月の文庫ブログ

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異伝ブルーメンリッター戦記 第104話 さすがは元メインキャラたちってところか?

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ゾンネンブルーメ公国での戦いはその激しさを増していた。ローゼンガルテン王国がこれまで以上の攻勢に出たのだ。
 エカードがそれを決断した理由は三つ。一つは増援として到着したラヴェンデル公国軍、タバートが率いる軍勢が期待していた以上に強力であったこと。遊撃部隊として魔王軍の防衛線の後方を乱すだけの力があると認めたのだ。
 さらにローゼンガルテン王国軍の増援が到着したこと。軍の再編はまだ途上であるが、完了を待っている余裕はない。編成が済んだ部隊から前線に送り込まれたのだ。
 そして最後の一つは敵である魔王軍側の変化。防衛線を構築している魔王軍の数が減っているのではないかという報告が陽動作戦を行っていたタバートからもたらされ、詳細までは掴めなかったがどうやらそれは事実のようだとローゼンガルテン王国軍の調査でも確認が取れた。
 魔王軍が最前線から軍を移動した理由は分からないが、ここは勝負に出るべきだとエカードは判断したのだ。味方の戦力が充実し、敵は逆にやや衰えた。罠である可能性を考えないでもなかったが、ここで躊躇っては永遠に防衛線を突破出来ない。そんな思いからの決断だ。
 その決断はローゼンガルテン王国にとって幸いなことに、戦況を良い方向に進めている。

「敵の防衛戦の弱点は分かった。守りを強化されないうちに攻撃を集中すべきだと思う」

 何度か攻勢をかけて探ってきた敵の防衛戦の弱点。レオポルドはそれを見つけたと確信している。

「罠である可能性は?」

 エカードは慎重だ。レオポルドを信じていないわけではない。戦いが長期化し、決着を急ぎたいという気持ちが将や兵士たちの間で強くなっている中、慎重であることが自分の役割だと思っているのだ。

「ないとはどんな状況でも言えないね。ただ罠を恐れていては敵の防衛線は崩せない。それに想定される罠は伏兵により包囲されることくらいじゃないかな?」

「わざと防衛線を突破させて、懐に入れてから包囲するという手もある」

「どちらにしても部隊を孤立させなければ問題ない。伏兵は不意を突かれなければ、逆にただの孤立した部隊だ」

 レオポルドは自分が見つけてきた弱点を攻める以外にないと考えている。手柄にしたいという気持ちはない。一日でも早く、この場所での戦いを終わらせたいのだ。

「……タバートは?」

「タバートの部隊は二、三日後でないと連絡はとれないよ。作戦に参加させたいという気持ちは分かるけど、それまで待つのは賛成しないね」

 タバートの部隊は後方攪乱などの作戦を行っている。作戦の目的を決められているだけで、あとは自由行動。伝令を送ることで居場所を掴まれてしまう危険を避ける為に、連絡を取る日、その場所もあらかじめ決められていて、それ以外の日はどこにいるか分からないのだ。

「……ブルーメンリッターだけで行うか」

「最初からそのつもり。連携の上手くいかない部隊を参加させるのは危険だと僕は思う」

 ブルーメンリッターの部隊の動きについてこられるとすれば、それはタバートの部隊のみ。足手まといとまでは言わないが、ついてこられない部隊は孤立して敵に叩かれる可能性がある。囮としては利用出来るかもしれないが、そういう作戦をエカードは実行するつもりはない。

「そうだな。敵にこちらの意図を見抜かれないように工夫する必要があるな」

 ブルーメンリッターはローゼンガルテン王国軍の最精鋭。それは魔王軍側も把握しているはず。ブルーメンリッターの動きは注視していると考えるべきだ。

「偽装すれば良い。単純だけど有効だ。接近するまで気付かれなければ良いだけだからね?」

「ではそうしよう。陽動はどうするか。わざとらしいのはあれだが、俺たちだけが動いていては偽装の意味がない」

「他にも守りが弱いと判断された場所がある。そこを攻めれば良いと思う。しかも本気でそこを落とすつもりで」

「……分かった。そうしよう」

 これで作戦の摺り合わせは終わり。翌々日の早朝からローゼンガルテン王国軍は、万全の準備を整えて魔王軍に対して決戦を挑むことになる。

 

◆◆◆

 敵の防衛線の弱点を突く。それがエカードたちブルーメンリッターの作戦だ。守りが薄くなったと思われる場所を見つけ出し、その一点に、陽動作戦は行っているが、攻撃を集中させて防衛線に穴を空ける。それが出来れば、他の防衛地点も攻めるのは容易になる。作戦としては誤っていない。正しく敵防衛線の弱点を見つけられているのであれば。
 攻撃を開始してからそう時間を必要とすることなく、エカードたちは自分たちの判断の誤りに気付くことになった。

「部隊を再編する!」

 敵の反撃の厳しさに、一旦後方に引いたエカードは部隊を再編すると言い出した。

「それに何の意味があるのかな?」

 エカードの指示に問いで返すレオポルド。ブルーメンリッターの部隊編成はきちんと考えられたもの。それを戦場でいきなり変える意味が彼には分からない。

「強力な敵に対しては、精鋭部隊を編成してあたるべきだ。そうでないと突破どころか、ただ負傷者を増やすだけで終わってしまう」

 エカードたちが攻めている敵防衛拠点を守る軍勢は、他の場所に比べて少ない。そうであるから防衛線の中でもっとも脆弱な場所だと判断したのだ。だが、その判断には質の考慮が抜けていた。この敵の拠点は、小数ではあるが精鋭が守っている場所だったのだ。
 レオポルドが愚かということではない。個々の魔人の強弱についての情報などローゼンガルテン王国は持っていないのだ。

「なるほどね。でも確実に勝てる部隊となると、そういくつも作れないよ?」

「分かっている。一人一人、確実に討ち取っていくしかない」

 その間、味方の犠牲が生まれることになる。だが、今のまま戦っていてもそれは同じ。もっと酷い状況になるとエカードは考えている。

「……そうだね。じゃあ、すぐに動こう」

「ああ……各中隊の隊長を集めて、あとは副長に任せる」

「分かった」

 各中隊を率いているのはエカードが信頼している人物。ほとんどが学院時代の側近だ。多くがゲームの戦闘パートで戦力になる人たちであるので、やり方としては正しい。主要キャラであっても、ゲームの中の登場人物に過ぎないエカードとレオポルドには分からないことであるが。

 

 ――エカードの命令を受けて、各中隊長がすぐに集まってくる。細かな打ち合わせは必要ない。ブルーメンリッターが今のように大部隊になる前は、集まったメンバーで一つの部隊として戦っていたのだ。お互いの戦い方は十分に理解している。

「……いくぞ!」

「「「おお!」」」

 気合いを入れて、前線に向かうエカードたち。彼等の気持ちは高揚している。久しぶりに、指揮官としてではなく、ただの戦士として戦えることを喜んでいるのだ。

「エカード。最前列はどうする?」

 ただ今の部隊にはかつてのブルーメンリッターとは大きく異なる点がある。ブルーメンリッターにおける最強の戦士であったユリアーナがいないことだ。
 極端にいえば、ユリアーナ以外の全員が彼女の支援役だった。彼女を無傷で魔人の目の前に送り出し、周囲はその彼女の戦いを支援しているだけで勝てたのだ。だが、その彼女はいない。

「俺とお前。あとは……中盤をマリアンネに任せよう」

 自分とレオポルドの他に誰かを加えるとすれば、それはウッドストック。だが彼も今はいない。後衛に敵が向かうのを防ぐ役目であった中盤をまとめていたウッドストック。その代役にエカードはマリアンネを指名した。本来は後衛で魔法による攻撃を担当するマリアンネを前に出す形だ。

「……分かった」

 他のメンバーも十分に高い能力を持っている。だがエカードが強く信頼していたユリアーナ、彼女の場合は信頼出来るのは戦闘能力だけだが、ウッドストック、そしてクラーラがいない。その三人がいないだけで、レオポルドも層が薄くなったように感じた。
 だからといって負けるつもりはない。エカードたちは最初の目標に向かって、前進を続けている。

「目標に攻撃を集中させろ!」

 魔法攻撃の射程に入ったところでエカードが指示を出す。一斉に放たれた魔法。それは目標としている魔人に向かって行った。

「一気に詰めるぞ!」

「ああ!」

 その魔法のあとを追いかけるように駆け出す二人。距離のある位置からの魔法では魔人を倒せないことは分かっている。それでも攻撃を指示したのは自分たちが近づく隙を作る為だ。
 当然、魔人側もただ傍観しているだけではない。配下にしている魔人たちがエカードとレオポルドの行く手を遮ってきた。
 その魔人たちに魔法が降り注ぐ。エカードとレオポルドの少しあとを駆けていたマリアンネの魔法だ。魔法の直撃を受けて、怯む魔人にエカードが襲い掛かる。レオポルドも自らの剣に炎を纏わせて、別の魔人に向かっていった。

「二人の支援を!」

 マリアンネの指示で中衛にいる騎士が四人、前に進み出る。魔人の群れを突破するには二人だけでは難しいと考えた結果だ。
 さらにマリアンネは、二人が相手している魔人とは別の敵に魔法を放つ。長く足止めされていては目標とする魔人も戦闘に参加してきてしまう。そうなればエカードとレオポルドの二人は苦しくなってしまう。

「……駄目ね……下がって! 早く!」

 戦いの様子を見て、マリアンネは一旦、後退するように二人に告げた。それを聞いて、敵と戦いながらも後退してくる二人。

「……今よ!」

 タイミングを測って指示を出すマリアンネ。前方で戦っている六人はその意味を分かっている。向かってくる魔人に背を向けて、全力で駆け出した。
 その背中を追う魔人たち。隙を見せた六人を殺そうと追いかけているが、その魔人たちの足を空から降り注ぐ魔法が止めた。後衛からの一斉攻撃だ。エカードたちが標的としている魔人よりは格下の魔人たちは、魔法の一斉攻撃を受けて、無傷ではいられなかった。怪我を負って、よろめいている魔人たち。
 そこに反転したエカードたち、少し遅れて他の中衛の騎士たちも襲い掛かった。

「レオポルド! 抜けるぞ!」

「おお!」

 その場は中衛の騎士たちに任せて、さらに前進する二人。標的としていた魔人はもう目の前だ。

「……雑魚が。調子にのりおって」

 苦々しい表情で目の前に来た二人を睨み付けている魔人。

「俺たちが雑魚かどうかは戦ってから判断するのだな」

「戦っても変わらん」

「それはどうかな?」

 魔人の前に立つエカードとレオポルド。その二人の間を、小さくはあるが強力な竜巻がすり抜けた。

「こんなもの効くか!?」

 魔法の竜巻を、腕を振るって消し飛ばす魔人。その腕に向かってレオポルドの剣が振り下ろされた。

「こっ、この野郎!」

 竜巻を一振りで消し飛ばした魔人の腕であるが、風をまとったレオポルドの魔法剣については完全に防ぎきることが出来なかった。威力だけの問題ではない。不意打ちをくらったせいだ。
 さらに剣を振るうレオポルド。だが防御態勢が整った魔人の体は、簡単には傷つけることができない。それでもレオポルドは攻撃を続けた。これもまた魔人の隙を作る為。
 レオポルドが攻める右腕とは逆の腕に、遠隔からの魔法が襲い掛かる。だがそれを魔人は握り潰すような形で防いだ。

「この卑怯者どもが! だまし討ちでしか戦えなっ……な、なんだと!?」

 魔人の目の前を一筋の光が通り過ぎる。それにわずかに遅れて、魔法を握りつぶした魔人の左手が地に落ちていった。

「……雑魚に腕を斬り落とされた気分はどうだ?」

 閃光の正体はエカード。魔法による身体強化を極限まで高め、常人では捉えきれないほどの速さで敵との間合いを詰め、一撃で敵を屠る。シンプルであるが強力な彼の必殺技だ。
 レオポルドの攻撃もマリアンネの魔法も全てエカードのこの攻撃の為。魔人の注意をエカードから逸らすのが目的だった。

「き、貴様……」

 苦痛に顔を歪めながらエカードを睨む魔人。その表情にはもう侮りはない。すでに手遅れではあるが。
 また魔法による一斉攻撃が魔人を襲う。トドメと定めて、各人が持つ最大級の魔法だ。それを跳ね返す力は今の魔人にはない。

「……ば、ばかな……こ、こんな、ところ、で……お、終わる、とは……」

 ゆっくりと仰向けに倒れていく魔人。地に倒れた魔人の頭に、レオポルドは剣を突き立てた。

「……終わった」

「いや、終わっていない。まだ一人倒しただけだ」

 レオポルドの呟きを否定するエカード。彼の言う通り、戦いは終わっていない。強力な魔人を一人、倒しただけなのだ。戦いの結果を見て、別の魔人とその配下が動き出している。すぐに次の戦いが始まるはずだ。
 
「あと何回かな?」

「少なくとも三、四回か。一斉にかかってこないのは救いだが……」

 この場所での魔王軍はいくつかの小グループに分かれており、相互に協力し合うことがない。他地点と比較して強力な魔人が揃っているとはいえ、やはり防衛線の弱点ではあるのだ。
 だが単独で向かってくる敵であっても、それが何度も続くとエカードたちは苦しくなる。魔力や体力が続く自信がなかった。

「一度、引くかい?」

 一気に防衛線の突破を図るのではなく、何度かに分けて、一グループずつ敵を倒していく。そういう選択も有りかとレオポルドは考えた。

「まだ戦える。無理をしない範囲で倒せるだけ倒そう」

 無理をするつもりはエカードにもないが、敵に時間を与えるのは避けたいという思いもある。協調性がないのは魔族の弱点ではあるが、全ての魔王軍がそうであるわけではないことをエカードは知っている。何度も統制のとれた魔族の軍勢と戦っているのだ。

「分かった。迎撃態勢を整えろ!」

 エカードの決断を受けて、レオポルドはブルーメンリッターのメンバーに敵を迎え撃つ態勢を整え直すように指示を出す。中衛の騎士たち、そしてマリアンネがエカードたちの周りに集まる。後衛も隊列を整え、いつでも詠唱を始められるよう準備に入った。
 次の戦いを目前に控えて、気持ちを高めていくメンバーたち。

「……来ない?」

 だがその戦気はまさかの魔族の行動で、萎むことになる。近づいてきていた魔人たちは攻撃の射程に入る前に反転して、駆け去って行こうとしている。

「なんだ!?」

 突然、エカードたちの耳に届いた喊声。ブルーメンリッターではないことは聞こえてくる方向で分かる。

「……あれは……ラヴェンデル公国……タバートか!?」

 遠くに見えた旗はラヴェンデル公国の軍旗。この地にいるラヴェンデル公国軍はタバートが率いる軍勢しかいないはずだ。
 実際に戦場に現れたのはタバートが率いる軍。防衛陣地の後背から奇襲を受けた魔王軍は、このまま戦うのは不利と考えて、撤退を決めた。魔王軍の判断というよりは個々の判断であるが。

「勝った……のか?」

 タバートの軍が現れることはエカードたちにとって想定外のこと。勝利の実感が湧いてこなかった。
 ただエカードたちの気持ちがどうであろうと勝ちは勝ち。ゾンネンブルーメ公国の戦いは新たな局面に進むことになる。