月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第138話 いよいよ最終章 第二ステージに突入、ということではない

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 薄ぼんやりとした明かりが人々の緊張で強張った顔を照らしている。息をひそめ、耳を澄まして視線の先の様子を伺う。大きくはないが、自然のものではない音が耳に届いてくる。逸る気持ちを押さえて、命令を下すのに最善の瞬間を待つユリアーナ。その時はもう間もなくだ。
 アイネマンシャフト王国はどの入口を選んで地下に攻め込んでくるか。結果は二か所同時。それに対する備えは十分であった、はずだった。だが結果として魔王軍は初期防衛に失敗し、地下通路網への侵入を簡単に許してしまった。想定外の奇襲をアイネマンシャフト王国軍が行って来たからだ。
 敵の二か所同時侵攻を確認して、迎撃態勢を取った魔王軍。だがアイネマンシャフト王国軍の進入路はそこだけではなかった。アイネマンシャフト王国の防衛圏内にある進入路で迎撃に向かった魔王軍。その背後の天井が崩れ落ち、アイネマンシャフト王国の別働部隊が突入してきたのだ。どうやってアイネマンシャフト王国が地下通路の位置を地上から特定出来たのか、今も分からない。魔王軍にとって不運であったのは、その場所が迎撃部隊の背後であったこと。前後から攻撃を受けて、迎撃部隊は壊滅。アイネマンシャフト王国軍は一気に地下通路の奥深くに侵入した。
 そうなると別の進入路を守ることに意味はない。配置されていた部隊は後退。対峙していたアイネマンシャフト王国軍の侵入を許すことになるが、魔王軍には遊軍を作っている余裕はない。第二防衛地点を固める為に戦力を集中させた。

「……来ました!」

 とうとうアイネマンシャフト王国軍が姿を現した。魔王軍が待ち構えている場所よりも狭い通路。そこを抜けてアイネマンシャフト王国軍は陣形を整えようとしている。その完了を待たなければならない義務はユリアーナにはない。

「行きなさい! 突撃よ!」

 アイネマンシャフト王国軍が完全に狭い通路を抜けきらないうちに突撃を命じるユリアーナ。それを受けて魔物たちが一斉に前に駆け出して行った。

「oURa(オラァ)! ORAORAORAaAAAA(オラオラオラァアアアア)!!」

 雄たけびをあげながらアイネマンシャフト王国軍に襲い掛かる魔物たち。それに気付いたアイネマンシャフト王国軍も迎撃態勢を整える。激突する両部隊。初撃は打ち払われた魔物たちだが、それくらいでは彼らの突撃は止まらない。味方が倒れてもその屍を乗り越えて、攻めかかる魔物たち。
 その勢いにはアイネマンシャフト王国軍も完全に押されている。

「……なんとか通用しましたか」

 安堵の表情を浮かべるニクラス。ローゼンガルテン王国軍には通用した魔物たちの命がけの突撃がアイネマンシャフト王国軍相手にも通用するか自信がなかったのだ。

「反応が早いな。もう下がろうとしている」

 アイヒマンは厳しい顔だ。勢いを跳ね返せないと判断したのか、アイネマンシャフト王国軍は出てきた通路に戻ろうとしている。撃退という点では攻撃は成功だが、敵戦力を削るという部分では十分とは言えない結果になりそうだ。

「……深追いは危険だと思います」

「分かっているわ。狭い通路では魔物たちの良さは活かせないものね?」

 ニクラスの忠告を受け入れて、ユリアーナは攻撃の停止を決めた。狭い通路で向かい合えば、個の力では敵わない魔物たちは一方的に討たれることになる。追撃という選択はない。
 第二防衛線での初戦は魔王軍の勝ち。だからといってまったく油断は出来ない。たんに不意打ちが成功したというだけなのだ。

「……また来たようです」

 案の定、しばらくするとまた先のほうから音が聞こえてきた。先ほどよりも大きな音をたてて近づいてくるアイネマンシャフト王国軍。何か備えをしてきたのだろうと想像できるが、それが何かは分からない。

「土嚢……でしょうか?」

 アイネマンシャフト王国軍が運んできたのは重そうな布袋。通路を抜けてすぐの所にいくつか積み上げている。

「あれで突撃を防ごうというのね。そんな時間は与えないわ。突撃よ! 土嚢なんて吹き飛ばしてしまいなさい!」

 魔物の突撃を防ぐ為の簡易陣地。アイネマンシャフト王国軍はそれを作ろうとしているのだと考えたユリアーナは、すぐに妨害を命じる。先ほどと同じように物凄い勢いで駆け出して行く魔物たち。

「iKzo(イクゾ)! fUTToBasEeEEE(フットバセェエエエ)!!」

 地下に響き渡る魔物の雄たけび。

「mATTe(マテ)! mATeMATe(マテマテ)! HanAsIkiKe(ハナシキケ)!!」

 それに応えたのも魔物の叫び声だった。

「kIKukA(キクカ)!」

「MesI#ArU(メシ、アル)!」

「N(ン)……? Mesi(メシ)?」

 アイネマンシャフト王国軍に向かって駆ける魔物たちの足が緩んだ。

「どういうこと?」

「分かりません」

 何故、突撃の勢いを緩めるのかユリアーナたちには分からない。彼らが何をやり取りしているかなど分からない。

「mESikUerU(メシクエル)」

「……dAMaSArENaI(ダマサレナイ)」

 険しい顔を崩さない魔王軍側の魔物。ユリアーナたちには分からないが。

「uSo#tIgaU(ウソ、チガウ)! ou#TOtIkUREtA(オウ、トチクレタ)。oRetAtiNokunI(オレタチノクニ)」

「kunI(クニ)!?」

 アイネマンシャフト王国側の魔物の言葉に驚きの表情を見える。やはりユリアーナたちには分からないが。

「ouHa#iKItEIItOIttA(オウハ、イキロトイッタ)。sAKarATTeIItoIttA(サカラッテイイトイッタ)。jIBuNtaTInoTAmeNI#taTAkAEtoIttA(ジブンタチノタメニ、タタカエトイッタ)」

「…………」

 当たり前のことかもしれない。だがその当たり前が魔物たちは許されなかった。命じられるままに命を捨ててきた。逆らえば殺された。逆らわなくても相手の気分次第で殺された。生きる希望なんてものは彼らには関係ない言葉だった。

「dAkaRAOrETAtiTAtaKaU(ダカラオレタチタタカウ)。ouNOTamE(オウノタメ)。MirAInoTaMe(ミライノタメ)。oMAeTAtiMO#iKirO(オマエタチモ、イキロ)」

「sIkaSI(シカシ)……」

 後ろを振り返りユリアーナに視線を向ける。不思議と心惹かれる相手だった。この人の為なら命を捨てても構わないと思える相手だった。そんな気持ちは初めてだった。

「kOdoMOnomIraInoTamEdA(コドモタチノミライノタメダ)」

「……wA#wAkAttA(ワ、ワカッタ)」

 子供たちの未来。そんなことを考える余裕などなかった。だが相手はそれを語る。考えることを許される世界。心が強く引き込まれる。そんな世界を生きることが許されるなら。そう思った。それは彼一人ではない。
 武器を捨てて狭い通路に入っていく魔物たち。彼らの戦いはここで一旦終わることになる。

「……どういうこと?」

 ユリアーナたちには何が起きたのか分からないままだ。

「花より団子ということでしょうか?」

「何それ? ってどうしてそんな言葉知っているの?」

「さあ? とにかく……説得されたということだと思います。そういえば彼は別の戦場でも魔物たちを説得し、投降させたことがあったと聞いています」

 その投降させた魔物が今、仲間を説得したのだが、そこまでのことはニクラスには分からない。

「魔物を説得? どうやって?」

「それが……魔物にも生きる権利がある。死ぬ為ではなく生きる為に戦えと訴えたそうです。世界が認めなくても自分が許すとまで言ったとか。実際にそれが通じて投降したのかは分かりませんけど、そう聞いています」

「…………」

 大きく目を見開いて固まってしまっているユリアーナ。

「ユリアーナ様?」

 その瞳が潤んでいるように見えたニクラスは戸惑ってしまう。自分の説明でどうしてユリアーナがこんな反応を見せるのか、まったく分からないのだ。

「……さすが……さすが魔人を従える王だと思って」

 さすがはこの世界の主人公。これを言葉にしてもニクラスたちには意味が分からない。咄嗟に変えた言葉でもやはり意味は分からないが。ジグルスは特別な存在。この想いはユリアーナだけのものだ。

 

「とにかく我々は突撃部隊を失いました。次の攻撃をどう防ぐか考えなくてはなりません」

「そんな時間あるかしら?」

「えっ?」

「来るわよ! しかも本命が!」

 先の方で膨れ上がる気配。これまで感じたことのない強烈な気配をユリアーナは感じている。殺気なのか魔力なのか、とにかく初めての感覚だ。そんなものを感じさせる存在は一人しかいないはず。自分が知る彼とはやはり大きく違っている。ユリアーナはそれを思い知った。

「防御態勢! 攻撃に備えろ!」

 アイネマンシャフト王国軍の、それも恐らくはジグルス直卒部隊の攻撃だと察して、ニクラスは守りを固めることを決めた。中途半端な対応では一撃で粉砕される。それほどの攻撃力だとジグルスの戦いを知る人たちから聞いているのだ。

「黒き精霊!? 守れぇえええ!」

 真っ先に現れたのはルー。そうなれな何が来るかは分かる。漆黒の大鎌が魔王軍の最前線にいる者たちに振るわれる。一振りで何十人も斬り倒してしまうような攻撃だ。

「……あれ?」

 だがルーの攻撃は一人の敵も倒すことは出来なかった。

「分かりきった攻撃でやられるほど私たちは馬鹿じゃないの」

「ええ? 馬鹿だと聞いていたのに……でも良いよ。僕の役目は君たちを動かさないことだから」

「……ジーク」

 何の為の足止めなのかはすぐに分かった。狭い通路をすでに抜け出て、陣形を整えているアイネマンシャフト王国軍。その先頭にはジグルスがいた。

「その呼び方、許されてないと思うけど?」

「私は敵だから彼の許しなんて必要ないの」

「……なるほど。じゃあ、仕方ないね」

 ユリアーナの言い訳に納得した様子のルー。彼女から離れて、ジグルスの元に戻っていった。

「……いきなりラスボスの登場ですか」

 うんざりした顔でジグルスはユリアーナに話し掛けてきた。

「ラスボスは魔王でしょ? 私は貴方が魔王の間に向かうのを邪魔する役目」

「なるほど……ちなみに魔王って貴女より強いのですか?」

 ジグルスの素朴な疑問。魔王を倒すはずだったユリアーナと倒されるはずだった魔王ではユリアーナのほうが強いのではないかと思ったのだ。

「それは私を倒してから聞きなさい。ステージをクリアしていないのに先の情報を得られるはずないでしょ?」

「これ、ゲームではありませんよ?」

「知ってる」

 ユリアーナの闘気が一気に膨れ上がる。側近であるニクラスたちでさえ、初めて感じる強い闘気。それだけ彼女は今のジグルスを警戒しているということ。

「……さすが主人公。でも……俺ももう負けていられないので」

 ユリアーナの本気。この世界で最強であるはずの彼女と戦うことに恐怖がないわけではない。だが、相手は主人公だからと諦めるわけにはいかないのだ。
 ジグルスの体に紋様が浮かび上がる。ジグルスも最初から全力。そうでないと勝てない相手だと考えている。

「……へえ。なんか恰好良い」

「それは、どうもっ!」

 一瞬でユリアーナの懐に飛び込んだジグルス。体が触れ合うほどの距離。その状態で剣を振るう。断ち切ったのはユリアーナの残像。彼女自身は大きく距離をとった位置にいる。

「近すぎて、ちょっとドキドキした」

「そんな間がありました? まだまだ俺は未熟ですね?」

「そうでもないわよっ!」

 実際のところ、ユリアーナにはそれほど余裕がない。ふざけたのは心の動揺を隠す為だ。受け身では危険。そう考えて攻撃に転じたユリアーナ。息つく暇もない連続攻撃。だがそれはことごとくジグルスに躱される。

「もう! 相変わらず、逃げるのは上手ね!」

「前よりも得意になりました。目の数が倍に増えたので」

「それは便利ねっ!」

 縦横斜め、どこに剣を振るってもジグルスは躱すか、剣を合わせてくる。ユリアーナもかつての彼女ではない。ラヴェンデル公国でジグルスと別れてからはずっと自分を鍛え続けてきた。実戦も、何度も経験した。確実に強くなっているはずなのだ。

「強くなりましたね?」

 ジグルスにもそれは感じられた。彼女には任せられない。そう思った頃の彼女とは違うと。

「それ余裕?」

「いえ、素直な感想です。努力してきたのですね?」

 ジグルス自身は学院時代とは比較する意味もないほど強くなっている。努力だけでなく魔人としての能力が目覚めたおかげだ。その自分を、学院時代と同様に、反撃の隙を与えずに攻め続けるユリアーナは努力だけでここまで成長している。ジグルスはそれに驚き、素直に感心している。

「あっ、そういうの止めてくれる?」

「何を?」

「そういう言葉。最近、涙脆いの」

 ジグルスに自分の努力を認められた。それだけでユリアーナは、本当に涙が出そうになっている。

「……どうして魔王側に寝返ったのです?」

 この世界の主人公であるはずのユリアーナが、彼女自身もそれを知っているはずなのに倒すべき魔王に仕えることを選んだ。彼女に会ったら絶対にその理由を聞こうとジグルスは考えていた。

「知りたかったら私を倒しなさい」

「……勝ったら教えてくれるのですね?」

「理由を教えるだけでなく、私を好きにして良いわよ。君の望むことはなんでもしてあげる」

 こんなくだらない話を、真剣に剣を振るいながら出来るくらいにユリアーナは強くなっている。これは自慢にならない上に、ジグルスも褒めないが。

「俺、既婚者なので」

「大丈夫。異世界転生もので浮気を責める人はいないわ」

「いや、絶対に怒られますから」

 リーゼロッテは怒る。ハーレムなんて絶対に許してくれないと思う。

「そういう話は聞きたくない!」

「ユリアーナ様!」

「えっ!?」

 突然かけられた声。それに続いたのは幾本もの矢。ユリアーナに向けられたものではない。ジグルスを狙ったものだ。剣を振るって矢を払うジグルス。一本の矢も彼の体に届くことはなかった。

「撤退します! 急いで!」

 ただ矢を放ったニクラスたちもそれでジグルスを倒せるとは思っていない。ユリアーナが逃げる隙を作る為だ。

「……もうちょっと粘ってよ、もう!」

 味方はアイネマンシャフト王国軍に押し込まれている。第二防衛線で侵攻を止めることは失敗。そうであれば次の防衛地点まで引き、続く戦いに備えなければならない。まだ魔王軍の負けが決まったわけではないのだ。
 さらに矢がジグルスを襲っている隙に、ユリアーナはその場を離れていく。戦いはまだこれから。ユリアーナもまだ目的を果たしていない。

「……チャンスだったけどな……また機会はあるか」

 ユリアーナが主人公の役目を放棄した理由をジグルスはどうしても聞きたい。それが必要な理由は何なのか。それはこの世界にどのような影響をもたらすのかは今のジグルスにとって、とても大切な情報だ。魔人たちの未来に関わることではないかと考えているのだ。

「王。追撃は続けておりますが、恐らくそれほど成果はあげられないかと」

「分かった。では予定通りに進めよう」

 ここから先は網の目のように地下通路が広がっている。どこで敵が待ち構えているか分からない。知らないうちに背後に回られていた、なんて状況に陥ることも想定される。そんな戦場を無策で突き進むほどジグルスは楽観的ではない。
 アイネマンシャフト王国軍は魔王軍が第二防衛線を構築していた場所に陣地を構築することになる。背後さえ守られていれば奇襲を受けにくい場所。そう考えてのことだ。あとはいかに敵を捕捉し、奇襲を許さずに戦うか。
 最終章はまだ序盤。第二ステージを突破したばかりだ……ということではない。