月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第104話 急いては事を仕損じる

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 ファティラース王国が消失した事でグレートアレクサンドロス帝国は、旧グランフラム王国領のほぼ全てを手にした事になる。バンドゥとその周辺が残っているが、旧グランフラム王国領全体で見れば辺境のわずかな土地に過ぎない。グレートアレクサンドロス帝国によるグランフラム制覇は完了したと言える状況だ。
 ただ旧ファティラース王国、南部の制圧の最後はかなり荒っぽいものになった。
 民衆の叛乱はグレートアレクサンドロス帝国の想定以上に広がっていて、押さえが効かなくなっていた。特権階級打倒のスローガンがそのまま、グレートアレクサンドロス帝国の支配階級に向けられそうな勢いになっていたのだ。
 この状況に対してグレートアレクサンドロス帝国は、軍を派遣して叛乱鎮圧に当たらせた。ファティラース王国を倒した功績を認める事なく、自国の反逆者を討伐するという名目でだ。
 鎮圧軍は主に五等国民で編成された。グレートアレクサンドロス帝国の国民の階級は五等にまで増えている。功績をあげれば等級があがるという事になっているのだが、三等級では一度の功績で重労働を課せられる階級から脱してしまう。それでは十分な労働力が確保出来なくなり、国が回らなくなるからだ。
 この帝国の対応に叛乱勢力は多いに憤ったのだが、圧倒的な戦力の前に抗い続ける事は出来ず、叛乱は鎮圧された。そして戦乱で荒れた土地の復興の為に捕らえられ、五等国民とされた人たちが酷使される事になる。
 非道な手段ではあるが、事態の収集を早期に図るという意味では完全に誤っているとは言えない。ただグレートアレクサンドロス帝国は、民衆の評判を気にしていた。そのグレートアレクサンドロス帝国が何故、民衆の反発が間違いない、このような強行手段に訴えたのかという事なのだが、それはあまりにも旧グランフラムの制圧がうまく行き過ぎたせいだ。
 元々旧グランフラム王国は、中央政治は王国の文官組織が行い、地方政治は貴族に委ねるという方法を採っていた。グランフラム王国だけではない。ある程度の規模の国はどこも同じ政治態勢だ。
 だが今回の戦乱の中で、多くの貴族家が消え去る事になった。グレートアレクサンドロス帝国が意図しての事だ。旧貴族を滅ぼし、新しい統治態勢を作る。これは悪い選択ではないのだが、いきなり旧グランフラム王国の広大な領土を手にしたグレートアレクサンドロス帝国には、それを治めるに必要な人材も組織も揃っていなかった。
 貧弱な地方組織では争乱を治める事は不可能。こう考えた帝国は一旦、中央の力で強引に押さえ込むことにして、それが治まったところで行政官を派遣し、安定を図ることにしたのだ。
 結果として争乱は押さえられたのであるから、考え方としては悪くはないのかもしれない。だがこれもやはり人材が居てこそだ。
 地方行政官の多くは一等国民から選ばれた。貴族の当主でもなんでもなかった者が、ほとんどだ。彼らには国民に奉仕するなんて考えはこれっぽっちもなく、逆に派遣された領地で国費を私物化し、領民を自分の奴隷のように扱い、ただただ贅沢な暮らしに浸るだけの毎日を過ごした。
 特権階級、それも何の責任感もない最悪な特権階級の出来上がりだ。押さえこまれたはずの民衆の不満は、また膨れ上がる事になった。
 軍事では順調なグレートアレクサンドロス帝国だが、政治では大きな躓きを見せている。この立て直しに、中央政府は大わらわだ。

「行政区の再編案が纏まりました」

「では、説明してくれ」

 ランスロットの言葉を受けて、ボルドー宰相は考えてきた案の説明を始める。

「帝国全土を九つの行政区に分割します。帝都とその周辺が中央区。これは中央政府が、地方行政も併せて担当します。それ以外の八つの行政区は、北区、北東区、東区といった感じに、八方面区に分けて、それぞれに行政府を置きます」

「……それで、これまでと何が変わる?」

 ボルドー宰相の説明は、細かく分かれていた領地を九つにまとめただけだ。グレートアレクサンドロス帝国が抱える、文官不足の解決に繋がるようには思えない。

「行政府長官は八名。八名であればきちんとした人物を揃えられます。その上で、実際の業務を行う者たちを八つの行政区に集中させ、管理の効率化を図ります」

 自分が一番偉いと思うから勘違いする者が出る。そうであれば一番上には、きちんとした人物を置いておけば良い。管理する範囲が大きくなる分は部下を増やすことで解決する。一等国民の職がなくなる事にもならない。
 それなりに考えられているようだが、形としては目新しいものではない。トップが貴族か、文官かという違いだけだ。

「行政府長官には誰を? 候補は居るのか?」

「親衛隊の中から選定する予定で、今、人選を進めている最中です」

「親衛隊か……」

 論功人事である事は明らかで、マリアの意向が働いているのも間違いない。それについては文句はない。親衛隊の面々は、グレートアレクサンドロス帝国の建国に大きな貢献をしている。それに報いるのは当然の事だ。
 ただランスロットが気になるのは、彼らに広大な行政区を見る能力があるのかという事だ。人の上に立つ者には、仕事が出来る出来ないとは違った能力が必要となる。威や人望、とにかく人を従わせる何かだ。
 侯家の嫡子として育ったランスロットはこれを知っている。

「問題がありますか?」

「補佐役が必要ではないか?」

「補佐役……副長官ですか?」

「肩書は何でも良い。元貴族で伯爵位以上の者から何人か選べないか? 行政手腕というより、重し役としてだ」

 貴族家の、それも当主や跡継ぎは人の上に立つ事に慣れている。その為の心得も幼い頃から学んでいるのだ。もちろん実際にどうかは個人差はあるが、平民出身よりはずっとマシだとランスロットは考えた。

「……それは難しいかと」

 ランスロットの指示を、ボルドー宰相は否定してきた。

「何故だ?」

「該当する者がおりません」

「元貴族であれば、何人も居るではないか?」

 旧アクスミア侯家、旧ウィンヒール侯家の従属貴族の結構な数が、グレートアレクサンドロス帝国に従っている。ランスロットの頭の中には優秀さを認める者も何人か、思い浮かんでいた。

「そうですが、その元貴族たちの多くが、取り調べの最中です」

「何だと!?」

 この事実をランスロットは初めて聞いた。

「謀反という大事の疑いですので、陛下への報告は事実関係が明らかになってからの方が良いかと考えました」

「謀反?」

「はい。グランフラム王国と通じている可能性が高いようです」

「……証拠は?」

「グランフラム王国から送られた書簡が、いくつも出てきました」

 こんな物は探せばいくらでも見つかる。ランスロットたちも裏切りを唆(そそのか)す書簡は、反応があろうがなかろうが送っていたのだ。怪しくはあっても決定的な証拠にはならない。

「他には?」

「それを今、調べているところです。事がはっきりするには、まだ時間が必要と思いますので、現時点での登用は難しいかと」

「そうか……」

 そして彼らが無実になる事はない。ランスロットに一部の貴族家が、盛んにマリアを遠ざけるように進言してきていた。それをマリア側に知られて、粛清される事になったのだ。
 ランスロットにはこれが分かっている。分かっていても何も言うことはない。ランスロットにとって大切なのはマリアなのだ。その仲を引き裂こうと考える者たちを助ける気にはならない。

「文官の統制については、もう少し考えてみますが、大方針はこれで宜しいでしょうか?」

「構わない」

 皇帝であるランスロットの裁可が降りた事で、グレートアレクサンドロス帝国は行政組織の改善に動き始める。だが結果が改善となるかは、別の話だ。

 

◇◇◇

 行政の区割りは慌ただしく進められ、各区に行政府長官が配置された。全員が元親衛隊の隊員だ。王には成れなかったが、嘗ての三侯と同じ程度の権限を彼らは手に入れた事になる。元親衛隊の面々にとっては我が夜の春を謳歌する状況だ。
 もっともそれに浮かれて、贅沢三昧という訳にはいかない。贅沢は出来るのだが、与えられた職務には真剣に取り組み、結果を出す必要がある。成果を出せなければ、失脚が待っている。それは元親衛隊であっても例外ではない事がはっきりと示されたのだ。
 ボルドー宰相が実施した文官統制を強化する方法はお目付け役を置くこと。お目付け役といえば柔らかい感じがするが、その中身はグランフラム王国にあった騎士兵団の監査部を更に強化したような組織だった。要は警察組織で、名称もそのまま警察隊となっている。当然、マリアが考えたものである。
 だがこの警察隊が、中央政府が知らないうちにその権限を広げていってしまう。その原因は警察隊の上層部も、やはり元親衛隊であったからだ。同じ元親衛隊同士、うまくやると考えての事だったのだが、これが真逆の方向に働いた。
 警察隊の指揮官となった者たちはつまり、行政府長官に選ばれなかった者たちだ。全員とは言わないが、彼らには行政府長官になった者への妬みがあった。協力などする事なく、行政府長官の非を探し、それが無理なら部下の文官の罪を暴こうとする。それと共に自らの権限を強める為に、本来は関係ない領地の治安維持にまで手を広げていく。警察組織であるから当然だとマリアは考え、それに対して咎めるどころか、警察隊の働きを褒める始末。このマリアの指示が更に警察隊の暴走を後押しした。
 警察隊は公安警察に、さらに警察という枠を超えた得体の知れない組織に変わっていった。
 厳しい治安維持活動は民衆の反発を生むことになる。厳しくても彼らの行動が正義であれば、問題にはならなかったのだろうが、警察隊はその権限を濫用し、勝手気ままに振る舞うようになった。
 行政組織の腐敗を恐れて設けた牽制組織の方が腐敗してしまうという、馬鹿げた結果だ。
 この事実が中央政府の耳に入る頃には、警察隊の悪評はすっかり民衆の間に広まっていた。

「何故、その様な状況になるのだ!?」

 地方安定の為の行政組織の改革が、逆の効果を発揮している。これを聞かされたランスロットは、さすがに怒りを押さえる事が出来なかった。

「申し訳ございません。まさか、お目付け役の方が腐ってしまうとは思っておりませんでした」

 謝罪しているボルドー宰相も、この件に関しては憤慨している。まだグレートアレクサンドロス帝国は出来たばかりの国だ。これからの国ですでに腐敗が治まらないなど、あり得ない。ボルドー宰相はこの世界を良くする為に帝国があると、真剣に考えているのだ。

「言い訳は無用だ。この事態にどう対処するつもりだ?」

「速やかに警察隊の解散と、全隊員の捕縛を行います」

「出来るのか?」

 ボルドー宰相は捕縛するというが、警察隊員は拡張を続けて、すでに五千を超えており、それが地方に散らばっているのだ。簡単に捕らえられるはずがない。そもそも誰が捕らえに行くのかも分からない。

「中央軍を派遣します」

「軍を動かすのか……」

 これしか手はない事はランスロットにも分かっている。だが時間もコストも、こんな事で無断にするのが納得いかない。

「もしくは主立った者だけを捕らえて極刑を与え、見せしめにするという手もあります」

 現実的な対応案もボルドー宰相は示してきた。こちらが本命なのだ。

「罪を見逃すことになるが……仕方がないか」

「いえ、それで終わりではなく、警察隊を戦争に出そうと思っております」

「それは何処との戦争だ?」

 選択肢は二つしかない。グランフラム王国か、メリカ王国のどちらかだ。

「メリカ王国を考えております」

「……何故、グランフラム王国を後回しにするのだ?」

 メリカ王国との戦いは、大陸制覇の第一歩であると同時に決着となる戦いでもある。グランフラム王国を後回しにする理由がランスロットには分からない。

「グランフラム王国は放っておいても身動きが取れません。それよりも長期戦が予想されるメリカ王国の侵攻を急ぐべきだと思います」

「長くはなるな……」

 内乱と国同士の戦いでは訳が違う。裏切りなどの策謀は、メリカ王国にはほとんど通用しない。真っ向からの戦いで相手を打ち破らなければならないとランスロットは考えている。
 銃や大砲があればメリカ王国に負けるとは思えないが、メリカ王国全土を奪うには、かなりの月日が必要となる事は間違いない。

「メリカ王国への侵攻を先にする理由はもう一つあります。メリカ王国は他国との戦争状態にあるようで、軍が南部に偏っております」

「その隙を付くのか?」

「はい。早い段階でメリカ王国内に侵攻の拠点とする場所を手に入れたいと思っております。まずはそれに集中し、グランフラム王国への対応は、それが成功してからで良いと考えております」

「……ふむ。だがグランフラム王国は本当に大人しくしているか?」

 バンドゥに押し込まれているとはいえ、それで諦めるグランフラム王国とはランスロットには思えない。アーノルドがそんな腑抜けであって欲しくないという思いもあっての事だ。

「もちろん押さえの軍は置きます。それと共に降伏勧告の使者も送る予定です」

「何だと?」

「グランフラム王国の戦力を甘く見るのは危険です。戦わないで決着をつけられるのであれば、その方が良いと思います」

「それはそうだが」

 アーノルドとは戦場で決着を付けたいという思いもランスロットにはある。今となっては許されないのは分かっているが、互角の戦力で。

「そしてその戦力を我が国の物に出来れば、メリカ王国との戦いが更に有利に進められます。グランフラム王国だけでなく、同盟国であるオクス王国とハシウ王国まで下せれば、二方面からの侵攻が可能になりますし」

「そうだな……」

 ボルドー宰相の説明は否定出来るような内容ではない。グランフラム王国は、領地はわずかだが保有している戦力はかなりのものだ。それを吸収出来れば、もうメリカ王国との戦いは勝ったようなものと言えるくらいに。
 ランスロットは受け入れざるを得なくなり、グレートアレクサンドロス帝国は、メリカ王国との戦争準備に移る事になる。

 警察隊の処罰代わりなど、メリカ王国の戦争を急ぐための口実に過ぎない。国内の不満を治める為に他国との争いに国民の目を向けさせるというやり方は、過去に様々な国で行われてきた事だ。それをグレートアレクサンドロス帝国も行おうとしているのだ。
 だが国内の不満はそんなことでは誤魔化しきれないほどに高まっている事を、グレートアレクサンドロス帝国の上層部は分かっていない。

 

◇◇◇

 グレートアレクサンドロス帝国領の南部。旧ファティラース王国領だったある街で、一人の男が声をあげた。

「特権階級とは何か!? 他者とは違う特別な権利を持っている者の事だ!」

 商店が連なる通りのはずれ。やや広くなったその場所に木箱を置いて、その上で男は叫んでいる。

「ではその者たちは全て悪なのか!? そうではない! その権利を悪用する者が悪なのだ!」

 男の声に真剣に耳を傾けている者は少ない。何を始めたのかと気になっていても、男の問い掛けは何だか難しい内容で、庶民には意味が良く分からないのだ。

「貴族は悪か!? そうではない! 貴族の責任を忘れた者が悪なのだ!」

 貴族を擁護し始めた男に周囲から不満の声があがる。旧ファティラース王国の民衆は、反貴族に立ち上がった者が多い。その結果は最悪なものとなったが、それでも貴族への反感は消えていないのだ。

「今、文句を言っている者たちに問う! ではお前たちはヴィンセント・ウッドヴィル様を悪というのか!?」

 ここで思わぬ名前が男の口から飛び出した。ヴィンセントの事は街の人たちも知っている。吟遊詩人の唄で耳にしているのだ。

「彼は何故、リオンの助けを断ったのか!? それの理由を知っているか!?」

 多くの人が知っていると声をあげた。貴族として王国への忠誠を貫く為に、ヴィンセントは死を選んだ。処刑場でのヴィンセントとリオンとの会話の場面は、吟遊詩人の唄の中で、もっとも盛り上がる場面の一つだ。

「かつてヴィンセント様はこう言った! 貴族は貴族である為に、精一杯の努力をしなければならない! それが貴族の義務だと!」

 吟遊詩人の唄には出てこない話を男は語り始める。

「貴族の誇りとは、その身分にあるのではない! その心持ちにあるのだと言った!」

 正確にはこれはリオンの言葉だ。だがヴィンセントも同じ思いを持っていた事は間違いない。

「貴族があるのは領民の暮らしを守る為! 領民はそんな貴族を支える為にいる! 貴族と民衆は協力し合うものであって、敵対するものではないのだ!」

 ヴィンセントとリオンの名が出た事で真剣に耳を傾ける人が増えてきた。

「貴族を倒して、我々の暮らしは楽になったのか!? 俺はそうは思わない!」

 この男の言葉も聴衆の共感を呼ぶものだ。これを西部でやれば、反発する人も多く出たかもしれない。だが南部はほとんどの民衆の等級は低く、戦乱からの復興はまだ途上も途上で、苦しい生活を強いられている人ばかりだった。

「貴族が居て、領民が居る! お互いがお互いの責任を果たせば、暮らしは良くなる! 貴族という身分が悪いのではない! 特権を手にしながら、責任を果たさない者が悪なのだ!」

 男が何を訴えたいのか聴衆にも分かってきた。貴族という身分を持たないが、責任を果たしていない者たち。それはグレートアレクサンドロス王国の中央から派遣されてきた役人たちの事だ。

「俺は諦めない! ヴィンセント様に救われた、この生命を! 本当の悪の打倒の為に使う覚悟だ! 心ある者よ、立ち上がれ! 本当に倒すべき者は誰か! もう分かっているはずだ!」

 男の声が何人かの人たちの心を震わせた。前回の失敗で、希望を失っていた人たちだ。

「警察隊だ! 逃げろ!」

 男に向かって叫ぶ声。男の訴えに心を動かされた一人の声だ。グレートアレクサンドロス王国に、真の民衆革命の芽が生まれた瞬間だ。それはまだ小さな小さな蕾だが、確かに民衆の中に根付こうとしている。