断は間違いではなかったと、自分で自分を褒めている。だが、肝心の兵士たちの反応は鈍い。それが不思議だった。

「シュバルツ殿はわずかな人数でベルクムント王国軍への奇襲を敢行し、大損害を与えました。ですが、我々は誰一人として、その場にいなかったのです」

「なるほど。そういうことか」

 シュバルツに認められていない。それが彼らが帰国してからも休むことなく訓練を続けている理由。結果、パラストブルク王国軍が強くなるのであれば良いと思うが、あまりに傾倒しすぎるのも問題だ。シュバルツは他国の、それも傭兵団の一員に過ぎないのだ。

「シュバルツ殿に同行を許されたのが、本当に信頼されている人たち。代わりに後を任された人たちもそうでしょう。その彼らに我らは遠く及びません」

「……先ほどからシュバルツと呼んでいるが、それは?」

「ヴォルフリック殿の本名だと聞いております。現地ではその本名で呼ぶように言われておりましたので」

「本名……」

 シュバルツの本名はリステアード=ディートリッヒ。ノートメアシュトラーセ王国の前王の子。ここまでの情報をゴードン将軍は調べ上げている。その情報との齟齬にゴードン将軍は戸惑っていた。

「黒狼団のシュバルツと名乗っておりました。途中から加わった者たちが最初からその認識でしたので、この任務中だけの偽名ではないと思うのですが」

「黒狼団……色々とある人物だ。まあ、なんとなくそういう人物であることは分かっていたが」

 シュバルツは、ゴードン将軍が知る他のアルカナ傭兵団員とは任務への向き合い方が明らかに違う。与えられた任務をただこなすのではなく、そこに自分の意思が込められている。前王の息子であることが関係しているのかとゴードン将軍は考えていたのだが、それだけではないことを今回知った。

「その黒狼団の者たちは、皆、かなりの実力者です。そういう味方がシュバルツ殿にはいるのです」

「是非、何人か我が軍に入って欲しいところだが、無理なのだろうな」

「まず、間違いなく」

 パラストブルク王国軍に引き入れようと思えば、シュバルツを口説くしかない。黒狼団などなくても、ゴードン将軍はそれが成功する日を夢見ている。かつてゴードン将軍は「もし自分が国王であれば全軍を任せたい」と口にした。その時はただの誉め言葉だったが、今は本気でそう思っているのだ。

「そうなると今の戦力を鍛えるしかない。そういうことで君たちに新たな任務を与える」

「はっ!」

 新たな任務が与えられるときいて、一斉に姿勢を正す兵士たち。

「君たちに四百の新兵を預けるので、それを鍛えてもらいたい」

「……はっ?」

 ゴードン将軍の口から出た命令は、まったく想定外のものだった。

「一人当たり二人の新兵を鍛えることになる。それが上手く行けば、さらに四百をつける」

「我々の下に、ですか?」

 彼らの多くはローデリカの反乱に与した人たち。パラストブルク王国軍での階級はない。所属も曖昧だ。そういう彼らであるから、シュバルツに預けるという大胆な真似が出来たのだ。

「君たちの下となると、新兵でなければ難しいと考えた。一から鍛えるのは大変だろうが、よろしく頼む」

「……ご命令ですので最善を尽くしますが……閣下は、戦争が激化するとお考えですか?」

 四百名の追加。それが上手く行けば、さらに四百。最終的に千名の部隊となる。八百が新兵となると、とても戦場で活躍できる部隊ではないが、そんなものをゴードン将軍が作るはずがない。自分たちに預けるということは精鋭に鍛え上げろということだ。今の彼らはそうなろうとしているのだから。
 千名の精鋭といえる新設部隊が必要な事態。ゴードン将軍はそういう事態が訪れることを予測しているということだ。

「英雄が乱世をもたらすのか、乱世が英雄を生み出すのか。よく分からないが、世の中が大きく動く気配は感じている」

「……そうですか。分かりました」

 すでに乱世。だがその乱世は東西両大国のどちらかが覇権を握ることで終息するものと思われてきた。だが、新たにもう一つ、乱世の中心となる存在が生まれる気配をゴードン将軍は、彼らは感じている。終息の形がまだ定まっていないとするならば、パラストブルク王国は、自分たちはどうあるべきなのかを考え、それに向けて進まなければならない。これはその一歩なのだ。

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