月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

古龍の加護 第7話 稽古の時間

異世界ファンタジー 古龍の加護

 約束の合流地点に辿り着いたディーノたち。待ち伏せをされている気配はなかった。これは予想通り。それを許さないだけの早さで合流地点に到着しているのだ。それを確認したところでディーノたちは、また少し離れた場所に移動して、合流地点の監視を始めた。追っ手が現れることを警戒してのことだ。
 だがその気配も全くない。ディーノだけは熱心に監視を続けているがクロードは、そしてティファニー王女も退屈な毎日を過ごすことになった。

「ほう。今のは中々でしたな」

「ほんと?」

 その退屈な時間の一部をクロードは、ティファニー王女の剣の鍛錬にあてた。敵に追われている身だ。剣を使えたほうが良いという考えからだ。

「ええ。鋭い振りでした。ティファニー様は剣の素質があるかもしれません」

「そうだと良いけど」

 クロードに褒められて嬉しそうなティファニー王女、だが。

「甘やかしすぎ」

 ディーノが横から口を挟んできた。

「甘やかしてなどいない。ティファニー様は剣の鍛錬を始めたばかりだ。それにしては良く出来ている」

「それを簡潔に言うと『ド素人にしてはまあまあ』になる」

「ディーノ……」

 ディーノの言うとおりだ。ティファニー王女の剣は実戦で使えるようなものではない。だが、それは当たり前のこと。剣術などこれまで習ったことはなかったのだ。

「そんな実力で敵と戦われては困る。中途半端に剣を学ぶよりも走る練習をして欲しいな」

 ディーノは理由もなく文句を言っているのではない。ティファニー王女を守るという目的を果たす為に、中途半端な真似はするなと言っているのだ。

「走る練習だと?」

「逃げるのだって大変だ。敵よりも速く、敵よりも長く走り続ける必要がある」

「それはそうだが……」

 実際に敵に襲われて、守るのに厳しい状況になれば、ティファニー王女にはその場から逃げてもらうことになる。ディーノの言うとおり、敵から逃げ切れる体力は必要だ。
 だがその鍛錬は地味なもの。ティファニー王女にやらせる気にクロードはなれない。

「それが甘いと言っている。彼女を大事に思うなら厳しさも必要だ。違うか?」

「……まあ、そうだ」

「といっても好き勝手に走り回られても困る。だから鍛錬をするならもっときちんと行え」

 ティファニー王女に走り回られては、彼女を守る立場のディーノも走って付いて回らなければならなくなる。それでは監視のほうが疎かになってしまう。
 解決策は剣の鍛錬でもいいが、もっと体力を使う本格的なものにすること。ディーノはそれをクロードに要求している。

「では、少しだけ厳しくします」

「う、うん」

 ディーノの言い分を聞くことにしたクロード。厳しい鍛錬が始まると思って、ティファニー王女の顔は強ばっている。

「では行きます。まずは右」

 その顔を見てしまっては、クロードは厳しい鍛錬など出来なくなってしまう。右から剣を振ると宣言をしてから始めてしまった。

「どこに斬りつける場所を教える敵がいる?」

「徐々にだ。徐々に」

 ディーノが文句を言っても、それは変わらない。クロードの鍛錬はかなり加減したものだ。

「お前に出来ないなら、俺が代わるか?」

「いや、いい」

 ディーノの提案を即座にクロードは拒否した。

「……代われ」

「断る」

「人が親切で言ってやっているのに! 断るとはどういうつもりだ!?」

 自分では珍しく好意を見せたつもりのディーノ。それを拒否されて怒っている。

「お前に任せては、ティファニー様に何をするか分からない!」

「何をするって……俺に少女趣味はない! 剣を教えるだけだ!」

「そんなことは分かっている! お前では厳しくしすぎると言っているのだ!」

「はあ!? お前にだけは、それは言われたくない!」

「それこそ、何故、お前にそんなことを言われなければならない!?」

 お前だけになんて言われる覚えはクロードにはない。それに文句を言い返したのだが。

「学生の時に、お前は俺に何をした!?」

「……あっ……あれか……昔のことは良いだろ?」

 言われる覚えはあった。それをクロードは思い出した。

「よし、そんなことを言うなら、お前が俺にやったと同じことを彼女にしてやろう」

「それは駄目だ!」

「なるほどな。自分が酷いことをした自覚はあるわけだ。いや、当時から分かっていて、それでもやったってことだな」

「いや、そうじゃない。騎士を目指していたお前と、ティファニー様は違うだろ?」

「俺は騎士になりたいなんて思っていなかった」

 騎士だけでなく、他の何にもなりたいと思っていなかった。クロードと出会ったばかりの頃のディーノはそうだったのだ。

「そうだったとしても、お前は騎士になった。やったことは間違っていないはずだ」

「……それは認める。だがそれは結果論だ」

「結果良かったんだから良いだろ?」

「じゃあ、お前は、たまたま通りがかった人を理由なく殺しても、偶然その相手が犯罪者だったら良いことだと言うのか?」

「……例えが分かりづらい」

 罪は軽減されるだろうが良いこととは決して言えない。それは分かっているが、ディーノの追及を躱す為にクロードは話を誤魔化すことにしたのだが。

「じゃあ、分かりやすく説明してやる。いいか、殺人を行う男をAとする。Aは――」

 ディーノには通用しなかった。

「もういいから。分かった。当時の俺は確かに厳しくしすぎた。それは謝る」

 ディーノのしつこさに観念して、謝罪を口にしたクロード。だがこれは間違いだ。クロードはディーノの面倒くささを完全には理解出来ていなかった。

「俺は過去の出来事を謝罪しろとは言っていない。鍛錬をするなら、もっときちんとしろと言っているだけだ」

「面倒くさい男だな……」

「……ディアーナにはもう少し厳しかったと思うけどな」

「おい!」

「あっ……えっと、まあ、ディアーナはもっと大きかったしな」

 クロードの声で、ティファニー王女とディアーナを比較するような言葉を発してしまったと気が付いたディーノ。何とか誤魔化そうとしたのだが。

「……そうなの?」

 ティファニー王女は少し寂しそうな表情を見せて、ディーノの言葉が事実なのかをクロードに尋ねてきた。

「違うのです! ディアーナ様は自分だけが鍛錬に参加出来ないことを不満に思って。それに手加減されることも嫌がって……」

 慌てて言い訳をするクロード。だがその中身はまったく言い訳になっていない。ディアーナには、もっと厳しい稽古をつけていたと認めているだけだ。

「母上は戦う必要があったの?」

「それは……」

 必要などない。当時はまだカストール帝国は隣国にも到達していなかったのだ。

「……私、もっと頑張るから」

「ティファニー様……」

 ティファニー王女の覚悟を知って、感激しているクロード。だが、今必要なのはそういうことではない。

「さっさと代われ」

「だから、お前には任せられないと言っている」

「それはこっちの台詞だ。初めから強かったお前に、弱い人間がどうすれば強くなれるかなんて分からない」

「そんなことは……いや、分かった。任せる」

 自分だって努力をして強くなった。その言葉をクロードは飲み込んだ。事実ではあるが、それはディーノに向かって言う台詞ではない。ディーノの努力に自分は優るとは、自信を持って言えないのだ。

「では始めます」

「……はい」

「初めは目を慣らすところから。見えないものを防ぐことは出来ません。見えていないものを斬ることは出来ません」

「……ディーノさんも、そうやって強くなったの?」

 ディーノは恐らく、最初は弱かった。クロードとのやり取りで、ティファニー王女にはそれが分かった。そのディーノの教えは、きっと自分の経験から来るもの。そう彼女は考えた。

「それを知ることに意味はありません。必要なのは、どうすれば貴女が強くなれるかを考えることです」

「……うん」

「では、まずはこれ」

「えっ……?」

 目の前を通り過ぎた影。それが何かティファニー王女は分からなかった。分かったのは、それが通り過ぎ、ディーノが剣を構え直してからだ。

「見えました?」

「……影しか見えなかった」

「それは見えていたということです。目は悪くないようです。案外、素質があるかもしれませんね。では、もう一度。行きますよ」

「頑張る!」

 気合いを入れた様子のティファニー王女。ディーノに褒められたことで、その気になったのは明らかだ。
 それを見ているクロードは、思っていたような内容ではないことに安心し、感心した。ディーノが言った通り、出来ない人の気持ちを考えての稽古だと思ったのだ。

(しかし、あいつに褒めて伸ばしてくれるような人がいたかな?)

 だが、その方法は経験で学んだものとはクロードには思えない。ディーノが学生時代に行っていた稽古は、そんな甘いものではなかったのだ。

 

 

◆◆◆

 学校におけるディーノの憩いの場は、厳しい鍛錬の場に変わってしまった。月見の夜にディアーナが思いつきで口にした「皆で剣の練習をしよう!」という提案が実現されたのだ。もちろんディーノが望んだことではない。だが反対したのはディーノだけ。三対一という多数決でそれは決まった。

「違う! どうして、そこで間が出来る!?」

 練習初日から、クラウスの怒鳴り声が木々の間に響き渡る。怒鳴られているのは当然、ディーノだ。

「どうしてと聞かれても……」

「無意識か……精神的な問題というのは、どうやら間違いないようだな」

 月見の夜にディアーナが言ったことは、意外にも正しかった。クラウスはそう判断した。

「精神的な問題って?」

 ディーノも強くなりたくないわけではない。強くなりたいという思いがあるから、一人で剣の練習をしていたのだ。

「剣で人を打つことに躊躇いがある。そのせいで一拍、動きが遅れる」

「……普通、躊躇わない?」

 剣で打たれれば痛い。それをディーノは良く知っている。今、目の前にいるクラウスに、散々に撃ち込まれているのだ。

「そんな考えでは騎士にはなれない。戦争になれば人を殺すことになるのだ」

「望んで人殺しをしたい人なんているかな?」

「何だと!?」

「い、いや、だって! 人殺しは正しいことじゃない!」

「そんなことは俺だって分かっている! だが国を守る為には、敵を倒さなければならない! そうだろ!?」

 クラウスだって人殺しをしたくて、騎士になろうとしているわけではない。クラウスなりの理由があって、覚悟を決めているだけだ。

「敵……敵なんていなければ良いのに」

 クラウスがいくら怒鳴っても、ディーノはその気にならない。怒鳴られたくらいで覚悟が定まるのであれば、こういうことにはなっていないだろう。

「……ディーノ」

「えっ? 呼び捨て?」

「今はそういう話をする時じゃない! そもそも呼び捨てにして何の問題がある!?」

「……いや、問題はないけど」

 呼び捨てにされたことを怒っているわけではない。「お前」としか自分を呼ばなかったクラウスが、名を呼んだことに驚いただけだ。

「……クラウスで良い」

「はっ?」

「お前も呼び捨てにしろと言っている」

「ああ……分かった」

 照れくさそうに、自分を名で呼べというクラウス。これまで感じたことのない印象だ。

「ディーノ。俺だって人殺しがしたくて騎士になるわけじゃない」

「それは分かっているけど……」

 クラウスは強い。その剣の才能を活かすには、騎士は適職だとディーノは思う。だが、これは間違い。

「他に道がない」

「えっ?」

「平民の俺が金を稼げるようになるには騎士が一番だ。俺は金の為に騎士になろうとしている……軽蔑するか?」

「……いや、僕も学校に入れられた理由はそれだから」

「そうか……お前もだったか」

 騎士に求められるのは剣の腕だけ。近衛騎士など王族に直接仕える騎士は別だが、戦場に立つ騎士に家柄など関係ない。ただ騎士学校で専門の訓練を受けているだけで、徴集される兵士と大差はないのだ。もちろん適正がないと判断されれば、それでお終い。騎士への道は閉ざされる。
 庶民に夢を与える為の制度ではない。戦争が起こることを想定して、軍事力の強化を図っているのだ。

「でも僕は自分で決めたわけじゃない。君、じゃない、クラウスは違うんだね?」

「ああ。俺は自分で騎士学校に行こうと決めた。父親の代わりに俺が家族を養わなければいけないからな」

「えっ、でも……」

 金を稼げるのは騎士になってから。学生の間は稼ぐどころか学費を支払わなければならない。庶民にも門戸は開かれていると言っても、それなりのリスクを背負わなけれならないのだ。

「もしかして、父親は騎士だったのか?」

 クロードが口を挟んできた。彼は、収入のない家庭のクラウスがどうして騎士学校に通えるのか、を知っているのだ。

「ああ、そうだ。父親は……盗賊討伐で死んだ」

 少し躊躇って、クラウスは父親が亡くなった理由を話した。他国との戦争ではなく、盗賊討伐で亡くなったという事実を恥じる思いがあるからだ。

「そうか。それは残念だった」

「だが、そのおかげで俺も騎士を目指せる」

「そうだな」

「……いや、全く分からない」

 二人だけで納得されても、ディーノには全く事情が分からない。

「任務中に亡くなると国から遺族に金が支払われる。その金でクラウスは、俺も呼び捨てで良いだろ?」

「ああ」

「クラウスは騎士学校に通っているということだ」

 いつ死ぬか分からない危険な任務に就く騎士への特別な措置。その制度をクラウスは利用していた。これは危険な仕事である騎士を志望する人を少しでも増やす為の制度だ。

「……なるほど……でも、ずっと家族が暮らせるほどの金ではないってことか」

「えっ?」

「だからクラウスは、自分も騎士になるしかなかった。これでクラウスが騎士になり、万一のことがあれば次は弟か?」

 ディーノにはクロードが説明してくれた制度が良いものとは思えない。命の代償として充分であるとは思えないのだ。

「ば、馬鹿なことを言うな! どうして、そんなひねくれた考えが出来る!? この制度は少しでも騎士の待遇を良くしようと思って、考えられた制度だ!」

 ディーノの言葉に激高するクロード。国を否定するようなディーノの考えを許せないのだ。

「そんなに怒らなくても。ただ僕は一生暮らせる金が手に入れば、クラウスもやりたいことが出来たかなと思っただけだ」

「そうだとしても……」

「クロード。良いじゃない。ディーノは自分が思ったことを口にしただけよ」

 まだ納得のいかない様子のクロードを、ディアーナは宥めようとしている。

「しかし……」

 それでもクロードの気持ちは収まらない。国への忠誠を叩き込まれているクロードだからこそだ。

「それにディーノの言っていることは間違いではないわ。王国は一つの家庭に繰り返し命を捧げて奉仕することを求めている。これは事実ね」

「ディアーナさ、あっ、いや……」

 ディアーナにここまで言われては、クロードも黙るしかない、のだが。

「ディアーナ。その発言は不味いよ。下手したら罰せられるよ?」

「お前が言うな!」

 ディーノの発言で、また気持ちが荒れることになってしまう。

「怒りっぽい奴だな……」

「……よし。無駄話は終わりだ。剣の練習を再開するぞ」

「何だよ、急に?」

「ここからは俺が相手をしてやる」

 これを言うクロードの目は据わっている。怒りが収まっていないのは、その顔を見れば明らかだ。

「……いや、遠慮しておく」

 それを察して練習相手を断るディーノだが、クロードがそれを許すはずがない。

「大丈夫だ。人はそう簡単に死なない。今からそれを思い知らせてやる。そうすれば、お前も人を打つことを躊躇うことはなくなるだろ?」

「……お前、自分が何を言っているか分かっているか?」

「問答無用! 死ねぇええええ!」

「いや、おかしいだろ、それ!? 殺そうとしているし!」

 この後、クロードにコテンパンにされたディーノ。確かに人は簡単には死なないとは分かったが、それを思い知っても何の役にも立たなかった。せいぜい、人は必死になれば、少しだけだが実力差は埋められると分かったくらい。負けという結果は変わらなくても。