月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第24話 まずは聞き込みから

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 パラストブルク王国に到着したヴォルフリックたち。まずは王都にある城に行って、依頼主であるパラストブルク国王にご挨拶、なんてことは行わない。国境を抜けたところで王都に向かう街道から外れ、まっすぐに東に向かって進んでいった。たどり着いた先はナイトハルト男爵領に隣接する貴族領の街。そこで宿をとって数日過ごすことになった。
 クローヴィスとフィデリオにはこの場所で過ごす目的が良く分からない。ヴォルフリックとブランドの行動から情報収集をしているのであろうことが分かるくらいだ。

「何人かに聞いてみたが、ナイトハルト男爵領を通過して隣国に向かうことは出来そうだ。ただ、パラストブルク王国の人間ではない場合にどうなるかは分からない」

 宿の食堂でこれまで調べてきたことを話すヴォルフリック。

「……まさか、ナイトハルト男爵領に入るつもりですか?」

「攻める場所を確認しておくことは大事だ」

「戦いはほとんど街の外で行われています。城の様子を調べる必要があるとは思えません」

 渡された資料には、戦いは全て野外で行われていると書かれてあった。戦場を調べるのに街にまで入る必要はないとクローヴィスは訴えたのだが。

「それはそこまで追い詰めていないからだろ? 野戦では負けるとなれば、城にこもるに決まっている」

「そうかもしれませんが……素性が知られたらどうするつもりですか?」

「素性が知られたらマズイのか? 傭兵団は過去に何度か接触しているはずだ」

 アルカナ傭兵団は特殊能力保有者であるローデリカを勧誘する為に、何度も接触している。本来であれば傭兵団であることが知られても、問題にはならないはずなのだ。

「……傭兵団の決定を知られていなければですか」

 ヴォルフリックの言う通り、傭兵団がパラストブルク王国の依頼を引き受けたと知られていなければ、敵とは思われないかもしれない。すでに情報が伝わっていることを知らないヴォルフリックたちでは、こういう考えになる。

「依頼をしていることは知られている可能性がある。傭兵団の一員だと知られれば、自由に行動出来ないかもしれないな」

「どうするつもりですか?」

「まだ決めていない。もう少し情報が集まってから考えようと思っている」

「具体的には何を知ろうとしているのですか?」

 戦場になるナイトハルト男爵領に近いとはいえ、この街はそれほど大きな場所ではない。こんなところでこれ以上、何の情報を得られるのかクローヴィスには疑問だった。

「説明はまだ途中だ。近隣の人々はナイトハルト男爵領に割と自由に出入りしているようだ。城にもだ。反乱が起きている場所に、普通近づこうと思うか?」

「思わないはずです」

「資料に書かれていた以上に、戦いは停滞しているのかもしれない。もしかすると今はまったく行われていない可能性もある」

「……そんなことがあり得るのでしょうか?」

 反乱鎮圧の為に軍が出ているはず。もし本当に戦いが行われていないのだとすれば、その軍は何をしているのか。クローヴィスも疑問に思う。

「この反乱はなんかおかしい。反乱が起きている現場なんて来るのは、これが初めてだけど、それでも変だと思う」

「もし考えている通りだとして、パラストブルク国王はその状況を知っているのでしょうか?」

「どうだろうな? 知っているのであれば傭兵団に面倒事を押し付けようとしているだけかもしれない。でも、そうじゃなければ? 国王の討伐命令を無視しているのは誰だ?」

 もし戦いが本当に行われておらず、それを国王が知らないのだとすれば、誰かが国王の命令を無視している、もしくは無視させているということになる。しかも恐らくは国王側の誰かが。

「……なんか、嫌な予感がしてきたのですけど?」

「いまさら? 俺なんか初めから嫌な予感しかしていない。ただここまでの話はあくまでも推測。これが事実か裏付けを取るには?」

「……まずは現地で情報を集めることですか……集められるのであれば」

 ヴォルフリックの考えが少しクローヴィスにも理解出来た。国王の命令を無視して討伐戦を止めている者は現地にいる。本人の意思か、誰かに指示されたかは別にして。ただ、それを聞いたからといって認めるとは思えない。ヴォルフリックたちは反乱を鎮圧する為に国王に雇われた身なのだ。

「そういった奴がいるとして、何故そんな真似をしているのか知ることも必要だ。指揮官だけの考えではなく、それが軍全体の意思であるとすれば、俺たち背中から刺されることになるからな」

「……最悪」

 現場は全て敵だったなんてことであれば、反乱を鎮圧することなど出来るはずがない。とんでもない任務に送り込まれたかもしれないと分かって、クローヴィスは目の前が暗くなった気がした。

「慎重になって良かった。皇帝の奴が好きにしろなんて言うから、怪しいと思ったんだ」

「はい? 今なんて?」

 ヴォルフリックの言葉の中に、クローヴィスが聞き流せない言葉があった。

「慎重になって良かった」

「そのあとです」

「怪しいと思ったんだ」

「わざとでしょ? 陛下が好きにしろと言ったのですか?」

「そう。部屋に来た日、最後にそう言って帰っていった。わざわざそんなことを言い残すなんて何かあると思っていたけど、想像以上かもしれないな」

 自由裁量が許されるほど難しい任務。さらにディアークは選択次第では多くの人が死ぬことになるとも言った。その意味はまだヴォルフリックには分かっていない。

「……それでどうするつもりですか?」

「だから、まだ決めていない。まだまだ情報が足りないって言っただろ?」

「では集めましょう。どこからにしますか?」

 状況は見えてきた。それあればより正確な状況を掴む為に、自分も情報収集に積極的に取り組もうとクローヴィスは考えたのだが。

「まずは……待つことかな?」

「はっ?」

 ヴォルフリックの言葉で躓くことになった。

「待つって言っても何日も待つ必要はない。今日あたり来ると思っているくらいだ」

「何が……?」

「情報が……ああ、あれかな? そうだとすればタイミングを図っていたみたいだな」

 ヴォルフリックが待っていた情報。それが届いたと聞いて、クローヴィスはヴォルフリックの視線に自分のそれを合わせた。その彼の目に映ったのは……小さな女の子。テーブルに隠れてしまうくらいの小さな女の子が、ちょこちょこと歩いて近づいてきていた。
 まさか、と思ったクローヴィスだが、その女の子はまっすぐに彼らがいるテーブルに向かってくる。

「はい」

 ヴォルフリックに向かって手を差し出してきた女の子。その手には紙が握られていた。

「ありがとう」

 それを受け取り、御礼を告げるヴォルフリック。だが女の子の手は伸ばされたままだった。

「ああ、お駄賃ね。はい、どうぞ」

「……ありがと」

 ヴォルフリックから小銭を受け取った女の子は嬉しそうに駆けていく。その様子を呆然と見つめていたクローヴィスだが。

「……あの女の子はなんですか!?」

 ふと我に返って、ヴォルフリックに女の子の素性を尋ねた。

「さあ? 近所の女の子じゃないか?」

「近所の女の子……その子が情報を?」

 そんなはずはない。女の子は頼まれただけだ。ロートが現地に送り込んだ仲間から情報をヴォルフリックに渡すように。渡された紙を広げて、書かれている内容を読み始めるヴォルフリック。その表情は少しずつ険しいものに変わっていく。

「……何が書かれているのですか?」

 良い情報ではないようだとクローヴィスは、ヴォルフリックのその表情から判断した。

「……死んだナイトハルト男爵は騎士でもあって、その能力は高く評価され、人望も集めていたそうだ。その死には軍部の中でも納得していない奴が多いらしい」

「討伐軍の中にそういう人がいるということですか?」

「恐らくは。これが戦いが停滞している理由かな?」

 討伐軍の中にナイトハルト男爵の死に同情する者が多ければ、まともに戦おうとしないかもしれない。だがそうだとすれば現地の軍勢は、想像していた通り、ヴォルフリックたちの敵だということになる。良い情報ではない。

「反乱にはナイトハルト男爵家の騎士以外も参加している。首謀者であるナイトハルト男爵の娘はそいつらに担がれたようだな」

「……王国の騎士は、すでに割れているということですか?」

「形としては。ただ……いや、今はまだ分からないか」

 何かを言いかけたヴォルフリックだったが、最後まで話すことはせず、結論を先延ばしにした。届けられた情報は信頼している。だが、細かなところは実際に見て、感じ取らなければ分からないと考えたのだ。

「城に行く」

「それは、どちらの?」

「ナイトハルト男爵の城に決まっている。城に入る手はずは整っているから危険はない。ただし、行くのは俺とブランドだけだ」

「何故ですか!?」

 自分は置いてけぼり。それに憤慨するクローヴィスであったが。

「お前とフィデリオさんからは騎士というか、誰かに仕えている人の匂いがする。一緒にいると俺たちまで怪しまれる」

「またその理由ですか……」

 以前の任務の時と同じ。表社会の人間であることが丸出しの二人は、酒場の潜入に同行することが許されなかった。今度も少し理由は違うが、同じことだ。

「討伐軍と反乱側が通じているのであれば、傭兵団が依頼を受けたことはバレていると考えるべきだ。フィデリオさんはいかにもって感じだし、クローヴィスは庶民を演じられないだろ?」

「…………」

 不満はあるが出来るとも言えない。黙り込んで抵抗を見せるしかないクローヴィスだが、そんなものをヴォルフリックが気にするはずがない。ただ二人には別の仕事が与えられた。討伐軍の側に向かって、傭兵団の本隊が王都に寄ってから戦場に現れると告げること。嘘をつくだけではない。討伐軍の人たちは自分たちにどういう感情を持っているか、軍を掌握しているのは誰なのかを見極めるという仕事もある。それなりにクローヴィスも満足出来る内容だ。
 二手に分かれることになったヴォルフリックたち。これでヴォルフリックは、さらなる行動の自由を得たことになる。

 

◆◆◆

 クローヴィスたちと別れたヴォルフリックとブランドは、あっさりとナイトハルト男爵領の城に入った。身分証はベルクムント王国の王都ラングトアにある商家の使用人。以前から手に入れていた偽の身分証だ。さすがに身元確認の為の聞き取りは、かなり面倒なものであったが、もともと用意していた答えを使って、怪しまれることなく城内に入ることが出来た。実際のところ、形通りの聞き取りを行うだけでそれを行う門番の警戒心は薄い。それは先に仲間が潜入する時に分かっていたことだ。
 門をくぐったあとは、あらかじめ決められていた待ち合わせ場所に向かう。一階が食堂になっている宿。どこにでもあるような宿だ。

「おっ、久しぶり」

 ヴォルフリックたちの姿を見つけた仲間が声をかけてきた。演技ではない。実際に久しぶりに会うのだ。

「元気そうだな、アイン。調子はどうだ?」

「まあまあかな。お前らを待っている間、ゆっくりと出来たからな」

「俺が聞いているのは商売のほう。元気なのは顔色を見れば分かる」

 ここからは演技の時間だ。同じ商家に勤める使用人が、それぞれの仕事の結果を確認し合うという設定の。

「それをもう聞くか……俺の行ったフェルゼンハイト王国は厳しいかな。売れるものはありそうだけど、それも他の街の規模に比べれば小さい。仕入れに関しては全くだ」

「俺のほうも似たようなものだ。販路開拓が出来たとしても、旦那さまの納得するような商売は出来そうにない」

 それぞれ自分の仕事が不調であったことを話すアインと名乗っている仲間とヴォルフリック、

「なんだ? 上手く行きそうなのは僕だけ?」

 一人ブランドだけが仕事の成功を告げてくる。

「そうなのか?」

「まあね、詳しいことは……まあ、聞いて」

 ここで一気に声のトーンを落とすブランド。儲け話を人に聞かれないようにするのは当たり前のこと。ひそひそ話を始めた三人を怪しむ人は誰もいない。

「その後、何か分かったか?」

「少しだけ。ここに戦場の緊張感がないのは間違いない。実際にこの一ヶ月以上、戦闘は行われていないと聞いた。反乱が始まったばかりの頃に逃げ出していた街の住民たちも今ではほとんど戻ってきているようだ」

 街は正常な活動を取り戻している。それによって周辺との往来が復活し、こうしてヴォルフリックたちも街の中に入れたのだ。

「戦闘が行われなくなった理由は分かったか?」

「討伐軍の指揮官が三ヶ月前から変わっている。それ以前はそれなりに激しい戦いが行われていて死者も出ていたという話だから、かなり怪しいな」

「それでも二ヶ月は戦闘は行われていたのか……この辺りの事情は分かるか?」

「死者の出ない戦いだ。形だけのものであった可能性がある」

「それはあるな。ただ……さすがにバレないか?」

 形だけの戦いではなんの戦果も得られない。それでパラストブルク国王が納得するのかがヴォルフリックには疑問だった。前任者が何故、交替させられたのかは分からない。だが反乱鎮圧がうまく進まないことが理由であれば、後任も交替させられる可能性がある。そうなっては都合が悪いはずだ。

「それについては、ちょっとした情報がある。商売のネタを探している振りをして聞き込みをしていたのだが、この街では鉄の需要があるようだ」

「鉄……武器が必要ってことか?」

 戦時中であれば当たり前のことのようにヴォルフリックには思える。それをとっておきの情報のように話す理由が分からない。

「そう考えるのが普通なのだけど、少し前からやたらと鎧の注文が増えているという話だ」

「同じだろ?」

「反乱側の戦力は増えていないのに?」

「鎧を身に着ける人間が増えていないのに、鎧を作っている? 戦力増強の目途があるのであれば理由になる。でも、そうじゃなければか……」

 鎧だけを増やす理由。反乱側に加わる人間が増えることを見込んでのことでなければ、何なのか。それをヴォルフリックは考え始めた。

「鎧はナイトハルト男爵家のもの。それを身に着ければナイトハルト男爵家の騎士だ」

 だがヴォルフリックが考え付く前にアインが答えのヒントを出してきた。

「……死体は?」

「戦果を証明する為に、わざわざ全部の死体を王都まで運ぶと思うか?」

「……茶番だ。しかも、いつまでも続かない」

 戦果を得ているように偽装する為に、作った鎧を王都に送る。それを信じていれば、反乱は規模を拡大していると思い込むことになる。だが、いつまでも通用するかと考えればそんなはずがない。あまりに数が多くなり過ぎれば、必ず疑問を持つはずだ。

「その通りだと思う。そこまで協力し合うのなら、いっそのこと反乱側に味方すれば良い」

「それをしない理由……実際に味方が増えるのを待っているのか……他の何かを待っているのか、か」

「他の何かとは?」

「別に黒幕がいて、そいつが決着をつけるのを待っている可能性。もし、そんなやつがいるとすれば……王都にいるのだろうな」

 今のようなことをやっていても決着がつくことはない。それが起きるとすれば戦場とは別の場所。パラストブルク国王がいる場所だとヴォルフリックは考えた。

「別に黒幕か……それに繋がるような情報はないな」

「いるとしても、その事実をどこまでが知っているかだな。普通に考えれば一握りの人間だけ。反乱側と討伐側それぞれの頭か」

 もし考えている通り、本当の黒幕が別にいるとしてもそれを知る者は少ない。その情報が国王に漏れた途端に、計画は破綻するのだ。ヴォルフリックにはすでに破綻しているように思えているが。

「調べてみるか?」

「そうだな……同じ調べるのであれば、確実に知っていそうな奴に当たるか」

「確実に知っていそうな奴?」

「ローデリカ=ナイトハルト。反乱の首謀者とされている女だ」