王族の生活空間である城の奥は、仕える侍女以外は、近衛であっても極限られた者しか立ち入りが許されない閉鎖空間だ。奥に住む者に外部の者が面会する場合は、奥の手前にある謁見室を利用する事になる。
その謁見室の一つで、エアリエルは訪れた者たちと向かい合っていた。
エアリエルの前に座るのはウィンヒール侯爵夫妻だ。こうして正面から向かい合うのは、エアリエルがリオンと一緒にバンドゥに向かうために王都を発った日以来となる。
「久しぶりだな……」
「ええ。久しぶりですわ」
「元気そうで良かった」
「お二人も」
ウィンヒール侯爵には話したい事が山程あったはずなのに、いざこうして向かい合うと会話は中々弾まない。その理由の多くはエアリエルのほうにある。エアリエルの表情は実に不機嫌で、両親との久しぶりの再会を喜ぶそれではない。
「リオンの事は残念だった」
「リオンは生きているわ」
「……その気持ちは分かるが、もう四年以上の月日が経つ。忘れても良い頃だ」
ウィンヒール侯爵の反応は他の者たちと同じだ。エアリアルがリオンは生きていると正直に話しても、誰も信用しようとしないのだ。これに拗ねた事も、エアリアルがリオンについて口をつぐんでいる理由の一つだ。
「忘れることなんて出来ないわ」
「……それも分かる。無理に忘れる必要はないのだ。ただ、いつまでもリオンの死を嘆いているのはどうかと思う。エアルの人生はまだこれからだ」
「生きているって言っているのに」
ウィンヒール侯爵はリオンが死んだと信じきっている。これは仕方がない。リオンは公式には死んだことになっているし、生きているという証拠をエアリエルは示すことが出来ない。
エアリエルがいくらリオンは生きていると言い張っても、悲しみのあまり死を認められないのだと受け取られてしまう。
「……どうして、帰ろうとしない?」
「どうして戻そうとするのかしら?」
「どうしてって、可愛い娘を手元に置きたいと思うのは当然の事だ」
エアリエルを実家に戻す許可がようやく出た。ウィンヒール侯爵は喜び勇んで、迎えの使者を城に送ったのだが、その使者は、エアリエル本人に追い返されてしまった。
ウィンヒール侯爵としては訳が分からない。とにかく、エアリエルと会って話をしようと城にやって来てみれば、エアリエルは久しぶりの再会を喜ぶどころか、実に迷惑そうな態度を見せている。これでは会話など弾むわけがない。
「お父様。私は嫁に出たの。もうウィンヒール侯家の人間ではないわ」
「しかし、その嫁に出た先が無くなってしまったではないか?」
「フレイ子爵家なんてどうでも良いの。とにかく、私はリオンの妻だわ」
「だから、そのリオンが」
「だから、リオンは生きているの」
この前提にズレがある限り、二人の話が噛み合う事はない。
「リオンが生きている証拠があるのか?」
「目撃情報があるわ」
「目撃情報……確かに本人なのか?」
「それは……今も調べているわ」
エアリエルも未だにリオンの行方を掴めていない。少なくとも、エアリエルの耳には入っていない。
「仮にそれが本人だとして、どうして居なくなったのだ?」
「……それも調べているわ」
追求されるとエアリエルは分が悪くなる。だからといって、リオンの死を認めるつもりはない。リオンが生きているという事に関しては、エアリエルには確信があるのだ。
「じゃあ、こうしたらどうかしら?」
ここでウィンヒール侯爵夫人が口を開いた。エアリエルにとっては、ますます厳しい状況だ。
「ウィンヒール侯家の力を使ってリオンを探しだすわ。いいえ、探しだすだけではなくて、見つけたら首に縄を付けて、連れてこさせるわ」
「お母様……それは無理だと思うわ」
リオンが捕まるはずがない。それが出来る強者が居るとすれば近衛騎士団長だが、エアリエルは今となっては、その近衛騎士団長でも無理ではないかと思っている。負けたままでいるようなリオンではないのだ。
だからエアリエルは自分で探しに行こうと考えている。連れて来ることが出来なければ、付いて行くしか無いのだ。
「ウィンヒール侯家の全力よ?」
「戦うのではなく、逃げるリオンを追うの。簡単ではないわ」
ウィンヒール侯家の精鋭数百人に、リオンが正面から向かい合ってくれれば可能性はあるかもしれない。だが、そんな事はあり得ない。
「……エアル。リオンが生きているとしても、彼は貴女を捨てたのよ?」
エアリエルを溺愛している侯爵と違い、夫人のほうはこういう残酷な台詞を口に出せる。エアリエルを大切に想っている事は同じだとしても。
「そんな事あり得ないわ。もし本当にそうなら、捕まえて、何度も謝らせて、それで……あっ、鎖で繋いで逃げられないようにして、毎日百回、謝罪と愛の言葉を繰り返させるわ」
「……それは素敵ね」
何が素敵なのか、侯爵夫人自身も分かっていない。
「とにかく、私は戻らないわ。私はリオンを探しだして、一緒に暮らすの」
「エアル! いい加減に――」
ついに侯爵の堪忍袋の緒が切れた、と思った瞬間に。
「そっちに言っては駄目よ! 大事なお話中なの! 待って!」
部屋の外からも、大きな声が聞こえてきた。何事かと扉の方に全員の視線が向く。そこへ扉を開けてフラウが飛び込んできた。エアリエルを見つけたフラウは、嬉しそうに駆け寄ってその足に抱きついた。
「どうしたの?」
「たいくちゅ」
「あら? ソルの相手は退屈?」
「ん」
これはフラウの小さな嘘だ。ソルでは退屈なら、シャルロットに相手をしてもらえば良い。ヴィーナスたちだって居る。本当はエアリエルの姿が見えないので、寂しくなってしまい、怒られるのを覚悟で会いに来たのだ。
「フラウ! 邪魔しちゃ駄目よ!」
続けて部屋に飛び込んできたのはシャルロットだった。フラウに甘いシャルロットは、口では駄目と言いながら、フラウのやることを止められないのだ。
「シャルロット様?」
シャルロットは側室とはいえ、アーノルド王太子の妃。いきなり飛び込んできたシャルロットを見て、ウィンヒール侯爵が驚いてしまった。
「あっ、ウィンヒール侯爵、ごめんなさい。折角の団欒の場を邪魔してしまったわね?」
「いえ……しかし、フラウ王女殿下は随分とエアルに懐いているのですね?」
「そ、それは、彼女にはいつも面倒みて貰っているから」
面倒は見ているが、それはエアリエルが母親だからだ。だが今はまだ、これを話して良い時ではないと考えて、シャルロットは誤魔化そうとした。
「……ヴィンセント?」
だが一目で真実を見破る人がこの場には居た。ウィンヒール侯爵夫人だ。誰に似たのかと思われていたフラウだが、その答えをウィンヒール侯爵夫人は持っていた。
「何と?」
夫人の呟きで、ウィンヒール侯爵まで気がついた。どうやらフラウは子供の頃のヴィンセントによく似ているようだ。
「……エアル、もしかして、フラウ王女殿下はお前の娘なのか?」
シャルロットからヴィンセント似の子供が生まれてくるはずがない。
「……そうよ」
少し躊躇いながらもエアリエルは認めた。侯爵夫妻はフラウの祖父母だ。血の繋がりが持つ何かは、やはり誤魔化すことは出来ないと思ったのだ。
「……どっちの?」
このウィンヒール侯爵の質問は余計だ。
「リオン以外に誰が居るの!?」
案の定、エアリエルを怒らせてしまう。
「そ、それはそうだな。しかし……どうしてアーノルド王太子の娘と?」
「貴方。その質問はシャルロット妃殿下が傷つくわ。跡継ぎを産めない妃の立場は辛いものよ」
「そうだな……」
ウィンヒール公爵夫人は子供が産めない。エアリアルのお産は難産で、その時の無理がたたっての事だ。責任を感じさせてはいけないと、エアリアルには内緒にされている。
ただ同情を寄せられたシャルロットは。
「……私、子供産めますから。多分」
実際のところはシャルロットも試した事はないので分からないが、侯爵夫人が誤解しているのは間違いない。
「では、どうして?」
子供が産めない事を隠す為にではないとなると、他に嘘をつく理由が思い当たらない。
「……二人を守りたくて。後ろ盾も何もなく、リオンくんの子供を生むのは危険かと。まして男の子だったら」
「確かにそうですが、ここまでの事が必要でしたか?」
ウィンヒール侯爵にはシャルロットが恐れていた事が分かる。今のグランフラム王国の状況を知っていれば尚更だ。リオンの血を引く男子となれば担ぐにはこれ以上ない程の神輿。王国に絶対の忠誠心を持っていた頃であればまだしも、今はウィンヒール侯爵自身も、ただの祖父で居られたか自信はない。
だがそれは、エアリエルと子供の存在が隠されたままという前提だ。王家がリオンを王族として認め、王子か王女の存在を明らかにして王家の庇護下におけば、少なくとも子供の間は担ぐことは困難になったはずだ。
「アーノルド様の評判が」
アーノルド王太子はリオンをわざと見殺しにした。あり得ない事が真実であるかのように噂されていた。そこでリオンが第二王子だったと公になれば、噂はより真実味を増す。
「あくまでも王太子大事ですか……だが、それが結局は王家全体を苦境に陥らせている事が陛下には分かっていない」
侯家であれば、恐らくはリオンが跡継ぎになった。自家を発展させる為には常に優秀な当主を、というのが侯家の在り方だ。周りから見れば出来の悪いヴィンセントに拘り続けていたウィンヒール侯爵であるが、侯家のあるべき形はちゃんと分かっている。
「王女であった事が救いか」
「お父様。私はフラウをそんな風に思ってほしくないわ。男でも女でも、生まれた事を喜ばれる存在にしてあげたいの」
エアリエルの言葉は、政争に巻き込まれたくないという事だけでなく、リオンの事も意識している。生まれた事を疎ましく思われたリオンの事を。
「そうだな。だが、その為にも城を出る……出られるのか?」
ここでようやくウィンヒール侯爵も気がついた。エアリエルの娘であるフラウは、アーノルド王太子とシャルロットの間の子という事になっている。そのフラウを城から連れ出せるはずがない。
「今は出れないわ」
「無茶苦茶な事をするから……」
「ごめんなさい。私の浅慮のせいで」
今の状況を積極的に作ったのはシャルロットだ。色々な思惑が入り混じった結果ではあるのだが、シャルロット自身はこう思っている。
「いえ、エアルを想っての事。感謝しております。しかし……」
「必ず側室の座を降ります。いえ、本当はとっくに側室でなくなっていたはずなのです。それなのに……」
アーノルド王太子がいつまでも正妃を迎えない。そのせいでシャルロットは側室である事をやめられないでいる。
これについては王妃が最大の障害だったりするので質が悪い。実家の意向を全く受け付けない妃というのは貴重であり、王妃もその貴重な一人だ。王妃にシャルロットを手放すつもりはない。
王妃に逆らえない国王はもちろん、アーノルド王太子も、この理由を盾にされると強く言えない。シャルロットの味方は皆無なのだ。
「側室でなくなるどころか、正室の座が待っているのではないですか?」
「それは……」
ウィンヒール侯爵がこの事実を知らないはずがない。そして、国王が認めてしまっては、シャルロットがどれだけ抵抗しても無駄だ。側室から正室にあげるだけなら、極端に言えば、書類一枚で済むのだ。
「うむ。少し分かってきました。残念な事ですが」
「……何が分かったのですか?」
「エアルとシャルロット妃殿下に対する処置に陛下の誠意はない。確かに政略の類ではありますが、臣としては少々寂しくも、悔しくもあります」
「それは一体?」
ウィンヒール侯爵は問いに対する答えをはっきりと言葉にしていない。ウィンヒール侯爵なりの気遣いだが、シャルロットにとっては余計な事だった。
「私たちは人質なの」
エアリエルに国王への遠慮はない。はっきりと事実を口にした。
「……人質?」
これでもまだシャルロットはピンと来ていない。頭は悪くないのだが、根が善人なので、策略の類は苦手なのだ。
「シャルロット様が側室であろうと正室であろうと王家にとってどうでも良い事だわ。肝心なのは、シャルロット様を手元に置いておく事。正妃にすれば、ファティラース侯爵が喜ぶ上に、シャルロット様も逃げ辛くなる。こういうのを一石二鳥というのね」
「そんな……」
「そして、私がウィンヒール侯家に戻らない事も国王陛下は分かっているわ。お父様に返すと約束しても、結局は手元に留める事が出来る」
「……酷い」
「お父様の言った通り、政略だわ。策略と言ったほうが良いかしら? とにかく人の気持ちなんて考えていないわね」
だがその策略もバレてしまえば意味はない。少なくとも当事者であるこの場の四人は、国王に対して悪感情を持った。ウィンヒール侯家を味方につけるという目的はともかく、忠誠を取り戻す事には失敗した。
「このような方では無かったはずなのだが……」
以前はまっすぐに忠誠を捧げた相手だ。ウィンヒール侯爵としては複雑な思いがある。
「今の時代には不向きなのだわ。そうであれば人に任せれば良いのに、それも出来ない」
国王に対してエアリエルは辛口だ。一時はリオンの父親という事で受け入れようという気持ちもあったのだが、今はそんな思いは消え去っている。今の国王はエアリエルにとって、ただの邪魔者なのだ。
「乱世か……」
ウィンヒール侯爵がポツリと呟いた。まさかこんな時代になるとは思ってもみなかった。何とも言えない感傷的な思いが、ウィンヒール侯爵の胸に湧いてきている。
「お父様も無理をしないで引退したらどうかしら?」
「……引退だと?」
いきなりエアリエルが話を飛躍させてきた。だがウィンヒール侯爵は、意味のない事を嫌う娘の性格をよく知っている。
「舞台から降りるのも、乱世を生き残る一つの方法よ」
「……そう思うのか?」
ウィンヒール侯爵は続く言葉で、エアリエルが本気で引退を勧めていると分かった。
「ええ。あとの事は跡継ぎに任せれば良いわ。任せるからには、その結果の責任も任せる者に負わせるべき。私はそう思うわ」
「……そうか。少し考えてみるかな」
エアリエルの言葉に含まれている何かを、ウィンヒール侯爵は感じ取った。元々感じていた事が、エアリエルの言葉で確信に変わったというところだ。
「取り敢えず今日は帰って。会うだけならいつでも会えるわ」
「しかし……」
「フラウが寝ちゃったの」
「おやまあ……」
エアリエルが抱き上げたフラウは、頭をぐったりと倒して身動き一つしない。退屈はエアリエルに会うための口実だったが、大人の話は本当にフラウを退屈にさせたようだ。
「次来た時は抱かせてね?」
ウィンヒール侯爵夫人は、そんなフラウを嬉しそうに見ている。
「ええ。フラウが嫌がらなければ。子供のくせに気難しいの」
「平気よ。私は貴女を育てたのよ?」
「……どういう意味かしら?」
フラウの気難しさは、エアリエル譲りという事だ。
◇◇◇
ウィンヒール侯爵夫妻と別れたエアリエルは、フラウを抱えて自室に戻った。部屋で待ち構えていたのはソルとヴィーナス、それに黒の党のブラヴォドまで居る。ソルとヴィーナスは近衛と侍女という立場だが、ブラヴォドは本来は奥に入ることを許される立場ではない。忍び込んで来たのだ。
ただこれはアーノルド王太子も承知の事なので、奥までくれば逆に姿を見られても咎められる心配はない。
「どうでしたか?」
真っ先に声を掛けてきたのはソルだ。ウィンヒール侯爵夫妻と面会してきた事は、当然知っている。
「お父様とお母様にフラウの事が知られたわ」
「話されたのですか?」
「フラウはお兄さまに似ていたみたい。お母様は一目見て、それに気付いたの」
「そうでしたか。問題が起こる事は?」
「ないわ。お父様には引退を勧めたわ。考えると言ってくれたから、お父様自身の野心は強くないと思うわ」
絶対とは言い切れない。だがウィンヒール侯爵のフラウを見る目は、純粋に孫の存在を喜ぶ祖父の目だったとエアリエルは信じている。
「……もしかして、知っているのでしょうか?」
「それはお母様の手前、聞けなかったわ。でも少なくともエルウィンの野心には気付いているのではないかしら?」
「それを分かっていてですか。しかし引退を勧めて宜しいのでしょうか? ウィンヒール侯爵が引退すれば、押さえは効かなくなります」
「その押さえを邪魔と感じれば、エルウィンは排除に動くわ。血の繋がりがない事を知っていようといまいと。そういう男なのよ」
ウィンヒール侯爵に引退を勧めたのは、これが理由だ。実権のかなりの部分を譲られたとはいえ全てではない。エルウィンが行動を起こすにはウィンヒール侯爵は邪魔なのだ。
そしてウィンヒール侯爵を邪魔に思っている者はエルウィン以外にも居る。エルウィンの実の父であるウスタイン子爵だ。こちらの方が、エルウィン以上にウィンヒール侯爵に消えてほしいと思っているはずだ。そうなればエルウィンに真実を教えて、ウィンヒール侯家の実権を自分が握れると思っているだろう。
「アクスミア侯家はどうでしたか?」
ソルは問いをブラヴォドに向けた。ブラヴォドはアクスミア侯家の様子を探ってきたところなのだ。
「合流はない。ただ従属貴族の流れは止まらない」
アクスミア侯爵がランスロットと通じている事実はない。跡継ぎを追われた時の仕打ちをランスロットはかなり根に持っている。アクスミア侯爵が望んでもランスロット側が許さないのだ。
従属貴族の流れは、アクスミア侯爵の意向を受けてのものではないのだ。銃火器という新兵器の存在が大きいがそれだけが理由ではなかった。
「ただの愚かな娘だと思っておりましたが」
「あの女は馬鹿ではないわ。ただリオンの方が上手なだけよ。まして調略はあの女の得意技だから。攻略というべきかしら?」
マリアは密かに従属貴族の取り込みを進めていた。エアリエルの言葉は嫌味であって、攻略とは違う。もうゲームは終わっているのだ。それでも絶世の美女であるマリアに、色仕掛けも絡めて誘いを掛けられると、流される者も出てくる。もちろんそれだけでなく、脅しや、それとは逆に成功した場合の厚遇を約束するなど、様々な手を使っている。
その上で、まずは自分たちだけで戦い、アクスミア侯爵軍を破ったところで、裏で通じていた従属貴族に寝返らせたのだ。当然、他家への説得工作をやらせた上で。
そうやって作られた寝返りの勢いが、他の従属貴族家にもランスロット有利の錯覚を起させた。それでまた寝返りが増え、もうどうにも止まらなくなる。これが現状だ。
策そのものはマリアが考えたものではない。それに長けた者がマリアの側には居る。それこそ学院時代の攻略対象だ。
「アクスミア侯家のほとんど。それにウィンヒール侯家も背きますか。それでもファティラース侯家が王家に付けば、数ではやや劣るものの、戦力としては王家が優る事になります」
王国騎士兵団は国内最強の軍隊だ。少なくとも、これまでの戦い方では。元は近衛騎士として王国に忠誠を向けていたソルとしては、そうであって欲しいという思いがある。
「ファティラースが最後まで王家に付くかしら?」
ソルの説明にエアリエルが疑念を挟んできた。
「ファティラースも背くと?」
「ファティラース侯爵は自家の為には娘を平気で犠牲にする。これはシャルロット本人が言っている事だわ。そのファティラース侯爵が、独立の絶好の機会を娘が人質に取られたくらいで手放すかしら?」
「……独立ですか」
ソルは今ひとつ、エアリエルの説明を理解出来ていない。政治向きの事に不勉強過ぎるのだ。
「ランスロットとエルウィンの間に密約があるとして、その条件は何かしら? 友情なんて言わないでね? あの二人の間にそんなものがあると私は思わないわ」
「それが独立。それぞれが国を起こすというのですか?」
「そう。王家という要(かなめ)が無くなれば三侯家はバラバラになるしかない。今回の件はその要(かなめ)を自ら取り除きに出たのよ」
グランフラム王国を倒す。この途方も無い目的を実現する方法をリオンは考えていた。エアリエルがソルに説明した内容は、その中でリオンが思ったことだ。
グランフラム王国全体を相手にする必要はない。王家が無くなれば三侯家は従う相手がいなくなって対立する事になる。三者が互いに相手を同列だと思っているのだ。どれか一つが上に立つことなど許すはずがない。
ただ王家をどう倒すのかが問題で、この先の方策は中々浮かばなかったのだが。
「三つの国ですか」
さすがに三侯家が一斉に背けば、王家に勝ち目はないとソルも考えている。
「四つかもしれないわ」
エアリエルは王家が生き残る可能性も考えている。グランフラム王国という形さえ崩れれば、三侯爵は王を称するだろう。グランフラム王家を滅ぼず事に拘るとは思えない。その先には再統一の戦いが待っているのだ。無駄に自軍を損耗する戦いを行うのは愚かな事だ。
この推測には前提条件がある。三侯家の戦力が同等、そうでなくても単独では二侯家とは戦えないという前提だ。ただ、これはエアリエルたちにとっては、実はどうでも良い事だ。
「そうだとしても王都は落ちることになります」
これがグランフラム王国が崩壊したとされる最低条件だ。ランスロットか、他の二侯か、それとも共同でかは分からないが、王都に攻め込んでくる事はかなりの確率で予想される。
「そうね。逃げるには絶好の機会が出来るわ」
王国に殉じるつもりなど、エアリエルには毛頭ない。逆に王国から解放される絶好の機会と捉えている。非情なようだが、王国が城に閉じ込め続けるつもりなら、それはもう敵対行為だ。敵に情けをかけるエアリエルではない。
かくして、今話している推測も王国の耳には入らない。
国王もアーノルド王太子も分かっていないのだ。常にリオンの側に居て、その考えを聞いていたエアリエルこそが、最も優れたリオンの教え子だという事を。
それ以前に、エアリエルはリオンが公的な面でも認める優秀なパートナーであるという事実を。