月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第98話 王都奪回の戦い

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 グランフラム王国軍の本隊二万がカマークを発って二ヶ月。グレートアレクサンドロス帝国から一切の攻撃がないままに、旧グランフラム王都、現アレクサンドロス帝都トキオにたどり着いた。ウィンヒール方面から移動してきた別動隊三万も同じ。何事もなく進軍してきて、本隊との合流を果たしていた。
 全軍で五万。帝都を落すには決して多いといえる数ではない。だが数だけであればグレートアレクサンドロス帝国の方が少ないはずだ。
 元々侯家の軍勢は従属貴族家のそれと合わせても、おおよそ四万。そこから多少は増やしたとしても、ファティラース王国との戦いにも兵を割いている状況では、帝都の守備についた数はせいぜい二万とグランフラム王国は見込んでいる。
 これがグレートアレクサンドロス帝国側が野戦を挑まなかった理由とグランフラム王国は考えている。全く間違っているとは言えないが、グレートアレクサンドロス帝国が、途中で攻撃を仕掛けなかったのは、兵数の問題などではない。出来るだけ深くまで引き込んだほうが、確実に相手を殲滅出来ると考えたからだ。

 帝都トキオの城門から少し距離を取った所で、グレートアレクサンドロス帝国軍の一万程が陣を組んでいる。グランフラム王国側としては意外な展開だ。
 てっきり籠城を決め込むと思っていたのだが、そうではなかった。しかも陣を組んでいるのは、たった一万だ。
 だが相手がグレートアレクサンドロス帝国となると、たった一万でも油断出来ない理由がある。

「……重装歩兵団、前に!」

 銃。この新兵器はグランフラム王国にとって脅威だ。騎馬隊の精強さにかけては大陸一を誇るグランフラム王国であるが、新兵器である銃は騎馬隊には天敵だったのだ。
 グレートアレクサンドロス帝国の銃にどう対処するか、グランフラム王国は徹底的に研究した。その一つが重装歩兵団という頑丈な鎧兜、盾で身を固めた歩兵部隊を活用するという方法だ。グランフラム王国は今回の戦いにあたって、従来の倍以上に増員させていた。
 距離を測りながら重装歩兵団がゆっくりと前に進む。射程距離を完全に見極めている訳ではない。銃を武器とするグレートアレクサンドロス帝国軍とは一度しか戦っていない上に、その時の生き残りはほとんど残っていなかった。

「盾、構え!」

 ある程度、距離が近づいた所で大きな盾を前に出して構える。

「密集陣形のまま、前進!」

 盾と盾を寄せて、その陰に身を隠しながら、じりじりと敵に近づいていく。敵の前線まではまだ距離がある。焦れったくなる進みだが、こうするしかないのだ。

「……放てっ!」

 敵の号令の声に続いて破裂音が鳴り響く。それとほぼ同時に、グランフラム王国の重装歩兵が構えている盾が、キンキンと金属音を響かせた。

「よし! 陣形を崩すな! このまま進む!」

 第一撃を防げた事で指揮官に安堵の色が見えた。金属の盾さえ貫き通す可能性もあった。その場合は、機動力のない重装歩兵など、良い的になるだけだ。
 更にグレートアレクサンドロス帝国軍から第二撃が放たれたが、それも盾が防いだ。銃に対して重装歩兵は有効だった。

「焦るな! 密集陣形を保て!」

 重装歩兵の歩みは遅い。だがそれで良いのだ。グランフラム王国の狙いは銃を防ぐ、ただそれだけにあるのだから。

「放てっ!!」

 この声はグレートアレクサンドロス帝国軍ではなく、グランフラム王国軍から発せられた。号令に一拍遅れて、宙に数えきれないほどの矢が舞い上がる。
 重装歩兵団の後ろに続いていた弓兵部隊が放った矢だ。空に放たれた矢は、放物線を描いてグレートアレクサンドロス帝国軍の前線に降り注いでいく。
 グレートアレクサンドロス帝国側は一気に混乱に陥った。

「密集陣形解除! 方陣に変更!」

 号令を受けて重装歩兵団の陣形が変わる。一塊になっていた陣形は、幾つもの方陣に分かれ始めた。

「突撃っ!!」

 突撃の号令とともに、重装歩兵団の陣の間から騎馬が何騎も飛び出してくる。それはいくつかの集団に纏まり、混乱しているグレートアレクサンドロス帝国軍に襲いかかった。

「城壁からの攻撃に気を付けろ! 一気に敵を突き崩せ!」

「討てぇっ! 討てぇえええっ!!」

 グランフラム王国軍の猛攻に、グレートアレクサンドロス帝国軍は完全に浮足立っており、全く組織立った抵抗が出来ないでいる。
 初戦はグランフラム王国の圧勝。上手くすればこのまま、城門に攻め寄せられるかという勢いだ。

「よし。勝ったな」

 本陣で戦況を眺めているグランフラム国王も、勝利を確信している。

「まだ初戦。王都を奪回した訳ではありませぬ」

 隣に立つフレデリック近衛騎士団長がすかさず、国王をたしなめる。実際にまだ戦いは始まったばかり。王都を落すまでには、まだまだ困難な戦いが続くはずだ。

「分かっている。だが銃という武器への対抗策は有効だったな?」

「それはまあ、そうですが……」

 グランフラム国王の問いに、フレデリック近衛騎士団長は曖昧な言葉を返した。

「……どうした? 何か気になるのか?」

「あまりに脆すぎるような。矢を放たれただけで、あれほど混乱するものですかな?」

「それは不意を打ったからではないのか?」

「そうだとしても……」

 矢を放って、乱れたところを騎馬で突撃なんてやり方は、重装歩兵を盾にして接近した以外は定石といえる戦い方だ。元は侯家の軍とはいえ、それなりに鍛えられているはずの兵士が、対応出来ない事が不思議だった。
 そしてこのフレデリック近衛騎士団長の疑問が正しい事が証明される。
 城壁の上に、これまで隠れていたグレートアレクサンドロス帝国の兵士がずらりと並ぶ。何百ものその兵士たちは銃を構えると、迷うことなくグランフラム王国軍に向かって引き金を引いた。自軍の陣の中で、暴れているグランフラム王国軍に向かってだ。

「なっ!? 何だとっ!?」

 驚きの声がグランフラム王国の本陣のあちこちからあがる。
 放たれた銃弾はグランフラム王国の兵士だけを正確に撃ち抜く、なんて事になるはずがなく、両軍の兵士を次々と打ち倒していった。

「アレクサンドロスは何を考えているのだ!?」

 国王の怒声が響くが文句を言っても何の解決にもならない。こうしている間にも、自軍の騎馬隊は次々と討たれているのだ。
 それだけではない。自軍に銃弾を撃ち込まれたグレートアレクサンドロス帝国軍の兵士たちは、陣形も隊列も何も関係なく、軍隊というよりはただの暴徒のように、グランフラム王国の重装歩兵の陣に襲い掛かり始めた。

「……どういう事だ?」

「まさか、あれは……」

 国王の問いにフレデリック近衛騎士団長は最後まで答えられなかった。湧き上がる怒りで、言葉を発する事が出来なくなったのだ。

「マーカス!?」

 フレデリック近衛騎士団長が顔を真っ赤にして黙り込んでしまったのを見て、グランフラム国王は質問の向け先をマーカス騎士兵団長に変えた。

「……想像ですが、あれは兵士ではないのではないかと」

「では何だ?」

「何というか、あまり訓練を受けていない、ただの民を戦場に出したのではないかと思います」

「……何だと?」

 マーカス騎士兵団長の答えに、グランフラム国王は驚愕の表情を浮かべている。

「三等国民、奴隷の可能性もある。いや、恐らくそうだな」

 ここでアーノルド王太子が自分の考えを述べてきた。正解である。グレートアレクサンドロス帝国は、三等国民を戦場に出してきたのだ。

「なるほど。奴隷を囮に使ったという事ですか」

 マーカス騎士兵団長は、アーノルド王太子の考えに納得している。非情な作戦ではあるが、過去に例がない訳ではない。

「……そうだと思うが、それだけでもないのではないかな? 銃という武器は少し練習すれば、誰でも扱えると聞いている。つまり銃で戦う限りは、鍛えられた兵士など必要ないのだ」

 これが銃火器の最大の武器だ。離れた場所から引き金を引くだけで人を殺せる。命中率云々はあるが、元々マリアの知識から開発された銃の命中精度など、たかが知れている。それを数を揃える事でカバーしているのだ。

「一旦、撤収の指示を出します」

「ああ、急いだほうが良い」

 だがこの判断はわずかに遅かった。グレートアレクサンドロス帝国は、まだ大砲という奥の手を隠していたのだ。
 重低音の爆発音がいくつも、帝都の中から響いてくる。何事かとグランフラム王国軍の者たちが視線を音のした方向に向けたが、すぐに何が起こったか分からなかった。
 数秒の間を置いて、次の爆発音は自軍の陣地から聞こえてきた。宙を舞う兵士の姿が、グランフラム王国にようやく何が起こったかを分からせた。いや、正確には分かってはいない。

「な、何が起こったのだ?」

「敵の攻撃である事は確かですが……魔法ではない以上は、これも新兵器の一つかと」

 国王の問いに考えながら、アーノルド王太子は答えた。何の確信もある答えではないが、他に思い浮かぶ答えもない。

「音は確かに王都の中から聞こえてきたのだ!?」

 魔法ではあり得ない飛距離。だからこそ新兵器なのだが、グランフラム国王は冷静に考えられる状況ではない。

「とにかく、すぐに撤退の指示を。このままでは何もしないうちに戦う力を失います」

 こうして会話をしている間にも、爆発音は戦場に鳴り響き続けている。地面を、人を吹き飛ばす大砲の威力に、鍛えぬかれているはずのグランフラム王国軍も、大混乱に陥っている。
 だが撤退の命令が前線に届かないうちに、更なる追い打ちをグレートアレクサンドロス帝国はかけてきた。
 開かれた城門から次々と飛び出してくる騎馬、そして歩兵たち。グレートアレクサンドロス帝国の本軍の出撃だ。

「キール! 馬を引け! 出撃だ!」

 出撃してきたグレートアレクサンドロス帝国軍を見た瞬間に、アーノルド王太子が大声で叫んだ。
 この声に応えてキールが馬を並走させて、本陣の前にやってくる。アーノルド王太子はそれに飛び乗ると、一気に馬を駆けさせていった。その後をバンドゥ領軍、そしてアーノルド王太子の近衛騎士団が続く。

「……ア、アーノルドは、何を考えているのだ!?」

 いきなり出撃していったアーノルド王太子に呆気に取られていたグランフラム国王であったが、ふと我に返って、慌てた様子で声をあげた。

「……マリアが出撃してきたようですな。それを討つつもりでしょう」

「あの女か……」

 マリアの名を聞いて、グランフラム国王が落ち着いた様子を見せる。安心したとか、そういう事ではない。マリアの悪評はグランフラム国王の耳にも届いている。新兵器の開発など、今の元凶はマリアだといっても良い。実際にそうだ。
 そのマリアを討つという事には多いに意味がある。出撃した理由には納得したというところだ。

「どう致しますか?」

「敵の数は?」

「騎馬に限って言えば、今のところは五分というところですかな」

「……まずは軍の混乱を治めろ。その上でアーノルドたちへの後詰を。危ないようなら強引にでも引き戻せ」

「御意」

 今となってはアーノルド王太子の率いる部隊は、グランフラム王国軍の中でも精鋭中の精鋭の一つだ。これが勝てないような相手では、どの道、この戦いは負けになる。
 マリアは敵の大将とは言えないが、それに次ぐ地位である事は間違いない。その首を取れば敵に傾いた流れを一気に引き戻せるかもしれない。グランフラム国王はそれに賭けることにした。

 

◇◇◇

 フレデリック近衛騎士団長の推察通り、アーノルド王太子の標的はマリアだ。マリアの性格であれば、最後の決着は必ず自分の手でつけようとする。少なくともそう思われるような動き方をするとアーノルド王太子は読んでいて、開戦当初からずっと出陣の機会を待っていたのだ。
 案の定マリアはグランフラム王国軍が大混乱に陥っている、この時に出撃してきた。決着には、やや早いタイミングとも思えるが、とにかく標的が出撃してくれたのだ。行動に移さない訳にはいかない。

「あれが、あの女の親衛隊とかいう部隊か!」

 マリアは騎馬隊の先頭を駆けている。お揃いの白銀の鎧に身を固めた、その騎馬隊は親衛隊だ。正式名称はグレートアレクサンドロス帝国軍勇者直率親衛隊。通称、戦女神騎士団。通称といってもマリアが勝手に周囲にそう呼ばせているだけだ。しかも戦女神という、メリカ王国のオリビア王女の通り名をパクっている。

「学院時代の知った顔もかなり居るようです! 油断なさらないように!」

 ランバートが注意を促す。常にアーノルド王太子の側に居るランバートは、学院時代のマリアの取り巻きの事も知っている。攻略対象であったからには、それなりの実力者ばかりだ。

「分かっている! 行くぞ!」

 両部隊の距離がかなり縮まったところで、アーノルド王太子が騎乗のままで詠唱に入る。いきなりの最上級魔法フェニックスだ。炎の鳳が騎馬隊を先行して、マリアの親衛隊に襲いかかった。
 だがそれは敵に到達する前に、マリアが放った魔法と相殺となって霧散してしまう。これはアーノルド王太子の予想通りの展開だ。
 魔法に関してはマリア側に分がある。アーノルド王太子の側としては、一気に騎馬での戦いに持ち込みたいのだ。だがそうはさせないとばかりに、マリア側からいくつもの魔法が放たれてくる。

「散開!」

 一旦、隊列を崩して魔法をやり過ごし、また集結する。こういった部隊の動きは何度も何度も演習を繰り返してきた。
 もう帝国親衛隊は間近に迫っている。先頭を駆けるマリアの姿をみて、怒りが沸騰しそうになるアーノルド王太子だが、その気持ちは何とか押さえ込むと、腕を伸ばして部隊に指示を出す。
 激突寸前に部隊は二つに割れて、その間を帝国親衛隊の騎馬が通過する。それと完全にすれ違う前に、アーノルド王太子率いる近衛騎士団が、斜めに帝国親衛隊の騎馬の列に突っ込んでいく。
 当然の事に帝国親衛隊の後方が大いに隊列を乱し、馬足が鈍ったところに反対側からキール率いるバンドゥ領軍が襲いかかる。
 慌てて先に進んでいたマリアたちが反転して戻ってくるが、その時には分断されて残されていた側の三分の一が馬から落ちていた。
 更に反転してきたマリアたちの騎馬隊の後方から、回りこんでいたアーノルド王太子の近衛騎士団が襲いかかる。
 それに気付いて又、慌てて部隊を反転させようとしたマリアだが、その途中でキール率いる部隊に襲われて、更に部隊が分断される。
 いくつもに分断され、足を止めてしまったマリアの親衛隊を標的にして、アーノルド王太子たちの騎馬隊が攻撃を仕掛けていく。
 騎馬での戦いにおいて、両部隊の力の差は歴然としている。

「後退よ! 督戦隊に指示して!」

 全く歯が立たない状況に、マリアがたまらず撤退の指示を出す。気になるのは督戦隊という言葉だが、今は討ち取ることが優先だと、アーノルド王太子は逃げるマリアに追いすがろうとした。
 だがそれを邪魔する敵の新手が現れた。ろくに防備も身に着けていない兵士たちだ。

「奴隷部隊か!」

 その部隊の正体をすぐにアーノルド王太子は見抜いた。だが督戦隊はこの部隊ではない。統制が取れていない様子の奴隷部隊の後方に現れた、こちらはきちんと武装した部隊。それが味方であるはずの奴隷部隊に向かって、銃を放った。

「死にたくなければ敵を討て! さあ、進め! 進まなければ、撃ち殺すぞ!」

 デタラメの命令を言い放つ兵士。それでも命令に背けば殺されると分かっている奴隷部隊の者たちは、叫び声を上げながらアーノルド王太子たちに向かってきた。
 それとすれ違って、マリアたちが後方に逃げていく。

「卑怯者! 貴様、国民をこんな目に合わせて良いと思っているのか!?」

 奴隷部隊に間に入られては、もう追い付くことは出来ない。悔し紛れに怒鳴ったアーノルド王太子だったが。

「奴隷は国民ではないわ! それに彼らは元王都の住人。グランフラム王国の国民よ!」

 マリアに反撃を許すことになった。

「……何だと?」

 実際にはこれほど驚くような事ではない。グレートアレクサンドロス帝国の兵士だって、元はグランフラム王国の国民なのだ。ただ軍人と一般人では受け取り方が違ってしまう。
 アーノルド王太子はこれでもう、奴隷部隊に剣を向けられなくなった。

「殿下! ここは下がりましょう!」

 アーノルド王太子の心情を察したランバートが撤退を進言する。正しい判断だ。奴隷部隊だけではなく、マリアの親衛隊と離れてしまっては、敵が銃を撃つことを躊躇する理由はなくなっているのだ。

「撤退だ! 本陣に戻る!」

 ランバートの進言を受けて、アーノルド王太子が撤退の命令を下す。命令を聞いて、馬を返して本陣に戻ろうとした近衛騎士団、そしてバンドゥ領軍だったが、その目に映ったのは予想外の事態だった。

「……どういう事だ?」

 戻ろうとした本陣が、グランフラム王国旗が前線に進み出ようとしていた。