月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第73話 明らかになった真実

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 グランフラム王城の謁見の間は、異様な雰囲気に包まれている。反乱を噂されていたリオンが、近衛騎士団長を派遣するという異例な対応の甲斐があって、ようやく召喚に応じて王都にやってきたのだ。しかも、国王と王妃が揃って謁見するという、厚遇とも受け取れる対応。二人だけではない。アーノルド王太子も、文武の高官も勢ぞろいという状況での謁見だ。どのような事態になるのか、多くの者が分からないでいた。
 そのリオンが間もなく謁見の場に現れる。これから起こる事態に多くの者たちは漠然とした不安を感じていた。そういった者たちの中で、リオンに対する強硬派と呼ばれる者たちは、国王との謁見の機会を与える事さえ、不要な事だと、苦々しい思いを抱いて、この場に立っている。その代表格である王国騎士兵団長は、国王の前だというのに、全く不満の色を隠そうともしていない。この騎士兵団長の態度が、更に周囲の不安を煽っているのだが、そんな事にもお構いなしだ。

「……来た」

 誰の者か分からない呟きが、謁見の間のあちこちから聞こえてきた。その呟きの通り、入り口にリオンが姿を現す。先導役としての近衛騎士団長も一緒だ。
 鋭い視線、恐れの視線、様々な視線がリオンに向けられているが、全くそれを気にする様子はない。もともと他人の嫌な視線には慣れているリオンだ。
 玉座に粛々と進んでいく二人。それに変化が起きたのは、いよいよ国王の間近に迫り、近衛騎士団長がその場に跪こうとした時だ。
 その一瞬の隙をついて、リオンは近衛騎士団長の腰に挿してあった剣を奪い取ると、そのまま前に進み出た。

「なっ!? 騎士兵団長! そやつを止めろっ!」

 慌てて、近衛騎士団長が大声で叫ぶ。
 これに対して、騎士兵団長は一瞬で反応してみせた。腰から抜いた剣を真上から振り下ろす騎士兵団長。唸るような風切り音が、国王に近づこうとしていたリオンの目の前を通り過ぎた。
 更に足を止めたリオンに対して、騎士兵団長の剣が横薙ぎに払われる。それを立てた剣で受け止めるリオン。刃と刃がぶつかり合う音が謁見の間に響いた。

「ついに正体を現したな! この痴れ者が!」

「どっちが痴れ者だ! 死にたくなければ、そこを退け!」

「退けと言われて、素直に退くわけがあるか!」

 リオンに向かって騎士兵団長は剣を振るう。それに剣を合わせるリオン。剣と剣を撃ちあう音が、何度も何度も響き渡った。

「……強いな」

 リオンの口から思わず驚嘆の声が漏れる。正直、リオンは騎士兵団長がここまでと思っていなかった。速さでは近衛騎士団長には劣るが、逆にそれ以外は遜色ないと思えるほどだ。

「はっ! 剣を持って何年になると思っているのだ! ボッと出の小僧に遅れを取る自分ではない!」

「自慢は自分の努力で、それを手に入れてからにしろ!」

「それはこちらの台詞だ! 魔神になど頼って、力を手に入れた貴様とは違う!」

「……しまった! 爺っ! こっちは違っ――」

 近衛騎士団長に向かって、自分の誤りを告げようとしたリオンだが、それはわずかに遅かった。最後まで言い切る前にリオンの体を貫いたのは、槍のような二本の棒。床から伸びたそれは、両脇腹から交差するようにリオンの体に突き刺さっている。
 口から真っ赤な血を吹き出しながら、ゆっくりと床に倒れていくリオン。声にならない絶叫が、謁見の間に響き渡った。
 何が起こったのか分からずに周囲の者たちが呆然とする中で、反応したのは近衛騎士団長だ。一瞬で諜報部長の懐に飛び込むと、その腹に向かって、剣を横薙ぎに振った。
 高い金属音を残して、諜報部長は大きく吹き飛び、そのまま太い柱に背中を打ちつけた。

「……この手応え。やはり、貴様、ただの人間ではないな?」

 間違いなく腹を切り裂いたはずだった。だが、手に残る感触は、人の体を斬ったそれではない。鉄の鎧か、もっと硬い何かを斬った感触だった。

「ふっ。ここまで気付いていたとはな。まあ、どうせ、リオン・フレイが考えた事だろう?」

「その通りだ」

「やはり、そうなのだ。当初から考えていた通り、我らの最大の障壁は、その男なのだ」

 魔人が視線を外した間を利用して、近衛騎士団長もリオンに視線を向ける。血だらけで倒れているリオンを王妃が懸命に治療している姿を見て、近衛騎士団長は少しホッとした。王妃も侯家の血筋を引く者であり、優秀な魔法の使い手なのだ。

「名を名乗れ。ジェイムは偽名なのだろ?」

「偽名かは微妙なところだが、今はこう名乗っている。魔将四天王の一人、鉄のゴラン」

「ええっ!? 嘘!?」

 場の雰囲気にそぐわない反応をしたのはマリアだ。魔将四天王を知っているのだろう。だが、近衛騎士団長は、今、それに構っている暇はない。まんまと炙り出せた魔人なのだ。捕らえる事が出来れば最高だが、そうでなくても確実に討ち取らなければならない。

「周囲を囲め! 逃げ道を塞ぐのだ!」

 近衛騎士団長の指示を受けて、護衛の近衛騎士たちも、自分たちの為すべきことを思い出したようだ。剣を抜いて、魔人ゴランの周囲に壁を作った。

「ふはっ! 雑魚騎士がどれだけ揃おうと無駄な事だ!」

「はっ! それはこちらの台詞! 雑魚魔人の相手は、一人で充分だ!」

 本音は、下手に手出しされたら邪魔という事なのだが、それを正直に言う必要はない。魔人に対しても、その邪魔になる味方に対しても。
 近衛騎士団長の剣が、魔人に襲いかかる。だが、その剣を魔人は自らの腕で受け止めてしまう。やはり、その感触は人の腕のそれではない。そもそも、普通の腕で剣を受け止める事など出来るはずがない。
 さらにリオンに傷を負わせたのと同じ、鉄の棒が近衛騎士団長に襲いかかる。だが近衛騎士団長は、それを剣で見事に受け止めてみせた。

「……分かってはいたが、本当に魔法なのか」

 ここは国王との謁見の間だ。対魔法対策は出来る限りの事が施されている。魔法の発動が困難な上に、たとえ発動する事が出来ても、その威力は極めて弱いものになるはずなのだ。
 だが、魔人の魔法は、リオンに大怪我を負わせるだけの威力を持っている。それが近衛騎士団長には不思議だった。

「隠す事でもないので、種明かしをしてやろう。我が魔法の属性は鉄。お前らが使う四属性の外にある。四属性の力で、いくら魔法防御を試みても、その効果はない」

「鉄属性だと? そんなもの、聞いたことがない」

「それはそうだ。我が属性は魔人デモン様の力の素の一つ。今の世界のそれとは違う。魔人デモン様の復活により、世界を為す素は入れ替わり、我らが生きるに相応しいものとなる。それが我らの悲願なのだ!」

 魔人の復活により、世界の素の入れ替えが起こる。これがどれだけ、とんでもない事か、この場に居る者できちんと理解している者はいないだろう。魔人であるゴランでも、どこまで正しく理解しているか怪しいものだ。
 世界を構成する要素が変われば、それは今の世界とは全く別物になる。人が人として居られるかさえ、分からない。それは恐らく魔人も同じはずだ。

「……とにかく、硬い。それは分かった」

「薄い鉄板であればまだしも、我が体、全てが鉄の硬さ。剣で切る事など出来ない。つまり、お前に私を倒す術はない」

「それは分からん!」

 瞬速。まさに言葉通りの速さで、近衛騎士団長の剣は振り下ろされた。魔人の肩口に食い込んだ剣は、剣で鉄を斬った証明だが、そこまでだった。
 襲いかかってきた魔人の魔法を大きく後ろに飛んで躱した近衛騎士団長の手に残っているのは、剣の柄だけ。その先は魔人の肩に残ったままだ。

「見事ではあるが、少し傷をつけた程度では痛くも痒くもない」

 剣が食い込んでいるにも関わらず、その傷口からは一滴の血も流れていない。それは魔人ゴランの言葉が真実だと人々に知らしめている。

「化物め……」

「新人類と呼べ。貴様ら旧人を滅ぼして、我ら魔人が、この世界の支配者になるのだ」

 こう告げて、ゆっくりと周囲を見渡す魔人ゴラン。そのゴランの前に進み出てくる者たちが居た。

「そんな事は私たちが許さない!」

「……雑魚が何の用だ?」

「何ですって!?」

 主人公である自分を雑魚呼ばわりされて、マリアは頭に血を上らせている。その怒りのままに、剣を振るって魔人ゴランに攻めかかる。結果は近衛騎士団長と同じだ。ゴランの腕に受け止められた。
 そこに反対側から更に別の剣。ランスロットが振るう剣だ。
 だが、これも又、ゴランの腕に止められる。

「くらえっ!」

 両腕を塞がれる形になったゴラン。その懐にアーノルド王太子が槍を構えて突撃する。その勢いをこらえきれず、ゴランは大きく後ろに吹き飛んだのだが、槍はその身に突き刺さってはいない。

「ふっ。剣を槍に変えたとて我が身を貫けるものか」

「肩に剣を食い込ませて言う台詞ではないな」

 アーノルド王太子が言葉を放っている間にも、マリアとランスロットはゴランに向かって攻撃を仕掛けている。だが、何度、剣を身に受けても、ゴランが倒れる気配はない。

「無駄だ! 貴様らの剣では我は倒せん!」

「では魔法ではどうだ?」

 アーノルド王太子がこれを言うと、ほぼ同時にゴランの体を燃え盛る炎が包んだ。アーノルド王太子の魔法ではない。国王のそれだ。無駄だと分かっていて、ゴランに攻めかかっていたのは、対魔法防御の解除をする時間を稼いでいたのだ。
 側にいるだけで、自分の身も焼かれてしまうのではないかと思うくらいの業火。いくら、その身が固くても、炎に焼かれては生きていられるはずがない、と誰もが考えたのだが。

「……さすがはグランフラム国王。大した魔法だ。だが、我が身は鉄。鉄を炎で焼くことは出来ない」

 魔法の炎が消えた後には、纏っていた衣こそ、焼かれているが、それ以外は全く弱った様子のないゴランの姿があった。
 国王の魔法さえ耐え切った魔人の強さに、周囲から呻き声が漏れる。

「確かに鉄は焼くことが出来ない! でも溶かすことは出来るわよ!」

 諦めの雰囲気が、周囲に広がる中で、マリアが声をあげた。もしかすると、この世界にきて初めての、主人公らしい振る舞いかもしれない。

「……小娘?」

「アーノルド様! エルウィン! 行くわよ!」

 マリアの声にアーノルド王太子とエルウィンは詠唱で応えた。それに更にマリアの詠唱の声が重なる。

「……炎と風の力よ! 互いの力を合わせ、新たな力を我に与えよ! フュージョン(融合)!!」

 マリアが唱えた魔法は、対魔将用の究極魔法フュージョン。魔人ゴランは、これを使う必要のある魔人、ラスボスクラスという事だ。
 ゴランの体をアーノルド王太子が放った炎が包む。ここまでは先程と一緒だが、それにエルウィンの風魔法が重なる事で、炎の色は赤から橙、そして黄色に変わっていく。

「ぐっ、ぐぬぅ」

 ゴランの口から呻き声が漏れた。ダメージを与えている証拠だ。これが勇者の力かと、マリアを見直す雰囲気が広がっていく。
 だが、しかし、その期待も虚しくゴランを包んでいた炎はその勢いを急速に失っていった。

「そんなっ!?」

 マリアの口から驚きの声があがる。それと同時に落胆の色が周囲に広がっていった。
 ただ、こんな周囲の様子に構わずに行動を起こす者たちが居た。近衛騎士団長とアーノルド王太子だ。まだ完全に炎が消えきらないうちに、ゴランに向かって、左右から剣を振り下ろした。

「……な、何だと」

 二人の剣を受けようとしたゴランだったが、近衛騎士団長の剣は、その左腕を切り落とし、さらに肩口に食い込んでいる。アーノルド王太子の剣も又、切り落とすまでには至っていないが、右腕を半ば以上、切断していた。

「なるほど。完全に溶けなくても柔らかくはなったようだ」

「お、おのれ……」

 ゴランの表情からはすっかり余裕が消え去っている。止めを刺そうと、攻めかかる近衛騎士団長とアーノルド王太子。それに対して、ゴランは躊躇うことなく、身を翻して逃げ出した。

「逃がすな! 止めを刺せ!」

 逃げようとするゴランに群がる近衛騎士。だが、床から伸びる何本もの鉄の杭がそれの邪魔をする。それでも出口を塞げばと、近衛騎士団の騎士たちが、謁見の間の扉の前に立ち塞がったのだが、ゴランは扉など関係なく、体当たりで壁をぶち破って、逃げていった。

「何と!?」

 体が異常に硬いのは分かっていたが、分厚い壁に体当たりで穴を開けるなどは、考えつかなかった。不意をつかれた近衛騎士たちは、明らかに出遅れてしまっている。
 更に先の方から衝撃音が聞こえる。ゴランが別の壁を破った音だ。

「早く追え! 逃がすでない!」

 近衛騎士団長は騎士たちに号令を掛けたが、既に、内心では逃がしてしまった事を悔やんでいた。魔人ゴランは諜報部長だったのだ。今でこそ、派手に逃げているが、その気になれば人目を避ける術も持っているはずだ。

「……騎士兵団長は?」

「それが、急に倒れて、それから意識が戻りません」

「……そうか。別室に運んで医師に見せろ。窓はなし、部屋には外から鍵をかけろ。厳重な見張りを。良いか、決して油断するなよ」

「はっ」

 魔人に騙されていたのではなく、操られていた。こんな可能性が近衛騎士団長の頭に浮かんだが、それで油断する近衛騎士団長ではない。仮にそうであったとしても、騎士兵団長が罪を犯した事には間違いはないのだ。

 


 必要な指示は行った。そうなると、気になるのはリオンの事だ。
 治癒魔法はとっくに終わっているはずだが、リオンはまだ床に倒れたままだ。かなり深く突き刺さっていたのだ。完全に傷が塞がらなかった可能性もなくはない。

「……お願い、目を覚まして。お願い」

 近づくにつれて王妃の祈るような声が聞こえてくる。かなり動揺している事が分かる。あまり良くない状況だ。

「誰か。フレイ子爵をベッドに運べ。医師の手配はまだか?」

 近衛騎士団長の指示を受けて、騎士がリオンを運ぼうとする。だが、それは少し遅かった。騎士たちが近づく前に、リオンがゆっくりと上体を起こす。

「フレイ!」

「……えっと?」

 目が覚めると、すぐ目の前に王妃の泣き顔がある。リオンは自分の状況がよく掴めないでいた。そのリオンに、いきなり王妃が抱きついてきた。

「はっ!?」

「フレイ……良かった。助からないかと思ったわ」

「……ええ、あっ、大丈夫ですので、その」

「お願い。もう私の前から居なくなったりしないで。私はもう二度と貴方を手放したくないの」

「……えっ?」

 王妃の言葉の意味。それを理解するのに、リオンは少し時間を必要とした。言葉の意味が分かっても、どうして自分がこんな事を言われるのか分からない。
 リオンはそうだが、周囲の者たちの中には、王妃の言葉の意味を正しく理解したものがいた。男女の仲になるような二人ではない。年が離れている上に、二人が接触した時間はごくごく短い時間のはずなのだ。
 その短い時間で、何故、王妃がこれほどの想いをリオンに持っているのか。頭に一つの可能性が浮かぶ。

「ソフィア。いくら、フレイ子爵が可愛いといっても、その言い方では誤解を生むな」

「……陛下」

 国王の言葉に、王妃は自分の失態に気がついた。

「身寄りのないフレイ子爵の母代わりは構わない。だが、過度の贔屓は王族として不味い。分かるな?」

「……ええ」

 懸命に事態を取り繕おうとする国王。それに王妃も話を合わせるが、このやり取りを素直に受け取る者は少ない。そして、このやり取りのせいで、リオンは王妃の言葉の意味を理解してしまった。

「……この体勢もかなり誤解を生みますね」

「フレイ……」

 寄り添う王妃の肩を押して引き離すと、リオンはそのまま立ち上がった。

「ご心配をお掛けしたようで申し訳ございません。ご覧の通り、怪我の方は大丈夫です」

「……無理をしないほうが良いわ」

「無理などしておりません。ただ、そうですね、疲れてはいますので、宿舎に戻って休もうと思います」

「お城に部屋を用意するわ。そこで休めば良い」

「いえ。そこまでのご好意を受ける理由が、私にはありません。失礼します」

「フレイ!」

 王妃の呼ぶ声を無視して、リオンはまっすぐに出口に向かって歩い行く。慣れっこになっているはずの、周囲の視線が、今はやけに気になる。
 蔑みの視線のほうが、ずっとマシだったかもしれない。今の視線は自分を苛立たせる。リオンはこう思ったが、苛立っているのは視線だけのせいではないだろう。
 知ってしまった自分の素性。それはただリオンの心に痛みを増やすだけだった。