月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第9話 隠すことで見つかることもある

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 クローヴィスとフィデリオが正式に従士になったことで、ヴォルフリックの日々のスケジュールは変化することになった。図書室で調べ物をする時間が減少。ギルベアトが資料を残していないとなれば、本当に調べたいことを調べる時間しか必要なくなったのだ。それによって午前中の鍛錬の時間が伸び、内容が変化する。体力づくりを目的とした鍛錬メニューが全て午前中に回されることになった。
 朝起きて軽く体をほぐす運動を始める。体が温まったところで走り込み。これもまだ準備運動の一貫だ。完全に体が温まったところで、走るペースをあげていく。屋外鍛錬場の外周を一周回るごとにペースアップ。最後は全力で駆けることになる。正確には全力のつもりで。その頃になれば疲れて思うように足が動かなくなり、本人は全力で走っているつもりでもかなり遅くなっている。ラストスパートなどは、スパートでも何でもなく、歩いているのと変わらない。
 その状態から続けて歩き。息を整え、鈍った体の動きが回復するのを待つ。ある程度、戻ったところでまた走り込み。徐々に走るペースを上げていく。これを何度も繰り返していく。
 足が限界に来たら、上半身の鍛錬に移る。クローヴィスが手配した自分の身長と変わらないくらい大きな木槌で、屋外鍛錬場の地面を叩く。全身の筋肉を使わなければ振り上げることが出来ないほどの重さの木槌を、何度も何度も振り下ろすのだ。そうかと思えば逆に長くはあるが軽い棒をブンブンと全力で振り回すなんてことも行い、午前中の鍛錬は終わる。
 昼食を終え、午後になると剣術の鍛錬だ。ここではクローヴィスだけ別メニュー。型の動きをゆっくりと、一つ一つ確かめながら、何度も何度も繰り返す。時折、フィデリオのチェックが入るが、その内容は実に細かい。特に下半身の動きについては、さすがにミリとまでは行かないが、数センチ単位の修正が頻繁に入るほどだ。それに応えるのも容易ではない。午前中の鍛錬ですでに体はボロボロ。思うように動かすことが出来なくなっている。

「といった状況で、クローヴィスは報告に伺うことが出来ません」

 ディアークへの定期報告の場。アーテルハードはクローヴィスが出席出来ない理由を報告した。

「構わん。ひたすら鍛錬を続けるだけの毎日では、新たに報告することもないだろう」

 監視対象であるヴォルフリックも鍛錬だけの毎日。特別な動きは何もない。

「報告に関してはまず私から。元近衛騎士のフィデリオについて調査しました」

「何かあったか?」

「不審な点は見つかっておりません。唯一気になるのが彼が教えている剣術。ギルベアト殿の鍛錬メニューということですが、近衛騎士であった時に彼がそれを行っているのを見た者はいないようです」

 教えているのは騎士団の正式剣術であるのだが、鍛錬の内容は特別なものであることが分かっている。正式剣術であるから鍛錬メニューも確立されている。だがヴォルフリックたちが行っている鍛錬はそれに当てはまらないのだ。

「……ギルベアトが独自に考えたものか」

「そうなのだろうと思います。ただそれが優れたものであるのなら、フィデリオは騎士団にそれを伝えるべきでした」

「そうだな……だがその程度のことでは彼の忠誠を疑うわけにはいかない」

 フィデリオには悪しき思惑があるのではないか。こう疑いをかけて調査は進められてきた。だがその疑いが正しいと証明するものは何もないのだ。

「クローヴィスが従士として認められる為に口添えをしたという話も聞いております。現時点では白の判断です」

「それで良い」

「限りなく黒に近い者どもはどう致しますか?」

 フィデリオの他にもヴォルフリックに近づこうとした者たちがいる。その人々はヴォルフリックこそがノートメアシュトラーセ王国の正統後継者だと話し、自分たちを側に置くように訴えている。ディアークの息子たちの王位継承権を否定している時点で、実際に玉座を取り戻す力があるとは思えないが、思想としては真っ黒だ。

「放置しておくとどうなる?」

「ヴォルフリックが怒ります」

 何故、彼らの行動が明らかになったのか。それはヴォルフリックが告げ口したからだ。自分まで叛意があると思われては困るから、というより鬱陶しいからが告げ口した理由だ。
 放置しておけばヴォルフリックはずっとその者たちに絡まれることになる。実害はヴォルフリックだけにある。

「では放置。波を起こすことなど出来ない者たちをわざわざ処分することで、波が立ってしまっては馬鹿らしい」

 芽が出る可能性のない内乱の種の存在を、わざわざ人々に知らしめて不安にさせる必要はない。ヴォルフリックがその気にならなければ彼らの企みは成り立たない。このまま何事にもならずに終わっていくことになる。

「承知しました。ただ仕方なくその者たちを受け入れる可能性はなくはありません」

「……任務の件か」

「はい。参加させるのであればそろそろ任務について話さなければなりません。任務に出なければならないと知れば、従士を増やそうと考えるようになってもおかしくありません。いえ、普通は思います」

 ヴォルフリックと三人の従士。メンバーは四人しかいない。多くは定員である十人の従士、戦闘を得てとする者は二十人を超える従士を抱えていることを思えば、あまりに少なすぎる数だ。ヴォルフリックが従士を増やそうと考え、手っ取り早く近づいてきている者を従士にしてしまう可能性はある。

「……任務に同行させるくらいであれば構わないのではないか?」

「確かにそうですが……」

「ああ、息子が心配か。悪巧みをしている者どもにとってはお前の息子は邪魔者だからな」

 クローヴィスに危害を加えようとする可能性にディアークは気付いた。ありえる話だ。ヴォルフリックを説得しようにもクローヴィスが側にいてはそれは出来ない。

「申し訳ありません」

「謝る必要はない。愚か者たちを見逃すことで、お前の息子が傷つく事態になるなどあってはならないことだ。さて、そうするとどうするべきか……」

 放置という判断を改める必要があるかもしれない。その場合の影響をディアークは考え始めた。

「本人に聞いてみれば?」

「何?」

 割り込んできたのはルイーサ。彼女も報告することがあって、この場に同席していたのだ。

「本人に任務を伝えて、その人数で大丈夫か聞いてみればと言っているの」

「……大丈夫だと答えると思っているのか?」

「それは分からない。ただ大丈夫だと言うなら任せれば良い。無理と言ったらその時に初めて処置を考えれば良いのじゃない?」

 ルイーサの提案は結論の先送りにも聞こえる。だが今ここで結論を出さなければならない問題かというと、そういうわけでもない。

「……四人で任務に出ると言い出したら?」

「初任務なのだから支援部隊をつけるのでしょ? なんなら私のところが引き受けても良いわよ」

 初任務では普段の実力を出せないことのほうが多い。その結果が失敗であればまだしも、命を落とすようなことになっては困るので、支援部隊をつけることになっている。任された部隊には基本教えず、いざという時だけ支援する部隊だ。

「……そうだな。そうするか」

 ルイーサであれば安心。万一の事態が起こることはまずない。彼女の提案をディアークは受け入れることにした。

「決まりね。楽しみだわ」

「楽しみ?」

 いくら大国が裏で糸を引いているとはいえ、所詮は盗賊団討伐、それも支援部隊の任務など退屈でしかないはず。それを楽しみというルイーサの気持ちがディアークには分からない。

「命のやり取りの中でこそ見えるものがある。それに期待しているの」

「……なるほど」

 と口にしたものの、ルイーサが何を期待しているのかは、やはり分からない。

「このまま私の報告を始めて良い? これを聞けば私の気持ちも少しは分かってもらえると思う」

「ええ、どうぞ」

 自分の報告はすでに終わっている。アーテルハードはルイーサの問いに了承を返した。

「結論から言うと、従士試験に来ていた子は見つからなかった」

 ルイーサの報告はロートについての調査結果。ロートに限ったことではなく、ヴォルフリックがギルベアトと暮らしていたベルクムント王国の都にもう一度行って、二人がどういう暮らしをしていたのか、ヴォルフリックの仲間はどういった者たちなのかを調べてきたのだ。

「空振りか」

「そう、空振り。でも手応えのある空振りだったわ」

「どういうことだ?」

「ヴォルフリックについて誰も知る人はいなかった。当然、その仲間の存在も。彼は間違いなくあの場所で暮らしていた。それなのに誰も知る人はいないの。有り得ないわ」

 そもそもギルベアトがベルクムント王国にいるらしいという情報を掴んだのち、調査に向かった諜報担当はそれを裏付ける証言を得ている。住んでいる家まで突き止めたのだ。その証言をした住民はどこに行ってしまったのか。

「……何者かが痕跡を消したということか」

「そこまででなくても口止めをしている。とにかく人に出会わないの。何度行っても、いつ行っても」

 証言を、少々強引な手段で得ようと考えても、それをする相手がいない。それではどうにもならない。

「……ちょっと状況が分からないな。貧しい人が暮らす場所だとは聞いているが」

 説明を聞いていてもディアークにはイメージが湧かない。誰もいないという状況がどういうことか分からない。

「仕方がないから、その周辺に住む人に聞き込みをしてみた。これがまた大変で。彼が暮らしていた場所は普通の人が足を踏み入れるような場所じゃないみたいで。誰も情報を持っていない」

「それで?」

 それでもルイーサはなんらかの手応えを感じた。何かを得たのだ。

「ようやく情報通だろう歓楽街を仕切るお偉いさんを見つけて、そいつに聞いた。そいつが言うにはある時期から貧民街は容易に足を踏み入れられない危険な場所になったそうよ。普通の人だけでなく、悪人も」

「……なるほど」

 そうなったのは貧民街に、裏社会の人間でさえ撥ねつける力を持った存在が生まれたから。ディアークにも話が見えてきた。

「当初はそんな存在は潰してしまおうと動いたらしいけど、敵の実態はどれだけ調べても良く分からない。一方で味方は一人、二人と何者かに消されていく。次は自分の番かと怯える奴が増えたところで諦めたそうよ。自分たちが手を出さなければ相手は何もしてこないと分かったのも大きかったと言っていたわね」

「意識して分からせたのだろうな」

 相手に十分に恐怖心を与え、その一方で存在を許せないほどの脅威とは感じさせない。最初から落とし所を考えて抗争を行っていたのが分かる。ディアークにも形は違うが同じ経験はある。アルカナ傭兵団を恐れさせても、驚異に感じさせてはいけない。危険を避けるにはその微妙さが必要だった。

「ええ、間違いなく。ただやっぱり手出ししなければ何もしないという保証が欲しくて、無駄と思われることでも何でもして接触を図ろうとしたみたい。結果それは成功。相互不可侵の約束を取り付けたそうよ」

「そこで相手が何者か分かった」

「いいえ。接触はしたけど顔も名前も分からない。そんな会い方しか出来なかったみたい。それでもその後、分かったことがある。組織の名前はシュバルツ・ヴォルフェ=黒狼団。リーダーは狼の統率者と呼ばれているらしいわ」

「狼の統率者……古語でヴォルフリックか。つまり、ヴォルフリックも偽名ということか?」

「それは分かっていたことでしょ?」

 ヴォルフリックには生まれた時につけられた名前が別にある。自分を殺そうとした前国王に名付けられたそれが嫌で、ヴォルフリックと名乗っていると自ら話していたのだ。

「悪ガキどもを集めてという程度の話ではないな」

「それはそうよ。何人いるか分からないけど、ギルベアトの教えを受けた剣士たちの集まりよ? 裏社会の人間といっても戦闘では素人も同然。さらにそんな相手に闇討ちなんて手段を採る慎重さだもの」

「……獰猛でいて狡猾。まさに狼だな」

「実は周りが勝手につけた名前だったりしてね。そういうことは良くあることだもの」

「なんであっても、すでに彼は人を殺しているな」

「私は彼の人を殺す技を見たいの。それにクローヴィスは違うでしょ?」

 初任務でもっとも動揺を誘うのは人を殺すこと。最初に一人殺すまでだけでなく、実際に殺してしまったあとも罪悪感に襲われて、戦えなくなることがある。だがヴォルフリックにはその心配は無用。まず間違いなくブランドも。そのリスクがあるのはクローヴィスだけだとルイーサは考えている。

「戦いの経験もあり、組織を率いる統率力も持ち合わせている。見習いは失礼だったな」

 笑みを浮かべてこれを言うディアーク。彼もルイーサと同じ。事実が明らかになるたびに驚かされるヴォルフリックの意外さを楽しんでいる。

「傭兵団の上級騎士としてはまだまだ未熟です。一つ疑問なのは何故、彼は仲間を呼び寄せないのでしょう?」

 生真面目なアーテルハードは面白がってはいられない。組織の中に不確定要素となるような存在はいてほしくないのだ。

「そうだな……組織のリーダーではあるが、彼の為の組織ではないのかもしれないな。彼の目的に共感か、同調している仲間が集まっている」

 ヴォルフリックの為であれば何でもするという組織ではなく、きちんと共通の目的があって集まった組織。そういうものなのだとディアークは考えた。

「その目的とはどのようなものなのでしょうか?」

「分からん。この場所にないことは確かだな。守ろうとしたのは自分たちの住処。そこにあると考えるべきだろうな」

「そうだとすれば逆にこちらに来てほしくなります」

 ヴォルフリックの組織の目的はノートメアシュトラーセ王国にはない。それはこの国の玉座が目的ではないということ。そうであればアーテルハードとしては、懐に入れることに躊躇いを感じない。圧倒的に若く、それでいてある程度の実力と経験を兼ね備えた人材は多ければ多いほど、良いのだ。

「その為にはまず彼を傭兵団の為に働く気にさせることだ。なかなか難しい課題だな」

「そうですね。時間はかかりそうです」

 ディアークの志に共感してもらえれば、それは実現する。そして必ず共感してもらえる。忠誠心に厚いアーテルハードはこう考える。彼にとってはディアーク以上の人間はいないのだ。

 

◆◆◆

 ヴォルフリックへの任務の説明はその日のうちに行われた。人数の少なさについて問われたヴォルフリックの答えは、討伐対象の盗賊団の規模を確認した上で、問題ない。ただの強がりではないと判断され、今の人数での実行を許されることになった。
 出発は五日後。出動が決まれば、グズグズさせておく余裕はない。速やかに各地に出没している盗賊団を一掃して、大国に隙を作らないこと。これが任務の目的なのだ。
 出発準備そのものはそれほど時間は必要としない。武器防具の類は必要であれば傭兵団の物が貸し出される。物資も同じ。盗賊討伐に必要と思われるものはすでに全て揃っているのだ。
 出発までにヴォルフリックたちが行うことは現地の状況を確認し、作戦を立てること。その作業にヴォルフリックは早速取り掛かっていた。
 テーブルの上に渡された資料を広げて、まずは詳細の確認。

「ふむふむ。敵は二十人前後ですか。四人だと一人で五人以上を倒すことになりますね。ちょっと大変そうです」

「…………」

 資料を勝手に覗き込んで、自分の考えをつぶやいているのは世話係のセーレンだ。いつもとは違う時間に部屋にやってきて掃除を始めたかと思えば。こんな調子でヴォルフリックの邪魔をしている。

「味方が五人だと一人四人になりますね。四人ならなんとかなりそうです」

「…………」

「出発まで五日しかない。身近に良い人がいればいいですね?」

「……無理」

 無視していてもセーレンはまったく話すのを止めない。さすがに鬱陶しくなってきたので、ヴォルフリックは黙らせることにした。

「いやいや、探してみると案外いるかもしれませんよ?」

「そうじゃなくて、君を連れて行くのは無理」

「どうして!?」

 セーレンは邪魔をしているのではなくアピールしているつもり。だがそのアピールはヴォルフリックには認めてもらえなかった。当たり前だ。

「どうしてって、俺の従士に出来ないから」

「クローヴィスは従士にしたじゃないですか? 私だって……それは、クローヴィスには少し劣るかもしれませんけど、戦えます」

「でも君、従士試験を受けていない」

「それは……父上が反対を……」

 セーレンは親の反対で従士試験を受けることさえしていない。そもそも傭兵団員ではないのだ。

「それなら、まずは父親を説得することから。そういうことで」

 話は終わり。セーレンの邪魔を止めさせてヴォルフリックは資料を読むのに集中し始めた。

「じゃあ、父親を説得出来たら従士にしてくれますね!」

「はい?」

「私! がんばります!」

 とだけ言って、ヴォルフリックの返事も聞かずセーレンは部屋を飛び出していった。

「……そんなに従士って魅力的な職業か?」

 ヴォルフリックには従士になりたがるセーレンの気持ちが分からない。傭兵の仕事は危険な仕事。自らが望んだ戦いでもないのに命を危険にさらすのは馬鹿げていると思う。
 手元にあるのはその馬鹿げた仕事の資料。

「二十人を四人で……それは一度に相手にすればの話。じゃあ、そうならない為にはどうするか、か」

 やりたくてやる仕事ではない。だからこそ、それで命を落とすなんてことにはなりたくない。ヴォルフリックはその日、夜遅くまで任務について考え続けた。