月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして #76 イベント:最終決戦その一

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 バンドゥに戻って、これからの事をゆっくりと考えるつもりだったリオンだが、周囲がそれを許してくれなかった。リオンが行方不明だった王子だったという噂は、あっという間に広まっていた。もちろん、あくまでも噂としてであり、広まる先も貴族たちに限っての話ではある。
 それでも、この早さは王国の機密保持能力に、リオンが疑問を感じてしまうくらいだ。ただ、この件は必ずしも王国にだけ問題がある訳ではない。それだけリオンが周囲から注目を集めており、情報を探る者が多かった事も、かなりの影響している。
 では、望む通りにリオンの驚きべき情報を入手した者たちがどうしたかと言うと。王国の上層部が懸念していた通り、盛んにリオンに対してアプローチをかけていた。
 まず最初に動いたのは、バンドゥの近隣の領主たちだ。早く動いたというよりは距離が近いおかげで、リオンにすぐに接触出来たというだけの事だ。口実も悩む必要はない。ご近所同士、仲良くしましょう程度で良いのだ。
 事はあくまでも噂に過ぎない。今はリオンとの繋がりを持つだけが多くの者たちの目的で、現れる使者の口上は、どれも実に遠回しで、どこか探るようなものばかり。それに話を合わせながら、決して王族である事を認めるような発言はしないという面倒な駆け引きを、リオンは何度も繰り広げる事になった。
 近隣からの使者の来訪が一通り終わったと思えば、次は少し遠い場所からの使者。それが何日も続いていく。使者とのやり取りだけで、時間的にも精神の疲労度でも、一日が終わってしまう日が何日もあり、じっくりとこれからの事を考える事も、領政に取り組む事も出来ずに時間だけが経っていた。
 ただ余計な事を考える暇もなかったので、精神的な立ち直りという意味では、もしかしたら良かったのかもしれない。
 最近では、ようやく落ち着きを見せてきて、日常にも少し余裕が生まれている。その空いた時間を、今まで目が届かなかったものにあてているのだが。

「……よし」

 机の上に山と積まれていた書状をリオンは整理していた。それも一通り終わったようで、書状は幾つかの箱に仕分けされて置かれている。

「何が、よし、なのかしら?」

「えっ?」

 そんなリオンにエアリエルが問い掛けてきた。

「手紙の仕分け?」

「あっ、そう」

「何だか一か所に偏っているわ。どうしてかしら?」

「……えっと」

 エアリエルの目が軽く吊り上がっている。リオンがもう何度、目にしたか分からない怒っている時の表情だ。ただ、何に怒っているのかが、リオンには分からない。

「不思議だわ。全部、女性の字なのね?」

「……見えないから」

 手紙は箱に積まれているのだ。見えても上にある二、三通くらい。全部なんて分かるはずがない。では、エアリエルが何故こんな事を言うかというと。

「だってさっき読んだもの」

 盗み見たからに決まっている。

「やっぱり……」

「だって、私が知っている女性の名前も幾つか有ったわ」

「それはそうだ。全員が学院の時の知り合いだから」

 知り合いと言っても、女子生徒やその侍女など、相手は様々だ。共通しているのは。

「その知り合いって、どこまでの知り合いかしら?」

「えっと……」

 つまり、エアリエルには話しづらい知り合いである。エアリエルの視線がまずますキツくなっている。

「だって、学院の時はあれだから。悪評を消すのに必要で」

 ヴィンセントの悪評を打ち消す為、評判を高める為の伝手として、箱一杯になるだけの女性とリオンは繋がりを持っていたという事だ。

「それは知っているわ。でも、こんなに……」

 リオンが多くの女性と親しい関係だった事実はエアリエルも知っている。リオンはその事をエアリエルに隠すような真似はしていなかった。だが、さすがに、ここまでとはエアリエルも思っていなかった。中にはまさかと思うような女子生徒の名前まであったのだ。

「こんなにって、別にあれだから。全員と別にあれだから」

「あれって何?」

「だから……とにかく、俺と少しでも繋がりがあると思う人が全員、手紙を送ってきただけだ」

「恋文ね?」

「違うって。中にはそれっぽい書き方してあるのもあったけど、それだって本気じゃない。過去の関係を持ちだして、何とか俺との繋ぎを付けたいだけだ。それも本人じゃなくて、関係者の誰かが」

 実際に送られてきた手紙のほとんどは、そういう目的だ。ほんの僅かな伝手でも利用して、リオンとの繋がりを作りたい。そう思った者の中で、学院時代に目をつけた者が、これだけ居たという事だろう。

「……それで過去の関係を持ちだして? よく書けるわ」

「そういう事が出来るくらいじゃないと、従者と関係なんて持たないから。まあ、俺は書かせる方にも呆れるな。親だとしても、夫だとしても」

「……そうね」

 過去の男女関係を持ち出してきて繋がりをつけようと考える。確かに、エアリエルには理解出来ない。エアリエルにはそんな男性はいないが、リオンが同じ事をしろと言えば、間違いなく、その頬を思いっきりひっぱたく事になるだろう。

「まあ、それだけで信用出来る人物ではないと分かる」

「じゃあ、読まなければ良いわ」

 事情が分かっても文句を言いたくなる。エアリエルが恋文と言うだけの、熱烈な内容が書かれている手紙も中にはあったのだ。エアリエルは、それがどうにも気に入らない。

「嫌でも、そうしなければならない事情がある人も居るかもしれない。その確認の為だ」

「居たの?」

「まあ。そうだろうって人は、こっちの箱」

 リオンが指差した箱には、三、四通の手紙が入っているだけ。それ以外の大多数は、リオンが信用しない人物という事になる。これは当然の結果で、三、四通選んだだけ、リオンも以前に比べて、かなり他人に優しくなったと言えるだろう。

「その相手はどうするのかしら?」

「悩み中。金で解決出来る事は、学院時代にお世話になった謝礼として考えても良いけど、それ以外がな。どうすれば良いのか分からない」

「他は何があるの?」

「離縁したいとか」

「……えっ?」

「酷い相手だけど、爵位の力関係で離縁なんて言い出せない。王家から、側室に求められたとなれば良い口実に出来るので、なんとかお願いできないかって」

「……それはどうするつもりかしら?」

 エアリエルでなくても疑うくらいに怪しい内容だ。誰が聞いても口実が逆で、リオンの側室を狙っているとしか思えない。これを疑わないのは、こういう事になると途端に鈍感になるリオンくらいだろう。

「ソルに任せる」

「はっ?」

 夫婦の事に関わるべきではないと、一言も口を聞かないで、存在感を消していたソルだったが、この不意打ちには、思わず反応してしまった。

「堂々と、爺の間者をさせてやっているのだから、これくらい役に立ってみせろ」

 バンドゥに来てからずっと、リオンがいつ誰に会ったか、ソルは命じられた通りに近衛騎士団長に情報を送っている。リオンも知っての事だ。リオンとしても、下らない事で腹を探られないで済むという利点がある。

「いや、しかし、私に何をしろと?」

「……王太子殿下の側室に推薦」

 全くのノーアイディアである事がバレバレだ。

「まだ正妃も決まっておりませんが?」

「さっさと決めろ。エアリエルを奪う為に、又、変な事を仕出かさないか、俺が心配で眠れないだろ?」

 こんな言い方が出来る程度には、リオンはアーノルド王太子の事を消化してきている。

「本当にそう思っています?」

「思ってない」

「……王太子殿下の件は冗談にしても、介入は難しいと思います。本人にとって不幸であっても、実家にとってはどうなのでしょうか?」

「利がある可能性の方が高いか」

 貴族の結婚は政治だ。好き合っての結婚なんてまずなく、会ったこともない相手と結婚する事だって珍しい事ではない。それだけでなく、力があるからといって、美人を妻に迎えられるとも限らない。正妻の座は、美醜など関係なく、あくまでも政治的な結びつきの結果で決まるのだ。
 ただ、この世界の貴族は異常なくらいに美形が多いので、大抵は並の美人か極上かの違いくらいしかない。そういう世界なのだ。

「貴族の家に生まれたのであれば、それくらいの覚悟は必要かと」

「そうだな……ちょっと不公平になるけど、仕方ないか」

「金銭の支援は本気で行うのですか?」

「まあ。こちらの都合で迷惑を掛けた人たちだから、今更だけどお詫びって感じで」

「……そうですか」

 リオンの言い方が、何となくソルには気になった。まるで、過去を清算するかのように聞こえたのだ。それが過去の恩讐を忘れるという事であれば、ソルも大歓迎だ。だがリオンにそれが出来るとは、ソルには思えなかった。
 このソルの直感は正しい。
 魔人との最終決戦がいよいよである事をリオンは知っている。その結果、マリアのエンディングがどうなるかは、リオンには分からないが、どのような形になるにせよ、それでゲームは終わりとなる。リオンが待ち続けていた時が、ついに訪れるのだ。 
 グランフラム王国、そしてアーノルド王太子に対してどうするかについては、リオンにはまだ少し迷いがある。だがマリア、そしてランスロット、エルウィンに対して、復讐を躊躇する理由は一切ない。
 行動の時が近づいている。それは過去の清算の時なのだ。

 

◆◆◆

 魔人との最終決戦。グランフラム王国に、ようやくその準備が整った。
 実際には戦準備の手間はそう大したものではなかった。時間を費やしたのは、魔人の本拠地が確かに王都周辺の、それも地下にあるという情報の裏付けを取ることだ。
 その為に、マリアの証言に基づく調査が徹底的に進められた。王都への進入路とされる場所を見つけ出し、そこから逆に魔人の本拠地を辿る調査。リオンの推測の根拠ともなった廃城の地下の調査。この二つの主要な調査以外にも、他に本拠地となり得る場所が本当にないかの分析など、とにかく様々な検討が為されてきた。
 その結果、導き出された結論は、やはり魔人の本拠地は地下に、それも廃城の地下にあるに違いない、というものだ。
 かなり調査に時間を掛けておいて、違いない、では不十分とも思えるが、これは仕方がない。確たる証拠を掴むには、後はもう本拠地であろう、その場所に乗り込むしかないのだ。それはもう調査を超えて決戦になる。
 そして、王国は決戦の開始を決断した。
 
 決戦に投入された戦力は、およさ五万。当然、これまでの魔人との戦いを超える数となっている。
 ただ、その半分以上は、王都防衛に専念する事になる。マリアの証言に基づく調査で、魔人が利用するはずだった王都への侵入口である地下道の洗い出しは終えている。だが、それで全てと信じ切る程、王国の者たちは楽観的ではない。
 万一、見逃していた地下道から魔物が王都に侵入するような事態となれば、どのような事になるか分からない。魔物の数が少なくても、住民がパニックになるだけで、それを収拾する事は容易ではないのだ。その事態を防ぐ為に、敢えて攻撃軍を超える三万近い軍勢を王都に配備する事を王国は決定していた。
 そして、残りの二万が本当の意味での決戦兵力だ。マリアやアーノルド王太子たちも、それに従うバンドゥ領軍も、この二万と一緒に行動をしている。
 軍勢が向かったのは廃城。廃城の地下に何層かの、それもかなり広い空間が存在している事は確認されていて、そのどこかが、もしくは全てが魔人の本拠地だと、王国は見込んでいる。
 いくつかの部隊に分けて、確認出来ている地下へ続く通路から、地下空間への同時侵攻を行う。それが王国の基本的な作戦だった。
 だが、事は初っぱなから、王国の思う通りには進まなかった。

「斥候からの報告はまだか!?」

 攻撃軍の総指揮官は、王国騎士兵団の副団長が務めている。その総指揮官が苛立った様子で、部下に問い質した。

「城の裏手に回った斥候がまだ戻ってきておりません」

「……これまでの状況は?」

 総指揮官は、全ての斥候が戻ってくるのを待っていられない心境だった。いよいよ廃城を臨める位置に辿り着こうかという所で、先行していた斥候が伝えてきたのは、廃城の城壁の上に魔物の姿が見えるという驚くべき報告だったのだ。
 これが事実だとすれば、地下への侵攻の前に、攻城戦が必要となる。そんな想定は、皆無だったとは言わないが、可能性としては、ほとんどないものとされていた。

「魔物の総数は未だはっきりしません。見える魔物の数は、それほど多くないという事ですが、それが事実であるのか、それとも隠れているのかの判断が遠くからでは難しく……」

「……廃城とはいえ、攻城戦か」

 総指揮官はこの時点で攻城戦を覚悟した。姿を見せた魔人側が、何もしないままに、引き上げるとは思えないからだ。
 状況としては、かなり良くない。城は守る側の方が圧倒的に有利だ。魔人側が篭っているのは、廃城なので、城そのものの防御力は決して高いものではない。防備には色々とほころびもあるだろう。だが、それでも城攻めが厄介である事に違いはない。
 何よりも厄介と総指揮官が考えているのは、魔物がどのような戦い方を見せるのか想像が付かないことだ。分かっているのは、操っている魔人は、魔物の命など何とも思わない戦い方をするという事。これは悪い予感しか与えないものだ。

「それほど、不安があるのであれば、王都側から攻める事も考えた方が良いのではないか?」

 総指揮官の不安は、アーノルド王太子にも伝わっていた。作戦の事に口出しをするべきでないと考えていたが、ここは何も言わないままで居られなかった。

「そうさせる為の罠という可能性もあります。見つかった王都への侵入路は狭いものばかりで、大軍を突入出来ません。迎え撃つ側とすれば、各個撃破には絶好の状況となります」

 廃城の地下通路への入り口も決して大きいものではない。だが、少なくとも複数箇所の同時侵攻が可能で、迎え撃つ敵の側も、戦力の分散が必要になる。
 これは作戦を決める際に、充分に検討された内容だ。

「……そうだな。だが、こちらも罠である可能性はある」

「はい。少なくとも調査をしている間は魔物が出てくる気配はなかったと報告を受けております。それがこれですから、分かっていて隠れていたのでしょう」

「それでも?」

「狭い地下道で戦うよりは余程マシです。城攻めは守る側が有利ではありますが、攻める側には、攻め口と攻め時を選べる利点があります。何も焦る必要はありません」

 先ほどまでは、自分自身がかなり焦った様子を見せていた総指揮官だったが、今はもう落ち着いているようだ。事の次第がはっきりとしてしまえば、その状況に合わせて行動するだけ。それが出来ないような者が、王国騎士兵団の副団長になど成れるはずがない。

「王都へ伝令! 敵は攻撃を察知、防衛体勢を整えて待ち構えていた。我らはこれより攻城戦に入る。その前提で必要物資の運搬を願うと」

「はっ!」

 この日、最終決戦の火蓋が落とされる事になった。
 魔人との最後の戦いは、これまでの戦いからは全く想像が付かないような長期戦になる事を、この時点では誰も分かっていない。そして、この戦いが、所詮はサブイベントに過ぎない事も。