月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第112話 知らされた思い

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 不思議の国傭兵団は、カマークを出て、駐屯地にしている周辺の村に向かったのだが、リオンは同行せずに、カマークに残ったままだった。これからの事を打ち合わせる為だ。
 打ち合わせの場所は、カマークのフォルスの店。敷地の奥にある、許された者しか入れない建物の中だ。ソファが、いくつも置かれている薄暗い部屋の一角に、リオンたちは集まっている。

「……ねえ、リオン。ここは何?」

 怪しげな雰囲気に、エアリエルが怪訝そうな顔をして、尋ねている。

「会員制クラブ」

「それは、どんな所なのかしら?」

 リオンの言葉の意味は、エアリエルには分からない。

「お金持ちが、綺麗なお姉さんを横に座らせて、楽しむ所」

「……リオン?」

 リオンを睨むエアリエルの瞳は、いつもよりも更に吊り上がっている。

「違うって。変な事はしない。お酒を飲んで、会話を楽しむだけだ」

「……それは、パーティーと何が違うのかしら?」

 酒を飲んで、会話を楽しむとなると、ただのパーティーと同じだ。それにダンスが加われば、舞踏会になる。

「この場所に来る人の多くは、パーティーになんか参加した事がない人だ」

「それでは分からないわ」

「例えば、商人。沢山儲けた商人がくる。そして、相手をするのは、普段、話なんて出来ない高嶺の花だ」

「……その高嶺の花って?」

 何となく、エアリエルにも事情が分かってきた。

「貴族」

「やっぱり……でも貴族の女性が、こんな所で働いているなんて」

「借金を返すためだ。給料は歩合制。頑張れば頑張っただけ、儲かるようになっている。もちろん、娼婦の方が稼ぎは良いけど、それが嫌だという人は居るからな」

「お酒の強い人が有利だわ」

 多くの客を相手にした女性が、多く稼ぐことが出来るのだと、エアリエルは理解した。間違ってはいないが、これが全てではない。

「お酒なんて飲めなくても、相手は出来る。とにかく、相手に楽しい時間を過ごさせて、沢山、酒や料理を注文させて、自分に惚れさせて貢がせる」

「はい?」

 最後の方に、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「客が払った金額の一定割合が、相手をした女性のものになる。個人的にもらった贈り物は全て女性のもの。但し、金に変える場合は、必ず店に引き取ってもらわなければならない。店は買い取り代金から一定の手数料を引いて、女性に支払うという仕組み」

「……分からないわ。贈り物って、何の意味があるのかしら?」

「客は、恋愛気分を味わって楽しんでいる。絶対に恋人に出来ない相手に恋人のように扱ってもらえる。身分も容姿も関係なく、金さえ払えばね。もちろん、あわよくばという気持ちはある」

「……男って、最低」

 女性の気持ちを金で買っているように、エアリエルは感じている。実際は、男の方が、気持ちを奪われ、金も奪われているのだが、この仕組みはエアリエルには、理解出来ない。

「夢を金で買っている。それが、本当に一時の夢であっても、求める人は居るって事さ」

「格好良い事言っても、駄目。私には理解出来ないわ」

「だろうね。正直、俺も分からない。でも、現実とは違う世界に居る喜びなら分かるかな」

「……そう」

 リオンの場合は、言葉の通り、元の現実とは異なる世界を生きている。喜びが分かるといったリオンが、エアリエルは少し嬉しかった。
 これで、ようやくエアリエルの気持ちが、少し和んだ所だったのだが。

「いらっしゃいませ。初めまして、私、ローズといいます。よろしくお願いします」

 その雰囲気を壊す声が割り込んできた。綺麗なドレスに身を固めた店の女性だ。

「……あの、俺、客じゃないけど?」

「分かっていますわ。どうしても貴方の顔が見たくて、店長に無理を言って、挨拶することを許してもらいました。私の事、分かりませんか? 本名はシェリーというの」

「……あっ!」

 女性に名前を聞かされて、ようやくリオンは、学院時代に会ったことがある女性だと気付いた。

「思い出してくれたかしら?」

「ああ。思い出した」

「……リオン。貴方、又、昔の女と」

 この状況にエアリエルは苛立っている。次々と、リオンの前に新しい女性が現れることが、気に入らないのだ。

「違うって。彼女とは、ほとんど話したことがない」

「じゃあ、何?」

「彼女は学院時代に、あの女を虐めていた人だ。それで覚えている」

「……えっ?」

 あの女が誰であるか、エアリエルは分かっている。意外な女性の素性に驚いた。
 
「恥ずかしい過去は思い出さないで。それに私も、あの女の事は思い出したくないわ」

 シェリーにとって、マリアは自分をこんな立場に貶めた、どれほど憎んでも憎み足りない相手だ。

「あっ、ごめん」

「良いわ。リオンさんだから、特別に許すわ」

 そう言いながら、シェリーは、リオンの隣に腰を降ろす。隙間なし、足がぴったりと密着している状態だ。

「あの?」

「私、リオンさんに御礼を言いたくて仕方がなかったの。こうして会えるなんて夢のようだわ」

 更に、顔をリオンの耳元に寄せ、さり気なく、胸をリオンの腕に押し付けている。挑発以外の何ものでもない。

「……だから、客じゃないって」

「でも、このお店って、リオンさんのものでしょ?」

 借金返済には、客に貢がせて稼ぐよりも、リオンを口説いて、借金をなしにしてもらう方が早い。シェリーの考えは、こういう事だ。

「……なるほどね。この店には全店の中で一番稼ぐ女性が居るって聞いたけど、もしかしてシェリーさんの事?」

「どうだったかしら?」

 口では惚けてみせるが、その自信に満ちた表情は、リオンの言葉が事実である事を証明している。

「逞しい事で結構だ。でも俺は、積極的な女性は好きじゃない」

「でも、積極的にされると断れない。リオンさんの場合は元々、心の壁が高いのだから、気持ちよりも既成事実を作るほうが先と考えたの」

「……さすが、ナンバーワン」

 親しくした事はないはずなのに、シェリーは、リオンの性格を見事に言い当てて見せた。

「……こうやって稼ぐのね。少し分かったわ」

 エアリエルも怒るのを忘れて、感心してしまっている。

「でも、失敗か。残念、まだまだ地道に頑張らないと」

「借金をなしにする方法ならある。その相談をする為に、今日はここに来たんだ」

「……嘘?」

「本当。言う事を聞いてくれたら、借金の返済が不要になるようにしてやる」

「……分かったわ。リオンさん美形だし、私もいつまでも子供じゃいられないから」

 憂い顔を見せながら、シャリーはリオンに体を預けて行く。借金返済の為に仕方なく、身を任すことを覚悟した、ように見えるが。

「違うから。分かってやってるだろ?」

「だって、借金がなくなった後も考えないと。私もう、行き遅れと言われる年ですもの」

 苦境を経験して、逞しさというか、図太さを身につけたシェリーであった。

「そこまで面倒を見る義理はない。独身男性なら沢山紹介してやれるけど、それは機会があれなの話だな」

 不思議の国傭兵団には、独身男性が大勢居る。特定の女性を持たないで、ずっと過ごしてきた者たちだ。喜んで立候補するだろうが、それは今する話ではない。

「残念」

「頼みたいことは簡単だ。ただ、他の人にも頼みたいので、呼んできてくれるか?」

「ええ、喜んで」

 席を立って、奥の控室にいる女性たちを呼びに行こうとしているシェリー。

「……もう少しだから。もう少しで、終わる」

 その背中に、リオンが声を掛けた。

「……ええ。でも、期待しないで待つことにするわ」

 立ち止まったシェリーは、振り返る事なく返事をする。その声が、かすかに震えているように聞こえたのは、リオンの気のせいではないだろう。
 シェリーは背中を向けたまま、歩き去っていった。

「……強がりだったのね?」

「そうみたいだけど、強がっていられるのも、やっぱり強いって事じゃないか?」

「そうね」

 自分の境遇を哀れんで、毎日、泣いて生活している女性もいれば、シェリーのように覚悟を決めて生きる者も居る。どちらが良くて、どちらが悪いといえるわけではない。ただ生きる為の強さは、やはり持っているほうが良い。どんなに辛くても、死んで終わりでは、決してハッピーエンドには成らないのだから。

 

◇◇◇

 女性たちとの話が終わったところで、今度は、フォルスとの打ち合わせだ。本当は、女性たちの件も含めて、フォルスと打ち合わせをする予定だったのが、シェリーの仕切りが素早くて、忙しいフォルスの時間が空く前に、用件が終わってしまっていた。

「彼女はこの店のナンバーワンですから。他の女性たちも、彼女の言う事には素直に従います」

「……お店の序列って、そういう事だったか?」

 キャバクラなどの序列が、人間関係にどう影響するかなど、リオンは知らない。

「売上の順番でも、それが人の価値になってしまいます。価値が高い者は、低い者を見下し、低い者は、高い者に逆らえなくなる。世の中と同じです」

「……嫌な感じの話だな。結局、人は序列を決めるのが好きなんだな」

「そうですね。しかも、ナンバーワンってだけで、指名する客が増えます。まあ、これは分かるんですけど、そのナンバーワンが肩書だけでも、おんなじで」

 ナンバーワンと呼ばれるからには、最高のサービスを提供するだろうと考えて、指名する客は多い。一見の客など、大抵がそうだ。

「どういう事だ?」

「指名が偏るんで、他の娘が可哀想だと思って、ちょっと、いじってみました。そしたら、やっぱり、新しくナンバーワンにした娘の指名が増える。他の娘にしてもおんなじで」

「それも世間と同じだな」

 その人が実際にどうではなく、肩書だけで良し悪しを判断する。よくある話だ。

「はい。面白いのは、ナンバーワンから落とされた娘でして、最初は不満を言っていたのですけど、売上が逆にあがって」

「それは分かる。馴染みの客が、ナンバーワンに返り咲きさせようと、金を使ったって事だろ?」

「さすがは大将。よく分かりましたね」

 働く女性たちの競争心を刺激する為の順位。それだけは終わらずに、女性に付いた客の競争心も煽ることになっている。これは、予定通りの事だ。

「制度としては、うまく行っているようだけど、今は、さすがに厳しいか?」

「そうですね。今は、戦時景気で儲けた商人が落とす金だけで保っています。ただ、これだと上客が居る娘といない娘の格差が広がるばかりですし、そもそもいつまで続くものかと」

 大陸のあちこちで戦争が起こっている状況で、戦争に必要な物資を扱う商人は、大儲けをしている。だが、それも、売れる物資があるからこそで、戦争が長引いて、物資が枯渇するような事態になれば、商人も一気に稼ぎを失う事になる。

「そうなると、やっぱり、一気に安全圏を広げるべきだな。北と南も動く必要があるか」

 他国の者が、安心してバンドゥの地を訪れるようにする為には、前線を遠くにおいて、戦争の気配を消さなければならない。それは、支配地域を広げるという事だ。

「そういえば、兄貴たちは一緒じゃないんで?」

 リオンが戻ってきたのであれば、アインやゴードンも一緒だろうと、フォルスは思っていた。

「ああ、あの二人は別の街に行った。ゴードンはアレクサンドロスの帝都に向かって。アインは南部だ」

「いきなりですか。あの二人も、働き者ですね」

「本格的に動く前に組織を綺麗にしておきたいからな。念の為に聞くけど、カマークは大丈夫か? 染まった者はいないだろうな?」

 リオン不在の状態が続いていた上に、組織もかなり大きくなり、広範囲に散らばっている。統制を外れ、好き勝手に動く者も出てきていた。とくに末端は、何も知らずに動いていた者ばかり。利に釣られて、他の組織の為に行動している者も少なくない。

「もちろんです」

「グレートアレクサンドロス帝国に限った話じゃないが?」

 フォルスを見るリオンの視線が鋭くなる。

「カマークの奴らは、組織以外の住民も含めて、誰が主か分かっています。命の恩人でもありますしね」

 リオンの視線に動じる事なく、フォルスは答えた。フォルスには、忠誠を疑われる恐れなど微塵もない。

「それは、さすがに大袈裟だろ?」

 フォルスの答えを聞いたリオンは、穏やかな雰囲気に戻っている。フォルスの言葉を信じたのだ。

「大袈裟じゃないです。大将は、カマークでは伝説の人ですからね?」

「伝説って、俺、生きているけど?」

「それは、死んだ振りする大将が悪い。とにかく、大将はカマークを荒廃からも、魔物からも救った英雄です。この事は、誰も忘れてませんて」

「……そうか」

 照れくさそうに、そっぽを向きながら、小さく呟くリオン。久しぶりに見るリオンのこの態度に、フォルスも嬉しそうだ。

「この先は、戦争ですか?」

「ああ。まずは、帝都を落とす予定だ。それと同時に、南も何とかしたいと思っている」

「それで二人は先に」

 ゴードンは帝都に向かう道筋、アインは南だ。リオンの考えに合わせての、行動だとフォルスにも分かった。

「そう。組織の掃除だけじゃなくて、下準備にも動いている」

「俺らは何をすれば良いんですか?」

 思っていた以上に、物事が動いている事を知って、フォルスも自分たちの、仕事を求めた。フォルスとしては、リオンの大仕事に関わらないではいられない。

「当面は何も。ただ、しばらくすると、来客が増えるかもしれないので、それの接待だな」

「来客の接待ですか……」

 普段と変わらない仕事に、フォルスは、やや不満の色を見せている。

「従業員の関係者が、面会に現れるかもしれない。それの応対だ。但し、許可があるまでは、会わせるだけだ。里帰りなんて、絶対に許すな」

「……そういう事ですか。店に、野郎どもの数を増やした方が良いですね?」

 強引な手に出る者も居るかもしれない。それに備える為だ。

「それについては、ゴードンの所から回すつもりだった」

「それは不要ですね。散らばっている奴らを集めます。アインの兄貴とゴードンが動いているなら、引き上げても構わないでしょう」

「へえ。ちゃんとやってるな」

 知らない間に、フォルスは手の者を増やしていた。この事実に、リオンは素直に感心した。

「何も変わっていないでは、大将、怒るでしょ? やれるだけの事はやっておかないと」

 変わっていないのは、リオンの部下で居る為には、手を抜いてはいけないという思い。それが、組織を成長させている。

「別に怒りはしない。自分たちの生活をどうしたいかは、自分たちで決める事だ。良くするも、悪くするも」

「では、誰の下で生活したいかも、自分で決めるで良いんですか?」

「……どういう事?」

「さっき、言いました。カマーク、というよりバンドゥに住む者たちは、自分たちの主が誰であるか分かっていると。そういう事で、良いんですよね?」

 バンドゥの者たち全ての上に立て。フォルスはこう言っている。それが何を意味するのか、分からないリオンではない。

「報酬としてバンドゥを要求した」

「それは結構。でも、それはグランフラム王国貴族としてですか?」

「……結論急がせるなぁ。先の事は、まだ考えてない」

「結論を急がせているのは、俺ではなく、周りの奴らです。大将が戻ってきた。その目的も分かっているし、それがうまく行く事も分かっている。そうなると、終わった後が気になる訳ですよ」

 復讐を実現する力を、これまでリオンは蓄えてきた。レジストは、その中でも最大のものだ。復讐を終えて、リオンがどうするのかは、組織の在り方を決める事になる。組織の者たちにとって、大問題だ、

「終わった後か……」

「大将が考えていないはずがない。俺は、大将の決断を後押しする為に、皆の気持ちを伝えているだけです」

「なんか生意気になってないか?」

 以前のフォルスは、ここまで、はっきりとモノを言う性格ではなかった。立場が人を成長させたという事だ。今のフォルスは、バンドゥに住む者たちの代表者でもあるのだ。

「生意気って、元々、年齢は大将より上ですから」

「……確かに」

「言いたいことは伝えました。あとは大将の決断に従うだけです。大将の好きに決めてください」

「ああ……」

 好き勝手に決められるはずがない。自分が背負っているものを、人々の期待を、リオンは改めて知ってしまったのだ。この思いを無視出来る程、リオンは自分勝手ではない。
 復讐を終えた後の自分を、リオンは、改めて、きちんと考える事にした。