月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第31話 与えられた仕事が嫌になることってあるよね

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 王国騎士団の鍛錬場。そこに三団対抗戦の参加者が一同に会している。とはいえ、まだ本番は先。今日は公開練習日だ。これもアルカナ傭兵団を有利にしない為に必要なこととして、今年初めて行われた。
 今年のアルカナ傭兵団から選抜された上級騎士は全員が初参加。その実力は両騎士団には知られていない。一方で両騎士団の参加騎士の実力は公になっている。ヴォルフリックたちにではない。アルカナ傭兵団の団長であるディアークにだ。ノートメアシュトラーセ国王でもあるディアークは両騎士団の騎士の実力を知っている。当たり前だ。騎士はその実力を、戦果を国王に認められてこそ出世がある。知られていないほうが問題なのだ。そのディアークが知っている情報がアルカナ傭兵団に伝わる、なんてことを行うはずはないのだが、それを疑われることさえ避けようという配慮からの公開練習日だ。
 即位から十六年もの年月が経っても、これだけの配慮が必要なのだ。一部で傭兵団を優遇しているという面もあっての配慮ではあるが。

「……団長」

 公式行事ということで公開練習を見学していたディアークに声を変えてきたのはテレルだった。

「どうした? 公開練習まで見学に来るなんて」

 公開練習の見学に来たアルカナ傭兵団関係者はディアークの他は、このテレルしかいない。ディアークも国王という立場で出席が義務付けられていなければ見学などしていない。練習であればいつでも見られるのだ。

「……娘が」

「ああ、セーレン嬢は愚者のところで鍛錬をしているのだったな」

「知っていたのですか?」

 テレルの顔に非難の色が浮かぶ。知っていたのなら、何故止めてくれなかったのかと思っているのだ。

「聞こうとしなくても耳に入る。色々と言ってくる者たちがいるからな」

「止めさせて下されば良かったのに」

 ディアークに対して思っていたことを言える。テレルはそういう関係だ。

「武で成り立っている国の王が鍛錬を止めろとは言えないだろ?」

「そうかもしれませんが……愚者とはどういう男ですか?」

「いきなり話が飛ぶな。愚者か……その答えを知っている者がいれば、俺も聞きたい」

 ヴォルフリックは何者か。その答えはある。前国王とミーナの子供。元近衛騎士団長であるギルベアトに助けられ、ベルクムント王国の都ラングトアの貧民街で暮らしていた。シュバルツ・ヴォルフェ、黒狼団という組織のリーダーであるらしい。だが、こんな情報は上っ面だけのもの。ヴォルフリックの本質は分からない。

「誰も知る者はいないのですか?」

「知る者はいる。ブランドという従士は貧民街で暮らしていた頃からの仲間だ。愚者がどう生きてきたかを知っているはずだ」

「その者に聞くことはしないのですか?」

「あれの仲間は秘密主義でな。聞いてもたいしたことは話さないだろう。時々、漏れ伝わることを聞けるくらいだ」

 それを聞くことで益々ヴォルフリックのことが分からなくなる。善悪どちらに染まっているのか。それ以外のことでも、どちらかという選択は難しい。オティリエとは距離を取り、アデリッサに普通に近づくことも、ディアークにとっては謎のひとつだ。

「その漏れ伝わることから考えられることは?」

「どうした? 愚者のことがそんなに気になるのか?」

「娘のことで怒鳴りつけられました。父親だからって娘の邪魔をする権利はないと」

「それを黙って聞いていたのか?」

 テレルの親バカぶりはディアークも良く知っている。そんなことを言われて、大人しくしているはずがないのだ。

「最初に怒鳴りつけていたのは私なのです。それがいつの間にか立場が逆になり、最後は言い返せなくなりました」

「お前が娘のことで?」

 親バカのテレルを黙らせる状況というのはどういうものなのか、ディアークにはまったく塑像がつかない。

「娘に万一があったらどうすると言ったら、そんなことは絶対にない。決して仲間を死なすことはないと言い返されまして。その勢いがなんというか、鬼気迫るものを感じて」

「ああ……ひとつだけ、はっきりしていることがある。仲間を大事にするということだ。その仲間を一度死なせたことがあるそうだ。その時の落ち込みはかなりひどかったようだな」

「……案外、分かっているではないですか?」

 何も知らないようなことを言っていて、ディアークはヴォルフリックについて良く知っている。過去に仲間を死なせたなんて話は、普通には聞けないことだ。

「側にクローヴィスがいる。そのクローヴィスからアーテルハイドに伝わり、俺の耳に入る。ただ、この先はどうだろうな?」

「密偵をしていることがバレましたか?」

「最初からバレている。問題はクローヴィスが、その役を降りそうだということだ。仲間意識を持ち始めたようだとアーテルハイドが言っていた」

「あのクローヴィスが……」

 クローヴィスの気難しさはテレルも良く知っている。父親を尊敬している。その想いが強すぎて、仕える相手を選ぼうとしなかった。認めるのは父親だけ、あとはその父親が尊敬しているディアークだが、その二人に仕える道はない。家族を従士には出来ない。ディアークの従士は傭兵団ではなく、近衛騎士団から選ばれることになっているのだ。
 そんなクローヴィスがヴォルフリックの従士になったのは、あくまでも父親に命じられた情報収集の為。その父親の命にクローヴィスが背こうとしているなど、テレルには信じられない。

「そういう男なのだ。パラストブルク王国で起きた反乱は知っているか? 愚者が戻ってからのほうだ」

「ええ。聞いています」

「ルイーサに伝わると青筋立てて怒り出すから、これから言うことは絶対に内緒だぞ?」

「分かりました」

 テレルの顔に苦笑いが浮かぶ。青筋立てて怒るルイーサの相手など絶対にしたくない。そんな思いからの笑いだ。

「反乱のきっかけの一つは愚者だと俺は睨んでいる」

「はい?」

 反乱鎮圧の任務に行って、それよりも遥かに大きな反乱を巻き起こして帰ってきた。そんな馬鹿な話はない。

「反乱軍との最後の戦い。それとそれを終えて戻ったパラストブルク王国の都で、愚者は怒りを爆発させたそうだ」

「怒り、ですか?」

 任務の最後で怒りを発した。何故そういう状況になるのかテレルには想像出来ない。

「ローデリカ=ナイトハルトを担ぎ上げ、それでいて彼女に全てを負わせて何もしなかった者たちへの怒りだ。反乱軍に参加していた者たちがそう。都の住人たちも彼女を支持していなから何もしなかった。今話題の黒幕たちに至っては、殺してしまおうと考えていたようだ」

「……それで反乱を?」

「愚者の怒りが人々の心に火をつけた。それが燃え広がり、今がある。意図したものではないとは思う。だがあれは……人を動かす力を持っている。良くも悪くもだ」

 反乱の結末が良いもので終わるか、最悪の結果となるかはまだ分からない。それが分かるのは、トゥナの言葉ではずっと先の話だ。

「やはり、良く分かっているではないですか。団長を小さくしたと考えれば良いのですか」

「はっ?」

「我々の原点も怒り。団長の世の中に対する怒りではなかったですか?」

「……そうだな」

 その怒りをいつの間にか忘れてしまっていなかったか。それは年齢を重ねたことだけが原因なのか。ヴォルフリックのことを考えると、いつもディアークは今の自分の在り方に悩んでしまう。
 若さが眩しいなんてことは言いたくはないが、ヴォルフリックが、彼だけではなく彼の周りの者たちが、自分たちが忘れてしまっていた何かを持っているのは間違いない。ディアークはそう感じている。

 

◆◆◆

 ヴォルフリックたちの公開練習の様子を、ディアークとテレルとはまったく異なる思いで見ている者たちがいる。フィデリオと現近衛騎士団長だ。フィデリオはかつての上司に呼ばれたということで、鍛錬を抜けて、この場にいる。実際に近衛騎士団長に呼ばれたのだ。
 三団対抗戦を間近に控えての話、ではない。それであればフィデリオはこの場にいない。彼はすでに傭兵団の一員。近衛騎士団の為に便宜を図るわけにはいかない。

「……よく鍛えられている。さすがはギルベアト殿の教えを直接受けていただけあるな」

 ヴォルフリックの動きを見て、感心した様子の近衛騎士団長。

「はい。見てお分かりのように、すでに上段の型に移っています。基礎がしっかりしているので、上達はかなり早いと思われます。それにすでにかなりの実力で。前回の任務で見せた戦いは驚くものでした」

 ヴォルフリックの実力について話しているフィデリオ。傭兵団員としてではない。元近衛騎士としてでもない。いずれとも異なる立場でフィデリオは話をしているのだ。

「……ギルベアト殿が育てた組織については分かったか?」

 近衛騎士団長がフィデリオを呼び出したのは、これを聞くためだ。彼は黒狼団、という名も分かっていないが、の情報を求めていた。

「……いえ。従士の一人ブランドがその一人であるという以外は何も。ラングトアに残ったままなのではないでしょうか?」

 そうであればフィデリオのあずかり知らぬところ。近衛騎士団長が別で調べるべき範囲だ。

「ラングトアの貧民街は燃えた」

「えっ?」

「傭兵団の仕業ではなく、裏社会の抗争が原因のようだ。ただその後、組織のメンバーと思われる者たちの存在はまったく確認出来ていない。唯一、それらしい者がいたが、殺されたようだ」

「……それも傭兵団の仕業ではないと?」

 実際にフィデリオはアルカナ傭兵団が行ったことであると疑っているわけではない。傭兵団は、少なくとも団長であるディアークはヴォルフリックを危険視していない。それをフィデリオは分かっている。

「そういう報告だ」

「そうですか……」

 はたしてその情報をヴォルフリックは知っているのか。知っているのだろうとフィデリオは思う。パラストブルク王国の任務でも、ヴォルフリックの仲間のものであろう影があった。
 どうやら情報を得る能力は近衛騎士団長より上のようだと思うと、フィデリオは少しおかしくなった。

「なんとか組織を見つけ出さなければならない。ギルベアト殿の長年の努力を無にするわけにはいかないのだ。分かっているだろう?」

「もちろんです」

 ギルベアトが育て上げた組織。近衛騎士団長はそう言っているが、はたしてそうなのか。戦い方を教えたのはギルベアトであっても、組織はヴォルフリックのもの。彼と仲間たちのものであって、ギルベアトの意思は込められていない。それをもうフィデリオは知ってしまっている。

「なにか情報があれば知らせろ。どんな些細なものでも良い」

「分かりました」

 この言葉に近衛騎士団長の焦りが見える。些細な情報も得られていない。そういうことなのだ。

「……彼は対抗戦では、どうなのだ?」

「もともと実力を隠す傾向にあります。それに対抗戦は所詮は練習試合という思いも見えますので、鍛錬のひとつくらいに考えて臨むはずです」

「そうか。分かった」

 少し安心した様子で近衛騎士団長はこの場を離れていく。フィデリオにはその様子が情けなく見えた。かつての上司、近衛騎士団の頂点にいる人物が、小人に見えてしまった。
 敬愛するギルベアトとは天と地。ただ、情けなく感じる理由はそれだけではないだろうとフィデリオは思う。比べているのはギルベアトだけではないと。
 ギルベアトは何故、死を選んだのか。漠然としていた考えが、ヴォルフリックに出会い、彼を知ることで明らかになってきた。ギルベアトはヴォルフリックを縛りたくなかったのだ。自らの志、そう思うこともなくなった、ギルベアト自身を縛るものから解放したかったのだ。自らが育てたヴォルフリックを。愛する息子を自由に羽ばたかせたかったのだ。
 自分はどうするべきなのか。フィデリオは悩む。彼を縛る鎖はまだ解けていない。