月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #116 運命の巡り合わせ

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 目の前に広がる平原。そこに数千の兵が陣取っている。それを高台にある本営から眺めているレンベルク皇帝は、自然と自分の気持ちが高揚していくのを感じていた。いくつもの部族を押さえ、帝国として一つにまとめ上げたのは皇帝自身の武である。武人である皇帝にとって戦場は心躍る場所なのだ。
 レンベルク帝国軍の戦陣はゼム率いる三千が前衛、アステイユ率いる三千はその後衛に控えている。皇帝率いる二千の兵は、アステイユの軍から、さらに後方にある高台で陣を組んでいる。
 兵を率いて来たとはいえ、さすがに皇帝自身が戦いに参加するつもりはない。あくまでも高みで、戦の様子を見物するだけのつもりなのだ。そして後衛を率いるアステイユもその皇帝の陣にいる。彼の場合は全体の戦況を見て、指揮を執る為だ。それには周囲より一段高いこの場所は絶好の場所。だから皇帝の本営が置かれているのだ。

「見えました!」

 平原の先は森林地帯。その森林地帯の木々の間を縫うようにして軍勢が現れた。
 最初に現れたのは、陽の光が反射して白銀に輝く鎧を纏った兵。森林を抜けると同時に陣形を方陣に構え、そのまま前進してくる。その数は五百程。
 次に現れたのは黒い馬に乗った集団。馬と同じ黒い装束に身を固め、縦列のまま、ゆっくりと馬を進めている。

「騎馬ですか……あのまま戦うつもりでしょうか?」

「わざわざ騎乗して前に出てくるのだ。そういうことであろう」

 この世界では騎馬は伝令や移動時に使うだけで、実際の戦いで用いられることはほとんどない。魔法の存在がそれをさせないでいるのだ。馬は飛び道具にとって、大きな的であるからだ。
 次に現れたのは黒いローブの上に銀色の小手やすね当て等で防備を固めた集団。それは隊列というよりは、いくつかの小集団に分かれて前に進んでいる。
 そして最後に現れたのが、真っ黒な装束に身を固めた集団。その先頭にはただ一騎、一際大きな馬にまたがった人物がいる。

「どうやらあれです」

 アステイユはその人物がアイントラハト王国の王だと認識した。

「ふむ。さすがにここからでは良く分からんな」

「二千には届いていません。千八百というところでしょうか。ゼムの軍単体でもなんとかなりそうです」

「だと良いがな」

 アステイユの楽観を戒めるレンベルク皇帝。

「何かありますか?」

「あの武装だ。大森林の兵の多くはエルフ族と考えていた。実際そうなのであろう。エルフ族の武器はなんだと思う?」

「精霊魔法、それと弓が得意だと聞いております」

「あれが、それを武器にする兵士の姿か? それに三番目の集団。ローブをまとっていることから恐らく魔法部隊であろう。だが、あれは後方での戦いだけを意識した武装ではない」

 ローブを除けばレンベルク帝国軍の歩兵と同じような装備。それはつまり歩兵と同じような戦いも想定してのことではないかとレンベルク皇帝は考えた。

「言われてみればそうです」

「形だけであれば良い。だがあの装備が実を伴うものであれば、はたしてどんな戦い方をするのであろうな?」

「……油断は出来ませんね」

 常識外れの戦い方をしてくる可能性が高い。それを認識したアステイユも油断は消した。

「そういうことだ」

 最初に現れた集団は方陣のまま前衛に留まり、その左翼のやや下がった位置に騎馬隊が置かれる。魔法部隊は右翼。最後に現れた部隊が後衛として全体から下がった位置にいる。
陣形が整うとともに、その陣から一斉に旗があがった。それぞれの集団毎に黄、赤、緑、青の色の旗が立ちあがる。
そして後衛の中央には、銀糸に縁取られた漆黒の布地に描かれた白銀の月。

「相手の準備は整ったようだな」

「はい。始めますか?」

「ああ」

「開戦の合図を!」

 アステイユの指示で、皇帝本陣から赤い旗が振られた。これがレンベルク帝国の戦闘開始の合図。それを確認するとともに前衛から一斉に矢が放たれた。それと共に前衛から魔法詠唱の声が上がる。
 放たれた矢が放物線を描いて、敵に向かう。だがその矢は、敵に到達するどころから下降線を描こうとした瞬間に燃え上がった。

「早いな」

「まあ、戦いの定石ですから」

 最初に矢を放つのは戦場でのお約束のようなもの。相手側がそれの備えをしているのは当然のこと。アステイユの言葉はそういう意味だ。
 続けて放たれるのは攻撃魔法。四属性それぞれの色がゼムの部隊の魔法部隊から放たれた。

「突撃!」

 ゼムの号令とともに、魔法の後を追うようにして前衛部隊が突撃を仕掛けた。
 両軍の間に色とりどりの閃光が走る。そのあまりの眩しさに両軍の様子が一瞬、良く見えなくなる。

「うむ……急ぎ過ぎてないか?」

「魔法の打ち合いでは分が悪い。そう判断したのではないでしょうか?」

「……正しい判断ではあるな」

 精霊魔法を使うエルフ族は、人族に比べれば魔力が強い。一方で接近戦、そして集団戦では人族に分がある。そう考えたゼムの判断は正しい。
 実際に魔法戦では徐々にアイントラハト王国軍が押してきている。それはそうだ。レンベルク帝国軍の魔法士が詠唱を唱えている間に、その何倍もの魔法をアイントラハト王国側はほぼ無詠唱で放てるのだ。
 互角に見えるのは、攻撃魔法を放っているのがアイントラハト王国側の極一部に過ぎないからだ。それを知らず、互角でやりあっている間にゼム軍は距離を詰めて魔法を封じようとしたのだが、その突撃部隊の前に突然大きな土の壁が立ち塞がった。

「小癪な真似を。左翼から回り込め!」

 すかさず迂回を指示するゼム。それに従って壁の左側に移動したゼム軍は、数多くの魔法に一斉になぎ倒された。これまで攻撃に参加していなかった魔法部隊からの攻撃だ。

「なんと? まだ余力があったのか?」

「どうやら、そのようだな。それだけではない。敵の左翼が動いた」

 高所から見ているレンベルク皇帝とアステイユの二人には戦場全体がよく見える。レンベルク皇帝の言うとおり、左翼で隊列を組んでいた騎馬隊が一斉に前進を始めた。

「合図を! 敵左翼に注意!」

「はっ!」

 すかさず前衛への合図の旗を指示するアステイユ。

「敵中央もだ」

 いつの間にか消えていた土の壁の向こうには、すでにゼム軍と至近距離にいる中央部隊がいた。

「接近戦を向こうから挑むのか……」

「ゼムだけでは足りん。後衛を前に出せ!」

「はっ! 後衛を前進させろ! 魔法部隊はその後ろに合流!」

「はっ!」

「……いかん! 後衛に陣を固めさせろ!」

 だが、合図の旗が振られる前にレンベルク皇帝がそれを止めた。

「はい!?」

「騎馬の目標は後衛だ! 急げ!」

「はっ!」

「五百で三千に向かうか。それだけでは足りんな……副官を集めろ!」

「はっ!」

 皇帝の指示で後ろに控えていた副官が周りに集まってくる。

「各自、分担して敵部隊の動向を監視! 動きがあればすぐに声に出せ!」

「はっ!」

「面白くなってきたな」

「はあ」

 言葉の通り、レンベルク皇帝はこの状況を楽しんでいる。戦場に立つのは久しぶり。それに相手は中々の強敵のようだ。武人としての皇帝の気持ちに火が付いた。

「敵魔法士部隊の一部が前進しています!」

「ほう。そう来たか。やはり後衛に控えるだけの部隊ではないのだな。ゼムの前線に通達! 半数で敵の中央を支えろ! 残りで敵魔法部隊の迎撃!」

「はっ!」

「敵騎馬隊。後衛に接触しま……いや矢を放ちました!」

「馬上で矢だと!?」

 そういった戦い方が他でまったくないわけではない。ましてエルフ族は弓が得意とされている。そうであるのだが、エルフ族と馬の組み合わせの意外さが、レンベルク帝国側の想像力に制限をかけてしまっていた。

「そのまま離脱! ゼム隊の後方を襲うつもりのようです!」

「後衛魔法士に後方から攻めさせろ!」

「はっ!」

「色々とやってくれ……左翼は?」

「……突破されました」

「なんだと!?」

「敵騎馬隊も後衛から離脱。敵の被害は……なしです」

「……おい。どういうことだ!?」

「魔法の数が違いすぎます! 敵はこちらが一度魔法を放つ間に、その何倍もの数を打ち込んできています!」

 いちいち詠唱を唱えるレンベルクの魔法士に比べて、ほぼ無詠唱で一度に複数の魔法を発するアイントラハト王国側。火縄銃と機関銃で戦っているようなものなのだ。火力の差が違いすぎる。

「このままではゼム軍が包囲されます!」

「後衛を前進! 急がせろ! ……なるほど騎馬隊は後衛の足止めか」

 騎馬隊が接近したことで、後衛は前衛との間を詰める機会を失った。今はその広く空いた間を利用して、反転した騎馬隊がゼム軍を後方から攻めにいっている。
 そのさらに後方からレンベルク帝国軍の魔法による攻撃が行われているが、それは騎馬隊後備から放たれる魔法で、全て迎撃されていた。

「間に合うでしょうか?」

「まあ、ゼムであれば、それくらい持たせるであろう」

 だが、その期待も裏切られることになる。

「ゼム将軍が討ち取れました!」

「なんだと!?」

「間違いありません。敵軍後方に運ばれているあれは……」

 前線の先、よく見ると両足を引きずられて敵軍の本営に運ばれていく者がいる。顔形まで見えなくてもレンベルク帝国の者には分かった。あれは間違いなくゼム将軍だと。

「ゼムが負けた? こんな段階でか……」

「……ゼム軍、前線崩壊しました。後衛へのご指示を」

「……無理だな」

「はい。後衛三千では防ぎきれません。あれに勝つには三倍の備えが必要でした」

「ふむ。油断もあったが……負けたな」

「敵に停戦の通達をします」

「不要だ。相手はもう戦いを止めている」

 前線が崩壊してもアイントラハト王国側は一切の追撃を行っていない。騎馬隊も前に出ていた魔法部隊も、元の位置に戻って行っている。
 三千の部隊が崩壊。敵将も討ち取った。力を見せるのはこれで十分だろう。そう言っているようにレンベルク皇帝には見えた。

「前に出る」

「……よろしいのですか?」

「よろしいも何も、このまま話し合いもせず戦争を続けるつもりか?」

「いえ、わかりました」

 

◆◆◆

 戦場であった平原の中央に二つの旗が立っている。レンベルク皇帝旗とアイントラハト王旗だ。広い平原に置かれた二つの椅子。そこにそれぞれの国の頂点が座っている。
 年若い王と老齢の皇帝。親子以上に年は離れているのだろうが、ヒューガの方に臆する様子は全くない。もともとそんな神経は持っていないヒューガだ。

「アイントラハト国王ヒューガ・アルベリヒ・ケーニヒだ」

「レンベルク帝国皇帝ジークフリート・レンベルクだ」

「若いな。いくつになる?」

 若いとは聞いていたが、ヒューガの外見は想像していたよりも遙かに下に見える。レンベルク皇帝は内心ではかなり驚いている。

「……いくつだ? 二十才は超えている」

「自分の年も覚えてないのか?」

「ここに来てから色々と忙しかったからな。いちいち数えてない」

「……そうか。まずは見事な戦いだった。負けた側が言うのも変な話だがな」

「そうか? 初めての実戦だからな。色々と拙いところはあったと思うけど……」

 展開としては思い通りのものになった。だがそれで満足するヒューガではない。反省点を必ず見つけて、それを直す。それを繰り返すことでアイントラハト王国の軍は強くなってきたのだ。

「……初めてで、我が軍を破るか」

「色々想定外だっただろ? 手の内を知られていないこちらが有利だった。次やったらどうなるか分からない」

 完璧と思えるような形で勝利を手に出来たのは、相手の想定外の動きをアイントラハト王国軍が行ったからだ。魔法にしても騎馬にしても戦い方を知られれば、その対処方を考えられてしまうことは分かっている。

「それでも全てを晒したわけではないだろ?」

「まあ、さすがに一度に全部を見せるのはな。戦いがこれで終わりと決まっていたわけじゃない」

「後ろの部隊の戦いも見てみたかったな」

 今、ヒューガの後方に控えているのは冬樹の軍。冬の軍の面々だ。ギゼン・レットーの下でアイントラハト王国でも、もっとも厳しい鍛錬を続けている人たち。自然に発せられているその雰囲気が、武人であるレンベルク皇帝を刺激していた。

「見ないほうがいい。この軍を戦場にだすと本当の殺し合いになるからな」

「……さっきまでは殺し合いではないのか?」

「一人もとは言い切れないけど、死者の数はほとんどないはずだけど?」

「手加減したと言うのか?」

「手加減になるのかな? 協定を結ぼうという相手の兵士を殺しまくるのはまずいだろ? それに普段の鍛錬通りにやっただけだ。鍛錬でいちいち人は殺さない」

 大怪我は覚悟の上だが、命を捨てるような鍛錬はさすがに、端で見ているとそうは思えないとしても、行っていない。アイントラハト王国にとっては今回のレンベルク帝国との戦いも普段と同じように行っただけだ。

「なるほど。だが、後ろの部隊は違うと?」

「まあ。死なないでいてくれる技量がある相手ならいいけど、そうじゃないとな。まず間違いなく向かい合った相手は死ぬ。そういう鍛錬を積んだ人たちだ」

「我が軍の将では役不足だったか……」

「役不足という言い方は失礼だけど、実際に出す前に負けてしまったからな」

「ゼムを討った者は?」

「秋の軍の兵士だ。秋の軍というのは中央にいた軍な」

「ゼムは一兵卒にやられたのか?」

 レンベルク帝国が誇る八方将の一人が一兵士に負けた。それはレンベルク皇帝にとって衝撃的事実だった。ただこれは少し早とちり。

「一兵卒といっても強いぞ。一般兵なのは年が若いからだ」

「……王は年齢に関係なく抜擢する考えではないのか?」

「そうだけど、さすがにまだ子供と言って良い年齢だからな。もう少し大人になってからだ」

「王も若いだろう?」

「彼等は俺よりももっと若い……十五くらいだったかな。もう少し上になったか?」

「おい、我が国の将軍はその子供に討ち取られたのか?」

 相手は一兵士どころか子供。レンベルク皇帝は驚きを通り越して、呆れてきた。

「大丈夫。一対一じゃないから……多分な」

 実際にヒューガは戦っている様子を見ていたわけではない。ゼムをジュラ、オウガ、セップの三人で引きずって来たので、そう思ったのだ。

「……その力は何の為のものだ?」

「生き残る為だな。どうやらレンベルク帝国の人は大森林を甘く見ているようだ。今日戦ってそれが分かった」

「甘くみているとはどういうことだ?」

「あの軍で大森林を踏破しようなんて無理だ。全滅は間違いなし。せいぜい動けて外縁部だけど、それでもかなりの犠牲は覚悟しなければならない」

「……分かっていたつもりだったのだがな」

 ヒューガの言った通りだとすれば、ゼムの軍はアイントラハト王国に助けられたことになる。この巡り合わせは感謝すべきもの。そんな思いがレンベルク皇帝の頭に浮かんだ。

「外から見ているだけでは分からない。東の外縁部にいる魔獣は西や南に比べれば強い。でも、それも中央部に比べれば大人と赤ん坊くらいの差がある」

「なるほど」

「それに実戦経験が乏しいのはそちらも同じだな。将はともかく兵は随分と脆かった。将を一人失ったくらいで崩れる様では……」

「確かにそうだ」

 レンベルク帝国が内部統一で戦乱に明け暮れていたのは、皇帝がまだ若い頃。数十年昔の話だ。皇帝により統治されたレンベルク帝国は平穏を得たのだが、一方で軍は戦う機会を得られていない。同じ軍としての実戦が初めてのアイントハルト王国のほうがまだ、日々命を危険に晒して魔獣と戦っている分、個々の兵士の心は強い。

「マーセナリーは将はともかくとして兵は強い」

「ふむ。将の有能さだけでは勝てんか?」

「常に戦いを有利に進めていれば問題ない。だが劣勢の時は兵の強さってのは大きいと思う。力というより、精神の強さかな」

 戦争で一方が全滅するような戦いはまずない。その前に兵が逃亡するのだ。戦争の勝ち負けは、極論を言えば、先に兵士が負けたと思ったほうの負けだ。

「マーセナリーは攻め入ってくるか?」

「ほぼ間違いなく。それはもう分かってるだろ?」

「だが戦いが終わって間もない」

「マーセナリーにはもともと統治能力というものがない。ダクセンとの戦いでもどうやらそれは得られなかったようだ。国を富ますことが出来なければ民を、マーセナリーの場合は兵だな、兵を養っていけない。選ぶ道は限られている」

 傭兵王としても国に仕えるだけの能力を持った臣下がいない事は分かっている。それをダクセン王国に求めようとしたのだが上手く行かなかった。
 何人もの王族の下でバラバラに散ったダクセン王国の臣下たち。その王族の討伐に苛立つ中で、臣下を懐柔などする余裕が傭兵王にはなかったのだ。
 結果として文官、特に内政を任せられるだけの人材を得ることが出来なかった傭兵王は、ダクセン王国を加えた領土を経営するだけの組織がない。領土が広がった分、却ってそれは深刻になったと言っても良い。
 ダクセン王国を食いつぶす前に他国でそれを。それがヒューガの言う限られた傭兵王の選ぶ道。

「よく調べてある」

「まあ、これくらいは。何が大森林に影響するか分からないからな」

「……外に打って出るつもりはないのか?」

「まったくない。大森林を守ること。これは王として俺に課せられた使命だ。それを成すから俺は王として認められたと言ってもいい。その俺にとって外の世界は範疇外だ」

「そうか……そろそろ本題に入ろう」

 レンベルク皇帝にとっては良くも悪くもない答え。物足りない思いはあるが、今はこの件について深く話す場ではない。

「ああ、そうしてもらえると助かる」

「国交の話だったな?」

「ああ」

「交易の件だが、何を用意できる?」

「……たいていの物は。ただし、物によっては一度に渡せる量が限られる場合がある」

「その理由は?」

「外との交易に関しては、交易所がパルスとマンセルにある。だが、そこは見張られてるはずだ。日用品ならいくらでも大丈夫だが、武具の類だと余計な勘繰りをされる。それは避けたい」

 せっかく開くことが出来た交易所だ。無駄に警戒されて閉じるようなことになるのは避けたい。

「なるほど。しかしその武具も我等には必要なのだが」

「材料は用意できるか? 鉄などの材料をそちらが用意できるのであれば、製造をこちらが請け負うことも出来る」

「……他国に売れるほどなのか?」

「品質は保証できると思う。作るのはドワーフ族だからな。場合によっては特注も請け負う」

「そうか。ドワーフ族もいるのだったな」

 ドワーフ族も大森林にいることを思い出してレンベルク皇帝も納得だ。武具の製造、輸出はドワーフ族のアイオン共和国が一番。間違いなく良いものであるはずなのだ。

「それと国内で採掘できる範囲でなら材料もこちらで用意する。実際に取引する場合は、具体的な調整が必要だな」

「取引の仲介については? 仲介手数料としてどれくらいを要求するのだ?」

「……物によるな。たいていの物は流通価格そのままで卸せると思う」

「そのまま? それではそちらに利がないだろ?」

 関税がかからないのは良いことだ。だが美味い話には裏がある。素直に喜ぶわけにはいかない。

「金は大森林では必要ない、というのもあるけど、それだけじゃない。代わりにそちらから買い取る時も市場価格にしてもらいたい」

「……なるほどな」

 買い取りを行う。自国の為だけではないと皇帝は判断した。アイントラハト王国は外の世界で商売できる組織を持っているのだ。だから、流通価格で売れるし、買い取りも必要になる。

「細かい条件は担当者同士のすり合わせが必要だが、まあ大体こんな感じだ」

「確かにそうだな。交易の件はこれくらいにしよう。あとは国境の件か。線引きはどうする?」

「こちらとしては簡単なのだけどな。それをそちらが納得するかだな」

「言ってみろ」

「まず、崖になっている部分は良いな。崖の下が大森林、上はそちらの領土。但し、崖の上の一定範囲。1リーほどを中立地帯にしてほしい」

「中立地帯とは?」

「どちらのものでもあり、どちらのものでもない。そこで何かをする場合は、お互いの了承を得ること。建物を作るなんていうのが良い例だな。交易所もこの中に置く」

 アイントラハト王国に領土的野心などない。もっぱらレンベルク帝国を警戒しての非武装地帯をヒューガは考えている。

「……森林の伐採もか?」

「そうか、それがあるな。実際に伐採をしているのか?」

「そこまでは把握していない」

「伐採はかまわないが、伐採量の制限を設けてもらいたい。森林地帯が将来的に失われるのはちょっと問題だ」

「それはすでに行っているはずだ。こちらも乱獲をするつもりはない。それに元々森林資源は豊富な方なのだ」

 レンベルク帝国の領土内には山や森が多い。平地が少ないと言ったほうが正解だ。暮らしづらい場所だから、それ以上、追いやられることがなかったのだ。

「じゃあ、そのままで良い。問題は大森林の境界線としては珍しく平らな場所だな」

「ああ。そこの線引きが問題だ、こちらとしては両端にある崖を結んだ直線を境界線としてもらいたい」

「それに一リーの中立地帯?」

「もちろんだ」

「……どうかな?」

「どうした?」

 ヒューガは明らかに誰かに問い掛けている様子。だが周囲には少し離れた場所にそれぞれの護衛たちが立っているだけだ。

「あっ、こっちの話……なるほど。それで問題ない」

「……何をしていた?」

「精霊たちと相談。大森林のことは精霊たちに確認を取る必要があるからな」

「……それで、その精霊たちはなんと?」

 エルフ族の住処である大森林に精霊がいるのは当然のこと。だが実際に精霊の存在を感じたことはレンベルク皇帝には一度もない。

「一リーの中立地帯があれば境界線としては問題ない。ただし、そちらが気を付けろと」

「何に気を付けるのだ?」

「平地が伸びているにはそれなりの理由があるらしい。伸びた先も本来は大森林の一部のようだ」

「つまり?」

「魔獣の強さが違う。普段は大丈夫だと思うけど、たまに変なのが紛れ込む場合もあるだろうからって」

 大森林と他の場所では魔獣の強さが違う。大森林であるという定義も、ルナたちのとは全く異なるが、結界に似たものなのだ。

「それはご丁寧に。しかし……精霊と話せるのだな?」

「ああ。結んでいるからな」

「どんな感じなのだ?」

 何かと好奇心旺盛なレンベルク皇帝。だがこれは仕方のないことだ。精霊の存在を知れる機会など、ヒューガ以外であるとは思えないのだ。

「興味あるのか?」

「まあな。精霊などは話でしか聞いたことがない」

「そうか……じゃあ、会わせてやる。ルナ」

 ヒューガの呼びかけに応じて、銀色に輝く可愛い女の子の姿をしたルナが現れた。

(ども、なのです)

 皇帝に向かって、ペコリと頭を下げるルナ。

「……これはまた、随分と可愛らしい精霊だな?」

(可愛い? ありがとなのです)

「まだ子供なのか?」

(子供ではないのです。ルナは大人の女性なのです)

「……ふむ、この姿で大人なのか?」

「ルナとしては数年。でも精霊としては長い年月を生きている。そんな感じだな」

 これは間違い。ルナはヒューガに大人の女性として認めて欲しいのだ。認めてもらったからといっても何かが変わるわけでもないが。

「なるほど。ついでだから一つこの娘に聞いて良いか?」

「ルナが答えられることであれば」

「何故、この王と契約したのだ?」

(契約ではないのです。ヒューガとルナたちは結んだのです)

「ああ、すまん。その、結んだのだ?」

(ヒューガは精霊であるルナたちと対等な関係を築こうとしたのです。それはエルフでさえ、忘れていたこと。それ故にヒューガは全ての精霊たちに愛される存在なのです)

 ヒューガは精霊との本来の関係を取り戻した存在。エルフ族であるかないか、異世界人であるということも関係なく、その一点で精霊にとって特別な存在だ。

「なるほど。それでお主が結んだのか?」

(ルナたちはそんな精霊たちの代表者なのです。全ての精霊たちがヒューガとだけ結んでは……この先は内緒なのです)

「内緒か……それは問題が大きいのだろうな?」

 子供の姿をしていても、精霊であるルナは自分たちが知らない、この先も知ることのない多くのことを知っている。そうレンベルク皇帝は理解した。

(今はその心配は無用なのです。多くのエルフたちが精霊たちと本来の関係を取り戻したのです。それもヒューガのおかげなのです)

「ふむ。王はエルフ族だけでなく、精霊たちにとっても恩人か。たいしたものだな」

(たいしたものであって当然なのです。ヒューガは月の女神が遣わした世界を導く王なのです)

「なんと!?」

「ルナ!」

(……これは内緒なのです)

 これを言うルナの口元には笑みが浮かんでいる。内緒なんて言っているが、わざとレンベルク皇帝に伝えたのだ。

「ルナ……そこまでだ。下がってろ」

(はい、なのです)

「……どういうことだ?」

 まんまとルナに驚かされたレンベルク皇帝。世界を導く王なんて言葉を聞けば、それは驚く。

「気にしないでくれ。あれはルナの策略だ」

「策略?」

「俺の存在を特別なものに思わせようとしてるんだ。精霊であるルナの口からああいう言葉が出れば真実っぽいだろ?」

「なんとも……精霊というのは皆、ああなのか?」

「ルナは特別。まったくどこで覚えたんだか」

 それが自分のせいだということにヒューガは気付いていない。

「……ふむ、まあ楽しかったから良しとしよう。最後に確認だな。レンベルク帝国はアイントラハト王国を国として認める。その上で両国の間で同盟を結びたい」

「同盟?」

「ああ、同盟だ」

 アイントラハト王国が求めていたのは不可侵条約と通商条約だ。同盟はそれよりもかなり踏み込んでいる。

「それはこちらをマーセナリーとの戦いに引き込もうということか?」

「そうか……時期が悪かったな。こちらの意図はそういうものではないのだ」

「では、なんだ?」

「交易だけでなく、人材交流を含めて考えてもらいたい。特に軍事面。これは我が国にとって大きな問題だ」

「……同じことだろ?」

「そちらに戦争に参加しろという意味ではない。こちらの兵を鍛えてもらいたい。そちらのやり方でな」

 アイントラハト王国の軍は強い。いくつか手の内を知った次は、もう少しマトモに戦えるとは考えているが、あくまでも「もう少し」だとレンベルク皇帝は考えている。

「なるほど……良いだろう。それであれば問題ない。でも大丈夫か?」

 謙虚過ぎる傾向にあるヒューガだが、自国の鍛錬の厳しさについては認識がある。死と隣り合わせの大森林に生きる人たちだからこそ耐えられるもの。そう考えている。 
 
「大丈夫でなければ皇帝である儂が困る」

 実際に困るのは次の代。ヒューガに野心がないのは今の会話で分かっているが、この先もずっとそうである保証はない。まして次代のアイントラハト王国の王がどうであるか。

「遠慮はなしで良いんだな?」

「もちろんだ」

「わかった。場所はそちらで用意してもらう。さすがに何百人も一度に受入られないからな。ここでも良い。ここは鍛錬には丁度良い場所だ」

「大森林の中は駄目なのか?」

「今の状態で俺達の鍛錬場に行っては、鍛える前に死んでしまう。大森林に連れて行けるところまでまず鍛えないとだ」

「……それほどか。まあ、良い、よろしく頼む」

「ああ、任せてくれ」

 両国のトップ会談により、アイントラハト王国とレンベルク帝国の間で同盟関係が結ばれることになった。この時点でヒューガは気付いていない。他国不干渉主義であるレンベルク帝国が他国と同盟を結ぶと言うことがどれほど重大なことであるかを。そしてレンベルク皇帝が何故そこまでの決断をしたのかを。
 他国との関係が出来れば、たとえそれを望まなくても、外の世界と関わらなければならなくなる。レンベルク帝国との同盟はアイントラハト王国にとってそのきっかけとなった。