月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第84話 将来の可能性はひとつではない

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 対抗戦の開催が正式に発表された。名称は武術競技会で開催は感謝祭期間中。多くの団員に参加の機会を与える為に、前線に張り付いているチームも帰還出来る、その時期が選ばれたのだ。開催までは残り二か月。参加を迷っている人はまだ多いが、それに関係なく訓練場はいつも以上の活気に満ちている。軍法会議でのゴタゴタを誤魔化す為という当初の目的はともかくとして、団に良い刺激を与えたのは間違いない。

「……なんか注目されてる?」

 愚者のメンバーも訓練場に来ている。任務前の日課に戻しているのだ。ただ、周囲からの注目度は任務前とは違っていた。

「今更、という気もしますが、確かに視線の数はかなり多いですね?」

 クローヴィスにしてみれば、以前から悪い意味で注目されていた。ただ注目される意味とその強さが変わっていることは感じている。

「なんだろう? また嫌われたかな? それとも……何か盗もうとしている?」

「後者が技をという意味でしたら、その通りだと思います。シュバルツ様の参加は決定していますから、対戦する可能性を考えて、研究するのは当然です。それに鍛え方も気になるのではないですか?」

 集まっている視線の多くはシュバルツたちが行っている鍛錬のやり方を盗もうと考えているか、弱点を探そうとしているかのいずれか。クローヴィスはそう考えている。正解だ。

「様?」

「任務は終わったのですから、敬称をつけるのは当然です」

 任務中は上下関係を明らかにしない為に呼び捨てにしていた。黒狼団の仲間は皆そうなので、それに合わせていたのだ。

「でもシュバルツ」

「それは……わざわざ偽名に戻す必要はないと思います」

「それはそうか」

 実際はシュバルツも偽名なのだが、本人はそう考えていないので、それを指摘することはない。

「鍛錬方法といえば、気にされていたことについて父に聞いてみました。父もはっきりとしたことは分からないそうですが、内気功はギルベアト殿が個人として習得したものであろうということです。他に使い手がいないことが理由です」

 内気功についてシュバルツは情報を集めようとしている。ノートメアシュトラーセ王国内の情報しか入手は難しいが、シュバルツたちが教わった相手、ギルベアトはそのノートメアシュトラーセ王国の近衛騎士団長だった人物だ。何か情報を得られると考えたのだ。

「フィデリオも個人的に習った?」

「それについて父は知りません。フィデリオ殿の存在も、傭兵団に入団して初めて認識したくらいですから」

「そうか……俺は爺のことを何も知らないな」

 シュバルツが知るギルベアトは物心ついたあと、放浪の身になってからの彼だ。ノートメアシュトラーセ王国にいた時のことは何も知らない。身体能力を飛躍的に高める内気功は優れた技だ。それをギルベアトは個人だけのものにしていた。そんなことがあるのかと疑問に思う。何の縁もない孤児たちに教えて、国の仲間に、フィデリオはいるが、教えなかったのは何故か。その理由が分からない。

「武人として尊敬できる人物だったと父は言っていました」

「それ以外は尊敬出来ない?」

「そういう意地悪な意味ではありません。一武人に徹していたということです。そういう人物なので地位を追われてしまったというのはあるようですが」

 前王に対して甘言を弄することなく、おかしいと思うことは素直に口にした。そのせいで前王に嫌われ、近衛騎士団長の地位を奪われることに繋がった。この点で武人に徹していたとは言えない。シュバルツの受け取り方はひどすぎるが、世渡り下手なところがあったのは事実だ。その要領の悪さも、アーテルハイドにとっては尊敬できる点なのだろうが。

「ただ強くなる。それだけを考えていたのであれば、人に教えている時間が無駄と考えるかもしれない。でも、フィデリオには教えている」

「そのフィデリオ殿に聞けば良いのではないですか? 父よりも良く知っているはずです」

 フィデリオは部下であり、弟子だった。誰よりもノートメアシュトラーセ王国にいた時のギルベアトを知っているはずだとクローヴィスは思う。

「そうだな……そうするか」

 もっとも詳しい人はフィデリオ。これはシュバルツも分かっている。だが自分の知らないギルベアトの一面が垣間見えたことで、フィデリオにも怪しさを感じてしまっているのだ。

「傭兵団全体に教えるつもりはないのですか?」

 内気功についてはクローヴィスも考えることがある。この技をアルカナ傭兵団全体に広めるべきだと。それによりアルカナ傭兵団は今よりもずっと強い集団になるはずだ。

「分かっていて聞くな。俺が強くしたいのは黒狼団。アルカナ傭兵団じゃない」

 シュバルツにその気はまったくない。自分たちの強みを何故、敵であるアルカナ傭兵団に教えなければならない。こんな考えだ。ただ、そうでありながらクローヴィスとセーレンには教えている。確たる考えというわけではないのだ。

「……その黒狼団を、全てとは言いませんが、何人か団に加えることは?」

 黒狼団の中でも実力者であるロートたち。彼らをアルカナ傭兵団に入れ、愚者のメンバーとすれば最強の称号を手にすることも夢ではない。これは以前からクローヴィスが思っていたことだ。

「しない。傭兵団の目的と俺たちの目的は違う。今回もそれが良く分かった」

 黒狼団結成の元々の目的は、「エマを守る」はシュバルツとロートの個人的なものとして、全体としては「貧民街育ちの自分たちが安心して暮らせる場所を作ること」だ。貧民街に暮らす孤児たちが教会に攫われていることを放置しているアルカナ傭兵団とは相容れない。個人的な関係は別にして、組織間の溝はさらに深まってしまっている。

「何かありましたか?」

 別行動だったクローヴィスは教会の一件を知らない。シュバルツが言った「今回も」に心当たりがなかった。

「何かというか……色々? それに傭兵団が俺を受け入れていないのは事実だろ?」

「全員ではありません。それに、そういった人はかなり減っていると思います。今は逆に受け入れて欲しがっている人が増えているのではないですか?」

 シュバルツに悪意を向けている人はかなり減った。近年、聞くことのなかった他のチームを圧倒する戦果。そんな結果を見せつけられては、シュバルツの実力を認めないわけにはいかない。認めてしまえば、頼りになる存在という見方に変わるのだ。

「受け入れて欲しい? それってどういうことだ?」

「……色々?」

「おい?」

「冗談です。愚者に入れて欲しいと言ってきた人は、一人二人ではありません。それとは違う意味で、父はこのままずっとアルカナ傭兵団で働くことを受け入れて欲しいと言っていました」

 自分を受け入れて欲しい。アルカナ傭兵団を受け入れて欲しい。求めるものは違うが、シュバルツに受け入れて欲しいという思いは同じだ。

「どちらも却下」

「もう少し考えても……」

「メンバーを増やすというのは考えても良い。でも受け入れられる人がいるかな? 実力も口の堅さも、それなりのものを求めることになる。お前たちみたいに成り行きで認めるわけにはいかないからな」

「成り行き……まあ、そうですけど」

 自分がシュバルツの従士になったのは成り行き。そういう言い方は寂しく感じるが、事実ではある。今考えると、よくもまあくシュバルツは受け入れたものだとも。クローヴィス、そしてセーレンの父はアルカナ傭兵団の幹部。シュバルツがもっとも遠ざけたいと思う相手のはずなのだ。

「なによりも必要だと思わない。何かまた変な任務が与えられて、今のメンバーでは足りないと思うことがない限り、増員はいらないかな? ああ、欠員が出る可能性はあるか」

「欠員ですか?」

 そんな予定はない。クローヴィスが知る限り、辞めようと思っているメンバーなどいないはずなのだ。

「競技大会で優勝すれば上級騎士になれる。クローヴィスも自分のチームを持てる」

「……そういうことですか」

 父のようになる。上級騎士となって自分のチームを持つというのは、その夢に近づくことになる。だがそのことに、かつてのような熱い想いを感じない自分がいる。クローヴィスの心は複雑だ。

「まあ、勝つのは俺だから無理だけど」

「……ただでは負けません」

 シュバルツの背中に追いつく。いつの間にか出来上がっていた新しい目標。競技大会に参加しても、シュバルツと対戦することは難しいとクローヴィスは思う。同じチーム同士が当たるのはあとのほうになるはずで、その前に他の上級騎士と戦うことになる。頑張って勝ち進んだとしても待っているのはルイーサやテレル、もしかすると父親のアーテルハイドかもしれない。さすがにそこを勝ち抜ける自信は、クローヴィスにはない。
 それでも挑戦はするつもりだ。今の自分はどれだけ強くなれているのか、それを確かめる絶好の機会なのだから。

 

 

◆◆◆

 二度にわたるベルクムント王国敗北の影響は西方諸国だけにとどまるものではない。聖神心教会内の勢力争いにも大きな影響を与えることになる。西方諸国に対するベルクムント王国の支配力が弱まるようなことになれば、西方を管轄する西部教区、その中心である西部中央教区の教会内での影響力を弱めることに繋がってしまうのだ。
 ベルクムント王国は西部中央教区を全面支援しているわけではない。それは東部中央教区とオストハウプトシュタット王国との関係も同じ。本来、両国の国力のバランスと教会の勢力争いには直接的な関係はないはずなのだが、アルカナ傭兵団を中核とした中央諸国連合との戦いは教会の敵である異能者との戦いとして見られており、その戦いに勝利する者が神の御心に沿う働きをしている者として高い評価を得られることになる。対立する二派が勝手にそういうルールを作り上げ、二派と関係のない人たちまでそれに乗っかってしまっているのだ。
 教会での働きを評価することは難しい。既に大陸全土に広まっているので、新たな布教場所を開拓するなどまず不可能。まだ見ぬ新大陸の探索に飛び出した人がいないわけではないが、成功するか分からない、帰還できるかも分からない挑戦に乗り出すような人は、そもそも名声など求めていない。それに伴う地位も。
 布教活動において、その活躍に大きな差は出ないとなれば、それ以外のことで評価を決めるしかない。そんな風潮なのだ。
 馬鹿げた話だ。救済を教義のひとつとしている教会が、戦争の結果で評価される。さらにその評価には人格などというものが加味される余地はない。極端な話、どんな手を使っても勝てば良いということなのだ。

「……これもまた許すべき人の愚かさ。教皇様はこうおっしゃるのですかな?」

「正しい道に導けない自分の愚かさを恥じるばかりです」

 人の身としては聖神心教会の頂点に立つ教皇に向けるには、かなり無礼な言い様だ。だがそれを咎めるつもりは、教皇にはない。遠慮のない発言を許せる相手なのだ。教皇個人としてであり、周囲の者が聞けば、目くじら立てて怒るだろうが。

「恥じているだけでは戦いは止みません。無用な争いは止めろと言うべきです」

「……異能者との闘いは、神の敵との闘い。それを止めろと伝えても、誰も言うことを聞きません」

「その大義名分が嘘であることを教皇様はご存じのはずだ」

 異能者は悪魔の手先。教会で信じられているこれが嘘であることをこの男は、教皇も知っている。

「私が知っていても、他の人たちが嘘であることを受け入れなければ、それは大義名分になり得るのです」

 そして嘘だと知っているのはこの二人だけではない。勢力争いを行っている人々も嘘だと分かっていながら、それを利用しているのだ。さらに勢力争いだけに利用されているのではない。教会がかつての力を取り戻す為には、人類共通の敵が必要で、かつ、その敵との戦いでの勝利が必要。それを作り出そうとしているのだ。

「では教えてやれば良いのではないですか? 本当の敵は別にいると」

「私が教えるまでもなく皆知っているはずです。神にあらがう存在が何者かを」

 知っていて、目に見えないその存在を、目に見える人たちに当てはめている。異能者は悪魔の手先。これはそういうことだ。

「……では、神の為の戦いに使われようとしている技の根本は、悪魔の手先の力と同じものだと教えるのは?」

「その結果、多くの罪のない人々が殺されることになるでしょう。その犠牲の結果でも、愚かな争いが終わりを迎えなければそれは無駄死に……いえ、死に意味のある死も無駄な死もありませんね」

「それはどうでしょう? 命を捨ててもなすべきことはあると思います」

「……そうですね。私もそのような死を求めている一人でした」

 自分の無力さを悔やみ、恥じながらも教皇の座を降りないのは、いつか、何か、自分の果たすべき役割が生まれるはずだという想い、願いがあるから。教皇は自分が否定した意味のある死を求めているのだ。

「見つかりませんか?」

「無能な私ですが、考えることは諦めておりません。考えて考えて、それでも良い考えが浮かばないのです。頭に浮かぶのは後悔ばかりです。もっと前に、このような状況になる前に、止めることは出来なかったのかと」

 男の勧めをことごとく否定しているのは、すでに教皇自身が考えたものであったから。考えて、その結果も考えて、良い考えではないと結論づけているものなのだ。

「……ベルクムント王国を追い込んでいるアルカナ傭兵団の傭兵は、どうやらギルベアトが育てた者のようです」

「ギルベアトというのは?」

 いきなり関係のない話を向けられて戸惑う教皇。ギルベアトという名も教皇は知らないのだ。

「さすがにご存じありませんか。元はノートメアシュトラーセ王国の近衛騎士団長だった男です。反乱が起きた時に国から逃げ、ベルクムント王国の王都ラングトアに隠れ住んでおりました。そこで孤児を集め、鍛えていたのです」

 男はギルベアトを知っている。彼がラングトアで何をしていたのかも。知らないのはその逃避行にシュバルツも一緒にいたということ。男はシュバルツを元々ラングトアにいた孤児だと思っている。

「……ノートメアシュトラーセ王国の近衛騎士団長……その彼が鍛えた子供がアルカナ傭兵団に?」

 男に説明されても教皇は事情が理解できない。ノートメアシュトラーセ王国はアルカナ傭兵団の本拠地。そこの近衛騎士団長が何故、教会と関りがあるのかが分からない。その彼が鍛えた子供が何故、アルカナ傭兵団の傭兵になったのかも。教皇にはすべてが伝わっているわけではないのだ。

「愚者と呼ばれています」

「愚者!? しかし、それは……異能者をそのギルベアトという人は鍛えていたというのですか? いや、ラングトアですと管轄は西部中央教区ですか……」

「ギルベアトが何を考えていたのかは分かりません。聞くこともできません。彼は亡くなったそうです。ただ……彼は彼の考えで行動していた。そういうことなのだと思います」

 ギルベアトの選択は教会とは関係ない。それは間違いないと男は思っている。

「……その新たな愚者は?」

「私も詳しいことは知りません。ただ、彼が関わった戦いの結果を話に聞くだけで、面白い存在だと思えます。事を大きく動かす存在。そう見ております」

 ベルクムント王国の敗戦。この結果だけで驚きだ。さらにその結果を受けて、事が動こうとしている。良い方向か悪い方向かは関係なく。

「貴方がそういうからにはそうなのでしょう」

「ただ、悪魔の手先かもしれません」

「……教会に正義があれば、それは困りますね」

 教会に正義があれば。教皇はわざわざこんな前提をつけた。教会が正義であるのは当たり前のこと。教皇が異なる可能性を匂わせるような言葉を使うのは異常なことだ。だが今の教会を正義であると言い切ることが教皇には出来ない。神の教えに忠実であることが正義の証であるとすれば、そこから外れるような活動をする教会は何なのか。神にあらがう存在として悪魔があるのであれば、神に背く教会にあらがう存在は何者なのか。
 教皇の心に愚者、シュバルツの存在が刻まれることになった。

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