月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第137話 浮かび上がる反意

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 援軍を求める使者としてローゼンガルテン王国の王都に戻ったクラーラ。旧リリエンベルグ公国領の状況を知る限り話し、援軍の必要性を訴えたことで使者としての役目は終わり。援軍と共に戦場に帰還するはずだったのだが、その時はまだ先だ。援軍を編制するのに時間がかかる、というだけでなく、まさかの報告を受けたローゼンガルテン王国上層部はすぐに事を判断することが出来ず、更なる情報を求める使者を送ったり、結論の出ない議論を繰り返したりで、いつ援軍が王都を発するのか分からない状況になっているのだ。
 クラーラにとっては都合が良い。早く援軍を連れて戦場に戻らなくては、という思いはあるが、彼女には王妃候補として果たさなくてはならない役目もある。王妃というよりアルベルト王子の婚約者としての役目と表現するほうが正しいかもしれない。
 一旦、騎士としての仕事は中断。結論が出るまでは奥での暮らしに戻ることを許されたクラーラは、その日のうちにアルベルト王子と二人きりの時間を持った。

「ち、ちょっと……で、殿下……そこは……」

 ベッドの上でアルベルト王子の愛撫を受けているクラーラ。これは彼女の果たすべき役目では、ないわけではないのだが、本来の目的とは違う。

「監視の目がある。しっかりと演技して」

 今の状況は、間違いなくいるどこかに潜んでいるはずの監視の目を誤魔化す為。これから始める会話の中身を知られない為の演技だ、ということにアルベルト王子はしている。

「演技と言われても……」

「そういう言葉はもっと小さく。喘ぎ声は大きく」

 本当に伝えたい言葉は監視に聞かれないように小さな声で。それ以外はよく聞こえるように大きな声で。アルベルト王子に要求されたクラーラだが。

「喘ぎ声なんて出しません」

 喘ぎ声を出す演技など出来ないと拒否してきた。

「それでは疑われる……仕方がないな。私が頑張ろう」

 本気で責めることを許された形に出来るアルベルト王子にとっては都合が良いことだ。決して喜んでいる様子は見せないが。

「で、殿下。だから、そこは……あっ、駄目……そ、そんな……」

 アルベルト王子の頑張りで、それらしい声を出すことが出来たクラーラ。本人もきちんと演技が出来た、こととは別の理由で喜んでいる。

「も、もう……で、殿下……私……」

「もしかして感度があがっているのかな? 久しぶりに私にこうして触れられていることを喜んでくれているから?」

 クラーラの反応は戦場に行く前よりも良くなっている。そんな自分の思いをアルベルト王子はそのまま言葉にした。

「そ、そんなこと……聞かない、あっ……あん……」

 そうすることで、よりクラーラの反応が高まることを知っているからだ。恥じらいは彼女の思考を鈍らせ、体の反応を良くする。何度も試した結果、分かったことだ。当初の目的は別にあったはずだが。

「良いね。昼間の清楚な君も素敵だが、こうしてベッドの上で乱れている君もとても魅力的だ」

「殿下……私……あっ……ん……」

「クラーラ……君のいない毎日はとても退屈で、寂しかった。君の大切さを思い知らされる日々だった」

 演技を忘れて、本気で落としにかかっているアルベルト王子。手応えを感じているのだ。

「……わ、私も……ん……」

「君も?」

「……寂しかったです」

 アルベルト王子が感じた手応えは間違いではなかった。悪意とまでは言わないが、冷めた態度を見せ続けるヨアヒムと過ごした日々。護衛の近衛騎士の態度も壁を感じさせるものだった。一切、好意を向けられることのない日々は、クラーラにとって経験のないもの。彼女にとって辛い日々だったのだ。

「私たちには安心が必要だ。離れていても心は一つ。そう思える証が」

「殿下……」

「クラーラ……」

 舞台は整った。あとは始めるだけ。そしてアルベルト王子は始め、クラーラはそれに応えた。証を作る為の行為を。絡み合う二人の手。重なる体。アルベルト王子の息遣いは徐々に激しくなり、クラーラの喘ぎ声は大きくなる。やがて訪れる静寂の時まで、それは続く――

「…………許してしまった」

 静寂を破ったのはクラーラの呟き。小さなもので、その声が届いたのはすぐ隣にいるアルベルト王子だけだ。

「素敵だったね?」

「……素敵って、どういう意味ですか?」

「初めてとは思えない反応。素敵だったよ」

「…………」

 真っ赤になって黙り込むクラーラ。その反応はまたアルベルト王子をやる気満々にさせるものだが、彼には欲情を抑え込めるだけの理性がある。

「報告した以外で何かあった?」

 クラーラを後ろから抱きしめ、その耳元に口を寄せて、ささやくアルベルト王子。ただ内容はこれまでとは大きく違っている。

「……まず間違いなく、王女殿下はジグルスさんと共にいます」

 これについてクラーラは公式の場では報告していない。キルシュバオム公爵には知らせたくない、初めからアルベルト王子の為に得ようとしていた情報なのだ。

「そうか……良かった」

「ただそれだけです。リリエンベルグ公国のどこで何をしているかまでは分かりませんでした」

 ヨアヒムの信頼を得ることが出来ていたら。クラーラには後悔の思いがある。美人で性格も良くて優秀。好意を向けられることに慣れている彼女には、自信があったのだ。

「彼の国というのも良く分からないのかな?」

「ん、で、殿下」

 問いを口にしながらクラーラの首に口づけをするアルベルト王子。

「続けて」

 これは純粋に演技。同じ体勢のままで、ずっと話していては怪しまれると思ったのだ。

「……リリエンベルグ公国の人々と魔人が共に仕える国であること。リーゼロッテ様が王妃であること。魔王とは敵対関係にあること。報告した以上のことは」

「魔王と戦っている状況で王国まで敵に回した。これは疑問だね?」

 当初、敵意を隠していた。そうであるのに突然、ローゼンガルテン王国軍に攻撃を仕掛けてきた。これにはアルベルト王子は疑問を感じている。

「想像ですけど……エカード様たちは何かを隠しているのだと思います」

「何かとは?」

「分かりませんけど、どこか説明が曖昧というか……」

 何故、ジグルスが王になったことが分かったのか。魔人が彼に仕えていることが分かったのか。レオポルドの説明は曖昧だった。そういう時は、自分たちにとって何か都合の悪いことを隠していることが多い。それなりに付き合いのあるクラーラはそれを知っている。

「重要な情報を隠している……エカード・マルクはそこまでのことをする男なのかな?」

 どのような内容か分からないが、偵察任務で得た情報を隠すということが大問題であることは分かる。アルベルト王子が知る限り、エカードはそこまでの悪人ではない印象だった。

「隠しているのは、おそらくレオポルド様です。エカード様はそれを黙認しているだけ。よくある構図です」

「そういう関係性か……興味深いけど、今はどうでも良いね。これは君に聞くべきことか分からないけど……戦って勝てるのかな?」

「……偵察に出た五千は壊滅状態だと思います。倍以上の敵に不意を打ちを受けて混乱し、そのまま混戦に持っていかれてしまったと聞いています。実力を発揮することが許されなかったということですが……」

 国力は比べものにならないほど、ローゼンガルテン王国のほうが上であるはず。それに伴う軍の動員能力も。そうであるのにクラーラはローゼンガルテン王国軍が勝つとは言い切れない。

「君が思う最強の戦術家が魔人を率いている。指揮官もまず間違いなく揃っているだろうね。あとは数か……物資の問題もあるね」

 質の面ではまず間違いなくジグルスが率いる軍が上。それ以外の要素がどうであるかだが、それはアルベルト王子には分からない。

「ブルーメンリッター単独では勝てません。国の総力をあげなくては勝利は得られないと思います」

「つまり……キルシュバオム公爵家の手柄にはならない?」

「……はい。ラヴェンデル公国とゾンネンブルーメ公国の参戦も必要になります。特にラヴェンデル公国軍は絶対に必要です」

 質の面で対抗出来る可能性があるとすれば、それはタバートが率いるラヴェンデル公国軍。実際にその戦いぶりを見たことはほとんどないが、ゾンネンブルーメ公国での活躍がそれを示しているとクラーラは考えている。

「ラヴェンデル公国の参戦が決まれば、ゾンネンブルーメ公国も間違いなく参戦する。権力争いが始まるかもしれないね?」

 ローゼンガルテン王国の実権を握ったキルシュバオム公爵家だが、その立場はまだ弱いものだ。確たる地位を築く為の策はことごとく失敗と言える結果に終わっている。今の状況であれば、他の二公国が対抗する意思を持てば転げ落ちる可能性がある。

「はい。それと、ジグルスさんのところには王女殿下がいます」

「おや? 王妃候補殿は少し欲が出てきたのかな?」

 カロリーネを交渉窓口に出来る人がいるとすれば、それはアルベルト王子。敵視されているはずのキルシュバオム公爵家ではそれは出来ない。クラーラはキルシュバオム公爵家を権力の座から追い落とし、王家が実権を取り戻す方法を考えている。こうアルベルト王子は受け取った。

「欲だなんて……」

「責めているのではないよ。誰に強制されるわけでもなく、自らの意思で私の妃になりたいという意味だと受け取っているからね?」

 キルシュバオム公爵家の操り人形にはなりたくない。こういう気持ちが元になっているのであれば、それはアルベルト王子にとって悪いことではない。

「私……」

「君の気持ちを確かめてみよう」

「あっ……で、殿下……」

 二回戦を行うことが何故、クラーラの気持ちを確かめることになるのか。実際は、ちょっとその場の雰囲気に流されやすい、とアルベルト王子は思っている、クラーラの気持ちを縛る為だ。そういう計算は関係なく、少し浮かれている気持ちをクラーラに向けているという面もある。
 事態はまた大きく揺れ動こうとしている。アルベルト王子自身の安全が確保されたわけではない。キルシュバオム公爵家が追い詰められることで、状況はもっと悪くなる可能性もある。それでもアルベルト王子の気持ちは浮き上がっている。妹のカロリーネが無事で、しかも事を動かす中心地、震源地であるリリエンベルグ公国にジグルスと共にいるということが、訳もなく嬉しかった。

 

◆◆◆

 事態はアルベルト王子とクラーラが推測していた通り、キルシュバオム公爵家には厳しい状況だ。エカードを魔人戦の英雄に祭り上げ、その功績と得られるはずの国民からの絶大な支持、そして政治軍事力を背景に、いずれはローゼンガルテン王国の王にする。それでローゼンガルテン王国はキルシュバオム公爵家のもの、新たにマルク王朝が開かれることになるはずだった。だが現状はそんな都合良く物事は進んでいない。エカード率いるブルーメンリッターのことなど、ほとんどの国民は知らない。称えられるべき戦功は何もないのだから当然だ。
 今度こそ。そう考えて送り込んだリリエンベルグ公国でも五千の軍が壊滅するという惨敗。レオポルドがついた嘘など何の意味ももたない。結果が全てなのだ。

「新たな情報は得られたのか?」

「現地に調査団を送り込みましたが、重要な情報は何も得られておりません」

 キルシュバオム公爵の問いに答えたのは王国騎士団長。リリエンベルグ公国内の戦いは思っていたものと大きく違っていた。まずはそれを正さなければならない。本来はこれもブルーメンリッターの役目だったのだが、失敗に終わったからには新たな手段を取るしかない。それが調査団の派遣だ。

「何が問題なのだ?」

「グラスルーツから先に進めないことです。行動可能な範囲はせいぜい十キロ圏内。それ以上先に向かった偵察隊は誰も戻ってきません。飛竜を使っても同じ結果です」

 グラスルーツ外での行動の自由を許すつもりはない。以前と変わらない対応をアイネマンシャフト王国軍は行っている。

「……もっと大規模な部隊を送り込むことは考えていないのか?」

「考えていないわけではありませんが……どれだけの数を送れば任務を果たせるのかが分かりません」

 王国騎士団としては少し遠慮した言い方を選んだつもり。五千のブルーメンリッターはほぼ壊滅した。グラスルーツに残っていた残りの五千を全て投入しても同じ結果になる可能性が高い、とは少し言い辛かったのだ。

「……旧リリエンベルグ公国の戦力については?」

「分析を試みようにも少なすぎます。中心都市シュバルツリーリエが落とされるくらいの大敗のあと、どれだけの戦力が残ったのかまったく分かりません。まして敵であるはずの魔人が加わっているという話ですから」

 分析を試みるのも馬鹿らしい。そうであるから調査団を派遣するなどして、追加情報を得ようとしているのだ。

「……ジグルス・クロニクスについては?」

「公もご存じだと思いますが、元王国騎士であるクロードの息子と噂されていた人物です。母親はエルフ。学院時代の成績に飛び抜けたものはありませんが、かなり目立つ存在であったようです。中退しておりますが、その理由は不明」

 このあたりはキルシュバオム公爵にとっても既知のこと。だがこの場にいる全員が知っていることではないので黙って聞いている。王国騎士団長もそれが分かっているから、素性から話をしているのだ。

「次に彼が表に出てきたのは開戦当初のラヴェンデル公国での戦いです。リリエンベルグ公国軍の増援部隊の一騎士として参戦したのですが、実際はリリエンベルグ公国軍全体の指揮官だったと認識されております。ジグルス・クロニクスが参戦したのち、戦況は一変。リリエンベルグ公国軍はわずか八百ほどの部隊だったのですが、その少数で魔人軍を追い詰めております」

 続く王国騎士団長の説明にキルシュバオム公爵はわずかに顔を歪めた。開戦当初のラヴェンデル公国での戦いの勝利はジグルス一人の功績。王国騎士団長はこう言っているようなものだ。それはエカード率いるブルーメンリッターの功と情報操作をしていたキルシュバオム公爵にとっては都合が悪い事実なのだ。

「リリエンベルグ公国のシュバルツリーリエが陥落したという情報が届き、単身で帰還。行方不明となり、その後の情報は途絶えております」

「……何も分かっていないのと同じだな」

 キルシュバオム公爵の言葉には不快感が混じっている。目新しい情報はないのに、余計なことを話した王国騎士団長に怒っているのだ。

「はい。分かっているのはジグルス・クロニクスは優れた戦術家であること。またラヴェンデル公国で戦ったリリエンベルグ公国軍は彼自身が鍛えたとの話もあります。それを裏付ける情報として、学院時代にその才能の片りんを見せていたという証言もありました」

 さらに王国騎士団長はジグルスの評価を高める説明を加える。ジグルスに好意を持っているのではない。敵の戦力分析を行おうとしているのだ。客観的な事実を述べているだけのつもりだ。

「成績は平凡だったという話ではなかったか?」

 キルシュバオム公爵は客観的ではいられない。自分の立場を守る為に政治を盛り込む必要がある。

「学院内での成績は。合宿などの実戦の場になると違うということです。魔人襲撃事件はそれを証明するもの。護衛騎士が全滅した状況で、彼のチームは一人の犠牲者も出しておりません」

「彼一人の……いや、それについては分かった」

 ジグルス一人の力ではない。こう否定しようとしたキルシュバオム公爵であったが、最後まで声にすることはなかった。

「その時のメンバーであった者の内、リリエンベルグ公爵家のリーゼロッテ、従属貴族の子弟は今も行動を共にしているものと思われます。またブルーメンリッターに所属していた騎士も一人、合流している可能性があります」

 キルシュバオム公爵が話すのを止めた理由も、王国騎士騎士団長は説明してくれた。

「さらに、これは身内の恥になりますが、元副団長であったワルターが現地で確認されております。他にも合流している元王国騎士がいるものと思われます」

「……なるほど。反逆者どもの集団ということか」

 ローゼンガルテン王国に背く者たちの集まり。こう定義したとしても、政治上は意味があるかもしれないが、軍事上はまったく無意味。重要なのは反乱軍を倒せるかどうかだ。そしてこれまでの説明に楽観的になれる情報は何もない。

「敵戦力の分析は困難でありますが、強敵であるのは間違いありません。グラスルーツの、帰還者が増えて六千か七千かになるかもしれませんが、それと後備一万を加えた戦力では勝利の確信は得られないものと思われます」

「……ではどうすると?」

 王国騎士団長は現戦力では勝てないと告げてしまった。それを否定出来る権限はキルシュバオム公爵にはない。立場が曖昧なキルシュバオム公爵だが、軍事の責任者でないことだけははっきりしているのだ。

「確実を期すなら、動員出来るすべての戦力を投入するべきです。王国騎士団に限らず、魔人戦の経験がある貴族家軍も」

 王国騎士団長の返答は予想通り、キルシュバオム公爵の望まないもの。王国騎士団長が忖度なしに発言してしまうことを想定していなかったキルシュバオム公爵の失敗だ。
 彼はまだ気付いていないのだ。王国騎士団長が意識してキルシュバオム公爵家と距離を取ろうとしていることを。すでに自分の足元が揺らいでいることを。