月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第105話 復讐へのプロローグ

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 グランフラム王国にグレートアレクサンドロス帝国の使者が現れた。用件は聞くまでもなく分かっている。降伏勧告の使者だ。
 追い返しても良いのではないかという意見もあったが、アーノルドは話だけは聞くことにした。降伏勧告を受け入れる余地があるという事ではない。ただ外交上の儀礼として、使者を受け入れただけだ。
 だがアーノルドは、この判断を後悔していた。

「どんなに頑張ってもグランフラムが我が国に勝てるはずがない。それを認めて頭を下げてはどうだ?」

 グレートアレクサンドロス帝国の使者は国王であるアーノルドに対して、高飛車な態度で物を言ってくる無礼な男だった。降伏勧告の使者であるなら尚更、腰を低くして、相手を立てるのが外交上の礼儀というものなのだが、そんな常識も分かっていない。

「勝てないかどうかは、戦ってみなければ分からない」

「強がりはよせ。勝てるはずがないではないか」

「たとえ勝てる可能性がなくても、貴国に頭を下げるつもりはない」

 アーノルドにグレートアレクサンドロス帝国に従う意思は全くない。これはもう何度も使者に告げている。だがはっきりと意思表示をしても、使者は去ろうとしなかった。

「一国の王であれば私情は捨てて、国の為に行動してはどうだ?」

「私情ではなく、国の総意だ」

「それを言い切る前に、きちんと国民の声に耳を傾けるべきだな」

「耳は傾けているつもりだが? 少なくともカマークの住民は、グレートアレクサンドロス帝国に従うつもりはないと、はっきりと言っている」

「そんなはずはない。グレートアレクサンドロス帝国の国民になる事を望んでいるはずだ」

「……どうして、そう思うのだ?」

 使者の自信満々な言い方に、アーノルドは違和感を覚えた。

「我が国が優れているからに決っている」

「そうではない。どうして我が国の民が、貴国の国民に成りたがっていると言い切れるのだ?」

「それは……」

 グレートアレクサンドロス帝国の使者は礼儀を知らないだけでなく、交渉能力もないようだ。アーノルドの問いに言葉を詰まらせてしまう。後ろめたい事があると白状しているようなものだ。

「なるほどな。貴国の得意な情報操作か。だがそれは失敗しているようだ」

「……そのような事はしていない。する必要もないからな」

 口では否定しながらも、動揺が顔に表れている。

「必要はあるだろう? なんといっても貴国は自国民も騙しているくらいだ」

「何だと?」

「ファティラース王国の国民はどうなった? 貴族を打倒すれば貴国の一等国民になれるはずが、最下級の五等国民にされたそうだな?」

「そんな事は……」

 使者の反応を見て、アーノルドは不思議に思ってしまう。この使者はファティラース王国での出来事を知らされていない。この程度の人物を何故、使者として送ってきたのか。グレートアレクサンドロス帝国の意図が分からない。

「国に貢献すれば等級があがると国民に約束しているが、実際には罪を被せられて、等級を落とされる国民の方が多いそうだな?」

「…………」

 これも使者が知らない事実だ。グレートアレクサンドロス帝国の発展は、五等国民の労働力が支えている。だが過酷な労働は、五等国民の数を確実に減らす事になる。減った分は補充しなければならない。他国への侵攻が進まない間は、上の等級の国民を落として、補充するしかないのだ。

「奴隷にされるのが分かっていて、どうして貴国の民になろうと思う?」

「どうせ、いつかは帝国の民になるのだ。早めになって等級を上げたほうが良い」

「だから上がるよりも、下げられる方が圧倒的に多いと言っている」

「しかし……」

 交渉は完全に決裂している。さすがに使者も分かっているはずなのだが、諦める気配を見せようとしない。使者の態度はアーノルドにはどこかチグハグに思える。

「一つ聞きたい。降伏勧告を行う事は誰が決めたのだ?」

「それは陛下に決っている」

 それはそうだ。最終的な裁可は皇帝であるランスロットの権限だ。アーノルドが聞いているのは、そういう事ではない。

「進言した者がいるはずだ。それは誰だ?」

「……それは知らない。だが俺は陛下直々に任命されて使者になったのだ」

 だから降伏勧告は皇帝であるランスロットも望んでいる事と使者は考えているようだが、アーノルドは正反対の事を思った。ランスロットは交渉を決裂させる為に、このような使者を送ってきたのだと。
 この考えは間違いではないとアーノルドは感じている。ランスロットとの決着は交渉などで付けるものではないと、アーノルドも考えているのだ。

「とにかく我が国が貴国に降伏する事は決してない。それくらいであればメリカ王国に臣従した方がマシだ」

「……そのメリカ王国も、もうすぐ帝国の領土になる」

「何だと?」

 グランフラム王国が知らない情報を使者は与えてしまった。やはり使者など務まる人物ではないのだ。

「その時になって後悔しても遅い」

「……後悔する事はない。交渉はこれで終わりだ。自国に戻るのだな」

「そんな……」

 がっくりと肩を落す使者。交渉の失敗は自分自身の降格に繋がる。使者がしつこかったのはこれが理由だ。
 そうであるなら、もっときちんとすれば良いのだが、それが出来ないような無能な人物だからランスロットに使者に選ばれたのだ。
 近衛騎士に促されて、謁見の間を出て行く使者。その姿が完全に見えなくなる前に、アーノルドはセイド宰相に向かって口を開いた。

「メリカ王国に同盟の使者を送る」

「はい。しかし、メリカ王国が受け入れるでしょうか?」

「それを考えても仕方がない。だがアレクサンドロスが攻め込んだとなれば、可能性は以前よりも、ずっと上がっているはずだ」

 敵の敵は味方になれるかもしれない。少なくともグランフラム王国とグレートアレクサンドロス帝国であれば、グレートアレクサンドロス帝国の方がメリカ王国にとって脅威であるのは間違いない。

「それは分かりますが、同盟条件はいかがしますか? メリカ王国の立場であれば、援軍を要求してくるはずです」

「援軍か……」

 セイド宰相が同盟交渉に否定的な反応を見せる理由が分かった。メリカ王国に援軍を送る余裕はグランフラム王国にはない。同盟はそれに利があるから結ぶのだ。グランフラム王国がメリカ王国に利を提供出来ないのであれば、交渉がうまく行くはずがない。

「我が国がメリカ王国に提供出来るものは何もありません。いっその事、逆の立場であった方が良かったと思います」

「逆とは?」

「我が国にブリタリアが攻めてきたのであれば、メリカ王国には脅威を訴えるだけで済みます。我が国がブリタリアの領土となれば、ここからオクス王国、そしてメリカ王国と攻めこむ事が出来る。メリカ王国にとって放置しておけない状況となります」

「それを理由に我が国に援軍を送ってもらうということか」

「はい。あと二万の軍勢があれば、こちらからブリタリアに攻め込む事も出来ます」

 南北西の三方面の国境を守るだけで一万の軍勢が割かれている。更に、実際に攻められる事になれば、それでは足りるはずがなく、増援軍として中央のカマークに一万が配置されている。これでグランフラム王国の軍は全てだ。
 他に貴族家の軍があるが、全てバンドゥ周辺領の守備に配置されており、そもそもあまり戦力としてあてに出来る軍ではない。
 グレートアレクサンドロス帝国の脅威に対して、グランフラム王国は身動きが取れなくなっていた。これでは現状維持がせいぜいで、グランフラム王国の復興など叶うはずがない。

「そうだとしても送らないという選択肢はない。まずは申し入れ。条件については、その後だ」

「承知しました」

「ああ、オクス王国とハシウ王国に先に使者を送ってくれ。メリカ王国への同盟申し入れを伝えておくのだ」

「はい」

 嘗ては臣従国であった二国だが、今はかなり気を使わなければならない相手だ。軍事面だけではない。現在、物資の入手方法は二国を経由した交易しかない。それを止められるような事態になれば、グランフラム王国は立ち行かなくなってしまうのだ。

「メリカ王国でも戦争が始まるとなると、物資調達も難しくなるな」

 オクス王国とメリカ王国との国境は、グレートアレクサンドロス帝国との国境の近くでもある。戦場となれば商人の行き来が途絶える可能性が高い。

「はい。東方諸国連合に頼る事になりますが……メリカ王国との戦いはどうなったのでしょう?」

 東方諸国連合も戦争中となれば、物資調達は更に困難になる。

「情報は入っていないのか?」

「さすがにそこまで手を広げる余裕はなく。もしまだ続いているようであれば、メリカ王国はかなり苦しい状況に追い込まれます」

「二方面での戦争だからな」

 しかもその片方はグレートアレクサンドロス帝国だ。メリカ王国が耐えられるとは思えない。

「……多少無理をしても援軍を出すべきかもしれません」

 メリカ王国が敗れるような事になれば、グレートアレクサンドロス帝国に抗える国はなくなる。グランフラム王国としても、黙ってそれを見ている場合ではない。

「そうだな。要請があれば援軍を出す用意があると伝えろ。いや、援軍ではなく南部に打って出るべきか。マーカス! すぐに作戦計画を立てろ! 南部、旧ファティラース王国方面への侵攻計画だ」

「はっ!」

 圧倒的な戦力差があったとしても、今動かなければ逆転の機会は失われてしまう。アーノルドはグレートアレクサンドロス帝国との再度の決戦を覚悟した。

 

◇◇◇

 メリカ王国は当然、グレートアレクサンドロス帝国の侵攻には最大限の警戒を行っており、それなりに守りを固めていた。だが国境の砦は砲撃だけで落ち、あっさりと突破される事になった。
 グレートアレクサンドロス帝国の新兵器の情報は知っていても、実際に攻撃を受けるのは初めてだ。大砲の威力を完全に測り間違えていたのだ。
 領内に侵入してきたグレートアレクサンドロス帝国軍は、第二防衛線の主要拠点の一つである城砦都市ベカスに向かって進軍を開始した。侵攻拠点とする為に、あえて守りの堅い都市を選んだのだ。
 メリカ王国にとって幸いだったのは、その進軍速度が遅かった事。機動力のなさは大砲の欠点だ。
 迎撃軍を編成したメリカ王国は、ベガス防衛にあたって野戦を選択。進軍中の帝国侵攻軍に向かって攻撃を仕掛けた。結果、王国迎撃軍は帝国侵攻軍の進軍を停止させる事に成功した。
 ただその後の戦いは、王国側に厳しい状況が続いている。陣を構築した帝国侵攻軍に攻め込んでも、銃と大砲をで迎え撃たれるばかり。ただ犠牲を増やすだけだった。

「盾構え!」

 帝国の陣地に向かって進軍している王国軍の中から号令の声が響く。それに応えて最前列を進んでいる兵士が、足を止めて大きな盾を構えた。それに少し遅れて金属音が聞こえてくる。帝国側からの銃撃が盾を撃つ音だ。

「前進! 急げ!」

 盾を構えていた最前列の兵士が、駆け足で前へ進む。そして又、盾構えの号令の声が響いた。これを繰り返してメリカ王国軍は、銃撃の間隙を利用して、帝国陣地との距離を詰めていく。

「前衛! 開け!」

 ある程度、距離を詰めたところで、これまでとは異なる号令が発せられた。左右に別れる王国軍。その間を騎馬隊が物凄い勢いで駆け抜けていった。

「散開!」

 先頭をかける騎士が命令を発する。オリビア王女の声だ。命令に従って騎馬隊が隊列を崩して大きく広がる。それとほぼ同時に前方から響く破裂音。何人かの騎士が馬を撃たれて、地面に転がり落ちた。

「突撃! 全速で敵陣に突入せよ!」

 それに構わずにオリビア王女は次の命令を叫ぶ。グズグズしている時間はない。すぐに又、次の銃撃が帝国軍から放たれるのだ。その前に何とか敵陣までたどり着きたいのだが。
 それが叶うことなく、また銃撃を受けて騎士が地面に落ちる。先程よりもかなり数が多い。

「……撤退! 引き返せ!」

 突撃の失敗を悟って、オリビア王女は撤退の命令を出した。これでもう三度、突撃に失敗している。最初は遠すぎた。次は歩兵をかなり前進させたのだが、射程を手前に変えていた帝国の砲撃で、騎馬隊を出す前に歩兵部隊が崩れてしまった。そして今回も届かない。
 帝国の陣は実にうまく考えられていて、攻め込む隙が見つからない。これで城砦都市を落とされて、そこに篭もられては、それこそ手も足も出なくなってしまう可能性がある。
 なんとしてもメリカ王国は野戦で、帝国侵攻軍を打ち破るつもりだった。

「失敗! もう一度、作戦を練り直します!」

 本陣に戻ったオリビア王女は、作戦失敗の苛立ちを引きづったまま、会議室となっている天幕に入った。だが、そこに居るはずのない人物の姿を見て、そんな苛立ちは吹き飛んでしまう。

「傭兵のご用命は?」

 そんなオリビア王女に、相手はにこやかな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

「……あ、貴方は」

「不思議の国傭兵団の副団長をしている……なんだっけ? ジャバウォック、違う、バンダースナッチか?」

 気に入らない偽名など覚えてもいないリオンだった。

「……確かホワイト・ラビットじゃなかったですか?」

 不思議の国傭兵団の副団長の名を、オリビア王女はちゃんと記憶している。

「ああ、それ」

「……リオン殿ですよね?」

 目の前に居る男は髪と瞳の色が違うだけで、どう見てもリオンだ。

「いえ。ホワイト・スネークです」

「ラビット」

「ああ、それ」

「……ワザとですか?」

「偽名を覚えられなくて」

 つまりワザとだ。ただ、こんな事をしなくても、オリビア王女は不思議の国傭兵団の副団長がリオンだと分かっていた。

「どうして貴方がここに? まさか私を殺しにきたのですか?」

 オリビア王女とリオンは敵同士だ。そのリオンが自軍の本陣に居る意味が分からない。殺しに来たとは思っていない。そうであればリオンはとっくにそれを果たし、この場から消えているはずだ。

「まずは自国の方からの説明を聞いて下さい。それで少しは、馬鹿な近衛も落ち着くでしょう」

「……ユーリ、止めなさい。死にたいのですか?」

 後から入ってきたはずのユーリが、いつの間にか剣を抜いてリオンの背後に立っていた。そのまま斬りかかっても返り討ちになるだけだと、オリビア王女には分かっている。
 
「……はっ」

 オリビア王女の言葉を受けて、ユーリは剣を鞘に戻して、リオンから離れた。

「では説明を。まずは自己紹介から、どうぞ」

 隣に座る文官の格好をした男性に、リオンがふざけた調子で説明を始めるように促すが。

「自己紹介は不要です。ライスは我が国の外務大臣ですよ? 私が知らないはずがありません。ライス、事情を説明してもらえますか?」

「はい。我が国と東方諸国連合は、このたび休戦協定を結びました」

「そう。それは良かった」

 東方諸国連合とグレートアレクサンドロス帝国を同時に相手にする事は、どう考えても不可能だ。オリビア王女は、父であるメリカ国王がこの決断をした事を、心から喜んでいる。

「ただ休戦には条件があります。その条件が果たせるかの確認をしに参りました」

「その条件というのは何かしら?」

「それが……王女殿下が東方諸国連合に滞在する事でして」

「……そういう事ですか」

 休戦協定の条件は自分が人質になる事。オリビア王女はそう理解した。

「ちょっと説明が間違っている」

 だがリオンは、ライス外務大臣の説明に誤りがあると指摘してきた。

「そうなのですか?」

「そうです。今の説明では正しい同意を得る事になりません。恐らく自国の王女には言い辛いのでしょうから、条件については私が説明します」

「……ええ、お願いします」

 自分に言い辛い条件と言われると、あまり良い予感はしない。

「まずオリビア王女には、そこの馬鹿近衛であるユーリ・スチュワートと結婚してもらいます」

「……はい?」

 リオンの予想外の言葉に、オリビア王女は何を言われたのか、すぐに理解が出来なかった。

「臣籍降嫁というやつですね。その上でユーリ・スチュワートには東方諸国連合に来てもらいます。友好の使者という名目の人質です」

「……私は?」

「妻なのですから当然、同行しますよね?」

「……よく理解出来ません。どうしてそのようなことになるのですか?」

 リオンの説明は、オリビア王女には休戦協定の条件とは思えない。結婚のインパクトが強すぎるのだ。

「では裏事情を。オリビア王女を人質に出すなどメリカ王国の面子が許しません。ですが王女殿下くらいの人でないと、東方諸国連合は人質の価値を認められません」

「……だから私は王女の身分を無くし、あくまでも同行者として東方諸国連合へ」

「はい。人質といっても近衛騎士を一人出しただけ。そして王女ではなくなったとしても、国民の人気は変わる事はないだろうオリビア様には、人質としての価値が十分にあります」

 両国が納得出来る条件には確かに思えるが、どうして結婚を絡める必要があったのかが、分からない。

「ちなみに、これを考えたのはどなたかしら?」

「こんな馬鹿馬鹿しい条件を考えるのは一人しかいません」

「貴方ね?」

「はい」

 メリカ王国が思いつくはずがない。メリカ王国でなくても、普通の感覚では生まれない発想だ。

「目的は?」

「両国の友好」

 それであれば無理に結婚を絡める必要はない。リオンの言葉は嘘と、オリビア王女は判断した。

「……目的は?」

「行き遅れの王女様の救済」

 続けての問いにリオンは、外交を利用した、お節介だと認めた。

「……余計なお世話と言ったら?」

「嘘つきと答えます」

 オリビア王女はユーリとの結婚を望んでいる。リオンの答えはこういう事だ。オリビア王女の顔がほんのりと赤くなった事で、これが事実であると証明された。

「……どうして、こんな事をしたのですか?」

「知ってしまったから。身分違いの恋愛に苦しむ人は見たくない。自分がそうだったから」

 リオンとエアリエルも元は貧民街の孤児であった従者と侯家の令嬢という関係だ。本来であれば、決して結ばれるはずがない二人だった。

「そうでしたね。それにしても……よく父を説得出来ましたね?」

「国王としては中々難しい人物ですが、一人の人間としては娘想いの良い父親です」

 リオンのこの言葉は、今までの話を否定するのものだ。オリビア王女の為だけに、こういう条件にした訳ではない。大国であるメリカ国王相手では難しい交渉を、娘の結婚に反対する一人の父親を説得する形に変えたのだ。

「……そういう事ですか。父の事をよく知っているのですね?」

「重要人物の為人を知る事は大切です。王女殿下のお気持ちも、その中で知りました」

 そしてその人物の為人を利用した方策を立てる。策謀も戦術も、リオンの場合はこれが基本だ。リオンの恐ろしさを又、オリビア王女は知ることとなった。

「さて、事情を理解したところで答えを頂きましょうか。貴女はユーリ・スチュワートを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「……それは何ですか?」

 オリビア王女が初めて聞く言葉。それでいて何故か、心に響く言葉だった。

「誓いの言葉。こういうのありませんか?」

「ありませんけど……良い言葉ですね?」

「誓いますか?」

「……はい。誓います」

 少し照れながらも、オリビア王女ははっきりと誓いを口にした。これで又、オリビア王女はリオンの本心が分からなくなった。
 本当に自分の為に、こんな事を図ったのではないかと思えてきたのだ。

「さて、これで休戦協定は成立しました」

 そんなオリビア王女の内心など気付いている様子もなく、リオンが協定の成立を宣言する。

「ち、ちょっと待ってくれ」

 新郎の方は完全に置いてけぼりだ。

「お前に選択肢はない。まさか嫌だなんて言わないだろうな?」

「……私のような男で、王女殿下の夫が務まるとは思えない」

「馬鹿か? お前が妻にするのは王女じゃない。オリビアという一人の女性だ。そして、お前のような男でも良いのではなく、お前が良いんだ、って、俺が言う事じゃないか」

 後半の台詞は、かつてエアリエルに言われた言葉をなぞっている。

「リオン殿の言う通りです。ユーリ、私は貴方の妻になりたいのです。許してもらえますか?」

「……は、はい。喜んで」

 戦場という殺伐した場所で、ずっと秘めていた想いが報われる事になった。ほんの少し前まで当人たちは、こんな事になるなんて針の先ほども思っていなかったはずなのに。

「さてと、用事は済みましたが結婚のお祝い代わりに無償で働いてあげます。不思議の国傭兵団に何か依頼はありますか?」

「良いのですか?」

「もちろん。ただし実現可能な事に限ります」

「……グレートアレクサンドロス帝国軍を追い払うは?」

「承りました。では早速、仕事に入らせて頂きます。きちんと見ていて下さい。帝国軍との戦い方の一つをお見せしますので」

「……分かりました」

 不思議の国傭兵団は、リオンは、グレートアレクサンドロス帝国と戦う意思があるのだとオリビア王女は分かった。そしてそれは当然の事だとも。リオンがグランフラム王国でやり残した事をオリビア王女は知っているのだ。
 グレートアレクサンドロス帝国のメリカ王国侵攻軍は、この後の戦いで壊滅的な打撃を受けて、その戦闘能力のほとんどを失う事になった。更に撤退中にメリカ王国軍から執拗な追撃を受けて、ほぼ全軍が崩壊。メリカ王国への侵攻作戦はグレートアレクサンドロス帝国側の敗北で終わる事になった。