タリア王国からの依頼を受けるかどうか。これについては、リオンの考えは決っている。まだ子供でありながら、王としての風格を見せたタリア国王にリオンは感心している。自分が持たない覚悟を、タリア国王が持っている事にも。
タリア国王を名だけの国王で終わらせるには惜しい。今の心持ちのまま成長すれば、名君と呼ばれる存在になれる可能性は高いのだ。
こう思える者にリオンはこれまで一人しか会ったことがない。そしてその一人は、既にこの世にいない。タリア国王の言葉は自分の非力さを知り、それでも自分が出来る事を精一杯やっていたヴィンセントをリオンに思い出させた。こう感じてしまうともう、リオンに断るという選択肢はなくなる。
問題はどうやって依頼に応えるかだ。
メリカ王国軍の動静は細かく探らせている。実に慎重な動きだ。占領したタリア王国とペイン王国、それぞれの都を中心に周囲への支配を強める形を取っているが、決して急いでいない。
それどころか、東方諸国連合軍を誘っている気配さえある。この推測は間違っていないという確信がリオンにはある。メリカ王国の目的は東方平定ではあるが、それはあくまでもグランフラム王国との決戦に備えて東方の不安を取り除く為。国を奪う必要はなく、グランフラム王国との戦いに介入する力を奪えば良いのだ。それは逆に、軍の力を残したままでは東方諸国連合との戦いを終われない事を意味する。
「まずはタリア王国内に拠点を作ることか」
「それは既にありますが?」
リオンの言葉にマーキュリーが不思議そうに答えた。タリア王国の全土がメリカ王国に押さえられている訳ではない。東方の一部は東方諸国連合軍の防衛拠点となっているのだ。
「軍事拠点では駄目だ。一般の人が住む街。それも、そこそこ大きな街を拠点にする必要がある」
「いきなりそれを狙うのは、危険ではないですか?」
防御能力の高い軍事拠点だからこそ、圧倒的な兵力差があっても守ってこられたという事情がある。防御能力に劣る一般の民衆が住む街では、奪っても守り切れる保証はない。
「危険なのは分かっている。だが国を奪い返すには、軍だけが頑張っても無理だと思う。国民の支持と支援が必要だ。それには国民の目に見える場所で、メリカ王国と戦う必要がある」
「……国民を巻き込むのですか?」
リオンらしくない考えに、マーキュリーは少し戸惑った様子を見せている。
「タリア国王の意思だ。彼にはそれが出来る覚悟があるらしい。実際はどうだか知らないが、口に出した言葉には責任を取ってもらう」
「そうですか……」
依頼主の意思だとしても、それを受け入れたリオンが不思議だった。納得出来ない仕事であれば、どれだけ報酬が高くても、これまでは断ってきたのだ。
「タリア国王なりに考えた結果だと俺は思う。少なくとも利己的なものは感じなかったし、うまく成長すれば良い王になると思えた。あの王に国を治めさせたいんだ」
マーキュリーの考えを察して、リオンは更に自分の考えを告げた。
「分かりました」
リオンがここまで言うのであれば、マーキュリーにはこれ以上、何も言えない。元々マーキュリー自身には不満はないのだ。ただ他の者の気持ちを代弁する事も自分の仕事だとマーキュリーは考えている。
バンドゥを出た後で傭兵団に入った者の方が、今では圧倒的に多くなっている。リオンの為人をまだ理解し切れていない者も少なくないのだ。
「候補地としてはどこか見つかったか?」
リオンの問いはチャンドラに向かった。チャンドラも又、リオンに付いてバンドゥを飛び出していた。今では党首であるブラヴォドの意向で送られてきた黒の党の者達を含め、リオンの諜報機関を率いる立場になっている。
「シエナとトスカ」
「そこの領主の動向は?」
「シエナはメリカに臣従。トスカは密かに反抗の準備中」
「……シエナの位置は?」
「都であるヴェノティアの東南、五日の距離」
「国境からは?」
「イリアから四日、ペイン側から三日」
「そこだな。シエナの追加調査を。防衛上の弱点を徹底的に調べろ。それと可能であれば人を潜りこませろ」
「諾」
反抗拠点はシエナに傾いている。人を潜りこませる指示まで出したのだから、余程問題がない限り、ほぼ決まりだ。
「何故、シエナを選ぶのですか?」
疑問を口にするのはマーキュリーの役目、とマーキュリー本人は思っている。
「まだ決めた訳じゃないが、トスカは放っておいてもメリカ王国と戦うだろ?」
「しかしメリカ王国と戦う前にタリア王国の貴族を討つのですか?」
街を落とすとなれば、それなりに軍は損耗する。それではメリカ王国を利するだけにマーキュリーには思える。
「裏切り者だ。裏切り者は絶対に許さない。シエナにはそれを示す見せしめになってもらう。それで旗幟を鮮明にする者が増えるだろう。別にメリカに付いても構わない。困るのは、いざという時の裏切りだけだ」
これにはタリア国王の意思は全く関係ない。いかにもリオンらしい考え方だ。
「分かりました」
マーキュリーもそれは分かる。
「問題はメリカ王国軍の援軍が来る前に落とせるか。いや、落とした後の防御設備を整える時間も必要だな。攻撃を知るのに三日、軍の派遣に最短で五日として……さすがに無理か。途中で妨害が必要だ。そうなると別動部隊の拠点も居るな。それをどうタリア国内に侵入させるかもか」
反抗拠点を決めた事で、リオンの思考はその先に向き始めた。ただこの先は今決まる事ではない。拠点にするシエナについて詳しい情報が入ればまた、それを加味して先を考える。これを繰り返して最終的な策が出来上がる。リオンのいつものやり方だ。
「……ちょっと整理してくる」
こう言って席を立つリオン。これは以前とは異なる。以前は周囲に人が居ることなど全く気にしない様子で、と言うよりも居ることを忘れたかのように、自分の思考に深く入り込んでいる事が多かった。
この変化の理由はマーキュリーたちには、はっきりと分からない。何となく、考えると言いながら一人になって気持ちを休めているのではないかと想像しているくらいだ。
「仕事中毒もいい加減にしてほしいなあ」
全く分かっていない様子なのはアリスだ。この場合は場の空気も分かっていない。
「それは誰のせいだ? リオン様は以前から働き過ぎなところはあったが、それでも今よりも余裕があった、時間ではなく心の余裕だ。今のリオン様は無理に自分を追い詰めているように見える」
アリスに文句を言う役目など暗黙でも決まっていないのだが、真っ先に文句を口にしたのは、やはりマーキュリーだった。一番不満が溜まっているのだ。
「……それが私のせいだって言うの?」
「他に誰が居る? お前がリオン様とエアリエル様を引き離したからに決まっている」
「あっ、その名は聞きたくない」
「聞きたくなくても聞け。この際だから言いたいことを言わせてもらう」
アリスへの不満をはっきりと言葉にした事で、マーキュリーは押さえが効かなくなったようだ。マーキュリーたちがリオンに同行したのは、何とかしてバンドゥへ、エアリエルの元に戻したいという思いがあるからだ。
だが既に四年。実現出来ない事への苛立ちが募るばかりだ。
「何よ?」
「お前、今のリオン様と一緒に居て、本当に楽しいのか?」
「……どういう意味?」
マーキュリーの問いにアリスは意表を突かれた。ただ文句を言ってくるだけだと思っていたのだ。
「リオン様はエアリエル様と一緒に居る時が一番魅力的だと思う。唯一素のリオン様が見られる時だからだ」
以前シャルロットはアーノルド王太子に、エアリエルを一途に想っているリオンが好きなのだ、と告げた。それと同じ事をマーキュリーは言っている。
「……楽しいもん」
「お前はそうかもしれない。でもリオン様はどうだ? もしお前が本当にリオン様を好きだというなら、まずは相手の幸せを考えるべきではないのか?」
「私が彼を幸せにするの」
「お前には無理だ」
「やってみないと分からないでしょ!?」
「では、いつだ!? いつ、リオン様は幸せになれるのだ!?」
「それは……」
マーキュリーの問いへの答えをアリスは持っていない。アリスでなくてもこれを問われて答えられない者は多いだろう。答えられる者が居るとすれば、ただの自信家か、本当に幸せな人だ。
「お前、世界だろ? だったらリオン様が幸せになる世界にしてみろ。それが出来ないなら、出来る方に譲れ」
更にマーキュリーはアリスに対して追い打ちをかける。溜まりに溜まっていた不満をまとめて吐き出しているのだ。
「……ひどい。お前なんて大っ嫌い!」
目に涙を一杯に溜めて、アリスはマーキュリーに対して精一杯の文句を言うと、そのまま駆け出していった。
「……人みたい」
そんなアリスを見て、チャンドラがポツリと呟いた。
「あんなだったかな?」
マーキュリーも同じような感想を持っている。かつてのアリスは、人のように振舞っていたが、明らかに違和感があった。笑っているようで笑っておらず、泣いているようで泣いていない。どんな振る舞いをしても感情というものが全く感じられなかった。
だが今のアリスからは、はっきりと悔しさが伝わってきた。それがマーキュリーには不思議であり、少し言い過ぎたと反省する事となった。
◇◇◇
部屋を出たリオンは、不思議の国傭兵団の為に用意された宿舎の屋根の上に居た。ここ最近は、一人になりたい時は常にこの場所に来ている。
屋根の上に立って、ぼんやりと周囲の様子を眺めたり、考え事に耽ったりしているのだ。
「やっぱり、ここか」
背中から聞こえてきた声。振り向いて確かめるまでもないアリスの声だ。
「何か用か?」
視線を前に向けたまま、リオンは返事をした。
「文句を言いに来たの」
「文句?」
「いつまで落ち込んだ振りを続けるの? 何か全部、私のせいにされて迷惑なのよねえ」
「……世界だった頃、世界ってどう見えた? 世界で生きている人をどんな風に思っていた?」
アリスの問いに答える事なく、リオンは全く違う話を返した。
「見えたって感覚はないわねえ。視覚なんてないから。情報として入ってくるだけ」
自分の問いが無視された事を気にする様子もなく、アリスは答える。
「情報か。それでも人に対する思いってあるだろ?」
「どうだろ? 世界って言っても私は一部。数えきれないほど存在する世界の一つに過ぎないから」
「……それってどういう事?」
世界が数えきれないほど存在すると言われても、リオンにはイメージが湧かなかった。
「君なら分かるでしょ? 亮が居て、フレイが居る。それぞれ考えているけど、それはリオンに集約されて一つの意思となる。これと似たようなものよ」
「……なんとなく分かった」
世界が幾つもあるというよりも、一つの世界を細かく分担分けして管理しているのだとリオンは理解した。アリスはその管理をしている一つのパーツだったのだと。正しくも有り、間違ってもいる。そもそも人の身で世界の在り方を完全に理解出来るはずがないのだ。
「それに私は世界の中でも異質な存在だったから。私の意見なんて参考にならない」
「別に世界の考えを知りたかった訳じゃない。ただ人という括りで考えた時、第三者から見て人ってどうなのかなって」
「……何だか哲学的な問いね。でもそれへの答えは無いかな? 人それぞれ、世界はそれについて何とも思っていない。ほとんどは」
「ほとんどって?」
「さっき私は異質な存在だって言ったじゃない。それは私が人に対して感情を持ったから異質なの」
「……他の世界に感情はない?」
アリスが異質なのは何となく前から分かっている。だがそれだけであれば、「ほとんど」という言葉は正しくない。
「多くは。でも他にも私のような世界は居ると思う。だから君はこの世界に居る、のかな?」
「……亮を転生させたのは、世界のどれかだと?」
まさか話がこんな方向に進むとはリオンは思っていなかった。だが亮が転生した理由はずっと気になっていた事だ。それを知れるのであればと思ったのだが。
「私じゃないから推測よ。でも気持ちは分かるの。世界の一部はね、もう飽き飽きなのよ」
アリスの説明はリオンには分かりづらい。
「……悪い。ちょっと分からない」
「今から説明するから。といっても説明しても分からないだろうから、ちょっと分かり易く伝える」
「……ああ」
例えば宇宙生成の仕組みなど、説明されても理解出来るとは思えない。アリスの言っていることは、そういう事なのだとリオンは受け取った。
「この世界はゲームの世界、というより空想世界なの。様々な人の思考が入り混じって、この世界は存在し、同時に幾つもの世界が存在しているの。これは良い?」
「……何となく。空想の世界が、パラレルワールドみたいになっている感じ?」
「……ちょっと違うけど、そんな感じで良いか。それを管理しているのが、私のような存在。私のような存在の中には、何度も何度も同じ世界を管理する事になる者が居るの。私だと同じゲームストーリーを何度も繰り返して管理させられていた」
「……そういう事? だから飽き飽きなのか」
それこそ本当のゲームみたいに、様々なプレイヤーが同じゲームを何度も繰り返す。ゲーム管理者という存在が現実に居れば、確かに飽きるかもしれない。所詮はプログラミングされたゲーム。パターンは決っているのだ。
「しかも、中には今回の様に主人公とは思えない下劣な存在も居る」
「あっ、そうか。他にも主人公として転生した者が居るのか」
何度も繰り返すというのは、主人公となるプレイヤーを変えてという事だとリオンは知った。
「そう。主人公としての責任を背負って、懸命にこの世界で生きようとする主人公も居る。でもね、そういう主人公を知ると尚更、今回の主人公のような女に同じ待遇を与えなければいけない事を疑問に思うの」
「気持ちは分かる」
「今回、私はそう思ってしまった。そしてそれだけで済まずに君に興味を持ち、君こそが主人公に相応しいと考えてしまった。一方でやはり、君を邪魔者として、排除しようと世界の大部分は考え続けた」
「世界が別々の意思を?」
世界全体が敵ではなかった。これが分かったからといって、何が変わる訳ではないが、興味深くはある。
「そうなの。本当の事を話すと私は世界全体から見ると、小さな小さな砂粒のような存在なの。だから君を助けたのは私一人じゃない。もう少し力の有る存在が君をこの世界に呼び、何らかの働きかけをしたと思うの。それでも世界全体から見れば、君を排除しようという意思の方が圧倒的に強かったはずだけど」
「……どうして俺を? 俺に何をさせたくて?」
「それは分からない。実はただバグを混入しようと、つまり嫌がらせをしたかっただけかもしれないし」
「俺は虫か……」
ゲームプログラムを狂わせるバグ。そんな存在として、自分はこの世界に転生させられたのかと思うと、複雑な感情がリオンの心によぎる。
「怒った?」
「いや、怒っては居ない。俺はこの世界で人生のやり直しのチャンスを貰った。実際に亮としての人生より、今の方が遥かに充実している。それには感謝している」
亮の人生は多くの事を諦めて、何もしなかった人生だった。だが今は違う。諦める事だけは決してしないと、リオンは心に決めて生きている。
「話を戻すけど、だったら落ち込んだ振りはしないで」
「落ち込んでいるのは本当だ」
「でも君は諦めていない」
「当たり前だ。まだ何の決着もついていない」
ヴィンセントの復讐をリオンは忘れていない。それはエアリエルと離れ離れになろうとも、果たさなければならない事だ。離れ離れになっているから尚更、共通の目的を忘れたくないという思いもある。
「私の隙を狙っているの? だとしたら無駄よ」
その為にはアリスの束縛から逃れる必要がある。それはアリスにも分かっている事だ。
「それはどうかな? 実際にお前は隙を見せた」
「……いつ?」
「今。お前言っただろ? 俺を助けたのは自分だけの力じゃないって。つまりエアリエルやバンドゥの皆を助けたのもお前だけの力じゃない」
魔神を倒した時の契約。実際には契約というより、呪いに近いものだ。リオンはその呪縛で自由を奪われている、のだが、実は呪縛が何かリオンには分かっていない。アリスが詳しい事を話そうとしないのだ。
ただの脅しかもしれないし、そうでないかもしれない。一つだけはっきりしているのは、何も分からなければ何も対処出来ないという事だ。
「……でも私が助けたのは事実よ」
「焦るな。別にこれだけで約束が反故になるとは思っていない。それに俺は、お前と離れようなんて思っていない」
とにかくリオンは呪縛が何か知りたい。知ればそれを破る方法だって、見つけられるはずだと思っている。
「……本当に?」
上目遣いで、探るようにアリスはリオンを見つめている。
「こういう事で俺は嘘は付かない」
リオンもアリスの瞳を正面から見詰めて、はっきりと言い放った。
「……女たらし。こうやって沢山の女を騙したのね?」
頬を膨らませてアリスは拗ねてみせる。こういった表情は初めて会った時の人形のようなものではない。少しずつアリスも変わっている。
「お前、女だったか?」
「君が女にしたの。世界を抱いた感想を聞かせて? どんな気持ちだった?」
「……今、それを言うか? それに、お前がどうしても試してみたいって言うからだろ?」
女たらしというか、相変わらず女性に迫られるとガードが緩いリオンだった。女性ではなく、そもそも人間でもない相手でも平気なようだ。
「何度も抱いたくせに。世界を組み敷くことが出来て嬉しかったの? 気持ち良かった?」
「あのな、そういう恥ずかしい台詞は……」
はっとした表情でリオンは固まってしまった。
「何?」
「……何でもない」
アリスに問われたリオンは気まずそうな雰囲気を見せている。こういう態度を見せられると、ますます追求したくなるのが女心?というものだ。
「だから、何よ?」
「……そういう恥ずかしい台詞は口にするなと言おうとした」
「ん? どうして、それを途中でやめたの?」
重ねた問いに返ってきた言葉は躊躇うようなものではない。ただリオンの場合は、ちょっと特別な台詞なのだ。
「エアリエルに良く言っていた台詞だった」
「……ちょっと複雑」
ヤキモチを焼くところではあるが、エアリエルへ向けていたのと同じ台詞を言われた事が、少し嬉しくもあるアリスだった。
「この話は止め」
「嫌。今夜も世界を自分のものにしたくない?」
「しつこいな。世界を自分のものにする前に決めなければいけない事が俺にはある」
この世界はアリスの事ではない。話を逸らす為にリオンは、こういう言葉の使い方をしている。
「……それって真面目な話の方?」
アリスも分かっていて話を変えてきた。あまりにしつこくして、リオンに拒否されるのも寂しいからだ。
「当たり前だ」
「ふうん。もしかして、あの食えない爺さんの提案を受けるの?」
コルネリウス四世王の提案の事だ。アリスには国王に対する畏敬の念など全くない。
「受けるとは決めていない。ただ少し考える余地は出来たかな。これは爺さんではなく、子供の方の影響だけど」
そしてそれはリオンも同じ。それなりの態度で接しているが、それは営業スマイルみたいなものだ。形だけの敬意に過ぎない。
「へえ。純情真面目な少年に感化されたのか」
「ちょっと違う。国という枠って便利かなと思っただけだ」
「……どういう事?」
「俺にとって他人とは、大切な人と敵とそれ以外だった」
大切な人はエアリエルとヴィンセントだけだ。多くがそれ以外、関心を向ける対象外だった。
「それで?」
「それ以外の中に仲間が出来て、それも大切な人と同じ、守るべき人になった。ただこの守るべき人が曖昧で、それ以外なのに守らなければという意識もあって」
貧民街の住民たちは仲間で守るべき人。ではバンドゥの領民は、となるとリオンの中では微妙なのだ。全ての人々を仲間とは言い切れない。だが領民は守るべき人という意識もある。領主という立場からくる責任感か、自分自身の意思なのか、リオンには分かっていない。
「優しい亮くんと、苛烈なフレイくんのせめぎ合いって事?」
「まあ、そうなのかな? 他のところはうまく噛み合うのに、何故かここだけがすっきりしない。それがずっと自分の中でモヤモヤしていた」
「……何となく分かるけど、それと国ってどう関係するの?」
「自分の国があるとすれば、国の中に居る人が守るべき人で、他国は敵かそれ以外って明確になる」
これを聞いたアリスの表情は呆れ顔に変わる。普通の人は、ここまで真剣に他人を色分けしようとはしない。しかもその為に国を持とうか悩む者など、どこにも居ない。
「……時々君は馬鹿じゃないかと思う時がある」
「はっ? どうして?」
「ほんと、君は私を退屈させないな」
アリスは素のリオンを知っている。こうして二人きりで話をしていると、時々見せることがあるのだ。それが何故かアリスには分からない。リオンの分類でいえば、自分は間違いなく敵なはずなのだ。
リオンがどう思っているかは知らないが、アリス自身はリオンと一緒に居て楽しくて仕方がない。
それが限られた時間と分かっていても。だからこそ、誰にも邪魔されたくないのだ。