月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第51話 新居を手に入れました

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 パラストブルク王国のゴードン将軍は近頃、ご機嫌だ。ベルクムント王国との戦いでパラストブルク王国軍は、他国を圧倒する活躍を見せたノートメアシュトラーセ王国以外では唯一、論功行賞において上位の評価を得ている。ゴードン将軍にとっても想像を遥かに超える好結果。アルカナ傭兵団の一上級騎士に自国軍を任せるという賭けに大勝し、国内での自身の評価を大いにあげることになった。口先だけで将軍になったと言われていたゴードン将軍が、名実ともに軍部の頂点として認められるようになったのだ。
 それをもたらしてくれた部隊は今、ゴードン将軍の目の前で訓練を行っている。戦勝会の場でも労いの言葉をかけたが、期待以上の結果を残した彼らに改めて言葉をかけようと鍛錬場を訪れたのだが、ゴードン将軍はそれが出来ないまま、ずっと訓練の様子を見ることになった。彼らの必死さが声をかけるのを躊躇わせていたのだ。

「将軍閣下!?」

 それでもずっと近くで立っていれば相手のほうが気付く。部隊の騎士たちは鍛錬を中断して、ゴードン将軍の周りに集まってきた。

「何かありましたか?」

「いや……ずいぶんと熱心に訓練を行っていると聞いたので、様子を見に来た」

 咄嗟に話を作るゴードン将軍。彼らの必死さを目の当たりにして、今更、ご苦労だったは言い辛くなったのだ。

「……前回のような思いはしたくありませんので」

「前回のような思い? それはベルクムント王国との戦いのことを言っているのか?」

「はい。戦勝会では口に出来ませんでしたが、我々は褒められるような活躍をしておりません」

 フルーリンタクベルク砦での戦いはただ見ているだけで終わった。カルンフィッセフルスに戦場を移してからも、ヴォルフリックの後をただ追いかけていただけ。国王も臨席している戦勝会では口に出来ることではなかったが、認められるような功がなかったことは彼らが一番分かっている。

「……だからこうして厳しい訓練を。その心がけは立派なものだな」

 ゴードン将軍もそれは分かっている。自国軍に褒賞が与えられたのは、ノートメアシュトラーセ王国単独の戦功にしない為。ノートメアシュトラーセ王国以外の中央諸国連合の面目を保つためなのだ。

「ありがとうございます。ただ……どれだけ鍛錬を重ねても、彼らに追いつける気がしません」

「相手はアルカナ傭兵団だからな」

 アルカナ傭兵団の戦闘力はずば抜けている。だからこそ中央諸国連合は成立しているのだ。

「それに甘えていて良いのでしょうか?」

「甘える?」

「もし我々に、そして他国軍にもっと力があれば、本当に両大国から国を守れる。そう思いました」

 中央諸国連合加盟国の本音は、両大国が本気になれば、いくらアルカナ傭兵団が強くても侵攻は防げないというものだ。だが今回の戦いで彼らはそんなことはないと思えるようになった。中央諸国連合の各国軍にもっと力があれば、充分に対抗できるという感触を得たのだ。

「そうか……それは良いことではあるが……アルカナ傭兵団のようになれるのか?」

「それは……今のままでは難しいかと」

 各国軍がアルカナ傭兵団並みの戦闘力を得ることは簡単なことではない。それが容易であれば、とっくに実現している。どの国も、出来ることなら、アルカナ傭兵団に頼り切りではいたくないのだ。

「ただそこまで行かなくてもか……私も少し考えてみよう」

 それなりに認められるようになったゴードン将軍であるが、この言葉に期待する人たちはいない。彼の指揮能力の乏しさは、すでに証明されているのだ。
 だが彼らは分かっていない。ゴードン将軍は自分の能力をきちんと把握している。彼が優れているのは、口先だけで将軍になれるくらいの、要領の良さと交渉力。彼が考えるのをそれを活かせることなのだ。
 それは彼らがまったく想像していない結果をもたらすことになる。

 

◆◆◆

 元近衛騎士団長であったギルベアトの屋敷は王城から少し離れた場所にある。近衛騎士団長という地位にあったギルベアトの屋敷であれば、もっと城に近い場所であっても良いのだが、解任される前の彼は城に詰めていることがほとんど。屋敷に戻るのは滅多にない仕事が休みの日くらいであったので、距離を気にする必要がなかったのだ。その程度の使い方であるので、屋敷もそれほど大きなものではない。これは贅沢を好まないギルベアトの性格もあってのことだが。

「思っていたよりも綺麗だな」

 ギルベアトが使っていた屋敷にやってきたヴォルフリックも満足そうだ。

「綺麗……お前さ、そろそろ普通の感覚を覚えろよ」

 だがそのヴォルフリックの反応にロートは呆れている。長年使われていなかった屋敷だ。綺麗なはずはないのだ。ヴォルフリックの感想は貧民街を基準にした場合のこと。普通の感覚ではない。

「自分は普通の感覚を持っているような言い方だな?」

「持っている。俺たちが何を商売にしていると思っている? 食堂だぞ?」

 ロートも貧民街育ちであるが、今の仕事は、表向きだが、食堂の主だ。清潔さを気にする普通の感覚を得ている。

「それもそうか……じゃあ、少し掃除するかな」

「少しじゃなくて、しっかりと掃除しろ」

「うるさいな。言われなくても、ちゃんとやる」

 ずぼらな弟と口うるさい兄。常にというわけではないが、普段の二人はそんな関係だ。

「床は特に綺麗にしろよ。そこら中にゴミが転がっているようだとエマが困る」

「……確かにそうだな」

 さらにロートはヴォルフリックの働かせ方も心得ている。エマを使えば良いので、誰にでも出来ることだが。
 エマが歩くのに困らないようにとせっせっと後片付けを始めるヴォルフリック。ロートも、そしてブランドも手伝うがそう簡単に綺麗になるものではない。とりあえずリビングと玄関から繋がる廊下の掃除が終わったところで休憩となった。

「やばいな。掃除するだけで何週間もかかりそうだ」

 ヴォルフリックたちは暇ではない。鍛錬の時間は少しでも多いほうが良い。掃除だけで一日を終えるわけにはいかないのだ。

「黒狼団動員する?」

 ブランドが黒狼団の仲間たちに手伝わせることを提案してきたが。

「この屋敷に出入りするのはロートとエマだけ。そう決めたばかりだろ?」

 ヴォルフリックに却下された。表に出るのはロートとエマだけ。あとの仲間は裏での活動を継続する。そう決めているのだ。

「三人でここを掃除するの? どれだけかかるか分からないよ」

 ブランドはとにかく掃除が面倒なのだ。彼にはもともと掃除をするという習慣がない。これはヴォルフリックも似たようなもので、その二人でこの屋敷に住もうというのが問題なのだ。

「人を雇えないのか?」

「掃除の為に? なんか贅沢だな」

 使用人を雇う。それが一時的なものであったとしても、ヴォルフリックには贅沢過ぎる気がする。ただこの思いは。

「じゃあ、自分でやれ」

「雇う。すぐ雇うから連れてこい」

 掃除の面倒さに比べれば、すぐに消し飛ぶ気持ちだ。

「まずは探すところから。どこで探せば良いのだろうな?」

「ああ……傭兵団で聞いたほうが早そうだな」

「……ていうか、傭兵団の奴らに手伝わせれば良いだろ?」

 黒狼団に頼らなくても人手はある。愚者のメンバーに頼めば良いとロートは考えた。

「ええ? なんか悪いだろ?」

「悪いって……お前は本当にそういう距離感が独特だな?」

「どういう意味?」

 ロートの言う距離感がどういうことかヴォルフリックには分からない。そういう意識がないのだ。

「頼る相手とそうじゃない相手の区別。それなりに関係は深まったのだろ?」

 愚者のメンバーたちとヴォルフリックとの距離は確実に縮まっているとロートは考えている。常に一緒に行動していて、危険な場で共に戦ってもいる。そうなるのが当然だと。そうであるはずなのに遠慮を見せるヴォルフリックの感覚がロートには分からないのだ。

「深まったのか? 最初に比べればそうだな」

「だからそれ。エマは別としても、黒狼団の他の仲間たちとも割とすぐに仲良くなったじゃないか。どうして傭兵団ではそうじゃない?」

 ヴォルフリックは黒狼団の仲間たちにはすぐに気を許していたとロートは思っている。それと傭兵団のメンバーと何が違うのかが分からない。

「アルカナ傭兵団は敵だから?」

「いや、そうかもしれないけど……個人としては共に戦う仲間だろ?」

 この先もヴォルフリックと愚者のメンバーたちは危険な任務を任されることになる。黒狼団以外で彼に仲間が出来ることには少し複雑な思いもあるロートであるが、共に戦うにあたって信頼関係は大切だという考えのほうが強かった。

「……俺が皇帝を殺せば、奴らの剣は俺に向く」

「それは……」

 黒狼団の仲間と愚者のメンバーたちとの違い。黒狼団の仲間たちとヴォルフリックの目的は、実は具体的に何というものはないのだが、思いは一致している。自分たちが生きやすい場所を作る、がそれだ。だが愚者のメンバーとの、特にクローヴィスとセーレンとの目的には一致がない。ヴォルフリックにはディアークやアルカナ傭兵団の志など関係ない。それどころかその志が達せられるのを邪魔する立場なのだ。

「任務を無事に終わらせる為に必要なことはやらせる。でもそれ以外のことで頼るつもりはない」

「どうだかね?」

 ヴォルフリックの言葉にブランドが疑問を投げかけてきた。

「何?」

「別に」

 口で言う以上にヴォルフリックは愚者のメンバーを頼っている。頼るというより、信頼して任せているという表現のほうが正しい。フルーリンタクベルク砦での戦いでヴォルフリックは、期待通りの働きが出来る保証もないのにボリスに命を預けている。それをブランドは目の前で見ているのだ。

「シュバルツ……」

「何だよ?」

「いや、別に……」

 復讐にこだわる必要はないのではないか。この言葉をロートは口に出来なかった。彼にとってもギルベアトは父親のような存在だった。恨みはある。だが言葉にするのを止めたのは、今はまだ、それも自分の口から話しても届かない。そう考えたからだ。

「何だよ? 新しいおふざけか? 全然面白くない……」

 二人にからかわれているのだと思って、文句を言おうとしたヴォルフリック。だがその声は途中で消えた。その時にはすでにブランドは立ち上がって壁に隠れ、剣を抜いている。
 沈黙の中、廊下がきしむ音が聞こえてくる。壁の向こうから、ゆっくりと姿を現した影。

「きゃあっ!」

 いきなり目の前に現れた剣に驚いて叫び声をあげたのは、セーレンだった。

「……何しているの?」

「何しているの……? じゃないから! ブランドこそ何するのよ!? びっくりしたでしょ!?」

 相手がブランドだと知って、大声で文句を言い始めたセーレン。

「いや、忍び足で人の家に入ってくるのは悪い人だから」

「私、泥棒じゃないから。とても人が住んでいるとは思えない屋敷に入るのには勇気がいるでしょ?」

 十六年間、放置されていた屋敷だ。建物の周りも荒れ放題で人が住む場所とはセーレンには思えない。ヴォルフリックたちがいるはずだと思っていても、屋敷に入るのに気が引けていたのだ。

「……ああ、怖かったのか。ビビってたんだ。何もないのに怖がってたんだ。それで女の子みたいに大声出したんだ」

「みたいじゃなくて、女の子だから。ブランドって意外と性格悪いのね?」

「相手によるかな?」

「……どういう意味?」

 眉を寄せてブランドを睨みつけるセーレン。こういう反応がブランドを面白がらせているのだが、本人はそれを分かっていない。

「ブランドよりも女の子を先に歩かせる奴らのほうが、性格悪くないか?」

 屋敷を訪れたのはセーレンだけではない。クローヴィスとボリスも一緒だ。セーレンの後ろを歩いていた二人に、ヴォルフリックは軽く嫌味を言った。

「私たちは危険を感じていません。セーレンが一人で盛り上がっていただけです」

 クローヴィスが言い訳を返す。危険がないのだからセーレンを先に歩かせても問題ないという理屈だ。

「お前、モテないだろ?」

「はい?」

「大丈夫だと分かっていても、女の子は守るものだ。世の中はそういうルールで動いているんだ」

「どこのルールですか?」

「どこって……普通そうだろ?」

 ベルクムント王国の都ラングトアにある歓楽街のルールだ。それもそこで働く女性たちが勝手に言っていること。そうして欲しいという希望を言葉にしただけのものだ。

「それが普通かどうかは分かりませんが、そうしたくても彼女は後ろを歩きません。怖がっている自分を楽しんでいるだけですから」

「楽しんでいる?」

「昔からそうなのです。お化けとかだけでなく他のことでも、人一倍怖がっている様子なのに、一人でグイグイと危険なところに進んでいってしまう。あとを追う方が大変でした」

 幼馴染のクローヴィスはセーレンのことを良く知っている。先ほどのことも「また、やっている」くらいに思って見ていたのだ。

「幼馴染だったな」

 クローヴィスとセーレンは幼馴染。そういう存在がいることは特別なことではないのだが、なんとなくヴォルフリックの心に引っ掛かる。自分たちと同じか、という思いが湧いてくる。

「……その人は?」

 クローヴィスにはリビングに来てから、ずっと気にかかっていたことがある。ヴォルフリックたちと一緒にテーブルに座っている赤毛の男、ロートのことだ。

「街の食堂の若主人。前に食べに行って気に入った店だ」

「……その人が何故ここに?」

「使用人になってもらえないか相談していた。食事の支度なんて面倒くさくてやっていられないだろ? だからって毎食、外に食べに行くのも面倒だ」

 あらかじめ用意していた設定をクローヴィスに説明するヴォルフリック。怪しんでいるのは分かっている。だからといって自ら、黒狼団の仲間だと白状する必要はない。

「はあ……それで?」

「食堂があるからずっとこの屋敷にいるのは無理だけど、必要な時だけ通いで作ってくれることは了承してもらえた」

「なるほど……もしかして、鍛錬もこの屋敷で行うつもりですか?」

 ヴォルフリックたちは朝から晩まで鍛錬を行っている。食事であれば傭兵団施設の食堂を利用すれば良いのだ。わざわざ屋敷で食べるということは、その時間に傭兵団施設にいないということになる。

「もしかしてって……いちいち傭兵団施設に通うのも面倒だろ? なにより時間の無駄だ。ここで出来ることはここでやる」

「そうですか……敷地の割には庭が広いようなので、なんとかなりますか」

「なんとか?」

 クローヴィスの言う通り、庭はかなり広い。ウォフリックたちには分からないことだが、鍛錬が出来るようにとギルベアトが広く造ったからで「なんとかとなる」と言うような広さではない。

「六人で鍛錬しても広さは足りるかなと」

「六人?」

 ウォフリックとブランド、それにルートを加えても三人だ。クローヴィスの言う六人は、当然だがウォフリックが考えていたこととは違う。

「はい。私たちにフィデリオ殿を加えた六人」

「……なんで? お前たちは傭兵団施設でやれば良いだろ?」

「いや、逆に何で、です。同じ部隊なのですから一緒に鍛錬するのが当たり前ですよね?」

「……たまにはな」

 クローヴィスの言っていることのほうが正論だ。部隊内で鍛錬をバラバラに行うほうがおかしい。鍛錬場は何の為に用意されているのかという話だ。完全に拒否できないウォフリックは、せめて頻度を減らそうと考えた。

「……その前に色々と片づけないとですね。庭もかなりの雑草が……草むしりだけで何週間もかかりそうですね?」

「……卑怯だぞ」

 クローヴィスは鍛錬をここでやらせなければ片付けを手伝わないと言っている。そうウォフリックは受け取った。

「いや、何が卑怯かまったく分からないのですけど。とりあえず、片付けを始めますか? 屋敷の中もかなり荒れています。これじゃあ、住むことも出来ないでしょうから」

「なるほど。押し売りってやつか?」

「だから、何を言っているのですか? 道具も必要そうなのは持ってきています。玄関のところに置いてあるので、運ぶのを手伝ってください」

「すみません。僕でも一人で運べる量ではなくて。ヴォルフリック様、お願いします」

 クローヴィスの話を受けて、ボリスもヴォルフリックに手伝いを頼んできた。

「……おう」

 流れのままに、それに応じるヴォルフリック。
 確かにヴォルフリックの言う通り、押し売りかもしれないと二人の様子を見ていたロートは思う。押し売りであろうとなんであろうと、ヴォルフリックの為に何かをしようという気持ちであれば、それで良いとも。
 ヴォルフリックが愚者のメンバーと距離を置こうとしているのは、一度作られた信頼関係が壊れてしまうのが怖いから。壊したくないという思いがあるのだとロートは理解した。
 彼にとっては頭の痛い話だ。実際にそのようなことになった時、ヴォルフリックの心は傷つく。そんな事態は絶対に避けなければならないと思うのだが、その方法は一つしか思いつかない。復讐を止めさせること。だがそれを実現する手段を今のロートは持っていなかった。