月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第87話 もうひとつの戦乱

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 グランフラム王国に新たな動乱が巻き起ころうとしている中、それよりも一足も二足も早く、大陸東南部で戦争が行われていた。メリカ王国と、その東にある幾つかの小国の連合、東方諸国連合との戦いだ。
 グランフラム王国との決戦を前に東方平定を試みたメリカ王国であったが、それは思うようには進んでいない。東方諸国連合の反撃が予想以上だったのだ。
 序盤戦こそ戦いを有利に進め、東方諸国連合から見て西端に位置する二国を攻め落としたメリカ王国軍であったが、快進撃はそこまで。更に隣国であるエルテスト王国に攻め入ったところで猛烈な反撃を受けて、まさかの敗北を喫する事になる。十分の一程度の兵力を相手に散々に打ち負かされて、退却する事になったのだ。
 更に事はそれで終わらなかった。軍を再編した上で進路を変えて、別の国への侵攻を図ったメリカ王国軍は、東方諸国連合軍が構築した防衛線を突破する事が出来ずに一歩も先に進めなくなった。それどころか反撃で被害は増すばかりだ。
 この状況を受けてメリカ王国は大きな決断を行った。事態の打開を図る為に、グランフラム王国国境方面に配置していた軍からかなりの数を引き抜き、オリビア王女を総大将とした増援軍を編成したのだ。
 グランフラム王国に自国を攻める余裕はないという分析と、このままでは東方諸国連合との戦争が、まさかの敗北で終わるかもしれないという焦りからだ。
 東方平定が終われば次は南部。そして最後に待っているのは大陸の覇権を賭けたグランフラム王国との戦いだ。メリカ王国としてはここで躓くわけにはいかなかった。
 兵力を増強し、一気に東方諸国連合の防衛線の突破を図る。構築した防衛線が崩れてしまえば、東方諸国連合に侵攻を止める力はない。こういう目論見だった。
 だが事態はメリカ王国の思い通りにはいかなかった。リスクを犯してかなりの部隊を移して兵力を倍増し、戦女神と称されるオリビア王女まで参戦させながら、侵攻は遅々として進まない。
 その原因は東方諸国連合の中でも、歴史だけは古いが、最も小国であるエルテスト王国の軍。しかも正規軍ではなく、金で雇われた傭兵団の存在だった。

 ――東方諸国連合の一国、イリア王国の王都付近の山沿いの街道をメリカ王国軍の部隊が進軍している。

「周囲の警戒を緩めるな! 隊列を乱すな!」

 部隊を率いる指揮官が声を張り上げて、指示を出している。敵の奇襲を警戒しているのだ。
 東方諸国連合は守るに適した場所を選んで、そこを厳重に固めた。それに対してメリカ王国は、圧倒的に多数の兵数を活かして防衛拠点を攻めるとともに、守りの薄い侵攻路を見つけ出して隣国を攻める為の軍を送った。
 だがそれは東方諸国連合の罠だった。守りの薄いと思われた侵攻路のあちこちで、火計にあったり、落石を受けたりと、何度も奇襲を受けて犠牲を増やし、撤退を余儀なくされたのだ。
 それでも数の優位が失われた訳ではない。メリカ王国は軍を再編した上で、再侵攻を行う事にした。防衛拠点の攻略は捨て、東方諸国連合軍が動けないように囲むに必要な兵数に減らす。その余った分を侵攻軍に回し、同時に侵攻する部隊の数を増やすという作戦だ。
 数が増えれば東方諸国連合側は全ての侵攻部隊に対応出来なくなる。防衛拠点に兵力を集中している為、各国の守りは無きに等しいはずなので、幾つかの部隊が突破するだけで、十分に国を落とせるという算段だ。
 この作戦は功を奏し、この侵攻部隊はこれまで奇襲を受ける事なく、ここまで進軍出来ている。この場所を抜ければイリア王国の都は近い。ようやく三国目を落す手掛かりが出来る、はずだった。
 最初に異常に気が付いたのは一人の兵士だった。不意に日が陰って辺りが暗くなる。何の気なしに空を見上げた、その兵士が見たものは、崖そのものが倒れてきたのかと錯覚するくらいに巨大な固まりが、頭上に迫っている様子だった。
 声にならない叫び。周囲の兵士も気が付いて、その場から逃げようとしたのだが、既に遅かった。
 降り注ぐ岩の塊が地面を揺らし、凄まじい衝撃音が周囲に響き渡る。それと同時に息をする事も困難な程の激しい土煙が舞った。
 ――それが治まった時、押しつぶされる事を免れた兵たちが見たものは、街道を完全に塞ぐ小山のように積み重なった土砂と、その上に立つ二人の男女だった。
 ゴスロリのような服装をした息を呑むほど美しい少女と、黒一色の防具に身を固め、目の下まで布で覆った、灰色がかった白髪の男。二人の姿を見た途端に、土砂が降り注いできた時以上の動揺が兵たちに広がった。
 兵たちは知っているのだ。この二人が、今やメリカ王国軍の天敵と言っても良い存在となった傭兵団、不思議の国傭兵団でも最凶の二人、アリスとホワイト・ラビットである事を。
 だが二人を、この名で呼ぶ者はいない。

「……災厄の王」

「氷血の人形姫だ!」

「魔王だぁあああっ!!」

 異なる通り名があちこちで叫ばれる。どれも人に対するものとは思えない呼び名ばかりだ。実際にこの二人の力は常人を超えている。
 アリスが頭上に掲げた両腕を真っ直ぐに振り下ろす。両手の先から吹き出す冷気が正面に立つ兵士たちに降り注ぎ、その体を凍らせていく。それを免れた兵士たちは自らの幸運を喜び、その幸運を無駄にしないようにと一斉に背中を向けて逃げ出した。
 それを見届けたところで、男が反対側に居る兵士たちに向かって、土砂の斜面を駆け下りていく。その周囲に浮かぶ四色の光。

「……サラ、ルフィー。行け」

 赤と緑の光が前に出て、その姿を変えていく。火竜と風竜、それが更に何体にも分裂して、慌てて陣を組むメリカ王国軍に襲いかかった。
 立て続けに響く爆裂音。組んだばかりのメリカ王国の陣形は瞬く間にズタズタになった。その陣形の穴に、剣を抜いた男が突っ込んでいく。振るわれる剣は止まるところを知らず、メリカ王国の兵を次々と切り伏せていく。  
 兵士たちは戦意を失い、逃げ腰になっている。背中を見せて逃げ出そうとする兵士が出た、その瞬間を測っていたかの様に、漆黒のユニコーンに跨った騎獣部隊が後方から現れた。

「こっ、黒色騎獣兵団だぁあああっ!!」

 またメリカ王国軍から、恐怖に震える叫び声があがる。
 男と同じ黒一色の防具に漆黒のユニコーンと呼ばれる魔獣。不思議の国傭兵団の騎獣部隊は、黒色騎獣兵団と名乗っている。
 その迎撃にメリカ王国からも騎馬隊が飛び出していくが、不思議の国傭兵団の中でも精鋭中の精鋭の黒色騎獣兵団相手では歯が立たない。わずかな時間で完全に戦闘能力を喪失してしまった。
 そしてそれは騎馬隊だけの話ではない。前後を挟まれて逃げ場を失ったメリカ王国の兵士たちは、完全に戦意を喪失して、次々と投降していった。

「終わった?」

 斜面を降りてきたアリスが男に向かって声を掛けてきた。

「戦いは。そっちは?」

「とっくに終わってる。ほとんど戦わないで逃げちゃったもん」

「……逃げたじゃなくて、逃がしただろ? 一人でも敵を減らしておきたいのに。さてはお前、手を抜いたな?」

 戦力差を少しでも縮める為に出来るだけ敵を倒すのが、この作戦の目的の一つなのだ。

「だって私一人で戦ったのよ? 疲れちゃった」

 男に厳しい視線を向けられていても、何ら悪びれる様子もなく、アリスは言い訳をしてくる。

「疲れたって……お前、人じゃないだろ? 世界が疲れていて、どうして世の中が動く?」

 説明するまでもないだろうが、アリスは少女の姿になった世界に、リオンが付けた名だ。そして相手をしているリオンの偽名がホワイト・ラビット。これはアリスが名付けた。ただリオンがホワイト・ラビットを名乗る事は滅多にない。気に入っていないのだ。

「私だって疲れる時は疲れるの。それに今の私は世界じゃないもん」

「全く。最近サボり気味だよな?」

「君が働き過ぎなの。このワーカーホリックが」

「……それ何?」

 異世界の言葉である事は想像つくが、リオンにも意味がわからない。

「仕事中毒の事。自分の頭の中にある言葉を聞かないでよ」

 アリスはリオンの記憶のかなりの部分を自分のものにしている。異世界の言葉を知っているのは、そのおかげだ。

「……覚えてない」

「覚えていないのではなくて、検索出来ないの……これを説明しても仕方ないか。とにかく仕事し過ぎ」

「これが終わるまでだ。この仕事を達成すれば一生働かないで暮らせるどころか、一生働かないで贅沢をして暮らせる金が手に入る。下手したら小さな国なら買えるかも?」

 今回のメリカ王国との戦いを依頼するにあたって、莫大な報奨を雇い主であるエルテスト王国は約束している。それこそリオンが言う様に、エルテスト王国の全ての富を吐き出すのではないかと思える金額だ。
 メリカ王国との戦いは東方諸国連合にとって、国の存亡を賭けた大事ではあるのだが。

「……本当に払えるの? あの貧乏国が」

 アリスがこう思うくらいにエルテスト王国は小国だ。軍事力など元々無いに等しく、全てをリオンたち、不思議の国傭兵団に任せているくらいなのだ。

「契約は契約。成功したら、嫌でも払ってもらう」

「怪しいのは分かっているくせに。それでも真面目に働くところが仕事中毒なのよ」

「商売は信用が大事だからな」

 アリスの指摘は的を得ているのだが、それをリオンが認める事はない。
 こうして二人が雑談をしている間に、戦いの後処理をしていた部下が一人近づいてきた。黒色騎獣部隊の隊長となっているマーキュリーだ。

「リオン様、捕虜の武装解除が終わりました」

「ブッブーッ! その名前は禁止!」

 リオンの名で呼ぶマーキュリーに、すかさずアリスが文句を言う。

「どう呼ぼうと俺の勝手だ」

「あの女が付けた名前なんて聞きたくもない。その名は捨てる約束なの。約束は絶対だから」

 言いたいことは山程あるのだが、これをここで言っても何も解決しない事は分かっている。マーキュリーは大人しく呼び方を変える事にした。

「……キング。後始末が終わりました」

「キング?」

 ただ、この呼び方にはリオンが戸惑ってしまう。

「俺たちの偽名の元となった、あの、トラなんとか。それの一番上がキングではなかったですか? 王という意味の」

 マーキュリーの偽名はスペード。他の元バンドゥ四党のリーダーも、クラブ、ハート、ダイヤとトランブから名付けられている。傭兵団の名である不思議の国のイメージからアリスが考えた事だ。大元はリオン、亮の記憶だが。

「……まあ、何でも良い」

 何であろうと、リオンはどうでも良い。リオンにとっては、エアリエルが付けてくれたリオン以外は、全て偽名なのだから。

「それ良いじゃない! じゃあ、私はクイーンね!」

 一方でアリスは気に入ったようだ。但しこの喜びは一瞬で終わる。

「お前はジョーカーだろ?」

「……女の子にジョーカーって酷くない?」

「じゃあ、団長。これはお前が自分で言い出した事だからな」

 不思議の国傭兵団の団長はアリスだ。団員が誰に従っているかは別にして、こういう事になっている。確かに不思議の国なのだから、団長は女性であるアリスであった方が収まりは良い。これが分かるのはアリスとリオンだけであるが。

「団長って、可愛くない」

「じゃあ、アリス。呼び方変える必要ないな」

「う~ん」

「さてと、捕虜の引き取りが来るまで休憩だ。ただ引き渡したら、すぐに次の襲撃地点への移動を始めるから、そのつもりで準備はしておくように」

 悩んでいるアリスは放っておいて、リオンはマーキュリーに指示を出す。無駄な時間を過ごす余裕はないのだ。リオンの指示を受けて、マーキュリーは部隊に指示を出す為に戻っていた。

「やっぱり、仕事中毒」

「弱者の俺たちは強者の何倍も働かないと勝てる訳がないだろ? これも任務達成、つまり大金を稼ぐためだ」

 この大金になどリオンが興味ない事はアリスにだって分かっている。リオンは何でも良いからやる事が欲しいのだ。それが困難であればあるほど他の事を考えなくて済む。
 この四年間、リオンは、そしてリオンに従う元バンドゥの近衛騎士兵団の者達は、相手は様々だが、常に戦いの場に身を置いてきた。
 実戦を重ね、鍛えに鍛えられた不思議の国傭兵団は、間違いなく大陸最強の部隊の一つだった。

 

◇◇◇

 各地に向かった侵攻部隊の敗報が、次々とメリカ王国軍の本営に届く。ある程度の数は計画の範囲内なのだが、今はもう、それを遥かに超える状況になっている。侵攻作戦は失敗に終わったのだ。

「……どうして、リオン・フレイが東方諸国連合に居る!?」

 オリビア王女の拳が会議室の机に叩きつけられる。嫌というほど敗報を聞かされて、とうとう感情が爆発してしまったのだ。

「落ち着いて下さい。彼の者がリオン・フレイだとはまだ確定しておりません」

 冷静な口調で近衛騎士のユーリが宥めるが、これでオリビア王女が落ち着くはずがない。

「こんな戦いを見せる者が他にも居るというのですか!? それはどこから現れたというのです!?」

 オリビア王女は東方諸国連合とも数度戦っている。その度に勝利を掴み、名声を高めてきた。
 ところが前哨戦が終わり、メリカ王国がいよいよ本腰を入れて東方平定に取り組んだ途端に、東方諸国連合の軍は以前の東方諸国連合軍とは別物になっていた。その原因が不思議の国傭兵団というふざけた名前の、金で戦いを請け負う傭兵団の存在である事は間違いない。

「不思議の国傭兵団については少し情報が掴めました。お聞きになりますかな?」

 話に入ってきたのはメリカ王国軍のハンス・サザランド上将軍。国王を除けばメリカ王国軍の頂点に位置する三人の上将軍の一人で、最年長の歴戦の将軍だ。
 その経験を買われて今回、オリビア王女の補佐役に就くことになった。もう二度とオリビア王女が捕虜になるような事態とならない為の配慮だ。

「聞かせて下さい」

「では。不思議の国傭兵団の名が初めて聞こえたのはハシウ王国のようです。魔獣や魔物討伐を金で請け負っていたと聞いております」

「ハシウ王国ですか……」

 バンドゥに隣接する国だ。オリビア王女の中で、自分の考えが間違いではないという思いが強くなった。

「そこからオクス王国、そして東方諸国連合の国々に移ったようです。南部でも仕事をした形跡があります。小国にとって魔物退治はかなりの問題ですから、仕事には困らなかったようですな」

 グランフラム王国から逃げ出した魔物が広がっていくのを追うようにして、不思議の国傭兵団は移動している。そういう意図も確かにあるのだが、それだけが理由ではない。

「ただ一箇所には長く留まらなかったようですな。一つ二つ仕事をこなすとすぐに次に移る。仕事も魔獣、魔物退治から盗賊退治、反乱領主の討伐など何でもありになっております」

「……本当に何でもありですね」

 傭兵という職業は、実はこの世界にはなかった。職業軍人である騎士と徴兵された兵士で軍は構成されている。わざわざ得体の知れない、忠誠心もない傭兵など雇おうとは思わない。
 ただこう思うのはメリカ王国が大国だからだ。小国となると事情が異なる。兵を鍛えるには時間も金もかかる。徴兵された兵に関しては、兵役が終われば貴重な労働力に戻る事になる。それを失う事はそのまま国力の低下となるのだ。
 魔獣や魔物、盗賊退治などで、ただでさえ少ない自国の兵士を死なせたくない。一時金で解決するなら、これほど有り難い事はない。しかもその頼む相手は。

「その何でもありの仕事を、不思議の国傭兵団は全て成功させたようですな。あちこち回っていた分、一度高まった評判が広がるのも早かったようです」

「でも、我が国は知らなかったのでは?」

「メリカ王国では一切、活動をしておりませんので。意図しての事か、ただ単に仕事がないからかは分かりません」

 両方だ。メリカ王国が傭兵を雇うとは思えない。自分の正体がバレた時に面倒な事になりそうだ。不思議の国傭兵団というより、リオンがメリカ王国を避けていた。

「士官の誘いはかなりあったでしょうが、どこかの国に所属した形跡は見つかりませんでした。今も傭兵団を名乗っているのですから、そういう事なのですな」

「今はエルテスト王国に雇われているですね?」

「はい。エルテスト王国にとっては幸運でしたな。自国が攻められる段になって偶然、不思議の国傭兵団が国内に居た。そこでダメ元で雇ってみたら……結果はご承知の通りです」

 エルテスト王国に攻め込んだメリカ王国軍は、かなりの損害を受けて、撤退する事になった。

「……我が国で雇う事は出来ないのですか?」

 金で雇われるのであれば、メリカ王国で雇えば良い。金銭的な条件はメリカ王国の方が確実に良いものを提示出来る。こんな柔軟な発想もオリビア王女は出来る。戦う相手がリオンだからという点はあるにしても。

「それについては調査中ですが、恐らくは難しいかと」

「何故ですか?」

「エルテスト王国がどのような依頼をしたのか分かりませんが、戦い続けているという事は、まだ依頼を終えていないという事です。依頼を途中で放棄する事は決してしない。これが金で雇われる身でありながら、不思議の国傭兵団が信用される理由の一つであるようですな」

「……そうですか。戦わなくて済むなら、それが良いと思ったのですけど」

「そうですな。正直を言えば、儂もそう思います」

「……ハンス上将軍が?」

 オリビア王女はハンス上将軍の弱気な発言など初めて聞いた。

「軍人としては、どんな敵であろうと必要であれば堂々と戦います。しかし、一人の武人としては恐れを感じております」

「恐れですか?」

 更に驚きの発言がハンス上将軍の口から出る。一武人としてもハンス上将軍は歴戦の勇者だ。敵を恐れるなど考えられない。

「これはうまく説明出来ないのですが、触れてはいけないものに触れたような恐れを感じます」

 歴戦の武人だからこその勘というものかもしれない。武人としての本能がリオンと戦う事の危険を察知しているのだ。

「どういう事でしょう? 私には分かりません」

「不思議の国傭兵団がメリカ王国の敵になったのは偶然です。たまたま、エルテスト王国に居たに過ぎない」

「そう言えるかもしれませんね」

「だがその結果は。どう考えても今は不思議の国傭兵団が東方諸国連合軍全体を動かしております。流れ者の傭兵団が、どれも小国とはいえ、六カ国の軍を動かしているのです。こんな事が普通あり得ますかな?」

 以前は連合とはいっても、せいぜいが攻めこまれた国に応援の軍を派遣するくらいで、戦略的に連携した動きなど全くしていなかったのだ。
 だが今は違う。各国の軍が統一された意思で、それぞれの役割を果たしている。それをさせているのは何者かとなれば、これまでいなかった、それでいて戦いの中心となっている不思議の国傭兵団しか考えられない。

「少なくとも我が国ではあり得ませんね」

「災厄の御子、災厄の王とは良く言ったものです。あれは触れるものに災厄をもたらす。そして、あの者自身は敵を作る事によって、自らを太らせていくのです。こんな存在が何人も居るとは思えません。ホワイト・ラビットは間違いなくリオン・フレイだと儂は思います」

「……ええ。そうね」

 戦う敵が大きければ、リオンはそれと戦うに必要な力を手に入れる。本当はそうではなく、強大な力を手に入れられるのにリオンがそれを望まないのだ。だが必要に迫られると、自分の気持ちはどうであろうと、周囲の力を求めざるを得ない。利用出来る力をかき集めて、それに対する事になる。
 結局は同じ事だ。敵の存在がリオンを大きくするのだから。
 メリカ王国という大国を敵にしたリオンは、どこまでの力を手に入れるのか。その敵の総大将でありながらオリビア王女は、どこか胸の奥が高鳴るのを感じていた。