月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第49話 真実はどこにある?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 戦勝会が終わるとすぐにディアークは執務室に引きこもった。そこに次々と姿を現す傭兵団の幹部たち。示し合わせたものではない。戦勝会での出来事を受けて、それぞれがディアークの様子を知りたいと考えて、集まってきたのだ。
 そのディアークは深々とソファーに座り、笑みを絶やさないでいる。その彼と対照的なのがアーテルハイド。眉を寄せて深刻そうな表情で考え込んでいる。ルイーサは何を考えているか分からない表情で、トゥナはディアークと同じように笑みを浮かべている。ただ笑みの理由はディアークとは違う。対照的なディアークとアーテルハイドを交互に見て、これからどんなことになるのかと楽しみにしているのだ。

「……証明するものは何もありません」

 不意に口を開いたアーテルハイド。何を証明するのかという問いを向ける人はいない。全員の頭の中に同じ考えが浮かんでいるのだ。

「ついさっき証明された。あれは間違いなく俺の、俺とミーナの息子だ」

 アーテルハイドの言葉をディアークは否定する。証明された。だからこうして皆が集まってきたのだと考えている。

「彼の特殊能力は操炎です」

 ヴォルフリックの特殊能力は操炎。戦勝会で見せたものは特殊能力ではないとアーテルハイドは主張する。

「二つ持ちなのではないか?」

「特殊能力の複数持ちなど聞いたことがありません」

「聞いたことがないからといって、存在を否定することは出来ない」

 ディアークはヴォルフリックが発した覇気は、自分の能力と同じものだと考えている。ヴォルフリックはもっとも色濃く自分の能力を受け継いでいるのだと。

「存在を証明することも出来ません」

「ヴォルフリックが特別である可能性もある。俺はあいつの炎にミーナを感じた。あの炎を操っているのはヴォルフリックの特殊能力ではなく、ミーナの意思なのかもしれない」

「亡霊が炎を操っていると? いくらなんでもそれはあり得ません」

 ミーナのことになるとディアークは冷静さを欠いてしまう。これもそのせいで荒唐無稽のことを言いだしたのだとアーテルハイドは受け取っている。

「世の中には不思議なことはある。それを否定することは出来ないはずだ」

「しかし……」

 神意のタロッカも、そもそもディアークたちが保有している特殊能力も常識では説明出来ないもの。不思議な出来事を否定しては、自分たちそのものを否定することになってしまう。

「俺の息子であれば辻褄が合うこともある。愚王は何故、ヴォルフリックを焼き殺そうとした? ミーナはまだ分かる。俺への嫌がらせだ。だが自分の子まで普通、焼き殺すか? 奴は知っていたのだ。ヴォルフリックが自分の子ではないことを」

 前国王が気付いていた可能性はある。ヴォルフリックが生まれた時期。周りの人たちはせいぜい微妙な時期と思う程度であっても、当人たちであればもっとはっきり、おかしいと分かるはず。その可能性はあるはずだとディアークは思う。
 とにかくディアークはヴォルフリックを自分とミーナの間に出来た子だと考えている。アーテルハイドがどのように否定してきても受け入れるつもりはないのだ。

「……百歩譲って、彼が団長の息子であるとしましょう」

「百歩譲らなくても俺の子だ」

「最後まで聞いてください。彼が団長の子だとして、それでどうするつもりですか? 公表するのですか? 公表して、周りが受け入れると思いますか?」

 証明するものは何もない。最初のアーテルハイドの言葉に戻る。ディアークが強弁したとしても、それで周りが納得するとはアーテルハイドは思えない。ヴォルフリックは一番早く生まれている。長幼の序だけでいえば、オトフリートもジギワルドも超える後継者候補になるのだから。

「……今すぐ、どうこうは考えていない」

 その点を突かれるとディアークもはっきりとしたことは言えなくなる。いきなり長男が現れて、その彼が継承順位第一位なんて話が、すんなり通るとはディアークも思っていない。

「国の安定を考えれば、真実を明らかにするべきではありません。私はそう思います」

 臣下の多くから見れば、前王家の血を引くオティリエとの間に出来たジギワルドが次期国王に相応しい。ただそれさえも長幼の序を乱すものだ。それにさらにヴォルフリックが候補として加わるようなことになれば、後継者争いは混迷を極める。アーテルハイドはそう思う。

「……国と団は別だ」

「まさか……ヴォルフリックにアルカナ傭兵団を?」

 ノートメアシュトラーセ王国の次期国王とアルカナ傭兵団の次期団長は別。ディアークがあえてそう言い出すのは、ヴォルフリックにアルカナ傭兵団を任せたいと考えているから。アーテルハイドはこう考えた。

「それ今決める必要ある?」

 だがそれに異議を唱える人がいた。ルイーサだ。不機嫌さを隠すことなく、ルイーサは後継者の議論を止めさせようとしてきた。

「先の話だ」

「そう。ずーと先の話。私は団長以外に仕えるつもりはまったくないわ。後継者の議論は私が死んでからにして」

 仕える相手はディアークだけ。たとえ彼の血を引く息子であろうと、ルイーサは従う気はないのだ。

「……俺が先に死ぬ可能性だってあるだろ?」

「万一そうなって、別の団長が立つことになったら、私は団を辞めるわ。もしくは、私自身が立つ」

 従うのはディアークただ一人。そう決めていれば、こういう決断になる。

「……それは、ずっと先の話だな」

 ここまで強硬に主張されるとディアークは一歩も二歩も引くしかない。国だけでなく傭兵団も乱れることになる。そんな事態はディアークも望んでないのだ。

「先というより、議論するだけ無駄ね?」

 トゥナは三人とは見方が異なっている。見えているものが違うのだ。

「……何故、無駄なのだ?」

「なるようにしかならないもの。彼の運命は彼のもの。私たちが決められるものではないわ」

 ヴォルフリックの運命はヴォルフリックが作り上げるもの。周りの人たちが、それがたとえディアークであっても、変えることは出来ない。どうしようなんて考えるだけ無駄。トゥナの考えはこうだ。

「……彼の運命は彼のものか」

 このトゥナの言葉は、ディアークの心を冷やすものだ。ディアークが父親であろうとなかろうとヴォルフリックは自分の道を進んでいく。子だと認識したその時には親離れされていた。そんな気分だった。

 

◆◆◆

 物心ついた時には自分を見る人の目に冷たさを感じていた。これは言い過ぎかもしれない。子供に他人の視線に宿る感情など、もっと単純なものであれば別だが、読み取れるはずがない。それでも弟との違いは、それも明らかに自分に対するそれのほうが良くないものであることは、はっきりと感じていた。
 自分はこの国の次期国王。これも物心ついた時には認識していた。母親がずっとそう言い続けていたからだ。何も知らない子供だ。母親にそう言われれば、そうなのだと思う。
 他人が自分を見る目と母親の言葉とのギャップに気がついたのが、いつのことかは覚えていない。周囲の視線は現国王である父へ向けられるものとは違う。ある日、ふとそう思ったのだ。
 子供ながらにその意味を真剣に考えてみた。母にも聞いてみたが、「そのようなことはない」と怒鳴られただけで理由を知ることは出来なかった。答えを知ったのは偶然だった。
 弟に比べて兄のほうは。暇つぶしに城内を冒険している時にこの言葉を耳にした。弟と自分は比べられている。そして自分の評価が弟のそれよりも低いことを知った。
 負けられないと思った。負けるつもりはなかった。だが、自分がいくら頑張っても周囲の視線が変ることはなかった。さらに冷たいものになった。
 理由が分からなかった。確かに弟のほうが何事も器用にこなす。だが、最終的な結果にそれほど大きな差があるとは思えなかった。周りの評価の理不尽さを恨んだ。
 少し成長し、周りに人が増えた。その人たちはこれまでとは違い、自分を褒めてくれた。色々なことを教えてくれた。自分の評価が低いのは弟の母親が裏で手を回しているから。そんな話を聞いた。弟とは腹違いだ。弟の母親は自分を貶めて、自分の子供を王にしようとしている。卑怯だと思った。
 だが、弟の母親の評判が、周囲の取り巻きたちが言うようなものでないことを知った。影で相手を貶めるようなことをしているのは、自分の母親のほうであることを知った。
 母親を恨んだ。何故、母親はそんな真似をしてしまうのかと考えた。答えはすぐに分かった。母親には自分しかないのだと。
 父は母をまったく顧みない。父の寵愛は弟の母にある。これはこの国の誰もが知っていることだ。母親の何が悪いのか。悪い噂は、息子である自分でも、山ほど聞くことが出来た。その全てが事実でないことを知った。
 母親を、自分を貶めているのは顔のない者たち。国王である父の寵愛を受けている弟の母、そしてその子である弟の陰口は言えないが、その比較相手である自分と母のことは、いくらでも面白おかしく話が出来る。そういうことなのだと分かった。
 つまり、一番悪いのは、臣下にそれを許している国王なのだ。国王が母と弟の母を平等に扱っていれば、今のようにはならなかった。自分と母が貶められるようなことにはならかったはずだ。
 そう結論づけた時、国王の座は受け継ぐものではなく、奪うものに変っていた。出来る出来ないは関係ない。そう考えなければ、自分の気持ちが救われなかった。

(……くだらない。本当にくだらない)

 その決意をした時のことを思っても、今は馬鹿馬鹿しく感じる。それをしたから何が変わったのか。何も変わっていないのだ。

(結局……何も見てもらえない)

 奪うなどと考えていても、結局のところは、父親を振り向かせたかっただけ。無視できないくらいに成長し、成果をあげて、父親に自分を認めさせたかっただけだ。
 だが父親は自分を見てくれない。父の視線が向けられているのは、自分が競争相手だと思っていた弟でさえ、かすむような存在だ。

「……ちきしょう」

 口に出したくない言葉が、思わず漏れてしまう。負けを認める気持ちが生み出した言葉。それが今だけのものであったとしても、屈辱に感じてしまう。
 本当に今だけなのか。この先、自分は彼を追い越すことが出来るのか。考えたくもない問いが頭に浮かんでしまう。それを振り払おうとしたが、それは無駄だと思い直した。彼の挙げた戦果は絶大だ。それを超える活躍をすることさえ難しいと思うのに、恐らく彼はこの先も活躍を続けるに違いない。

(俺に何が足りない? 俺と奴の何が違う?)

 相手のほうが恵まれている。だから仕方がないなんて言い訳は出来ない。自分は一国の王子で彼は貧民街育ち。彼は幼い頃からこの国の近衛騎士団長を務めた人物に鍛えられていた。だが自分はこの国どころか、大陸最強といっても過言ではない父に鍛えられてきたのだ。

(……それでも負けられない。負けるわけにはいかない)

 どれだけ優れた人物であろうと玉座を渡すわけにはいかない。自分と母親を貶め、冷たく扱ってきた、この国を許すわけにはいかない。

(この国は俺の物だ。誰にも渡さない)

 この国の最高権力を握り、自分と母を傷つけた者たちに、その罪に相応しい報いを受けさせる。それがオトフリートの復讐なのだ。