カストール帝国の追っ手を易々と討ち取ったところで、ディーノたちは家に戻った。今回も討ち払ったとはいえ、居場所はバレているのだ。また新手が送り込まれる可能性は高い。もしかすると竜飛士は先遣隊で、すでに後続が向かっているかもしれない。すぐにこの場所から離れる必要があった。
旅支度を始めるディーノ。それにクロードたちは驚くことになる。
「さてと……どれを持って行くかな?」
木箱に入っていた武器を床にばらまいて、物色を始めたディーノ。最初はそれを気にすることなく、自分たちの準備を進めていたクロードたちだったが、すぐにディーノから、正しくは床に転がっている武器から、目が離せなくなった。
「これかな……こっちも気に入っているのだけどな」
剣を握って感触を確かめているディーノ。黒光りする刀身。その刃には稲妻のような紋様が浮き上がっている。一目見て並の剣ではないと分かるものだ。
「これは外せないな。予備としてもう一本。う~ん、悩むな」
二本の剣を目の前に並べて悩んでいるディーノ。
「……ディーノ。残りの剣はどうするつもりだ?」
そのディーノにクロードが問いかけた。
「置いていく」
「この場所に?」
「当たり前だ。他の場所に運べるなら、こうして悩んでなんていない」
これから旅に出るのだ。何本も剣を持っていては邪魔になる。そう思って、ディーノは持って行く剣を選んでいるのだ。
「それは問題ではないか?」
「問題?」
「この家にもカストール帝国の追っ手が来るだろう。ここに置いておいては、そいつらに奪われてしまう」
「確かに……じゃあ、面倒だけど埋めておくか」
敵に武器を渡すわけにはいかない。ディーノは置いていく剣を隠すことにした。だが、クロードが求めているのは、そういうことではないのだ。
「……運ぼうか?」
「んっ?」
「埋めるのが面倒であれば、我々が運んでやろうかと思って」
クロードをジト目で見つめるディーノ。クロードが親切心で言っていると思うほど、彼はお人好しではない。
「……じゃあ一本当たり、日に一ゴッド」
「いや、金なんていらない。お前と俺の仲じゃないか」
「惚けるな。俺がもらうんだ」
ディーノが持っている武器はどれも並の武器ではない。あわよくばそれを使わせてもらおうと企んだクロードだが、それは考えが甘過ぎだ。
「だよな……えっ? 高っ!?」
だからと言って一日一ゴッドは高すぎる。
「じゃあ買い取りにしろ。割安にしてやる」
「……いくらだ?」
「そうだな。物にもよるけど、これで三千ゴッド」
「払えるか!?」
無造作に取り上げた剣が三千ゴッド。庶民であれば、働かずに家族で一生暮らせる。それでもお釣りがくるくらいの金額だ。
「近衛騎士のくせにケチだな」
「ケチとかそういう問題ではない! 近衛騎士も関係ない! 高すぎるだろ!?」
「相場だけどな。トレジャーハンターの俺が言うのだから、間違いはない」
「何?」
「今も俺の仕事は猟師兼トレジャーハンターだ。その俺が言うのだから、この剣には三千ゴッドの価値がある」
ディーノの仕事は財宝を探すことを生業とするトレジャーハンター。猟師も兼務だと言っているが、それは単に森の中で自給自足をしているだけの話だ。
「お前、そんなことをしていたのか?」
「そんなことって、学校を卒業してから、ほぼずっと俺の仕事はこれだ。ただ昔とは探す物は変わったけどな」
「……そうだな」
何故、ディーノがトレジャーハンターを始めたのか。その理由をクロードは知っていた。
「三千ゴッドは出せないか……じゃあ、これは? 百ゴッド」
「百ゴッド……」
三千ゴッドの剣の後に百ゴッドの剣はどうかと勧められても、なんだか嬉しくない。
「百ゴッドも払えないのか? 近衛騎士って思っていたよりも稼ぎが少ないんだな」
「百くらい払える!」
王族の護衛役である近衛騎士だ。その身辺は清廉でなければならない。賄賂の誘惑に負けないくらいの稼ぎは与えられている。庶民にとっては夢のような金額だ。
「じゃあ、寄越せ」
「……いや、百ゴッドの剣は」
「貧乏なのかと思ったら欲張りのほうか。悪くない剣だけどな。ミスリル製の魔法剣で切れ味は抜群。『軽量』の魔法が施されていて、大剣とは思えないほどの軽さ。さらに『鼓舞』の魔法もあって、少しだけど戦意を高めてくれる」
「えっ?」
「正統派の剣士にはぴったりだ。俺だからこの値段だけど、市場に出回れば三倍、いや五倍にはなるのに」
「買った!」
「ええっ!?」
驚きの声をあげたのがクロード。「買った」の声をあげたのはクロードではなく、別の護衛騎士だった。
「あっ、じゃあ……えっと……?」
「ダニエルだ。ダニエル・ハービン」
「ああ。じゃあ、ダニエルさんにお譲りしましょう」
商談は成立。ミスリル製の魔法剣はダニエルのものになった、のだが。
「ちょっと待て。ダニエル。お前、百ゴッドなんて持ち歩いているのか?」
その商談をクロードは妨害しようとする。
「はい。いつ王都に戻れるか分からない任務ですから、有り金は全て持ってきました」
「……それもそうか」
当然の備えだ。これを聞いたクロードだって、大金を所持している。クロードの場合は自分の金だけでなく、ティファニー王女の逃亡資金も含まれているので、かなりの金額だ。
「なあ、他にも百ゴッドくらいの剣はあるのか?」
呆然としているクロードの隙をついて、また別の騎士がディーノに商談を持ちかける。
「ありますよ。これとこれですね」
ディーノは二本の剣を選んで、その騎士の前に差し出した。
「特徴は?」
「ミスリル製であるのは同じ。ただし施されている魔法が違います。こっちは『剛剣』。安物の軽鎧程度であれば易々と斬ります。まあ、腕も少しは必要ですけどね。もう一つは『加速』。剣が加速します。魔法に振り回されないように練習が必要ですね。『鼓舞』は両方の剣に施されています」
「……お薦めは?」
どちらも少し癖のありそうな魔法。そう思った騎士はディーノの意見を聞いてきた。
「扱いやすいのは『剛剣』です。腕が必要と言いましたけど、それは鎧の上から敵を綺麗に斬ろうとするならの話です。普通に使っても、並の剣とは比べものにならないくらいに固くて切れ味は良いです」
「そうか。では、そっちにしよう」
「ありがとうございます……」
「ガストンだ」
「ガストンさん。もう一人の方はどうしますか?」
護衛騎士はもう一人いる。その残った一人にディーノは尋ねた。
「『加速』というのは使えるのか?」
残った一本はディーノが勧めなかったもの。それだけ癖が強い、扱いにくい剣だ。護衛騎士も『加速』の効果がイメージ出来ない。
「そうですね……実際に見せましょうか?」
「出来るのか?」
「もちろん。これは俺の剣ですから」
「では頼む」
「承知しました」
剣を持って立ち上がるディーノ。何を見せてくれるのか、全員が興味津々だ。ディーノは皆から離れて、剣を振れる空間を作る。
「では、行きます」
剣を構えて、斜めに振り下ろしたディーノ、と皆が思った瞬間――剣は真上に振り上げられていた。
「えっ……?」
ティファニー王女の護衛についているのだ。護衛騎士たちは皆、かなりの腕前だ。その彼らがディーノの剣を見切ることが出来なかった。
「切り返しから加速させました。これの利点は大きな動きを必要としないで、切り返しが出来ること。初見では余程の手練れでない限り、敵は反応出来ないでしょう」
「買った!」
「ありがとうございます! お名前は?」
「ああ。クルスだ」
「クルスさん。ありがとうございます!」
しめて三百ゴッドの売り上げ。この金額がディーノの商売においてどれほどのものかは別にして、わずかな時間で大金を手に入れたのは間違いない。
「……どうして彼らには敬語なのだ?」
この場所に来てから始めて見る、かなりご機嫌な様子のディーノ。それがクロードには納得がいかない。
「決まっているだろ? お客様だからだ」
ダニエルたち三人は剣を購入した。つまり今のディーノはトレジャーハンター、というより商売人としての顔を彼らに向けているのだ。
「……俺にお勧めはないのか?」
「じゃあ、この三千ゴッドの」
「もっと安いのだ!」
三千ゴッドの剣など買えない。それはさっき話している。
「安いのであれば店で買えばいい。俺の仕事はトレジャーハンター。店では買えないお宝を見つけるのが仕事だ」
「じゃあ、彼らが買った三本はなんだ?」
「たまたま持っていただけだ。魔法剣を作っていた人が残した試作品を見つけたのだと思っている」
つまりディーノにとっては外れ。お宝探しに失敗した結果、手に入った物なのだ。
「……他は違うのか?」
「作れないからお宝なんだ。分かっていないようだから教えてやる。魔法剣を所有して大変なのはメンテナンスだ。特別な魔法効果であればあるほど、メンテナンス出来る人は限られ、金も多くかかる」
「なるほど……」
ただ研いでいれば良いというものではない。魔法剣を持ったことなどないクロードはそれを初めて知った。
「だが俺が探す剣は違う。誰が、いつの時代に作ったかも分からない、それでもその当時と変わらない性能を持っている。メンテナンスなど必要としない、一生どころか何代も使える剣だ」
失われた魔法は数え切れないほどある。現代も残っている魔法はわずか、という表現のほうが正しいくらいだ。ディーノが探すのは、そういった魔法が施された武具や魔道具。唯一無二のお宝だ。
「……そんな代物を」
思っていたよりも遙かに貴重なもの。それをディーノは何本も所有している。この十年、ディーノは一体どんな暮らしをしていたのか。それをクロードは考えた。
「そう考えれば三千ゴッドは高くない」
「ちなみにその三千ゴッドの剣の魔法は何なのだ?」
「斬れ味がとんでもない。それに、どれだけ斬っても斬れ味が落ちない」
「……他には?」
「それだけだ」
「それで三千?」
どこに三千ゴッドの価値があるのかクロードには理解出来ない。メンテナンス費用がかかっても、百ゴッドのほうが良いのではないかと思ってしまう。
「千人斬ろうが、二千人斬ろうが鈍らないんだぞ? 凄いじゃないか」
地味に凄い。そういう剣だった。
「そんなに斬らない」
ただ剣は斬れても体力がもたない。地味に使いこなせない。そういう剣でもあったのだが。
「お前、それでよく近衛騎士なんてやっていられるな?」
「千人の敵を一人で相手にすることなどない!」
「ええっ!?」
「いや、そこでどうして驚ける?」
驚くディーノにクロードは呆れ顔を見せる。まるで千人の敵を相手にしたことがあるような言い方をディーノはしているが、剣の腕に自信があるクロードでも、さすがに無理だと思う数だ。
「それなら高価な剣は必要ないか」
「い、いや。持っていないよりは持っているほうが良いだろ?」
三千ゴッドは惜しいが、クロードも良い剣は手に入れたいのだ。これで話を終わらせる気にはなれない。
「でも剣の腕は落ちる」
「どうして?」
「下手くそでも鎧の上から敵を斬れる。でも普通の剣だとそうはいかない。きちんと狙いを定めて、その位置に剣を振るう必要がある」
「なるほど。それはあるかもしれないな」
「だろ? よし、じゃあ」
「ちょっと待て」
剣を片付けようとするディーノを止めるクロード。
「何だ?」
「お前、俺に剣を売りたくないからそういうことを言っているだろ?」
剣の腕は当然、鍛える。だがクロードの使命はティファニー王女を守ることであって、剣を極めることではない。剣の性能頼みであろうと敵を倒せれば、それで良いのだ。
「俺が売らないのではなく、お前が買えないのだろ?」
「それはそうだが、だからといって置いていくことはないだろ?」
「これだから城育ちは」
「俺は別に城で育ったわけではない」
勤務先が城であるというだけ。ただ住まいも城内の宿舎なので、ほぼ二十四時間三百六十五日、クロードは城内にいた。ディーノが言いたいのはそういうことだ。
「じゃあ、世間知らず。旅に貴重品を持ち歩いていたら、いつ盗まれるか分からないだろ?」
「ちゃんと警戒していればいい」
「やっぱり分かっていない。じゃあ聞くが、お前の剣はどこにある?」
「えっ……あっ?」
腰に差していたはずの剣。それがいつの間にか抜かれていた。ディーノによって。
「これが旅に出た後なら、三千ゴッドの剣がパーだ」
「…………」
納得いかない思いはあるが、反論は出来ない。実際にクロードは剣を盗まれてしまったのだ。
「あ、あの……」
ここで二人のやり取りを黙って見ていたティファニー王女が、口を開いてきた。
「何か?」
「クロードに剣を貸してもらえませんか?」
「どうしてですか?」
「クロードは私を守る為に良い剣を求めていると思うの。そんなクロードの気持ちはとても嬉しくて。出来れば願いを叶えてもらえたらと思って……」
自分の為にクロードは良い剣を手に入れようとしている。そう考えたティファニー王女は、その思いを叶えてやりたいと思った。
「私欲の為だと思いますけど?」
「ううん。そんなことない。クロードはいつも私のことばかり考えてくれているから」
「……なくしたら弁償」
「はい。私が必ず返します」
「では契約成立です。ほら。雇い主様がお前の為に剣を手に入れてくれたぞ」
クロードに向かって剣を差し出すディーノ。だがクロードはそれをすぐに受け取ろうとしない。
「いい大人がプレゼントで泣くか?」
「プレゼントで泣いているわけではない。ティファニー様のお気持ちが……って、俺は泣いていない!」
これは嘘。確かに涙は流れていないが、心の中ではクロードはティファニー王女の優しさに感激している。
「いいから、さっさと受け取れ。無駄話が過ぎた。出発を急ぐぞ」
「あ、ああ。そうだな」
ディーノから剣を受け取り、中断していた出発の準備を再開するクロード。他の騎士たちもそれに倣って動き出した。
「ありがとう」
「お礼を言われることではありません……貴女はこれを運んで下さい」
「えっ?」
ディーノが差し出してきたのは首飾り。これを運ぶというのが、どういうことかティファニー王女は分からない。
「首にかけて。高価な物ですから失くさないように。失くしたらそれも弁償です」
「は、はい」
「あとはこの指環もつけて。それとこれ……ああ、このマントも」
「えっ、あっ、はい」
次々とディーノから渡される品物。装飾品だけでなくマントまで。最後のマントは、小柄な体にはかなり大きいのだが、ティファニー王女は素直にそれを身につけた。
「さて、俺は……かさばるのはいらないか」
それを確認したところでディーノは自分が身につけるものを物色し始める。それを見て、ティファニー王女は渡されたものは全て魔法が施されている魔道具ではないかと考えた。ディーノは自分の身を守る為に、高価であろう魔道具を渡してくれたのではないかと思った。
王女である自分に敬意を向けるどころか、素っ気ない態度を見せるディーノ。そうであるのに、この優しさ。ティファニー王女にはディーノの考えが良く分からなかった。