月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第59話 悪魔の微笑み、ってどんなの?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 愚者がノイエラグーネ王国を出て、山越えルートを使ってライヘンベルク王国に向かったという連絡があってから三か月。今回の任務がかなりの長期に渡ることは初めから分かっていたが、それでもさすがに三か月の音信不通は普通ではない。実際はノイエラグーネ王国に残っていたクローヴィスたちからの報告は受けていたが、それはヴォルフリックから連絡が来るまでは待機状態であるというもの。任務の進行状況は、ヴォルフリックが何をしているかも分からない。アルカナ傭兵団を安心させる材料にはまったくなっていなかった。
 これ以上、消息不明の状態が続くようであれば、バックアッププランを動かすしかないかもしれない。こんな考えがアルカナ傭兵団幹部たちの頭に浮かんできた頃。

「伝書が届きました!」

 アーテルハイドが執務室に駆け込んできて、伝書が到着したことを告げた。普段冷静な彼らしくない行動。それだけ彼にも焦りがあったということだ。

「やっと? 遅すぎでしょ? それでなんて書いてあったの?」

 執務室にいたルイーサが文句を言ってくる。それでも彼女も伝書の中身が気になるようで、すぐに問い掛けてきた。

「ちょっと待ってください。えっと……」

 持ってきた伝書を開いて読み始めるアーテルハイド。中身を確かめることなく、急いで執務室にやってきたのだ。

「……何? 早く教えてよ」

「……今日、シュバルツが初めてシュバルツに勝った。たった一度の勝ちでシュバルツの名を奪おうなんて図々しいと思うが、それでも頑張りは評価してあげようと思う」

「……はい? 何、それ?」

 伝書に書かれている内容は期待していたものではないどころか、まったく意味の分からないものだった。

「……仕方ないのでシュバルツ兄は譲ってあげることにした。シュバルツ弟も納得してのことだ。でも、いつまで名乗れるかは分からない。シュバルツ弟は兄の称号を奪還する為に、毎日自らを鍛えている。シュバルツ弟の本気を私は初めて見た……何でしょう、これ?」

「日記……かしら? 誰が書いたものなの?」

「キーラです」

「ああ……やっぱり私も付いて行けばよかったわ」

 キーラであれば仕方がない。彼女は情報網を管理しているが、情報の中身は諜報部門が作成するもの。伝書の書き方など知らない。公式文書も書いたことがない。彼女の精神が子供のままであることをルイーサも知っている。

「ちょっと待ってください……」

 それでもアーテルハイドは続きを読んでみる。伝書として送ってきたからには、何か伝えたいことがあるのではないかと考えたのだ。

「……シュタインフルス王国の山中に拠点を設けたようです。そこにノイエラグーネ王国に残っている者たちを迎え入れると書いてあります」

 実際には『シュタインフルス王国の山の中には仲間が大勢いて楽しい。新しい友達と楽しい毎日を過ごしているのに、人間を迎えに行くのは面倒だ。でもシュバルツ兄に頼まれたから仕方ないな』と書かれているのだが、それをアーテルハイドなりに翻訳するとこうなるのだ。

「シュタインフルス王国に拠点……そこで活動するということね?」

「おそらくは」

「ノイエラグーネ王国の隣国じゃない? その準備に三か月?」

 隣国の山中に拠点を作って仲間を呼ぶ。これだけのことに三か月もかかるとは、ルイーサには思えない。

「他にも何かしているのでしょう」

「何かって、何?」

「それは今の段階では分かりません。ですがクローヴィスたちが合流すれば、もっと分かりやすい伝書が届くはずです」

 何の為の準備に時間をかけていたのかは、これからの行動を知れば分かるはず。それで良いとアーテルハイドは考えている。もともとヴォルフリックが命令通りのやり方を行うとは考えていない。逆にそれを期待してヴォルフリックに任せようと考えたのだ。

「……私も様子を見に行こうか?」

「バックアッププランはどうするつもりですか?」

「……必要かしら?」

「実際に使うかどうかは関係なく、準備は必要です。バックアッププランなのですから。それに今から行って意味があると思いますか?」

 現時点では何をどのように始めるつもりか分からないが、動きは見せた。そうであれば、ここから先は一気に物事が動き出すのだろうとアーテルハイドは考えている。今からルイーサが現地に向かっても意味はないと。

「私が到着する前に終わるなんてことはないでしょ?」

「ルイーサさんは現地で何をするつもりですか? 傭兵団が関わっていると知られてはいけないことは分かっていますよね?」

 終わりまでいるつもりということは、愚者の作戦を確認するだけで済ませるつもりがないということ。アーテルハイドはそれを認めるつもりはない。

「……分かっているわよ」

 力を存分に振るって敵を倒す、なんてことを行ってアルカナ傭兵団の上級騎士だと知られるわけにはいかない。この点を指摘されるとルイーサは反論がすぐには思いつかなかった。派手に戦うことには自信があるが、求められるのはそれと真逆の戦い方なのだ。

「少なくとも次の報告が、それもクローヴィスからのものが届くまでは動かないでいるべきでしょう。私はそう思います」

「それを決めるのは私じゃない」

 最後まであがくルイーサ。だが無駄なあがきというものだ。ルイーサの派遣が許されるのであれば、とっくにディアークはそれを告げている。

「まずはどのように動くか見極めてからだろう。状況によっては増援が必要になる可能性もある。準備だけは整えておくのだな」

 増援の準備はバックアッププランを進めていけば整う。つまり、様子見というのがディアークの決断だ。ただこの判断が正しかったか、のちにディアークは自分自身に問い掛けることになる。何かをやらかす。そう思っていたが、ヴォルフリックのやらかしは、ディアークの想像を超えていたのだ。

 

◆◆◆

 シュタインフルス王国とライヘンベルク王国の国境。両側を山に挟まれた街道沿いにそれはある。北にシュタインフルス王国の関所があり、そこから二時間ほど南に進むとライヘンベルク王国の関所が見えてくる。その間は非武装地帯。突発的な衝突が起こらないように緩衝地帯が設けられているのだ。
 ただそれが必要であったのは二十年以上も前のこと。今は両国ともにベルクムント王国の従属国。従属国同士での領土の奪い合いなどベルクムント王国が許さない。平和に慣れきった国境の守りは緩いものだ。争いの恐れがないところに人数を配置するような無駄は両国ともに行っていない。かかる経費や効率を考えれば、間違った判断とは言えない。だが今回はそこを突かれた。

「まだ詳細は分からないのか!? これまで何をしてきたのだ!?」

 苛立ちを隠すことなくシュタインフルス王国の国王、アンドレーアス=シュトラオスは、宰相であるクリストフを問い詰めている。

「……ライヘンベルク王国に向かった使者はまだ戻ってきておりません」

「使者がそうだとしても、現場の状況から分かったことがあるだろ!?」

 ライヘンベルク王国との国境にある関所が正体不明の集団に襲われてから、すでに二週間以上が経過している。襲撃現場の調査もとっくに終わっているはずで、そこから得られた情報があるはずだと国王は思っている。

「……遺留品から襲撃者がライヘンベルク王国の関係者である可能性はあります」

「そんなことはとっくに分かっている! その後の調査結果を聞いているのだ!」

 襲撃者はライヘンベルク王国側から現れたことが分かっている。襲撃を免れた目撃者が、そう証言しているのだ。それだけでライヘンベルク王国を疑っているのではない。襲撃側にも死者が出ている。その死者の持ち物の中にライヘンベルク王国の関係者、それも軍関係者であることを示す物があったのだ。

「その後の調査では……その、まだ確認中でして……」

「何も分かっていないと言うのか!?」

「い、いえ! まだ確証が得られていないというだけです!」

 国王の怒りはまったく収まる気配を見せない。これ以上、怒気が高まれば自分の身に危険が及ぶ可能性もなくはない。そう考えた宰相は、少しだけ情報を公開することにした。言い訳にしか聞こえないが。

「その確証というのは何に対してだ!?」

「それは……」

 国王の怒声に怯える宰相。だがその口から答えは出てこない。宰相が恐れているのは国王だけではないのだ。

「……書状が見つかったそうです」

 口ごもった宰相の代わりに国王に答えたのは、トリスタン王子だった。

「な、何故、それを?」

 トリスタン王子がその情報を知っていることに驚く宰相。国王はもちろん、トリスタン王子にも隠しておきたい内容なのだ。

「書状? どんな書状だ?」

「コンラートから何者かに宛てられた書状です」

「なんだと?」

 コンラートは反逆者。しかも往生際が悪く、処刑場から逃げ出した重罪人であることを国王も知っている。そのコンラートからの書状が襲撃現場で見つかったと知って、国王は驚いている。中身を聞かなくても、襲撃にコンラートが関わっている証となるものであることは分かるのだ。

「内容もお聞きになりますか?」

「もちろんだ」

「無事にライヘンベルク王国に逃げ出せたこと。ライヘンベルク王国を直接動かす為の交渉を進めていること。国内での決起の準備も怠らないようにということが書かれていました」

「……それは誰に宛てたものだ?」

 トリスタン王子が話した内容は、国内に協力者がいることを示唆している。その相手が誰か、国王は尋ねた。

「さきほど申し上げた通り、何者に宛てたものかは分かりません。ただ……」

「ただ、何だ?」

「推測に過ぎませんが、決起の準備というからには、何等かの力ある集団を動かせる立場にある人物と思われます」

「……軍部か……貴族家であれば……」

 反乱を起こすだけの軍勢を動かせる人物は誰か。それを国王は考え始めた。そう多くはない。軍の上層部か上級貴族家。それ以外は何の脅威にもならない数しか動かせないはずなのだ。

「陛下! 書状の内容をそのまま受け取るのは危険です! 相手はあのコンラート、トイフェルスレッヒェルン=悪魔の微笑みと呼ばれる男ですぞ!」

 書状がコンラートによる策謀である可能性を訴える宰相。

「……なるほど。その可能性はあるな。だが、そうではない可能性もある」

 国王は猜疑心が強い。誰かを心底信頼するということがないのだ。最側近と見られていた者が一夜にして失脚する。そんなことも過去にはあった。

「それを今、調べている最中であります」

「結論はいつ出るのだ?」

「それは……」

 国王の問いに宰相はまた口ごもることになった。具体的な期日を示すことは出来ないのだ。

「……まさかと思うが、すでに誰に宛てたものか分かっていて、それを私に隠そうとしているのではないだろうな?」

「そのようなことはございません」

 国王の視線に内心ではかなり怯えながらも宰相は、はっきりと疑いを否定した。

「……ふん。そうであれば良い」

 宰相の言葉を信じたわけではない。絶対的な権力を持つ国王であるが、臣下が全て従順であるとは思っていない。上辺は従順さを装っていても心の中では、自分を亡き者にしようと考えている者までいる。こう国王は考えている。
 事実だ。国王の強権を恐れながらも、いつか自分にも火の粉が降りかかってくるような事態になるのは避けようと考えている臣下は少なくない数がいる。その避ける方法として反乱を選んだとしてもおかしくない。

「陛下。調査結果を待つまでもなく、軍を国境近くに配置しておくべきではないでしょうか? それを怠ることは、いざという時の対処を遅らせるだけです。宰相がすでに事を動かしているとは思いますが」

 国王と宰相の会話が途切れたところで、トリスタン王子が割って入ってきた。

「そうだな。どうなのだ?」

 トリスタン王子の話を受けて、国王は宰相に問いを向ける。

「……陛下のご裁可を今日仰ぐつもりでした」

「つまり、まだ手配していないということだな?」

「……はい。今、お許しいただければ、すぐに指示致します」

 宰相はまだ軍を動かしていなかった。国王の許可がない状態で、宰相が軍を動かせるはずがない。軍の統帥権は国王のみが持つもの。他の人が勝手に軍を動かすことなど許されないのだ。
 それはトリスタン王子も分かっている。分かっていて、わざと最後に付け足したのだ。

「……許可する。国境近くに軍を配置して、万一の事態に備えるのだ」

「はっ」

 国王の許可を得たことで、ライヘンベルク王国の侵攻に備えて軍が国境近くに配置されることになった。今回の会議で動いた物事はこれだけになる。それ以外のことは判断出来る材料が何もないに等しく、決めることなど出来ないのだ。

(……コンラート、何を考えている? 何も伝えてこないことが答えなのか……?)

 すでにトリスタン王子は意識を会議から離して、別のことを考えている。国境の出来事が、ライヘンベルク王国が絡んでいるかどうかに関係なく、コンラートの企みであることは明らかだ。だが彼の目的がトリスタン王子には分からない。
 味方に出来れば頼もしくも思えるが、そうでなければ極めて危険な人物。トリスタン王子だけでなく多くの権力に関わる人たちのコンラートに対する評価はこういうものだ。トイフェルスレッヒェルン=悪魔の微笑みは、目的の為には手段を択ばないコンラートの非情さ、狡猾さから付けられた蔑称。そんな彼を忌み嫌った既得権益者、上位貴族たちが結託して、彼を処刑台に送ったのだ。
 だがそれは失敗に終わった。コンラートの目的は、手段は別にして、正しいものであることをトリスタン王子は知っている。国を良くする。その為にはそれを邪魔する者たちを排除し、自分自身は力を持たなければならない。コンラートの謀略はその為のものだったのだ。
 だがその良くしようとしていた国に命を奪われそうになったコンラートは、今でも同じ目的の為に行動しているのか。それがトリスタン王子には疑問だった。トリスタン王子も、ある意味、彼を裏切っている。彼の処刑を止める為の行動を起こしていないのだ。それをどう受け取っているか。それがまったく分からない。
 もしコンラートが本気でライヘンベルク王国を巻き込んで、この国を滅ぼそうとしているのであれば、それを止めなければならない。とても一枚岩とはいえない味方と共に。そんなことはあり得ないと思いながらも、トリスタン王子の心からは不安が消えなかった。