月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第48話 ちょっと頭に血が上ってしまった

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 カルンフィッセフルスの戦いは決戦と呼ぶにふさわしい様相になっている。中軍が合流して、一万を超える軍勢となった中央諸国連合軍。それに対するベルクムント王国とその従属国連合軍はおよそ二万八千。当初侵攻してきた二万に、フルーリンタクベルク砦攻めに失敗したあと、なんとかライヘンベルク王国まで後退出来た軍勢が合流してきたのだ。
 数の上ではベルクムント王国軍が有利。だがそれはこの戦争が始まってからずっと変わらない。中央諸国連合軍を遥かに上回る数を揃えながら、ベルクムント王国軍は勝利を掴めないでいる。それは今も同じだ。
 中央諸国連合軍は数の不足を質で補っている。アルカナ傭兵団の上級騎士の活躍がそれだ。もともとアルカナ傭兵団を完全には抑え込めないでいたところに、皇帝ディアークと女教皇ルイーサという傭兵団の中でも最強と言われる二部隊が合流してきたのだ。八千くらいの数が増えた程度では、抑え込むどころか、逆に押し込まれてしまう。
 もちろんベルクムント王国軍もただ手をこまねいているわけではない。アルカナ傭兵団の上級騎士の強さは良く知っている。それへの対抗手段として、腕が立つ騎士を選抜して特殊部隊を編制していた。一対一では敵わなくても多人数でかかれば。そういう考えだ。
 間違いではない。傭兵団の上級騎士を抑え込むことが出来れば、残りは数の力で圧倒出来る。さらにベルクムント王国軍には投爆弾という新兵器がある。勝算は充分なはずだったのだが。

「愚者だ! 愚者が来た!」

 ベルクムント王国軍の計算を狂わせているのは愚者、ヴォルフリックの存在だった。昨日今日の話ではない。ずっと以前から、ベルクムント王国軍が火薬という新技術を手に入れた時から、ヴォルフリックは計算の外にあった。それはそうだ。当時の彼はラングトアの貧民街で暮らす、ベルクムント王国にとってはまったく無名の存在。その彼が、いざ戦争となった時にアルカナ傭兵団にいることなど計算出来るはずがない。

「月だ! 左翼を警戒しろ!」

 ヴォルフリックの炎を警戒して投爆弾による攻撃を控えると、オトフリートの部隊が攻撃を仕掛けてくる。オトフリートだけではない。他の傭兵団の部隊でも同じだ。
 ヴォルフリックが離れれば引き、近付けば攻撃を仕掛ける。それを繰り返している。ヴォルフリックはただ馬で駆けまわるだけで、自軍に有利な戦況を造り上げているのだ。

「来るぞ! 愚者を止めろぉおおおおっ!!」

 それだけではない。他部隊が討ったベルクムント王国軍の投爆弾部隊から未使用のものを奪うと、それを遥か遠くから投げつけてくる。それに向かって突進してくるヴォルフリックを止めることが出来なければ。
 ベルクムント王国軍の中で炎が立ち上る。フルーリンタクベルク砦でヴォルフリックたちが使った投爆弾よりも遥かに殺傷力の強いものが爆発したのだ。
 ベルクムント王国軍にとっては悪夢でしかない。自分たちの新兵器が味方しているのは敵である中央諸国連合軍なのだから。

「皇帝だ! 皇帝が来るぞっ!!」

 とどめが皇帝ディアークの参戦。ディアークは後方で戦況を見守るなんてことはしない。軍の中で最強戦力である自分を使わないなどという、ディアークにとってだが、愚かな選択は行わないのだ。
 陣形が乱れたベルクムント王国軍に突撃をしかけてきたディアーク。投爆弾の存在など関係ない。爆発はディアークが纏う覇気に阻まれ、彼を傷つけることが出来ないのだ。
 圧倒的な攻撃力をもってベルクムント王国軍を蹂躙するディアーク。特殊部隊二十名ほどが前に進み出てきて彼を止めようとするが。

「邪魔ぁああああっ! どけ、雑魚どもがっ!!」

 その横から女教皇ルイーサが攻撃を仕掛けてくる。

「なっ!? 何だっ!?」

 それに驚くベルクムント王国軍の特殊部隊。ルイーサの特殊能力は幻影。だがそれを知っているからといって、対処出来るわけではない。まして初見であれば尚更だ。
 ルイーサの影が二十人の特殊部隊の騎士を一斉に襲う。どれが実態か分からない。幻影に惑わされている間に、ルイーサの剣は特殊部隊の騎士を次々と討ちとっていく。ベルクムント王国軍の誤算はヴォルフリックだけではない。他の上級騎士の実力も正しく見積もれていなかったのだ。
 こんな状況でもなんとかベルクムント王国軍を支えていたのは結局のところ数の力。だがそれも戦いを重ねるたびに死傷者が増え、差が狭まっていく。それが一定数を超えれば、加速度的に数の優位性は失われてしまうことだろう。さらに投爆弾の在庫も尽きるという事態になって、ベルクムント王国軍は敗北を認めた。ノイエラグーネ王国からの撤退を決めたのだ。

 

◆◆◆

 ベルクムント王国軍はノイエラグーネ王国から撤退した。それに対する中央諸国連合軍の追撃は、それほど激しいものではない。ライヘンベルク王国内で拠点に籠られては戦いは長期化する。東にもオストハウプトシュタット王国という驚異がある。長く中央諸国連合軍にとっての大軍を西に傾けておくわけにはいかないのだ。
 国境付近で少しの間、にらみ合いを続けた後、ベルクムント王国軍との間で停戦交渉を行い、それで戦いは終わり。停戦といっても期間の定めがあるわけではなく、今回の戦いはこれで終わりにしようと合意した程度のもの。次にいつ戦いが始まってもおかしくないものだ。
 それでも戦いに区切りがついたのは間違いない。中央諸国連合軍も解散となり、それぞれ自国に戻っていった。前線に残ったのはアルカナ傭兵団から力のテレルと戦車のベルント。ただ、これは戦争が始まる前からの配置。通常状態に戻ったと同じだ。
 前線に配置される部隊を残して、アルカナ傭兵団と近衛騎士団も自国に戻った。到着するとすぐに戦勝会だ。他国ではまた異なる形であろうが、ノートメアシュトラーセ王国の戦勝会に華やかさはない。戦功の評価結果について発表され、該当者がいればディアークから褒美が下されるというもの。その後の宴などは存在しない。
 都にいる傭兵団の各部隊と近衛騎士団、そして王国騎士団の幹部も集まった席。アーテルハイドが中央諸国連合軍全体としての論功行賞について発表している。解散前に各国軍と話し合って決められた内容だ。とはいえ、今回の戦いにおいてはただ聞くだけの論功行賞はほぼない。パラストブルク王国軍に与えられるというだけの内容だ。

「今回の戦いにおいては我が国から多くが選ばれている。まずは力、正義、戦車の三部隊。最前線でベルクムント王国軍の侵攻を食い止めたことが評価された。他国からの異論は一切なかったと聞いている」

 今回の戦いで目立った活躍をしたのはノートメアシュトラーセ王国、それもアルカナ傭兵団だ。その活躍は他国軍と比べるまでもなく、飛び抜けたものだった。

「三部隊には別途、報奨が与えられる」

 三部隊は前線に残ったままだ。戦車もまた東の前線に向かっていた。

「では今回の戦いにおける戦功第一を発表する。我が国から愚者。これは各国軍の満場一致で決められた」

 もっとも戦功があったと認められたのは愚者の部隊。聞く前から分かっていたことだ。パラストブルク王国軍の戦功が認められて、愚者のそれが評価されないはずがない。パラストブルク王国軍に与えられたのはオマケのようなものなのだ。

「前に出ろ」

 後ろのほうで控えていた愚者のメンバーに前に出てくるようにアーテルハイドが指示する。普通は何も言わなくても出てくるものだが、ヴォルフリックの場合はそうするとは限らない。そう考えて、はっきりと指示を出したのだ。
 案の定、ヴォルフリックは面倒くさそうな表情を隠すことなく、クローヴィスに腕を引かれて前に出てきた。その表情が明るくなったのは。

「中央諸国連合軍からの報奨金だ」

「おっ?」

 金がもらえると分かった時。

「受け取れ」

 革袋に入った報奨金をヴォルフリックに差し出すディアーク。それを受け取ったヴォルフリックは、ずっしりとしたその重さに満足そうだ。

「今のは中央諸国連合軍としての褒美だ。ノートメアシュトラーセ王国としてのものも別途考えるが、何か欲しい物はあるか?」

「金」

「報奨金は今回出動した全部隊に渡す。金額を増すだけでは何の面白味もないから、金以外にしろ」

 別に報奨金の増額でも良いのだが、それだけではヴォルフリックが何を求めているのかが分からない。ディアークは金以外で要求するように指示をした。

「金以外……じゃあ……爺の屋敷」

 少し考えてヴォルフリックが口にしたのがこれ。金だけでは手に入れられない物を考えた結果だ。

「ギルベアトの?」

「そうだ。要求が大きすぎるか?」

「いや、上級騎士が屋敷を持つのは普通だ。それにギルベアトの屋敷は誰もが遠慮してずっと空き家のまま。取り壊す気にもなれなかったからな」

 ギルベアトの屋敷を使おうという者は一人も現れなかった。近衛騎士団はもちろん、アルカナ傭兵団の上級騎士たちも認めていた人物。なによりもディアークが認める人物だ。その屋敷を要求するなど恐れ多くて出来ないという者ばかりだったのだ。
 では使わないので壊すという考えもなかった。壊す気になれなかったとディアークは言ったが、実際はそれに使う労力を惜しんだだけだ。褒賞として与える屋敷は他にいくらでもあったのだ。

「じゃあ、良いのか?」

「問題ない。お前が使うのが一番だろうからな。ただ汚れていると思うぞ?」

 ギルベアトの屋敷を使わせるとすれば、彼に育てられたヴォルフリック以上に適正者はいない。もっと早く気付いても良かったとディアークは考えているくらいだ。

「掃除するから良い。それに汚れを気にするような暮らし方はしていない」

「気にしろ。ここは貧民街ではないのだぞ?」

「……これからな」

 部屋は基本寝るだけの場所。打ち合わせに使うこともあるが、それも数えるくらしかない。汚れをまったく気にしないというのはディアーク相手にわざとついた嘘だが、寝床に拘りがないのは事実だ。

「さて。正直、想像以上の活躍に驚いた。ただお前を褒めても喜ばないだろうからな……ボリスだったな」

「は、はい!?」

 いきなりディアークに名前を呼ばれたことに驚いて、上ずった声で応えるボリス。

「フルーリンタクベルク砦では難しい役目だったようだが、なんとか無事にこなしたな。カルンフィッセフルスでは危なげな様子はなかったと見ている。短期間でよくあれだけの活躍を見せた。頑張ったな」

「……あ、ありがとうございます」

 深々と頭を下げるボリス。国王であるディアークから、今度は公式の場でお褒めの言葉を頂いた。ものすごく嬉しいのだが、従士の自分がこんな厚遇を与えられて良いのかという思いもある。どう対応して良いか分からないので、頭をさげて終わりにしようとしているのだ。

「下がって良いぞ」

 その様子を見て苦笑いのディアーク。彼としては儀式として戦功第一位の愚者を褒め称えなければならない。だがヴォルフリックにそれをしても逆に不機嫌になりかねない。ブランドも同じ。クローヴィスやセーレンも褒められても悔しい思いをするだけだと分かっている。フィデリオを選んでも戸惑うだけだ。それなりに褒める部分があり、喜んでくれるボリスを選んだだけなのだ。
 ただディアークのその選択に不満を持つ者もいる。ずっとボリスを下に見ていた者たちだ。ディアークの前から下がるボリスに、わざと聞こえるようにぼやくオトフリートの従士たち。ただ今のボリスがそれを気に病むことはない。不満を持たれるのは当然のこと。次は誰もが認める活躍が出来るように頑張るだけ。そう思えるようになっていた。

「いつまで不機嫌そうな顔をしているの?」

 そんな中、口を開いたのはブランド。ヴォルフリックに向かって問い掛けた。

「機嫌が直るまで」

「じゃあ、直しなよ。今回の戦いでは僕たちが一番。ここは皆で喜ぶところじゃない?」

「……そうだな」

 ヴォルフリックがずっと不機嫌そうなので、愚者のメンバーは誰も喜びを表に出せないでいる。必ずしも心の中は喜びに溢れているというわけではないのだが、それでもこのまま終わりというのも良くない。

「勝ったね?」

「ああ、勝った」

 ブランドが高くあげた手に自分の手を重ねるヴォルフリック。手と手が打ち合う音が大広間に響いた。それを見てセーレンも自分の手を上にあげる。フィデリオも。ハイタッチを重ねるヴォルフリック。躊躇いがちに手をあげたクローヴィスとも。
 そして最後に残ったのが。

「あっ……」

 ボリスも手を挙げたのだが、ヴォルフリックの自分の手を重ねようとしない。自分に対する怒りが未だに残っているのだと思って、浮かれていた気持ちが一気に冷めるボリスだが。

「……来い」

 ヴォルフリックはボリスと間合いを取ると、足元を固めて構えを取った。以前、ボリスの拳を完璧に受けきった構えを。ヴォルフリックが何を求めているのかボリスにも分かる。彼もまた拳を固めて構えをとった。
 深く息を吸い、そして吐く。気合いは充分。ボリスは足を前に踏み出した。
 力強い踏み込みが床を揺らす。蹴り足がボリスの体をさらに前に押し出し、ひねられた体が元に戻っていく。衝撃音と同時にボリスの拳が閃光を発した。

「うわっ!」「がっ!」

 声をあげたのはオトフリートの従士たち。ボリスの拳を受けたヴォルフリックの体は、後ろにいた従士たちのところまで吹き飛んだのだ。彼らを巻き込んで床を転がるヴォルフリック。

「……痛ってぇ。でも、まっ、上出来だ」

 ゆっくりと立ち上がるとボリスに笑いかけた。今回の戦いでもっとも成長したのはボリス。それをボリスは、ヴォルフリックから教えられた。

「上出来じゃない! お前、ふざけんな!」

 巻き込まれた従士たちは笑っていられない。彼らのダメージはヴォルフリックのそれよりもずっと大きかった。足を押さえて立ち上がれないでいる者もいる。そうなるようにヴォルフリックがしたのだから当然だ。

「俺に文句を言うな。吹き飛ばしたのはボリスだ」

「じゃあ、あいつに謝らせろ!」

「謝ってほしければ自分で頼め」

「ああ、そうする」

 怒りの矛先をボリスに変えようとする従士たち。当然だ。このままヴォルフリックに喧嘩を吹っかけても酷い目に遭うのは彼らのほう。ボリスに不満をぶつけたほうが気分が晴れると考えたのだ。

「言っておくけど今のボリスはお前らより強いからな」

「……なんだと?」

 その彼らの足をヴォルフリックが止める。

「そのつもりで喧嘩を売るんだな。ただし、前のように卑怯な真似はするなよ? そんなものを喧嘩とは認めない」

 声のトーンをあげることなく、静かな声でオトフリートの従士たちにこれを告げるヴォルフリック。だがその声を聞いた従士たちは、胸をきつく締め付けられるような感覚を受けて、一歩も動けなくなった。自分たちを見つめるヴォルフリックの瞳。睨みつけているわけではない。ただじっと見ているだけであるのに、耐えがたい圧迫感を覚えて、冷や汗が流れる。

「覚えておけ。シュバルツ・ヴォルフェは仲間を傷つけた奴を決して許さない。目には心臓を、歯には脳みそを。地の底まで逃げようが必ず捕まえて報いを受けさせてやるからな」

 張り詰めた空気は彼らだけが感じるものではない。唾を飲み込むことさえ躊躇うような静寂が、大広間を包みこんでいる。その静寂を破ったのはそれをもたらしたヴォルフリック自身。
 視線を逸された従士たちは、糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちていった。

「あらあら」

 彼らが床に倒れる音が広がっていく中、トゥナが呟きを漏らす。この場にいる何人がそれを聞いたのか、何人がその意味を正しく理解したのかは分からない。だが確実に彼女の呟きの意味を理解した人はいる。ヴォルフリックが放った覇気は、ディアークのそれと同じだと感じた人が。

「……こいつら首にしたほうが良いな。役に立つとは思えない」

 視線をオトフリートに向けて、ヴォルフリックはこれを口にした。

「何故、俺がお前の指示に従わなければならない? だが、まあ……今回の助言は受け取っておこう」

 自分の従士であることが恥。そんな者たちだ。薄々分かっていたことだが、この機会に不要な従士を追い出すことをオトフリートは決めた。使えない従士を抱えている余裕はなくなったのだ。
 仲間たちのところに歩いていくヴォルフリック。ボリスの手とヴォルフリックの手が打ち合わさった音が大広間に響いた。それに続いたのはディアークの笑い声。腹の底から響いてくるような太い笑い声が広がっていった。