王太子の婚姻は、当人たちの同意だけで決められるものではない。これは、偽装でなくても同じだ。そもそも、王族や貴族の結婚に、本人たちの意思など関係ないのだ。
シャルロットとの結婚について、アーノルド王太子が了承とまではいかないまでも、前向きに考え始めたところで、検討の舞台は王都に移ることになった。結局は国王がどう考えるかが全てなのだ。
だがこれは、慎重に物事を進めるという点では大失敗だった。王都に居るのは国王だけではない。王妃も居るのだ。リオンの死を知って、錯乱状態になっていた王妃が。
その王妃の心が、孫の存在という光を捕らえて離さなくなった。何があろうと自分が育てると言い出したのだ。シャルロットはこれ以上ない味方を手に入れた。あくまでも、リオンの子供を守るという点に関してだけだ。アーノルド王太子の嫁としての、王妃との関係は異なるものになるのだが、この時点ではこれは障害にならない。
まず、エアリエルを王宮で引き取る事が決められ、その手配がすぐに進められた。当面の名目は、戦いで夫を亡くしたエアリエルを慰めるというもの。リオンの素性を知っている者たちにすれば、別におかしな話ではない。悲しみに暮れる母と妻が、傷が癒えるまで、互いを支え合うなどあり得る話だ。
ただ、実際にエアリエルが王宮に入るには結構な時間を必要とした。いざとなると、色々と調整する事があったからだ。
まずはエアリエルの面倒を見る者。バンドゥの代表者として意見を述べたソルは、近衛侍女を同行させる事を強く望んだ。エアリエルを第一に考えている彼女たち以上に信頼出来る者たちは居ないからだ。
王国側もそれを拒んだ訳ではない。守秘という点では望ましい形だ。だが、いきなり何十人もの侍女を受け入れる為の調整が困難を極めたのだ。
中でも、エアリエルと他の侍女とを隔てる為に、近衛侍女を王妃直轄組織にするという事に関しては、奥のまとめ役である侍従長や侍女頭の抵抗が凄まじかった。利権を求めての反対ではなく、奥の伝統と秩序を守る為という、王家に忠実で、実に仕事熱心な理由からなので、逆に説得が難しかった。
結局、説得の材料に使ったのは、近衛侍女たちは王太子の奥の面倒を見る者たちで、それは王妃や国王の側室に仕える侍女たちとは管理を分けるべきだという口実だった。
これでアーノルド王太子が、近いうちに妃を迎えるという事が既成事実になってしまった。何気に王妃の策略を、事情を知る者たちは疑っている。
次に奥の改装。奥の造りもより独立性を高める為に改装が行われた。これもそれなりの工事期間を必要とした。結果、エアリエルが奥に入った後も、工事は続いていたくらいだ。
当然、そこまで工期が掛かるには事情がある。ただ、区画を仕切るだけでなく、防諜の為の様々な対策が改めて施されたのだ。しかも、黒の党のブラヴォドに、その効果を確かめさせるというやり方で。それを知った国王が、他の場所も改修を命じるくらいの徹底ぶりだ。
こうしている間に、世間に又、アーノルド王太子の悪評が広まる。リオンを目障りに感じていたアーノルド王太子が、わざとバンドゥを見殺しにしたというものだ。吟遊詩人の歌の中の悪役王子ならありそうな話だが、現実にはあり得ない。
だが、事実であろうとなかろうと噂が広まってしまった事で、リオンが王族であると公式に認める機会が失われた。これでリオンが実は第二王子だったなんて話が広まれば、アーノルド王太子の悪い噂に真実味が加わってしまう。これを王国上層部は恐れた。
物事がシャルロットの考える方向に進んでいく。だが、一番、揉めたのはシャルロット自身の事だった。
アーノルド王太子とシャルロットの結婚には多くの障壁がある。その最大の障壁の一つが、シャルロットの実家であるファティラース侯家だった。
アーノルド王太子との婚姻だ。本来であれば大喜びするところなのだが、シャルロットの立場は側室なのだ。侯家という王国最上級の貴族家としては納得出来るものではない。何故、正妃に出来ないのかと、強く抗議してくる事になった。
その抗議を押さえる為に使った口実は、実はすでに子供が居るという話。つまり、婚前交渉をしていたという、王太子妃には相応しくない破廉恥な醜聞だ。これにはシャルロット自身の策略が疑われている。これでもう、王家の方は引くに引けない状況になったのだ。
ただ、ファティラース侯家の説得はスムーズには進まなかった。自家の醜聞を嫌がったファティラース侯家側が、婚姻そのものの反対を伝えてきたのだ。アーノルド王太子との婚姻を止めさせて、子供はどうするつもりなのか、となるのだが、そこにはシャルロットが考えたくもない暗い考えが、ファティラース侯家にはある。
結局、シャルロットが実家のその考えにブチ切れて、縁を切ると言い出した事で、ファティラース侯家側が折れる事になった。縁を切られても、シャルロットの醜聞は、ファティラース侯家の醜聞として広まる。そうであれば、縁を繋げたまま、アーノルド王太子の側室にした方が良いという打算からだ。
ただ、この感情のしこりは、シャルロットと実家の双方にずっと残る事になる。婚姻関係を結んだが、王家とファティラース侯家の関係は、却って溝を作る結果となってしまっていた。
そういう点で言えば、王家と別の侯家との間にも感情的なしこりが生まれている。ウィンヒール侯家だ。ウィンヒール侯爵本人と言ったほうが正確だ。
リオンを失ったエアリエルを、当たり前だが、ウィンヒール侯爵は手元に引き取ろうとした。王家に忠実であるウィンヒール侯爵ではあるが、さすがにもう、これを要求しても良いと考えるようになっている。
それは当然だろう。ヴィンセントとエアリエルの冤罪は既に多くが認めるところだ。
その上、エアリエルの夫であるリオンは王族であり、それを抜きにしても、王国の長い歴史の中でも、滅多にないほどの貢献を王国に対して果たしている。エアリエルも、そのリオンの功績の一部を担っている。
ウィンヒール侯家への復帰を願って何が悪い、とウィンヒール侯爵だって思う。
だが、王家はそれを認めようとしない。それどころかエアリエルに会うことさえ許してもらえない。これによってウィンヒール侯爵は、これまでの盲目的な忠誠を捨て、王家への不審を持つようになった。王家側の失態だ。
早い段階で、ウィンヒール侯爵とエアリエルを会わせるべきだったのだ。それをグズグズと躊躇っているから、エアリエルのお腹が目立つようになり、会わせる事が出来なくなった。それ以前に、ウィンヒール侯爵を信じるべきだった。ウィンヒール侯爵であれば、エアリエルに子供が居る事を知っても野心など抱かなかった。それが王国の為だと思えば、協力さえしただろう。
結局、王家はヴィンセントの時と同じ過ちを繰り返している。信じる者と疑う者を正しく見極められないという過ちだ。
この王家とウィンヒール侯爵との確執は、エルウィンにとって幸運だった。魔人との戦いで何ら目立った戦功をあげられなかったエルウィンだったのだが、リオンが王子であった事で、嫡子の座は安泰となっていた。そこに更に、この一件がエルウィンの立場を盤石のものにする。
王家への忠誠心を失ったウィンヒール侯爵が何をしたかというと、何もしない事にしたのだ。王家の為にはもう働かない。つまり、事実上の引退だ。もちろん、影響力は残している。エルウィンに全てを任せては、他の侯家に侮られ、自家の衰退を招く可能性さえある。それにエアリエルの事も諦めた訳ではない。いくつかの重要な事項は変わらず自分が見て、それ以外をエルウィンに任せるという二元政治だ。
それでもエルウィンにとって、大きな前進。ウィンヒール侯家内で、かなりの権限を握った事になった。もっとも、エルウィンにとって、本当に幸運なのかは分からない。ウィンヒール侯爵の影響力が弱まれば、代わりに台頭してくる者が現れる。エルウィンにそれを押さえ切れるかは怪しいものだ。
だが、それはまだ先の話。今のエルウィンは素直に自分の幸運を喜んでいた。
そして、エルウィンと対照的なのがランスロットだ。ランスロットはアクスミア侯家の中で、完全に失脚してしまった。ヴィンセントの件で大きな失態を犯したランスロットが嫡子の座に居る事を許されていたのは、武の方面での能力が高く評価されていたからだ。
だが、魔人との戦いにおいて、ランスロットはその武で大きな功績をあげる事が出来なかった。全く戦功がなかった訳ではない。ただ三侯家の嫡子であるランスロットに求められる戦功は大きなものになる。あげた戦功では、汚名返上となるには足りなかったのだ。
それだけではない。ランスロットはリオンの死の責任まで負わされてしまった。
アクスミア侯家にとってリオンは自家の血を引く王族で、貴重な存在だった。もし今代で、アクスミア侯家が野心を顕にする時が来るとすれば、その時はリオンを旗印に担ごうという思惑を持っていたのだ。血筋の正当性と国民の絶大な人気、そして、王家を倒す事を躊躇わないであろう考え方。これほどの適任者はいない。
だが、そのリオンは魔人との戦いなどいう、アクスミア侯家にとっては実に下らない戦いで失われてしまった。マリアなどという胡散臭い勇者もどきの言い分を信じたせいで。
事実はわずかで、あとはほとんど言い掛かりだ。ランスロットから嫡子の座を取り上げる事をアクスミア侯家内や従属貴族に納得させる為に、様々な失態を誇張しているのだ。
アクスミア侯家を間違った方向に誘導した上に、いざ戦いにおいても、肝心の決戦の場にも居なかった愚か者。これがランスロットの最終的な評価となった。
嫡子の座を追われたランスロットに用意されたのは、アクスミア侯爵領の外れ、グランフラム王国における西部国境にある辺境地の領主の座だった。絵に描いたような左遷だ。
そして、マリアもそれに同行している。ランスロットの妻として。
魔神をリオンたちが倒した事で、王国は滅亡を免れている。では、これはハッピーエンドなのかなると、少なくとも主人公であったはずのマリアにはそうではないだろう。
マリアの目的は世界を守る事ではなく、それによって得られるはずだった王妃の座なのだ。そして、マリアは今もそれを諦めていない。プライドの高いマリアが、辺境に送られるランスロットの妻になったのは、自分の野心を実現する為の足がかりを必要としたからだ。それには、やはり自分の言う事を聞くランスロットが望ましい。
ゲームはエンディングを迎えた。すでにマリアは主人公ではない。
主人公補正などなくなったマリアだが、主人公は正義でなければならないという制約も取り払われる事にもなった。少なくともマリアの気持ちの中では。
これがグランフラム王国に新たな災厄を生み出すことになる。ゲームとは違う、新たな物語が始まるのだ。
◇◇◇
様々な不安要因を抱えながらも、物事が一旦、落ち着きを見せ始めた頃。貧民街を場違いな一行が歩いていた。侍女の格好をした女性が二人と、明らかにその二人の護衛役である男が一人の三人だ。
物珍しい来訪者に、貧民街の者達は興味津々だが、多くの者は見てみぬ振りをしている。それが貧民街のルールなのだ。
だが貧民街はかつての貧民街ではなく、街が活気づいた分、常に新しい人々が流れ込んでくるようになった。中にはまだ王都貧民街がどういう所かもロクに分かっていない馬鹿も居る。
「いやあ、お嬢ちゃんたち別嬪さんだね? どう、俺とお茶でも飲まない?」
実に命知らずな男である。ただ単に他人の技量を見抜けないだけの馬鹿とも言う。
「おごってくれるの?」
「ああ、もちろん。たっぷりと奢ってやるよ」
「へえ。何、奢っもらおうかな?」
「取り敢えず、店に入ろうか? 良い店知っているから」
男は内心で喝采を叫んでいる。これだけ楽勝なケースなど滅多にお目に掛かれるものではない。相手が乗り気である上に、二人とも、かなりの美人なのだ。
ただ問題は護衛についている男。だが、建物の中に連れ込んでしまえば何とかなると男は思っている。少々、強くても連れて行こうとしてるアジトには仲間が大勢居る。多勢に無勢だ。
「それは誰の店かしら?」
黙っていたもう一人の女性が男に尋ねる。この時点で怪しむべきなのだが、男には分からないようだ。
「それは行ってみてのお楽しみ」
「……アインはどこ?」
「アイン? ああ、アインなら、これから行く店に居る」
明らかに男はデタラメを言っている。王都貧民街で、アインを呼び捨てに出来る者は数える程しかいない。この男のようなチンピラが、その数える程の中の一人であるはずがないのだ。
「……外れだわ」
「外れ?」
「もう良いわ。邪魔だから、どこかに行って」
「な、何だと? テメエ、何だその言い方は!? 人が優しくしてりゃあ調子に乗りやがって!」
調子に乗っているのは男の方だ。周囲の目を気にして、粋がって見せているのだが、それが墓穴を掘る事になると分かっていない。
「おい! 何を騒いでいる!?」
男が大声を出した途端に路地から、強面の男が姿を現した。
王都貧民街には街の治安を守る自警団が居る。自警団といっても、下手に騒ぎを起こす雑魚よりも、余程怖い者たちだ。
「な、何って、この女」
男は最後まで説明する事が出来なかった。
「あれ? 姐さん? 姐さんじゃないですか?」
現れた男が、話の途中で目の前の女性に姐さんと呼びかけたのだ。貧民街で姐さんと呼ばれる存在は一人。エアリエルだけだ。絡んでいた男はエアリエルの事など知らないが、姐さんと呼ばれる存在がどういう立場かは知っている。自分の仕出かした事が分かって、顔を真っ青にさせていた。
「……あっ、久しぶり」
動揺している男など気にする様子もなく、エアリエルは現れた男に挨拶を返した。エアリエルも見覚えがある顔で、ノインという名だ。
「どうしたんですかい? その格好? まあ、姐さんは何を来ても素敵ですけどね」
侍女の格好のエアリエルを見て、嬉しそうに男は微笑んでいる。
「ありがとう。まだ、姐さんと呼んでくれるのね?」
エアリエルが姐さんと呼ばれるのは、親分であるリオンの妻だから。リオンが亡くなった今、親分はアインに変わっているとエアリエルは考えていた。
「当たり前じゃないですか。それで今日はどんな用で?」
「アインにお願いがあって。会えるかしら?」
「あれ? 聞いてませんか? アインの兄貴なら、大将を探しに長旅に出ましたよ」
「えっ……?」
まさかの答えに、エアリエルは驚きで固まってしまった。
「あっ、そうか。期待させて駄目だったら困るから、見つかるまで内緒にするつもりだったのかな? やべえな。俺が口を滑らせた事は内緒にしてもらえますか?」
「……ええ、良いわ。それで……リオンはどこに?」
恐る恐るリオンの名をエアリエルは出してみる。貧民街の者はリオンを大将と呼んでいたが、新しい親分を同じように呼んでいるだけかもしれないと、エアリエルは無理に考えてしまう。期待してそれが間違いだった時が怖いのだ。
「目撃情報はハシウ王国からだって聞いてます。ハシウに行っている奴が、大将と姐さんが並んで歩いているのだと思って、声を掛けたらしいのですが、人違いだったらしくて」
「……人違い」
心に浮かんだ期待はわずかな時間で消えてしまった、と思ったのだが。
「でもアインの兄貴は髪の色は、瞳の色だって変装でいくらでも変えられるはずだって」
「……つまり、それ以外は?」
「顔も背格好もそっくりだったって話です。男であれだけの美形は何人もいないと思いますからね。俺も大将だと信じてます。あっ、あまり期待させて間違いだと、あれですけど……」
「いえ。そう、リオンがハシウ王国に……」
エアリエルの視線が、隣に立っていたソルに向いた。視線を向けられたソルは、ヴィーナスに足をガンガン蹴られているのに避ける事もぜずに耐えている。このソルの様子で、エアリエルはリオンが確かに生きていると分かった。
「ありがとう。しばらくしたら、また来るわ。アインには知らないふりするから安心して」
「ああ、兄貴が戻ったら、こちらから連絡しますよ。身重の身では大変でしょ? もし王宮を出る時があったら教えてください。まあ、分かりますけどね」
「……ええ。分かったわ」
子供はお腹を見れば分かるかもしれないが、エアリエルがどこに居るかは、王国全体でもごく一部の人間しか知らない情報だ。それを手に出来る力がレジストにはある。
エアリエルがアインを訪ねたのは、この力を貸してもらう為だった。リオンとの子供の力になって欲しかった。だが、どうやら、それを頼むのはまだ早そうだ。
リオンは生きている。では何故、自分の前から消えたのかエアリエルは気になるが、そうせざるを得ない理由があったのだと考えている。リオンが自分を嫌いになるはずがないとエアリエルは信じている。
だから、自分を騙したことは許せる。許せないのは。
「ねえ、ソル。リオンと一緒に居る女は誰かしら?」
「……さ、さあ。自分には分かりません」
「そう……。仕方ないわね。良いわ、アインがきっと見つけてくれる。そうすれば女が何者か分かるわ」
ソルは明らかに嘘をついているが、エアリエルは追求するのを止めておいた。リオンが消えてからのソルの献身ぶりは、信頼に値する。そのソルが黙っているからには、それ相応の事情があるからだと考えたからだ。
「……それは、どうでしょう?」
少女が世界であると言っても、誰も信じない。ソルも未だに半信半疑なのだ。ただ、人ではない事は分かる。魔神とは違うが、少女にも隠し切れない異質さがあった。
「……アインが見つけられなければ、私が見つけるわ」
ソルの返事をエアリエルは誤解した。女の素性ではなく、見つけられないと言っていると思ったのだ。ただ、こんな誤解をしても、エアリエルがそれで諦めるはずがない。
地の果てまででも行って、それで駄目なら海を渡ってでも、リオンを探し出すつもりだ。その為には、自分も、生まれてくる子供も、強くならなければならない。力だけでなく、精神的にも。
エアリエルの顔に不敵な笑みが浮かぶ。エアリエルに生きる力が戻った証だ。側に居なくても、リオンが生きてさえ居てくれれば、それでエアリエルは生きていられる。
そんなエアリエルの様子を、物陰から見つめている者たちが居る。エアリエルが、レジストが探しているリオンは、実は王都貧民街に居た。少女の姿をした世界も一緒だ。
「……あれ、怒ってるな」
「私のせいじゃないから。もう良いでしょ? 約束は果たしたわ。さっさと旅立つわよ」
かなり不機嫌な様子だ。リオンがエアリエルを、こうして見ている事さえ、許したくないのだ。
「約束ね……」
「何? どうしてもって君が頼むから聞いてあげたのよ? 文句あるの?」
エアリエルと離れて、世界と共に過ごすにあたって、リオンは一つ条件を出した。エアリエルと子供が、少なくとも無事に生まれるまでは安全で居られるようにする、という条件だ。
「俺は、エアリエルと子供を安全な場所にって頼んだだけだ。自分の子を王族に、それも王太子の子にしてくれ、なんて言ってない」
「仕方ないじゃない。世界の一部だからって、今の私には大きな影響力はないの。人の思いをちょっと刺激して、増幅するのが精々ね」
「……つまり、今のエアリエルの状況は誰かが望んだって事か?」
「誰かは一人じゃなくて、色々な人ね。色々な人の思惑がからみ合って、物事の流れは決まるものよ」
「……なるほどな」
人の思惑を色々刺激して、世界はリオンを振り回していたのだ。それを思って、リオンの世界を見る目がきつくなる。
「何よ? こうなった理由は、私だけの責任じゃないから。馬鹿女が主人公のゲームはバッドエンドだったのよ。そういう流れなの」
世界はリオンの視線の意味を勘違いして、エアリエルと子供の事の言い訳を続けている。
「別に怒ってない」
「じゃあ、良い。もう、これ以上は何も出来ないからね? ゲームの時間は終わり。もう、ゲームの束縛も私の干渉も、世界には何の影響も与えないから」
「そうか……」
ずっとこの時を待ち望んでいたはずだった。だが、ゲームが終わっても、やっぱり、リオンは縛られたままだ。
「さあ、これからは君と私を主人公にした恋愛物語の始まりよ。楽しみねぇ」
「始まらないから……」
恋愛物語であるかは、別にして、リオンの物語はまだ続く。この先の乱世は、英雄を必要としており、リオンは紛れも無く、その英雄の代表的な一人になる人物なのだから。