月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第25話 反乱の首謀者って大変そうだ

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ヴォルフリックは一人で城に向かった。ブランドは街の中で待機。ヴォルフリックに何かあった時に対処する役目。アインはこの街を出て、王都に向かっている。王都で情報を集める為だ。城内の様子を探ることは難しいが街の世間話からでも得られるものはある。パラストブルク国王と仲が悪い、そこまでいかなくて考え方に違いがある人物の噂などを仕入れられれば、また新たな真実が見えてくると考えてのことだ。
 城門で堂々とアルカナ傭兵団であることを名乗ったヴォルフリック。門衛の騎士が狼狽した様子から、アルカナ傭兵団がパラストブルク国王の依頼を受けたことはすでに伝わっているのだとヴォルフリックは判断した。
 それでもいきなり剣を向けられることはない。周囲を騎士に囲まれはしたが、案内されたのは城の大広間だった。城主がすぐに現れると告げられて、その場で待つヴォルフリック。
 周囲に立っている騎士の怯えが伝わってくる。アルカナ傭兵団に対する他国の騎士の反応は、今周りにいる彼らが敵であるということに関わらず、案外こういうものなのかもしれないとヴォルフリックは思った。
 やがて城主、ローデリカ=ナイトハルトが姿を現した。金髪を貴族家の女性としてはかなり短い肩の上で切り揃え、これも女性らしくない黒い騎士服を着た姿。戦時の、それも反乱側の大将であるのだから、おかしなことではないのだろうと思いながらも、ヴォルフリックは違和感を覚えている。

「……お待たせしました」

「いや、待っていない」

「……前触れもない突然の訪問で驚きました。アルカナ傭兵団の方が何の御用ですか?」

 ヴォルフリックの無愛想な反応に、少し戸惑いをみせたローデリカではあるが、すぐに背筋を伸ばして姿勢を整えると、用件を尋ねてきた。

「交渉に来た。最後の交渉というべきか」

「そうですか……」

 ローデリカの表情が曇る。最後の交渉という言葉で、アルカナ傭兵団が国王の依頼を受けたことが事実だと証明されたと考えたのだ。

「驚かないのだな?」

「えっ?」

「俺の用件が傭兵団への勧誘ではないと分かっているってことか」

 ローデリカの反応は落ち込み。勧誘を断ってきた彼女が、もう勧誘もこれが最後だと聞いて落ち込むはずがない。

「……戦時における情報の重要性は理解しているつもりです」

「なるほど。つまり情報を漏らした側の問題か。パラストブルク国王には注意を促したほうが良いな。情報を漏らした奴がいると」

「…………」

 ヴォルフリックの言葉を受けて、大きく目を見開くローデリカ。実に分かりやすい反応。情報を得るのは難しくなさそうだとヴォルフリックは判断した。

「さて、分かっているのであれば話は早い。アルカナ傭兵団はパラストブルク王の依頼を受けて、反乱討伐に団員を送り込むことになった。ただ反乱が起きた経緯については傭兵団も理解している。多くの血を流すことなく決着をつけられるのであれば、そうしたい」

「……多くの血を流さない決着というのは?」

「反乱参加者の投降。血を流す範囲については、こちらでは分からない。反乱を始めた人間。主導している者たちを把握していないからな」

「……反乱の主導者は、私ひとりです」

 命で償うのは自分一人。ローデリカはそう主張した。ただ、それを言う前に彼女の視線が自分から離れたことをヴォルフリックは見逃していない。誰かを庇っているのか。他に理由があってのことかは、この時点では分からない。

「それを判断するのは貴女ではない」

「では誰ですか?」

「決まっている。依頼主であるパラストブルク王だ」

「それは……それでは多くの血を流すことになります!」

 パラストブルク国王に判断をゆだねては、反乱に参加した全員が殺されてもおかしくない。そういう人物であることをローデリカは知っている。彼女だけではない。この場にいる全員、反乱に参加している全員が分かっていることだ。

「戦いを継続するよりはマシなのでは?」

「なんですって?」

「降伏しなければずっと戦いは継続することになる。最後まで降伏しなければ、全員死亡だ」

「……そ、それが、アルカナ傭兵団のやり方ですか?」

 震える声で、それでも視線をまっすぐに向けてローデリカは問い掛けてきた。正義は自分たちにある。その正義を踏みにじるようなやり方に怒りを覚えているのだ。

「さあ? 他のチームがどういうやり方を選ぶのかは知らない。俺ならそうするということだ」

「……貴方なら?」

 ヴォルフリックの話に戸惑うローデリカ。彼女はまだヴォルフリックが何者か分かっていないのだ。ヴォルフリックが名乗らなかったせいだが。

「傭兵団から派遣されたのは俺だ」

「貴方が……上級騎士なのですか?」

 ヴォルフリックの若さがローデリカの理解を遅らせている。恐れていたアルカナ傭兵団の上級騎士が、どう見ても自分より年下、せいぜい同い年くらいであることが信じられないのだ。

「一応、そういうことになっている。言いたくないけど、愚者の称号を押し付けられた」

「愚者……」

「知らないだろ? まだ新人だ。さて、それでどうする? 投降するか、戦うか?」

 考える時を与えることなく選択を迫るヴォルフリック。

「交渉の余地はなしですか?」

「交渉するとすれば、どの辺りを? 降伏か、最後まで戦って全滅するかの他に選択があるとは思えない」

「もうひとつあります。国王を討つという選択が」

「……それで何の解決になる? 復讐の連鎖を呼ぶだけだ。内乱は激しさを増し、さらに多くの人が死ぬ! それがお前たちの正義か!? 俺はそんな正義は認めない! この手で滅ぼしてやる!」

 ローデリカの考えを、声を高めて真っ向から否定するヴォルフリック。

「正義はあります! 国王さえいなくなれば! あの男さえ死ねば! それでこの国は良くなるのです!」

 それにつられてローデリカも声を大きくする。

「それは貴女たちだけが思っていることでは!?」

「そんなことはありません! 私たちの考えに賛同する人は大勢います!」

「多くの支持……なるほど……」

 考え込む様子を見せるヴォルフリック。その結果、どういう発言が飛び出してくるのか、ローデリカは気が気でない。アルカナ傭兵団と正面から対立することになれば、全てが終わってしまう。それが分かっているのだ。

「……結論をこの場で求めるのは止めておく。こちらも確認することがあるからな」

「そうですか……」

 まずはホッと一息。これでアルカナ傭兵団が味方になると考えるほどローデリカは楽観的ではないが、それでも時は稼げた。その稼いだ時で物事が動き出すのを期待することが出来る。

「じゃあ、今日のところはこれで」

「ここに留まるのではないのですか?」

 この場を去ろうとするヴォルフリック。ローデリカはその足を止めようと問いを投げた。

「ここにいては確認したいことが確認できない。それに俺がいつまで経っても戻らなければ、それで傭兵団は結論を下すことになるからな」

「そう、ですか……」

 ヴォルフリックを城に留めておくことは出来ないとローデリカは判断した。そう判断させる為のヴォルフリックの言葉だ。大広間の出口に向かうヴォルフリック。不意にその足が止まった。

「最後にひとつ質問。貴方は何のために戦っている?」

「私? 私は……この国をより良い国にする為に戦っているわ」

「父親の復讐のためではないと?」

「ええ。そうよ」

 ヴォルフリックをまっすぐに見詰めて、ローデリカは戦いが私情からのものではないことを断言した。

「……分かった。参考にさせてもらう」

 また出口に向かって歩き出すヴォルフリック。もうその足が止まることはない。そのまま案内、というより監視役の騎士を引き連れて城の出口に進んでいった。
 ヴォルフリックの姿が完全に見えなくなったところで、大きく息を吐くローデリカ。緊張が少し緩んだのだ。

「あのような者であれば恐れる必要はないのではないですか?」

 そのローデリカに向かって、騎士が意見を述べてきた。ヴォルフリックが想像していなかった若さであったことで、アルカナ傭兵団を恐れる気持ちが薄れたのだ。

「彼を討ってもまた次が来るだけです。それに……彼を甘く見ないほうが良いわ」

「何故ですか?」

「私の記憶が間違っていなければ、愚者はもともとノートメアシュトラーセ国王の称号だったはず。彼はそのあとを継いだのよ」

 少し勘違いが混じっているが、ヴォルフリックを過小評価しないのは正解だ。部下の油断を戒めるためであったとしても。

「皇帝のあと……」

 騎士の油断を戒めることは出来た。ただ薬が効きすぎだ。

「彼の相手は私がするわ。相手が何者であろうと負けはしない。私たちの志を邪魔することは許さない」

 騎士の恐れを振り払うために、ヴォルフリックの相手は自分が務めることを、改めて口にするローデリカ。では彼女の恐れは誰が払ってくれるのか。そんな者はいない。彼女の恐れは彼女自身がなんとかしなくてはならないのだ。現実に出来るかなど関係なく。

 

◆◆◆

 ローデリカを騙して、まんまと無事に城を出たヴォルフリック。すぐにブランドと合流して、そのまま街を出た。パラストブルク国王を討つという選択肢など考えるつもりはない。好きにしろと言われているが、さすがに依頼主を裏切ることは許されないはずだ。そうである以上は、変わらずナイトハルト家の城は敵地。用事を終えたあとまで、その場に残って、必要のないリスク負うヴォルフリックではない。

「何か分かった?」

 城を出て、討伐軍の陣地に向かう途中でブランドが首尾を尋ねてきた。

「期待していた以上のことが分かった」

「へえ」

「彼女は国王さえいなくなれば、この国は良くなると言っていた」

「つまり……次に国王になる奴は味方?」

 ローデリカの発言の意味。ブランドはヴォルフリックと同じ答えを考え付いた。

「そこまででなくても彼女が期待する政治をする奴だ。そいつを王にする為に彼女は立ち上がった。自分の命を犠牲にする覚悟をもって」

 次期国王は反乱の首謀者であるローデリカを許せるのか。普通に考えれば、それはない。彼女を許しては、自分が王になる為に反乱を起こさせたと周囲に思われることになるからだ。少し考えれば分かること。それでもローデリカは反乱を起こした。

「復讐だけが動機じゃない?」

「復讐したいなら、それこそ国王一人を殺せば良い。反乱なんて形を取る必要はないはずだ」

 軍勢同士の戦いなんて大掛かりなことをしなくても、復讐は果たせる。一国の王を暗殺するのは簡単ではないだろうが、それでも戦争という形をとるよりは確実。ヴォルフリックはそう思う。これは任務について話を聞いていた時から疑問に思っていた点だ。

「確かにね。そうなると国の為に命を捨てるなんて覚悟をさせたものは何かだね?」

「なんだろうな。これについてはビトーの調査に期待だな」

 ビト―はアインを名乗っていた仲間のこと。情報収集の為にパラストブルク王国の都に向かった仲間だ。

「でも、そういうことなら……ああ、だから時間稼ぎをしているのか」

 ヴォルフリックたちには茶番と思える討伐軍との偽装戦闘。それの意味がブランドは分かった。

「でも……彼女は疲れていたな」

 ヴォルフリックはローデリカの表情に深い疲労感を見た。

「反乱の首謀者って大変なんだ」

「戦いはない。結末が分かっていて、ただそれを待っているだけなのに?」

 普通に反乱を起こしているのなら疲れていて当然だとヴォルフリックは思う。だが今起きているのは普通の反乱ではない。目の前に展開している討伐軍もグルなのだ。

「いざとなったら死ぬのが怖くなった」

「それはあるかもな。ただ俺との会話の中では、自分一人で罪を背負うつもりの言葉があったな」

 それが本心かは分からない。時々、ローデリカは周囲をうかがっていた。その理由はヴォルフリックには分かっていない。

「そういえばビトーはまったく緊張感がないと言っていたね。その彼女だけが緊張感を持ち続けている。周りが知らない何かを知っているのかな?」

「逆に周りが知っていることを知らされていないのかもしれない」

「それって……なんだか分からないけど、そうだとしたら酷いね?」

「ああ、酷いな」

 ヴォルフリックの心に広がっていく不快感。ビトーが伝えた周囲の楽観的な雰囲気とローデリカが見せた悲壮感の差は何によって生まれているのか。この疑問がヴォルフリックの気分を悪くする。

「どうするつもり?」

 そのヴォルフリックの心情をブランドは感じている。ヴォルフリックがそんな気持ちになる理由も分かっている。その上でどういう選択をとるのかを尋ねているのだ。

「……まだ決めていない。まだ会うべき奴らがいるからな」

「とりあえず、あの中のどれかが最初の一人?」

 話しているうちに討伐軍の陣地に近づいていた。すでに相手側は近づく二人に気が付いているようで、陣の前に人が並んでいる。クローヴィスとフィデリオの姿も見えている。
 小高い丘に築かれている陣地に続く坂を上る二人。すぐに相手側の顔がはっきりと認識出来る距離になった。

「ヴォルフリック様! ご無事でしたか!?」

 クローヴィスの声。

「無事じゃなかったら、ここにいないだろ?」

 それにヴォルフリックは苦い顔だ。分かりきっていることを聞くなという思いなのだが、一応はクローヴィスに聞こえない声で話す配慮は見せている。要は恥ずかしいのだ。

「思っていたよりお早いお戻りでしたね?」

 フィデリオはただ感情的に声をかけるのではなく、疑問点を問い掛けてきた。早い戻りは必ずしも良いことではないと考えているのだ。

「警戒はゆるゆる。街の中は見放題だ」

「そうでしたか……得るものはありましたか?」

「たいしてないな。士気はそれほど高く見えなかった。規律も、あれなら傭兵団のほうがマシ。城はそれなりに堅牢に見えたが、それでも落とせないほどではない。一言にすると弱い」

「……なるほど」

 ヴォルフリックの説明に戸惑いを見せるフィデリオ。思っていたような内容ではなかったこともあるが、それ以上にこの場にはその弱い反乱勢力と戦い続けている討伐軍の指揮官がいるのだ。相手がどう感じるかを考えて、気まずさを覚えてしまう。

「アルカナ傭兵団の方にはそう見えるのですか。さすがはというところですな」

「誰?」

「……私は討伐軍の指揮官を務めているニコラオス。貴殿がアルカナ傭兵団のヴォルフリック殿ですな」

「ああ、初めまして……指揮官には弱くは見えない?」

 軽く相手を不快にさせた上で、話を始めるヴォルフリック。すでに自分は不快な思いをしているので、これであいこという思いだ。

「どのような相手であっても油断するつもりはありません。ましてナイトハルト男爵家は武門の家。よく鍛えられておりますな」

「そうか……じゃあ、このまま戦い続けていても勝てないと思っている?」

「いや、それは……陛下に求められているのは勝利。そのご期待に応えるつもりだ」

 勝てないなんてことは口に出来ない。指揮官を拝命する時に勝利を誓っている。それが嘘だったということになってしまう。

「もしかして俺たち邪魔か? 自分たちだけで勝てるのに、なんて思っている?」

「……正直に言えば、もっと信頼していただきたかったという思いはある。他者の力を借りることを喜ぶようでは、陛下から将軍位を預かる資格はないからな」

 差しさわりのない答え。ただ、隙を見せない人物だと思っているのはクローヴィスとフィデリオだけだ。

「じゃあ、もうしばらく任せる」

「何?」

「俺たちはパラストブルク国王に挨拶をしてくる。任務を受ける最初に行うことだからな。戦いに加わるのは戻ってきてから。それまでに決着をつけられれば、指揮官の望む通りになるな」

「……分かった」

 ヴォルフリックたちが現地を離れることについてはニコラオスも望むところ。行ってきたはずの王都にまた向かうというヴォルフリックの説明に疑問は感じても、文句はない。
 ニコラオスの返事を聞いたところで、ヴォルフリックはすぐに動き出した。パラストブルク王国の都に向かって。