ベルクムント王国にシュタインフルス王国の使者が訪れ、救援要請が行われた。これによりシュタインフルス王国の内乱は公式のものとなった。常日頃から従属国に不穏な動きがないか監視を行っているベルクムント王国にとっては既知の事実なのだが、シュタインフルス王国からの要請がない状況で、いきなり軍を送り込むことは、余程逼迫した状況にならないと、躊躇われる。従属国だからといって何でも許されるわけではない。とくに軍事に関しては、当事国だけでなく他の従属国にも不信を生むことのないように、慎重にならなければならないのだ。
今回、正式な救援要請が来たことでその遠慮は無用のものとなった。ベルクムント王国は直ちに救援軍の編成に取り掛かることになる。アンドレーアス王の期待していた以上の規模で。
「……あの、王女殿下。この方は?」
カロリーネ王女に呼び出され、城にやってきたカーロ。だがその場に予想外の人物がいたことに驚き、戸惑いの表情を浮かべている。
「我が国の英雄に顔を覚えてもらえていないのは残念だ」
「い、いえ、お顔は存じ上げております。ズィークフリート王子殿下」
目の前のテーブルに座っているのはベルクムント王国の王子ズィークフリート。次の王になる予定の人物だ。
「ああ、良かった。そんなに私は影が薄いのかと思って、少し落ち込んだ。君の場合は妹以外は眼中にないのかもしれないけど」
「お兄様! そういう意地悪を言うのは止めてください」
自分の名を出されてカーロがからかわれたことで、カロリーネ王女は口をとがらせて文句を言ってきた。カーロがこれまで見たことのない表情。兄を相手にしていることで、気持ちが緩んでいるのだと理解した。
「可愛い妹と噂されている相手だからね、意地悪にもなるよ」
「あ、あの、殿下。私と王女殿下はそのような……私はそんな噂をされることさえ許されない身です」
自ら働きかけた結果。だが、それを兄であるズィークフリート王子の前で堂々と認めるほど、カーロは無遠慮ではない。警戒されることを恐れる気持ちもある。
「身分。伯爵家の子息であれば、身分に不足はないと思うけどね?」
「養子の身です」
カーロは仕えていたヴァルツァー伯爵の養子になっている。表の権力を持つ側になる。カーロが望んでいた形だが、これについてはヴァルツァー伯爵のほうが積極的に動いた結果だ。王女の隣に立つのに相応しい身分を用意した、という言い方をするとカロリーネ王女の為であるように聞こえるが、実際は自家の権力を強める為。カロリーネ王女とヴァルツァー伯爵家を繋げる為の養子縁組だ。
「養子であっても伯爵家の人間であることに変わりはないよ。それに……爵位の話は止めよう。私が爵位に拘っているみたいだ。君がどこの出身であろうと、妹に対して誠実であってくれれば、それで良い」
「……ありがとうございます」
権力者など皆、人でなし。カロリーネ王女に出会って、この認識は変わったが、ズィークフリート王子もまたカーロの認識を変えてくれるような人物。だがそうであるほどカーロは辛くなる。騙す相手は悪人であってくれたほうが気が楽なのだ。
「今日は君が伯爵家の養子になったことを祝う席。これも口実だ。君に会うためのね」
「えっ? そうなのですか?」
「ごめんなさい。どうしても兄に会ってもらいたくて」
この場を作ったのはカロリーネ王女。彼女にはカーロとズィークフリート王子を会わせたい理由があるのだ。
「いえ、謝罪は無用です。ただ、どうしてですか?」
自分に会う為の嘘。自惚れではなく、そう思えるほど心の関係は深まったという感触がカーロにはある。だが兄であるズィークフリート王子の為となると、どのようなことか見当がつかない。
「理由についてはもちろん説明します」
「まずは座ろう。話は少し長くなるかもしれない」
これを言うズィークフリート王子はカーロに会う理由が分かっている。妹の想い人を見たいというだけで時間を使う余裕は、今はないのだ。
「承知しました」
話を聞かなければ何も分からない。話をするのはこれが初めてのズィークフリート王子も同席ということで少し緊張しているカーロだが、言われた通り、座るしかない。
「まずは私から話をしよう。シュタインフルス王国への軍の派遣については聞いているかな?」
「はい。出陣のご命令を受け取っております」
シュタインフルス王国の救援要請を受けての出兵。カーロもそれに参加することになっている。軍功によって今の地位を得たカーロだ。周囲が不参加など許さない。
「これはまだ発表されていないが、私が総指揮官になる予定だ」
「王子殿下が、ですか? あっ、いえ、能力の話ではなく、王子殿下が出陣しなければならないほどのことではないと思いまして」
従属国の内乱を平定することが軍を派遣する目的。王家の人間を総指揮官に戴くようなことではないとカーロは思っている。この考えは正しい。今回は特別なのだ。
「理由はいくつかあってね。ひとつは私自身の問題。私には軍事の才能がない。だからこういう内輪の戦いで実績を作ろうというのが理由のひとつ」
「……何事も経験は必要です」
軍事の才能がないという話はさけて、言葉を返すカーロ。それにズィークフリート王子は苦笑いだ。気を使わせたと思ったのだ。
「もうひとつは前回の敗戦。大敗によって失われた信用を少しでも取り戻そうというところだね。ちょっと違うか。従属国にベルクムント王国軍は健在であることを見せつけるというのが正しいね」
王家の人間を総指揮官にしてシュタインフルス王国までの道のりを堂々と進む。それによって道中にある従属国を威圧する。総指揮官を務めることでズィークフリート王子に箔をつける、と同時に行軍する軍に箔をつけるために王家の人間を同行させるのだ。
「そういう理由ですか」
カーロが英雄に仕立て上げられたのも敗戦の事実を薄める為。それだけでは従属国の動揺は収まっていないということだ。当然だとカーロも思う。
「シュタインフルス王国での内乱は拡大傾向にある。国王と複数の上位貴族連合との争いに発展しているはずだ。ただ、どちらも我が国を敵に回すことは望まないはず。我が国に国王として認められる為に勢力争いをする形だね」
「では戦いにはならないのですか?」
ベルクムント王国に認めてもらうことが目的であれば、戦いを挑んでくることはない。ズィークフリート王子は色々と外交事があるのだろうが、騎士であるカーロにはほぼ何もすることはない。ただ行って帰ってくるだけ。そんな任務なのだとカーロは考えた。だが、ズィークフリート王子の話はまだ途中だ。
「そのはず……だった」
「だったとは?」
「諜報部が、アルカナ傭兵団が介入してくる可能性を伝えてきた」
「アルカナ傭兵団ですか……」
ベルクムント王国が大敗する原因を作った組織、というだけではない思いがカーロにはある。ヴォルフリック、シュバルツと再び敵として対峙することへの恐怖が湧き上がってきた。
「現時点ではあくまでも可能性。ただ、それほど深く考えなくても介入してくる可能性は思いつく。隣国は中央諸国連合加盟国だからね」
すぐ隣の敵対国が混乱している。その状況に付け込もうとしてくるのは当たり前のこと。諜報部でなくても思いつくことだ。
「介入してくる可能性は高いのですか?」
「現時点では五分五分といったところだね。反乱軍にアルカナ傭兵団が加わっているという話もあるようだけど、確たる証拠はない。だからといっていないとも言い切れない」
「そうですか……」
行って帰ってくるだけ。そう思っていた任務の危険度が一気に増した。すべてはアルカナ傭兵団が絡んでいるかどうか次第だが。
「中央諸国連合に大きな動きは見られない。少なくとも隣国であるノイエラグーネ王国に軍が集結している事実はない。全面衝突となる可能性はないという見解だ。あくまでも現時点では、だけどね」
「……大軍でなくてもアルカナ傭兵団は危険な存在です」
前回の戦いでカーロがいた別動隊はシュバルツ一人によって多くの死傷者を出した。軍が集結していないからといって、カーロはまったく安心出来ない。
「その認識は諜報部にも、当然、軍部にもある。これまで何度も少数のアルカナ傭兵団に煮え湯を飲まされてきたからね」
「それでも……その……」
尋ねたいことがある。だがそれを言葉にすることは躊躇われた。だがその躊躇う様子で、ズィークフリート王子にはカーロが言いたいことが分かる。
「軍事の才能がない私が総指揮官で良いのか、かな? それには事情がある。簡単に言うと、引くに引けない」
「……引くに引けない、というのは?」
簡単に言われすぎて、カーロには意味が分からなかった。ただこれはズィークフリート王子が悪い。詳細を話すのは嫌だという思いがあって、省略しすぎているのだ。
「アルカナ傭兵団が介入してくるかもしれないと知った途端に総指揮官を降りたのでは逃げたように思われる。私自身はそう思われてもかまわないのだけど、陛下がね……王室の恥を晒すわけにはいかないと」
「恥なんてことは……」
国の都合で総指揮官にし、それがどうやら間違いだったとなっても体面を気にして改めることなく、ズィークフリート王子の身を危険に晒す。実際にどうなるかはこの時点では分からないが、国王の考えはカーロには納得出来ないものだった。
「……近頃、陛下は少しあれでね」
「あれ? あっ、いえ、聞くべきことではないのであれば」
ズィークフリート王子は言葉をぼかしている。そうしなければならないことだということだ。
「……これから頼み事をする君に隠し事はないか。ただし、これから話すことは絶対に口外しないこと。これは約束してもらえるかな?」
「……もちろんです。お約束いたします」
「最近、陛下の言動が以前とは少し変わってしまった。こういう言い方をするからには悪いほうにという意味だ。民の声を聞くと言い出して、それ自体は悪いことではないのだけど、その結果がね……不正軍人や不正役人の取り締まりが増えた」
「それも悪いことではないのではありませんか?」
不正軍人や不正役人が罰せられるのは良いことだ。そういった者たちが裏で弱者を苦しめていることをカーロも良く知っている。
「本当に不正を行っているのであれば。何人かは証拠もある。罰せられて当然と思う人物でもあった。だけど……徐々にまさかと思う人物が罰せられるようになってきた。後任人事も、個人的には疑問だ。まあ、全員の為人を知っているわけではないけどね」
「……何か原因として考えられることはあるのですか?」
カーロには心当たりがある。まさかという思いはあるが、ズィークフリート王子の話を聞いて、頭に浮かんだことがあるのだ。
「愛人が出来たらしい」
「…………」
「もしかして知っていた?」
カーロの反応をズィークフリート王子はこう受け取った。ほぼ正解だ。考えていたまさかの可能性がズィークフリート王子の口から出てきて、カーロは驚いたのだ。
「いえ。そういうことで言動が変わるものかと疑問に感じただけです」
だがカーロはズィークフリート王子の問いに否定で返す。愛人が出来たという事実を知っていたわけではないので、否定しても嘘ではない。ただ知っていれば、猶更、認めることは出来ない。
「それしか考えられない。踊り子出身で、誰とは言わないが貴族の愛人になった。その縁で陛下と知り合ったらしい。本人は否定している。だが陛下と頻繁に会っているのは間違いのない事実だ。陛下が言う平民の声というのは彼女の言葉だと周囲は考えている」
「……引き離すことは出来ないのですか?」
そうされたほうが女性の為でもある。王国上層部から危険視されては身に危険が及ぶ。侯爵の愛人では満足しておらず、もっと上を目指しているとは聞いていたが、さすがにやりすぎだとカーロは思う。
「女性は愛人だと認めていない。会うことを止めるとも約束している。だが陛下がそれを許してくれないということになっている。まったくの嘘とは思えないそうだ。無理に引きはがせば、それを行った者に害が及ぶ可能性があり、軽々しく動けない」
「そうですか……ただこの話と出兵にどのような関係があるのですか?」
事情は分かった。これ以上の詳しいことは女性本人、ヘルツに聞けば良い。忠告する為にもヘルツに会わなければならないとカーロは考えている。
「私は必ず無事に帰ってこなければならない。それを周りが強く望んでいる」
「……はい」
現国王の跡を継ぐ為に。それを今考えなければならないほど、国王の言動の変化に周囲が危機感を覚えているのだとカーロは考えた。
「君には私の近衛を務めてもらいたい」
「近衛、ですか?」
王家の人たちの常に側にいる近衛騎士。腕が立てばなれるという立場ではない。
「申し訳ないが公式のものではない。あくまでも今回の任務が終わるまでの間、私の護衛を努めてほしいということだ」
「そういうことですか……しかし、私でその役目が務まるでしょうか?」
喜んで、と答えることを思いとどまったカーロ。総指揮官であれば、まして絶対に無事に帰還しなければならない身であれば、前線に出ることはまずない。だからといって安全なのか。この疑問が頭に浮かんだのだ。
「お願いします! 私の大切な兄を守ってあげてください! 私は貴方を……私が頼れるのは貴方だけなのです」
「王女殿下……」
カーロに向かって頭を下げるカロリーネ王女。彼女にとって兄であるズィークフリート王子は、とても大切な存在であることが分かる。カロリーネ王女はこれを頼む為に、この場を作ったのだ。
「命をかけてくれとは言わない。妹は私だけでなく、君にも無事で戻ってきて欲しいはずだからね。私としても妹が信頼する君に命を預けたい。引き受けてもらえないだろうか?」
「……承知しました。お引き受け致します」
ゆっくりと考える間はなかった。そのわずかな時間でカーロは覚悟を決めた。カーロの立場では断ることなど出来ない。引き受けるしかない、というだけでなく、向けられた信頼に応えたいと思えた。そういう思いが胸に沸いたことに驚きながらも、素直に従ってみようと考えた。
◆◆◆
近頃、エマの食堂では新しい常連客が増えている。それは喜ぶべきことなのか。こう問われるとエマの本音は「微妙」という答えを返すことになる。新しい常連客たちは本来、町の食堂に姿を見せるような人たちではない。国王ディアークを筆頭にノートメアシュトラーセ王国の中枢を担う人たちなのだ。別にエマはディアークたちが嫌いというわけではない。素性が知られることに怯えているわけでもない。そんなものはとっくに明らかになっている。エマがディアークたちの来訪を心から歓迎出来ないのは、ディアークたちが食堂に来ると他の常連客達が遠慮して店に入ってこなくなるからだ。つまり、売り上げが減ってしまうのだ。
そして今日も普通とは少し違う常連客が店を訪れている。ディアークたちとも異なる常連客だ。
「遠慮しないで食べなさい。ここの食事はお城で食べるものよりも、ずっと美味しいのですよ」
目の前に座るオトフリートに食事を勧めているのはアデリッサ。彼女も食堂の常連となっている。エマのことを気にかけて様子を見に訪れていたのだが、今は目的が変わっている。
「美味しいって……これはあの女が作ったものですよね?」
オトフリートは常連ではない。今日初めて、アデリッサに無理やり連れてこられたのだ。
「あの女なんて言い方は失礼ですよ。王室の人間であるからこそ、平民相手であっても一定の礼儀は守るべきです」
「……彼女はあの男……彼女はヴォルフリックの仲間ですよね?」
ヴォルフリックの仲間が作った料理など食べたくない。
「だから何ですか?」
なんて言い分がアデリッサに通用するはずがない。オトフリートとは違い、アデリッサにとってヴォルフリックは数少ない信用できる相手なのだ。
「……分かりました。頂きます」
オトフリートもそれを知っている。何故、アデリッサがヴォルフリックを受け入れるのかオトフリートは理解できないが、間違いのない事実なのだ。理解できないのではなく、理解したくないだけだが。
「どうですか? 本当に美味しいでしょう?」
「……まあまあです」
美味しいということは認めているのだ。ヴォルフリックに悪意を持つオトフリートとしては、最大級の誉め言葉だ。
「……たまには貴方も訪れると良いですよ? この場所にはお城で感じる鬱陶しさがありません」
「母上……」
城内で感じる孤独。オトフリートもそれを知っている。母親に対して向けられる悪意も。自分に向けられている蔑みの目も。この場所はアデリッサにとって憩いの場所。そうであるから近頃、塞いでいる様子のオトフリートを、気分展開になればと考えて、無理やり連れてきたのだ。
「別の鬱陶しさは、たまに感じますけどね。ほら来た」
オトフリートの背後のほうに視線を向けて、笑みを浮かべるアデリッサ。同じ鬱陶しさでも、この食堂のそれは城内でのそれとは別物なのだ。
「おや!? アデリッサ様じゃないですか! 、今日も来てたのですか!?」
「えっ……」
アデリッサにかけられた声。それを聞いたオトフリートは驚いた。男の声には気安さが感じらえる。彼女に向けて、こんな風に声をかける人物に出会ったのは初めてだ。少なくともオトフリートの記憶の中にはない。
「ここは居心地が良くて」
「そうでしょう。そうでしょう。こんな良い食堂はどこにもありません。この国の誇りですよ」
「まあ。では私も他国の人と話す機会があれば自慢することにしますわ」
さらにアデリッサが間違いなく平民である男と親しげに話すのを目の当たりにして、オトフリートは呆気にとられることになる。こんな母親の態度も見るのは初めてなのだ。
「それが良い。今日は……どちら様をお連れに?」
アデリッサがここに来る時はいつもお付きの侍女か近衛騎士と一緒。若い男と一緒にいるのは初めてのことだ。
「あらあら。貴方は次代の王の顔も知らないのですか?」
「ええっ!? ……あっ、アデリッサ様のお子様ですか」
男はアデリッサが何者かを知っている。知っていて気軽に話しかけてきたのだ。これを知って、ますますオトフリートは困惑してしまう。
「そう。今日は息子を連れてきましたわ」
「そうですか……こういう時はどう挨拶したら良いのですかね?」
「お好きなように。ここはそういう場所ですよ」
ここは城とは違う。アデリッサはそうあり続けて欲しいのだ。だから自分自身も構えることをしないでいる。そうでいられることがこの場所の価値だ。
「じゃあ……王子様、初めまして。俺はガスっていいます」
「あっ、ああ、オトフリートだ」
「良い国にしてください。もっともっと良い国に。期待して待っています」
「…………」
期待している。男の何気ない言葉がオトフリートの胸を震わせる。
「あれ? 俺、何か間違いました?」
「……い、いや。俺はあまり……その、期待されたことがなくて……お世辞でもありがたい」
オトフリートはつい自分の本音を漏らす。期待している。この言葉が素直に嬉しかったのだ。
「ああ。世間の噂話なんて気にしちゃいけません。まっ、俺も少し信じていたくちですけど、嘘だって分かりましたからね」
「何故?」
「だって、アデリッサ様はエマちゃんを心配して、ここに足を運んでくれた。エマちゃんに対して優しい人が悪い人のはずがない。実際にアデリッサ様と話をして間違いないと分かってもいる。貴方はそのアデリッサ様の息子だ。きっと良い王様になる」
「……彼女が」
アデリッサに対する男の気安さはエマを通じてのもの。ただ何故そこまでエマが信頼されているのかは分からない。外見から人気者になるのは理解出来るが。
「目が見えない代わりに見えるものがある。そういうことですよ」
オトフリートの心の中の疑問を読み取ったかのような言葉。実際にそうなのだ。心ではなく表情を読み取ったのだが。
「目では見えないものか……」
少し浮き立っていたオトフリートの心に影が差す。エマには自分はどう見えるのか。彼女の見えない瞳は、自分の心の影を見抜いてしまうのではないか。こんな思いがオトフリートの心を沈ませてしまう。