月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #156 求めるものが違う

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 権力を手に入れることで出来れば、すべてが上手く行くはずだった。自分が国王になれば国を正しい方向に導き、多いに発展させることが出来るはずだった。多くの人が自分の登壇を喜び、期待し、それに応えた自分は名君と称えられるはずだった。はずだった。はずだった。はずだった。
 まだ過去のことにするのは早い。彼の治世はまだ始まったばかりなのだ。そうであるのに彼の心から焦りは消えない。この人が王になって良かったと思われるだけの業績を一日でも早く実現したいと考えている。彼は知っているのだ。自分が悪しき手段を使って、玉座を奪ったことを。自分が簒奪者であることを。

「……そう。行方はまだ分からないのか」

 ギルバート宰相の報告を聞いて、残念そうな表情を見せているエドワード王。作られた表情だ。彼はギルバート宰相が行方を捜させている人物、トルーマンの行方を、すでに彼が死んでいることを知っている。

「やはり、亡くなられたのでしょうか? だとすれば、何故……?」

 口にしなくて良い疑問を口にしてしまうギルバート宰相。仕方がない。彼はトルーマンが亡くなったのは、エドワード王の簒奪を実現する為であることなど知らないのだから。これがエドワード王にとっては問題。ずっと側近であったギルバート宰相にだけは知らせておくべきだった。はたして、ギルバート宰相が暗殺の実行を受け入れるかは別にして。

「トルーマンの復帰が難しいとなれば、今の体制でなんとか乗り切るしかない」

「はい……」

 北の小国オルテナ王国への軍の派遣。国が割れた状況での介入だ。戦いに不安はないはずだった。だが、事態は考えていたよりも遥かに厳しい。エイトフォリウム帝国、実際はルート帝国だが、とゼクソン王国、そして恐らくはアシュラム王国も含めた三国の不穏な動き。それがはっきりとした敵対的な行動にまで発展すれば、またウェヌス王国は敗北を喫することになるかもしれない可能性が出てきた。
 そうなって、慌ててトルーマンの復帰を積極的に進めようと動き出したのだが、それは無駄だった。エドワード王には初めから分かっていることだ。ただ初めから「無駄なことは止めろ」とは言えなかっただけで。

「……アステン将軍は?」

 東方三国への備えとして展開している軍の総指揮官を、カー大将軍からアステン将軍に変更する。これはすでに決められていることで、その状況をエドワード王は尋ねた。

「実質的な引継ぎは済んでいるという報告は届いております。あとは肩書なのですが、いかが致しましょうか?」

 アステン将軍の現在の地位は辺境将軍。中央の国軍三軍の将軍よりも序列は下。当然、元々の総指揮官であるカー大将軍よりも。そのままの肩書で上位の将軍、大将軍を下につけて良いのか。戦闘にはまったく関係ないことではあるが、正式な命令を発する上では決めなければならないことだ。

「……特例として、派遣軍の総指揮官にするだけで良いのではないかな?」

「辺境将軍のままということですか?」

「だから特例として。まさかこの為だけに大将軍の上の地位を作るわけにはいかない。元帥にすることもね」

 実力と経験でカー大将軍よりも優れているだろうアステン将軍を総指揮官にすることには文句はない。だがその為にアステン将軍の地位をあげることには、エドワード王は抵抗を感じている。トルーマンを死なせたのは自分。それを万一、アステン将軍が知る時が来たとしても、彼の自分への忠誠心が揺らぐものではない、なんて自信はまったくないのだ。
 腹心と思える部下が軍部にいない。これはエドワード王の悩みの一つだ。その位置に据えるはずだったグレンは今は敵と考えるべき存在。若手の有力者を抜擢することで自分への忠誠心を高めようにも、ハーリー、カーの二人の大将軍がその若手の有力者。彼ら二人を抜擢したのはジョシュアなのだ。

「では総指揮官に任ずるという命令だけを発することに致します」

「ああ、それで頼むよ。他に何かあったかな?」

「……急ぐことではありませんが、フローラ様の肩書についてはいかがいたしましょうか?」

「フローラの肩書?」

 エドワード王にはギルバート宰相の問いの意味が、すぐには分からなかった。

「フローラ様の人気は絶大で、民の多くは王妃になるものだと思い込んでおります」

「……それについては以前、話したはずだけど?」

 フローラを王妃にするという気持ちはエドワード王の中でかなり薄れている。フローラを側に置いておいてもグレンを従わせるのに役に立ちそうもない。そうであるなら、関係が最悪の状況となった場合の改善策のひとつとして、グレンの下に帰せるようにしておくべきではないか。王妃にしてはそれが難しくなってしまう。

「そうですが……民が望んでおります」

 ギルバート宰相はフローラに王妃になってもらいたい。グレンとの関係改善が図られなくても、フローラの存在はウェヌス王国の為になると考えているのだ。

「民が……そうだね。考えてみるけど、まずはモンタナ王国での戦いを終わらせることだ。戦時中に決めることではないよね?」

 民の強い支持はないよりはあったほうが良い。だが、それがどれだけ自分の権限を強める為の力になるのか。エドワード王は期待する気になれない。

「……そのモンタナ王国ですが、戦況が停滞しているようです。お聞きになっておりますか?」

 エドワード王の答えは結論の先延ばしであることは明らか。そうであることは分かっているが、無理に押しても何もならない。そうであるなら、その優先すべきことを片付けることを急ぐべきだとギルバート宰相は判断した。

「ああ……王弟を優勢にし過ぎてしまったようだね?」

 王弟には欲が出ている。自分に従う軍勢を損耗することなく王権を奪いたいという欲が。国王になったあと、ウェヌス王国の影響力を最小限にとどめたいという欲が。
 戦わずして勝つ。それが出来るのではないかと思ってしまうほど、優勢であることが原因だ。

「陛下はどのようにお考えですか? 王弟の言い分を聞いていては、決着は先延ばしになるばかりだと思います」

 ウェヌス王国はグレンの支配下にある三国への備えの軍勢も含めて、二万以上の兵力を展開している。戦闘になっていないからといって、何の負担もないわけではない。大軍が展開しているだけで それが消費する物資は、かなり国庫の負担となるのだ。
 もともと余裕のない中での出兵。長期化となれば、ウェヌス王国の財政はさらに厳しい状況に追い込まれることになる。

「……そうだね。長期化は望ましくない。戦況は動かすべきだね」

 エドワード王も長期化は望んでいない。モンタナ王国など一蹴して、次の戦いに備えたいのだ。だがゼクソン王国と他の二国の動きが、ウェヌス王国軍を慎重にさせている。ましてモンタナ王国の内戦にグレンが介入してくる可能性に気付いてしまうと、さらに迂闊に動けなくなる。
 とはいっても何もしないまま時間が過ぎるだけでもウェヌス王国は、エドワード王は苦しい立場に追い込まれることになる。それがギルバート宰相も分かっているので、エドワード王の考えを確認しようとしているのだ。

「ハーリー大将軍に、強引にでも軍を動かすように伝えますか?」

「ああ……いや、それはスタンレー元帥に任せよう。軍の指揮系統は、たとえ王である私の命令であっても、守ったほうが良いだろうからね」

 それらしい理由を語っているが、これも先延ばしをしているだけ。ギルバート宰相を動かす前に、エドワード王は確認したいことがあるのだ。

「承知しました。私のほうからは以上になりますが?」

「私もない。ご苦労だった」

 ギルバート宰相との打ち合わせはこれで終わり。彼が部屋を出ていくのを待って、エドワード王は口を開く。

「……入って」

 廊下まで聞こえることのないようにトーンを落として、声を発したエドワード王。その声に応えて姿を現したのは、隠し部屋に潜んでいた銀鷹傭兵団のスパロウだ。

「話は聞いていたね?」

「もちろんです」

「モンタナ王国の戦況を動かしたい。出来るかな?」

 質問になっているが、これは命令。モンタナ王国に潜り込んでいる銀鷹傭兵団を動かせという命令だ。王弟が反乱を決断したのは銀鷹傭兵団の、王弟は傭兵団の存在も知らないが、働きかけがあったから。それを行った者たちは、まだ王弟の側にいるのだ。

「承知しました。すぐに伝えます」

 スパロウは考えることなく、命令を受け入れた。成功する自信はある。たとえなくても拒否することは出来ない。

「エイトフォリウム帝国のほうはどうなっているのかな?」

「ルート王国です」

「まだその国名は公になっていない。二人きりの場でも、こういうことには気を使うべきだよ?」

 まずないことだが、こうして密談している最中に誰かが部屋に入ってくる可能性は無ではない。無意識のうちに声が大きくなり、廊下に会話が聞こえてしまう可能性だってある。もちろん、そういうことになっても誰もエドワード王を問い詰めることなどしないだろうが、銀鷹傭兵団の存在は、そこまで具体的でなくても、普通の臣下とは違う怪し気な者たちと接触しているという事実は知られたくないのだ。

「……気を付けます」

 こう答えたスパロウではあるが、内心ではそこまで気にする必要はないと考えている。面倒くさい主人だと思うだけで、言われたことを無視するわけではないが。

「それで?」

「入国にはなんとか成功したようです。かなり身元は厳しく調べられるようですが、送り込んだ者たちの素性は問題ないものですので」

「そう……では、もう行動を起こしている頃かな?」

「恐らくは。ただ結果は潜り込んだ者たちが戻ってくるまで分かりません」

 エイトフォリウム帝国への侵入は難しい。なので今回、スパロウはウェヌス王国内にいる旧エイトフォリウム帝国出身者を利用した。縁者がエイトフォリウム、ルート帝国に残ったままの人物であれば、入国は許されるのではないかと考えたのだ。それは結果として上手くいった。まだ入国に成功したというだけであるが。

「それは仕方がない。吉報が届くのを祈るしかないね」

「……言い訳のつもりはないのですが……すべてが成功する保証はありません。現地の状況はまったく分かっていない。当然、細かな指示を出すことも出来ないのです」

「……分かっている。最悪の場合の想定はすでに出来ているから問題ない」

 銀鷹傭兵団の策謀が露見すれば、グレンとの敵対関係は決定的になる。だが、現状と何が違うのかという思いがエドワード王にはある。それを恐れて動かないでいては、何も得られないのだ。
 エドワード王はリスクを恐れずに動き出そうとしている。だが、その選択は正しいことなのか。同じ動くでも他の方法があるのではないか。それを教える者は誰もいない。

 

◆◆◆

 ほぼ毎日、フローラは城を出て、都のどこかに行っている。全てが自分の為ではない。ウェヌス王国の、というより大公領で暮らしていた時からの知り合いであるギルバート宰相たちの求める役割も果たそうとしているのだ。王妃という座を望んでいるわけでも、受け入れているわけでもない。王都はフローラが知るかつてとは、といっても彼女は裏町しか知らなかったが、様子が違っている。度重なる戦争により、王都は活気を、豊かさを失っている。その影響は貧しい人の暮らしをより厳しいものに変えている。それをフローラは知ってしまったのだ。
 では自分に何が出来るのか。フローラは考えたが何もなかった。フローラはなんの肩書も権限もない存在。人々の暮らしをなんとか出来る力はない。だからといって見て見ぬ振りも出来ない。フローラは宰相という肩書を持ち、権限もあるギルバートに相談したのだ。
 ギルバートの答えは民の声を聞き、それを自分に教えてくださいというもの。民が何に困っているのか知ることが出来れば、自分の権限で出来ることが何かあるかもしれない。そうフローラに伝えた。
 実際には、ギルバートは全ての要求に応えることは出来ない。そのつもりもない。だが、人々とフローラが接点を持つ機会になればそれで良いと考えている。その中で、自分の権限が許す範囲で、かつ国政に影響を与えないようなことだけは対応しようと考えているのだ。
 フローラにとってはそれでもありがたい。ただの伝言役であっても何もしないよりはマシ。まずは身近な、とフローラが思っている、裏町の人々と話をすることから始め、その活動を徐々に他の場所にも広げていった。
 ギルバート宰相の思惑通り。人々はまずフローラの外見に魅了され、彼女の人当たりの良さに心を和ませ、丁寧に自分たちの話を聞く姿勢に敬愛の思いを抱くようになった。将来の王妃が自分たちのような庶民の声に、真摯に耳を傾けてくれている。こんな誤解もあってのことではあるが。

「……施しを続けるだけでは意味がないのは分かるよ。でも、じゃあどうすれば良いの?」

 人々との触れ合いは喜びや楽しさだけをフローラに感じさせるものではない。求めているものを知っても、どうにも出来ないこともある。それに心を痛めることもある。

「人々が働ける環境を作ることかな?」

「環境って?」

「そうだな……食堂で働けるように料理を覚えるとか、大工の技術を身につけるとか、手に職をつけるってやつ?」

 フローラの問いに答えている健太郎。ただその答えは自信なさげだ。異世界の知識を実現するのは難しい。それを健太郎は思い知らされている。

「……それが出来たら働けるの?」

「いや、手に職をつけても、それを活かして働く場所がないと駄目だね。景気が良くなって、仕事が忙しくなって、手伝ってくれる人が必要になると新しい職場が生まれる」

「けいき?」

「えっと……みんなが豊かになって、お金を使うようになること、かな? 多くの人がお金を使うことを躊躇わなくなって、沢山注文すれば食堂は忙しくなる。そうなると人手が必要になるよね?」

「ああ。それで新しい人を雇うのね。そういうお店が増えれば、今は働けていない人も働けるようになる」

 健太郎の説明に納得した様子のフローラ。フローラには政治や軍事のことは分からない。仕事も、大公時代のエドワード王の下で侍女のようなことをしていただけ。健太郎の説明に対して、即座に問題点を見つけ、それを指摘するようなことは出来ない。

「そう。それだけでは足りなくなり、新しい食堂が出来る。そうなるとまた働く人が必要になる。お金を稼げる人が増えれば、使われるお金も増える。そうしてまたお店は忙しくなる。これが繰り返される状況が最高だね」

 納得してもらえると健太郎も嬉しくなって、さらに話を続けたくなる。

「……でも今はそうじゃない」

「景気は悪いね。人々がお金を使わないから、お店も苦しい。人を雇うどころか、辞めてもらわなくてはならなくなり、お金を使う人がいなくなる。そしてさらにお店を苦しくなる。悪い循環だ」

「どうしてこうなの?」

「戦争のせいかな? しかもまた負けるかもしれないと思えば、いざという時に備えて、お金は大事にしようと思うよね? 戦争で儲けている人もいるはずだけど……そういう人は少ないってことかな?」

 戦時景気という言葉も健太郎は知っている。だがその恩恵にあずかっている人が誰なのか、彼は知らない。話に聞いたこともない。

「国に徴収されているのもあるからな」

 健太郎が知らない情報をカルロが伝えてきた。

「徴収って?」

「戦争をする為のお金が足りない。その分を大商家から借りたり、税として吸い上げたりしているのだ。戦争で儲けている商人からはより多く」

「でもその金で軍は物を買う。その金が……戻るだけなのか……」

「そうだ。大商家と国の間を行ったり来たりしているだけ。他に回らないから、戦争に関係のない商売は苦しくなるばかりだ」

 それに何の意味があるのか。大商家は売上だけでなく貸付ているお金が増えて、金利によって得られる収入が、得られるのはかなり後だが、増えていく。無条件で臨時徴収されるよりはマシだ。

「……この国って」

「敗戦国だからな。領土を奪われていないから、その実感が乏しい人も多いが、この国は間違いなく敗戦国。国が傾くのは当然だ」

「…………」

 その責任の一端は健太郎にもある。彼はただ戦場に送り込まれただけ。国政に自分の意思を反映できる立場ではなかった。それでも戦場で勝利を掴みとれなかった責任がある。それを健太郎は認められるようになっている。

「……戦いを終わらせなくてはならないね?」

 国が傾くのは戦争のせい。そうであれば戦争を終わらせなくてはならないとフローラは思う。

「ええ。ただ、簡単ではありません。誰か一人の意思で終わらせられるものではない。だから戦争は遥か昔からなくならないのでしょう」

「……それでも終わらせないと」

 自分に何が出来るのか。またフローラは同じ問いを繰り返すことになる。同じ言葉であって、それでいて難しさが違う問いを。