月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第32話 知らないところで色々と動き出している

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ベルクムント王国の都ラングトアは感謝祭を間近に控えて、大いに賑わっている。街は華やかに彩られ、大通りには普段は見られない露店が数多く並んでいる。感謝祭当日以降は自宅で家族との団らんの時を楽しむというのが一般的な慣習。商店や露店にとってはその前、人々が買い出しに出る数週間が稼ぎ時なのだ。道行く人に声をかける店主。すでに安売りをしている店もあり、それを伝える声が街に響き渡っている。
 そんな喧騒は城にまで聞こえてくるほどだ。その城は街の賑わいとは正反対に閑散としている。城勤めの人たちも休暇に入っている。今働いているのは、城内に居住する一部の人たちだけなのだ。
 国王ものんびりできる期間であるのだが、今日は来客とあって、きちんと正装をして謁見の間に向かっている。そうするべき相手だった。

「おお、これはトィヴェン司教。お待たせしたかな?」

 国王の面会相手は聖神心教会のトィヴェン司教。西部中央教区、主にベルクムント王国とその周辺国内にある教会を管轄する教区の司教だ。

「いえ。こちらこそ、このような時期にお時間を取らせてしまいまして、大変申し訳ございません」

 聖神心教会の白いローブを纏い、恭しく挨拶を返すトィヴェン司教。ただその礼はあくまでも教会式のもの。ベルクムント国王を前にしても、膝をつくような真似はしない。

「今年の感謝祭は、昨年以上に華やかなものになる。準備のほうも滞りなく、進んでいると思うが?」

 玉座に座って、早速話を進めるベルクムント国王。時間がないわけではないが、長く話していたい相手ではないのだ。聖神心教会は信者の数こそ無視できないものであるが、教会そのものの権威はかなり衰えている。その衰えた権威を復活させる為に協力を求めてくるのはいつものことで、感謝祭を盛大なものにするというのも、そのひとつだ。
 ただ国王にとっては、わざわざ自分以外の権威を高める為に国費を使うなど馬鹿馬鹿しいことだ。

「それについては大変満足しております。貴国の民の信仰心は疑うべきところのないもの。必ずや、神のご加護が舞い降りることでしょう」

「……感謝祭の件ではないとすると何かな?」

 また別のお願い事。そう考えて国王の表情がわずかに歪んだ。

「今日は陛下の御心を問い質しに参りました」

「問い質しに?」

 不快さの上に怒りが重ねられた。教会の権威はある程度、尊重はしているが、国王である自分に対して、問い質すなどという言葉を使うのは思い上がりというもの。ベルクムント国王はそう感じた。

「貴国はいつになったら異能者の集まりを討ちに動くのかと思いまして」

「……アルカナ傭兵団か。それであればすでに動いている」

「それは、まさかと思いますが失敗した謀略のことですか?」

「失敗したとは思っていない。中央諸国連合の結束を揺るがせたという点では成功だ」

 アルカナ傭兵団の上級騎士を殺害することには失敗した。だが、ノイエラグーネ王国とアルカナ傭兵団の間には亀裂が入っている。連合の切り崩しという点では失敗ではない。

「そうであれば、その隙を突いて、攻め込むべきではありませんか?」

「戦争を始めるには時期というものがある」

「ではその時期をいつだと考えているのかを、お教え願いたい」

 トィヴェン司教は簡単には引かない。ベルクムント国王に不快な思いをさせている自覚はある。それを覚悟してでもベルクムント王国を動かしたいのだ。

「……勝機というものは、いつ訪れるか分からないものだ」

 一方で国王は時期を明言したくない。戦争を始めるのであれば、確実に勝てる時を選ばなければならない。勝った上で、東のオストハウプトシュタット王国とも戦う余力を残さなければならない。

「我らは教会の秘術まで、貴国に渡したのです。それもこれも全て、神の理を無視する異能者どもを、この地上から消し去る為。貴国にそれを行ってもらう為なのですよ?」

「それは……よく分かっている」

 ベルクムント王国は聖神心教会から火薬の製造法を教わり、それを武器化した。聖神心教会が言う異能者と戦う力を得る為に。この点を突かれるとベルクムント国王は苦しくなる。

「……貴国が約束を果たしてくれないということであれば、我々も考えざるを得なくなります」

「考えるとは?」

「別の国に使命を果たしてもらうことをです。その場合は当然、その国にも戦う力を持ってもらうことになります」

 その別の国がどこかとなればオストハウプトシュタット王国に決まっている。ベルクムント王国にとって覇権争いを行っている国に、火薬が伝わってしまうのだ。

「……我が国が約束を違えることはない。敵国に知られないように秘して準備を進めている為にトィヴェン司教には見えないだろうが、侵攻はそう遠くない時期に行われることになる」

「そうですか……それが事実であれば大変喜ばしいことです。停戦期間が終わる頃には動きがあると考えてよろしいのですね?」

「あ、ああ。それくらいの時期になるであろうな」

 感謝祭に伴う停戦期間が終わるまでには一か月以上がある。準備には充分な期間とは言えないが、それでも侵攻に向けて動いているという状況を見せるまでであれば、なんとかなる。一部は休暇返上ということになるにしても。

「では、その時を待つことに致しましょう」

 トィヴェン司教も国王の言う期日を受け入れた。ここで更なる追及を行っても意味はない。追い込んで、それで開き直られても困るのだ。トィヴェン司教は聖神心教会全体の利を考えて動いているつもりだが、それでも異能者を地上から抹殺するという使命を果たすのは、自分の教区であるベルクムント王国であることが望ましい。他の司教に手柄をあげる機会を、わざわざ渡すつもりはないのだ。
 結果、ベルクムント王国はトィヴェン司教の要請に応えて、動き出すことになる。大陸中央における戦乱は、いよいよ大国の直接介入という形をとることになり、激しさを増すことになる。

 

◆◆◆

 聖神心教会の要請を受けて、ベルクムント王国が中央侵攻に向けて動き出すと決めた時、それより先んじて動き出している者たちがいた。ひっそりと、表社会の人々には見えない暗い影の中で。
 歓楽街の一角。知る人は知るその建物は、ラングトアの裏社会を牛耳っている親分の屋敷のひとつ。外観の質素さからは想像出来ない豪奢な内装のその部屋の、これもまた豪奢な椅子に屋敷の主は縛られていた。

「コーツ! テメエ! こんな真似して、ただで済むと思っているのか!?」

 ドスの聞いた声で、自らを拘束した相手に向かって凄む男。その顔に怯えはない。相手は怯えるような存在ではないはずなのだ。

「もう良いでしょう? あんたは充分に良い思いをしたはずだ。いつまでも欲をかいていないで、次の代に渡すべきだ」

「ふざけんな! 百歩譲って、次のドンを選ぶとしても、それがお前であることは絶対にない!」

「分かってますよ。放っておいたら俺に回ってくることはないと分かっているから、こんなことになったのですよ」

 組織の長の脅しにもコーツが翻意することはない。こんなことをしてしまって無事でいられるわけがないのは分かっている。もう突き進むしかないのだ。

「……よく考えてみろ? 俺を殺したって、組織はお前のものにはならない。周りが許すはずがないだろ?」

 脅しで気持ちを変えることは出来ないと察して、親分も態度を変えてくる。

「許さない奴は消す。それだけのことですよ」

「そんなうまく行くわけないだろ? 考え直せ。今ならまだ間に合う。引き返せるとは言わないが、別の場所で生きる機会は得られる。俺が約束してやる」

「うまく行くかどうかはやってみないと分からない。そして俺はやった」

「いい加減にしろ! お前みたいな人間に組織をまとめられるわけがないだろ!? すぐに寝首をかかれて死ぬだけだ!」

 落ち着いた口調で説得してみても通用しない。親分は結局また怒鳴りつける方法を選んだ。選んだというより、自分の怒りを抑えられなかったのだ。

「……それが親分の俺への評価。散々俺のことをこき使っておいて、内心では馬鹿にしている」

「そうじゃない! 人には役割ってものがあるって言っているんだ! お前は人の上に立つような存在じゃない! 人の為に働いて、実力を発揮する人間だ!」

「それくらい分かっている」

「だったら、こんな真似は止めろ! 今回だけは許してやる! 新しい地位も用意してやろう!」

 助かる為に破格の条件を出す親分。だが、それが守られる保証などまったくない。この場限りの嘘であることは明確なのだ。

「なっ? これに比べれば、俺たちのほうが誠意を感じられるだろ?」

「誰だ!?」

 突然、割り込んできた声。その声の主が誰だが親分には分からない。声が聞こえてきたのは背後から。椅子に縛られている親分では、視線を向けることが出来ない場所から、なのだ。

「シュバルツ・ヴォルフェ」

 親分の問いにクロイツは組織名で答えた。自分の名を名乗っても親分は、同じ問いを返してくるだけ。クロイツの名は仲間以外には知られていないのだから。

「な、なんだと?」

 相手がシュバルツ・ヴォルフェ=黒狼団を名乗ったことで、酷く動揺する親分。

「ほんと馬鹿にしているよな。頭がいなくなれば、それで黒狼団が力を失うとでも思っていたのだろ? 俺たち、雑魚のことなんて眼中になかった。目には心臓を、歯には脳みそを。リーダーが不在でもこれは変わらない。俺たちにも牙はあるんだよ」

「…………」

 相手が黒狼団の一員であれば、親分には助かる道はない。目には心臓を、歯には脳みそを。敵には一切の容赦をしない組織なのだ、それが分かっていて貧民街に放火するなんて馬鹿な真似をしたのは、言われた通り、力を失ったと考えていたから。そのはずだったのだ。

「これから先は、コーツ親分が歓楽街を仕切る。だが裏社会の仕切りまで任せるわけじゃない。そっちはそれが出来る力がある俺たちがやる。お互いに得意なところを担当し、協力し合いながらやっていく。これが俺たちが出した条件だ」

「……そんなにうまく行くはずがない」

「それはどうかな? コーツ親分はお前なんかより、遥かに頭が良い。歓楽街を大いに発展させる可能性はあると思っているけどな。もしそれの邪魔する奴らがいれば、俺たちがいる。上手くやっていけるはずだ」

「コーツはただの操り人形しゃないか。実権は全て……全て……」

「実権は誰に? コーツ親分に命令する奴は今、ラングトアにはいない」

「今はいなくても将来はどうなんだ!?」

 黒狼団の頭が戻ってきた時、実権は全てその人物が握ることになる。親分はそう考えた。こう考えるのが普通だろう。

「戻ってくる時のことを考えるなら、放火なんてしなきゃ良いのに。まあ、馬鹿だから仕方がないか。その馬鹿に質問の答えを教えてやる。頭が戻ってきた時に、貧民街の悪党団に収まるはずがないだろ? 裏社会の親分だって物足りない。もっともっと大きくなってるんだよ」

「もっと大きくって、それはなんだ?」

「知る必要のないことだ。お前のいない未来のことだからな」

「ま、待て! 待て! 待ってくれ!」

 必死に叫ぶ親分。話を打ち切られた意味を正しく理解したのだ。その彼に死を与えたのはコーツ。彼自らの手で殺すことが必要なのだ。操り人形と思われるよりは、裏切り者のほうがよほど恐れられる。彼を非難し、自分が彼に成り代わろうという者がいたとしても、それ以外の人が後継者であることを否定することはない。裏切りであろうと何であろうと彼は力を示したのだから。

「さて、これで今日からあんたが歓楽街の親分だ。頑張って良い街にしてくれ」

「ああ。どうしようもなくなった時は頼む」

「もちろん。あんたという壁があってこそ、俺らは闇に潜れる。大切な守りを失うわけにはいかないからな」

 黒狼団はこのまま闇に沈む。その存在を認識されないように裏社会のさらに影、闇に沈んでいくのだ。ただそれはあくまでもクロイツを含めた一部だ。貧民街の悪党団で収まることなく、もっと大きな存在に。それを実現する為に仲間たちは動いていた。それぞれがそれぞれの居場所を作る為に。

 

◆◆◆

「……そんな脅しに屈すると思っているのか?」

「屈するかどうかは貴方が決めること。俺は、ただこれが公になったらどうなるのでしょう、と聞いているだけです」

 真っ青な顔で強がられても、信じるはずがない。カーロは同じ脅しを、少し言葉を変えて、相手に告げた。

「証拠はない」

「それがあったりして。何とは言いません。切り札は簡単には相手に晒さないものですから」

「はったりだ!」

 証拠の存在を否定する相手。相手としては否定するしかない。証拠があるの言葉で肯定しては、それこそ証拠になってしまう。ただ、このやりとりは意味がない。証拠の有無に関係なく、事実であることは双方知っているのだ。

「はったりと思うかどうかもご勝手に。重要なのはこちらの要求を受け入れるか否か。それだけです」

「受け入れるつもりはない」

「要求を聞きもしないで?」

「脅しには屈しないと私は言った」

 強がりを続ける相手。カーロの妥協を引き出そうとしているのだ。

「そうですか。一人、騎士を増やすだけのことを拒否して、名誉を失うとは。貴族の方の考えは庶民には理解出来ることではないようです」

「……騎士を増やすだと?」

「私もこんな真似をしなくて済むように、きちんとした仕事に就きたいと思っていまして。なんとか実現できるきっかけにしようと思っていたのですが、残念です」

「……どうするつもりだ?」

 要求は思っていたよりもかなり小さなもの。騎士としてずっと側にいるという点には強い抵抗を覚えるが、莫大な金品を要求され続けるのでなければ安いものだ。

「まずは情報が事実であるということを証明することが必要だと考えました。貴方のネタを暴露して、その結果、大変なことになれば、次の人はもっと簡単に言うことを聞いてくれるでしょう?」

「私のネタを暴露……」

「貴方が否定しても、こちらは情報を裏付ける証拠をばらまき続けます。そうなれば信じる人も出るでしょう。さて、そのあとはどうなるのでしょうか? 女性に縛られて叩かれて喜ぶ趣味――」

「分かった!」

 ここで相手は陥落した。

「はい?」

 意外とあっさりとした陥落に、カーロは戸惑っている。

「騎士として雇ってやる。ただし、これは真っ当な人生を歩もうという少年を救うための善意の行動だ。分かるな?」

「……ああ、分かりました」

「それと証拠と勘違いしている物も渡してもらう」

「それを渡した途端に首ですか? それは受け入れられません」

「しかし」

「逆にどうですか? 秘密を知る俺を上手く利用しては? 手を回して、貴方の情報だけは絶対に漏れないようにします。店への同行も私だけにすれば、情報が広がる恐れもない。貴方は安心して通い続けられる」

「通い続ける……」

 この可能性はまったく頭になかった。もう二度と店には近づかない。つい先ほどまでこう考えていたのだ。

「いかがですか?」

「……考えておこう」

 結論は保留。ということは通い続けることに考える余地があると受け入れた証だ。カーロにとっては好都合。相手を脅して騎士になれても冷遇され続けては意味がない。ただ騎士になるというではなく、カーロは出世したいのだ。表社会で確たる地位を築きたいのだ。黒狼団の新たな在り方の選択肢のひとつとなるかを試したいのだ。
 とりあえず足掛かりは得た。だが本当に大変なのはこれからだ。目指すところは、遥か高みなのだから。