月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #119 それぞれの役割

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 三勢力がそれぞれの出方を探り合い、膠着状態に陥る。旧リリエンベルグ公国領内の戦いがそのような様相を見せることを期待していたジグルスであるが、そう都合良くはいかなかった。魔王ヨルムンガンドが自軍を積極的に動かし、攻勢に出てきたのだ。無謀な試みというわけではない。十分に計算した上でのことだ。
 時間の経過はアイネマンシャフト王国に味方する。支配地域を囲む防衛線の構築。それが上手く行けば、アイネマンシャフト王国の領土は一気に広がる。そこに住まう人も増え、生産力も高まる。そうなれば、さらにアイネマンシャフト王国への、種族の区別なく。人の流入は加速し、それがまた国力を高める力になる。
 ヨルムンガンドはそれを許すわけにはいかない。これ以上、自勢力からの人材流出を招くわけにはいかないのだ。

「北北西から敵の新手! 守りを固めて!」

 味方の部隊に指示を出すウッドストック。今の彼は熊人族を中心とした重装歩兵部隊の指揮官。構築中の防衛拠点を守るのがウッドストック率いる部隊の役割だ。

「構えっ!」

 命令を受けて兵士たちが一斉に盾を構える。普通の楯ではない。熊人族の巨体でさえ、肩まで隠してしまうような大きく、重い盾だ。

「弾き飛ばせっ!!」

 突撃してきた敵に向かって、その巨大な盾を一斉に押し込む熊人族の兵士たち。それだけのことなのだが、彼らの並外れた力によって押し出された盾の威力は凄まじく、まともに受けた敵は大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。

「前進!!」

 さらに衝撃で大きく乱れた敵部隊に向かって、陣形を乱すことなく盾を揃えて進み出る。敵も、なんとか反撃を試みようと踏ん張るが、重装歩兵部隊の圧力には抗い切れない。押し込まれて地に倒れる者。背を向けて後退せざるをえなくなる者。アイネマンシャフト王国の重装歩兵部隊とは真逆に、陣形らしきものも維持出来なくなった。

「前衛停止!」

 敵部隊が完全にまとまりを欠いたところで、前進は終わり。

「……突撃ぃいいいっ!!」

 後ろに控えていた突撃部隊が前衛が空けた盾の隙間から、前に飛び出していった。それと入れ替わるように盾を持った前衛部隊は後退していく。戦う目的は建築中の防衛拠点の死守。深追いは禁じられているのだ。
 敵部隊にとどめを刺すのは突撃部隊の役目。アイネマンシャフト王国が優勢ではあるが、激しい戦いが始まった。

「うぉおおおおっ!」

 雄たけびをあげて敵に斬りかかるウッドストック。普段の彼が時折見せる弱々しい雰囲気など、微塵も感じさせない勇ましい戦い方だ。そうでなくては、ここまで生き延びられていない。
 この動乱において英雄の一人となるはずだったウッドストックであっても、絶対に生き残れるという戦いではないのだ。

「……合図だ!」

 突然、戦場に響いた味方の声。それを聞いた突撃部隊が、敵を振り切って、一斉に後方に下がっていく。追いかけようとした敵の足を止めたのは、空から降り注いできた大きな石。建築中の防衛拠点に据えられている投石器から放たれたものだ。
 敵の頭上に降り注ぐ石。直撃を受ける敵はそれほど多くはない。だが、反撃のタイミングを失った敵部隊は、退却を選ぶことになった。

「後退しよう。元気な人たちは負傷者の運搬を」

「はっ」

「さてと……」

 今回も勝てた。だが戦いはまだ続く。最後の勝利を得るその時まで、勝ち続けなければならない。アイネマンシャフト王国で暮らす人々を守る為に。人々の未来を守る為に。

◆◆◆

 まだ建築中の防衛拠点であるが、機能としてはある程度、整えられている。病院機能もそのひとつだ。拠点が完成していなくても、この場所はすでに戦いの最前線。必須の機能であると判断され、体制が整えられたのだ。
 その医療部隊の責任者に選ばれたのはカロリーネ。もともと彼女はブルーメンリッターにいた時から、そういった役割を担っていた。その時の知識と経験を活かそうということだ。

「ほら、そこ! 手を抜くでない!」

 部下の医療スタッフを叱り飛ばすカロリーネ。彼女には経験があっても、その下で働く人たちは未経験者。カロリーネから見て、かなり心配な人たちなのだ。

「消毒に軽傷か重傷かなど関係ない。どちらであっても同じ様に丁寧にやらなければならないのだ」

 怪我をしても治癒魔法を使えばすぐに治る、とはカロリーネは考えていない。以前はそう考えていたのだが、戦場での経験がそれは間違いであると気付かせた。

「……はい」

 だがそれを知るのはカロリーネだけ。他のスタッフは、特に人族に比べて強靭な体を持ち、回復能力も優れている魔族の人たちは、今ひとつ理解出来ないでいる。

「傷は綺麗に塞がっても、あとからその場所が膿んでしまうこともある。そうならない為に、傷口を綺麗にしてから治療する必要があるのだ」

「……魔力でそれは防げるのではないですか?」

 治癒魔法は、魔力によって自然治癒能力を極限に高めるもの。化膿も防げるはずだとカロリーネに注意されたスタッフは考えた。

「ほとんどの場合は防げるな」

「そうであれば」

「だが完全ではない。お主が治療したその人はその完全ではない一人かもしれない。それが分かるのは、その人が亡くなったあとになるかもしれない……その時になって後悔しても遅いのだ」

 カロリーネは後悔した。自分は優れた治癒魔法の使い手。その驕りが、実際は踊りというより無知だが、死ななくて良い人を殺してしまったことを強く後悔している。いくら悔やんでも、取り戻せない失敗を経験しているのだ。

「貴女は……」

 カロリーネの沈痛な面持ちが、相手にもそれを分からせた。

「我らの仕事の目的は一人の死者も出さないこと。理想に過ぎず、実現は不可能かもしれない。だが諦めるわけにはいかないのだ。人の命が、その人の家族の人生を預かっているのだから」

「……はい。申し訳ございません。私が愚かでした」

「皆、愚かだ。愚かであるからこうして戦争なんてやっているのだ」

「ですが王は、王の戦いは」

 自分たちの未来を守る為の戦い。それは愚か者の戦いとは違うと彼女は思っている。

「王自身が自分を愚かだと思っている。戦争を行わなくても願う未来を作れる方法を思いつけない。その知恵がないと。だから王は必死で考えるのだ。出来るだけ国民を傷つけないで済む戦い方を。それを実現する為に全力を傾けるのだ」

「……私たちの仕事は王を助けるもの、ですか」

 カロリーネが伝えたかったことを彼女は理解した。自分たちの仕事は、国王であるジグルスが望む戦い方を実現するものの一部。一人の死者も出さない。その為に全力を傾けることが自分たちの責務なのだと。

「アイネマンシャフト王国で暮らす人たち全てが、王の理想を実現する為に働いている。そういうことだと我は思う。だから我らは勝たなければならないのだ」

 アイネマンシャフト王国で暮らす人全員が、同じ未来を見ている。その未来に辿り着く為に、自分が為すべきことを行おうとしている。そんな国は他にはない。まだ国というには小さい、今だからこそだと思わなくはないが、そうであってもそれが将来も続く可能性はある。カロリーネはその可能性を潰したくない。アイネマンシャフト王国に来て、国の在り方を知り、そこで生きる人々を知って、強くそう想うようになっていた。

 

◆◆◆

 旧リリエンベルグ公国領西部。近隣住民以外では、公国の民であってもその存在を知ることのなかった小さな村をヘイムダルは訪れていた。商売を行う、という口実で、ホドとエイルの二人のアース族と会う為だ。会談の約束はすぐにまとまった。中立を宣言したものの、その立場を他の勢力が認めてくれる保証はない。不安を感じている二人は、ヘイムダルが持つ情報を知りたいのだ。

「ヨルムンガンドから使者が来た」

 ホドは自分たちの情報も隠すことなく、ヘイムダルに伝えようと考えている。そう考える程度にヘイムダルを信用しているのだ。

「使者の用件は?」

「軍勢を手放せと言ってきた」

「手放すのですか?」

「もう手放した。要求を受け入れれば中立を認めるという条件だったからな」

 ホドとエイルにとって大切なのは戦いから離れること。ヨルムンガンドの要求を拒否すれば戦いになる。そう思うような強気な交渉を使者は行ってきたのだ。受け入れるしかなかった。

「ヨルムンガンドがそんな交渉を……」

 アース族である二人をヨルムンガンドは恫喝してきた。そういうことだとヘイムダルは理解した。これまでとは異なる態度を見せてきたという事実に、ヘイムダルは少し驚いている。

「私たちの選択は正しかったのでしょうか?」

 エイルが問いかけてきた。ヘイムダルに聞いても、正しい答えが返ってくるとは限らない。返ってきた答えが正しいかは分からないのだ。それでも聞かないではいられない。

「それは中立を宣言したこと? それとも軍勢を手放したことですか?」

「……両方です」

 味方は血族だけになってしまった。そんな状況で、この戦乱を生き抜けるのか。エイルは自分たちの決断を後悔し始めている。

「その答えが出るまでには、まだ時間が必要です。それに……これを言うと不快に思うかもしれませんが、本当に選択したと言えますか?」

「それは……そうかもしれませんね」

 選択したのではない。選択することを放棄したのだ。少なくとも中立を選んだのは、そういうことだ。エイルもそれは否定できない。

「……バルドルは勝てそうなのか?」

 ヘイムダルは選択した。ジグルスに降伏するという決断をした。その選択を後悔していないか、ホドは知りたかった。

「現時点では勝てるとは言い切れません」

「そうか……」

 ただ聞き方を間違っている。戦いの結末はヘイムダルには分からない。分かる人は誰もいない。

「ただ勝つためにもっとも努力しているのは王でしょう」

「王? バルドルを王と呼ぶのか?」

 ヨルムンガンドを魔王と認めても、臣従しているつもりはなかった。それはヘイムダルも同じはずだとホドは思っている。その彼がジグルスを王と呼んだことに驚いた。

「まず一つ訂正を。王は自身をバルドルだとは思っていません」

「アース族であることを受け入れていないのだな」

 ジグルスはアース族を滅ぼすと宣言した。バルドルの血族であると認めないのは当然だ。

「そうです。ただ、受け入れないというより、どうでも良いと考えているのだと思います」

「どうでも良い?」

「血への拘りがありません。バルドルの血族であることなど知らずに育ってきたのです。自らの血が貴いなどとは思わないでしょう」

 人族とエルフ族の混血。ジグルスはずっとそう思っていた。いきなり貴方はアース族で、その血は貴重なのだと言われても、それがどうしたとなってしまう。

「しかし……バルドルはまた特別で……」

 ヘイムダルの言っていることは分かる。それでもホドはジグルスの受け取り方に納得出来ない。不満というのではない。アース族の中でもバルドルは特別なのだ。

「嫡子以外は生きることが許されない。これを知れば、王の気持ちは拒絶に変るでしょう」

 正確にはバルドルに血族と言えるような集団は存在しない。バルドルとそれを継ぐ者の二人だけなのだ。そんな一族のしきたりを守りながら、血を繋げてきた。アース族の中でも特別視される存在だ。

「それでも彼は間違いなくバルドルなのだろう?」

「……どうなのでしょう?」

「違う可能性があると? だが彼は黒き精霊と融合したはずだ」

 黒き精霊を従えていることはバルドルの証。まして、その黒き精霊と一体化したジグルスはバルドルの中でも真のバルドルと呼ぶべき特別な存在であるはずなのだ。

「そうなのですけど……」

 だがヘイムダルの答えは煮え切らない。

「貴方が疑問に思う理由は何ですか?」

 ヘイムダルが疑問を示すには何か理由がある。それが何かをエイルが尋ねてきた。

「……根拠のあることではありません」

「そうだとしても知りたいと思います。バルドル、いえ、アイネマンシャフト王国の王について、私たちは良く知るべきです」

 エイルは、ホドもだが、まだ選択を行っていない。選択肢の一つであるジグルスのことはよく知らなければならない。他の選択肢、ヨルムンガンドと他のアース族に比べて、極端に知っていることが少ないのだ。

「そうですね……バルドルは光の象徴。その輝きは多くの人を魅了します」

「それは亡くなったバルドルのことですね?」

「実際に我々が知るバルドルは彼しかいません。ですが、彼に限らず、バルドルとはそういう存在だと知られているはずです」

「そうですけど……」

 それを言うヘイムダルの血族も、未来とされることもあるが、光を持つ。アース族の血族はどれもそういった存在とされているのだ。

「バルドルの特徴はその輝きと対照的な存在」

「黒き精霊ですね?」

 バルドルの血族だけが持つ、という表現が適切かは微妙だが、特徴。闇を象徴する黒き精霊のような存在は他の血族にはいない。

「光が強ければ強いほど闇、影というほうが分かりやすいですね。影は濃くなります。前バルドルの黒き精霊は間違いなくそうでした」

「死神と呼ばれるほどでしたから」

 ジグルスの父であるバルドルの黒き精霊は残忍な性質で人々に恐れられていた。バルドル本人の魅力だけでなく、黒き精霊が与える恐怖も人々を従わせることが出来た要因なのだ。

「王は父親とは違います。王自身が闇を抱えているように私は感じました」

「……それは黒き精霊と融合したからではなく?」

「光と闇は融合出来るものでしょうか? 光の前では闇は消え去ってしまうのではないですか?」

 ジグルスが黒き精霊、ルーと一体化出来たのはジグルス本人に闇があるから。ルーの居場所が元からあったから。ヘイムダルはこんな風に感じていた。

「……闇を抱えたバルドル……それは……」

 死神と呼ばれた黒き精霊と同じ残忍さをジグルスは持っている。そう受け取ったエイルの表情が暗くなる。選択肢のひとつは消えた。選択肢どころか、決して近づいてはいけない相手だと考えた。

「私の考えは違います」

 だがヘイムダルは違う。彼はジグルスに対して、異なる見方をしている。

「……どういうことですか?」

「足元を照らす光は、人々の視界を塞ぐことなく、進む道を示してくれます。柔らかな日差しは人々に温もりを与え、木陰は人々を厳しい暑さから守ってくれます」

 強烈な光の中では、かえって何も見えなくなる。強すぎる光を嫌う人々は深い闇の中に沈むことになる。ジグルスの父はそうだったとヘイムダルは考えている。

「……アイネマンシャフト王国の王はそういった存在だと?」

「誰であっても彼と共にいられる。光を求めていても、闇を抱えていても、彼は全てを受け入れてくれる……これはさすがに褒めすぎですね。中庸であること。これはバルドルの特徴ではありません」

「中庸……アイネマンシャフト王国の王を中庸と表現しますか……」

 ヘイムダルの言葉はエイルには意外だった。ジグルスは大きく物事を変えようとしている。変革を起こす人を中庸とは思えない。

「戦場での彼の言動からはそうは思えないかもしれません。ですが、私はこうしてここにいます。殺されることなく、臣従を強制されることもなく、自由に行動しています」

 アーズ族を滅ぼすと言いながら、ジグルスはヘイムダルを生かしている。命を助ける代わりに臣従を求めることもない。求めるどころか、待遇を約束出来ないからと拒否した。

「……私たちもそれが許されると言いたいのですか?」

「いえ、それは分かりません。ただ、王のことをもっと知るべきだと思います」

 ヘイムダルはエイルの問いにはっきりとした答えを返さなかった。実際に分からないのだが、それだけではない。今のホドとエイルでジグルスが受け入れるか分からない。そうであれば事を急ぐべきではない。ジグルスは寛容だとヘイムダルは思っている。だがその寛容な顔は、何度も見せるものではないことも知っているのだ。
 ジグルスとの交渉は彼をもっとよく知り、少なくとも自分の気持ちを固めてから。そうでなくてはならないと考えている。それが二人の為であると。