月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第50話 戦いの結果、得られたものは

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ベルクムント王国との戦争における論功行賞で、育ての親であるギルベアトが使っていた屋敷を手に入れたヴォルフリック。それは行動の自由を手に入れたのと同じだ。当たり前だが、ギルベアトの屋敷はアルカナ傭兵団施設の外にある。自動的にヴォルフリックは自由に施設外に出ることを許されるようになったのだ。
 早速、傭兵団施設を出て街に出たヴォルフリック。向かったのは与えられた屋敷ではなく、食堂。黒狼団が拠点としている食堂だ。

「へえ、ようやく塀の外に出られたのか」

「人を罪人のように言うな」

 話を聞いたロートの言葉に文句を言うヴォルフリック。

「罪人のようなものだろ? しかもまだ本当の意味では放免されていない」

 傭兵団施設の外に出られるようになっただけで、本当の意味で行動の自由を得たわけではない。ヴォルフリックはまだアルカナ傭兵団に縛られたままだ。

「まあな。だがそのおかげで驚くほど金を稼げる」

 持ってきた革袋をテーブルの上に乗せたヴォルフリック。報奨金として受け取った金だ。

「……確かに。いっそのこと、俺らも傭兵稼業を始めるか?」

 食堂はもちろん、裏社会の小悪党グループではとても稼げない大金。傭兵稼業に切り替えることをロートは真面目に考えた。戦う力はあるのだ。

「客がいるならな。ただ、今はまだアルカナ傭兵団と戦えなんて依頼は受けられない」

「ああ……遠くから眺めていただけだけど、かなりのものだったな」

 ロートはアルカナ傭兵団の戦いぶりを見ている。フルーリンタクベルク砦での戦いで、増援として現れた傭兵団だ。すぐに身を隠したので、戦場から離れたところで見ていただけだが、それでもその強さは分かった。

「あの時はまだ、きつい女だけだろ? そのあとの戦いがな。幹部どもの戦いは、かなり強烈だった」

 フルーリンタクベルク砦で実際に戦った傭兵団幹部はルイーサだけだ。その後の戦いでの数が揃った時の戦いぶりをみて、ヴォルフリックは改めてアルカナ傭兵団幹部の強さを思い知らされた。一対一でも敵わない相手が、同時に戦っていたのだ。そう思うのは当然のこと。

「あれに追いつくのか」

「いや、追い抜くんだ」

「……遠いな。生きているうちに追いつけるか?」

「当たり前だろ!?」

 確かに今は力の差を感じている。だがいつまでもこのままでいるつもりは、ヴォルフリックにはない。何十年もかけるつもりもない。

「はあ……俺ももっと鍛えたいな」

 鍛錬は続けているが、質と量の両面でヴォルフリックと差があることをロートはよく分かっている。亡くなったギルベアトが教えてくれていた時と比べてもそうなのだ。

「それについては考えた。俺たちは爺の弟子に鍛錬法を教わっている。それをお前らにも教える」

「それは良いな。ただ……どこまでいけるかな」

 教える者のいない中で、どれだけ正しく身につけることが出来るか。ギルベアトを失ったあと、ロートがずっと感じている不安だ。

「これは相談だ。本当の意味での活動拠点はノイエラグーネ王国に移すことにしないか?」

「それは……どういうこと?」

「少しは傭兵団のことも分かってきた。情報収集に関しては、何人か凄いやつはいそうだが、それだけ。残りは質も数もたいしたことない」

 ノートメアシュトラーセ王国はベルクムント王国が火薬を持っていることを知らなかった。盗賊団討伐の任務でも、先に動いていたはずのリーヴェスはそれほど多くの情報を得ていたとは思えなかった。今回の戦争でも大軍による奇襲を許すくらいだ。全体としてのアルカナ傭兵団の諜報能力は、思っていたほどではないとヴォルフリックは判断している。

「この拠点が知られることになっても、ノイエラグーネ王国のそれが見つかるとは思えない。もちろん残る人数は絞るし、ノイエラグーネ王国に行く仲間との接触方法は考えないといけない。でもそれ以外は普通に出入りして、鍛錬はそこで行えば良い。それである程度になったら、他の奴に教える」

 黒狼団はヴォルフリックの切り札。アルカナ傭兵団に全容を知られるわけにはいかない。だがそれに拘っていてはロートたちとの連携が上手くいかない。特に彼らの戦闘力が伸びないことをヴォルフリックは恐れている。アルカナ傭兵団の強さを目の当たりにして、このままでは駄目だと考えたのだ。

「……なるほど。それを口実にしてエマと一緒に住む気だな?」

「えっ? 良いの?」「ば、馬鹿か?」

 喜ぶエマと動揺するヴォルフリック。

「動揺することないだろ? 下心を感じるぞ」

 そんな二人をロートは軽く睨みつける。

「違うから。一緒に……傭兵団に対してはそれでも良いけどな。どうせ、仲間であることはすぐにばれる」

「食堂が機能しなくなるな。さらにシュバルツはこの街で多くの敵を作ることになる。ちょっと無理はあるけど、雇われたことにするか? 通いの家事手伝いってところで」

 エマは食堂の看板。彼女目当てに訪れる客も少なくない。そういった客を敵にする、はロートの冗談だが食堂を止めるのは惜しいと思っているのだ。

「……それはそれで需要が生まれそうだな」

 エマを自宅に呼ぶ。それこそ下心のある奴が自分もと言い出すことをヴォルフリックは心配している。

「それは、まあ、いくつも受けられないということで」

 ロートが言うように、断れば良いだけなのに。

「俺がこの店の味にほれ込んで、料理人として雇った。ただ食堂も続けたいので、食事の時だけ通いで。こんな設定かな?」

「そうだな。そうして通い続けるうちに二人の間に恋が芽生え、めでたく結婚か。悪くない設定だ」

「…………」「…………」

 顔を真っ赤に染めて黙り込むヴォルフリックとエマ。お互いに相手への感情を隠すことはしていないのに、こういった話になると照れて反応しなくなる。兄妹以上、夫婦未満。家族として二人は、まだこういった関係なのだ。

「冗談だ。まともに受け取られると、兄として複雑だろ? 俺はエマの父親代わりでもある。いくら相手が兄弟同然のシュバルツ相手でもな」

 二人には幸せになって欲しい。これは正直な気持ちだ。だがヴォルフリックと一緒になって、ロートが思う普通の幸せをエマは得られるのか。この疑問が消えないのだ。ただこの疑問は口に出せない。ロートは娘を嫁に出す父親の気持ちとして、いつも誤魔化している。

「……まずそれを直さないとな」

「はっ?」

「名前。俺の今の名前はヴォルフリック……いや、こっちを直すか。もうばれていそうだしな」

 仲間たちは今も自分をシュバルツと呼ぶ。その呼び方を直してもらおうとヴォルフリックは思ったが、もう偽名は必要ないのではないという思いも生まれた。

「じゃあ、こういうのは? シュバルツ・ヴォルフリック。屋敷持つくらいに偉くなったのだから、姓を持っても良いと思うの」

 実際にはすでに持っている。ヴォルフリックのノートメアシュトラーセ王国に登録されている公式名はリステアード・ディートリッヒなのだ。

「エマ……それ、シュバルツ・ヴォルフェとほとんど同じだから」

「あっ……」

 シュバルツ・ヴォルフェ=黒狼団のシュバルツ・ウォフリック。ふざけているとしか思えない名だ。

「シュバルツの通り名である黒狼、シュバルツ・ヴォルフが元だからな。そうなるよな」

 エマのボケ、ではないのだが、ロートがフォローする。もともとシュバルツの通り名である黒狼=シュバルツ・ヴォルフから黒狼団の名は付けられている。ウォフリックも狼の統率者の意味だ。似た名になるのは当たり前。

「……もうしばらくウォフリックでいくか。呼ぶ時は気をつけてな」

「大丈夫。私はシュッツだから」

「そうだな」

「そうなのか?」

 二人とも、ヴォルフリックをどう縮めてもシュッツにはならないから。ロートの心の中の声だ。

 

◆◆◆

 中央諸国連合との戦いで、まさかの大敗を喫したベルクムント王国。そのベルクムント王国でも戦いの決着を祝う宴が開かれている。たった一度の敗戦で、たとえそれが大敗と言えるような内容であったとしても、ベルクムント王国が揺らぐことはない。それを国内および従属国に示す為に開かれた宴だ。さすがに戦勝会とするわけにはいかず、戦いで大いに働いた騎士を労う為の宴ということになっているが、その規模は、中央諸国連合各国で行われた戦勝会よりも遥かに大きく派手なもの。論功行賞も行われている。
 一通りの儀式を終えた今は飲食、そして歓談を楽しむ時間。働きを認められて褒賞を与えられたた騎士たち、だけでなく戦いに参加した者たちがそれぞれ、多少の誇張も入れて自身の活躍を誇らしげに語っている声があちこちのテーブルから聞こえてきている。
 何故そんなことが出来るのか、カーロには理解出来ない。貧民街育ちで、まだ貴族家の騎士となって日も浅い彼には建前というものが理解出来ないのだ。話を聞きたがる人たちもカーロにとっては煩わしいだけの存在。そう思って会場の外に出て、時が過ぎるのを待っていた。

「主役がこんなところで何をしているの?」

 その彼に声を掛けてきた女性がいた。

「……ヘルツか。お前こそ、何をしている? 今日は歌劇団の歌姫には見えないな」

 声を掛けてきたのはヘルツ。同じ貧民街の出身で黒狼団のメンバーでもある。

「今の私は侯爵様の愛人よ」

「侯爵? いきなり、そこまでか……さすがと言うべきか?」

 前回、戦争に行く前に会った時は宴を盛り上げる歌劇団の一員の姿だった。それが戻ってきたら侯爵の愛人。成り上がり、というべきかカーロには分からないが、の早さには驚くしかない。

「当然というべきね。私に落とせない男はいないもの」

「少なくとも一人いるな」

「それは……シュバルツが子供過ぎるの。私の魅力を理解出来る大人の男であれば、まして歓楽街の客にも卑猥さで負けていないような貴族の男どもなんて、落とすのは簡単よ」

 貞操観念のほとんどない、のはあくまでも一部であるが、貴族が相手であれば篭絡するのは簡単。あっさりと高位の貴族を落としたことで、ヘルツは自信を持っている。

「それで? 結局、今日は? まさか愛人の身分で宴についてきたのか?」

「その、まさか。若くて美しい愛人を手に入れたことを自慢したくて仕方がないみたい」

「それ、自分で言うか?」

「私が言っているのではなくて、相手が言っているの。私はそれをそのまま伝えただけよ」

 愛人を平気で公式の場に連れてくる。それが許される文化がベルクムント王国の貴族社会にはある。もちろん、陰で眉をひそめている良識派の人もいるが、そういう人たちも表立って批判はしない。そういう文化なのだ。

「……晒し者にされて嬉しいか?」

「それ、自分のこと? 私は嬉しいわよ。侯爵の愛人で終わるつもりはないからね? もっともっと上を目指すの。その為には私の魅力を多くの人に知ってもらわないと」

「逞しいな……」

 ヘルツの逞しさが、今はカーロは羨ましい。カーロも、もっと高みを目指さなければならないのに、その為の行動を取れないでいるのだ。

「どうしたの? 何かあった?」

 今日の宴の主役の一人はカーロだ。困難な状況にも関わらず多くの味方を救ったということで、カーロは論功の上位に位置している。英雄を作り、敗戦の事実から目を逸らさせようという思惑からの評価。若く、見た目も良いカーロは英雄にするにはもってこいなのだ。
 そうだとしても出世に繋がるのであれば、喜ぶべきこと。ヘルツはそう考えている。

「何か……気が付くと、多くの死体が転がる中に一人立っていた。それ以外にも何度も死ぬ目に遭った。多くの味方が俺の目の前で死んでいった」

「……それでも無事に帰ってきた。喜ぶべきじゃない?」

「無事に帰ってこられたのはシュバルツのおかげだ。シュバルツと仲間たちが逃がしてくれた」

 味方が目の前に死んでいくのに自分は何も出来なかった。それをカーロは悔やんでいる。そんな自分が英雄に祭り上げられようとしているのが馬鹿馬鹿しく、そして情けなかった。

「……やっぱり、良かったじゃない。まだ仲間だと認めてもらえている。信じてもらえている。そういうことでしょ?」

 敵軍にいたカーロをシュバルツたちは救った。どのような立場になっても仲間。そう考えてくれたのだとヘルツは受け取った。

「……それは嬉しい。ただ自分が情けなくて。シュバルツたちは、やっぱり凄い。戦場でもとてつもなく強かった」

 カーロが自分を情けなく感じているのは、シュバルツたちとの差を思い知らされたこともある。自分がシュバルツの側にいたら、どうだったのか。やはり恐怖に震えていたのではないかと思ってしまうのだ。

「だから私たちは私たちが出来ることで頑張ろうと決めたんじゃない? まあ、男としての誇りってやつだと思うけど、あんまりそれに拘ると間違えるわよ?」

「そうだな……俺たちは俺たちが出来ることで頑張る。そう決めたのだったな」

 シュバルツに、ロートに置いて行かれた。それを恨むのではなく、より一層頑張る為の動機にしようとカーロたちは決めたのだ。だから二人はこうしてここにいる。他の仲間も違う場所で自分の居場所を作ろうとしている。

「だから頑張って。邪魔者は消えるから」

「えっ?」

 一瞬、ヘルツが何を言いたいのか分からなかったカーロ。だが彼女が去る先にいる女性の姿を見て、その意味を理解した。

「……王女殿下」

 その場にいたのはカタリーナ王女だった。

「……あの……お邪魔でしたか?」

「いえ。変な、と言っては彼女に失礼ですか……初めて会う女性と話すのは苦手ですので、助かりました」

「そうですか。それは、良かったです」

 安堵した表情を見せるカタリーナ王女。邪魔をしていなかったことにホッとしているわけではないことは、カーロには分かる。彼が望む反応に、あまりに合い過ぎていて戸惑うほどだ。

「……なんとか帰ってこられました」

「はい……とても嬉しく思います」

 カーロはこの度の戦いで大活躍した英雄。だが彼が発する言葉からは、それに対する喜びなどまったく感じられない。それにカタリーナ王女は戸惑った。

「私も……こうして貴女に会えて、どれだけ褒め称えられても恥じるばかりだった心に、ようやく喜びが湧いてきました」

「恥じる、ですか?」

「はい。多くの味方が亡くなりました。私はその人たちに対して、何もしてあげられませんでした。私が生き残れたのはただの運なのです。そんな私に賞される資格などあるのでしょうか?」

「……貴方の想いは戦場に立っていない私には分かりません。だから、やはり私は嬉しいという想いを伝えます。貴女が無事で良かった。本当に……本当に、良かった」

 カタリーナ王女の両目に涙が浮かんでくる。不安そうな顔、安堵した顔、そしてうれし涙を堪えている今の顔。その時の感情に合わせて、素直にそれを顔に出すカタリーナ王女。それを見て、またカーロは少し自分が恥ずかしくなった。

「貴女の言葉が、貴女の涙が、私には何にも代えがたい褒美。それを受け取ることが出来て、本当に嬉しいです。出来ることなら……」

 こう言って、ゆっくりとカタリーナ王女に手を伸ばすカーロ。その手が彼女に届くことはない。届かない、届かせてはいけない無念さをカーロは伝えているのだ。

「……せめて、これを」

 カーロが伸ばした手に、カタリーナ王女は自分が嵌めていた指輪を置いた。彼女は何の代わりに指輪を渡したのか。「せめて」という言葉がカーロの心を揺らした。

「……大切にします。片時も離すことなく」

 何の代わりである指輪を、カーロは片時も離すことなく大切にすると告げているのか。この言葉ははたしてどんな思いから発せられた言葉なのか。それは本人にしか、もしかすると本人も分かっていないのかもしれない。