月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第23話 誤算、の一言で終わらせられるものではない

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 任地であるパラストブルク王国に向けて、出発するヴォルフリックたち。その様子はとても任務に向かう傭兵団には見えない。かろうじて腰に携えている武器が、彼らが傭兵であると認識させるものであるが、それ以外はただの旅人と同じ。元近衛騎士であるフィデリオさえも騎士である、今は従士という身分だが、とは感じさせない格好をしている。
 先頭を進むのはヴォルフリック。その斜め後ろにブランドが、さらに後ろに馬を引きながらクローヴィスとフィデリオが歩いている。馬を引く二人が一番後ろを歩いているのは自然なことではあるが、ヴォルフリックにとっては都合の良い並びである。
 後ろを歩く二人には聞こえないように小さな声でぶつぶつと呟きながら歩くヴォルフリック。独り言ではない。その呟きを耳で捉えている人がいるのだ。ヴォルフリックたちが進んでいる、ずっと先のほうで。

「……目的地はパラストブルク王国。そこで起きている反乱の鎮圧に向かうみたい」

 ヴォルフリックの呟きを言葉にするエマ。すぐ横にいるロートに聞かせる為だ。

「現地の情報を知りたいって。とくに庶民の声。反乱についてどう思っているか。あとは反乱のきっかけになった事件についてとか」

「いきなり俺たちを使うか……それが必要な仕事だってことだな」

 この街に拠点を築いたロートたちだが、今はまだ住処を確保した程度のこと。本当の意味での拠点、この街に根を張るのはまだまだこれからだ。それはヴォルフリックも分かっているはずで、そうでありながら仕事を頼むことの意味をロートは理解している。

「難しい仕事なの?」

「今はまだ分からない。ただ……敵を殺して、それで終わりというものではないのだろうな」

 世間の評判をヴォルフリックは気にしている。黒狼団ではなかったことだ。逆に悪評が立てば立つだけ、周囲を恐れさせ、敵対するのを躊躇わせることが出来ると考えていたくらいだ。

「……あとは、反乱側の様子。首謀者は周りからどう思われているかとか。反乱を起こしていることそのものへの考えとか。どうしても必要な情報ではないから、無理しなくても良いとは言っている」

「潜入ってことになるのか……どこまで人の出入りを制限しているかだな。これも現地に行かなければ分からない」

「来た」

 歩いてくるヴォルフリックたちの姿がはっきりと見えるようになった。そのヴォルフリックに、顔はエマに向けたまま視線だけを動かしてロートは合図を送る。指示を受け付けたという合図。そして誰を向かわせるつもりかの合図。黒狼団の仲間たちの間だけで通じる手話のようなものだ。
 それに対して、ヴォルフリックもさりげなく確認の合図を返す。それと同時に動く唇。

「…………」

「シュバルツはなんて?」

 その呟きを言葉にしようとしないエマに、ロートはなんと言ったのかを尋ねた。

「……秘密」

「おい?」

「冗談。行ってくるって言っただけ」

「…………」

 本当にそれだけか疑わしく感じてしまうロート。だからといって追及する気にもなれない。ヴォルフリックではまずあり得ないが、自分のほうが恥ずかしくなるような言葉は聞きたくないのだ。
 そう思う一方で、それくらいの関係になっていて欲しいという気持ちもある。アルカナ傭兵団が現れたことによってヴォルフリックの運命は動き出した。それは間違いないことだとロートは思う。だがそれは果たしてエマにとって良いことなのか。貧民街の悪党団のリーダーで収まっていてくれたほうが良かったのではないか。こんな風にも思ってしまうのだ。

 

◆◆◆

 動き出した運命はヴォルフリックだけでなく、その周囲にいる人々も巻き込んでしまう。今は遠く離れていても、それに変わりはない。
 まだ夜が明けきっていない空が真っ赤に染まって見える。朝日の光ではない。地面から立ち昇っている炎が人々の視界を赤く染めているのだ。未明に起きた火事は、またたく間に貧民街全体に広がっていった。歓楽街に近い側では多くの人が出て、懸命の消火活動が行われているが、その反対側、貧民街の奥のほうは、ただ燃えるに任せるがままだ。燃えやすい建物ばかりで火の回りが早かったということだけでなく、そもそも消火に使えるだけの水源がないのだ。

「……全焼ってやつだね?」

 その様子を呆然と見ていたピークが、ぽつりとつぶやいた。ろくでもない場所であるが、彼にとっては生まれ育った場所だ。思い入れがないわけではない。

「歓楽街を除いてな」

 その呟きにカーロが応えた。

「もしかして放火を疑っている?」

「もしかしなくても疑っている。火は複数の場所から、ほぼ同時に出た。それに、歓楽街の奴らの反応が早すぎる。夜明け近くだぞ? いつもの奴らであれば、疲れて泥のように眠っているはずの時間だ」

 夜遅くまで営業している歓楽街。営業を終えてから、さらに後片付けなどがあるので、働く人々が眠るのは日付が変わって、さらにかなり経ってからだ。いつもであれば昼くらいまで熟睡している人々が、素早く起き出して消火活動に参加している。怪しく思わないほうがおかしい。

「なめられたものだね?」

「ああ、シュバルツとロートがいなくなった途端にこれだ。黒狼団にはあの二人しかいないとでも思っているのだろうな」

「それって、いなくなったことが知られたってことだよ?」

 黒狼団の実態は知られていなかったはず。リーダーがシュバルツで副リーダーがロートであることだけでなく、さらにその二人がこの場所を出ていったことまで知られているというのは、驚くべきことだ。

「それがなめられているってことさ」

「裏切り者か……どうするの?」

「あぶり出すさ。そう難しいことじゃない。こんなふざけた真似をして、そのまま残ることはしないはずだ。寝返ったほうが良い思いが出来る。そう考えての行動だろうからな」

 裏切り者はすぐに次の行動に移るとカーロは考えている。燃え尽きた貧民街を再建する為に汗を流すことなどないと。近々、歓楽街の裏社会と接触する者がいれば、そいつが裏切り者。もっとわかりやすく、裏社会の一員になる可能性も高い。簡単な答えだ。

「まさか、それだけで終わらないのだろ?」

 クロイツはただ裏切り者を殺すだけで終わらせる気はない。それは他の仲間も同じだ。

「貧民街の居場所を燃やされたのであれば、他の場所に居場所を作るのも手だな」

 貧民街を燃やしたくらいで黒狼団は崩壊すると思っている。そんなふざけた考えにカーロは怒りを覚えている。そうであるなら場所なんて関係ないと相手に知らしめてやりたい。黒狼団の繋がりは育った場所を失ったくらいで弱まるものではないと思い知らせてやりたいと思っているのだ。

「歓楽街を乗っ取るのか?」

「それだけじゃあ、面白くない。それに人は正体の見えないものを恐れるもの。こう教わっただろ?」

 歓楽街の裏社会はカーロたちにとって正体不明の存在ではない。裏といいながら顔が見える者たちなのだ。その者たちに成り代わるつもりはカーロにはない。圧倒的な力があるのであれば、その選択肢もなくないが、そうではないのだ。
 人は正体の見えないものを恐れる、はシュバルツの言葉。自分たちの力を過大評価させ、手出しするのを躊躇わせる為には組織の実態を徹底的に秘匿しなければならないと決めた時の言葉だ。

「じゃあ、どうする?」

「それはこれから考える。ただ、歓楽街の奴らをこのままにしておくつもりはない」

「せめて頭くらいは、とっとと潰しておくか?」

「ただ潰すだけじゃあ、面白くない。俺に考えがある。乗るか?」

「面白ければ」

 ラングトアの貧民街に残された仲間たちは、動き出した運命に翻弄されるのではなく、自分たちの足で歩みだそうとしている。彼らにも彼らの運命がある。シュバルツの運命と、時に歯車のように噛み合いながらも、それぞれ動いていくのだ。

 

◆◆◆

 パラストブルク王国東部。他国との国境にほど近い場所にナイトハルト男爵家の城はある。まだ中央諸国連合が出来上がる前、大陸中央部でも戦乱が巻き起こっていた頃、他国の侵攻を阻む最初の防衛拠点としての意味を持っていたナイトハルト男爵家の城。ナイトハルト家も元々は一騎士であったのが、武功を重ねて男爵位を与えられた武門の家だった。
 だがそれも過去のこと。今、公式にはナイトハルト男爵家はパラストブルク王国に存在していない。不敬の罪で当主は死罪となり、その時に取り潰されたのだ。
 それでも人々はその城をナイトハルト男爵家の城と呼ぶ。城の頂きに翻る旗も、変わらずナイトハルト男爵家の旗だ。

「……アルカナ傭兵団が動いた?」

 部下の報告に驚いているのは現当主ローデリカ=ナイトハルト。当主は自称であり、公式には反乱の首謀者。犯罪者だ。

「はい。そういった報告が届いております」

 どこからとは部下は言わない。まだヴォルフリックたちがパラストブルク王国に入る前から、この情報は反乱側に届けられた。それが出来る秘密の情報源を持っているのだ。

「それは我々に味方する為ではないのでしょうね?」

 求める答えは返ってこないと分かっていても、ローデリカはこの問いをを口にしないではいられなかった。

「……王国からの依頼を引き受けた結果、とのことです」

「そうですか……傭兵団が国王の側につくのですか……」

 正義は自分たちの下にある。愚王に味方をして、世間の評判を落とすような真似をアルカナ傭兵団はしないだろうとローデリカは考えていたのだが、それは甘い考えだったことを思い知ることになった。
 これが戦況にどのような変化をもたらすのか。良い方向ではないことだけは、間違いない。

「いかが致しますか?」

「……私たちのやることは変わりません。敵が攻めてくるのであれば、それを討つ。傭兵団が加わったとしても同じです」

 戦い続けるしかない。アルカナ傭兵団が敵に回ったからといって、引き下がるわけにはいかない。国に背いたからには、降参しても待っているのは死なのだから。

「これまでのようにはいかないのでしょうか?」

 部下の表情には不安が見える。これまで苦しい戦いはそれほどなかった。あったとしてもローデリカの力でなんとかなってきた。だがアルカナ傭兵団が敵に加われば、これまでのようにはいかない。それは分かりきっていることだ。

「そうですね……傭兵団の相手は私がすることになりますが、それ以外の戦いでは皆に頑張ってもらう必要がありますね」

「ご期待に応える戦いをお見せ致します」

「期待しています。あとは何か新しい情報はありますか?」

「いえ、ありません」

「そうですか……分かりました。ありがとう」

 報告を終えて、部屋を出ていく部下。部屋の扉が閉められたところで、ローデリカはため息をついた。届いたのは悪報だけ。期待していることは、何も実現していない。だからといって落ち込む様子を部下に見せるわけにはいかない。味方の士気を落とすような真似は慎まなければならない。優れた武人であった父親から教わったことだ。
 では、いつどのようにして自分の不安を振り払えば良いのか。それを聞くことは忘れていた。父親が不安に襲われている姿など、当時のローデリカは想像出来なかったのだ。

「アルカナ傭兵団の上級騎士……私は勝てるのだろうか……」

 二大国と互角の戦いを続けている、実際は全面衝突はなく、互角に戦っていると評価出来る状況にはなっていないのだがローデリカはそう思っている、アルカナ傭兵団を敵に回して勝てるのか。勝てると言える自信などローデリカにはない。

「……死ぬ……覚悟は出来ているはず……」

 反乱を起こす段階で死の覚悟は出来ていた。だが戦いを続けている中で、自分は何のために死ぬのか分からなくなってきた。
 こんなはずではなかった。叫び声をあげてしまいたかった。だがそれは許されない。

「どうして……迎えにきてくれないの……」

 今、ローデリカに許されるのは声を忍ばせて泣くだけ。それもそう長い時間ではない。いつ部下が部屋に入ってくるか分からないのだ。
 では夜になれば、好きなだけ泣けるのか。想いを全て吐き出すことが出来るのか。そうはならない。夜の闇はローデリカの心に住む孤独感を増大させる。いくら想いを吐き出しても尽きることなく湧いてくる苦しさに、全てを終わらせてしまいたくなる恐怖の時間なのだ。