月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第97話 決戦の時の為に

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 ウィンヒール王国を崩壊させ、その力をほぼそのまま吸収したグランフラム王国は王都奪回へと動き出した。これがグレートアレクサンドロス帝国の望む通りの展開だと知りもしないで。
 ただ仮に知っていたとしても、グランフラム王国の決断は変わらなかっただろう。選択肢はほとんどないのだ。中央を押さえられている限り、北に伸びたグランフラム王国の防衛線は長くならざるを得ない。それは現有戦力ではカバー出来ないほどの範囲であり、無理して配置したとしても形だけのものになり何の意味も為さない。
 一方でグレートアレクサンドロス帝国は中央から、グランフラム王国側の防衛戦の薄い所を選んで攻撃する自由を持っている。
 これはグランフラム王国にとって圧倒的に不利な状況で、守る立場では居られないのだ。
 速やかに王都を落す。この決定は、特にグレートアレクサンドロス帝国が工作をしなくても、必然的に定まったものだ。

「ファティラース王国からの返答はないのか?」

 王都を攻めるにしても、ただ兵を揃えて攻めこむだけとはグランフラム王国は考えていない。王都はグレートアレクサンドロス帝国も都としている場所だ。その守りが自分たちが知る以上に堅い事は調べるまでもなく分かる。
 出来る限りの手を打たなければならない。ファティラース王国との共闘もその一つなのだが、これは順調には進んでいない。

「返答は来ております。ただ相手方は王都を攻める前に、まずはファティラース王国領内のアレクサンドロス軍の掃討を求めております」

 グランフラム国王の問いに、セイド宰相が現状の説明を行った。

「虫の良い話だな」

「はい。しかも我らに掃討させようとしているのは、アレクサンドロス軍ではなく、自国の民のようですから」

「……どういう事だ?」

 セイド宰相の言葉だけではグランフラム国王には何の事か分からない。ただ何とも怪しげな事態となっている事だけは分かって、国王の胸に嫌な予感が広がっていた。

「簡単に言うと民衆による叛乱です。ただ、裏ではアレクサンドロスが糸を引いているようで、かなり大規模なものになっているようです」

「アレクサンドロスが国民を扇動していると言うのか?」

「はい」

「一体どうやって? ファティラースは、それほど悪政を施していたのか?」

 ファティラース王国の国民は元々ファティラース侯家か、それに連なる従属貴族の領民だ。忠誠心にあついとまでは言い切れないが、余程の事がなければ、縁もゆかりもないランスロットに付くとは思えなかった。

「そういう話は聞いておりません。特権階級を打倒し、自由と平等を取り戻そう。これが叛乱側の言い分のようです」

「特権階級は分かるが、自由と平等? それは具体的には何を求めているのだ?」

 自由と平等という言葉だけでは、この世界の人々には何の事か分からない。王制、貴族制しか存在しないこの世界では、不自由や不平等も当たり前に受け入れられていて、それに疑問を感じる人々など滅多にいないのだ。

「平等は生まれや出自に関係なく、正しくその人の能力が評価され、それに相応しい待遇を得られる事を言うようです」

「……ふむ。理想ではあるな。だが現実には難しい」

 生まれや出自を重視するのは、ただ差別をしているという事ではなく教育の問題もある。騎士の家に生まれれば、幼い時から騎士としての教育がなされる。貴族家も同様で、領政や国政を担うに必要な知識を幼い頃から学ばされる。
 いくら頭が良くても農民の子が、文官として働けるだけの教育を受ける機会などない。学ばなければ学問が身につく事もなく、能力を発揮する事など出来ない。

「自由は、職業選択の自由、後は婚姻の自由など色々とあるようです」

「……それも無理がある。つまり異世界の制度か?」

「間違いなく。この世界の施政者や文官が思いつくことではありません。思いついたとしても、我らと同じように出来るはずがないと判断するでしょう」

 概念だけを持ち込んでも実現出来るはずがない。貴族家の令嬢が農民の家に嫁げるはずなどなく、その逆も同じだ。全国民に平等な教育制度、最低でもこれが必要で、これを実現するには莫大な費用が必要となる。

「何故、こんな戯言に民は乗っかったのだ?」

「民であるからです。民では実現不可能な事とは分かりません。理想を謳えば、それに乗ってしまう」

「だからといって領主や国に歯向かうとは」

 事は命がけだ。叛乱という大事に踏みきる民の心情が国王には分からない。

「扇動者が優秀な事も大きいのでしょう。今回、色々と調べて、ようやく分かったのですが、アレクサンドロスはかなり民衆の評判というものを意識して事を進めてきたようです」

「民の評判か……」

 グランフラム王国のそれが最悪であった事を国王は思い出した。民の気持ちが王家から離れた時から、グランフラム王国の衰退は始まっていたようにも思える。
 そしてそのきっかけは……グランフラム国王は久しぶりに、それを思い出した。

「ウィンヒールに王都を襲わせたのも、民衆の評判を意識しての事と考えられます」

「どういう事だ?」

「アレクサンドロスの支配地域においては、こうなっております。ウィンヒール侯家を叛乱に踏み切らせたグランフラム王家には国を治める力はない。だからアレクサンドロスが治めるのだと。戦乱の世を一日でも早く終わらせるのが、異世界からこの世界に呼ばれた勇者と、その勇者に選ばれた真の王の使命だと」

「……何とも図々しい言い様だな」

 戦乱のきっかけはランスロットの反逆だ。それを見事に脇に追いやって、自分たちの行動を正当化している。

「民には本当の事など分かりません。流れてくる噂を真実として受け取っているのでしょう。それが意図して流された噂であったとしても、その真偽の判断も出来ません」

「そうだな。しかし、このやり方は」

 情報操作、情報流布。これにグランフラム王国は何度も痛い目にあっている。

「アクスミア侯家がこの手の事で、これ程の力を持っていたという話は聞いておりません。ただ真似ているだけではない恐れがあります」

「……組織を奪われたか。しかし、どうやって?」

 リオンが持っていた得体の知れない力。これはグランフラム王国がずっと手に入れようと求めていたものだ。

「今更ですが、単純に考えれば良かったと後悔しております」

「それはリオンの力の所在が分かったという事か?」

「やはり貧民街がそうであったのではないかと、今は考えております」

 リオンに協力者が居るとすれば、貧民街の住人が有力だ。リオンには、ウィンヒール侯家と貧民街以外の繋がりはないのだ。だが貧民街が組織そのものであるとは、グランフラム王国は考えなかった。

「生きるのに精一杯の者たちに、どうしてそこまでの力がある?」

 これが一番の理由だ。これだけの力があるのであれば、貧民街が貧民街であるはずがない。かつての貧民街の印象を、グランフラム王国上層部は払拭出来ないでいた。
 グランフラム王国が調査に入った時には既にリオンの組織の中核は、貧民街の更に深部に潜ったり、逆に外に出たりしていた事も不運ではあった。

「その貧民街を諜報組織として作り上げ、更にそれを育て上げた。彼なら出来たのではないでしょうか?」

「しかし、貧民街を……」

「これは想像に過ぎません。そして事実が分かっても、恐らくは手遅れです」

「……そうだな」

 グランフラム王国が求めていた力は、グレートアレクサンドロス帝国の手にある。そうであるなら、それはもう嘗ての組織とは変わっている可能性の方が高い。今、議論しても何の意味もない事だ。

「それとファティラースの件は、ただ理想だけで扇動しているのではなく、実利も餌として使っております」

 セイド宰相は話を本筋に戻した。

「実利?」

「手柄をあげた者には、アレクサンドロスの一等国民の地位を約束しているようです」

「一等国民とはなんだ?」

「アレクサンドロスは国民を階層分けしております。一等国民、これは主にランスロットが治めていたカンザワの領民で、待遇としては小領主に近いものです。その下が二等国民で元アクスミア侯とその従属貴族領の民。これが一般的な国民です。そして」

「まだあるのか?」

 一般国民の更に下が居る。これがグランフラム国王を驚かせた。

「はい。三等国民、これは限りなく奴隷に近いもので、労働力として酷使されております」

 セイド宰相は奴隷に近いといったが、実際は奴隷そのものだ。奴隷という言葉を失くすために、三等国民などと呼んでいるに過ぎない。

「何が自由と平等だ。やっている事は正反対ではないか」

「その通りです。特権階級の打倒を叫びながら、特権階級とその正反対の被搾取階級を作っております。民を扇動する為だけのお題目である事は明らかです」

「逆にその三等国民に叛乱を起こさせる事は出来ないのか?」

「今は難しいと思います。扇動するにも、そういった者たちを浸透させる時間が必要になります。それに、命を賭けさせるに値するものを示せません」

「……そうだな。結局、どうなるのだ?」

 話がかなり回り道をしている。グランフラム国王は少し話を整理したくなった。

「ファティラース王国への援軍の派兵は、もう少し様子を見る必要があります。敵は民衆です。下手にそれを討てば、国内で妙な噂が立てられ、叛乱が波及しかねません」

 セイド宰相は国王の問いに対して、一気に結論を述べた。セイド宰相自身も、かなり余計な話に時間を取ったと感じている。話し合う事はまだ沢山あるのだ。

「分かった。引き続き、状況の調べは怠らないように」

「承知しました」

「さて、そうなると王都奪回作戦にファティラースの協力は得られないな」

「はい。王都奪回は我が国だけで行う事になります」

「……オクスとハシウは?」

 王都奪回の成否がグランフラム王国の命運を決める、と言っても過言ではないくらいに重要な作戦だ。ウィンヒールとの戦いで見たオクス王国軍とハシウ王国軍の活躍を、グランフラム国王は今回も期待していた。

「今回の援軍要請については、両国ともに断ってきました」

「何だと? それは一体どういう事だ?」

 落ち目の時に協力して、勢いを取り戻している今、それを断ってくる。両国の考えが国王には理解出来ない。

「伝えてきた理由は納得いくものでした」

「どういう理由なのだ?」

 セイド宰相の言葉で、どうやら両国が背いた訳ではなさそうだ、と分かって、国王は少し安心した様子を見せている。

「ずっと不明だったメリカ王国軍の動向。これが明らかになりました」

「メリカ王国だと? まさかオクス王国に攻め入ったのか?」

 また国王の表情が強張っている。ここでメリカ王国と対峙するような事態になれば、王都奪回どころではなくなってしまう。

「いえ、メリカ王国が攻め入ったのは、東方諸国連合に対してです」

「……オクス王国とハシウ王国の更に東の?」

 両国やメリカ王国を挟んで向こう側にある国々の事だ。東方諸国連合の名は知っていても、その実態はあまり国王の頭の中には入っていなかった。小国家の集まりになど興味は無かったのだろう。大国の驕りというものだ。

「はい。我が国と戦う前に東方の平定を、といったところでしょう。これについては我が国が考えていた通りです」

「だがオクス王国とハシウ王国に攻め入った訳ではない。今はまだという事か?」

 メリカ王国が東方諸国連合に負けるとは、全く考えていないグランフラム国王だった。

「いえ。メリカ王国にその余裕はありません。東方諸国連合への侵略は失敗し、今はメリカ王国側が押されている模様です。オクス王国とメリカ王国は、東方諸国連合がどう出るか分からないので軍を動かせないと言ってきております」

「そんな馬鹿な? 東方諸国連合については詳しくはないが、メリカ王国に抗えるような力を持った連合ではないはずだ」

「それが……東方諸国連合が雇った傭兵団が驚くほど強いようです」

「ヨウヘイダン?」

 傭兵団という存在をグランフラム国王は知らない。グランフラム国王だけでなく、この場で知っているのはセイド宰相くらいだ。そのセイド宰相も今回の件で、初めて知ったものだ。

「金で雇われる兵士、軍隊の事です」

「そのような者たちが東部には居るのか?」

「元々は腕に自信がある者たちや、職を失った騎士くずれなどが、魔物討伐を金で請け負うようになった事から始まったようです。少人数であったそれらが協力し合うようになり、兵団と呼べるくらいの規模に膨れ上がったそうで」

「なるほど。それが戦争にまで?」

「魔物討伐が進めば進むほど仕事が無くなります。やれる仕事は何でも受けるという感じになったようです」

「しかし、それが加勢したからといって、メリカ王国に勝てるとは……」

「信じられない事ですが、事実であるようです。もちろんメリカ王国が押し込まれているのは、その傭兵団だけが原因ではなく、東方諸国連合にメリカ王国が苦戦した事で、南部の国までメリカ王国との戦いに加わった事が大きいようです」

 その南部の参戦までも、傭兵団の画策だとは伝わっていなかった。

「……更に南部までか」

 戦乱はグランフラム王国だけでなく、大陸の全土に広がっている。時はまさしく乱世なのだとグランフラム国王は思い知った。国王にとっては苦い感情が湧いてくる事実だ。

「メリカ王国に介入の余裕がない事は有り難い事ですが、オクス王国とハシウ王国の東は東方諸国連合と接しております。それが征西してくるような事になれば、我が国にとって、新たな脅威となる可能性があります」

「……どうするのだ?」

「どうしようもありません。当面は両国に任せて、可能な限り速やかに王都を奪還する。これが我が国がやるべき事かと」

「そうだな」

 情報を手に入れても、それを活かす力が今のグランフラム王国にはない。選択は何も変わらないのだ。
 結果、グランフラム王国は王都奪還に向けて動き出す事になる。

 

◇◇◇

 バンドゥの正反対。旧グランフラム王国領、現グレートアレクサンドロス帝国領の西端にあるのが、ランスロットが治めていたカンザワだ。既に政治機能の全てはキヨトやトキオに移されており、カンザワは以前と同じ辺境領の扱いとなっているが、グレートブリタニ帝国の力の源となった製鉄産業は今も盛んなままだ。
 それはカンザワ領に入った瞬間に分かる。

「……ひどいな」

 目の前に広がる光景を見て、リオンはポツリと呟いた。
 遠くに見える山々の、嘗ては豊かであったであろう緑は無残に剥げ落ち、赤茶けた山肌を晒している。過度な伐採の結果だ。
 領地のあちこちから立ち昇っている黒い煙。製鉄所や木炭製造所からの煙なのだが、それを見ているだけで、何だか息苦しさを感じてしまう。

「先に進む」

 同行しているアリスに告げるが、これに対してアリスからは何の応えもない。睨むような目つきで、じっと周囲の風景を見つめているだけだ。
 それでもリオンが先に歩き出すと、アリスも後について歩き出した。
 領境の山裾から麓に降りる。状況は益々悪化している。実際に異様に埃っぽくて、首に巻いていた布を口元まで上げていないと、息をするのに抵抗を感じるほどだ。

「……この世界で、公害なんてものを目の当たりにするとはな」

 道の脇を流れる小川に目を落として、リオンはしみじみと呟いている。流れる水は淀んでおり、表面には油のような何かが浮かんでいる。
 実際に害があるのかまではリオンには分からないが、この世界でこれまで、この様な光景は見た事がなかった。
 この世界の力の源は精霊たち。そして豊かな自然が精霊たちの力なのだ。目の前の光景は、この世界の理から外れているようにリオンには思える。

「……わざわざ依頼を受けたなんて口実を作って、グランフラムに来たのは、これを見せる為でもあったのね?」

 ずっと黙り込んでいたアリスがようやく言葉を発した。

「ああ。何だかひどい事になっていると聞いたからな。元世界のお前にとって大事かなと」

「そしてこれを見た私が、グランフラムに戻る事を許すと期待して?」

 アリスの睨みつけるような視線がリオンに向く。それに苦笑いで応えて、リオンは又、口を開いた。

「……まあ、そういう気持ちが全くなかったとは言わない。でも俺もここまでとは思っていなかった」

「あの出来損ないの魔神が影響を与えたのね?」

 鉄、毒、闇、金の四要素が魔神の理だった。確かに合致する部分がなくはないのだが。

「いや異世界の影響だ。文明、科学、呼び方は色々だけど、それらは常に自然を破壊してきた。自然を守る科学もあるけど、どうかな? 俺は人さえいなくなれば、自然は豊かな状態に戻ると思ってた」

「……それって、亮の考え?」

「異世界についてだから、そうだろうな」

「何だ。正反対の性格のようだけど、結局はフレイも亮も人間嫌いなのね?」

「……そうかもな」

 亮とフレイではなく、理性と本能という二面性も自分にはあるのかもしれない。こんな思いが、ふとリオンの頭に浮かんだ。

「それで? 君はこれを何とか出来るの?」

「……この世界の人はもう知ってしまった。それを忘れさせる事は無理だな」

「そうね……」

「だが元凶を消し去る事は出来る。そして全てがうまく行けば、一時的にでも広がるのを防ぐことも」

 元凶が何であるかとなれば、それは異世界の知識を持ち込んだ者、マリアだ。そのマリアを殺すことはリオンの目的である復讐の一つであり、その中でも最も重要な事だ。

「……なるほどね。やっぱり君の目的の為じゃない」

「そうだとしても、お前の目的とも合致したのではないか?」

「……悔しいけどね。でっ? まずはどうするの?」

 世界ではなくなっても、この世界の理を崩すような真似は許せない。四要素が基となっているアリスは、自然そのものでもあるのだから。

「東方に戻る」

「えっ?」

「もう二度と失敗はしない。その為には多少の遠回りは必要だ」

「……分かったわ。じゃあ、戻りましょう」

 リオンとアリスは東方諸国連合へ、メリカ王国との戦いに戻った。又、グランフラムに戻ってくる。その日の為に。