月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第111話 気が付くとハーレム?

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 リオンたちは朝からカマークに向かっている。グランフラム王国の依頼を受けるためだ。
 アリスは検討して返事をするとアーノルドに伝えたが、依頼を受ける事は初めから決まっていた。そうでなければ、バンドゥに現れる必要はないのだ。返答を先延ばしにしたのはリオンの記憶喪失に、少しでも信ぴょう性を持たせるため、という口実の、アリスの嫌がらせだ。
 事が動き出したからには、正式に依頼を受けて、すぐに行動を起こしたい。リオンは、こう考えて、カマークに傭兵団も連れていく事にした。いくつかの村に駐屯していた傭兵団員が命令を受けて集まってきている。その数は、すでに二千近くになっていた。

「……いい加減に機嫌直せよ」

 行軍の先頭にいるリオンが、隣を進みながらも、ずっとソッポを向いているアリスに話しかけている。

「機嫌悪くないもん」

「機嫌悪いだろ? ずっと、エアリエルの反対方向を向いているじゃないか」

 アリスの反対側にはエアリエルがいる。シャルロットも一緒だ。この状況を見られたら、記憶喪失が嘘なのはバレバレなのだが、リオンは、あまり気にしていない。記憶喪失は臣下や王族としての行動を求められた時に、それを断る口実として使うだけ。バレていようとなかろうと、強弁で押し通すつもりなのだ。

「違うもん。エアリエルは嫌いじゃないもん」

「ええっ?」

 そんなはずがない。エアリエルの名前を聞くのも嫌だと、ずっとアリスは言っていたのだ。このアリスの心変わりの理由が何かと考えると、リオンには一つしか思いつかない。

「昨日、何か話したのか?」

 直接話を聞くと言って、エアリエルはアリスの後を追った。二人が結局、何を話したのか、リオンは聞いていなかった。

「……内緒」

「エアリエル?」

 アリスに拒否されて、リオンは反対側に居るエアリエルに視線を向けた。

「私とアリス、二人の秘密よ。リオンには教えられないわ」

 エアリエルのアリスに対する態度も明らかに軟化している。何が話されたのか、非常に気になるところだが、エアリエルが教えられないと言うからには聞き出す事は難しい。

「……じゃあ、何を怒っている?」

 リオンは、又、質問をアリスに向けた。

「人が泣いているのに放ったらかしにして、別の女と乳繰り合っている男に怒っているの」

 つまり、リオンに対して怒っているという事だ。かなり話が違っているが。

「……乳繰り合ってないから」

「じゃあ、何してたのよ?」

「ちょっと話をしていただけだ」

「嘘つき! 年増乙女を大人の女にしたくせに!」

 年増乙女と呼ばれたシャルロットが、反対側で目を剥いている。それを言うなら、今もそうなのだ。

「それシャルロットさんに、凄く失礼だから。それと、そういう事は一切していない。不用意な発言はするな」

 そんなシャルロットを視線に捉えながら、リオンはアリスを窘める。

「どうだかね?」

「あのな。シャルロットさんは、形だけとはいえ、人妻だ」

「いやらしい」

「だから違うって。アリスの話を誰かが聞いて、不貞なんて事にされたら、罰を受ける事になるだろ? 発言には気をつけるように」

 しかも側室とはいえ、グランフラム国王の妻だ。不貞とされた場合は、死罪となってもおかしくない重罪になってしまう。

「はあ。一途なところが良かったのに、いきなりハーレム男に変身って」

 リオンがシャルロットとの関係を否定しても、アリスには意味はない。体の関係の有無に関わらず、リオンの周囲に女性の姿が増えているのが気に入らないのだ。

「……俺は、そんなんじゃない」

 ハーレム主人公が大嫌いなのは、リオンも同じだった。

「君がどうかではなく、現実がどうかって事でしょ?」

「それは……もとはといえばお前が」

 後半はシャルロットに聞こえないようにリオンは小声で話している。もとはといえばエアリエルとフラウを守る為に、シャルロットの気持ちを強引に動かしたことが原因だ。

「私じゃないもん。リオンがそうしてくれって言うからだもん」

「そうだけど……」

 アリスの言うとおり。エアリエルとフラウを守る為に、アリスに元世界としての力を使わせたのはリオンだ。だが望んでいた形はそういうものではない。といっても今更だが。

「ほら。またハーレム候補者の登場よ。それも、かなりの有力候補」

「何ですって?」

 アリスの言葉にエアリエルが反応を示す。リオンが女たらしなのは知っているが、それは目的があるからで、本心から近づけているわけではなかった。だからエアリエルも許せたのだ。だが今のアリスの言葉は、明らかに違う意味を持っている。

「違うから。リサさんは侍女として働いてもらっているだけだ」

「……リサ?」

 聞き覚えのある名前に、エアリエルは自分の記憶を探っている。だが、これは不要だ。すぐに相手が誰だか分かることになった。

「リオン様。お待たせいたしました」

 侍女の服装をしたリサがリオンに挨拶をする。侍女とは思えない気品を漂わせているリサを見て、エアリエルは、それが誰だか分かった。シャルロットもだ。

「リサ・ストークさん?」

 先に声を掛けたのは、シャルロットの方だった。

「まあ! シャルロット様、エアリエル様、お久しぶりですわ!」

 リサも皇国学院の生徒だった。二人を見て、懐かしそうな顔をしている。

「あの、リサさん。どうして、侍女の服装をなさっているの?」

「ご縁があって、リオン様にお仕えしています。それとシャルロット様、今の私は侍女ですわ。敬語など不要です」

「いえ、そう言われても、リサさんは私にとって憧れの先輩で」

 リサはシャルロットの一年先輩。それだけであれば、侯家の令嬢であるシャルロットの方が格は上なのだが、爵位とは関係のないところで、リサは特別な存在だった。
 容姿、立ち居振る舞い、知性、性格、どれをとっても文句の付け所のないリサは、将来、社交界の花と呼ばれるのは間違いないと評判の、女子生徒にとって憧れの存在だった。

「そういって頂けるのは嬉しいけど、主従関係はきちんとするべきだと思いますわ」

「気にしなくて良い。俺がそういうの苦手だから。公の場以外は旧友なら旧友として接すれば良い」

 横からリオンが話に割り込んできた。公私のケジメさえ、しっかりしていれば良いと、リオンは思っている。

「ではリオン様のお言いつけ通りに」

 リオンに向かって優雅にお辞儀をするリサ。やはり侍女には見えない。あえて侍女と言うなら、侍女の中でも一流の、城の奥を任せられている侍女頭という雰囲気だ。

「リオン様のお言いつけ通りに。何か、いやらしいでしょ? すごく固い態度や言葉遣いなのに、不思議と色気があるの」

「そうね。確かに危険な香りがするわ」

 そんなリサに向かって失礼な事を言うアリスと、それに同意するエアリエル。リサを共通の敵として認識したようだ。

「……そうしていると何だか、お二人は姉妹みたいですわ」

「えっ?」「何ですって?」

 そんな二人だったが、リサに姉妹と言われて、お互いに嫌な顔をしている。二人の共闘は、それが形になる前に、ご破産になった。生真面目なだけではないリサの一面が垣間見れた瞬間だ。

「あまり進軍の足を止めてはいけません。今回は私の我儘を聞いて頂き、誠にありがとうございます」

「気にする必要はない。俺も孤児だ。戦災孤児を救いたいというリサさんの気持ちは嬉しく思う。もっとも、その戦災孤児を作るのが俺だったりするのだから、偽善にもならないな」

 リサが戦いの場に付いて来たのは、戦災孤児を保護する為だ。かなり無茶な行動ではあるが、リサの熱意がリオンにこれを許させた。

「いえ、何もしないでいるよりは遥かに立派な事です。私は、そんなリオン様にお仕え出来る事を喜びに感じていますわ」

「褒めすぎ。出発はまだ先だけど気をつけて。護衛がいるからといって、決して無理はしないように」

「はい。ありがとうございます。リオン様もご無事で。ご武運をお祈り致します」

 こう言って、又、深くお辞儀をすると、リサは乗ってきた馬車に戻っていった。

「……まさかリサ・ストークにまで手を付けていたとは思わなかったわ」

 リサが去ったところで、エアリエルが感心した様子で呟いた。半分はリオンへの嫌味がこもっている。

「手なんて付けてない。ちょっと親しくしていただけだ」

「あのリサ・ストークよ? 清廉潔白、純粋無垢の方が合っているかしら? とにかく、男子生徒が近づく隙なんて一切与えない、聖少女とまで呼ばれたリサ・ストークと、どうやって親しくなったの?」

「……エアリエル、何か性格変わった?」

 興奮気味に話すエアリエルに、リオンは少し戸惑っている。

「驚いているの!」

 皇国学院時代のリサは、エアリエルが驚いて動揺するくらいに、リオンとは遠い存在だったという事だ。

「そうよ。どうやってリサさんと知り合えたの? 彼女は、いかにも高嶺の花という雰囲気で、男子と話すことは、ほとんどなかったはずよ」

 シャルロットもリオンとリサの関係には興味津々だ。ヤキモチを焼くどころではない。

「どうって言われても。図書館で知り合って、挨拶を交わすようになって、そのうち読んだ本の内容について色々と話すようになって」

「リオンくんがリサさんに勉強を教えていた?」

 学院時代のリオンの生活を実はシャルロットは知らない。元貧民街の孤児で、従者だったリオンが、成績も優秀だったリサに勉強を教えていたと聞いて驚いている。

「リオンは学生よりも勉強をしていたわ。学院の試験を受けていたら、かなり上位だったはずよ」

 当然だがエアリエルは、リオンの実力をよく知っている。

「そうだったの」

 エアリエルの話を聞いて、シャルロットは納得したが少し誤解がある。

「いや、違うから。勉強なんて教えてない。読んだ本について意見を交換していただけだ」

「……読んだ本って?」

「リサさんは詩集が多かったな。詩集といっても、あれで意外と風刺的な内容が好きで、詩の解釈について、お互いに意見を述べ合っていた」

 公言出来ない内容を、抽象的な表現を使って、詩として文章に残す。世の中への不満が国への批判となり、罪に落とされてしまうような、この世界に存在する数少ない批評家の知恵というものだ。
 といっても書いているのは大半が貴族であり、抽象的で皮肉めいた表現が知性の証として貴族社会で評価され、一つの文化になっている。

「……リオンくんって、詩の解釈も出来るのね?」

「大袈裟な。思っている事を話していただけだ。それでリサさんと気が合って……こうやって考えると一緒に居る時間多かったな」

 リオンは日中の空いた時間のほとんどは図書館に篭っていた。毎日、図書館に通う学生以上に勉強熱心な従者。リサが興味を惹かれたのは、これが理由だ。
 さらに他の男子生徒とは異なり、全く自分に興味を示さないリオンに誠実さを感じて警戒を解いた。誠実という点は勘違いだが。

「授業以外の時間に図書館にいる時は大抵、リサさんもいたから。彼女、当時から真面目だったよな」

「……なるほど、強敵ね」

 女心が分からないリオンは、初心なシャルロットでも分かる事が分からない。リオンがいるからリサもいたに決まっている。

「ねえ、リオン。他に学院時代の知り合いは、側にいないのかしら?」

 こうなるとエアリエルは、さらなる競合相手が気になる。学院時代にリオンが、それこそ手を付けた女性は他に沢山いるのだ。

「リサさん以外に? 側にいるかと言われれば、いない」

「……側でなければ?」

 リオンの微妙な言葉のニュアンスに、惑わされるエアリエルではない。

「大勢いるな」

「何ですって?」

「ああ、でも、知り合いと言えるかは微妙だな」

「……どういう事かしら?」

「保護しているのは孤児だけじゃないって事。まあ、そのうち、顔を会わせる事も……ないかな? とにかく、そのうち分かる。ほら、そろそろ外壁から、こちらが見える頃だ。エアリエルとシャルロットさんは後ろに下がって。さすがに並んで入城しておいて、知りませんじゃあ、相手を馬鹿にし過ぎだ」

 カマークが近づいて来たところで、マーキュリーの号令の声が響いた。その号令に応えて、不思議の国傭兵団は隊列を整え直して、カマーク入城の準備に入る。
 軍勢は三千に膨れ上がっている。金で雇われる軍隊と侮れる数ではない。そして、数以上に質において、不思議の国傭兵団は最高の軍隊なのだ。

 

◇◇◇

 カマークに近づいてくる軍勢。その姿が、はっきりと視界に入るようになった。軍勢の数はおよそ三千。盗賊にしては多すぎ、グレートアレクサンドロス帝国軍にしては少なすぎる。そもそもどちらも今、バンドゥ領内にいるはずがない。
 突然、現れた軍勢の情報に、グランフラム王国は臨戦態勢に入っている。この辺りの動きの素早さは、さすがはアーノルドというところだ。

「……どこの旗だ?」

 外壁の上から近づいてくる軍勢を見つめているアーノルドが、マーカス騎士兵団長に尋ねる。
 軍列の中に立ち上がっている軍旗。それで相手を見極めようという事だが、これは無理というものだ。不思議の国傭兵団の軍旗など、グランフラム王国の者たちは誰も知らない。

「見た事のない軍旗です。鎧は黒と赤。メリカ王国ではないとは思いますが」

「オクスでもハシウでもない。話に聞いていた東方諸国連合の可能性は?」

「その可能性はあります。しかし、そうだとすると、三千は少なすぎます」

 アーノルドとマーカス騎士兵団長は、見当違いな会話を続けている。

「傭兵団だと思いますが」

 見兼ねたソルが軍勢の正体を教えた。ソルの知る、かつての数とは全然違うが、リオンの近衛騎獣兵団である事は遠目でも分かる。

「……やはり、そうだな。しかし三千もの軍勢を、どうやって養っているのだ?」

 他国の軍勢でなければ不思議の国傭兵団しかない。そもそも他国の軍勢だと考えるほうがおかしい。アーノルドも本気で、他国の軍だと考えていた訳ではない。

「それが報酬の高さなのではないですか? 二人で金貨百枚ですと三千では……」

「計算しなくても払えないのは分かっている。さて、困ったな」

 カマークに現れたからには、依頼を受ける気があるという事だ。それは喜ばしいのだが、報酬を決めていない事に気付いたアーノルドが、どうするべきか考えていたところに、この軍勢の数だ。
 基本、真面目なアーノルドでも惚けてみたくもなる。

「メリカ王国も東方諸国連合も雇えたわけですから、支払えない金額にはならないと思いますが」

「そうであって欲しいものだ。さて、どうやら先触れが来たようだ。傭兵団だと分かれば、入城を許可しろ。すぐに軍議を始める。主立った者を軍議室に集めてくれ」

「はっ」

 確認出来ればと言いながら、もう軍議の準備を始めようとしている。アーノルドは、やや気持ちが逸っている。これは仕方がない。何と言っても国王になって初めてリオンと対面するのだ。懐かしさという事ではない。軍議の席でリオンがどういう反応を見せるか楽しみでもあり、恐ろしくもある。つまり、緊張しているのだ。

◇◇◇

 軍議専用に設けられた会議室。その場所に、グランフラム王国の重鎮たちが集まっている。どの顔にも緊張の色が見える。今度こそリオンが現れる。それを思っての緊張だ。
 扉を叩く音。会議室の緊迫した雰囲気が更に強まった。

「不思議の国傭兵団の方々をお連れしました!」

 案内してきた騎士の言葉から現れた傭兵団員は複数。リオンがいる可能性は益々高まった。

「……通せ!」

 やや緊張した声で、ランバートが指示を返す。

「はっ!」

 それに応えて開かれた扉。そこに立つ者の姿を見て、会議室にいる面々から、うめき声が漏れた。
 黒一色の騎士服の上に黒いマントを身にまとった黒髪の男。オッドアイではないが、燃えるような赤い瞳を持つ男は、紛れも無くリオンだった。

「入って良いのかな?」

 扉の脇で呆然としているランバートに、リオンが声を掛ける。

「あっ、どうぞ。空いている席にお座り下さい」

「分かった」

 リオンは会議室を眺めて、空いている席を選ぶと、そこに向かって、ゆっくりと歩き出した。その後ろにアリスたちが続く。
 席のところに着いても、リオンはすぐに座る事はしなかった、立ったままで、又、ランバートに向かって口を開いた。

「さて、まずは自己紹介をした方が良いのかな?」

「……はい。お願いします」

 不要だとはランバートは言えなかった。以前とは異なるリオンの雰囲気に、本当に記憶がないのかと思い始めていた。

「不思議の国傭兵団の副団長をしている……キングだ。アリスについては紹介は不要だな。その隣が黒色騎獣兵団の団将をしているスペードだ」

「……よろしく」

 気まずそうな様子でマーキュリーが挨拶をする。その視線は、会議室に入った時から、呆然と自分を見つめているキールに向いていた。

「……お前」

 マーキュリーの声で、我に返ったキールが声を漏らす。

「知り合いか?」

 キールの反応に、すかさずアーノルドが問い掛けてきた。

「……私の記憶違いでなければ、息子のマーキュリーです」

「何だと?」

「さて、スペードなんて名乗るという事は記憶はないのか?」

 記憶がなければ自分の事など、マーキュリーが気にするはずがない。記憶喪失ではない事が分かっていての、キールの問いだ。

「……幸いというべきか、記憶ははっきりとしています」

「そうか……バンドゥを離れた理由を聞いても?」

「繋ぎ止めるには、鎖が必要かと」

 マーキュリーの素直な気持ちだが、結果として良い答え方になった。リオンを繋ぎ止める為である事は分かっても、どこに繋ぎ止める為かは分からない。リオンの記憶を取り戻す為であるようにも聞こえる。

「……なるほど。分かった。会議の邪魔をしてしまい申し訳ございません。先に進めて下さい」

「では。その隣は赤色騎獣兵団の団将、ハート」

 キールの言葉を受けて、リオンが紹介を続ける。

「よろしく」

 ハートと紹介されたのは、赤の党カシスの息子のアレスだ。アーノルドの目配せに、キールは頷くだけで答えた。

「その奥が機動歩兵団の団将ロス。以上だ」

 ロスと紹介された男は、軽く頭を下げただけで挨拶を終えた。又、アーノルドが目配せをするが、これにはキールは首を横に振った。
 ロスはバンドゥ出身ではない。リオンがバンドゥを出た後で、配下になった者だ。

「こちらの自己紹介は必要か?」

 リオンが紹介を終えたところで、アーノルドが問い掛けてきた。

「不要。覚える必要も、つもりもない。そもそも、まだ契約は始まっていない」

「……報酬の件か?」

「報酬以外の条件も決める必要がある。依頼内容は、今はグレートアレクサンドロス帝国の帝都トキオの奪回。これで間違いないか?」

「ああ、そうだ」

 アーノルドに、自己紹介を断った事に疑問を感じさせる間を与える事なく、リオンは話を先に進めていく。探られるような質問は受けたくないのだ。バレるからではなく、ただ面倒くさいから。

「では奪回とは何を指すのかを教えてもらいたい」

「何?」

「王都を傷つける事なく手に入れろ。これは不可能だから断る。グレートアレクサンドロス帝国軍を追い出せ。これであれば可能だ。という風に奪回といっても、色々と捉えられる」

「……グレートアレクサンドロス帝国軍を追い出す事。ただ、王都が無くなるような事態は困る。王都は王都として利用するつもりだ」

「無くしては駄目か……仕方ないな。それは飲もう」

 冗談半分のアーノルドの言葉に、物騒な答えを返すリオン。この答えが冗談かどうか、アーノルドは判断が付かなかった。冗談であって欲しいとは思っている。

「それで報酬は?」

「まだ条件はある。そちらの作戦計画があるはずだ。それに我々が納得出来ない場合は、勝手に行動させてもらう。その邪魔はしないでもらいたい」

「……何だと?」

「ああ、少し協力を頼む事があるかもしれない。そうなると、こちらの作戦計画に従ってもらいたいが正しい条件だな」

「……それで王都を取り戻せるのであればな」

「取り戻せる作戦でなければ、作戦とは呼べない」

「……良いだろう」

「陛下!?」

 マーカス騎士兵団長が堪らず声を上げた。リオンの力はマーカス騎士兵団長も認めるところだが、主導権をリオンに奪われる事には納得出来ない。マーカス騎士兵団長は、王国の臣下であり、アーノルドに仕える者なのだ。

「こちらの作戦に問題があればの話だ。そうだな?」

「もちろん。さて、残る条件は報酬だが」

「……報酬金額は?」

「金額を言っても払えないだろうから、領地を貰う。このバンドゥの地、それと更に南の地を報酬としよう」

「……何だって?」

「南はオクス王国とメリカ王国の国境からの延長線。西はバンドゥ南部の山岳地帯から流れる川。サカミ川だったかな? そこだ」

「……何故、南部まで必要とする?」

「何故? 領地は広い方が税収があがる。それだけ報酬を取り戻す期間が短くなるからな」

「サカミ川か……」

 バンドゥを報酬に求める意味はアーノルドにも分かる。やはりリオンの記憶喪失は嘘で、かつての領地を取り戻そうとしているだけだ。
 だがバンドゥの更に南を求める理由が分からない。バンドゥ南部に何があるかをアーノルドは考えている。

「答えを聞かせてもらおう?」

 だが、リオンはアーノルドに考える時間を与えようとしない。すぐに返答を求めてきた。

「もし断れば?」

 断る気などない。考える時間を作るために言っているだけだ。

「今の報酬条件を基準にして、同等の報酬の提示を求める。それがないのであれば、交渉は決裂だ」

「代わりの報酬か……」

 リオンの言葉を受けてアーノルドの思考が、代わりとなる報酬を考える事に移る。

「結論が出ないのであれば、交渉は明日にしよう。それで良いか?」

 そして、更に交渉の先延ばしを、リオンの方から提案してくる。

「……ああ、そうしてくれ」

 アーノルドはリオンの意図が完全に分からなくなった。それでも、じっくりと考える時間が出来るのであればと、交渉の延期を選ぶ事にした。

「では、そうしよう。ああ、ただ時間は無断にしたくない。手の者が国境を超える許可をくれ」

「国境を超える?」

「戦うには敵を、戦場を知る必要がある。その為だ。いくつかの部隊を送り込む。その全てに許可を求める」

「……分かった。それは出そう」

 結局、この日の交渉はこれで終わり。不思議の国傭兵団は一旦、カマークを出て行った。傭兵団だけではない。グレートアレクサンドロス帝国の各地に飛ぶ者たちもだ。その中には当然、リサも含まれている。
 グランフラム王国が、どう出るかなど関係なく、不思議の国傭兵団は動き出していた。