月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第86話 繋がりを持つということ

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 いつもであれば様々な事柄についての議論が交わされているか、仕事とはまったく関係のない私的な会話で盛り上がっている執務室に今は、重苦しい空気が漂っている。部屋にいるのがディアークと普段から無口なトゥナの二人だけであるから、というわけではない。トゥナがディアークに伝えた内容が、そのような空気を生み出したのだ。
 机の上に両肘をつき、俯いたまま動かないでいるディアーク。彼をそのようにしたのはトゥナだが、その心の内までは彼女には分からない。どう受け取るかは、ディアークが決めることなのだ。

「私に視えたのはアルカナ傭兵団は目的を果たせないということ。いつか彼はアルカナ傭兵団を離れるだろうということ。この二つだけです」

 心の内は読めないが、ディアークが落ち込んでいるだろうことは想像出来る。アルカナ傭兵団は目的を果たせない。これを聞いただけでも、落ち込まないでいられるはずがない。

「それと暗い影、だったな」

「……はい」

 黒い影などという漠然としたものだが、良い兆候ではないのは明らか。暗い未来をトゥナは予感している。

「そして、奴の未来が視えたわけではない」

「はい。そうだと思います。私が視たのはアルカナ傭兵団に関わる人たちの未来。そこに彼はいません」

 シュバルツはアルカナ傭兵団を離れる。これはシュバルツの未来を視た結果ではない。未来視が出来ないディアークと出会い、彼と共に仲間を探していた時と同じ。周囲にいる人を視た結果だ。

「そうか……」

 トゥナは全てを話していないとディアークは考えている。アルカナ傭兵団に関わる人たちの中には自分も含まれているのではないかと疑っているのだ。視えなかった自分の未来が視えるようになった。それが意味するところは何かをディアークは先ほどまで考えていたのだ。

「悪い予感は以前にもありました。そして私たちはそれを乗り越えてきた。今回も乗り越えられるはずです」

「ふむ……そうだったな」

 トゥナが暗い未来を視たことは何度かあった。それを知り、それに備え、今がある。だが口には出さないが、全てを乗り越えたとは言い切れない。ディアークが反乱を起こす原因となった、ミーナを前王に奪われた件。悪いことが起きることを知りながら、それを防げなかった。結果として前王を討ち、ノートメアシュトラーセ王国を手に入れたが、それは乗り越えたとは言えないとディアークは思っている。

「結局、私の力は何の役にも立ちません」

 落ち込んでいるのはトゥナも同じか、それ以上。未来視と呼ばれているが、全ての未来が完全に視えるわけではない。重要な事柄ほど曖昧なものになってしまう。今回も同じ。具体的な未来を知ろうとしたが、それは叶わなかった。
 ただ、仮に視えたとしても、不幸な未来を変える力はトゥナにはない。未来視はただ視るだけ。傍観者なのだから。

「……全ての未来が視えたとしてもそれで幸福になるわけではない。このことはトゥナが一番、知っているはずだ」

「……はい」

 視えた未来を伝えた結果、両親から疎まれ、憎まれ、恐れられ、トゥナは居場所を失った。未来視の能力をありがたいと思ったことなどないのだ。

「幸福な未来であったとしても、それをなぞるだけの人生など面白くない。悲しみも苦しみもあるから、喜びや楽しみは価値があるのだ」

「…………」

 頬を伝う涙。視えない未来を求めて、トゥナはディアークと共に生きることを決めたのだ。辛いことも悲しいこともあった。だがそれと同じか、それを超える喜びもあった。生きることが楽しいと思えるようになった。

「トゥナ。俺たちが必要としているのはお前の能力ではなく、お前自身だ。一緒にいてくれていることで俺たちは助かっている」

「……ありがとう」

 

 

◆◆◆

 人気のない廊下にシュバルツとアーテルハイド、二人の足音が響いている。この建物が城の旧館と呼ばれる場所であることを説明したあとは無言で歩くアーテルハイド。その後を、怪訝そうな顔をしたシュバルツが続く。シュバルツがこの場所に足を踏み入れるのはこれが初めて。呼び出された時は、また面倒な任務を押し付けられるではないかと思い、不満顔だったシュバルツだが、そういう話ではないことはすでに分かっている。ではどういった用件で呼び出されたのかと考えてみても、心当たりがない。初めて来るこの場所に連れてこられた時点で、普通のことではないのは明らかなのだ。
 アーテルハイドに聞けば良いのだが、それも躊躇われる。前を歩くアーテルハイドの背中から漂う重苦しい雰囲気が、シュバルツに口を開かせないのだ。

「ここだ」

 沈黙を破ったのはアーテルハイド。目的地であった部屋の扉を指さしている。

「……分かった」

 扉を指さすだけのアーテルハイドに少し戸惑いを覚えながら、シュバルツは自分で扉を開け、部屋の中に入る。アーテルハイドは廊下に残ったまま。部屋の扉が閉まった。

「来たか」

 部屋の中で待っていたのはディアーク。何もない部屋の窓際に立ち、外を眺めていた。

「……まさかここで勝負を?」

 何一つ置かれていない、がらんとした部屋。埃がたまっている様子はないが、誰かが使っているとは思えない。そんな部屋に案内されて、シュバルツはますます用件が分からなくなった。

「勝負は勝ち抜けてからという条件だ」

「じゃあ、ここで何を?」

「……ここはお前の寝室だった場所だ。ここで、ミーナは死んだ」

 この部屋はシュバルツの寝室。彼がまだリステア―ド=ディートリッヒと呼ばれ、ノートメアシュトラーセ王国の王子であった頃の寝室だ。この場所でミーナは燃え盛る炎からシュバルツを守って、亡くなったのだ。

「……そうか……まったく覚えていないな」

「それはそうだ。お前はまだ歩くことも出来なかったはずだ。そんなお前が生きて、逃げ出していたなんて、最初は誰も思わなかった」

 焼死体が見つからなかったことで死に疑いを持つ者はいた。だが、近衛騎士団長の地位をはく奪され、城にいないはずだったギルベアトとシュバルツを結び付けて考える者はいなかった。それを怪しむようになったのは、反乱からひと月以上が経ち、王国が少し落ち着きを取り戻した頃。ギルベアトが王都にいないことが判明したあとのことだ。

「……どうして母親は自分の身を守れなかったのかな? 部屋に火をつけられたのだろ?」

 部屋に火をつけられたとしても、自らの炎で打ち消してしまえば良い。自分が出来ることがどうして母親には出来なかったのか、シュバルツは疑問に思っていた。

「ミーナの炎は扱いを誤れば、自らも傷つけるものだった。扱いを誤ることなど滅多にあることではなかったがな」

 仲間を助ける為に、強引に炎を起こして、自らも火傷した。そういう場面に何度かディアークは居合わせている。多くが彼を守る為だった。

「……同じ炎でも違うのか」

 操炎は母親であるミーナの能力を引き継いだもの。そうであればその性質に違いはないとシュバルツは考えていた。だが、ディアークの話が事実であれば、そうではないということになる。

「お前は自らの炎にミーナを感じたことはないのか?」

「……自分は感じたことがあるような言い方だ」

「……あるな。以前にお前と対戦した時に、そう感じた」

 シュバルツが放った炎に包まれた時、ディアークはミーナに抱きしめられているように感じた。とても温かだった。

「……なんか嫌な感じ。でも、そうか……他にもいるのかな? だとしたら面倒だな」

 ディアークに炎は通用しなかった。彼の特殊能力によって防がれたのだと思っていたが、そうではなく、炎の意思である可能性が生まれた。それもその意思が元アルカナ傭兵団員である自分の母親の意思だとするなら、ディアーク以外の団員にも通用しない可能性がある。

「やはり、分かっていたのか」

 シュバルツは自分の炎がミーナである、とまでは言えなくても彼女の意思が残っているという推測を、あっさりと受け入れた。自分が言うまでもなく分かっていたのだとディアークは考えた。

「いや、分かるはずがない。俺は母親も覚えていないからな」

 シュバルツは自分の炎にミーナを感じたことはない。ミーナを知らないのだ。感じられるはずがない。彼が感じていたのは、時々、自分の意思を無視するかのような炎の動きがあること。そして、温もりだ。

「……覚えていなくてもお前はミーナの子だ。そして……俺の息子だ」

 シュバルツをこの場に呼び出したのはこれを告げる為。どうしても伝えたくなったのだ。

「…………証拠は?」

 感情の見えない表情で、ディアークを見つめているシュバルツ。少し間を置いて、口から出てきたのは証を求める言葉だった。

「お前の持つ特殊能力は俺のそれと同じものだ。操炎ではなく、もうひとつの能力のほうだ」

 そんなシュバルツの反応はディアークにとって予想外のもの。その冷静さをどう受け取って良いのか分からない。

「もうひとつ……そんなのあったか?」

「とぼけるな」

「……仮にそれがあったとしても証拠にはならない。同じ特殊能力を持つ人が他にいないわけじゃない。親が使えないのに、子供が特殊能力保有者になることもある」

 特殊能力保有者の子が同じ特殊能力の保有者である可能性は高い。だが、あくまでも可能性が高いというだけだ。特殊能力の有無、そしてその性質に血筋は関係ない。同じ特殊能力を使うからといって親子の証にはならない。

「お前が証拠はあるのかと聞くから、特殊能力をあげただけだ。証拠なんて、どうでも良い。お前は俺の、俺とミーナの子だ」

「……じゃあ言わせてもらうが、俺にとって血の繋がりなんて、どうでも良いことだ。血が繋がっているのが前のクズ王であろうとお前だろうと俺には関係ない。俺に親がいるとすれば、それはギルベアトの爺ただ一人だ」

「確かにお前を育てたのはギルベアト殿かもしれない。だが……」

 「だが」の後に続く言葉が見つからない。そもそもシュバルツが父親であることを受け入れたとしても、何があるわけではない。ディアークはただ伝えたかっただけなのだ。

「その育ててくれたが、俺にとっては何よりも大切だ。もし爺に助けられることなく、前王の子として育った俺はどんなだっただろうな? 分からないけど、今の俺と別人であることは間違いない」

「…………」

 続くシュバルツの問いが、ディアークからさらに言葉を奪ってしまう。ギルベアトが連れ出さなければシュバルツはどうなっていたか。前王の息子であるシュバルツは生かされていたのか。生かされたとしても陽の当たる場所には出て来られなかったはずだ。そんなシュバルツ、その場合はリステア―ドという名のままだが、をディアークは自分の子だと気づくことが出来たのか。

「そういえば爺について聞きたいことがあった」

「……なんだ?」

 親子関係についての話は終わり。ギルベアトの話を始めたのは、拒絶を意味しているのだとディアークは受け取った。今はそれでも構わない。ディアークはただ伝えたかっただけなのだ。

「爺は熱心な信者だったのか?」

「信者というのは、聖神心教会の信者かということか? どうして、そんなことを聞く?」

 ディアークの落ち込みはすぐに、少しだが、薄れることになった。シュバルツの質問の意図に興味をひかれたのだ。

「屋敷に祭壇があった。どこの家にもあるものかもしれないけど、俺たちには分からない」

 祭壇がある家は珍しくないかもしれない。だがその祭壇をわざわざ隠している家は普通ではないはずだ。ただ、そこまでの話をするつもりはシュバルツにはない。

「屋敷に祭壇が……この国にも信者はいる。だが皆が皆、家に祭壇を置くほど熱心かというと、そうではないと思う。そういう信者は、この国で暮らす気にはなれないだろう」

「どうして?」

「聖神心教会にとって我々は悪魔の手先だ。その悪魔の手先が治める国に、教会の教えを信じ込んでいる熱心な信者が住んでいられるはずがない」

 では、そういう熱心な信者がどれだけいるかとなると、現実にはかなりの少数派だ。そうでなくては中央諸国連合が成立するはずがない。そういう点から、アルカナ傭兵団の本部があるノートメアシュトラーセ王国の近衛騎士団長が教会の信者であるということは、かなり特殊なことなのだ。

「……やっぱり知っていたのか?」

 ただシュバルツは、ディアークの話を聞いて、別のことに気を取られることになった。

「何のことだ?」

「教会によって特殊能力保有者が殺されていること」

 アルカナ傭兵団は聖神心教会が行っている特殊能力保有者の殺戮に対して見て見ぬふりをしている。考えていた可能性のひとつ、それも悪いほうが、的中したとシュバルツは思った。

「それは知っている。俺自身が何度も危険な目に遭っているからな」

「止めさせようとは思わなかったのか?」

「止めさせた。自分を殺そうとした相手を許してやるほど、俺は人間が出来ていないからな」

 自分の命を狙ってきた相手は、ことごとく始末してきた。逃げ隠れするだけの人生を送るのが嫌であれば、そうするしかないとディアークは考えていたのだ。それが出来るだけの力があったからこそ、ではある。

「そうじゃなくて……あれ? やっぱり、分かっていないのか?」

 ディアークの話は個人としての報復。シュバルツが言っているのは教会組織に対して何か手を打たないのかということだ。答えのズレは認識のズレによるものである可能性をシュバルツは考えた。

「何を聞きたいのだ? 詳しく話してもらわないと分からない」

「教会は組織として特殊能力保有者狩りを行っている。それを止めさせようとは思わなかったのかを聞いている」

「組織として……教会にそこまでの力があるのか?」

 シュバルツが思った通り、ディアークとの間には認識のズレがあった。聖神心教会が特殊能力保有者を敵視していることは知っていても、直接的な行動は一部の狂信者によるもので、教会全体としての動きとは考えていなかったのだ。

「力があるかは知らない。ただシュヴェアヴェルでは貧民街の孤児たちが狩られている。その親も襲われているかもしれない。ラングトアでも過去に似たようなことがあったそうだ」

「貧民街で、且つ、孤児に絞ってか……弱いところを狙っているということだな」

 教会にかつての威勢はないはず。だが弱者を狙ってのことであれば、あり得る話だとディアークは考えた。

「この事実を知って、お前はどうする?」

「……建前を話しても意味はないな。正直、たいしたことは出来ない。表向きは平和主義の教会を直接攻撃するわけにはいかない。その選択は世間一般の人々の支持を得られない。それと世論を気にするのは教会も同じで、戦争への直接的な関与はしてこない」

 だから東西の大国、オストハウプトシュタット王国とベルクムント王国をけしかけて、中央諸国連合と戦わせようとする。教会にとっては代理戦争なのだ。両大国には両国なりの戦う理由があり、代理戦争なんて意識はないが。

「……先に手を出せば、相手に戦う口実を与えることになるってこと?」

「ああ、そうだ。それ以上に教会を相手に戦っている余裕がないというのはあるがな」

 聖神心教会の拠点は各地に分散している。それを一つ一つ潰していくのは容易ではない。そうであれば教会の総本山エーデルハウプトシュタット教国を落とせば良いかというとそれも違う。教会は各教区毎で、規模の大小はあっても組織が出来上がっている。教国を失えば、どこかの教区、西部中央教区か東部中央教区のいずれかだが、機能を引き継ぐだけだ。戦いは長期化する。その間、オストハウプトシュタット王国とベルクムント王国が大人しくしているはずがないのだ。

「……広すぎるか」

「言い訳にならないが、大陸全土に戦線を拡大する力があれば、もっと楽に戦えている。東西どちらかの戦いを終わらせている可能性だってある」

 そこまでの力はアルカナ傭兵団にはない。中央諸国連合でも同じ。国力の低い国の集まりである中央諸国連合の方針は専守防衛。それぞれ自国を守る為の戦力しか保有出来ていないのだ。

「……守るものが大きければ、その為に必要な力も大きくなる。当たり前のことだな」

 ディアークを責める気持ちは薄れた。アルカナ傭兵団には守るべき対象がある。その対象は大きく、貧民街の孤児たちにまで広げる余裕はない。無理をすれば本来、守るべき対象まで守れなくなってしまう。この考え方は黒狼団と同じなのだ。仲間は断固として守るが、それ以外は切り捨てる。黒狼団も守る相手を限定している。

「……お前はどうする?」

 シュバルツが納得したところで、ディアークが問いを返した。自分に向けられたのと同じ問いに、シュバルツがどう答えるか知りたかったのだ。

「……同じだ。自分がやれることをやるだけ」

 答えを返したシュバルツは、そのまま部屋を出ていこうとする。その背中に声をかけることをディアークはしない。話すべきことは話した。その上で、続いた会話で思うところもあった。今はこれ以上、話すことはないのだ。
 シュバルツが来た時と同じように窓の外に視線を向けるディアーク。

「同じように、自分がやれることをやるだけ。だからといって、やることまで同じである必要はないということか……」

 ディアークにはディアークの、シュバルツにはシュバルツのやれることがある。それで良いのではないかとディアークは思ったのだ、自分が出来ないことを、シュバルツが行ってくれるのであれば、それで良い。二人で動くほうがより多くの、より大きなことが出来る。そう思えたのだ。

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