月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第88話 また詐欺にあった気分

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 メリカ王国軍は侵攻作戦の失敗を悟って、送り込んだ部隊を全て撤退させた。その時には既にかなりの部隊が襲撃を受けていたので、手遅れと言えばそうなのだが、それでも放置しておく訳にはいかない。侵攻を続ければ、それだけ撃破される部隊が増えるだけなのだ。
 その後の戦況分析の結果から、二回目の侵攻作戦も東方諸国連合の策に嵌ったのだとメリカ王国側は判断した。部隊の数を増やせば迎撃側は対応し切れなくなるだろうと考えた作戦であったが、それは一部隊当たりの規模が小さくなるという結果となり、そこを迎撃側に見事に突かれていた。少しくらい兵数が多い程度では不思議の国傭兵団には対抗出来ない。一戦闘当たりの被害はかなり大きなものとなっていた。
 これで敵の策というには、ただの結果論に過ぎないようではあるが、メリカ王国にそう判断させた理由は他にもある。
 侵攻部隊を多数送り込んだにも関わらず、進軍速度の差を利用されて、ほぼ全ての部隊が攻撃目標に辿り着く前に襲撃を受けていたのだ。地の利、これだけでは説明出来ない敵の部隊運用は、やはりリオン・フレイの指揮によるものだと、メリカ王国側に確信を与えていた。リオンの名はメリカ王国の中で、それだけ油断のならない者として認識されているという事だ。
 この結果を受けてメリカ王国が採った作戦は、侵攻は中止し、既に落とした二国の実効支配を推し進めるというもの。軍としては大きな動きを起こす事なく、大軍を維持したまま、逆に敵の侵攻に備えるという形だ。
 小中規模での戦闘及び広域での部隊運用においては東方諸国連合側に分がある。そうであれば、その逆の戦闘に引き込もうと考えた結果だ。
 この作戦はこれまでのところは成功だ。少なくとも東方諸国連合を動揺させ、戦略の見直しを迫る事となった。

◇◇◇

 東方諸国連合六カ国の王が一堂に会するのは久しぶりの事だ。それだけこの先の戦いに危機感を覚えているという事であり、戦闘そのものは落ち着いているという事でもある。集っているのは国王だけではない。各国の将軍もこの場に参加していた。
 こんな重鎮が勢揃いしている場だとは知らずに、雇い主であるエルテスト国王、コルネリウス四世に呼び出されてやって来たリオンは、戸惑った表情を浮かべたまま、入り口の所で立ち止まっている。畏れ多いとかそんな事ではなく、面倒事に巻き込まれそうな嫌な予感がしているからだ。

「おお、来たか。そのような所に立っていないで入るが良い」

 リオンに気が付いたエルテスト国王が声を掛けてくる。雇い主である国王のお呼びだ。無視するわけにもいかずに前に進み出た。
 各国の王の集まりとあってか、わざわざ円卓が用意されている。エルテスト国王は、その円卓の入り口から一番遠い席に座っている。席次で揉めないように配慮しての円卓だが、全くないわけでもない。
 エルテスト王国は今現在はもっとも小国ではあるが、かつては周辺を統べる大国だった。東方諸国連合の中では、それなりの敬意を払われる国なのだ。

「空いている席に座るが良い」

 円卓という事で、どの位置に立てば良いのか悩んでいたリオンに、エルテスト国王が席を勧めてくる。リオンとしては益々嫌な予感が強まる状況だ。エルテスト国王本人は元々気さくな性格ではあるが、この場には他国の王も居る。傭兵であるリオンが同席する事を心良く思わない者が居るのが普通だ。
 それを押して着席を勧めるということは、何かがあるのだ。

「さて、メリカ王国との戦いは見事であった。おかげでメリカ王国は侵攻を諦め、軍を引いた」

「あくまでも一時的な事です」

「それは分かっておる。そこでだ。お主に相談がある」

 早速、相談事である。話が早くて助かる、とはリオンには思えない。

「ご相談は良いのですが、まずは先の契約の完了をお願いします」

 不思議の国傭兵団は短期的な契約しかしない。今回の契約もメリカ王国の侵攻作戦を防ぐという依頼を受けただけだ。

「ふむ。契約の完了という事は依頼料の支払いだな」

 エルテスト王国との契約は二度目だ。リオンの言っている意味をエルテスト国王は分かっている。

「はい。新しい契約の相談はその後で」

「ない」

「……はい?」

「今すぐには払えない」

 これを言うエルテスト国王には全く悪びれた様子がない。それどころか、どこか楽しそうな雰囲気さえある。

「それは契約違反というものでは?」

 一方でリオンは悪い予感が的中して、一気に不機嫌になっている。

「払うつもりはある。だが、現金が今はない」

「……宝石などでも構いません。もちろん、鑑定をした上での事ですが」

「それもないな」

「はい?」

「国庫は今、空っぽだ。税収が入らなければ払いたくても払えん」

「ではその税収が入るのは、いつの話ですか?」

「二ヶ月後だな」

「二ヶ月待てと言うわけですか……」

 リオン個人は金に固執している訳ではない。傭兵団員を養う金も充分過ぎるくらいにある。二ヶ月程度待つことは問題ないとリオンは思ったのだが。

「ただ一度の税収では無理だな。我が国は貧しい」

「一年二ヶ月待てと?」

「いや、二度でも足りんな。今回の依頼は報奨金が高くてな。五年、いや全てを渡す訳にも行かんので十年か」

 エルテスト国王は真顔でこれを言ってきた。実に図々しい話だが、本人は何とも思っていないようだ。

「つまり最初から払う気は無かったと?」

 このエルテスト国王の態度が、より一層リオンを苛立たせる。

「払う気はある。ただ、すぐには払えないというだけだ」

「十年での分割を申し入れるなんて払う気がないのと同じだ」

「それは心外だな。ふむ、ではこうしよう」

 エルテスト国王に考えた様子は見られない。予め考えてきた事を言おうとしているだけだ。

「……何?」

 どうせ、碌な提案ではない事などリオンは分かっている。

「国を担保にする。無事に完済したら返してもらう。完済出来なければ、お主のものだ」

 だがエルテスト国王の提案は、リオンの想像を遥かに超えたものだった。さすがにこれには他の者たちも驚いた表情を見せている。

「……えっと?」

「頑張って国を富ますことが出来れば、回収は早くなる。どうだ? お主にとっても良い提案であろう?」

 どこが良い提案なのかリオンにはさっぱり分からない。それ以前に提案の意味が理解出来ない。

「……まさか国政を見ろと言っているのか?」

「それ以外にどう聞こえるのだ?」

「無礼を承知で言わせてもらうが……馬鹿なのか?」

「ふぉっふぉっふぉっ。一国の王に向かって馬鹿とは、何とけしからん男だ。温厚な儂でも怒るところだな」

「いや、だったら笑うなよ」

「楽しい時は笑うものだ。退屈だった儂の人生の中で、今が一番楽しい時だと思っておる。これもお主のおかげだ」

「……それはどうも」

 エルテスト国王が何を楽しんでいるのかもリオンには分からない。とにかく、温厚そうな顔の裏に食えない腹が隠れていたのは分かった。

「さて、結論をすぐに求めるつもりはない。じっくりと考えて決めろ」

 支払いを待ってもらう側の態度とはとても思えない。だが相手の態度など関係なく、リオンの答えは決っている。

「断る。支払いは十年の分割で」

「……もう少し考えんか」

「必要ない。国がどうこう以前に、俺は一箇所に長く留まるつもりはないからな」

「ずっと逃げ続けるのか?」

 リオンの瞳をまっすぐに見つめるエルテスト国王の表情からは、先程までの惚けた雰囲気は、きれいに消え去っていた。

「……何?」

「お主が何を嫌がっているのか儂には分からん。だがお主は、その何かと正面から向き合っていない。それでは永遠に物事は解決しない」

「……俺の何を知っている?」

「何も。ただ歳を重ねると若い時には見えなかったものが見えてくる。その儂から見て、お主は今を全力で生きていない。それは本人だけでなく周りも不幸にする。お主にはお主を慕って付いてくる者たちが居る。その者たちを不幸にして良いのか?」

 何も知らないはずのエルテスト国王の言葉が妙にリオンの胸に響く。エアリエルと離れ離れになった寂しさを紛らわす為に、休む事なく危険な仕事を次々とこなしてきた。全力で生きていないと言われただけなら反論も出来るが、自分に付いて来てくれる人たちには、確かに正面から向き合っていなかった。

「俺は……すでに多くの人を不幸にしている」

 それでもリオンには、他人を受け入れたくない理由がある。巻き込んでしまった。それで命を失ってしまった人たちの事を悔やんでいるのだ。

「それはお主に力がなかったからだ。人々を不幸にしたくなければ、しなくて済む力を手に入れれば良い。お主にはそれが出来る。出来るのにそれから逃げるから、お主の言う不幸になる者が出るのだ」

「…………」

 エルテスト国王の言葉は更にリオンの胸を騒がせる。力を求めていた。そうであるのに、その力を恐れてもいた。自分の力が強大になれば、それだけ巻き込む人が増える。それが怖かった。

「もう一度言う。結論は急がなくて良い。お主にはまだ頼みたい事があるのでな。今去られては困るのだ」

「受けるつもりはない」

「依頼主は儂ではない。報奨の心配は、多分大丈夫だ」

「多分って……」

 

「依頼については僕から説明しよう」

 やや緊張した様子の、甲高い声が割り込んできた。声の高さは緊張の為だけではない。まだ声変わりをする前の子供なのだ。
 声の主は、若くしてタリア王国の国王となったアルベルト二世・ランゴバルドだった。

「……無理だと思います」

「僕はまだ何も話していない」

 聞かなくても分かる。タリア王国は今現在、メリカ王国の占領下にある。まだ子供のアルベルト二世が国王を名乗っているのは、メリカ王国の侵攻で父王が亡くなったからだ。

「国を奪い返すなど、一傭兵団で出来る仕事ではありません」

「他の方々も協力を約束してくれている。東方諸国連合全体で戦うのだ」

「それでも難しいと思います。メリカ王国が軍を集結させたのは、大軍同士の正面からの戦いであれば負けないという自信があるからです」

「そうだとしても、お前であれば勝てるのではないのか?」

「買い被りです。それに……」

 何かを言い掛けたリオンだが、そのまま口をつぐんでしまった。こうされると聞いている方は気になる。

「それに何だ?」

「気分を害すことになると思うので、止めました」

「構わない。話してくれ」

「……何のために国を奪い返すのですか?」

「何のため? 奪われた国を取り返すのは当然ではないか」

 リオンの問いに対して、タリア国王は怪訝そうな顔をして答えた。何を当たり前の事を聞いているのかと思っているのだ。

「それは国民の為になるのですか?」

「えっ?」

 続くリオンの問いへの答えはすぐに返せなかった。問いの意味がタリア国王には分からない。その反応を見て、リオンは言葉を続けた。

「メリカ王国は、俺が知る限り、極端な悪政を施している国ではありません。支配下に置かれる事で人々は、元よりもずっと豊かな暮らしが出来るかもしれません」

「それは……」

 リオンの言う通りになる可能性は否定出来ない。メリカ王国に組み入れられる事で、新たに生まれる産業もあるだろう。

「それに奪回の為の戦いとなれば、多くの人が死にます。戦争には関係のない人も巻き込まれる事になるでしょう。それでも取り返す必要があるのですか?」

 子供に問うには厳しい言い方だ。だが、子供であってもアルベルト二世は国王なのだ。彼の考え一つで多くの人が死ぬことになる。子供だからと甘やかす気には、リオンはなれなかった。

「……それでも取り返さなくてはならない」

「何故?」

「タリア王国を僕の代で滅ぼすわけにはいかない」

「それはご自身の名誉の為ですか?」

「それもある。でもタリア王国は先人の努力によって、これまで続いてきた。その努力を無にする事は許されない」

「……そうですか」

 思っていた以上にタリア国王の答えは大人なものだったが、国というものへの思い入れがないリオンには、今ひとつ理解出来ないものだった。
 だがタリア国王はリオンが感じた以上に大人だ。大人である事以上に、彼はすでに王だった。

「それに僕の周りの者たちは、タリア王国を取り戻すことを望んでいる。その為に生命を捨てる覚悟を皆が持っている。僕は王として、彼らの覚悟を尊重する義務がある」

「義務?」

「国王の一言で臣下は死ぬ。それがどの様な死に様であっても、臣下の死を意味のないものにしてはいけない。僕はこう教わってきた」

「……そうですか」

 タリア国王は子供の頃から、国王としての心得を叩きこまれている。まだ子供であっても、人の上に立つ者としての覚悟では、リオンが及ぶものではない。

「今の僕に全ての人を幸せにする力なんてない。だからせめて、身近な者たちの想いは大切にしたいと思っている。お願いだ。お前の力を貸して欲しい」

 席を立って、深々と頭を下げるタリア国王。この姿に頼りなさや、卑屈さは微塵も感じられない。王としての風格さえ感じられる。

「……考える時間を下さい」

「でも、こうしている間にもメリカ王国は」

「ガムシャラに動いてもうまく行きません。勝てる算段を考える必要があり、その為の時間が必要です」

「では?」

「引き受けるかどうかは作戦を考えてからです。勝ち目があるようでしたら、お知らせします。それに納得頂けたら、そこで初めて契約となります」

 リオンのいつものやり方だ。相手に対して誠実に、というだけでなく、自分たちの仕事の範囲を初めから線引きしておく為でもある。

「そうか。分かった」

「では、これで俺は失礼します。色々と調べたり、考える事がありますので」

 了承の言葉を待つ事なく、リオンは席を立って部屋を出て行く。その背中を見送ったところで真っ先に口を開いたのは、オーランド王国の国王ヘンドリック二世・ポナパルトだ。

「本気なのか?」

 この問いはエルテスト国王に向けられている。

「本気だ。奴が受けてくれる事を願っている」

「跡継ぎが居ないからといって、どこの誰とも分からない者を国王にするなど」

 エルテスト王国には跡継ぎが居ない。だがこういった事は過去にも何度かあった。こういった場合は、周辺国から養子を貰うのが通例となっている。周辺国は大国であったエルテスト王国から分裂した国々で、その王家はずっと遡れば、何らかの血の繋がりを持っているのだ。

「素性は分かっておる」

「金で戦争をやるような者だ」

「そうではない。奴の本名を知っていると申しておるのだ」

「本名?」

「本人の口から聞いたわけではないが、まず間違いない。リオン・フレイ、いや、本名という意味ではフレイ・ハイランドか」

 エルテスト国王はリオンの素性を見抜いていた。それなりに手間を掛けて調べた結果だ。

「……ハイランドとは、まさかグランフラム王家か?」

 大国であるグランフラム王家の姓だ。リオンの名を知らない者でも、ハイランドの性は知っている。

「そうだ。奴はグランフラム王国の第二王子だ。もっとも認知はされておらん。グランフラム王国では子爵だった」

「何故、それが傭兵なんて仕事を?」

「分からん。何らかの事情があるのであろうな。グランフラム王国では、死んだ事になっているくらいだ」

「……死んだ?」

「魔神戦役。その最後の戦いで、魔神とやらと相討ちになって死んだとなっている」

「グランフラムの英雄ではないか!?」

 グランフラム王国の王子である事よりも、この事実の方がオーランド国王を驚かせた。
 魔神戦役。グランフラム王国の魔人との戦いはそう呼ばれている。魔物の拡散とともに、魔神戦役の話は大陸中に広まっており、東方諸国連合の国々にも伝わっている。グランフラム王国を救った英雄の話もだ。

「リオン・フレイの名を出した時に気付くものだ。我らのような小国にとって、情報は命。情報の入手には貪欲であるべきだ」

 この考えがある為に、エルテスト王国は小国でありながら、諜報組織だけは充実している。中途半端な軍事力を持っているよりも、情報を持っている方が国を守る盾になると考えられているのだ。

「益々分からん。どうして王族であり、英雄と呼ばれた男が……そういう事か」

 オーランド国王の頭に一つの推測が浮かぶ。当然、間違いだ。

「奴には野心はない。あればグランフラム王国に残っていただろう」

 エルテスト国王も勘違いしている。無理もない。辻褄は合っている上に、真実はこの世界に嵌められて無理やり引き離されたという、あり得ないものなのだ。

「野心がないから安心だと?」

「それだけではない。奴は我らが思っているよりも、遥かに力を持っているように思う。我が国にあって奴にないものは、国という器だけではないかと思うくらいだ」
 
 不思議の国傭兵団の強さは、東方諸国連合の個々の国の軍では、恐らくは太刀打ち出来ない。更にその傭兵団を養う経済力もある。今回の報酬をエルテスト王国は一切支払っていない。それでも十年分割で良いと言えるのは、それだけの蓄えがあるという事だ。

「……それ程の力を」

「実際のところは分からん。ただ我が国では調べ切ることが叶わなかった。それをさせない力があるという事だ」

 そしてエルテスト王国の諜報を防ぐだけの防諜能力もある。結局、いつもリオンの組織は、その能力の高さによって、逆に存在を知られる事になる。

「そうか……」

「綺麗事に聞こえるかもしれんが、儂はその力を欲している訳ではない。歪に思えて何だか恐ろしいのだ。国という枠に嵌めないと、何がどうなるか分からんが、とにかく治まらない気がする」

「ふむ……」

 否定的な発言をしたオーランド国王もこの話を聞いて考えこんでしまった。他の国王も同じだ。賛成とまではいかないが、全く否定する事も出来ないという気持ちになっている。

「器しかない我が国に、器を持たない奴が現れた。儂はこの巡り合わせに賭けてみたいのだ。平凡な人生を送ってきた儂の最初で最後の大勝負だ」

「……今は反対も賛成もしない。結局は奴が受けるかどうかだからな」

「まあそうだ。つまり時間はまだある。あれがどういう人間か、見極める時間がな」

「そうだな」

 リオンの何を見極めろというのか。それをエルテスト国王ははっきりと言わなかった。だが全員が分かっている。もしリオンがエルテスト王国の後を継ぐような事になれば、それぞれが重大な決断をしなければならなくなる事を。東方諸国連合はこれまでの形のままでは居られないだろうという事を。