月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #141 招いた悲劇

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 逃げるヒューガたちを追いかける優斗の前に立ち塞がったのはギゼン。戦場に現れたのは彼だけではない、ホーホーに騎乗した春の軍、そして秋の軍の一部が、ヒューガたちの脱出ルートを切り開く為に動き回っている。彼らにとって魔王軍もイーストエンド侯爵家軍も関係ない。行く手を遮る存在は全て邪魔者として排除する。そんな考えでホーホーを駆け回らせている。
 突然の乱入に驚いた魔王軍とイーストエンド侯爵家軍。動揺はイーストエンド侯爵家軍のほうが大きかった。現れた時は、援軍と期待した部隊が剣を向けてきたのだ。落胆の気持ちが人々を狼狽させていた。
 とはいえ、アイントラハト王国軍は逃走ルートを塞ぐ存在を除去しているだけ。積極的に攻撃を仕掛けているわけではない。それを認識し始めた両軍はアイントラハト王国軍から距離を空けて、戦いを始めていた。

「逃がすなって言っているだろ! 前を塞げ!」

 その行動は優斗の意図に反するもの。味方に逃走ルートを塞ぐように指示を出す。だがその指示は思うように伝わらない。優斗にとってはあり得ないことなのだが、敵の攻撃を避けることに意識を集中させなければならないので、思うように命令を発せられないのだ。

「この老いぼれ! 邪魔をするな!」

 苛立ちを言葉にする優斗。だがそんなことをしても何の解決にもならない。ギゼンの攻撃は切れ目なく、確実に急所を狙ってくる。他に気を取られている余裕はない。

「ああ、もう良い! まずは君から殺してやる!」

 ギゼンとの戦いに専念することを決めた優斗。少しくらい距離を空けられても、追いつくことは可能だ。魔族にはその力がある、と考えているのだ。
 反撃に転じる優斗。だがその攻撃も思うようにはいかない。ギゼンはのらりくらりと、と表現するようなのんびりした動きではないのだが、優斗の感覚ではそんな感じで攻撃を避けていく。

「……強いんだね?」

 どうやら目の前の敵はこれまで出会った中で最強の部類に属する実力者。優斗はそう判断した。だからといって負けるとは考えていない。決着を急ぐことを諦めただけだ。
 あらためて剣を構えなおす優斗。対するギゼンに構えらしい構えはない。

「どちらかと言うと魔族の戦い方に近いのか」

 魔族も構えをほとんど取らない。これまで経験した戦いで、優斗はそれを知った。ギゼンの戦い方は魔族のそれに近い。優斗はそう考えた。間違いだ。ただ間違いであっても、優斗の戦いに影響はない。
 気持ちを高める優斗。体から立ち昇るゆらゆらとした影は漏れ出した魔力。常人の目では追い切れない速さで、優斗はギゼンの懐に飛び込んだ。そこに振り上げられる剣。優斗の動きを見切ったギゼンの剣だ。
 だが優斗もまたその剣を見切っていた。腕の力だけで振り下ろされた剣がギゼンの攻撃を叩き落す。圧倒的な力で技を凌駕する。これが優斗の戦い方なのだ。
 続く優斗の攻撃はギゼンが大きく間合いを取ったことで避けられた。

「良い動きだね? でも、いつまで続くかな?」

 一段と高く吹き上がる魔力。さきほどよりもさらに速い動きでギゼンの間合いに入る優斗。今度は剣を振るうことはしない。そのままギゼンに体当たりをしたのだ。

「ぐっ!}

 うめき声をあげて大きく後ろに吹き飛ぶギゼン。そのあとを追った優斗の剣は、地に突き刺さった、剣が振り下ろされる寸前、ギゼンはわずかな動きで地面から跳ね起きたのだ。

「……元気なお年寄りだね。僕もそうありたいよ」

 優斗にはまだまだ余裕がある。ギゼンの強さを認めても、自分が負けるとは微塵も思っていないのだ。もう一度、同じ動きでギゼンの懐に飛び込む優斗。わずかに体を逸らしてそれを避けたギゼンだが、完全には勢いを殺せず、また吹き飛ばされることになった。
 さらに攻撃を仕掛ける優斗。その勢いは止まらない。体当たりを仕掛け、剣を振るう。ギゼンに休む間を与えることなく攻撃を続けていく。

「これで最後だ!」

 これまで以上に力を込めて地を蹴る優斗、だが過ぎた力は、その体を前に進める勢いに繋がらず、逆に地に沈んだ足がその動きを鈍らせた。

「えっ……あっ、うわぁああああっ!」

 頬に感じた熱。それがギゼンの剣で斬られたことによる痛みだと知った優斗の口から叫び声が漏れでた。

「……不運……いや、これが私の限界か」

 ずっと無言で戦い続けていたギゼンの口からも呟きが漏れる。優斗の動きを見極めながら、伺っていた機会。ようやく訪れたその機会で、優斗を仕留めることは叶わなかった。

「貴様! 貴様ぁああああっ!」

 頬を斬られたことで激高した優斗の攻撃はただただ力任せ、全力で、途切れることなく剣を振るうだけだ、だがその圧倒的な力が、とうとうギゼンの技を凌駕する。正しくは、疲弊したギゼンの体は、本来の技を繰り出すことが出来なくなっていた。
 ついにギゼンの体をとらえた優斗の剣。真っ赤な血しぶきをまき散らしながら、ギゼンは仰向けに倒れていった、

「……お嬢……先に逝き……ます」

 空に向かって放たれた最後の呟きは、誰の耳にも届かない。届けたい人は今ここにはいない。

「……殺せ。殺せ、殺せ、殺せ! 皆殺しにしろ! 従わない奴も僕が殺す! 死にたくなければ殺せぇええええっ!!」

 

◆◆◆

 優斗の檄に応えるまでもなく、戦いは激しさを増していた。初めこそアイントラハト王国軍との直接的な戦闘を避けていた魔王軍であったが、イーストエンド侯爵家軍がその陰に隠れるようにして逃げようとし始めると、そのような対応は許されなくなってしまった。
 行く手を遮る、魔王軍にとってだが、アイントラハト王国軍に突撃をかけ始める魔王軍の部隊。そうはさせまいとアイントラハト王国軍も反撃に出る。本格的な戦闘が始まった。
 戦闘が始まれば中途半端な真似をする魔族ではない。そもそも中途半端な攻撃ではアイントラハト王国軍を突破出来ない。猛攻をしかける魔王軍と主に魔法を使ってそれを阻もうとするアイントラハト王国軍。北に向かって移動しながら両軍は戦い続けた。

「……私が敵を食い止めるわ」

 戦いの様子を見ていたエアルは、自分が殿を務めようと考えた。

「くだらないことを言わないで! 一人で止められるはずがないよね!」

 そのエアルの考えを、普段は決して聞くことのない強い口調でカルポが否定する。

「でも……私が……」

「その考えが間違い! エアル! 王の臣下は君だけじゃない! 君だけの王じゃないんだよ!」

 今回の一件をカルポはかなり怒っている。悲しんでもいる。クラウディアを戦場から連れ出すことは個人的なこと。そうヒューガが考えたことが残念であり、エアルだけを連れて行ったことが悔しいのだ。

「……悪いのは……俺だ」

「王! 気がつきましたか!?」
 
 優斗の最後の一撃でヒューガは無傷だったわけではない。致命傷にはならなかったが、大怪我を追っていたのだ。治癒魔法をかけてもすぐに目を覚まさなかったのは、剣による傷だけが原因ではなかっただろうが。

「俺は……どうやって?」

 ヒューガの最後の記憶は優斗に斬られた瞬間。死を覚悟した自分が何故、コクオウの背にいるのかが分からない。

「先生がエアルと一緒に連れて逃げてくれました」

「先生が……その先生は?」

 ヴラドの姿は、ヒューガが見る限り、近くにはない。

「……クラウディア殿のところに」

「そうか……まお……いや、元勇者は?」

 優斗が、ヒューガたちが逃げるのを黙って見ているはずがない。ヴラドが倒したか、なんらかの方法で足止めしたのか。そう思って尋ねたヒューガであったが。

「……ギゼン殿が足止めしています」

「えっ……?」

「自らその役目を望まれて……止めはしたのですが……」

 ギゼンは死を覚悟して足止め役を任されることを求めた。それが分かったカルポはなんとか止めようとしたのだが、ギゼンの決心は固く、翻意させることは叶わなかった。
 結果としてギゼンがその役目を担ったからヒューガはこうしていられる。ギゼンの決断は間違いではない。

「……状況は?」

 ギゼンの生死を問うことをヒューガは避けた。良い返事が得られるのであれば、ギゼンは今ここにいるはず。今はまだ曖昧のまま。そう考えたのだ。

「北に向かっていますが、敵の追撃が激しくて振り切れません」

「そうか……出撃してきた部隊は?」

「春の軍と秋の軍の一部。もう少し北に進めば遅れている部隊とも合流出来るはずです。秋の残り、夏と冬の二軍もいるはずです」

 今戦っているのはホーホーに騎乗して移動してきた人たち。徒歩で移動している部隊はまだ追いつけていないのだ。

「全軍か」

「……子供たちは残してきたはずです」

「そうか……」

 夏と冬の二軍の主力は子供たち。その彼らがいないとなると戦力はかなり落ちる。だからといって参陣させなかったことを責めるつもりはヒューガにはない。そんな資格はないと思っている。

「なんとか振り切って、大森林に入ります」

 他軍が合流しても混戦のままでは大森林への撤退は難しい。正面からの戦いを行わざるを得なくなる。カルポとしてはそれは出来るだけ避けたい。アイントラハト王国としては、勝利しても何も得るもののない戦い。それで軍を損耗させたくないのだ。

「……悪かった」

「謝罪は必要ありません。僕たちも王の許可なく、勝手に軍を動かしたのです。似たようなものです」

「それでも……ごめん」

「……とにかく今の状況をなんとかしましょう。それだけを考えましょう」

 ヒューガに落ち込んでいられても困る。こういう苦しい状況でこそ、ヒューガが必要なのだ。だが今のヒューガにはカルポの期待に応える気力がない。怪我のせいもあるが、やはり自分の身勝手で周りに迷惑をかけてしまっていることを後悔する気持ちが強く、命令を下せる状態にないのだ。
 ただ責任を感じているのはヒューガとエアルだけではない。その存在が動いていた。

「……ルナ?」

「えっ? ルナがどうしました?」

「……止めろ。止めろ、ルナ! 止めろぉおおおおっ!」

 ヒューガの叫び声。人々がその意味を知るのは、ほんの数秒後だ。

 

◆◆◆

 魔王軍とアイントラハト王国軍の戦闘。この状況を憂いている人は魔王軍にもいる。魔王軍に所属する魔族を実質的に率いているライアンがそうだ。ライアンはこの状況がもたらす結果に強い不安を感じている。戦いの相手はドュンケルハイト大森林の国、アイントラハト王国の軍。魔族と相互不可侵の契約を結んでいるエルフ族の軍なのだ。この戦いは契約違反になるのか。なるとすればその責任は誰にあるのか。その責任はどのような形で取らされることになるのか。それが自分の身に降りかからないことを願いだけだ。

「完全に頭に血が上っているな」

 なんとか事態を収めようとしているが、戦闘に夢中になっている魔族たちにはライアンの声も届かない。

「大森林に近づけば、さすがに冷静になるか」

 まったく聞く耳を持たない部下たちに、ライアンもややキレ気味だ。投げやりとも受け取れる言葉が口から出てくる。

「大森林に近づけるつもりはないのです」

「なに?」

 自分の独り言に応える声。その言葉の意味を理解して、ライアンの心に驚きが広がっていく。相手はアイントラハト王国側の人。それが自分のすぐ近くにいる。それでいてその姿を認識出来ないのだ。

「何者だ?」

「ルナはルナなのです」

「お前は……」

 現れたのは可愛らしい女の子。だが見た目通りのただの可愛い女の子でないことは明らかだ。

「ルナも責任を感じているのです。ルナの考えは甘かったのです」

「……精霊か?」

 ルナが放つ魔力。魔族のそれとは異なるそれをライアンは感じ取った。

「そうなのです」

「……精霊が何の用だ?」

「お前に用はないのです。ただルナはこの戦いを止めようとしているだけなのです」

「どうやって止めるつもりだ?」

 止められるのであれば止めてもらいたい。そう考えたライアンだが、それは間違いだ。ルナのやり方はライアンが考えているような穏やかなものではない。

「ルナの力の全てを使って」

「……お前、まさか?」

 自分の考えの甘さにライアンは、すぐに気が付いた。精霊の力。それによって起こった大森林の悲劇をライアンも知っている。

「この責任はルナにもあるのです。ルナはヒューガを止めるべきだったのです。でも、ルナはヒューガが求めることは全て叶えてあげたいのです」

「大森林の精霊が魔族を殺めて良いのか!? エルフ族とは違うということか!?」

 万の大軍を一瞬で消滅させた力。それを受けて無事いられる自信は、さすがのライアンにもない。彼らしくもなく、焦った様子でルナを止めようとした。

「……そういうことではないのです」

「では、どういうことだ!?」

「ヒューガは古い秩序を壊し、この世界に新しい秩序をもたらす者なのです。過去の約定などヒューガの前では無意味。世界に彼は裁けないのです」

「……それは」

 ルナの言葉を聞いたライアンの心から一瞬、恐怖が消えた。ルナの語るヒューガという存在は何なのか。そのことへの興味が勝ったのだ。あくまでも一瞬のこと。ルナの姿が崩れ始めるまでだ。

「……逃げろ! この場から離れろ! 急げぇええええっ!」

 周囲に警戒を訴えながらライアンは全力でこの場から離れていく。
 膨れ上がるルナの体はすぐに白銀に輝く球体に変り、その大きさを増していく。周囲にいる全てをその内側に取り込みながら。魔王軍もイーストエンド侯爵家軍もない。人族と魔族の区別もない。例外はヒューガとその一定半径内にいる人々のみ。
 まるで地に落ちた月のような白銀の球体は、その大きさをどんどん増していき、やがて地鳴りのような音を響かせて、破裂した。内に飲み込んだ全ての物と共に。