月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #158 英雄であること

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 停滞状態にあったモンタナ王国における国王と王弟派の戦いが動き出そうとしている。戦場となりそうな場所は王国東部の街ニュールン。領土内を東西、南北に延びる中央街道のひとつ、中央部から東部に繋がる中央東街道の東端にある街だ。
 王弟派としては、恭順を約束している王国北東部との連携を図る為に押さえておきたい場所。さらにそこから東西南北の中央街道が交差する王国中心部、物流の要であるセントールを奪えば勝敗は決したも同じ。国王軍を北東部に押し込め、モンタナ王国の支配を固めていけば良い。それで国王派は、無駄に戦いを行わなくても立ち枯れる。そういう考えだ。
 当然、国王側はそれを許すわけにはいかない。ニュールンを、王国東部を奪われない為に軍勢を送り込むことになる。これまでにない大規模な正面衝突が起きるのだ。

「決戦を前にした前哨戦のつもりが、ほぼ決戦と同じような規模になるということです」

「どうして、いきなりそんな戦いが始まることになったのですか?」

 ずっと停滞していた戦いがいきなり急加速した。クリスティーナ王女にはそうなった理由が分からない。正確には理由は分かっているが、どうやってそういう状況を作り出したのかが分からない。この状況を作り出したのはグレン。それは明らかなのだ。

「王弟派は中央の街セントールをうかがう気配を見せています。当然それは振りだけ。本当の目標であるニュールンから目を逸らさせる為です」

「でも、それは失敗するのですね?」

「はい。王弟派の作戦は国王に筒抜けですから。しかも筒抜けであることを王弟が気付いていないことも知っている。まんまと裏をかいて、王弟派に大打撃を与えられると喜んでいます」

「そういうことですか……」

 王弟派にニュールンを攻めさせるように誘導しておいて、それが決まるとその為の作戦を国王側に伝える。どちらも相手の裏をかけると考えているが、実際は王弟派のほうが不意を突かれることになる。だからといって国王が一気に有利になるわけでもない。国王には別の敵勢力がいる。クリスティーナ王女率いる義勇軍がそうだ。
 勝利に終わっても国王軍はニュールンから退くことは出来ない。王弟派から守り続ける為にそれなりの軍勢を配置しておかなければならないのだ。その分だけ後方の守りは薄くなる。

「お互いに慎重でしたが、一度大きく動き出してしまえば、もう勢いは止まりません。ニュールン、そしてセントールの二か所を中心として戦いが行われることになります。我々がいてもそれは同じ。国王側にその二つの街を放棄するという選択肢はありませんから」

 二拠点を王弟派に奪われればそれで終わり。それに比べればクリスティーナ王女率いる義勇軍など脅威とはいえない。国王軍に動かないで静観するという選択はない。自軍に有利な戦いが出来そうとなれば尚更だ。

「私たちはどうするのですか?」

「しばらくは様子見でしょうか? 軍を鍛えながら時を待つということになります。そうならない時はかなり厳しい状況です。王弟派が大きなダメージを受けることなく、二拠点を奪うということですから」

 戦いはウェヌス王国軍を味方にしている王弟派が最後は勝つ。その時が遅れれば遅れるほどクリスティーナ王女率いる義勇軍に有利に働く。自軍を鍛える時が持てるということだけではない。戦いが長引けば、敵である王弟派の軍がそれだけ損耗するのだ。

「ただし、時を見誤ると敗北を悟った国王軍や貴族たちが王弟派に流れてしまうことになります。その前に力を示し、逆にその勢力を自分のものにするようにしなければなりません」

「そうですね」

「我々の戦いはその時です。決して楽な戦いではありません。勝つことはもちろん、王女殿下の下に集えば王弟派とウェヌス王国軍から国を守れる。そう思わせなければなりません。これについては少し先の話ですので、もっと計画を練らなければなりません。当面の作戦についてはよろしいですか?」

「ええ、分かりま」「駄目だ!」

「えっ?」「はっ?」

 クリスティーナ王女の了承の言葉を遮ったのはジョシュア。その意味がクリスティーナ王女とグレンには分からない。

「そんな作戦は駄目だ!」

「駄目って……何がですか?」

 作戦に不備があるのであれば、改めなければならない。自分より明らかに知識も経験も足りない相手であっても、その言葉に耳を傾けることを怠るグレンではない。採用するかは別だが。

「我らが傍観している間、戦場の民はどうなる?」

「それは……ですがこれは勝つために、味方の犠牲を少なくする為でもあります」

 敵対勢力を戦わせて損耗させる。漁夫の利を狙った作戦で、それは味方の負担を減らすことに繋がる。小勢力である義勇軍が勝利するには必要な作戦だ。

「味方の犠牲を減らす為に、民の犠牲に目をつむるのか?」

「…………」

 ジョシュアの問いに沈黙で返すグレン。ジョシュアの問いは正しい。勝敗を考えなければ、人として正しいことを言っている。だがグレンは軍人として、ここにいるのだ。

「いかん! それはいかんぞ、グレン! 他の者であれば良い! 我もこんなことは言わない! だがグレン! お主は駄目だ! お主は英雄だ! 民の希望なのだ! そのお主が弱き民の犠牲に目をつむるような真似は許されない!」

「ジョシュア様、それは……」

 すべてを捨ててきた。たとえ一時的なことになるのだとしても、今のグレンは一傭兵。その目的は母の残した災厄を取り除くこと。これもまた一個人、魔女と呼ばれた最悪の謀略家の息子としての行動なのだ。
 それはジョシュアも分かっているはずだとグレンは思う。

「民を見捨ててはならん。グレン、お主は英雄なのだ」

「……俺はもう王ではありません」

「分かっていて言うな。王と英雄は違う。英雄は地位ではない。その生き様をいうのだ」

 王の座を捨ててきたとしても、グレンが英雄であることに変わりはない。ジョシュアはこう考えている。

「王であることを辞めた俺に英雄なんて肩書きを背負えというのですか?」

 英雄などと呼ばれることを望んだことは一度もない。そんな肩書きなど迷惑なだけだ。

「お主の意思など関係ない。英雄とは名乗るものではなく、認められるもの。グレンが英雄であるかどうかは周囲が決めることだ」

「……英雄として振る舞うつもりなどありません」

「我はそんなことは言っていない。お主はお主らしく振る舞えば良いのだ」

「……どういうつもりですか?」

 何故、ジョシュアは自分を英雄にしようとするのか。それに何の意味があるのかがグレンには分からない。普通であれば自分を英雄に祭り上げることで利を得ようとしていると疑うところだが、ジョシュアがそれを考えるとも思えない。

「我は人々を助けたい。そしてグレンにはその力がある。それだけのことだ」

「……英雄だなんて持ち上げる必要はありません」

「持ち上げているつもりはない。事実を述べているだけだ。だが、まあそうだな。英雄なんて単語には何の意味もない。お主がどうするかだ」

「俺は」

「本当に民の犠牲を良しとすることが出来るのか? それが本当にお主が望むことなのか? クリスティーナ王女の為でも味方の為でもなく、自分自身だけの為であっても、お主は同じ選択を行うのか?」

 グレンの言葉を遮って話を続けたジョシュア。人々を犠牲にしてまで勝利を得ようとすることこそ、グレンにとっては自分の気持ちを欺くこと。ジョシュアはそう考えている。

「…………」

 グレン本人はそんな風には思っていない。だがジョシュアの言葉を否定することも出来なかった。自分は何をしたいのか。まさか今ここでこれを問うことになるとは思わなかった。はっきりとした答えが見えないから、グレンは旅に出ているのだ。

「一度、お開きにしましょう。兄上には頭を冷やす時間が必要だわ。それとグレンには……これを読む時間が必要」

 会議の中断を提案してきたマリア。懐から取り出した書状をグレンに差し出した。

「これは?」

「貴方にとって、とても大切な人からの手紙。ソフィア様から私に送られてきたの」

「ソフィアから……分かった」

 大切な人。ソフィアからの手紙であれば、そう言えば良い。それをあえて「とても大切な人から」と表現する意味。それをグレンは理解した。マリアは考えろと言っているのだ。ジョシュアの言葉を、自分のこの先の在り方を。その為には、この手紙を読む必要があると。

 

◆◆◆

 会議を中断し、自分の部屋に戻ったグレン。早速、マリアから渡された手紙を読んだ。中身は予想していた通り、フローラからの手紙だった。遠慮がちな、余所余所しさを感じる言葉遣い。文字もかなり上手になっている。懐かしさは感じられなかった。ただ、離れ離れとなってからの時の経過を痛感させられるだけだった。
 それでもフローラからの手紙であることは間違いない。最後の一文がそれを示していた。手紙の中で唯一、大きく心が震わされた言葉。だがそれも過去の記憶だ。そう思う自分が意外だった。
 では想いもまた過去のものなのか。それは違うと思う。過去のものとして捨て去ることが出来ていれば、自分は今ここにいない。それは明らかだ。
 結論が出そうにないフローラへの想いから離れて、ジョシュアの言葉を考えてみる。英雄なんて呼ばれるのは迷惑だ。だが何と呼ばれるかなど気にすることなく行動するとすれば、自分はどうするのか。味方の為。本当にそうなのか。味方の為に作戦を考えている自分。それは本当の自分なのか。そう思われたいという気持ちから作られた自分ではないのか。
 考えは巡る。これまで何度もこうして気持ちを整理し、割り切り、先に進んできた。だが妥協は許されるのか。すでに妥協して今の自分があるのではないか。
 考えは巡る。だが結論は出ない。

「……どうぞ」

 思考を中断させるノックの音。煩わしさは感じない。部屋を訪れたのが誰だかグレンには分かっているのだ。今、一番会いたいと思っていた人が来てくれたことを分かっているのだ。
 扉を開けて部屋に入ってきたのはマリア。少し緊張した面持ちでグレンに近づくと、そのまま椅子に座っていたグレンの頭を抱きしめた。

「あっ」

 そのマリアの腰を抱えて立ち上がるグレン。そのままベッドに近づくとゆっくりとマリアを降ろす。ベッドに腰かけ、見上げる側になったマリア。グレンを見つめる青い瞳が閉じられる。それにわずかに遅れて、二人の唇が重なった。

「……もしかして気にしてる?」

「……国を捨て、普通であれば勝てるはずのない戦いに立ち上がった理由となった女性からの手紙よ。気にならないはずがないわ」

「妹からの手紙だ……なんて言っても言い訳にしか聞こえないか」

 血の繋がりがないことも、男女としての想いを抱いていたこともマリアは知っている。妹なんて言い方は、誤魔化しているように聞こえるだけだとグレンは思った。

「本物だったのね?」

「争いを終わらせて欲しいという思いは本物かな? それ以外は適当に誤魔化している感じ。エドワード王に会ってほしいという言葉も本物か。それで平和が訪れるならということだと思う」

 エドワード王に書かされた。そういう内容ではないとグレンは判断した。強制されたものであるなら、「レン、愛している」の最後の一文はいらない。本人の意思だと分かって欲しいという意味だとグレンは受け取ったのだ。

「……会うの?」

「会わない。フローラの望みが平和であるなら、会うことに意味はない。相手がそれを望んでいない」

「そうね。でも、良いの?」

「出来るだけのことはすでにしているつもりだ。フローラが望むなら、いつでも逃げられる状態にある。でも、本人がそれを望んでいない。誰に強制されているわけでもなく、本人の意思で残ろうとしている」

 フローラにはフローラの想いがある。それをグレンは尊重するつもりだ。自分も自分の思いに従って行動している。彼女にもその権利があると思っているのだ。

「……意外。そんな風に割り切れるのね?」

 フローラはグレンにとって誰よりも大切な人。ウェヌス王国を捨て、今も、仮初であることを皆が望んでいるが、ルート帝国を離れている。本人が望んでいるのだとしても、敵の懐に置いておくことをグレンが良しとするのが意外に思えた。

「あのさ……俺は貴女が思っているよりもずっと、貴女のことが好きだから」

「えっ?」

「貴女を傷つけてしまうような行動を、自分の思いだけで選ぶような真似はしないってこと」

「グレン……」

 グレンの言葉の意味は自分とフローラを、少なくとも同列に考えているということ。それを聞いたマリアの瞳には涙がにじんでいる。

「やっぱり、マリアもか。ソフィアとリアにも同じことを言っているつもりなのに、全然まともに受け取ってくれない」

 マリアの反応を見て、少し困った様子を見せるグレン。ソフィアには自分は二番目以下という思いがある。ヴィクトリアも騙して父親にさせたという引け目がある。想いの強さはフローラへのそれと変わらないか、それ以上だと告げても信じてもらえないのだ。それはマリアも同じだったのだとグレンは知った。

「ひとつ聞いて良い?」

「何かしら?」

「俺の母は俺の父にどういう形で王になって欲しいと考えたと思う? マリアが俺の母で、俺が父親だとしたらどう考える?」

「どういう形……皆に望まれる形? でも貴方はもうそうなっているわ」

 グレンの質問の意図がマリアには良く分からない。グレンは周りの人に望まれて王に、皇帝になった。それ以上の良い形はないとマリアは思う。

「そうだよな……謀略を使い、簒奪という形で王になったという形は望まないよな。皆に喜ばれる王になって欲しいよな」

 母セシルの謀略は夫であるジンを王にする為のもの。以前考えた可能性、せめて、そうであって欲しいと思った可能性をグレンは考えている。モンタナ王国で母は父にどのような行動を望んだのかと。もしこれが最後の仕上げであるなら、どうあって欲しいと考えたのかを。

「グレン……貴方は人々を幸せにした。王になったことを皆喜んでいるわ」

「そうだと嬉しいけど……じゃあ、モンタナ王国ではどうするべきだと思う?」

 母の想いをマリアに求めるグレン。母が父を愛していて、ただ人を傷つけるだけの謀略を考えたのでなければ、答えは同じであるはずだ。そうであって欲しいと考えている。

「……自分の意思で戦って欲しい。人々の為に戦って欲しい。力のない人々を助ける為に戦って欲しい」

 マリアの考えもジョシュアと同じだ。グレンの謀略の才は認めるが、彼の価値はそんなものではないという思いがある。謀略がグレンを王にしたのではないと。

「じゃあ、そうする」

「良いの?」

「マリアが望むなら俺はそれを選ぶ。これで少しは俺の気持ちを信じてもらえる? まあ、周りに苦労を掛けるのは申し訳ないと思うけど、それは納得してもらう」

「……私一人の意見だわ」
 
 グレンの気持ちは嬉しい。だがソフィアとヴィクトリアを差し置いて、という思いもマリアにはある。

「二人は違うことを言うと思う?」

「……思わないわ」

「俺もそう思う。だから問題ない」

「グレン……どんな結果になっても私は貴方を誇りに思うわ。何があっても私は貴方を信じるわ。グレン、私は貴方を愛している。愛し続けるわ」

 絶対に勝てるという保証はない。多くの人を死なせてしまうかもしれない。それにより世間から非難され、恨まれるかもしれない。どんな最悪な事態になっても自分はグレンの側を離れない。出来る全てのことをして支え続ける。愛し続ける。グレンの決心に自分も応えなければならないとマリアは思っている。

「……俺も貴女を信じています。愛しています。そんな貴女に巡り合えた運命に感謝しています」

「私も……グレン……グレン……」

 重なる唇。重なる体。これから始まる厳しい戦いを前にして、一時、二人は全てを忘れる時間を持った。ただただ相手のことだけを想い、それに没頭する時間を。お互いに相手に出会えたことに感謝する時間を。自分を、自分の運命を変えてくれた出会いに。やがてそれはお互いだけでなく、周りにいる全ての人々との出会いに感謝する時間に変わっていく。
 自らを隠し、偽り、他人を信じることなく、欺くことを当然として生きてきた少年は、多くの出会いを経て成長し、人を信じ、愛することを覚えた。それに気づいた彼は、自らの意思で、自らの人生を歩み始めた。