月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第83話 意外といえば意外な事実

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 二人で部屋を出たシュバルツとディアーク。並んで歩きながら話をするのは、結局、任務のこと。シュタインフルス王国の今後の見通しについて。中央諸国連合に引き込むことは可能か。可能であるとすれば何が必要か。ベルクムント王国の出方次第という結論が共通のものとなると今度は、他国に手を伸ばすことは可能かという話に移る。ベルクムント王国の重ねての敗戦を利用して、従属国を揺るがすことは出来るかもしれない。だが、西方全土にそういた工作を行う力はアルカナ傭兵団にはない。せいぜい隣国であるライヘンベルク王国を揺さぶるくらいが精一杯ではないか。そんな話をしている間に、あっという間に城の出口にたどり着く。
 ディアークはそのまま屋敷まで付いてきそうな勢いだったが、そこはシュバルツが断固拒否。なんとか一人で屋敷に戻ることが出来た。

「うまい!」

 屋敷に到着するとすぐにエマが作ってくれた料理を楽しむシュバルツ。 

「そう? 良かった。沢山作ったから一杯食べてね」

「うまい!」

「お前は煉〇さんか?」

 そんなシュバルツの様子にブランドはあきれ顔。ロートがこの場にいれば同じような顔を向けているだろう。まだ完全とは言えないが、彼らにとって久しぶりの日常が戻ってきたのだ。

「……誰、それ?」

「さあ?」

「ブランドも食べているか? 美味いぞ」

「どう見ても食べているよね? それにエマの料理が美味しいことは知っている」

 ブランドはシュバルツの目の前に座り、一緒に食事をしている。聞かなくても食べていることは分かるはずだ。

「そうだとしても、ちゃんと口に出して言うことが大切なんだ。相手に感謝の気持ちが伝わる」

「へえ、そういうこと考えているんだ」

「エマが言っていた」

「言われたからか。だろうね」

 シュバルツにそんな細かな気遣いなど出来るはずがない。他はともかく。女性への気配りということに対しては。ブランドはこう思う。

「ブランドはどうする?」

「何、いきなり? どうすると聞かれても、何のことか分からないから答えられないよ」

 これで分かるのがロートやエマだったりするのだが、ブランドはそこまでではない。この数年で一気に差を詰めてきているが、まだ一緒に過ごしてきた時間は及ばないのだ。

「対抗戦への参加のこと」

「ああ、それね……悩んでいる。目立つのは嫌だけど、命の心配をしないで強敵と戦える機会は滅多にあることじゃないからね」

 ディアークまではたどり着けないとしても、アーテルハイドやルイーサといったアルカナ傭兵団の上位実力者と対戦出来るかもしれない機会。しかも負けても殺されなくて済む対戦だ。その機会は無に出来ないという思いはある。

「悩んでないで参加すれば良い。今はもう実力を隠している場合じゃない。そんなことをしていたら追いつけないとも思う」

「だよね。じゃあ、参加する」

 すでにブランドの実力はある程度知られている。隠しても意味のないことを隠す為に、強くなれる機会を無駄にするのは馬鹿げたことだ。全力で鍛える。そうでなくてはアルカナ傭兵団の幹部に追いつけない。

「少しは強くなったと思えているけど、まだまだだよな。鍛えるにしてもどうするか?」

 今はまだディアークに及ばない。アーテルハイドに対しても自信はない。だからといって諦めるつもりはない。大会までには自信を持てるように、出来ることを行うしかない。ただ、何をすれば良いのかのアイディアが今はない。

「弟相手に鍛えても無理?」

「弟って言うな。狼シュバルツは強いけど、さすがに幹部ほどじゃない。速さでもアーテルハイドに劣る」

 狼シュバルツの強さはその素早い動き。だがその動きもアーテルハイドには劣るとシュバルツは考えている。

「神速だっけ? 不意を突いたはずのシュバルツに追いついたのだよね? 難しいね。全体的な実力の底上げか、個別の対策を考えるか」

「……底上げかな? 個別の対策っていっても何人になる? とても全員には対応できない」

 アーテルハイドの神速、ルイーサの幻影。この二人への対策だけでも大会までに物になるか分からない。さらに力のテレルや他の戦闘系上級騎士が参加してくることになれば、対策は絶対に間に合わない。

「底上げでも同じ結果になりそうだけどね?」

「分かってる。でも次の次を考えれば、底上げのほうが良い……と決めても、じゃあ、何をするかって悩むのは変わらない」

「一段、突き抜ける感覚は欲しいよね。昔は頻繁に感じられたのに……」

 習い始めた頃は、日々、自分が強くなっている実感があった。だが実力が高まるにつれて、そう思える機会は減ってくる。これが出来るようになった、というような分かりやすい成果が少なくなっているのだ。

「ここから先は自分よりも強かった人に勝てるようになったというのが、それなのかな? だとすれば大会って良いな。定期的にやってくれれば良いのに」

「ロンメル、連れてくれば良かったかも。今からでも来てくれないかな?」

 ほとんど動くことなく、腕を振り回すだけで強力な武器となるロンメルは、素早い動きで相手を攪乱することを得意とするブランドには苦手なタイプ。だからこそ、鍛錬相手に良いとブランドは考えている。

「それは無理。それにロンメルはロートやローデリカさんの相手で忙しいはずだ」

 強くなりたいのはシュバルツとブランドの二人だけではない。ロートもローデリカも、そしてロンメルも他の仲間たちも今よりも、もっと強くなりたいと強く願っている。そんな彼らの邪魔をするわけにはいかない。

「動きを鍛えるだけならエマに相手してもらえば良い」

「…………」

「何? 不満なのか?」

「不満というか……心が折れる?」

 どれだけ素早く動いてもエマはそれを見切る、ではなく、聞き取ってしまう。目で追うわけではないので、ブランドが変則的な動きをしてみせても通用しないのだ。天敵という表現は大げさかもしれないが、ブランドにとってはそれくらい面倒な相手。自分の攻撃がまったく通用しないことに、これまで何度落ち込んだことか。

「私そこまで酷くないから」

 ブランドの言い様に不満げに頬を膨らませているエマ。

「酷い酷くないじゃなくて、僕には固すぎる大きな壁ってこと。壊せない壁を叩き続けていると、いつか心が折れるよね?」

「……分かるような、何か違うような」

 言いたいことは分かるが、結局、同じように酷いことを言われているだけ。そんな風にエマには感じられる。

「何も違わないから。まだ僕には早いって言ってるだけ」

「良いけど……じゃあ、どうするの?」

 自分が相手してもらえないことは分かった。では代わりにどうやって鍛えるつもりなのか、自分が拒否されたので尚更、エマは気になってしまう。

「それを今考えている。体を鍛えて、内気功を鍛えて、あとは何を鍛えるか……いっぱいありそうだけど、これはってのは思いつかない」

「爺、鍛錬方法を全て残しておいてくれたら良かったのに」

 指導者であるギルベアトを失ったシュバルツたちは、自分たちで方法を考えて鍛えてきた。フィデリオの知恵を借りてはいるが、その彼もギルベアトの弟子。すべてが分かっているわけではない。いつかは行き詰まる。そう考えていたが、その「いつか」が来てしまったようだ。

「あっ、そういえば」

 シュバルツの話を聞いて、何か思い出した様子のエマ。

「何か見つかったのか?」

 鍛錬方法に限らず、ギルベアトが何か残していないかと考えて、シュバルツたちは屋敷内を調べたことがある。だがその時は何も見つからなかった。

「皆がいない間に、この屋敷全体を覚えたのだけど、おかしな部屋があることに気が付いたの。歩数から部屋があるはずなのに扉が見つからなくて」

 エマは屋敷の間取りや家具の位置などを、まず歩測する。そうすることで頭の中に図が描かれ、さらに体が覚えるまでになると、不自由なく動けるようになる。この屋敷全体を把握しようとしていた中で、扉のない空間を見つけたのだ。

「それって……どこ?」

「一階の、ベッドが置いてあるから寝室だと思う」

「使ってない部屋か……行ってみよう」

 一階の寝室をシュバルツたちは使っていない。侵入者が現れた場合を考え、侵入口となるだろう場所から離れた位置に。そう考えて二階で寝ているのだ。この屋敷での暮らしに限ったことではなく、貧民街で遥かに狭い建物で暮らしている時から、寝床はすぐには分からない場所にしていたのだ。
 エマが見つけた部屋を調べる為に、使っていない寝室に向かったシュバルツたち。

「奥の壁のところ。隣の部屋との間に空間があるはずなの」

「……スヴェンもいれば良かったのに……でも、場所が明らかなら見つけられるか」

 お宝を隠してある場所を見つけることなどは、それを仕事にしていたスヴェンが得意とするところ。そう思ったシュバルツだが、すでに場所は分かっているのだ。それが隠し部屋であるのなら、入口を見つけるだけだ。
 壁を探るシュバルツとブランド。何度か叩いて音を確かめてみる。

「この柱と柱の間だな」

「そうだね。隙間があるから、動くとしたらこの辺かな?」

 柱と壁の間には隙間がある。入口になるとすればその壁。そう考えて、ブランドは床を探り始める。シュバルツは引き続き壁、というより柱を調べている。すぐに探しているものは見つかった。
 床の一部、そして柱の一部分に動く場所を見つけた。それを動かし、壁を軽く押す。予想した通り、壁は内側に回った。

「さて、何が見つかるか」

 細工から隠し部屋であることは明らか。では隠したかったものは何なのか。予想がつかなくても、期待は膨らむ。

「何があったの?」

 隠し部屋に入ることなく、手前の寝室で待っていたエマが中の様子を訪ねてきた。

「……これって?」

「祭壇だね。祭壇って隠さなければならないものなの?」

 隠し部屋にあったのは祭壇。シュバルツとブランドにはお宝には見えない。では何故、祭壇を隠し部屋に作らなければならなかったのか。ギルベアトは何を隠したかったのか。これだけでは何も分からない。分かることがあるとすれば。

「爺、教会の信者だったのだな」

 どうやらギルベアトは聖神心教会の信者であったこと。これ自体は珍しいことではない。教会の信者など世の中にいくらでもいる。教会に言わせれば、彼らが認めない特殊能力保有者など極一部を除いて、全ての人が信者ということになる。だが、今のシュバルツとブランドは聖神心教会を、以前のようにどうでも良い存在とは思えない。特殊能力保有者を捕らえて殺している教会は、彼らにとって敵性勢力なのだ。その敵性勢力と、自分たちを育て、鍛えてくれたギルベアトに関りがあったことに、漠然とした不安を感じてしまう。

 

 

◆◆◆

 シュバルツとの距離を縮め、自勢力に取り込む足がかりとする。ジギワルドのその思惑は完全に失敗。それどころか方針の変更を検討せさるを得なくなった。周囲がシュバルツの登用を受け入れるはずがない、というアデリッサの指摘にジギワルドは納得してしまったのだ。この反応はジギワルドの危機感のなさ故。彼自身はシュバルツを味方につけなくても国王になれると思っている。思い上がりとは言えない。ディアークの息子であり、前王家の血も引いているのは自分だけ。多数が認める次期国王の最有力候補であることは事実なのだ。

「前国王の子だから? まだそんなことを言っている者が……いえ、話としては分かるのですけど……」

 だがジギワルドの側近であるファルクは、強い危機感を持っている。彼はシュバルツがディアークの子である可能性を考えている。国王の座については臣下の声を無視できないかもしれない。だがアルカナ傭兵団の団長を選ぶにあたっては彼らの声は関係ない。実力も実績も明らかに抜けているシュバルツを後継者にと考える可能性は高いと思っているのだ。
 
「王国の臣からの支持は私の力だ。その力を損なうような真似はどうかと思う」

「そうかもしれませんが、最後にお決めになるのは陛下ではありませんか?」

「父上が兄上を選ぶとファルクは考えているのか?」

 きつい目でファルクを睨むジギワルド。この場にオトフリートがいれば、やはり諫言から耳を遠ざけるではないか、などと言うことだろう。だがオトフリートはいない。いるはずがない。

「全ての可能性は無ではありません。お二人の個人としての評価以外が要素に加わることで、ありえない結果となる可能性はあります」

「……そうかもしれないが」

 可能性の話をされてしまうとジギワルドも反発出来ない。そうでなくてもファルクはもっとも信頼している相手。オトフリートに言われなくても、その意見を無視することはない。

「……その要素を薄める方法はあります」

「あるのか!?」

「個人の実力でも、チームの実績でもシュバルツ殿より上だと周囲に知らしめることです」

 アルカナ傭兵団の団長にはシュバルツよりもジギワルドのほうが相応しい。王国の臣下だけでなく、傭兵団の団員たちにもそう思われるようになれば、シュバルツの脅威は薄れる。実現出来ればの話だ。

「……個人の実力を示すことはまだ可能だが、チームの実績は……その機会が与えられないと」

「機会はまだあります。今日明日で後継者が決められるわけではありませんから。それにジギワルド様が持っている能力の高さを示すことで、与えられる機会も増えることでしょう」

 愚者が実績をあげているのは、シュバルツがその能力の高さを認められ、機会を与えられているから。これは間違いないとファルクは考えている。ジギワルドがシュバルツ同様に能力を認められれば、ジギワルドのチーム、太陽にも活躍の機会は与えられる。その機会を活かせるかは、自分たち次第だ。

「私の実力か……それは競技大会を言っているのだね?」

「もっとも直近の機会はそれでしょう。そこで実力を認められれば、機会は得られます」

 ではそれに失敗した場合はどうなるのか。ファルクは失敗した場合の悪影響については話すつもりはない。失敗は覚悟の上なのだ。シュバルツを軽視するのは、自分以外が後継者に選ばれることはないという安心感のせい。それがオティリエの息子であるから、という点には強い不満を持っているが、それも自信の表れ。自分こそが相応しいと考えているからだ。
 ファルクの心に浮かぶのは「本当にそうなのか」という不安。以前は決して考えなかったことだ。だがシュバルツを知って、ジギワルドの甘さを感じるようになり、かつては冷めた目でみていたオトフリートの悪あがきを、しぶとさと見るようになった。ジギワルドの足りない部分が目につくようになってしまったのだ。
 これはジギワルドにとって悪いことではない。だが、それを活かせるかどうかは、彼自身の問題だ。

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