月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第82話 なんだか分からないけど、こういうのは二度とごめんだ

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 シュバルツがアルカナ傭兵団の団長になることはない。トゥナのこの発言はディアークにとっては驚きで、シュバルツを排除したいと考えているルイーサもその真意を知りたがった。唯一、アーテルハイドだけは、少なくともシュバルツがその地位を喜んで引き受けることはあり得ないだろうと考え、団長にならないだけでなく団を去る可能性も想定しているので、二人に比べれば冷静に受け止めることが出来ている。トゥナが断言したという点については珍しいことだと、少し驚いているが。
 だがトゥナがそれ以上のことを語ることはなかった。団長にならないということは分かっても、それ以上のことは何も視えていない。それが良いことか悪いことかも分からない。語りたくても語れないというのだ。
 未来視では当たり前にあること。トゥナは「絶対に」と断言したが、他の可能性がないわけではないはず。今視える未来はそういうことなのだと、とりあえず納得して、ディアークは話を終わらせた。何かまた視えるものがあれば、トゥナはそれを教えてくれる。今日話を続けることに拘る必要はない。それに、次の約束もあった。

「ルイーサの件は悪かった」

 開口一番、ディアークが口にしたのはルイーサがしでかしたことへの謝罪。相手は当然、シュバルツだ。約束はシュバルツとのもの、といっても二人だけで会っているわけではない。アデリッサとオトフリート。さらにオティリエとジギワルドも一緒だ。

「謝罪はいらない。許すつもりはないからな」

「おいおい」

「あれを『悪かった』の一言で許せと? それはいくらなんでも甘すぎないか? それに謝罪は勝ったあとで聞くつもりだからな」

 ディアークに謝らせるにしてもそれは対抗戦を勝ち上がり、直接対決で勝ったあと。 だとしてもルイーサを許すつもりはないが。

「そうか……それだと謝罪する機会がないと思って、今謝ったのだが……そう言うなら撤回する」

「初めからそのつもりだっただろ? でも、まあ、良い。じゃあ、そういうことで」

「おい? 話はこれからだ」

 席を立とうとするシュバルツを呼び止めるディアーク。別にルイーサの一件を謝る為にこの場を用意したのではない。そうであれば、他の人たちが同席する必要はない。その同席者が面倒なので、シュバルツは席を立とうとしているのだが。

「……じゃあ、手短に」

「勝手に決めるな。いいから座れ。食事も用意してある」

「いらない」

 席には座ったものの、食事は拒絶するシュバルツ。

「心配しなくても毒など盛るはずがない。それに、アデリッサの用意したものは食べたと聞いている」

 シュバルツが信用していない人から出された食事には口をつけないという話はディアークも知っている。拒絶したのはその理由だと考えたのだが。

「そういうことじゃない。いらないと言ったのは、家に食事が用意されているからだ」

「食事の用意? ああ、戻ってきたのか?」

 誰が食事を用意しているのかと考えれば、エマである可能性が高い。軍法会議の日に忽然と姿を消したエマ。その彼女が帰ってきているということだ。

「戻ってきているはず。だから手短に」

「……そうか、今日だったか」

 ディアークにとってこの場は家族が一同に会する場。このような場を作る口実など中々ないのだが、シュバルツが久しぶりの帰還とあってアデリッサがお茶の場を用意しようと考えていることを聞き、乗っかることにしたのだ、ジギワルドに関しては、シュバルツとの距離を縮めたいと考えていたところに丁度良い機会。声をかけたらすぐに乗ってきた。嫌がっているのはシュバルツ本人とオトフリートの二人だけだ。
 とにかく、次にいつ実現出来るか分からない場。それが想定よりも短い時間で終わることは残念だった。

「そちらが食べるのはご勝手に。俺はお茶だけで良い」

「そう言わずにお菓子も召し上がっていきなさい。食事のあとにと思っていましたけど、そういうことなら先に用意させるわ」

「じゃあ、お菓子も」

 アデリッサに言われてお菓子も食べることにしたシュバルツ。前から知っていることなのだが、こうして目の当たりにすると二人の関係が不思議に思えてしまう。シュバルツがこんな風に素直に言うことを聞く相手を、ディアークは知らない。仲間たちに対してはそうなのだろうと分かっていても実際に見たことがないのだ。

「ご苦労だったな。労いの言葉くらいは受け入れてくれ」

 目くばせで配膳を指示するとディアークはまたシュバルツに向けて話しかけた。

「まあ」

「正直、ここまでの結果になるとは思っていなかった。どこまで最初から考えていた?」

 せっかく家族が集まったというのに、と思っているのはディアークだけだが、結局、仕事の話。こういうところはディアークの親として足りないところだ。といっても家族として共通の話題などないので、誰でもこうなるだろうが。

「……いや、まったく。半分は成り行きかな?」

「では決めていた半分とは何だ?」

 成り行きと聞いて唖然としているジギワルドを横目で見ながら、ディアークは話を続ける。

「ああ、半分という言い方は間違いか。盗賊騒ぎじゃなく、反乱にしようと決めたのはノイエラグーネ王国を出たあと。シュタインフルス王国の情報を得て、決めた」

「そのほうが成功すると思ったのか?」

「いや……犠牲にするのが嫌だったから。ずっと悩んでいたところに、別の方法を思いついたから」

 一瞬、ジギワルドに視線を向けたあと、シュバルツは計画を変更した理由を答えた。もともとの計画はベルクムント王国の謀略をやり返すというもの、その件で、ブランドがジギワルドに批判的な話をしたことを覚えているのだ。

「反乱でも犠牲が出る。より多くの犠牲となる可能性もあった」

「命をかけるに値する何かがあり、それを得る為であればと、納得して参加している人が死ぬのは仕方がない。仕方ないで終わらせるのはあれか……でも犬死よりはマシだ」

「なるほどな……反乱は成功。命をかけた甲斐があったという結果か」

 シュバルツが誰のことを話しているのかは、ルイーサに話を聞いて知っている。

「いや、失敗だ。シュタインフルス王国の人たちは権力交代を求めなかった。心の中では求めていたとしても行動に移さなかった。結果、前よりは少しマシな権力者に実権が移っただけ。その少しマシな奴が、この先もずっと、マシなままかも分からない」

「それでも首謀者は生きている。少しはマシな結果だろ?」

 シュバルツが反乱を選んだのは盗賊をさせられる人たちの犠牲を嫌っただけでなく、パラストブルク王国での反乱をやり直したかったからだとディアークは思っていた。どうすればローデリカを死なせずに済んだのか、実際は死なせることなく反乱を終わらせられているが、を知りたかったのではないかと。

「……まあ」

「ベルクムント王国の……俺ばかりが話をしていては、この面子で集まった意味がないか。何か聞きたいことはないのか?」

 任務の詳しい話は聞きたい。だがこの場はそれぞれの距離を近づける為のもの。ジギワルドだけの希望ではなく、ディアークもそれを望んでいるのだ。

「では私から。父上が聞こうとしていたことと同じだと思うけど、ベルクムント王国軍への攻撃は何故? 勝算があったのかな?」

「これ、どういう場だ?」

 シュバルツにはこのメンバーで集まる意味が分からない。アデリッサがオトフリートを同席させようというのはいつものことだが、そこにオティリエとジギワルドまでいるのが不思議だった。

「良いから答えてやれ。参考にしたいのだ」

「参考にならないと思うけど……勝算はない。ベルクムント王国軍をシュタインフルス王国に入れたくないと思ったから、邪魔しただけだ」

「それで失敗したらどうするつもりだった?」

 勝算もないのに実行したのだと聞いて、驚きの表情を浮かべるベルジギワルド。彼には理解出来ないやり方なのだ。

「他の方法を考える。それも失敗したら別の方法。それでも駄目なら諦める」

「諦めるって……そんなことは許されない」

「誰が? 失敗して一番困るのは、期待させておいて裏切ってしまうことになる俺だ。そうなっても別のことを考えるつもりだったし、こちらのほうは上手く行く可能性はあった」

 表の世界は無理でも、別の場所に居場所を作ることは出来た。約束と違うと責められることになったかもしれない。だが、事実そうなのだから受け止めるしかない。それにこれが最後の機会というわけでもない。自分たちが生きやすい場所を作るという黒狼団の目的にも、表の世界というのは含まれているのだ。

「しかし任務に対して、そんないい加減な考え方で向き合って良いはずがない」

「……お前も何か言え……知らない振りするな。どう考えても自分のことだと分かるだろ?」

 シュバルツが話しかけているのはオトフリート。ジギワルドの相手をするのが、すでに面倒くさくなったのだ。

「……どうして俺がお前を庇わなければならない」

「庇ってもらう必要はない。ただ、俺が言いたいことを分かりやすく説明してもらいたいだけだ」

「だから、どうして俺が?」

「俺では話が通じなそうだから。その点、二人は兄弟だ。同じような環境で育ったのだから、どういう言い方をすれば理解されるかくらいは分かるだろ?」

 ジギワルドと話すことがシュバルツは面倒だ。考え方の根本が違う。こちらが話しても、自分の考えや価値観と異なることは受け入れようとしない。こんな風に思っている。

「俺にも分からない。分かるのは聞く耳を持っていない奴に、何を話しても無駄だということだ」

「ち、ちょっと待ってください。私はちゃんと人の意見に耳を傾けている」

「自分が求める言葉を吐く口には。そうでない者の声を届かない」

 そもそも耳を塞ぎたくなるような言葉を向ける者がジギワルドの周りにはいない。自分とは違うとオトフリートは思っている。

「諫言を嫌うほど狭量ではありません」

「それは自分で判断することではない。諫言を語る者に聞くのだな」

「では、兄上はどうなのですか!?」

 オトフリートは人に文句を言えるほど立派な人間なのか。そうではないとジギワルドは考えている。甘言ばかりの愚かな部下しか周りに置いていないと見ているのだ。

「兄弟仲、悪いな。知っていたけど」

 ジギワルドが声を荒らげたところで、シュバルツが割り込んできた。さすがに激しい喧嘩になってしまうのは良くないと考えたのだ。

「知っていたなら俺を巻き込むな」

「ええ……だって、話が通じない」

「だから私はきちんと聞く耳を持っている! そちらの説明の仕方が悪いのだ!」

 場を和ませようとしたシュバルツであったが、それは失敗。本当にその気があるのかとオトフリートは、ディアークも思うだろうが。

「絶対にこうでなくてはならない、なんて決めつけていたら成功なんてしない。その時その時の状況に合わせて、柔軟に変えていかないと。ということを言いたかった」

「……まったくそんな風には聞こえなかった。やはり、説明の問題だ」

 今の説明ならジギワルドも納得だ。だがこれまでの話のどこにこういう意味が含まれていたのかと思ってしまう。

「そんなことはない。少なくとも兄は理解している」

「兄って呼ぶな!」

「お前まで怒るな。それとも呼び捨てのほうが良かったか?」

 オトフリートが怒ったのはそんな単純な理由ではない。だがシュバルツには分からないことだ。

「オトフリート様と呼べ」

「絶対に嫌だ。とにかく、理解していただろ? この問いの答えくらいは話せ」

「……お前が受け取った任務通りに働いたことなど一度もないからな。正しいかどうかは別にして、その場で考えていることは知っている」

 シュバルツがもたらす結果は、いつも想定外のものばかり。与えられた指示のままに動いたことなど、一度もないと言える。今回も同じだ。ただ今回についてはアルカナ傭兵団からの具体的な指示などなかった。最初から自由にやらせようとしたのだ。

「どうしてそんなことが……?」

 その結果、シュバルツは周囲が驚く結果を出している。何故、そんなことが出来るのか。自分に足りないのは何なのか。それがジギワルドは知りたい。

「指示通りにしか動けないお前の下には、指示通りにしか動かない部下ばかり。それが違いだ」

「それを言うなら兄上のところはどうなのです?」

 また喧嘩が始まる。そう周りは思ったのだが。

「指示通りにも動けない奴らばかりだ。だからといって、この先もずっとそうであるとは限らない。少なくとも一人、そうではなくなった男を俺は知っている」

 オトフリートは反論することなく、自分のところの問題を認めた。自分の下にいた時は、ただの役立たずだと思っていた。だがその従士はシュバルツの下に移り、自分を変えた。どれほどのものになったのか、詳しいことまではオトフリートも知らないが、自分が見誤っていたのは間違いない。そう思うようになっているのだ。

「へえ……今の話を聞いたらボリスは泣くな」

「言うな」

「どうして? 泣くは大げさかもしれないけど、絶対に喜ぶと思うけど? あっ、恥ずかしいのか? まあ、そうだな。俺がお前でも恥ずかしいかな?」

「お前は俺ではない。気持ちが分かるはずがない」

 たとえ正解であっても、認めるオトフリートではない。シュバルツ相手であれば、絶対だ。

「素直じゃないな。エマ相手だと素直になるくせに。差別だ」

「……お前、まさか?」

 エマの名が出たことで、一気に顔が赤くなるオトフリート。これは隠しようがない。恥ずかしいのだ。

「心配するな。たまに来ていることを伝え聞いただけで、何を話したかまでは知らない。これから会うけど、そういうことを話すエマじゃない。分かっているだろ?」

「……まあな」

 そこまでのことは考えていなかった。そういうことを考えることなく、自然に話が出来る相手なのだ。全てを明かしているわけではないのに、なんとなく気持ちが軽くなる。食堂はそんな場所なのだ。

「俺が礼を言うと怒るだろうから言わないけど……あれだ……エマが安心できる相手がいてくれていたのは良かった。アデリッサさんも。アデリッサさんにはお礼を言っても平気だな。気にかけてくれてありがとう」

 長くエマの側を離れることになっていた。シュバルツだけでなくロートも。何人か他にも仲間は残していたが、いつもに比べれば、かなり手薄。それを不安に思う気持ちがシュバルツにはあった。

「私にもお礼はいりませんよ。私が行きたくて行っていたのです。あの場所で過ごす時間は心地よくて」

 アデリッサにとっても食堂は居心地の良い場所だ。あそこでは人の目を気にしないでいられる。アデリッサが誰かを知って、それでも親しげに話しかけてくれる人がいる。この国にもそういう人がいる。これを教えてくれた場所なのだ。

「あ、あの……エマさんは、その……」

 任務の詳細以上に聞きたい話。だが、はっきりと聞く気持ちにもジギワルドはなれない。

「……何故だか俺には理解出来ないが、こいつと彼女の間に付け入る隙などない。それが分からないところが、自分に都合の良いことしか見えていない証拠だ」

 問いの答えを口にしたのはオトフリートだった。

「別に見えていないわけでは……いえ、これは素直に認めます」

 がっくりと肩を落とすジギワルド。シュバルツとエマの関係について、まったく気づいていなかったわけではない。ただ、こうしてはっきりと言ってくれる人がいなかっただけだ。諦めるには良い機会。ジギワルドはこう考えることにした。

 

 

「さてと、俺の用事は済んだから、そろそろ戻る」

 シュバルツがこの場に参加する意味があったとすれば、それはアデリッサとオトフリートにお礼を伝える機会として。アデリッサに対してはいくらでも機会はありそうだが、オトフリートとはいつ顔を合わせられるか分からない。一対一で顔を合わせても、きっと話を切り出せない。なんとか用は済ませた。そうなるともうこの場にいる理由はない。

「もう帰るのか……今回は仕方がない。次は食堂で集まることにしよう」

 ディアークとしてはまだまだ話し足りない。だがエマたちが待っているとなると無理に引き止めるのも良くない。次の機会を作ることにした。

「いや、集まらなくて良いから」

「良いではないか。俺もあそこの食事は大好きだ。いつも食べられるお前が羨ましい」

「……そんなことを言っても認めないからな。こういうのはこれで終わり。じゃあ、俺は帰る」

 エマの料理を褒められると、それがディアークであっても嬉しい。にやけそうになるのを、なんとかこらえて、シュバルツは席を立った。

「途中まで送ろう」

「いや、良いから」

 さらに送るとまで言い出したディアーク。少しでもシュバルツといる時間を増やしたい。トゥナの、シュバルツはアルカナ傭兵団の団長にはならない、という未来視を気にしているのだ。
 そんなことを知らない、仮に知っていたとしても、シュバルツにとっては迷惑な話だ。

「そう言うな。途中までだ」

「だから良いって」

 という感じで、小さくもめながらも、一緒に部屋を出ていく二人。扉が閉まった瞬間に部屋の雰囲気が変わる。良くも悪くも周りを熱くするシュバルツがいなくなってしまえば、どうしても冷めた空気になってしまうのだ。

「……仲がよろしいのですね?」

 口を開いたのはオティリエ。彼女は対立など求めていない。兄弟で、出来れば自分とアデリッサも、仲良くやっていきたいのだ。ただそれはあくまでも彼女の個人的な感情だ。

「そうですね。ヴォルフリックもエマも、一緒にいて気持ちの良い人物ですわ」

「どうすれば彼らと仲良くなれるのかしら? 私は最初に嫌われたみたいです」

 嫌われているというより、相手にされていない。オティリエが向けられることに慣れていない態度だ。だから理由が分からない。あえて理由をあげると「興味がないから」なのだが、オティリエは他の理由を探してしまうのだ。

「仲良くですか……それは無理ではないですか?」

「どうしてですか?」

 オティリエの表情がややきつくなる。いつもの悪意。アデリッサの言葉をそう受け取ったのだ。

「お忘れなのか、とぼけていらっしゃるのか分かりませんが、彼は前王の遺児なのですよ? オティリエ様が仲良くしたいと思っても、周りがそれを許すかしら?」

「それは……」

 ノートメアシュトラーセ王国の臣たちもシュバルツに対し、アルカナ傭兵団の団員たちとは違った理由で、悪感情を向けている。アルカナ傭兵団の団員の多くは、ディアークを復讐相手と見、アルカナ傭兵団に対して批判的な発言を繰り返すシュバルツに反感を持っているのだが、王国の臣はそれとは理由が違う。前王の遺児であるシュバルツが王国に争乱を巻き起こすことを不安に思っているのだ。そこまで危険視していなくても、シュバルツの存在は、反乱後に忠誠の向け先をあっさりと変えた臣下たちに後ろめたさを感じさせてしまうのだ。
 王国から追放したい、出来れば死んで欲しいと思っている臣下たちが、シュバルツに権力を与えることなど許すはずがない。アデリッサはこう考えている。

「私は彼にオトフリートを支えて欲しいと考えています。機会がある度に、それを彼に求めています。でも、同じことを貴女たちは出来ない。ですから、仲良くしようとするのは無駄な行為ですわ」

 オティリエとジギワルドには多くの臣下の支持が集まっている。その支持を背景にノートメアシュトラーセ王国の玉座を狙っている。シュバルツを取り立てることは、その支持者の意向に背くこと。そんなことは出来ないはずだ。一方で追い詰められているオトフリートにはそれが許される。支持者もそれで玉座を手に入れられるのであれば、仕方がないと受け入れるはずだ。

「……こういう事情がなくても彼といるのは楽しいですけど。彼はただの傭兵だった頃の、もっと尖っていた頃の陛下に似ているわ。オティリエ様も、そう思いませんか?」

「……私には分かりませんわ」

 オティリエには分からない。彼女はシュバルツを知らない。それだけでなく、愛するミーナを奪われ、前王への憎しみで心をとがらせていた、それでいて優しさを忘れなかったディアークを知らない。彼女が知るディアークは、ミーナを死なせ、自分が仕出かしたことに強い後悔を抱き、その気持ちから国王という地位に強い責任感を持つようになった彼なのだ。
 それが悪いということではない。そうであるというだけのことだ。

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