月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第85話 ランスロットの反乱

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 西部国境の街カンザワ。跡継ぎの座を追われたランスロットが領主として流されたノウトの中心都市だ。だがこの四年間で、この辺境のノウトがグランフラム王国内でもっとも発展した土地となった。
 これはマリアの力が大きい。今のマリアの自信は、かつての思い込みから来るものではなく、しっかりとした実績に基づいてのものだ。
 マリアはノウトの地で自身が持つ異世界の知識を余すところなく実現させていた。
 農業については、農地の管理を領主、その代行者である役人が行う事として、農民は領主から賃金を貰って農作業を行う形にした。さすがに初めは反発が強かったので、奴隷に作業を行わせるところから段階的に進めている。
 その農地では作物も決められており、一年の間にいくつかの作物を順番に作るという方法が採られた。作物の中には家畜の飼料となるものも含まれており、安定的に飼料を供給する事で畜産を活性化させ、又、逆にそこから生まれる家畜の堆肥などで土を肥やし、収穫量を高めるという循環も実現させている。
 それだけではなく、農具の改良も積極的に行った。改良と言っても全てを鉄製の物に変えるだけである。だがそれだけで、農作業の効率は多いにあがる事になった。
 農具の改良は、改良そのものよりも鉄の収集に力を入れた。鉱山の調査、鉱石や砂鉄の採取。それと並行して製鉄所を次々と造り、そこで必要となる木炭を調達する為に林業を活性化させ、木炭製造所も増やした。
 これらの資金の一部は、そこからあがる利益を分配するという約束で出資を募ることで集めたりもした。株式会社化である。
 やがて製鉄はノウトの一大産業となり、その製造量はグランフラム王国内でも、かなり上位となっている。
 マリアに何故、ここまでの事が出来たのか。
 一つにはマリアの知識の中身の問題だ。マリアの異世界の知識、例えば農業技術などは決して異世界における最新のそれではない。農薬や化学肥料といったものが存在していなかった時代の知識をマリアは持ち込んでいるのだ。
 これは意識しての事だ。恋愛ゲームの主人公を夢見ていたマリアは、転生した場合に備えて役立つ知識を学ぶ事までしていたのだ。
 もちろん本気で学んでいた訳ではないので、それほど深い知識がある訳ではない。それでもマリアの知識が実績を上げられたのは、ランスロットに付けられた優秀な家臣団のおかげだ。これがマリアが成功した二つ目の理由だ。
 ランスロットは跡継ぎの座は追われたとはいえ、アクスミア侯家の人間である事に変わりはない。地方領主になるにあたって、これまで仕えていた臣下に加えて、各分野の専門家を父親であるアクスミア侯爵は付けた。それだけではない。潤沢な資金もだ。ランスロットの地方領主就任はかなり厳しい措置と思われていたが、アクスミア侯爵は案外、復権の機会を与えたつもりだったのかもしれない。これはアクスミア侯爵本人しか分からない事だ。
 彼らはマリアの臣下ではないが、ランスロットを通じて命令を下せば、自由に使うことが出来た。この世界に来て、マリアは初めて組織というものを手に入れたのだ。自分は大まかな事を話すだけで、あとは組織が思う形に実現してくれる。マリアにとって、これほどありがたい事はなかった。
 新しい技術、優秀な組織、潤沢な資金とそれによって得られる労働力。これだけ揃っては、失敗する事の方が難しいかもしれない。
 そして、マリアは成功した。ノウトは驚くほど豊かな土地になり、その資金力を使って、マリアは金貸しを始めた。しかもすでに借金をしていて返済に困っている貴族家をわざわざ狙って、より低い金利で貸し出したのだ。
 金利が低くなれば返済は当然楽になる。初めの頃のマリアは、貧乏貴族家にとって救世主だった。
 だが返済は楽になったのだが、それ以外の事でマリアは色々と要求してくるようになる。その多くが犯罪まがいの事に手を貸すようなものばかり。ドレスや宝飾品を売りつける事への協力もその一つだ。
 だがそれを断る事は出来ない。出来ないくらいに借金があるのだ。断れないと分かっているからマリアは要求しているのだから当然ではある。
 こういった詐欺まがいの悪徳商売によって、マリアはさらに豊かになる。そしてその金によって、被害者はまた増える事になる。 
 マリアは別にただ金持ちになる為だけに、このような事をしている訳ではない。求める物は確かに贅沢な暮らしだが、こんな商売で得られる贅沢では満足出来ないのだ。
 マリアが目指すところは、ずっと変わっていない。それを実現する為に様々な事をしてきた。その成果の一つがようやく実る事となった。

 

◇◇◇

 山裾に広がる平原に、腹に響く重い爆発音が何度も響いている。宙に撃ちだされた鉄の玉。それはかなりの勢いで大きく弧を描いて飛んで行き、地面に落ちては大きな音を立てて破裂していく。その度に大きなどよめきが、見ている者たちから湧き上がっている。
 大砲の試射は大成功だ。
 この世界には大砲がない。遠距離攻撃は魔法か投石器が全てだ。大砲がないというより、火薬がなかった。
 マリアはその火薬生成の知識を提供し、家臣団は見事にそれを成し遂げてみせた。火薬に関しては、異世界で必ず役に立つとマリアがかなり詳しい知識を有していたおかげだ。
 火薬が出来たら今度はそれを利用した武器の開発となる。大砲と銃だ。鉄の精製に力を入れたのは、初めからこの目的があったのだ。
 何度も実験をして満足がいくものが出来上がったところで量産化を図る。それがようやく形になり、今日がいよいよ最終試験の日だった。
 続けて銃の試射に移る。二十人の兵士が一列に並んで、離れた場所にある木の板を立てただけの的に向かって銃を構えた。
 一拍の間の後、甲高い破裂音が次々と鳴り響いた。薄煙と火薬の匂いが辺りに漂っている。的への命中率は決して高くはない。それでも命中した幾つかの的は弾に撃ちぬかれて砕けていた。
 又、どよめきが周囲に響いた。銃の反応も上々である。命中率は悪いのだが、魔法のそれに比べると大差はない。この世界の人たちには問題ないと捉えられる。一方で速さは初撃に限っては圧倒的に銃が優っている。発射までの時間、弾の速さ、両方でだ。魔法を超える武器として評価されるには充分な結果だ。

「成功です! この武器があれば、アクスミア侯家がこの国を統べる事も夢ではなくなった! いや、そのまま大陸制覇も夢ではありません!」

 興奮気味に話しているのは、アクスミア侯爵から付けられた臣下だ。大砲や銃の開発を担当した一人でもある。

「改良の余地はもうないのか?」

 ランスロットがその臣下に尋ねる。念の為の確認だ。すでに量産に入っている。問題はその前に解決しているはずなのだ。

「製造段階における品質のズレをどうするかの問題はまだ残ります」

「まだ問題があるのか?」

 ランスロットにとって予想外の返事だ。わずかにその眉がしかめられる。

「多く作れば、それだけ不良品も出ます。その発生をどれだけ押さえる事が出来るかの問題です。これは製造手順の統一や、製造者の技量を高める事で解決する予定です」

「……大砲や銃そのものに問題がある訳ではないのだな?」

「はい。それは試作段階で全て解消しております」

「そうか。それは良かった。皆の者、ご苦労だった。俺は皆の努力を決して忘れない」

 今日の最終試験の場には開発に関わった全ての人たち、全ての重臣が揃っている。その人たちに向かって、ランスロットは労いと感謝の言葉を述べた。だがその表情は、とても感謝を示すものではない。

「だから、心置き無く死んでくれ」

 続いて発せられたランスロットのまさかの言葉。聞いた人たちは、すぐに反応出来なかった。反応出来ても結果は同じだ。彼らを殺す準備は整っているのだから。
 並んでいる家臣たちの体を、次々と魔法の水槍が貫いていく。それだけではない。どこからか現れた兵が剣を振るって、彼らに襲いかかっていく。
 この襲撃から逃れられる者は誰も居なかった。意図的に残された者以外は。

「さて、お前たちには選択の機会を与える。これまで通りに俺に従うか、それとも実家に戻るかを決めろ」

 残された者たちはランスロットにずっと仕えていた部下だ。それでもランスロットは完全には信用していない。アクスミア侯家のランスロットだからこそ、仕えていた者が居ると思っているのだ。
 実際にそうだとしても、ここで実家に戻ると言い出す者は居ない。それを言えば、この場で殺されるだけと全員が分かっている。

「……では、これまで通りに俺に従え。お前たちは良い選択をした。俺こそがアクスミア侯家の悲願を成就する者だ。俺の臣下となったお前たちも、それに相応しい待遇が待っている。それを楽しみに励め」

 グランフラム王家に大陸の覇者となるという野望があるのなら、アクスミア侯家にも王国の玉座を自家の物にという野望がある。これはアクスミア侯家に限った事ではなく、他の二家も大なり小なり持っている野心だ。
 元々、四家は同列だったのだ。いざ建国となった時にグランフラム家が国王となった。その時点では他の三家に不満はない。四人の中でもっとも王に相応しいのは誰かと、全員で話し合って決めた事なのだ。
 だが代を重ねるにつれて、元は同列だったのにという思いが三侯家に湧いてくる。その思いは何代にも渡って積み重ねられ、やがていつかは玉座をという野望に変わっていた。
 ランスロットはこれを言っている。だがそれは、こじつけというものだ。ランスロットの野心はマリアの影響を受けた個人的な欲望であって、アクスミア侯家の悲願とは関係ない。
 ランスロットは個人の欲求を叶える為に、アクスミア侯家が代々持っていた野心を大義名分として利用しようとしているだけだ。

 

◇◇◇

 ランスロットが反乱を起こした。この情報は当初、王国にはマトモに受け取られなかった。これがアクスミア侯家の反乱となれば大きな動揺が広がるが、ランスロットの今の立場は王国の外れの小領主の一人だ。それが単独で反乱を起こしたところで、王国には何の影響もない。
 個人の名声でも、メリカ王国を絡ませるという戦略面でも、リオンの時とは状況が違うのだ。
 ランスロットの反乱が事実であったとしても、せいぜいそれはアクスミア侯家内部での継承争い。こう王国は判断した。
 実際にアクスミア侯家からは内輪揉めと報告され、事態の収集はアクスミア侯家内で済ませる事を知らせてきた。王国に文句はない。侯家の揉め事など勝手にやってくれという思いだった。
 制圧に向かったアクスミア侯家軍が敗北したとの情報が届くまでは。
 アクスミア侯家軍が事態を甘く見ていたという事もあるが、やはり銃火器の威力が大きかった。もっともこの時点では、王国に銃火器の情報を届いていない。
 王国に届いたのはアクスミア侯家軍が敗れ、それをきっかけとして従属貴族が雪崩をうったようにランスロット側に流れたという情報だった。
 こうなるともう侯家の内輪もめで済む話ではなくなる。王国の内乱だ。
 この事態を受けて王国はすでに戦時体制に入っている。広い会議室には多くの武官が詰めており、敵であるランスロット側の戦力分析や、自軍側の作戦立案を何度も何度も繰り返してた。

「最新の情報を」

 王国騎士兵団長であるマーカス・アストランドが、部下に報告を求めている。国王も参加する定例会議の時間なのだ。

「はっ。ランスロット側についた従属貴族家は、アクスミア侯家の従属貴族のうち、すでに半分を超えております」

 すでにランスロットはアクスミア侯家から除名処分を受けている。本人はこれについて全く気にしていない。ランスロット自らアクスミアの家名を捨て、今はアレクサンドロスという姓を名乗っている。マリア辺りの考えである事は、この場にリオンがいれば分かったかもしれない。

「半分……なぜ、それほどの数が?」

 アクスミア侯家は初戦で敗北したとはいえ、アクスミア侯爵本人は健在だ。当主であるアクスミア侯爵よりも、跡継ぎの座を追われたランスロットに求心力があるなど、常識ではあり得ない。

「アクスミア侯爵は本気でランスロットを討つつもりがあるのか?」

 ここで国王が口を挟んできた。考えたくもない可能性だが、だからこそ国王は口に出さないでいられなかった。

「裏で通じている可能性は排除出来ません。ただ、その確たる証拠もなく……」

 アクスミア侯爵とランスロットが実は通じているとなれば、それはアクスミア侯家そのものの反乱となる。事態はより大問題となるのだが、はっきりした証拠がない状況では対処が難しい。

「アクスミア侯家軍の動きに異常はないのか?」

「アクスミア侯家軍は初戦の敗退以降、積極的な動きは見られません」

 これだけでは討つ気がないという判断にはならない。従属貴族の離反が続く状況では、戦いの中でいつ誰が裏切るか分かったものではない。全ての従属貴族が旗幟を鮮明にするのを待っている可能性の方が高い。

「……アクスミア侯家全体が反乱を起こした前提で、対応を考えろ」

 状況がはっきりしないのであれば、最悪の事態を想定して対応を考える。悪い事ではないが、常に正しいとも限らない。

「よろしいのですか? アクスミア侯爵を反乱側に押し込む事に成りかねません」
 
 王国がアクスミア侯家全体を敵視すれば、アクスミア侯爵は反乱に回るしか選択肢はなくなる。自ら反乱を大きくする行為になるかもしれない。

「構わん。アクスミア侯家に野心がある事は明らかだ。いずれは討つ事になる」

 アクスミア侯家の野心は、何代も前からの話だ。それをここで持ち出してくる国王は、投げやりになっているようにしか思えない。

「そういった王家の態度は他の侯家の不審に繋がりませんか?」

 アーノルド王太子が国王の態度に黙っていられなくなった。内乱は他国を喜ばせるだけだ。起きてしまったのであれば、それは速やかに治めるべきで、大乱に導くようなやり方は間違っている。

「不審はすでにある。だが、ファティラースとウィンヒールが反乱にまで踏み切る事はない」

 アーノルド王太子の懸念を国王はきっぱりと否定した。不安を消すつもりだったのかもしれないが。

「……陛下。何故、そう言い切れるのですか?」

 アーノルド王太子の不安は逆に増すことになった。ファティラースとウィンヒールの二侯家との関係も、アクスミア侯家のそれと同じくらい良くないはずなのだ。

「それは……」

 国王が返答に詰まる。これでもうアーノルド王太子は不安が的中したと分かる。

「まさか、要求を飲んだのですか?」

 まさか、と聞いているが、これ以外にはあり得ないとアーノルド王太子は思っている。

「王国を守る為だ」

 これが国王の大義名分。王国を守る為であれば何をしても良い。この国王の考えは、今も変わっていない。

「本人たちは何と?」

「それはこれからだ」

「本人たちに何の打診もなく、要求を受け入れたのですか?」

「この件について、本人たちの意向は関係ない。王国の危機なのだ。それを分かってもらうしかない」

 アーノルド王太子の追求に国王は苛立ってきている。後ろめたさは国王にもある。だからこそ、人に責められたくなかった。

「……どうして分かる必要があるのですか?」

 だが、アーノルド王太子は国王よりも、もっと苛立っていた。

「何だと?」

「シャルロットはともかく、エアリエルには王国の危機に自身を犠牲にする義務などありません」

「あれはリオンの妻だ」

「元妻です。それにそうだとしても何なのです? リオン・フレイは未だに王族として認められていなかったはずですが?」

「……王国の貴族だ」

 確かに貴族には王国の為に働く義務がある。だがこれは完全にこじつけだ。貴族であった本人は、公式には、死んでいる。そしてエアリエル本人には爵位はない。
 国王の言い分は当てはまらず、貴族の義務を平民に押し付けている形だ。まだ面倒を見てやっているの方がマシだった。

「死んだ後もリオンに王国に尽くせと? 自分の家族を捧げろというのですか?」

 アーノルド王太子は国王の言葉の矛盾を突くよりも、この言葉を選んだ。より辛辣な方を選んだのだ。アーノルド王太子は自分の父である国王への信頼を失っている。
 国王の弱気とこういう考え方が、どうしても受け入れられないのだ。

「……ではどうすれば王国は助かる? 具体的な方策を示してみろ」

 開き直りにも聞こえるが間違ってはいない。今必要なのは事態を解決する策。それもないのに批判するのは、間違っている。

「勝てば良いのです。王家には力がある。これを示せば流れは変わります」

「今の王家に力はない。それは分かっているはずだ」

「そんな事はありません。戦える力は十分にあります」

「戦える力ではない。絶対に勝てる力だ。アクスミア家を打ち破り! メリカ王国を打ち破り! グランフラム王国を取り巻く全ての危機を取り除く力だ! そんな力はない! もう、フレイは居ないのだ!」

「陛下……」

 大声で叫ぶ国王の姿にヒステリックさを感じて、アーノルド王太子は自分の愚かさを知った。国王はこの四年間、ずっと追い詰められた状況に置かれていたせいで、心が疲弊してしまっているのだ。
 それにアーノルド王太子は気づかずに、国王のやること為すこと批判ばかりしていた。

「シャルロットとエアリエルの二人の件は決定事項だ。何を言おうと覆る事はない」

「しかし……」

「文句があるなら、納得出来る代案を示せ。それが出来ないのであれば、黙っていろ」

 こう言いながらも、アーノルド王太子が口を開くのを待つことなく、国王は席を立って会議室を出ていこうとしている。それをアーノルド王太子は止める気にならなかった。今の国王と、どう話せば良いのか分からないのだ。

「……フレデリック」

「疲れておいでなのです」

 近衛騎士団長は国王の状態に気付いていた。だから普段であれば、真っ先に国王を諌める近衛騎士団長が何も言わずにずっと黙っていたのだ。

「……お前も勝てないと思っているのか?」

 国王について、今は何も話すべきではないと考えて、アーノルド王太子は話を変えた。

「負ける気で戦うつもりはありません。しかし、戦いに絶対はありませんな」

「リオンであれば、どうすると思う?」

「……その質問は無意味ですな」

「思考をなぞるだけでも何か得るものがあるかもしれない」

 アーノルド王太子は近衛騎士団長の言葉を誤解している。リオンが死んでいるから、という事ではない。

「リオン・フレイであれば、この事態になる前に手を打っております。しかも反乱に立ち上がらせておいて、それを叩き潰す方策を選びますな」

「……そうかもしれないな」

 リオンの強さはその周到な準備にある。起こるか起こらないか分からない事にまで、リオンは備えを怠らない。隙がないのだ。仮に隙が見えたとしても、それは罠だったりするので質が悪い。

「もし生きて、この場に居たとしたら何を言ったかは分かります」

「それは何だ?」

「出来ることをするしかない。何も出来ないと諦めて、本当に何もしなければ結果は変わらない。こんなところですかな?」

「……やはり参考になる。そうだな、今出来る事を考えてみよう」

 近衛騎士団長の言葉でアーノルド王太子は、リオンの信条である諦めない気持ちを思い出した。この事態に出来る事は何かもう一度考える事にした。何もないはずがないのだ。
 だがアーノルド王太子は重要な事を分かっていない。アーノルド王太子はもちろん、近衛騎士団長もリオンの弟子ではない。リオンの考え方を、リオンのやり方を、もっとも知っている者は他に居るのだ。しかも、同じ城の中に。