月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #120 強さの秘密

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 息を切らして周囲を駆けまわっている人々。一方で剣を打ち鳴らして立ち合いを行っている人々もいる。千人規模でそれが行われていると、まるでそこは戦場のようだ。
 ドュンケルハイト大森林とレンベルク帝国との国境に近い平原地帯。今日もまた、いつもの声が平原に響き渡る。

「よーし! 今日こそは勝たせてもらうぞ!」

 レンベルク帝国の西方将であるゼムは、こう言いながら巨大な剣を振り回している。

「無理だよ。俺らと互角に戦っているゼムがヒューガ兄に勝てるはずねぇ。いい加減に気付けよな」

 それに反応したのはセップ。一国の将軍を呼び捨てにしている。それはつまり、彼らにとってゼムがそういう存在であるということ。尊敬の対象ではないのだ。

「うるさい! 今日は勝てるのだ!」

「まったく根拠がないな。勝ちたければ真面目に鍛錬しろよ」

 更にジュラが追い打ちをかける。

「鍛錬なんて必要あるか! 俺は将軍だぞ!」

「その将軍が一兵卒の俺に負けたことを、もう忘れたのか?」

 そしてこの間の戦いでゼムと戦ったオウガが止めを刺す。

「……うるさい。負けてはいない。互角だったはずだ」

 オウガの言葉に、さすがにゼムの威勢も弱くなる。

「同じだ。だいたい将軍だって威張ってるけど、ヒューガ兄は王だぞ。王に対する礼儀をまずは覚えろよな」

「……口の減らないガキどもめ」

 口喧嘩では、立ち合いでもだが、勝ち目がない。彼らにはレンベルク帝国での地位など通用しないのだ。

「いつまで待たせるんだ? やるなら早くやるぞ」

 ゼムと子供たちとのやり取りを面白そうに聞いていたヒューガであったが、さすがに立って待っているだけの時間をいつまでも続けるわけにはいかない。立ち合いの開始を促してきた。

「おお、では」

 自身の背丈ほどある大剣を背に担ぐようにして、ゼムは構えを取った。その様子を見て、周りにいる兵も鍛錬を止めて、立ち合いの様子を眺めはじめる。

「うぉおおおおっ!!」

 ゼムの戦い方は大柄な体格そのままの力によって相手を押し切る攻撃主体。真っ直ぐに前に出ると背に担いだ大剣を力いっぱいに振り下ろした。それをヒューガは軽くバックステップを行うだけでかわす。
 ゼムの大剣が振り下ろした勢いのまま地面を抉るが、彼はそれをまた力任せに下から上へ振り上げる。剣先がヒューガの顔を切り裂くと思われたが、顔をわずかに横にずらすだけで躱すと、剣の勢いに引っ張られるまま、がら空きになったゼムの懐にヒューガは飛び込んだ。

「はい。終わり」

 ヒューガの剣がゼムの肩に、その刃を首に向けた状態で乗せられている。

「むむ……もう一度だ!」

「何度やっても同じだ。今のゼムさんじゃあ俺に勝てない」

「何故だ?」

「遅い」

「大剣での戦いこそが我が部族の誇りだ」

 人より大柄なゼムの背丈ほどもある大剣。相当な重量がある。ヒューガが持っている剣のように軽々と振り回すことは出来ない。セムはヒューガはそれについて指摘したのだと思った。

「そういう問題じゃない。俺が言ってるのは、その大剣を使えていないって事」

「そんな事があるか!? 幼き頃より、ひたすらに大剣を振り続けているのだ!」

 剣の速さについての言及は受け入れられても、使いこなせていないという言葉にはゼムは反発を感じてしまう。

「……じゃあ、もう一回だけ。その代わり、その大剣を貸せ。今度は俺が攻める」

「ヒューガ王がこの大剣をだと? それは無理だ」

 ヒューガがゼムの大剣を持てば、それは自身の背丈を軽く超える。容易に扱えるとはゼムには思えない。

「いいから貸せよ」

「……分かった」

 ゼムと剣を交換したヒューガは、彼と距離を取りながら、大剣を両手で振り回している。

「……バランスが悪いな。まあ、仕方ないか」

 更に二、三度、大剣を振るとヒューガは、先ほどのゼムと同じ構えをとった。

「初撃は同じでいく。それくらいはかわせよ」

「……当然だ」

 想像していたのと違い、ヒューガが軽々と大剣を扱っているのを見て、ゼムも少し考えを改めた。大剣と交換したヒューガの剣を中段に構える。

「いく!」

 一気に間合いを詰めながら、上段から大剣を振り下すヒューガ。剣で受けようと思っていたゼムだったが、想像以上の鋭さにヒューガと同じように後ろに下がることでそれを躱した。
 振り下ろされた大剣は、地面を抉ることなく斜めに切り上げられた。それを更に後ろに下がって躱すゼム。だがヒューガは、そこから更に一歩踏み込むと共に、振り上げる途中の大剣の軌道を一瞬で真横に変えた。

「はい。終わり」

 ゼムの右わき腹に大剣が止められている。

「……助かった?」

 完全に横から体を斬り払われたと思ったゼム。あの速度から大剣が止まったことに驚いている。

「少しは分かったか? 俺が言った意味」

「……意味は分かった。だが何故だ? 俺よりもはるかに体格に劣るヒューガ王が何故、その大剣をその様に扱えるのだ?」

「力の使い方だな。ゼムさんは力任せって感じ。無駄が多すぎる。自分の力で自分が振り回されている」

「ヒューガ王は?」

「出来るだけ最少の力を使うようにしている。最少の力だから、少し力を上乗せすることで軌道を変えられる。実際はもう少し複雑だけど、簡単に言えばこんな感じだな」

「どうすれば、それが出来る様になる……のですか?」

「鍛錬。何事を始めるにも最初の土台がしっかりしていなければ限界が早い。ひたすら高みを目指すなら土台をひたすら広げなくてはならない。ゼムさんは勘違いしているみたいだけど、ゼムさんの所の兵が今やっている鍛錬は、アイントラハトでは俺も含めて全員が続けているものだ。永遠に卒業がない鍛錬だと考えて欲しいな」

「……分かった、いや、分かりました」

 二人の立ち合いを眺めていた兵たちが一斉に鍛錬に戻っていく。その顔は先ほどまでとは違い、やる気にあふれている。彼等も不満を持っていたのだ。量はとても全てをこなせない程のものだが、やっている内容は新兵の時に受けた訓練とさほど変わらない。どうして今更という気持ちが兵たちにもあった。
 だが王が、そして自分たちを散々に打ち負かしたアイントラハトの兵たちが続けている鍛錬となれば話が違う。地味な鍛錬にも大きな意義を感じる。
 平原は兵たちの掛け声が響き渡り、一層、戦場のようになった。

「はあ。相変わらず見事な人たらしね」

 その様子を眺めていた夏が呟きを漏らした。

「一つ何かを行うことで複数の効果を得ようとする。いつもの王のやり方であろう」

 それに答えたのは隣にいたギゼンだ。ギゼンも珍しく兵の鍛錬を見学しに来ていたのだ。

「それでどう? ギゼンさんが気になる人材はいるかしら?」

「少しは鍛えても良いと思う程度だ。弟子にと思うまでの者は今のところいない」

 ギゼンが兵の鍛錬を見に来たのはこれが理由。剣士としての才能を持つ兵士がいないか確かめる為だ。

「そう。ヒューガみたいな天才はそういないか」

「王が天才? ナツはそう考えているのか?」

 夏の何気ない言葉にギゼンは否定的な言葉を返す。

「天才でしょ? あれが天才じゃなかったら何なの?」

「努力の人だな」

「あたしだってヒューガの努力は認めるわよ。でも、ギゼンさんの教えを受けた中で最強はヒューガじゃない」

 ギゼンの教えを受けた中でもっとも強いのはヒューガ。これは夏の考えている通りだ。

「それは才によるものではない。剣の才だけであればフーのほうが上だ。オクト,ノブ、ディッセも王より上だな」

「そうなの? でも、冬樹はヒューガに勝てる気がしないって言ってるわよ?」

 師匠であるギゼンの言葉であっても、夏はそのまま受け入れられない。ヒューガと冬樹の実力には大きな差があると思っている。冬樹自身もそう思っていることを知っている。

「今はまだだ。剣の勝負であれば、やがてフーは王を超える」

「本当に?」

「俺が土下座された程度で弟子にするわけがない。フーには剣の才能がある」

 冬樹には才能がある。ギゼンはそれを見抜いた上で弟子にした。ギゼンの目指す剣は無才の人間ではたどり着けない高みにある。届かないことが見えているのに弟子にするのは無責任だという考えがあるのだ。

「ギゼンさんが認める才能を冬樹が……ちょっと驚き。でも、その冬樹より強いヒューガの努力って何なの?」

「先ほど王が言った通りだ。王はあの地味の鍛錬を毎日欠かさず行っている」

「でしょうね。ヒューガはそういう人だから」

「それだけではない。他にも色々とだな」

「そこまで暇じゃないでしょ?」

 ヒューガが寝る時間も削って仕事をしているのは、この国の者であれば誰もが知っている事実だ。剣の鍛錬に集中する時間は限られているはずなのだ。

「剣の才ではなく王には別の才がある」

「頭が良いのは知ってるわ。それ以外にも……あり過ぎてどれがそれなのか分からない」

「頭が良いことも関係するな。工夫の才とでも呼べば良いのかな? 王は博識だ。様々な知識を身につけている」

「知識欲は異常なくらいだからね。それもヒューガの才能のひとつ」

 ヒューガは知識を得ることに対して貪欲だ。何の役に立つのかと夏が思うようなことにも強い興味を持って、それを知ろうとすることがこれまで何度もあった。

「そしてそれを活かしている。王の凄いところは、ある知識を全然関係ないと思われるところで生かすことだ。一番良い例があの魔力循環だな」

「ああ、あれね。魔力循環を魔法の力を高める為でなく、体の動きを確認するのに使っているやつ」

「そうだ。あれは王以外に思いつかん」

「そうなの?」

「あれを思いつくには、いくつもの知識と能力が必要になる。知識としては体内のこと。腕を曲げるにもいくつもの筋肉を使うことを知っていなければいけない。そして筋肉の動きの無駄をなくすことで速く、それでいて力強く体が動くことを知っていなければならない。能力としては魔力のコントロールだな。体の動きに合わせて、魔力の流れを把握する。そんなことをいきなり出来るのは王だけだ。皆は王にそれを教わったからこそ、その鍛錬方法を取得出来たのだ」

「なるほどね」

 体を動かすには筋肉を使う。これくらいのことは夏だって知っている。だが魔力を使っての身体能力向上の鍛錬を自分は思いつけたか。無理だっただろうと夏は思った。

「そうやって、王はより効率的な鍛錬方法を考え、それを実践している。効率が違えば、人の何倍も鍛錬をしていると同じこと。限られた時間の中での鍛錬でも王が強いのはその為だ」

「そのヒューガに冬樹はいつか勝てるの?」

「恐らくは。人の限界を超えるには才が必要なのだ」

「ふーん。でも、それは限界があればだよね?」

 笑みを浮かべながらギゼンに問いを向ける夏。夏にもギゼンが知らない知識がある。その知識からギゼンとは異なる答えに辿り着くことがある。

「ん? それはどういう意味だ?」

「あたしもギゼンさんたちが知らない知識を持ってるわ。人はね、その能力の半分も使ってないらしいわ。まあ、この世界の人は元いた世界の人よりも多く使っていると思うけどね。それでも全てとは言い切れない。そうなると冬樹はいつまで経ってもヒューガに勝てない」

 これが人の限界。そう言えるだけの高みにまでたどり着けることが出来るのか。出来ない可能性を夏は考えている。

「……それでも良い。追いかける背中があり続ければ、それだけフーは強くなれる」

「さすがは師匠。でも実際、冬樹は分が悪いわね。剣の才はないかもしれないけどヒューガは他に多くの才を持っている。しかもヒューガのたちが悪いのはそれを絶対に認めようとしないこと。認めないどころか否定してるわね」

「だから努力を続ける。王の心情は俺にも分かる。努力は才能を凌駕する。王はそれを証明したいのだ」

 ギゼンも実際には有り余る才能を持っていたわけではない。ヤギ流を学んでいた中で、ギゼンよりも遥かに上の才能を持っていた人はいくらでもいたのだ。
 剣の才を語りながらもギゼンが求めるのは、それを超える努力。故にギゼンは主であるバーバラだけでなく、ヒューガにも忠誠を向けているのだ。

「努力で凌駕出来ない才能もあるけどね」

「そんなものはない。俺はそう信じたいのだがな」

「ヒューガが持っている才能がそれよ。女好きじゃないのに、女を引き付ける」

 ちょっと真面目な話に疲れてきた夏は冗談を混ぜはじめた。

「……人嫌いなのに、人を引き付けるだろ?」

「そうとも言うわね」

「人の上に立つには必要な才能だ。そして人の上に立てない者には不要な才能だ」

 だが生真面目なギゼンにはそれは通用しない。真剣な話を続けようとする。

「不要なのかしら?」

「その者の上に更に人がいればどうだ? 下の地位にある者が自分よりも人を引き付けていると思えば、それは嫉妬になる」

「そうね。嫉妬を受ければ、その人は不幸になる。だから不要か」

「そういうことだ」

「今のヒューガがもし別の国にいたら……大森林に来るべくしてヒューガは来た。つくづく運命を感じるわ。ヒューガには絶対言えないけどね」

 運命なんかで人生を左右されることは馬鹿げている。夏たちの前でヒューガが何度も言い放った言葉だ。

「王もすでに感じている。だからこそ目の前の出来事があるのだ」

「大森林に籠っているだけなら、他国との交流は不要ね」

 まして軍事、訓練だけとはいえ、協力などまったく必要がない。守るという点では、大森林はかつて以上の強さを持とうとしている。それをわざわざ外部に知らせる必要はない。

「王は外の世界に出る覚悟を少しずつ固めている。後はきっかけだな」

「……それが怖いのよね。あのヒューガだから」

「きっかけは激しいものになるかもしれんな」

 ギゼンも夏と同じ思いを持っている。

「物事を大きくするのはヒューガの悪い癖よね」

「仕方がない。それは時代を動かすものの宿命だ。歴史に名を残した者は、普通の者では思いもよらぬ事態を引き起こしている。それがあるということは、王がそういう存在であることの証でもある」

「あたしたちは、それに備えて力をつけるしかない」

「そういうことだ」

 二人の予想通り、ヒューガが、アイントラハト王国が外に出るきっかけは激しいものなる。だが、それは必ずしもヒューガの責任だけではない。ヒューガの望まない形で起こるのだが、それはもう少し先の話だ。

 

◆◆◆

 ゼムの軍がヒューガの所で鍛錬を始めて三か月が経つ。それはレンベルク帝国の他の軍との交替の時期になる。
 そして今日がいよいよ最終日。ゼムもそして兵たちもはりきっている。なんといっても彼らの皇帝が見ているのだ。交替の軍を率いてやってきたアステイユに少し遅れてやってきた皇帝は平原の一角に簡単な野営地を組み、鍛錬の様子を興味深げに眺めている。

「ふむ。思っていたよりも普通の鍛錬なのだな」

「いくつか分からない鍛錬もありますが、ほとんどは我が国の新兵調練と変わりません」

 先行していたアステイユはすでに鍛錬の内容を伝えられている。

「それでアイントラハトの軍はあの強さなのか?」

「いえ、アイントラハトの兵は別の鍛錬をやっているようです」

「……それは隠されていると言うことか?」

 案外ヒューガは狭量だとレンベルク皇帝は考えたのだが。

「それが……」

「違うのか?」

「はい。我が国の兵が定められた課程を消化できないのです。終わらないから次に進めない。そういうことです」

 問題はレンベルク帝国の側にある。三か月という期間は、アイントラハト王国の兵士と同じまでに鍛え上げるには短すぎたのだ。

「つまり我が国の兵はアイントラハトの新兵と同程度、いやそれ以下と考えてよいのか?」

「申し訳ございません」

 アステイユもレンベルク帝国の将である。事情を知って、自分たちの不甲斐なさを反省している。

「いや、だからこそ鍛錬の意味があるのだ。しかし、そうだとすると三か月では足らんな」

「教わった鍛錬はどこでも出来るものです。戻ってからも続けることになるのでしょう」

 新兵調練と思うような地道な体力づくりの鍛錬なのだ。大森林でなくても出来る。

「……それでは時間がもったいない。すぐに全軍にその鍛錬内容を伝えよ。ここにくる前に鍛えさせる」

「承知しました」

「しかし、地味だな」

 見学するには退屈な内容。兵たちがずっと走り続けている姿を見ていても面白いものではない。

「はい。徹底的に基礎を作る。そういう主旨の様です」

「何もしていない兵がいる。あれは休憩中か?」

「あれも鍛錬です。魔力循環というもののようです」

「魔力循環? それはどういうものだ?」

 ようやく皇帝の興味を引く鍛錬が見つかった。魔力循環と呼ばれる鍛錬はレンベルク帝国軍には、皇帝の知識にもないものだ。

「言葉の通りです。魔力を体内に循環させる。あれがこの国の鍛錬の基礎となるものです」

「わからんな」

「魔法を使う場合、体内から魔力を取り出すことになりますが、その寸前で留め、意識して体の中に魔力を流すようにするそうです。言葉にするとこれだけなのですが、これが中々うまくいかないようです」

「どのような効果がある?」

「一番は身体強化。無詠唱で身体強化魔法を使うことになります」

「ほう」

 無詠唱で、というだけで皇帝は価値を感じた。人族にとっては、魔法は詠唱によって効果が得られるものなのだ。

「しかも、熟練すれば魔力の消費を押さえられます。話に聞く限り、ヒューガ王はこれを丸一日行うことが出来るそうです」

「……それほどの魔力量なのか?」

「いえ、体内にとどめるという技術の為せることと聞いております。体内に留まっている限り、魔力が減ることはないとの話です」

「それはエルフの技か?」

 明らかに人族の常識とは異なるもの。他種族の知識だと皇帝は考えた。

「いえ、魔族の技と聞いております」

「そうか。魔族もいたのだな」

「ただ、ヒューガ王はそれをさらに応用して鍛錬に用いているようですが、我が国の兵はそれを学ぶまでに至っておりません」

 魔力を用いて身体の動きを知り、無駄を省く。次の段階はそう簡単に到達出来るものではない。魔力循環をほぼ完璧にこなす。これが必要だ。

「奥が深いの……ん? 何か始まるようだな」

 鍛錬を止めて、兵が中央に集まりだすのが皇帝の目に入った。

「……見えんぞ。何が始まるのだ?」

 なんといっても三千の兵である。それが何かを囲むように集まっては、中の様子は何も見えない。

「少々、お待ちを。おい! あれは何だ?!」

 自らも中央に向おうとして駆けていた兵を、アウテイユが呼び止める。

「ゼム様とヒューガ王の立ち合いです! 毎日の恒例なのです!」

「ほう。それは是非、間近で見たいものだな」

 自国の将軍ゼムとヒューガの立ち合い。これは鍛錬以上に皇帝の興味を引くものだ。

「分かりました。おい! 陛下が近くで見たいと仰せだ! 席を用意しろ!」

「はっ!」

 慌ててその兵は兵の集団に向かうと、大声で「陛下が! 陛下が!」と叫びながら中に割って入っていく。やがて、その場所にいた兵が左右に割れ、中央までの道が開いた。
 その間をゆっくりと歩くレンベルク皇帝。すぐに中央で向かい合う二人が見えた。

「すまんな。邪魔をした」

「いや、かまわない。ゼムさんも成果を直に見てもらいたいだろ?」

「もちろんです」

「おや?」

 レンベルク皇帝はゼムがヒューガに対して敬語を使っていることに気付く。粗暴な性格のゼムだが、強い者へは素直に尊敬の念を持つ。ゼムの態度からヒューガが彼よりも強いことが、立ち合いの結果を見るまでもなくレンベルク皇帝には分かった。
 一対一の戦いであればゼムはレンベルク皇国で一、二を争う強者。それにヒューガが勝つ。結果よりもその戦い方に興味を引かれる。

「じゃあ、始めるか」

「おう!」

 ゼムの構えはレンベルク皇帝にも見慣れたもの。大剣を肩に担ぐようにしている。一方のヒューガに特に構えはない。剣をぶらりと下に降ろし、やや膝を曲げた状態で立っているだけ。
 じりじりとすり足のような形で前に進むゼム。

「ふん!」

 二人の距離が詰まったところで、大きく前に一歩踏み出したゼムが、それと同時に大剣を一気に振り下ろした。体を躱すだけでそれを避けるヒューガ。それを追うように振り下ろされた大剣が角度を変えて、ヒューガの脇腹を襲う。バックステップでそれを躱したヒューガ。空振りした大剣が大きくその前を通り過ぎたが、ゼムはその勢いをそのままに体を一回転させると更に前に踏み込んだ。

「おっ!」

 不意を突かれて軽く声をあげたヒューガ。それと同時に固い金属音が響いた。一回転して戻ってきたゼムの剣を、ヒューガは持っていた剣で上に刷り上げていた。

「「「うぉおおおおっ!!」」」

 それを見て、一斉に歓声をあげる兵たち。その次の瞬間には剣を跳ね上げられ、がら空きになったゼムの懐にヒューガは立っていた。

「はい。終わり。だけど、ちょっと驚いた」

「……やった。やったぞぉー!!」

「「「うぉおおおおっ!」」」」

 両手をあげて喜ぶゼム。それを見てまた兵から歓声があがる。

「……負けたくせにゼムは何を驚いているのでしょう?」

「剣を使わせたことを喜んでいるのはないか?」

「初めて剣を使わせたということですか? レンベルク帝国の将として情けなさすぎます」

「いや、ゼムは強くなった。お主はゼムのあの最初の一撃を避けられるか?」

「……難しいでしょう。振り下ろされた剣はかわせます。だが次の変化は対応できるとは思えません」

「何度か立ち合いを行っていて、ゼムの剣を知っているのであろうが……強いな、あの王は。ここまでとは思っていなかった」

「はい」

「また何か始まるようだな」

 ゼムと二言三言、言葉を交わした後、ヒューガはゼムから大剣を受け取って彼と距離を取っった。大剣を肩に担ぐようにして構えるヒューガ。ゼムは先ほどの構えと同じものだ。
 一歩踏み込んで大剣を振り下す。そこから横への変化。そのまま一回転して力強く前に踏み込む。先ほどのゼムよりも更に速く同じ動きを再現している。
 それが終わると次は、同じ動作から最後の一回転の時に踏み込むことはせず、片手に剣を持つことで剣先を前に伸ばす。次は、そこから正面にとどめた剣に体を寄せるようにして横薙ぎの一撃を加える。更に次。ゼムの行った攻撃を次々と変化させていく。

「……美しい」

 それを見ていたアステイユが呟く。

「舞を見ているようだな」

「…………」

 レンベルク皇帝の声はアステイユの耳には届いていないようだ。何度も繰り返される、ヒューガの剣技をじっと見つめている。その様子を見て、レンベルク皇帝の口元に笑みが浮かんだ。まずは二人か。レンベルク皇帝の心のつぶやきは誰にも聞こえない。

「変化として今思い付くのはこれくらいかな?」

 剣を振るのを止めて、ヒューガはゼムに向かって言った。

「はい」

「でも、ゼムさんが目指すのはここじゃない。ゼムさんの剣は技の剣じゃない。力の剣だからな」

「では俺が目指すものは何ですか?」

「今、見せる」

 大剣を肩に担ぐ、ゼムのいつもの構えを取るヒューガ。目の前にいたはずのヒューガの姿を一瞬見失ったゼムが、次に見たのは目の前にいるヒューガだった。大剣が自身の肩の上にある。

「……今のは?」

「動きの無駄を一切省くとこうなる。一切は言い過ぎだな。俺も完璧に出来ているわけじゃない」

「無駄を省くとは?」

「予備動作を消すということ。人が動く前には必ず予備動作がある。それはゼムさんも知ってるよな?」

「……言葉はなんとなく」

「えっ? それでどうやって相手の動きを読むんだ?」

 相手の動きを読むには何らかの兆候、つまり予備動作を感じ取る必要がある。ゼムも、はっきりと目に映るものではなくても、なんらかのものを感じ取っているはずだとヒューガは思っている。

「常に先手が俺の戦い方なのです」

「……まあ、正しい。でも相手が予備動作を読めれば、ゼムさんがいくら先手を取っても攻撃は当たらない。それは俺と立ち合っていて分かるよな?」

「はい」

 いくら頑張っても自分の攻撃はヒューガに届かない。三か月間、ゼムはそれを思い知らされてきた。

「今日、俺が剣を使ったのは一回転する動作が俺の不意を突いたから。剣の動きに体を任せて回転しただろ? 結果として予備動作がなかったと同じになった」

「なるほど。そういうことですか」

「攻撃を当てたければ予備動作を出来るだけ減らすこと。それが出来れば、ゼムさんは先手を取ったまま、相手を倒すことが出来る」

「それを身につけるにはどうすれば良いのです?」

 なんとなく理屈は分かった。だがどうすればそれが出来るのかがゼムには分からない。

「それはもう教えてある。体の動きの把握の仕方を教えただろ?」

「はい」

「それが出来たら、無駄な動きを探るんだ。ちょっと地道な鍛錬になる。例えば腕を曲げるときに動く場所を見極める。それが出来たら、順番に動かないように意識する。それで同じ腕を曲げる動きが出来れば、それは無駄な動きだ」

「……なるほど」

 とは言ったものの、頭でも完全に理解出来ているわけではない。仕方がない。理解出来るのは体の動きを把握できるようになって、実際に試してみるしかないのだ。

「歩くとかになると、体のそこら中が動くから、始めは指とか肘を曲げるくらいのところから始めたほうがいい。慣れてきたら徐々に複雑な動きを試すんだ」

「わかりました」

「但し、気を付けなければいけない事がある」

「なんでしょうか?」

「その鍛錬と普段の鍛錬できっちり頭を切り替えるように。それを意識し過ぎると歩くことも出来なくなるから。全く異なる時間にやったほうが良いな。俺の経験では初めは寝る前がいいと思う。寝て起きれば、頭は切り替わってるからな」

 これはヒューガ自身の経験に基づいた助言。普段人は、どうすれば歩けるかなど考えながら歩かない。自然に出来る動きを意識して行うとかえって動かすべき場所が分からなくなったりして動けなくなるのだ。

「わかりました」

「教えることはこれくらい。三か月間ご苦労様」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」

 周りを囲んでいた兵が、一斉にヒューガに向かって頭を下げる。少し照れくさそうにしながらも、それに手をあげてヒューガは応えた。

「ヒューガ王、万歳」

 兵のうちの一人がやや控えめに万歳の声をあげる。やがてその声は広がり、

「「「ヒューガ王! 万歳!」」」「「「万歳!」」」「「「万歳!」」」

 三千の兵が一斉に万歳を唱え始めた。

「静まれ! 静まれ!」

 それを止めたのはアステイユ。中央にでたアステイユの隣にはレンベルク皇帝が立っていた。それに気付いた瞬間に兵の熱狂は冷める。皇帝陛下の目の前で他国の王を称えた自分たちの迂闊さに気付いたのだ。

「ちょっと盛り上がり過ぎたな」

「いや、かまわん。たった三か月でよくもまあ、兵を掌握したものだ」

「そんなつもりはないけど」

「まずは合格だ」

「合格?」

「こっちの話だ。これからも頼むぞ」

「……ああ」

 レンベルク皇帝はヒューガの手を取って、それを高く掲げた。

「ほら、皆の者! 世話になったヒューガ王を称えんか!」

「……ヒューガ王、万歳。皇帝陛下、万歳!」

 レンベルク皇帝の許しを聞いて、一人の兵がまた万歳を唱え出した。

「「「「ヒューガ王、万歳! 皇帝陛下、万歳!」」」」

 それに応えて一斉に万歳を唱える兵たち。平原にその声がいつまでも響き渡った。