月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #138 目的は違っても

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 第三軍の訓練場に活気が溢れている、というのは大袈裟だ。全体としては普段と変わらぬ熱意で兵士たちは訓練に取り組んでいる。それはそれで活気があるというべきだが、それを遙かに超える熱意ある訓練を行っている部隊がある。第十大隊第十中隊第十小隊、トリプルテンだ。
 一小隊は十名で構成される。その十名の小隊員に対して、今回雇われた教官は八人。ほぼ一兵士に一人の教官がつく形。パーソナルトレーニングというやつ、とは少し違うかもしれないが、そんな感じだ。
 そのパーソナルトレーニングの教官が鬼であるのだから、教わる兵士たちは堪らない。健太郎にそれなりに絞られてきたつもりだったが、それはまだまだ甘かったのだと気付かされた。実際には、彼等はまだ気付いていないのだが。

「ああ、きつい。かなり体が鈍っているな」

 走り込みを終えたところで、今回教官として雇われたカルロが呟きを漏らす。

「当たり前ですけど、日常の力仕事と軍の訓練はやはり違いますね」

 カルロの感想に同じく教官となったアランが同意を示す。彼等二人はグレンの下で厳しい訓練を経験している。その時に比べると確実に落ちている自分の体力に満足出来ないのだ。

「徐々に戻していくしかない。本格的な鍛錬の開始は半月、いや一月はかかるかもしれないな」

 彼等にとって今行っている訓練は体慣らし。今の小隊員はそれが分かっていない。

「……なんか少し寂しいですね?」

「寂しい? なんで?」

「ずいぶん緩くなったなと思って。俺たちがいた頃はもっと……あれ? 俺、年寄りになりました?」

 トリプルテンでグレンに次ぐ若さであったアランだが、今周囲を見渡せば彼より若い兵士など大勢いる。それだけ時が経ち、大隊の顔ぶれも変わったということだ。

「こうなると第一軍と第二軍が気になるな。ここよりはマシだと思うが……」

 ウェヌス王国軍全体としての戦力。それがどの程度のものかカルロは気になる。

「じゃあ、見に行ってみる?」

「えっ?」

 不意に掛けられた言葉に驚くカルロ。知らない声ではないが、このタイミングで声を掛けられると思っていなかったのだ。

「第一軍と第二軍が気になるなら、見に行ってみようよ」

「……勇者、様」

「勇者じゃなくて小隊長」

「……小隊長と一緒にですか?」

 他軍の様子は気になるが、それを健太郎と一緒に見に行くとなると躊躇いを覚える。カルロの心の中に健太郎への悪印象は残ったままなのだ。

「僕と一緒じゃないと見学は無理だと思うよ」

「小隊長と一緒であれば大丈夫なのですか?」

 他軍の訓練場へ自由に行き来出来るわけではない。基本は立ち入り禁止とされているのだ。そうであるのに健太郎が同行していれば、何故大丈夫なのか。カルロには分からない。

「大丈夫というか……ああ、またコイツかと思われる。第一軍と第二軍は実戦的な訓練をしているから、たまに見に行っているんだ」

「なるほど……」

 意外にも、周囲から良く思われていない自覚はあるのだとカルロは知った。だからといって、たちまち悪感情が消えるわけではないが。

「正直、僕だけだと他軍の強さは分からない。第三軍より強いのは確かだけど」

「まあ、そうでしょう。でも……」

「何?」

「……ゼクソン王国の軍と戦ったのではないですか?」

 健太郎はグレンが率いる軍と戦っているはず。その軍と比較すれば、第一軍や第二軍の強さは分かるのではないかとカルロは思った。

「実は僕、一度もまともにグレンの軍と戦ったことがなくて」

「そうでしたか……」

 カルロもグレンが率いた軍の強さを知らない。強いことは戦争の結果で分かっているが、他国の兵士を率いた場合のグレンがどこまでの強さなのかは気になっていた。

「どうする? 見に行く?」

「……そうですね。行きます」

 他軍の様子を見られる機会は、合同訓練の時くらいしかない。その合同訓練の予定がまったくない状況となれば、健太郎に付いて行くしかないとカルロは考えた。
 悪感情は残していても、それで健太郎を避けるわけにはいかない。信用を得る必要があるのだ。
 ――ということで健太郎と連れだってカルロとグレンの後に小隊長を務めていたロッド。彼も教官となった一人だ。

「……なるほど。かなり差がありそうですね?」

 第一軍の訓練の様子を見て、カルロが感想を口にした。第三軍とは比べものにならない第一軍の動きを見ての感想だ。

「そうだよね。あそこまでの動きになるには、かなり時間がかかるかな?」

「小隊の動きであれば、そう時間はかかりません」

「えっ!? そうなの?」

 第一軍との間に大きな差を感じていた健太郎には、驚きの発言だ。

「あくまでも小隊の動きだけですから。中隊、大隊、そして軍全体となると話は違ってくるでしょう」

 小隊の動きは約束事を覚えるだけ。「だけ」は言い過ぎかもしれないが、そういうことだ。覚え、それを体に叩き込めばそれで良い。
 小隊の動きはそれほど複雑ではなく、十名の意思を統一することも難しいものではない。それが出来ないような兵士は、そもそも兵士になる資格がない。

「そうか……中隊の動きだとどれくらいかな?」

「見当も付きません」

「おおよその目安で良い」

「分かりません。訓練以前に各小隊長をその気にさせなければいけませんから」

 中隊の動きは各小隊の連動が必要になる。それを実現するには個々の兵士を鍛える前に、それを束ねる小隊長たちをその気にさせなければならない。それが出来るかは、健太郎の問題だ。

「……グレンはどうしていたのかな?」

「さっきも思ったのですけど、堂々と名を口にするのですね?」

「えっ? 駄目なの?」

「通じていると……小隊長が思われるはずありませんか」

 健太郎とグレンが裏で通じている。こう考える人はまずいないだろうとカルロは考えたのだが。

「そうか……そういうことにも気をつけないとだね?」

「まあ」

 健太郎はカルロの懸念を理解した。グレンに対して敵意を持たなくなった健太郎自身は、疑われる可能性を心配しているのだ。

「なんて呼ぼうか? あっ、銀狼はどう?」

「バレバレですね」

 銀狼はグレンの代名詞だ。名を呼んでいるのとなんら変わりはない。

「……そうだね」

「別に呼称を使わなくても良いのではありませんか? 誰か分からない呼称を使っていれば、それはそれで変に思われると思います」

「そうか……どうしてた?」

「どうしたというか、実力を示しただけです」

 その能力を、期待も込めて、ドーン中隊長は認めてグレンに権限を与た。さらにグレンがそれに見事に応えてみせたことで、他の人々もグレンに従うことが正しいことだと考えるようになったのだ。

「実力を示すことか……」

 これまでも実力を示してきたつもりだった。だが、それは誰にも認められていない。

「妙案はありません。ですが焦らないことです。小隊はもちろん、第三軍の意識もやがて変わりますから」

「……どうして?」

「戦いが近いのでしょう?」

 実戦が近づけば、嫌でも頑張らざるを得なくなる。それを怠れば待っているのは死なのだ。カルロはこう思って、健太郎に話したのだが。

「近いの?」

「えっ? そうではないのですか?」

 「戦いが近い」という言葉に健太郎が驚いたので、カルロは自分の勘違いだったのかと思った。

「どうしてそう思ったのかな?」

「目の前の訓練を見て。緊張感があると思ったので、実戦を控えているせいかなと。でも違うのですね」

「……分からない。今の僕は小隊長だからね。君がそう思うなら大隊長に確かめてみようか?」

「どうでしょう? 小隊長を特別扱いしているのなら話すかもしれませんけど」

 小隊長である健太郎の耳に入らないということは、まだ公に出来る段階ではないということ。バレル千人将にも伝わっていない可能性があり、伝わっていたとしても口外は禁じられているはずだ。

「でも第一軍は知っている。差別しすぎじゃないか?」

「俺の勘違いかもしれません。それに公にされなくても訓練の内容で兵士には分かるものです。それと上の雰囲気でも。上位の指揮官は知っているでしょうから」

「そうか……」

 降格処分には納得しているが、情報制限は誤算だった。これまで健太郎は勇者として、大将軍の時は尚更、早い段階で情報を入手出来る立場だったのだ。

「知りたいのでしたら軍政局の人間に探りを入れてみてはどうですか?」

「どうして?」

「物資の調達などは軍政局の仕事です。調達数が増えているようなら軍が動く証拠。そういうことです。知り合いはいないのですか?」

「……いない」

「でしょうね。あの人、まだいるかな? 調べてみます」

 平兵士であったカルロにも特別親しい人がいるわけではない。当てにしようとしているのはグレンが親しかった、というか不正を助けてくれた人物。そういう人物であるので、まだ残れているかは微妙だが、カルロは確かめてみることにした。

「……すごいな。こういうこともグレ、じゃなくて彼が教えたの?」

「これは……現場の知恵というやつです」

 情報入手先はグレン絡みだが、こういうことを考える能力はカルロが元から持っていたもの。不正を隠す為の行動で得た能力、とは健太郎には言えない。

「現場の知恵か……そういうのが僕にはない。だから小隊長からやり直せるのはありがたいことなのだけど」

 やはり焦ってしまう。どうやら戦いが近いとなれば尚更だ。

「手柄を立てて、もう少し偉くなったほうが良いでしょうね」

 トリプルテンの小隊長では、カルロたちも使いづらい。健太郎が持つ影響力が、そのまま雇われた自分たちのそれになるのだ。せめて中隊程度は掌握したいところだ。

「手柄を立てる方法がない」

「任務をこなせば良いのではないですか?」

「その任務がない。任務そのものもそうだけど、大隊長に今の小隊では実戦に出せないと言われた」

「もう一度、聞いてみてはどうですか? 教官も参加すると言って」

「あっ、そうか」

 実戦経験の乏しい第三軍の小隊だから駄目なのだ。経験豊富なカルロたちがいれば、その点で文句を言われることはない。

「といっても、いきなり難しいのは止めてください。俺等も勘を取り戻さなければならないので」

「……分かった。聞いてみる」

 悩んでいた問題が、まだ完全にではないが、解決した。知りたいと想っていたことに、これもまだまだ沢山あるが、答えを返してくれる。部下とはこういうものなのかと健太郎は思った。ただこれはカルロが優秀だからということではない。健太郎の部下と向き合う気持ちの変化。これのほうが大きいだろう。
 勇者親衛隊だった騎士の中にも、私欲はあっても仕事は真面目にこなしていた人はいたのだから。健太郎自身がそういう人を自分の側から追い出したのだから。
 まだまだ反省すべきことが多い。それも含めて、やり直しなのだ。

 

◇◇◇

 グレンの元部下であった人々が動き出した。その彼等とは少し違う思惑で動こうとしている人たちがいる。グレンの側に寝返った銀鷹傭兵団のメンバーたちだ。末端組織の乗っ取りと共に、今の彼等の重要な仕事はフローラの保護。だが城に入ることが出来ない彼等には、仮に入れたとしても城の奥に手足のいない彼等にはフローラを保護する術がない。フローラがどのような状態であるかの情報入手も出来ないのだ。
 その点で健太郎が接触してきたのは有り難かった。健太郎を通じて、情報を入手出来る。そう思ったのだが。

「彼等の目的が何か分からないうちは、接触するべきではない」

 健太郎にグレンの元部下たちが近づいている。その彼等の目的が何か分からない状況で動くのは避けるべきだとイーグルは考えた。

「彼の指示ではないのだな?」

 スターリングが親父さんにグレンの指示ではないことを確認する。

「少なくともクレインは聞いていないようだ」

 グレンから直接の指示である可能性もあるので、親父さんはこういう言い方をした。だが、それはないと思っている。グレンが現場が混乱するような状況を作るはずがないと。

「……彼等が自ら行動を起こすとすれば何の為だ?」

 イーグルも親父さんと同じ考えだ。グレンが元部下を動かしたのであれば、自分たちと連携させようとするはずだと考えた。

「ただ軍に戻るのではなく、勇者に近づく必要があった。これがヒントだな」

 元部下たちは軍に戻ったのではない。教官という立場を選んだのだ。それに意味があるとスターリングは考えている。

「……そうなると目的は分からないが、目標は同じだろうな」

 目標はフローラ。健太郎がフローラと何らかの接点を持っていることから、親父さんはこう考えた。

「問題はその目標をどうしようとしているか……考えを改めるべきか」

 それを探るには彼等に接触するしかない。最初の考えを改めるべきかとイーグルは思った。

「接触するのは儂だけで良い。彼等がまた店に来てくれればの話だがな」

 食堂の親父として彼等と接触し、情報を探れば良い。時間はかかるかもしれないが、リスクは少ない。だがグレンもフローラもいない鷹の爪亭に、彼等がやってくる保証はない。

「勇者を誘うのだな。彼がこの店を頻繁に訪れるようになれば、その彼に近づいた奴等も来るかもしれない」

「どうやって誘う?」

 イーグルの説明には納得出来る。だが健太郎を誘う口実が親父さんには思い付かない。

「普通にまた店に来て欲しいで良い」

「それで来るか?」

「知らないのか? 彼は屋敷で一人住まいだ。料理人は雇っているようだが、その料理人が作る料理よりも店で食べるほうが良いと思わせろ」

 城外のことであれば、イーグルたちには調べる方法がある。まして勇者である健太郎のことを調べるのであれば、銀鷹の組織を使っても怪しまれることはない。

「……男の俺に、勇者の胃袋を掴めと?」

「食堂なのだからおかしくはないだろ?」

「それはそうだな。だが飯ならもう食わせた」

 健太郎は用事がある時しか顔を出していない。胃袋を掴むことに失敗したのだと親父さんは考えた。

「この辺りの住民に嫌われているという自覚があれば、足は向かないだろう」

「なるほど。そうであれば、その心配をなくす必要があるな。城の外に住んでいるのだな?」

「そうだ」

「ではこちらから差し入れを持って押しかけるか。いや、儂が動くと組織が怪しむか」

 健太郎と唯一接点がある親父さんは、鷹の爪亭から動けない。銀鷹傭兵団の組織の中で、外で活動する役回りを与えられていないのだ。

「では私が誘いましょうか?」

「「なっ!?」」
「何者だ!?」

 密談の最中にいきなり掛けられた声。スターリングは咄嗟に隠し持っていた剣を抜いている。

「その反応はどうでしょう? 相手が殺意を向けていないのですから、まずは後ろめたいことがない振りをするべきでは?」

 スターリングの持つ剣を見ても、現れた女性にはまったく怯む様子はない。それどころか反応が悪いと注意をしてきた。

「……誰だ? どうやって部屋に入ってきた?」

「そうですね。まずはそれくらいの反応にしておきましょう。あっ、驚くのは問題ありません」

「こちらの問いへの答えは?」

「誰への答えは協力者。協力者で分からなければ、主を同じくする者でどうですか? どうやっては内緒です」

「……間者か」

 女性はグレンに仕える間者だとイーグルは判断した。いくら真剣に話をしていたといっても、部屋に入ってきたことに気付かないほど自分たちは鈍感ではない。相手にそれに気付かせない技量があるのだと考えたのだ。

「協力者と言いました。それ以上のことを教えるつもりはありません。それよりも、勇者の件はどうしますか?」

「色仕掛けか?」

「その必要はありません。こう言えば良いのです。『小隊長になられたそうで。以前、同じ小隊の隊長が宿に住んでおりまして、よく隊員を呼んで宴会をしていました。これも何かの縁。またご贔屓にしていただけませんか』という感じで」

 健太郎が持つグレンへの憧れを利用しようという策。今思い付いたことではない。すでにある程度、健太郎について探りを入れた上でイーグルたちに接触したのだ。

「……任せる、で良いか?」

「ああ」「良い」

 イーグルの問いにスターリングと親父さんは了承で返した。女性の説明に二人も納得したのだ。

「ではお任せを。私のことは……カスミと呼んでください。この名前、気に入っているの」

「分かった」

 女性の言い方だとカスミは偽名。別に気にしない。イーグルもスターリングも本名ではないのだ。本名など捨てたつもりなので、偽名を使っている意識は当人たちにはないが。
 ヤツの組織が動き出したことで別々の動きが連動し始める。ただ目的が一つになるかは、まだ分からない。目標であるフローラの気持ちが固まっていないのだから。