月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第71話 収束に向けて動き出す者たち

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 リオンはグランフラム王国どころか、その周辺国においても注目の的となっている。先の戦いで、単独でメリカ王国に攻め入って、戦女神とも呼ばれているオリビア王女を捕虜にするという大功をあげた。それだけで驚きなのに、自国に戻るとすぐに反乱を疑われる状況になっている。
 この先、どういう動きを見せるのか。当事国であるグランフラムとメリカ以外の国々にとっても関心の的だ。それ次第で、大陸の情勢は大きく変わる事になるのだから。
 そのリオン本人は今、そんな重要人物とは、とても見えないようなボンヤリとした様子で、カマークの城から窓の外を眺めていた。

「高い所から下を見ていると自分が偉くなったように感じる?」

 背中からエアリエルが声を掛けてくる。

「エアリエルはそう思う?」

「子供の頃に思ったことがあるわ」

 高い所から小さな人が動き回っている様子を見ていると、まるで自分の世界の住人のように思えてしまう。エアリエルはそんな事を言っている。権力欲というよりは、子供がおもちゃを見るような感覚だ。

「そうか。俺はないな。皆、一生懸命に生きているんだなって感じて、少し嬉しくなる」

 窓の外を眺めながら、こんな事を口にするリオン。その背中にエアリエルはそっと抱きついた。リオンの答えが嬉しかったのだ。

「……どうした?」

「この気持ちを大切にして。無理に人を嫌いにならないで」

 リオンの気持ちなどエアリエルは全てお見通しだ。メリカ王国との戦いでも多くの人が死んだ。リオンはそれが自分のせいではないかと思っている。オッドアイは不吉の印、それが又、現実になったのだと。

「……俺の周りには大変な事ばかりが起こる。メリカ王国の使者が口を滑らせて、こんな事を言った。俺は、災厄の御子と呼ばれているらしい」

「リオンは多くの人を救ったわ。災厄が振りかかるとしたら、それは敵に対してだわ」

「そうだと良いけど」

「そうよ。バンドゥの人々はリオンのおかげで暮らしが楽になったと喜んでいるわ。リオンを災厄だなんて考えている人は誰もいない」

「でも、そのバンドゥまで結局、俺は巻き込んでしまった」

 今回はさすがに事態を大きくし過ぎた。失敗すれば、本当に戦争になってしまうかもしれない。そうなれば、バンドゥの今の繁栄など、すぐに無になってしまうだろう。

「まだ巻き込んだワケじゃないわ。戦いにはなっていないもの」

「でも、このままだと王国は焦れて動くかもしれない」

「それを止める方法をリオンは知っているはずね」

「……失敗すれば死ぬ。そうなれば復讐の約束が果たせない」

 今の状況をそのまま復讐に使う手はある。メリカ王国の力を借りて、グランフラム王国を滅ぼすのだ。復讐を実現出来る可能性が高い絶好の機会だが、それをすれば、本当にバンドゥの領民を巻き込む事になってしまう。
 それが出来なくて、リオンは悩んでいる。

「大切な人を守る為だわ。復讐なんて捨てれば良いの」

「それは出来ない。自分の為にも、エアリエルの為にもヴィンセント様の仇は取らないと」

「……違うの」

「何が?」

「私は兄上よりもリオンが大切なの。兄上が罪に落とされるかもしれないのに、私はリオンへの気持ちを優先したの。自分の欲求の為に兄上を犠牲にした私も、加害者なの」

 マリアへの虐めを認めた。この小さな罪が国家反逆罪に繋がる。そうなる可能性をエアリエルは分かっていた。平民の生徒たちを罪に落す為に、監察部がエアリエルとヴィンセントを利用している事に気付いていたのだ。
 エアリエルが罪を被った理由は、平民の生徒を助けようという思いだけではない。罪人になって、アーノルド王太子の婚約者でなくなれば、リオンと結ばれる事が出来るかもしれないという自分の欲もあったのだ。

「……ヴィンセント様を殺したのは俺も同じだ。だから、その償いをしなければならない」

 エアリエルの罪を知ったとしても、リオンにそれを責める事は出来ない。ヴィンセントを救えなかった事を悔やんでいながらも、その妹であるエアリエルを妻に出来た事は喜んでいる。リオンもヴィンセントの死によって自分の欲求を満たしている。

「その償いは人を救う為のものでも良いわね?」

「エアリエル」

「リオンの好きなようにして。大切な人たちを守る為であれば、命を捨てても構わない。それで復讐が出来なくなっても、私は満足だわ」

「……エアリエルには生きて欲しい」

「リオン、貴方が私の生きる世界なの。世界を失えば、私は生きられないわ。もう約束したはず。死ぬ時は一緒よ」

「……分かった」

 リオンは振り返って、正面からエアリエルを抱きしめる。そのまま、二人の顔が近づき唇が重なる――直前でリオンの動きが止まった。

「……何か用か?」

 せっかくの雰囲気を邪魔する気配に、リオンは気付いてしまった。リオンに声をかけられて、扉の陰から姿を現したのはソルだ。

「……なんでもない」

「なんだ覗きか? 悪趣味だな」

「……聞いていいか?」

 リオンの挑発に乗ることなく、ソルは静かに問いを返した。

「何を?」

「これからどうするつもりだ?」

「……多分、王都に行くことになる。爺あたりは気付くと期待していたのに、さすがに、ファンタジー脳はないみたいだ」

「ファ、ファ?」

「忘れろ。とにかく王都は真実に気付いていない。気付かないなら教えるしかない」

「王都に行けば、殺される」

「盗み聞きしてただろ? 死なんて恐れていない。エアリエルの許可も出た」

「……そうか。分かった」

 最後はあっさりとリオンの言葉を受け入れて、ソルはその場から離れた。胸が一杯で、これ以上、会話を続けられなかったのだ。
 今回の件はリオンの暴走で、明らかにやり過ぎだ。そう考えて、諫言しようとリオンを探して来たのだが、偶然、耳に入ったのは思いがけない話だった。
 人を救う為にリオンは命を捨てる覚悟をしている。これを知って、自分の愚かさをソルは思い知った。ずっと見てきたはずだったのだ。言葉では違う事を言いながらも、リオンの行動は常に人を救うためにあった事を。
 そうであるのに、リオンの真意を見誤った自分の愚かさが、ソルはどうにも我慢ならなかった。人の為に命を捨てようとしているリオンを支えられない自分が情けなかった。
 ソルはようやく自分の想いが、カシスたちの気持ちと同じだと認めた。リオンに認められたいのに、その力がない自分が悔しいのだと。

 

◆◆◆

 バンドゥから離れた王都にも、リオンに認められたいという思いを抱く者たちがいる。アーノルド王太子はその一人だ。もっとも、アーノルド王太子は、他の者とは認められたいの意味が違う。王太子であるアーノルドは、リオンに主として認められたいのだ。
 この希望が叶えられるかは、アーノルド王太子も自信がない。だが、やってみなければ出来るはずがない。その為には、今はとにかく、リオンの謀反の疑いを解くこと。その為に頑張っていた。

「速やかに軍を発するべき。この考えに変わりはありません」

「謀反の事実もないのにか? そんな事をすれば、他の貴族家も無用な疑いを王国に対して抱くことになる」

「どう考えてもフレイ子爵の謀反は疑いようがありませぬ」

「だから、証拠を示せと言っている。領地の防御を固めた形跡は全くなし。使者も受け入れている。商人だって、往来を始めたではないか? 今、謀反だと騒いでいるのは、この城の中だけだ」

「商人はメリカ王国から参っているのです。我が国の商人はバンドゥに足を踏み入れておりません」

「それは国が禁止したからだ。それについて商人たちの不満が溜まっている。儲けているのはメリカの商人ばかり。どちらがメリカ王国の味方なのだと言われているようだな」

「なんですと?」

「こんな情報も知らないのか? 我が国の諜報部は大丈夫か?」

 リオンばりの挑発の仕方で、アーノルド王太子は、諜報部長のジェイムを責め立てている。こんなやり取りはもう何度目か分からない。交戦を主張するジェイム諜報部長とそれに反対するアーノルド王太子。最近の会議の構図はずっとこうだ。
 情勢としては、徐々にアーノルド王太子が優勢になっている。一時、途絶えていたバンドゥへの人の往来が今はかなり回復している。そういった者たちからは、バンドゥの緊張は全く伝わってこない。逆に、王国は何を騒いでいたのかという疑問の声が広がっていた。
 意図して流されている情報だ。リオンも事態の収拾の為に動き出していた。情報流布、情報操作は今となっては、レジストのお家芸となっている。

「アーノルド王太子殿下」

 二人の会話に騎士兵団長が、割り込んできた。

「……何だ?」

 アーノルド王太子に緊張が走る。ここで騎士兵団長が介入してくるという事は、二人が結託している可能性を示している。アーノルド王太子が想像していた中で最悪の状況だ。

「謀反の意思がないのであれば、何故、フレイ子爵は、王都に参内して来ないのでしょう? 何故、捕虜にしたオリビア王女を匿うのでしょうか?」

「王都に来ないとは、フレイ子爵は言っていない。領政に専念する時間が欲しいと言っているだけだ」

「それを信じるというのですかな?」

「逆に聞く。何故、信じない? 本来は関わる必要のない、様々な戦いに引き出したのは事実だ。フレイ子爵は、その任務で他に比べる者のいない功績をあげている。王国への忠誠は疑いようがない」

 これに異議を唱えられる者は居ない。軍を預かる騎士兵団長であれば尚更だ。

「……オリビア王女の件はいかがです?」

「それについては俺も不思議に思って、色々と尋ねてみた。確かに捕虜にしたという者が居る一方で、そんな事実はないという兵も居る。王国騎士兵団はどうなっているのだ?」

 これは事実ではあるが、兵が嘘の証言をしているだけだ。リオンに命を救われたと恩を感じている兵の何人かが庇おうとしているのだ。
 アーノルド王太子も分かっているが、証言しているという事実は利用する事にしている。

「メリカ王国の使者が捕虜にされたと言っております。捕虜にしたのは事実であると考えるのが普通ではありませんか?」

「では、そのメリカ王国は何故、何も言ってこないのだ? それとも俺が知らないだけで水面下で交渉は進められているのか?」

 そんな事実はない。無いことが分かっていて、アーノルド王太子は口にしている。

「交渉は、バンドゥで行われているのではないですかな?」

「それはオリビア王女がバンドゥに居るという前提での推測の推測だ。俺の質問の答えにはなっていない」

 質問を受ける立場であったアーノルド王太子がいつの間にか、質問をする側に立っている。割り込んできた騎士兵団長であるが、すぐにアーノルド王太子に押し込まれる事になっている。

「……バンドゥをメリカ王国に奪われてからでは遅いのですぞ?」

「奪われない為には、フレイ子爵の忠誠を揺るがすような真似をすべきではないと思うが?」

「すでに裏切っている可能性があるのです」

「それも推測だな。結論は出ないようなので問いを変えよう。勝てるのか?」

「はっ?」

「あのリオン・フレイと戦って、絶対に勝てるという自信があるのか?」

「……何と?」

 アーノルド王太子の問いは、騎士兵団長の予想の範囲外にあったようだ。すぐに答えを口に出すことが出来ない。そこに更にアーノルド王太子は追い打ちを掛ける。

「忠告しておくが、メリカ王国からの帰還者は戦場に出さない方が良い。彼らにとって、フレイ子爵は命の恩人だ。本気で剣を向けるとは思えないし、それをさせるのは人としてどうかと思うな」

「……あの男」

 リオンが率いていた兵を手放した理由が、王国騎士兵団長には分かった。王国騎士兵団を内部から切り崩す為だ、と考えているが、これは間違い。リオンには、はなから戦う気はない。であれば信用出来ない兵を領内に置いてはおけないという全く逆の理由だ。
 騎士兵団長の怒りは別にして、周囲で聞いていた者たちの気持ちは大きく揺れていた。多くが討伐を支持する者たちだった。だが、それはリオンの力を恐れての事。勝てるのかというアーノルド王太子の問いに、気持ちの中で不安が広がってしまっていた。
 趨勢は覆った。多くの者、特に諜報部長と騎士兵団長は忘れていたのだ。アーノルド王太子の英明さを褒め称える言葉は、決してお世辞だけではなかったという事を。
 弁舌だけでこれくらいの事をしてみせる力をアーノルド王太子は元々持っている。だからと言って、事態が解決した訳ではないのだが、これはさすがに無理というものだ。

「結局は、フレイ子爵と話し合わなければならないという事ですな」

 ずっと黙って話を聞いていた近衛騎士団長が、口を開いた。

「それについては考えがある。バンドゥには俺が行く」

「「「なっ!!」」」

 アーノルド王太子の発言に周囲が色めきだった。アーノルド王太子とリオンの関係が友好には程遠い事は、誰もが知っている。今回の件は、ヴィンセントを殺された恨みからの行動だと思っている者も少なくないのだ。そういった者たちにとって、アーノルド王太子の発言は、まさに「飛んで火に入る夏の虫」だ。

「王太子殿下が自ら動く程の事態ではありませぬ。バンドゥには私が行きます」

「何?」

 今度はアーノルド王太子が驚く番だった。

「奴と話が出来て、王都を長く離れても問題ない。この中では私が一番適任ですな」

 アーノルド王太子は驚いているが、近衛騎士団長の言っている事はもっともだ。周囲の者たちの気持ちは、半ば、近衛騎士団長がバンドゥに赴くという事で決っている。

「では、近衛騎士団長。頼めるか?」

「御意」

 これも又、じっと話を聞いているだけだった、国王がここで口を開いてきた。二人の間では、初めからこうするつもりだったのだ。

「では、今日の会議はここまでだ。皆、ご苦労だった」

「「「はっ!」」」

 まだ話し合わなければならない議題はいくつかある。だが、国王が閉会と言ったからには、とりあえず会議は終わりだ。

「アーノルド。話があるから少し残れ」

「……はい」

 国王に引き止められて、アーノルド王太子はそのまま席に残る。近衛騎士団長もその場を動く様子はない。結局、他の者が退室するまで、国王は口を開こうとしなかった。三人での密談という事だ。

「どこまで分かっている?」

「……それはメリカ王国との戦いについてですか?」

「なるほど、分かっているか。一応は話してみろ」

「あの戦いにおいて、メリカ王国に情報を漏らした者が居ると考えています。そして、それは諜報部長と騎士兵団長だと思っています」

「どうしてそう思った?」

 国王に驚いた様子はない。国王も又、そう思っているという事だ。

「戦況報告書を調べたところ、虚偽の記載がありました。戦況報告書は、あの二人の連名で提出されていますので、そこで疑いを持ちました」

「ふむ。何故、戦況報告書を調べようと思ったのだ?」

「最初は、リオンの個人的な感情によって引き起こされたのかと思ったのですが、リオンはそういった事で多くの人を巻き込むような真似はしないと言う者がおりました。納得出来る話なので理由は別にあると。であれば直前の出来事。メリカ王国との戦争で何かあったとしか考えられません」

「なるほどな。ここまでは見事だな。だが」

「……問題が?」

「どうやって収めるつもりだったのだ? 事が騎士兵団長と諜報部長の二人だけで済むと思っていたわけではないだろ?」

「はい。ですが、とにかく、あの二人の処分は急ぐべきだと思います。そうすれば後は何とかなります」

「何とかって、そんないい加減な考えで二人を追求しようとしていたのか?」

「いい加減ではありません。確実な方法で、しかも実に簡単な方法を考えました」

「……言ってみろ。どういう方法だ?」

 国王の頭の中にはそんな方法はない。自分たちが思いもよらない妙案をアーノルド王太子が思い付いたのかと思って、国王は内心でかなり驚いている。

「リオンに任せます。騎士兵団も諜報部も、リオンであれば、うまく収めるのではないですか? 彼は二つの組織を動かした経験もあります」

「……確実で、簡単?」

 まさかの答えに国王は呆気に取られている。その横では、これもまた、少し驚いた顔の近衛騎士団長。ただ、近衛騎士団長のほうは、すぐに何とも嬉しそうな表情に変わった。

「リオンに任せれば確実で、任せるだけですので簡単です」

「……まさか、お前からそんな答えが聞けるとは思っていなかった」

「そうですか?」

「しかし……まあ、そうだな。結局そうなるのだ。あれと話をするしかない」

「はい」

 近衛騎士団長は、この日のうちに王都を立って、バンドゥに向かった。予め、国王との間で話を決めていたのだ。出立する準備は済んでいた。
 バンドゥ反乱という衝撃的な事態は、収束に向かって一歩踏み出す事になる。それが新たな混乱を王国に巻き起こすとは、この時点で誰も分かっていない。