月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第37話 感謝祭を感謝するのは当たり前?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 感謝祭当日の昼。ヴォルフリックはアルカナ傭兵団施設の外にいた。特別に外出許可が出たのだ。許された理由は食堂が休みだから。感謝祭当日から先、二週間は食堂の職員も実家に戻ることになる。その間の食事は自分でなんとかするしかないのだが、街の食堂や商店も休みでは外食も自炊も出来ない。ヴォルフリックが頼れるのはクローヴィス。クローヴィスの実家、つまりアーテルハイドの家で世話になるのであれば問題ないという判断もあってのことだ。
 もちろん、ヴォルフリックはアルカナ傭兵団の思惑通りに動くつもりはない。街をあちこち探し回る、振りをして、表通りから一本入ったところにある食堂に駆け込んだ。街の人気店も感謝祭当日となれば客は誰もいない。ヴォルフリックとしては気兼ねなく過ごせるのだ。

「……美味い!」

 食事もなんの不安もなく、お腹いっぱい食べられる。

「まだまだあるからね」

 嬉しそうにテーブルに食事を運んでくるエマ。彼女がヴォルフリックに料理を振る舞うのは久しぶりのこと。はりきって沢山作ってあるのだ。

「やっぱり、美味いな。エマの料理はどこよりも美味い」

「そんなことを言うほど、他で食べていないくせに」

 エマの料理をべた褒めするヴォルフリックにロートは呆れ顔だ。彼にはヴォルフリックの言葉はのろけに聞こえてしまう。妹と幼馴染がのろけているのを見ていると、ロートのほうが恥ずかしく感じてしまう。

「傭兵団の食堂では毎日食ってる。他の国でも食べたよな?」

 自分がエマの料理以外も食べていることをアピールするヴォルフリック。

「シュバルツはエマの料理で育っているから。母親の味は一番っていうから、それと同じでしょ?」

 話を向けられたブランドも呆れ顔。エマの料理はブランドも美味しいと思うが、ヴォルフリックの反応は他の料理を食べた時と極端に違い過ぎるのだ。

「なんであっても美味いという事実は変わらない。感謝祭に初めて感謝することになるな」

「まあ、それには同意だ。でも、平気なのか?」

 こうしてゆっくりと話せるのはロートも嬉しい。だがヴォルフリックの動向は監視されている可能性がある。この場所に出入りすることで、ここが黒狼団の拠点であることが知られてしまうことをロートは恐れていた。

「つけている奴はいなそうだった。上級騎士が絡んでいると安心出来ないけど、そこまでするとは思えない」

 空いている店を探している振りをして、ヴォルフリックとブランドは尾行されていないか確かめていた。その上で食堂にやってきたのだ。

「どうしてそう思う?」

「アルカナ傭兵団って思っていたよりも人手不足だ」

「そうなのか?」

「あくまでも探れた範囲だけど、ずば抜けた戦闘能力を持っている奴は一握りじゃないかな? 監視や情報収集に長けている奴はせいぜい二人」

 ヴォルフリックがずば抜けた戦闘力を持つと考えているのは皇帝ディアーク、教皇アーテルハイド、女教皇ルイーサ、力のテレルくらい。吊し人リーヴェス、太陽のジギワルド、月のオトフリートあたりは何とか出来るレベルという評価だ。正体不明の上級騎士はまだまだいるが、運命の輪トゥナ、審判のヨハネス、それと称号はまだ知らないが伝書烏を操っている動物使いなど、戦闘以外の能力を持つ者も少なくないと考えている。

「それで俺の監視に手を割くかな?」

「……どうだろうな?」

 それはヴォルフリックが自分自身を過小評価しているだけではないかとロートは思うのだが、これを指摘しても彼には通じないのは分かっている。実際に過小評価だ。リーヴェス、ジギワルド、特殊能力を使ったオトフリートあたりはヴォルフリックだから何とかなると思えるだけで、世間一般の評価ではかなり強いのだ。

「それでも上の奴らは強すぎるけどな」

「どうした?」

 強すぎる、なんて評価をヴォルフリックが行うのは余程のこと。どれだけ相手が強くても、頑張っていれば何とか出来るようになるというのが普段のヴォルフリックなのだ。

「皇帝と戦ったら手も足も出なかったからね?」

 ロートの問いにブランドが答えてきた。

「戦った?」

「模擬剣を使った戦いだ。ただ手も足も出なかったのは事実。剣も炎も通用しなかった」

「そうか……」

 皇帝を殺すことがヴォルフリックの目的。その実現はかなり先の話になりそうだとロートは考えた。それはあくまでもギルベアトの敵討ちであって、本当の目的ではない。それに時を奪われるのは望ましくない。

「貧民街が焼かれたそうだな?」

 ロートの気持ちを察して、ヴォルフリックは貧民街の話を始めた。

「ああ。それについては心配はいらない。仲間に犠牲者はいない。裏切り者もきっちりと始末したそうだ」

「それくらいは当然だろ?」

 そこまでであれば特に問題ないのは分かっている。ヴォルフリックが気にしているのは、そこから先の話。残してきた彼らはどうするのかということ。

「ここから先のことは、俺たちが口出しすることじゃない。奴らはそれぞれ自分たちで考えて、それを行動に移しているはずだ」

「そうか……そうなら良い」

 何を何のために、ということをヴォルフリックは聞かない。仲間が自分で決めたことをやっているのであれば、その結果がどのようなものであろうと良いのだ。

「そうだ。ノイエラグーネ王国の拠点づくりだけど、上手く行きそうだ」

「おっ、そうか」

「協力者は思っていたよりも、ちゃんとしてくれる。裏社会も排他的ではない。まあ、商売の種を持ってきたのだから当然と言えば当然だけどな」

 街が潤えば裏社会にも富が落ちる。自分たちの商売を奪うのではなく、別の商売を持ってこようという黒狼団をあえて排除しようとする者は今のところいなかった。

「商売そのものはどうだ?」

「この食堂は想像以上の繁盛だ。ただ、客が集まる理由がな……料理の味とは言い切れない」

 大人気となった食堂の味を他所でも提供する。それを理由にロートたちは国外に物を運ぶ許可を得ようと考えている。それに納得してもらえる状況でなければならないのだ。

「何?」

「エマだ」

「はぁっ!?」

「エマが客に大人気で」

「お前な! 俺たちが出入りするなんてことより、そのほうが問題だろ!?」

 エマを人攫いから守る。黒狼団の原点はこれだ。ヴォルフリックは幼い頃にエマと出会ってからずっとそれを続け、それを行う彼の強さに憧れて仲間たちは集まってきた。エマを危険な目に遭わせるなんてことはあってはならないのだ。

「この街は治安が良い。脅威を感じる裏社会はない。あるとすれば俺たちがそれだ」

「そうかもしれないけど……」

「人の往来も少ないから噂が広まることもない。ここに来る前は不安もあったが、いざ来てみれば、ラングトアとは比べものにならない安全な場所だ」

 ロートは今の環境を喜んでいる。ラングトアの貧民街ではひっそりと暮らすことしか出来なかったエマが、人前に出て働けているのだ。

「お兄ちゃんの言う通りよ。お客さんも良い人ばかり。この街は素敵な場所だと私も思う」

 喜んでいるのはエマも同じ。少しでもヴォルフリックの側に、という気持ちだけでここまで来たのだが、この街でエマは自分に悪意を向ける人に会っていない。皆、下心はあるとしても、優しい人ばかりなのだ。

「……だったら良いけど」

 この街は素敵な場所というエマの言葉には、ヴォルフリックは複雑な思いを感じてしまう。その素敵な街を統治しているのは、敵と思うディアークなのだ。

「この街で皆で暮らすのも楽しいかもね?」

「ええ……」

 エマの言葉にさらに複雑な表情を浮かべるヴォルフリック。

「どうしたの? 何か問題ある?」

「俺、この街、というかこの国で一番偉い奴を殺そうとしているのだけど」

「……そうだった」

「でも、そうか……この街は良い街なのか」

 ずっと傭兵団施設の中で暮らしていて、街は任務の行き帰りに通り過ぎるくらい。ヴォルフリックはこの街が、この国が、そこで暮らす人々にとってどういう国なのかを知らなかった。
 エマが言うように良い街、良い国であるのなら、ディアークは自分とは比べものにならないくらい多くの人を、すでに幸せにしていることになる。また、戦闘力とは異なる面で、ヴォルフリックはディアークとの差を感じることになった。

「はい、これ。やっと渡せた」

「これって……」

 エマがテーブルの上に置いたのは黒いマント。こんなところにあるはずのないマントだ。

「ローデリカさんがわざわざ持ってきてくれた」

「この街に来たのか?」

 困ったことが起きた時の為にと連絡手段を教えることは許していた。だが、いきなりこの街に来るなんてことはヴォルフリックも想定外。彼女の生存はアルカナ傭兵団には、すでに知られているが、伝えていないのだ。

「今はどこにいるか知らない。しばらくはのんびりするって」

「そうか」

「また戦うって」

「えっ?」

「戦いはまだ終わっていないはずだって言っていた。彼女以外にも戦いの終わりを求めている人はいるはずだって。彼女もその為に戦うって。この想いをシュッツに伝える為に、彼女はここに来たのだと思う」

「…………」

 ローデリカの想いに対して、ヴォルフリックは語る言葉を持たない。彼女が求める戦いは、今自分が進んでいる方向とは違うもの。それが分かっているから。今の自分には彼女の求めに応える力がないことが分かっているから。

 

◆◆◆

 感謝祭は聖神心教会が定めたもの。そうであるからには当然、教会内でも感謝祭を祝っている。ただそれは各国で催されているような盛大なイベントではない。もともと清貧を教義のひとつとしている聖神心教会だ。ただ静かに神への感謝を心の中で祈り続ける。それが教会の本来の感謝祭の過ごし方なのだ。
 聖神心教会の総本山。都市国家であるエーデルハウプトシュタット教国は静けさに包まれている。もともとそれほど多くの人が暮らす街ではないのだが、さらに感謝祭の間は、人々は一切外に出ることはない。人によってではあるが、食事さえ採ることなく建物の中で祈り続けているのだ。

「……教皇猊下」

 遠慮がちにかけられた声。聖神心教会の頂点に立つ教皇も今は絶食して、ひたすら神への祈りを続けている。その邪魔をすることに躊躇いを覚えているのだ。

「……アルフレート司祭ですか。どうしました?」

 祈りの邪魔をするなとは教皇は言わない。彼にとって神への祈りは特別なことではない。日常の一部なのだ。日常であるからには、その間に話し掛ける人がいるのは当たり前のこと。そういう考え方だ。

「西部中央教区から連絡が届きました。ベルクムント王国が決断したようです」

「そうですか……多くの血が流れることになりますね?」

 決断が戦争のことであることを教皇は知っている。西部中央教区の動きは当然、以前から話に聞いているのだ。

「はい……ただそれも神のご意思に逆らう異能者を、この世界から追い払う為。仕方のないことだと思います」

「人の死を仕方のないことなどと言うものではありません!」

「申し訳ございません!」

 教皇に叱責されて、慌てて頭を下げるアルフレート司祭。

「……いえ、謝るのは私のほうですね。私の気持ちを軽くする為に無理に発した言葉でした。申し訳ありません」

 人の死を仕方ない、と言ったのは戦争を起こすことに心を痛める自分の気持ちを推し量ってのこと。それに気づいた教皇は謝罪を口にした。

「謝罪など……猊下の御心に沿うことの出来ない自分を恥じるばかりです」

「恥じるのも貴方ではありません。教皇なんて地位にいながら、何も出来ない私がいけないのです」

「猊下……」

 教皇は聖神心教会の頂点に立つ。組織としてはそうだ。だが今、聖神心教会が突き進んでいる道は、教皇の意思を反映したものではない。だからといってそれを止めることも出来ない。教会の最上位は教皇ではなく神。神のご意思に従う教会を、教皇は否定出来ないのだ。

「……異能者であっても人。彼らにも家族があり、普通の暮らしがある。それを壊すことは正義なのでしょうか?」

「猊下、それは……」

 口にしてはいけないこと。異能者は神のご意思に反して生まれてきた存在。戦いの、人殺しの為の能力など神が与えるはずがない。悪魔の力だ。これが聖神心教会の教え。それに否定的な意見を口にするのは、教皇であっても問題だ。教皇であるからこそ許されない。異端裁判にかけられる可能性もある。判決は死刑しかない裁判だ。

「救済もまた教会の教義。本来、最優先すべきものなのに」

 それが出来ない。行う力がない。かつては隆盛を誇った聖神心教会も、今ではかつての力はない。信者の数は多くても、それはある意味、ただの惰性によるもの。聖神心教会しか選択肢がないから人々は、それを自家の宗教とし、人生の中で数えるほどしかないイベントでその習わしに従っているだけ。大陸共通の感謝祭も本来の在り方とは異なり、お祭りと化しているのだ。

「かつての力を取り戻せば、本来の教義に戻れるはずです」

 これもまた教皇を慰めるための言葉。だがこの言葉は、現在の教会の主流派が自分たちの思い通りに事を進める為の口実でもある。教会の権威を取り戻す。その為には神のご意思に反する異能者を滅ぼし、各国に教会の力を見せつけなければならない。力による支配を是とする為の口実だ。
 長く続く不遇により教会は力の支配を是とする人々に支配されるようになった。そういった考えを持つ人々の執念が実ったと言っても良い。ここ数年の話ではない。もう何十年も前から進められてきた計画なのだ。

「……混乱の果てに何が待っているのか。それが神のご意思に沿うものであることを祈るばかりです」

 混乱を巻き起こすのは、本来人々の安寧を願う立場である聖神心教会。そんなことが神のご意思だとは教皇は考えていない。教皇が考えている通り、教会が神のご意思に背いているのであれば滅びるのは教会のほう。そうなっても仕方がないと教皇は考えている。その結果、神が望む世界がこの世に顕現するのであれば。
 ただ祈るしかない自分。何も出来ない自分が情けない。教皇に出来ることはただ見ているだけ。そうであれば、せめて最後まで見届けたい。感謝祭という大切な時に教皇は、叶うはずのない願いを神に祈らずにはいられなかった。