ウェヌス王都。王城の大広間では今まさにアシュラム王国への侵攻が決定されようとしていた。居並ぶ重臣を前にランカスター宰相はジョシュア王に向かい合っている。
「アシュラム王国への侵攻を決定したいと思います」
「また戦争か。ゼクソンとの戦争が同盟という良い形で終わったばかりではないか。今は内政に専念する時ではないか?」
こんなことを言っても戦争が止まらないことはジョシュア国王も分かっている。アシュラムとの戦争を望んでいるのはランカスター宰相だけではないのだ。
「アシュラム王国とは交戦状態が続いております。こちらが内政に専念しようと思っても相手方がそれを許しません」
「だが、アシュラムが攻めてきたという話は聞いておらん」
「……攻められる前に攻めるのです」
ここ最近はただ了承を口にするだけだったジョシュア国王がこの件に限っては異を唱えてくる。それにランカスター宰相は苛立ちを覚えてきた。ジョシュア国王としては嫌みを口にした甲斐があったというものだ。だからといって喜ぶことは何もないが。
「軍は平気なのか? ゼクソンとの戦争の傷は癒えていないのではないか?」
「ゼクソン王国からの捕虜の帰還は完了しております。増員は三千名近くになり問題はありません」
「減った者が戻っただけであろう?」
「それは傷が癒えたということです」
「その戻った兵をまた戦争に出すのか? 我は可哀想に思うな」
無駄だと分かっていても抵抗の姿勢を見せる。ジョシュア国王が今出来ることはこれだけだ。いつか周囲がランカスター宰相に対抗するだけの力、はなくても気概はあると認めてくれるまで。
「それが兵の仕事です。それに侵攻は勇者軍が主力、戻った兵は後詰めの軍に回るだけです」
「またケンの軍か。それは心強いがケンのところも連戦だな。兵たちは平気か?」
「連戦と言っても、実際に戦っているわけではありません」
「何だよ、その言い方は!」
ランカスター宰相のその言葉にすかさず健太郎が文句を言ってくる。健太郎が対立しているのは騎士団だけではない。ランカスター宰相の場合は対立というよりも、何度も叱責を受けたことで健太郎が一方的に嫌っているだけだが。
弟とは仲良くしていて兄とは仲が悪い。おかしな話なのだが、健太郎はこの世界の貴族家というものを理解していない。個人の感情よりも自家を優先するということを知らないのだ。
「……事実を言っているまで」
「アシュラムとは戦って勝った」
「牽制に出てきたアシュラム軍を追い返しただけだ。あれを戦争とは言わない」
「戦ったことは確かだ」
「騎士団や国軍の戦いと比べられる内容ではない」
激戦といえるだけの戦いを健太郎の軍は経験していない。そうであるから被害が少なくて済んでいるのだが、次のアシュラム王国との戦いではそうであっては困るのだ。
「負けるよりはマシだ」
「何だと!」
健太郎の余計な一言が今度はスタンレー元帥を刺激する。いつものことだ。
「元帥、落ち着いてくれ。今はこれからの侵攻の話をしている。過去のことではない」
「そうであれば大将軍の口を塞いでもらいたいものだ」
「何だ!」
「うるさい! 今は大事な会議の最中だ。くだらないことに時間を取るな!」
「……分かったよ」
散々文句を言っていても怒鳴られると萎んでしまう。これもいつものことだ。
「陛下、勇者軍がいつでも戦える状態であることは確かです。問題ありません」
「そうか。では国庫は平気なのか?」
「国庫ですか……」
ここでジョシュア国王が国庫の心配を持ち出してくるとはランカスター宰相は思っていなかった。あまり触れられたくない点を突かれた動揺をランカスター宰相は隠しきれていない。
「出費続きだ。ゼクソン侵攻の軍費、捕虜の返還金。それ以外にも戦後の補充などで、相当な費用が掛かったはずだ」
「確かにそうですが、その程度は問題ありません」
「我はアシュラムとの戦争について聞いておる。侵攻に係る軍費は?」
「確保しております」
「それはどれだけの期間戦えるものなのだ?」
「期間……」
ジョシュア国王の問いはまたランカスター宰相を動揺させてみせた。戦争に絶対などない。勝利さえ定かでない状況でどれだけの期間がかかるなど答えられない。
「おお、そうか。そもそも侵攻の目的を我は聞いていないな。どこまで攻めるのだ? 国境の城砦を落とすのか? それとも更に先の領土を奪うのか?」
「アシュラム王国の占領です」
「何と!? そこまでか?」
「はい。この機に一気にけりをつけます」
アシュラム王国の攻略に手間取ってはいられない。ランカスター侯爵家の野心はまだ先にあるのだ。
「……何年掛かるものなのだ?」
「何年も掛かりません」
「宰相、我は物知らずだがさすがにそれはないと思うぞ。国境の砦を落とすにもそれなりの期間は掛かるだろう。領土内に入ってからも、ほぼ同数での戦いであれば、すぐに決着がつくとは思えん」
「そこは戦い方です。それに勇者が率いるので同数の戦いとは思えない戦い方をするでしょう」
ジョシュア国王を納得させる為と、仕方なくランカスター宰相は健太郎を持ち上げている。
「当然だな。僕も色々考えている。楽勝だよ」
その持ち上げに健太郎は乗っかってきた。
「ということです」
健太郎が大言壮語を吐こうとそれはランカスター宰相の責任ではない。
「我が国の王都は他国が落とすのにどれくらいかかる?」
「陛下?」
「分からないので教えて欲しいのだ」
「王都は落ちません」
「ではアシュラムの王都も落ちんな」
そんなはずはない。ランカスター宰相は王都が落ちるなどという縁起でもない言葉を口にするべきではないので、落ちないと言っただけだ。
「……同じ王都でも規模も備えも違います。必ず落ちます」
「ふむ。宰相の話は相変わらず難しいな……おお、そうだ! 我は良いことを思いついたぞ」
「それはどのような?」
良いことであるはずがない。それはランカスター宰相にも分かっている。
「ゼクソンに協力を頼めば良いではないか」
「……それは致します」
ランカスター宰相もはなからゼクソン王国に援軍を頼むつもりだ。裏切ればそれで良し。そうでなくてもアシュラム王国とゼクソン王国の間に決定的な亀裂を走らせることが出来るからだ。
「では早速、使者を出そう。作戦はその後か?」
「それを待っている時間はありません。出兵と同時にゼクソンには使者を出します」
「それでは遅くないのか?」
「ゼクソンに使者を先に出してしまえば、どこから漏れるか分かりません。ゼクソンには一度裏切られております。それを防ぐ為にもぎりぎりまで秘匿し、我が国が戦いを始めたと同時に使者を送ります」
援軍を頼むのはゼクソン王国を追い込む為であって、実際に兵を出してもらう必要はない。出兵を伝えるのは出来るだけ遅くしたいところだ。
「なるほど。だが、それではゼクソンは疑われていると思うだろうな」
「ゼクソンが我が国の立場でも同じことを致します。それ程、問題ではありません」
「そういうものなのか。ではもう一つ」
「……何でしょう?」
「これで負けたら我が国はどうなる?」
「…………」
もう一つの質問は、これまで以上にランカスター宰相を動揺させるものだった。ランカスター侯爵家にとってアシュラム王国との戦いに勝つことが最善。だが負ければ負けたでそれを利用して王家の失敗を広く喧伝し、その威信を大いに貶めるつもりだ。つまり、これが答えだ。
「ゼクソンに負け、アシュラムに負け。そうなったら大国の威信も何もないな。多額の賠償などを求められたら国庫破たんになりそうだ。それどころではないか。西のもうひとつの大国に攻め滅ぼされるかもしれん」
「……そのようなことにはなりません」
さすがにそこまでになってはランカスター侯爵家も困る。
「何故、そう言えるのだ?」
「勝つからです」
「それは分かっておる。万一の時を考えて聞いているのだ」
「……仮に負けたとしても、我が国には騎士団、国軍が残っております」
確かにその通りではあるが、その騎士団と国軍はこれまでの戦いで大いに傷ついている。それで西の大国ウェストミンシア王国との戦いに勝てるという保証はない。
「それ、僕が負ける前提じゃないか」
「その前提だ! 陛下はそれを聞いているのだ、黙れ!」
「…………」
「それ以前に国境の守りも固く、易々と侵攻を許すことはありません」
健太郎の文句を一喝して黙らせると、ランカスター宰相は説明を続ける。ウェストミンシア王国との国境を守るのは国軍の中でも精鋭の一つである西方辺境軍。ランカスター宰相の言うとおり、簡単に侵攻を許すものではない。
「国庫は?」
「それも同じことです。侵攻して負けたからと言って、全てに負けたわけではありません。賠償金など払う必要はありません」
「威信は?」
「それは……たとえ一時的に傷ついても取り戻せばよろしいのです」
「どうも釈然としないが、そういうことなのだろうな」
「はい。そもそも負けた場合など考える必要がありません」
ジョシュア国王から納得の言葉が出て、ようやくランカスター宰相も一安心。というところだったのだが。
「じゃあさ、勝った時を考えないか?」
「……大将軍は何を言っているのだ?」
健太郎の発言にまた表情が険しくなる。
「勝った時の恩賞だよ」
「それは勝った時に、その戦功に応じて決まるものだ」
「でもアシュラムを占領したら? つまり百点満点だったら」
「……何が言いたいのだ?」
あえてここで恩賞の話を持ち出してきた意味を、ランカスター宰相は尋ねた。やや不安はあったのだが、どうせ健太郎が勝手に話し出すと思ってのことだ。
「恩賞としてアシュラムを僕が貰えるのかな?」
「なっ!?」
不安的中というべきか。健太郎はとんでもないことを言い出した。同じことを策していたランカスター宰相でさえ驚いた発言。当然、周りの者は一気に怒り心頭に達している。
「貴様は何を考えている!」
「そうだ! ふざけたことを言うな!」
国を一つ丸々寄越せ。健太郎の傲岸不遜な要求に対して次々と非難の声があがる。
「静まれ! 静まらんか! 陛下の御前だぞ!」
ランカスター宰相の最後の言葉で怒鳴り声は徐々に止んでいった。凡王どころか愚王と評されるジョシュア王であっても、王という存在そのものの権威までが薄らいだわけではないのだ。
「僕、そんな変なこと言ったか?」
発言をした健太郎はことの重大さを何も分かっていなかった。
「当たり前だ。占領した領土は王国の物。つまり陛下の物だ」
「だから恩賞として頂戴って言っているのさ」
「…………」
ランカスター宰相は答えに窮してしまう。ここで完全にそれを否定しては、自家の策に影響が出る可能性があるからだ。
「昔の話だけど、敵国を攻めさせて成功したら、その国は攻め取った臣下の物になった。もちろん預かるだけだ。貴族の領地と同じ」
「確かにそうだが、はるか昔の話だな」
戦乱が治まってかなりの年月が経っている。自国の領土が増えるという経験を今この場にいる者たちは経験していないのだ。
「でも、大陸制覇ってそういうことだ」
その戦乱をウェヌス王国は始めているのだ。それを考えれば健太郎の発言はそれほどおかしなものではない。
「……王になってどうする?」
「異世界の知識を活かした国造りをしてみたい。絶対良い国になるから」
「すでに領地はある」
「街一つだ。異世界の規模はもっと大きい。それを活かすには、大きな領地じゃないと出来ない」
「……なるほど。話は分かる」
「ほら」
ランカスター宰相は肯定に転じた。周りの雰囲気を感じ取っての対応だ。気持ちが落ち着いてしまえば、自分にも領地を増やしてもらえる機会がくるかもしれないという野心が芽生えてくる。もう誰も健太郎の発言を否定しない
「だが戦功をあげる前に言う話ではない。大きな領地が欲しければ、それに見合った戦功をあげてから申し出ることだ」
「当然だね。それを僕はやってみせるよ」
「では陛下」
会議室の雰囲気は戦争一色。現実になるかも分からない恩賞に皆が思いを馳せていた。
「……もう、止まらないのであろう?」
「今が絶好の機会なのです」
「では認める。ただし我が乗り気でなかったことは記録に残しておいてくれ。我は民に恨まれたくないのでな」
「……はい」
「あっ、勝った場合はその記録は消して」
「それは出来ません。記録というのはそういうものではありません」
「そうか……」
これでアシュラム王国への侵攻が正式に決まった。ウェヌス王国は新たな戦いに挑むことになる。グレンの手の平の上での戦いに。
◆◆◆
ウェヌス王都の裏町。いつもの密会場所を訪れたアンナは、ジャスティンが連れてきた女性を見て戸惑っていた。初めて会うその女性は無遠慮にアンナをじろじろと見ている。不快さを感じているアンナだが、それに文句を言うことはしなかった。ジャスティンが申し訳なさそうな顔でいるのを見て、何か事情があるのだと考えたからだ。
「ふ~ん。我が弟ながらなかなか良い趣味しているじゃない」
「えっ……?」
ジャスティンが連れてきた女性が姉だと分かって驚くアンナ。
「姉上。挨拶が先ではないですか?」
「相変わらず真面目ね。でもそうね。初めまして。私はジャスティンの姉のシェアナよ」
「は、初めまして。私はアンナといいます」
相手がジャスティンの姉だと知ってアンナは緊張してしまっている。内心で何を期待しているのかと自分で自分を嘲笑いながら。
「今日は貴女にお願いがあってきたの」
「どのようなことでしょうか?」
「ジャスティンと結婚してくれないかしら?」
「それは……出来ません……」
高鳴る鼓動を必死に抑え込みながら、アンナはシェアナの申し出を拒否した。
「どうして? 弟は姉の私が言うのもなんだけで結構いい男だと思うわよ。性格も真面目。将来は……ちょっと分からないけどまあ何とかなるわ」
「私はジャスティン……ジャスティン様の妻になれるような身分ではありません」
「私たちの実家だってただの田舎騎士の家よ。身分なんて問題にならないわ」
「……身分だけではありません。私は……」
自分は汚れている。これを口にすることは出来なかった。愚かな未練だと分かっていてもジャスティンの家族であるシェアナに軽蔑されたくなかったのだ。
「貴女の境遇ならジャスティンから聞いているわ。馬鹿勇者の愛人でしょ?」
「えっ……」
知られていたと分かってアンナの顔が真っ青になる。
「弟を怒らないであげてね。弟は真剣に貴女を想っているの。だから貴女の気持ちをなんとしたいと私に相談してきたのよ」
「でも私は……」
少なくとも姉であるシェアナは自分のことを分かっていて、結婚を認めてくれている。それは凄く嬉しいことだが、だからといって結婚を受け入れる気にはなれない。愛人であった過去は消えない。それはいつか問題になる日が来るはずだとアンナは思っている。
「貴女はどうして勇者の愛人になんてなったのかしら?」
「……借金があって……それで……」
「その借金は?」
「全部返しました」
返済は終わっている。そして借金の元である父親も。グレンはアンナとの約束を守っていた。
「でもまだ愛人をしている。それは何故?」
「……それは」
「グレンに頼まれたのは知っているわ。私が聞きたいのはどうしてグレンの頼みを聞いているかってこと」
「……レン兄のことを?」
アンナはグレンの名を口にしたシェアナにどこか馴れ馴れしさを感じた。
「ええ。知っているわ。彼のことが好きなの? 好きなグレンの頼みだから辛い境遇にも耐えているってこと?」
「……いえ。レン兄にはお世話になっていて。その恩返しというか……」
「それは本当? 本当にグレンには恋愛感情はないの?」
「はい。本当です」
アンナが好きな人はグレンではない。そうであれば今こうして苦しんでいない。
「それは良かった。彼が相手じゃあ勝ち目はないと思ったけど、そうでなければ私の弟はお薦めよ」
「ですから私は……金で体を売るような女なのです。そんな私がジャスティン様の妻になんてなれません」
「そんなの平気よ。貴女にはお金という目的があった。それに比べて私なんて快楽の為だけに男に抱かれていたのよ?」
「……はい?」
まさかのシェアナのぶっちゃけ話にアンナは自分の耳を疑った。
「今は違うわよ。ちゃんと夫一筋だから。でも結婚前はね。何人もの、それも名前も知らない男とも寝たわ。そんな中でグレンは最高だったわね」
「……レ、レン兄ともですか?」
「そうよ。彼だけは特別だったわ。私は自分よりも年下の彼に夢中になってしまったの。彼は凄いの。彼を知ってしまってからは他の男になんて一切興味が湧かなくなったわ」
「…………」
何の話か分からないアンナではない。その顔は真っ赤に染まっている。
「興味本位で試さないほうが良いわよ」
「た、試しません!」
「それが良いわ。忘れるのが大変だから……これは嘘ね。私は忘れていないわ。グレンとのことだけじゃなくて他の男とのことも。私が最低な女であった時のことは忘れられないの」
「……そうですか」
「でも幸せなの」
「えっ?」
「冴えないけど優しい夫に巡り会えて、平凡で穏やかな生活だけどそれがとても嬉しくて。私は幸せなの。だから大丈夫。貴女もきっと幸せになれるわ」
「……私も幸せに?」
女性としての幸福など諦めていた。手を伸ばせばそれに届くかもしれない。そうであっても手を伸ばす勇気がなかった。一度得た幸せを失うのが怖かったから。
「そうよ。生きていくのだから苦労はあると思うわ。でも好きな人と一緒であればきっと乗り越えられる。私の弟のジャスティンは貴女とであればそれが出来ると言っているの」
「…………」
シェアナの言葉がアンナの胸に染みていく。それはアンナの胸に広がる闇に小さな明かりを灯すものだ。
「後悔を引き摺ることはあるかもしれない。でもジャスティンはそんな貴女を慰めることが出来る優しい男よ。それは貴女も分かってくれているわよね?」
「……はい」
アンナの両眼からこぼれ落ちる涙。同じ涙であってもジャスティンを想って流す涙は心を温かくする。それはずっと前からアンナは分かっていた。
「ジャスティンを信じてあげて。彼は貴女を一生愛し続けるわ。だから貴女は不安を感じることなど全くないのよ」
「……は、はい」
「アンナ。私の妹。私も貴女を愛しているわ」
アンナを抱きしめるシェアナ。その胸の中でアンナは声をあげて泣き出した。流すのはいつ以来か分からないアンナの嬉し涙がシェアナの胸を濡らしている。だがこれでは誰のプロポーズか分からない状況だ。
「……ジャスティン。いつまで私にこの役をやらせておくつもり?」
「あっ、えっ、どうすれば?」
「どうすれば? ああ、情けない。我が弟はまさか女性の抱き方も知らないの?」
「えっ!?」
「違うから。私の代わりに抱きしめてあげなさいって言っているのよ」
「あっ、はい」
抱き合う二人に近づくジャスティン。シェアナはそっとアンナを自分から離すと、周り右をさせてジャスティンと向き合わせる。これからの展開を知っている二人。どちらの顔も真っ赤だ。
「あ、あの、もう一度言う」
「あっ、はい」
「アンナ。俺には君が必要だ。俺と結婚してほしい」
ジャスティンが選んだプロポーズの言葉は「君を幸せにする」ではなく「君が必要だ」だった。
「……はい。こんな私で良ければ」
「君じゃなければ駄目なんだ」
「ジャスティン……」
「アンナ……」
さきほどまでの羞恥はどこにいったのか。シェアナが横で見ていることも忘れて、きつく抱きしめ合うジャスティンとアンナ。ゆっくりと二人の唇が近づき、そして重なった。
そんな二人をシェアナは嬉しそうに見つめている。辛い思いをしたアンナだからこそ、シェアナは心から二人の幸せを心から願えるのだ。グレンと関わりの深い二人に平穏な日々が訪れることはあるのかと思いながらも。