月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #135 まさかの結びつき

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 トリプルテンの調練は、少し前とは異なり熱気を帯びている。訓練メニューそのものは厳しいものであったが、それに対して初めから出来ないと思って真剣に取り組まなかった隊員たち。訓練メニューが厳しいだけで、逆に隊員たちの様子は気の抜けたものだったのだ。だが今はそれが許されていない。出来ないのであれば出来るところまで隊員たちは訓練をやらされている。

「ほら! これでもう三周遅れだ! 急いで急いで!」

 ふらふらになって走っている、というより歩いている隊員の背中から、健太郎は声をかける。その隊員を追い抜くとまた前を走っている隊員に。

「頑張れ! これに耐えられないと、実戦で生き残れないよ!」

 励ましの言葉をかけて追い抜いていく。これをひたすら続けていく。健太郎自身に何周走るというノルマはない。決めているのは他の隊員が走れなくなるまで走るということだ。
 長距離走が終わると今度は立ち合い。健太郎が隊員たち全員の相手をしている。

「さあ、来い!」

 と言われても、疲れ切っている隊員たちの動きは鈍い。それを見ても健太郎は心を鬼にして鋭い振りを、絶対当たらないように、隊員たちに向ける。実戦が無理であれば、せめて自分の剣で死を感じさせる。そう考えたのだ。

「よし! じゃあ、ストレッチ!」

 訓練の最後はストレッチ。怪我の予防や柔軟性を向上させる為に、たっぷりと時間をかけて行うことにしている。そんな健太郎たちに他の小隊の人たちは奇異の目を向けている。かつては第三軍第十大隊全体に広がっていた習慣だが、今はそれを伝える人もいなくなった。彼等はストレッチを、勇者がなんだかおかしなことを始めていると見ているのだ。
 健太郎はそんな周囲の目を気にしないようにしている。自分は間違ったことをしていない。そう信じようとしているのだ。
 ただ今、周囲から向けられている視線はそれとは違う。視線を直接向けられているのも健太郎たちではなく、別の集団だ。

「……隊長」

 先にその視線に、その視線の先の集団に気が付いたのは部下だった。

「何?」

「あれは……近衛騎士でしょうか?」

「えっ?」

 部下が視線を向けている先に健太郎も顔を向ける。確かに部下の言うとおり、近衛騎士たちが歩いてきている。近衛を首になった立場の健太郎にすれば、良いこととは思えない。

「ケン・アヤセ!」

 近衛騎士の一人が健太郎の名を呼んだ。

「……何かな? 今、訓練中なのだけど」

「いいから来い!」

 訓練を理由に呼び出しを避けようとしたのだが、そんなことが通用するはずがない。近衛騎士を怒らせるだけだった。

「……分かったよ」

 仕方なく健太郎はストレッチを止めて、近衛騎士の集団に近づいていく。

「そこで止まれ!」

 だが少し離れた場所で、近衛騎士に止められることになる。来いと言ったり、止まれと言ったり。健太郎の心に苛立ちが湧いてくる。
 だがその苛立ちは一瞬のこと。すぐに跡形もなく消えることになった。

「フローラ様、どうぞ」

 この近衛騎士の言葉によって。
 近衛騎士に促されて、集団の後ろのほうに隠れていたフローラが姿を現した。わざと隠れていたわけではない。屈強な近衛騎士に周囲を囲まれて、小柄なフローラが見えなくなっていただけだ。

「……フローラ」

 何故、フローラが自分の前に姿を現したのか。健太郎にはまったく理由が思い付かない。

「…………」

 困ったような顔で健太郎を見つめているフローラ。気まずい時間が二人の間を流れる。その沈黙を破って、先に口を開いたのはフローラのほうだった。

「……遠い」

「えっ?」

「こんなに離れていたら、お話が出来ない」

「あっ、いや、でも……」

 それを指示したのはフローラを護衛している近衛騎士だ。文句を言われても、健太郎は困ってしまう。

「もう少し近くに来て、いえ、来なさい」

「はい……」

 戸惑いながらも健太郎は、フローラに言われた通りに距離を縮める。それにあわせて前に出てくる近衛騎士たち。かなり健太郎を警戒している様子だ。

「……二人で話したいのですけど?」

「いえ、それはお止めになられたほうがよろしいかと」

 フローラの要求は近衛騎士に拒否された。当然だ。健太郎はフローラに乱暴しようとした。そんな男と二人きりに出来るはずがない。それを望むフローラのほうがおかしいのだ。

「……では仕方がありませんね。まずは貴方から言うことがあるのではないですか?」

 二人きりで話すことは諦めて、フローラはこの場で話を始めることにした。

「言うこと……あっ、そうか。この間はゴメ」

「許しません」

「えっ?」

 最後まで聞くことなく謝罪の受け入れを拒否するフローラに、健太郎は驚いた。

「許しません」

「……あっ、馴れ馴れしかったか。えっと、先日は大変失礼なことをしてしまい、本当に申し訳あり」

「許さない」

 言葉使いを改めても同じ。フローラは「許さない」を繰り返した。

「……許してもらえるとは思っていない。僕は君に酷いことをしたからね」

 考えてみれば、ただ口で謝罪するだけでフローラが納得するはずがない。彼女の態度も当然だと健太郎は思った。

「諦められても困るのだけど」

「えっ? じゃあ、僕はどうすれば良いのかな?」

「そうね……許されるまで私の奴隷になるのはどう?」

「ええっ!?」「フローラ様!?」

 フローラの発言には近衛騎士たちも驚いている。彼女の発言は近衛騎士たちにとっても予想外のことだったのだ。

「フローラ様、今の発言はいかがなものでしょう?」

「彼はそうされても当然な罪を犯したと思うわ」

「そうかもしれませんが、さすがに奴隷というのは……」

 勇者を奴隷としてこき使うフローラを周囲はどう思うか。それは彼女を妻に迎えようとするエドワード王の評判にも影響を与えてしまう。

「普通に奴隷にするわけではないわ。個人付き騎士。そういう身分があったはずよ」

「フ、フローラ様!?」

 さらにフローラは近衛騎士を動揺させてしまう。個人付き騎士を求めるのは普通に奴隷にするよりも質が悪い。ウェヌス王国の人であればそう思う。

「駄目なのかしら?」

「当然です。個人付き騎士など……あってはならないことです」

 何故、駄目なのかを説明することを近衛騎士は避けた。フローラに男狂王の話をすることに躊躇いを覚えたのだ。

「彼は許されて、私は駄目なの?」

「彼……ああ、それは……それをどこでお聞きになられたのですか?」

 健太郎の話だと分かった近衛騎士。だがそうなると何故、フローラがその話を知っているか気になった。

「誰だったかな? 侍女の誰かが話をしていたわ。彼は両刀使いだって……そういえば、これってどういう意味かしら?」

「……さあ? 私にも分かりません。とにかく個人付き騎士は駄目です」

「では彼はどうやって罪を償うのかしら?」

「……すでに降格になっております」

 近衛騎士から落ちこぼれ小隊の隊長。近衛騎士とすれば、それは軍の頂点から最下層に落ちたことになる。

「でも彼、楽しそうだったわ。罰だと思っていないのではなくって?」

「それは……」

 健太郎を睨む近衛騎士。どうして楽しそうにしていた、という非難の意味だが、それを攻めるのはさすがに健太郎が可哀想だ。

「あの……」

「何だ?」

「僕はかまわないけど」

「何がかまわないのだ?」

「個人付き騎士になっても良い。ただ小隊にもこのまま残して欲しい」

 健太郎にとってはフローラの個人付き騎士は望むところだ。罰どころかご褒美といえる。下心からだけではない。フローラと話す機会が得られる。彼女を守る立場に公式になれるのだ。自分の考えを実現する上で、最も都合の良い立場と言える。

「……それは許されない」

「陛下に聞くだけ聞いて貰えないかな?」

「お許しになられるはずがない」

「でもフローラ、フローラ様の希望だ。まったく耳に入れないというのはどうかな?」

 エドワード王の耳に入ったからといって、事が望む方向に進むとは限らない。そうならない可能性のほうが高いと健太郎も思っているが、何もしないよりはマシだ。

「……報告は行う。それだけのことだ」

 近衛騎士は報告を行うことについては了承した。エドワード王が認めるはずがないと考えてのことだ。それにフローラの今回の要求は問題だとも思っている。エドワード王に伝えておく必要性を感じているのだ。

「……じゃあ、とりあえず次の時までに私の好きな花を用意しておいて」

「好きな花? それって……」

「それを調べるのも貴方の仕事よ。頼んだわよ」

 意味の分からない命令を残してフローラは。この場を離れていく。結局、フローラは何の為にここにやって来たのか。それも何だかよく分からないままだ。
 とはいえフローラのお願いだ。健太郎は彼女の好きな花を探すことにした。

「……とりあえずフランクに聞いてみよう」

 

◇◇◇

 鷹の爪亭の親父さんは緊張の面持ちで、食堂のテーブルに座っている。親父さんを緊張させているのは目の前に座る男、健太郎だ。
 勇者である健太郎が何故、姿を現したのか。それが親父さんには分からない。考えられるのは、この場所が銀鷹傭兵団、ではなく銀狼傭兵団の拠点と化したのを気づかれたこと。そうであれば親父さんは無事ではいられない。

「……それで何の用で?」

 恐る恐る健太郎に用件を尋ねる親父さん。

「ああ、教えて欲しいことがあって」

「儂なんぞで役に立つとは思えませんが?」

「いや、ここで分からなければ無理だと思ってる。聞きたいのはフローラ、いや、フローラ様のことだから」

「……彼女の何を?」

 フローラの何を知りたいのか。親父さんにはまったく想像がつかない。想像などつくはずがない。

「フローラ様の好きな花は何かな?」

「……はっ?」

「だから、フローラ様が好きな花。知らない?」

「……どうして、そのようなことを知りたいのですかな?」

 予想外の問い。その意図もまた親父さんにはまったく分からない。

「彼女に頼まれた。次に会うときまでに好きな花を用意しろって」

「何故?」

「それは僕が聞きたい。どうして、フローラ様はこんなことを頼んだのだと思う?」

「そんなことを聞かれても……」

 と言いながら親父さんは答えを見つけようと考え始めた。すぐに思い付いたのは答えではなく疑問。

「……本人に好きな花が何かを聞かなかったのですか?」

「聞いた。聞いたけど、それを調べるのも僕の仕事だって言われて。それでグレンの小隊にいた人に相談したら、ここで聞けば良いのではないかって教えてもらった」

「自分で調べろ……貴方に?」

「そう。実は前にも一度調べたことがあるのだけど、その時も分からなく。これって、やっぱり嫌がらせなのかな?」

 実現出来ないことをさせる嫌がらせではないか。これもフランクに教わったことだ。

「……ちょっと待っていてもらえますかな? 儂は知らないが、妻が知っているかもしれないので」

 こう言うと親父さんは席を立ち、二階の客室に続く階段を昇っていった。

「……そういえば、ここに来るのは久しぶりだな。前回は……あの時か」

 懐かしむような思い出ではない。宿屋に来たのはグレンに側にいて欲しくて、その結果、個人付き騎士にしてしまった時なのだ。

「個人付き騎士か……フローラの個人付き騎士になるのだったら良いな。なんてことを言うとグレンに怒られ……あれ? フローラは僕の個人付き騎士がグレンだったって知っているのかな?」

 フローラは個人付き騎士について知っていた。健太郎がその個人付き騎士を持ったことを。侍女に聞いたと言っていたが、その個人付き騎士が何者かまで聞いているのか。聞いていて、それが誰と分かっていて、あんなことを言い出したのか。
 それが分かるほどの会話内容ではなかった。だが何かが引っかかる。その何かについて、健太郎は考え始めた。

「もし嫌がらせでなければ、フローラは自分が好きな花を知っている人がいるのを分かっていることになる……身の回りの世話をしている侍女のことを言っていたのか……でも、そうでないとすれば……」

 フローラがあんなことを言い出した理由。それがある可能性を健太郎は考えた。

「……ミーシア……もう会ってくれないよな……」

 侍女がフローラの好きな花を知っているかどうかは、その侍女の一人であるミーシアに聞けば分かるかもしれない。だが彼女が会ってくれるとは健太郎には思えない。健太郎は彼女を騙したのだ。

「……諦めてどうする? 彼女を傷つけてしまうことは覚悟していたじゃないか」

 ミーシアを利用する。それは初めから決めていたことだ。彼女に恨まれる覚悟は決めていたはずだ。
 彼女に罵られることになっても良い。会いに行こうと決めた。そもそもこのまま知らない顔をしているほうが誠意がない。健太郎はそう考えた。

「……お待たせ、しましたかな?」

「えっ? あっ、全然」

 いつの間にか親父さんが戻ってきていた。それに気付かないほど健太郎は考え事に没頭していたのだ。

「好きな花はセントポールという名前らしい」

「えっ? あっ、ありがとう!」

 フローラの好きな花が何か分かって喜ぶ健太郎だが。

「……ただ花全般が好きな子であったので、妻も自信はないようで」

「あっ、そう……でも、何も分からないよりは良いよ」

 続く親父さんの説明で、気持ちが一気に沈んだ。

「出来れば結果を教えてもらえませんかな? 正解であれば妻も喜ぶ。間違っていたら間違っていたで何だったのか気になりますしな」

「それはいいけど」

 健太郎にとっては意外な言葉。以前、貧民街に来た時は近づくことも拒否された。近所に住む人でそうなのだ。二人と暮らしていた親父さんには、かなり嫌われていると思っていたのだ。

「それはどうも。わざわざ、ご足労いただくのだ。飯を奢りましょう」

「いや、そんな気を使わなくて良いよ。助けて貰ったのは僕のほうだから」

「次は好きな食べ物を手に入れろと言われるかもしれません」

「ああ……そうかな?」

 さすがにそれはないだろうと健太郎は思う。

「いや、これは冗談です。うちの食堂の自慢の料理を食べて貰いたいだけです」

 こう言って親父さんは厨房に入っていった。改めて断るタイミングを失った健太郎。結局、親父さんのご自慢の料理を振る舞われることになる。もう何年も前から定番の、常連にも大人気の料理を。

◇◇◇

 健太郎が鷹の爪亭を訪れた二日後。また多くの近衛騎士を連れて、フローラが訓練場に現れた。次の機会があるのか半信半疑だった健太郎は、思いのほか早い再会に驚くことになる。

「……花は用意出来たかしら?」

 現れたフローラの第一声はこれ。当然といえば当然だが。

「えっと……すみません。買ってきてません」

「どうして?」

「枯れると困るから……と思って」

 いつ現れるか分からなかったフローラ。買っても枯れてしまっては意味はないと健太郎は考えたのだ。

「いつ来ても良いように毎日用意しておくのが誠意というものではなくて?」

「……そうでした」

 フローラの言うとおり、それくらいのことをしてみせれば誠意を感じてもらえるかもしれないと健太郎は思った。

「花が何かは分かっているの?」

「セントポール……で合ってる?」

「……ええ、それで合っているわ。じゃあ、花は良いわ。次は私の好きな食べ物を用意しておいて」

「ええっ?」

 まさかの好きな食べ物。親父さんが冗談で言っていた展開になって、健太郎は驚いた。

「何? 出来ないと言うの?」

「いや……えっと……『お任せサラダ』と『特製焼き肉』で良いのかな?」

「……それで良いわ」

「でも用意って。出来れば、次はいつ来るか教えて貰えると助かるのだけど。それでも用意出来るか分からないけど」

 花はまだ数日保つ。だが料理となると、しかもサラダや焼き肉となるとその場で作るべきだ。それを実現するには親父さんに来てもらわなければならない。その手配が出来る自信は、健太郎にはない。

「来られる日が決まったら連絡するわ。それで良い?」

「……分かった。頑張ってみる」

 出来ませんと言えば、フローラと会う機会は失われる。健太郎には了承以外の選択はなかった。
 この日のうちに、またフランクに相談し、それが終えるとすぐに鷹の爪亭に向かった健太郎。これを契機に事は動き出す。決して目立つことなく、密やかに。