月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第19話 俺にそんな趣味はない

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ヴォルフリックが独房に入れられていたのは二週間。長すぎず短すぎず、軍法会議での彼の発言が人々に広まり、それに対する様々な反応が盛り上がりを見せ、そこから静まるまでの期間としては適当だ。傭兵団の上層部は、人々の反応をそれとなく観察し、その状況を見てヴォルフリックを独房から出す時期を決めたのだ。
 そのヴォルフリックが独房を出て、最初に行ったのは身支度を整えて、城に行くこと。周囲も驚きの、アデリッサからの招待に応じることだった。

「聞きましたよ。かなりの暴言を吐いたそうですね?」

 ヴォルフリックを迎えたアデリッサの第一声がこれだ。軍法会議での様子を息子のオトフリートから聞いて知っているのだ。

「暴言を吐いたつもりはない。思ったことを口にしただけだ」

「それが陛下に向かって、貴方では世の中を変えることが出来ない、ですか? 普通の人はそれを暴言と言うのです」

「俺からしてみれば、世の中を変えられると思っているほうが驚きだ。大陸ではもう何百年も争いが続いているじゃないか。犯罪者が世の中に生まれたのは何年前だ? 遥か昔であることは間違いないはずだ」

 戦乱の世は、ずっと激しい争いが続いているわけではないが、何百年も続いている。犯罪がいつ生まれたかとなれば、それは人類の歴史レベルの期間だ。犯罪という概念が生まれた時期でさえ、遥か昔のことだろう。
 そんな一人の一生よりも遥かに長く変わってこなかった世の中を、自分たちであれば変えられると思えるほうがおかしいとヴォルフリックは考える。

「限られた一生の中でも、何かを成し遂げたいと思う気持ちは大切です」

「すべてを否定しているわけじゃない。俺たちにだってやろうとしていることはある」

「それはどのようなものなのですか?」

「……もう少し、俺たちが暮らしやすい世の中にすること?」

「……それは陛下の志とどこが違うのですか?」

 ヴォルフリックの目指していることも今よりも良い世の中にすること。そうであればディアークの考えを否定するのはおかしいとアデリッサは考えた。

「俺のはもっと身近な問題。住んでいる場所をもっと暮らしやすくするとかだ」

 貧民街の孤児たちが安心して暮らせる場所。大人たちや表の世界がもたらす脅威から身を守ることがヴォルフリックたちの目的だ。

「ベルクムント王国の貧民街で暮らしていたのでしたね……貧民街を出るほうが早いのではないですか?」

「その場所でしか生きられない人もいる。出ていくってことはそういう奴らを見捨てるってことだ」

 貧民街を出られるのであれば、喜んで出ていく。ただ住まいを移すということではなく、表の世界で生きる術を手に入れなくてはならないのだ。それが出来ないから、表の世界で居場所を失ったから貧民街で暮らしているのだ。

「……貴方という人は、難しい人ですね?」

 当初聞かされていたヴォルフリックの印象と、実際に会って話をしたあとの印象は大違い。何故そのようなことになるのか、アデリッサは不思議だった。

「ああ、似たようなことを、たまに言われる。どうしてだろう?」

 良く分からないというのは、周囲からよく言われる台詞。そんなことを言われても、本人には理由なんて分からない。

「太陽を暑いと感じる時もあれば、温かいと感じる時もあるからね」

「まあ、ブランド殿は詩人ですね?」

 ブランドの表現を褒めるアデリッサ。

「シジン?」

 ただブランドには褒められたことが分からない。

「……オトフリート。黙っていないで、貴方もお話をしたら?」

 ブランドの疑問を流して、アデリッサはオトフリートに会話に加わるように要求した。結局、またオトフリートも同席しているのだ。

「話せと言われても話すことなどありません」

「あるでしょう? 敵の罠を暴けたのはヴォルフリック殿のおかげではありませんか」

 ヴォルフリックがこの場に招かれたのはこれが理由。オトフリートが危険を回避出来たことへの御礼の意味があるのだ。

「それは…………感謝している」

 とても感謝の言葉を述べているとは思えない、苦虫を噛み潰したような顔を見せているオトフリート。感謝の気持ちがないわけではないのだが、悔しいと思う気持ちのほうが強いのだ。

「感謝されるようなことしたか?」

「……同じ罠が仕掛けられていた」

「ああ、火薬の罠な。あれは偶然。まさかアジトごと爆発させるとは思っていなかった」

 敵の怪しい動きを、とっさに防いだヴォルフリックだったが、まさかアジトごと爆破させるような真似をするとは考えていなかった。盗賊たちも爆発に巻き込まれているのだ。

「あれは何なのだ?」

「何って、火薬の罠って言っただろ?」

「カヤク?」

「えっ? 火薬を知らない……ああ、そういうことか」

 オトフリートは火薬を知らなかった。それに驚いたヴォルフリックだったが、ちょっと考えれば分かることだ。

「ああ、そうか、で終わらせるな」

「そうだな。火薬というのは火がつくと爆発する粉のこと。火のクスリと書いて火薬。軍事機密扱いになっていたから、もしかするとベルクムント王国だけの知識なのかもしれないな」

「……軍事機密を何故、お前が知っている?」

 軍事機密を何故、貧民街で暮らしていたヴォルフリックが知っているのか。それをオトフリートは疑問に思った。

「たまたま入手したから」

「だから何故?」

「そういうのは聞かないものだろ?」

「お前……」

 なんらかの不正な手段で手に入れたのは間違いない。だが軍の機密にまで手が届くというのは普通ではない。ノイエラグーネ王国にも諜報組織はある。小さな組織ではあるが、プロの間者たちが探っていて、入手出来ていないはずの情報なのだ。

「俺もそういうものがあると知っているだけだ。作り方までは知らない。そうか……つまり、これまで使ったことがなかったってことか」

 ノートメアシュトラーゼ王国がその存在を知らないということは、これまで使われていなかったということ。今回、それが罠に使われた。これが示すことは重大だ。

「母上。私はこれで失礼します」

「オトフリート、まだ何も話せていませんよ?」

「ベルクムント王国が新しい武器を手に入れたという事実は、すぐに陛下の耳に入れるべきです」

 盗賊のアジト程度とはいえ、それを丸々、吹き飛ばしてしまう威力。それが戦いに投入された時、情勢は大きく変わる可能性がある。ノートメアシュトラーゼ王国にとって不利な方向に。

「そう……では仕方がないわね。最後にもう一度、きちんと御礼をしてから行きなさい」

「えっ?」

「感謝の気持ちはきちんと伝えるべきですよ。人の上に立つ者であれば尚更です」

「……では。今回はよくやった。君らの働きに感謝する」

 ヴォルフリックにとって、まったく御礼を言われている気になれない言い方。それを残してオトフリートは部屋を出ていった。

「これからもオトフリートを支えるのですよ」

「……いや、そういうつもりは」

「貴方はアルカナ傭兵団の団員。そしてオトフリートは団長の座を継ぐ立場です。支えるのが当然でしょう」

 今の団長にも仕えているつもりはない。という言葉は飲み込んで、ヴォルフリックは笑みだけで応える。受け入れる意思のない、苦笑いのつもりであるが、それをアデリッサがどう受け取ったかまでは気にしない。話がそれで終われば良いのだ。
 その後も少し残ってアデリッサと雑談をして、ヴォルフリックは部屋をあとにした。

 

◆◆◆

 何故、ヴォルフリックはアデリッサの誘いを受け入れるのか。クローヴィスにとってこれはかなりの難問だ。ノートメアシュトラーゼ王国の多くの人々にとってアデリッサは近づくべきでない人物。何を企んでいるか分からない危険な人物なのだ。そんな人物に、人一倍警戒心が強いはずのヴォルフリックが隙を見せている。その理由がクローヴィスには分からない。

「あれだね。つまり、ヴォルフリックはMなんだよ」

 その理由についてブランドが彼なりの見解を述べてきた。

「エム?」

 Mと言われてもクローヴィスにはなんのことか分からない。

「女性にいじめられるのを喜ぶ人のこと」

「はっ? いじめられて喜ぶやつなんているはずないだろ?」

 ブランドの説明に文句を言うヴォルフリック。彼にいじめられて喜ぶ趣味はない。この時点ではヴォルフリックもMの意味が分かっていないが。

「いるよ。ヴォルフリックも知っているよね? 歓楽街の外れにあった怪しい建物」

「……ああ、あれか。窓は閉め切りで入り口もよく分からない建物。でも調べた結果、風俗店だと分かったはずだ」

 ヴォルフリックの記憶にも残っている建物。外から中の様子がまったく見えない建物。歓楽街の裏社会を仕切る者たちの隠しアジトではないかと睨んで、調べた建物だ。

「そう。いじめられるのを喜ぶ人が通う風俗店だった」

「ええっ? いじめるって男女のアレでってこと?」

 ようやくヴォルフリックも、ブランドが言っている「いじめる」が弱い者いじめとは違うことが分かった。

「どうするのかは分からないけど、そうらしいよ。そういうアレだから店に通うのを知られたくない客が多くて、あんな造りになっているらしい。割と偉い人が多いって噂もあるしね」

「……そういうことは早く教えろよ」

「やっぱり興味ある?」

「そうじゃなくて、そこの客はそれなりの地位にある奴らで、通っているのを人に知られたくないんだろ? だったら素性を突き止めて、それをネタに脅せば、金も情報も手に入れられた」

「……貴方たちは……どういう生き方をしてきたのですか?」

 ヴォルフリックとブランドの会話を聞いて、頭を抱えているクローヴィス。手に入れた秘密で金を要求するなど完全な強請り、犯罪だ。そんなことを当たり前のことのように話している二人には呆れるしかない。

「弱者が強者に抗うのに情報は重要だ」

「戦術のように言わないでください」

「爺が言っていた言葉だから戦術だろ?」

「ギルベアト殿は貴方たちに何を教えていたのですか?」

 ヴォルフリックの言い方では、まるでギルベアトが犯罪の指導者であるかのように、クローヴィスには聞こえてしまう。

「生き残る術」

「……人を強請ることを生き残る術とは言いません」

「金と情報は生き延びる為に必要だ。それを得る手段には色々あるってだけの話。なんか凄く悪いことのように言うけど、傭兵団だって綺麗事だけでやっているわけではないだろ?」

「そうかもしれませんが……私には分かりません」

 アルカナ傭兵団の重要人物を父に持つといっても、すべてを知っているわけではない。ヴォルフリックが関わること以外は、従士として知ることを許される情報以外は聞かされていないのだ。

「そういう言い方は良くない。手を汚しているのは別の人。自分は知りませんって言っているように聞こえる」

「どんなひねくれた耳を持っていると、そんな風に聞こえるのですか?」

 クローヴィスにそんなつもりはない。知らないことを恥じているくらいだ。

「そう聞こえる人もいるってこと。頭の中で考えていることなんて、人には伝わらないだろ?」

「貴方には言われたくありません」

「一応、親切で言っているつもりなのに。人の親切をまともに受け取れないなんて、ろくな大人にならないからな」

「だ・か・ら、貴方には言われたくありません。軍法会議での発言がどれだけ問題になったと思っているのです? あんなことになったのは、人の忠告を聞かなかったからではないですか?」

 軍法会議の場では大人しくしているようにと、クローヴィスは事前にヴォルフリックに忠告していた。無断で行動していたとはいえ、それは任務遂行に必要なことだと考えてのこと。結果がそれを証明している。任務放棄とまでいう告発には無理がある。罰は軽いもので済むとクローヴィスは考えていたのだ。

「そうかもしれないけど、発言に対する捉え方は人それぞれじゃないかな?」

「えっ?」

 思わぬ人、フィデリオが割って入ってきたことにクローヴィスは驚いた。

「必ずしも批判だけではないと私は感じている」

「陛下の志を否定する発言です。それに同意する人がいるというのですか?」

「志を否定していると捉える人ばかりではないということだよ。同じ志を持っていても、それを実現する手段、今のやり方には疑問を持っている人はいないわけではないと思うね」

「……同じです。陛下のやり方を否定しているということではないですか」

 ディアークを頂点とするこの国の在り方を否定することなど、クローヴィスにとってはあってはならないこと。国の乱れの元となる重大な問題だ。

「当たり前にあることだよ。差し障りのないことで説明すると、王国騎士団の扱いなんてのも不満を生むもの。何故かは分かるよね?」

「……はい」

 他国に派遣されるのは傭兵団だけ。王国騎士団には出番がない。大きな戦いが起きていないからであって、大国と中央諸国連合との全面戦争なんてことになれば、王国騎士団も出動することになるのだが、そういう事態は起きていない。
 王国騎士団、そこに所属する者たちが活躍の場を与えられないことに不満を持つのは当然だ。彼らは戦う為に、戦いで手柄をあげて出世する為に、日々鍛錬を行っているのだ。

「陛下は国内融和に努めておられるが、軍事に関しては傭兵団と騎士団には明確な差別がある。そう思っている人がいることを、元近衛騎士である私は知っている」

「……そうですか」

 王国騎士団の人々の気持ちは、クローヴィスも分かる。日々、鍛錬を行いながらそれを活かす機会に恵まれないというのは辛いことだ。クローヴィスの場合は、仕える上級騎士を選べなかったせいではあるが、そんな理由のない騎士団の人々はもっと辛いだろうと思える。

「どうして王国騎士団を使わない? 傭兵団と一緒にしても良いと思うけど?」

 ヴォルフリックにはこの国の軍部の詳しい事情は分からない。普通に王国騎士団にも任務を与えれば良い。もっと言えば、ひとつにまとめてしまえば良いと考えた。

「私のような事情のある者は別として、まったく縁のない騎士たちが、貴方に仕えることを喜ぶと思いますか?」

「別に俺に仕える必要はない」

「貴方は上級騎士です。騎士団長などのごく一部を除いて、皆、階級は下なのです」

 軍においては階級がすべて。年齢など関係なく階級が上位の者が上に立つことになる。ノートメアシュトラーゼ王国における上級騎士は傭兵団以外では、王国騎士団長、近衛騎士団長の二人と特別に功績を認められた数人しかいない。他は全員、ヴォルフリックよりも下の階級なのだ。

「……つまり、こういうことか? 特殊能力保有者を優遇していることに不満を持っている人が大勢いる?」

「い、いえ、そこまでのことは……」

 ヴォルフリックの指摘にフィデリオは狼狽えてしまっている。そこまで重大な指摘をしたつもりのないヴォルフリックにとっては、不思議な反応だ。近衛騎士団、王国騎士団についてはまったく気にしていなかったヴォルフリックだったが、フィデリオのこの反応を見て少し興味が湧いてきた。
 ヴォルフリックも特殊能力保有者だ。特殊能力保有者を見る世間の目に特別なものがあることは知っている。ただヴォルフリックの仲間たちからは、それを感じることはほとんどなくなっていた。特殊能力以外のことでヴォルフリックは評価されるようになっているからだ。
 この国ではどうなのか。自分が知らない何かがあるのだとヴォルフリックは思った。