月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #116 大国を覆う影

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 ユーロン双王国に遠征していたパルス王国軍は大混乱に陥った。
 いよいよ決戦の日。そう思って陣を整えて、開戦を待っていたのだが、いつまで経っても戦いが始まらない。次兄王の元に開戦を促す使者を送っても、何の返答もないどころか送った使者も戻ってこない。ようやくパルス王国軍の将がそれを疑問に思い、警戒を強めた時、それとほぼ同時に味方であるはずの次兄王の軍勢が襲いかかってきた。
 その奇襲により一気に崩れなかったのはさすがパルス王国軍、その中でも精鋭と呼ばれたウエストエンド侯領軍といったところだが、さらに長兄王の軍勢までが参戦してきたことで敵は五万、味方は一万五千の劣勢。徐々に陣は押し込まれていった。
 率いる将は懸命に兵を叱咤し、敵を跳ね返そうとしたのだが、それにも限界があった。敵地で完全に孤立した状態にあるのだ。兵士の戦意が長く持つはずはなかった。
 真っ先に崩れたのは後方にいた国軍兵士。前線で奮闘するウエストエンド侯領軍を置き去りにするような形で、敵に背を向け、逃げ始めた。そうなるともう歯止めが効かない。後方の様子は徐々にパルス王国軍全体に波及して、軍の統制は完全に崩れた。
 はからずも殿となったウエストエンド侯領軍が、追撃に移ろうとするユーロン双王国軍を防いでいたが、相手は十倍の軍勢である。全てを防ぎきることは出来ず、自軍も徐々に兵を削られ、やがて完全にユーロン双王国軍の中に沈んでいった。かつてはユーロン双王国の侵略を受け止めきったウエストエンド侯領軍も、敵地に置いてはその再現はならず、壊滅といえるほどの被害を受けることになってしまった。
 その後は、ただの掃討戦。ユーロン双王国内を逃げ回るパルス王国軍に対し、ユーロン双王国軍は執拗に追撃を行い、多くの将や兵士を討っていく。
 最終的にユーロン双王国から逃げ延びたパルス王国軍の兵士はわずか二千に過ぎなかった。
 そのまま、ウエストエンド侯爵領に攻め込んでくるかに思えたユーロン双王国軍であったが、国境で兵を止めて、見張り程度の部隊を置くだけで軍を引いていった。物資の欠乏。それが理由であると分かったのは、それからある程度の時間が経ったのちのことだ。
 こうしてユーロン双王国の内戦は、次兄王の死とパルス王国軍に甚大な被害を与えて終わることになった。
 あとに残ったのは、パルス王国に恨みを持つ長兄王によって一つにまとまったユーロン王国。パルス王国は西に明確な敵を持つことになった。

「どうしてこのような結果になった!?」

 玉座に座るアレックス王が居並ぶ閣僚に向かって怒鳴っている。さすがのアレックス王も黙っていられない。自分自身はユーロン双王国への派兵には反対だったのだ。それを文武双方が押し切り、出兵を決めた、その結果が一万を超える兵の犠牲。アレックスには我慢ならない。

「次兄王が戦場で暗殺されたようです。それにより次兄王に従っていた軍は一斉にこちらを裏切った。それが原因です」

 答えたのは情報局長。戦後の調査の結果だ。

「その報告はもう聞いているよ」

「では、それ以上の理由はありません」

「私が聞いているのは、そのようなことではない」

「では何をお聞きになりたいのですか?」

「この様な事態を想定出来なかったのかと聞いているのだよ」

「……それは無理でしょう。想定出来ていれば、このような事態は起きません」

 情報局長の答えは正しい。だが、その答えにはアレックス王に対する尊敬の念が全く感じられない。そんな答えを返せばアレックス王をさらに苛立たせることになるのは分かりきったこと。そうなることを情報局長は全く気にしていないのだ。

「では、この事態にどう対処するつもりかな?」

「それはまず軍から」

「……国軍中央団長、対応案を」

「はっ。ユーロン双王国がすぐにこちらに攻め入る様子は見られません。一定数の兵を国境に配置していますが、あの数では我が国に攻め入ることは出来ません」

「だから対応を考えていないとでも言うつもりかい?」

「いえ、防備を固める為に国軍を西の国境に配置しております。また西方の貴族家にも防御体制を整えて頂きました」

「数は?」

「総数で四万ほど。守るには十分な数です」

「それで?」

 アレックス王は十分な数だとは考えていない。四万といっても中小貴族家の軍勢を含めた数。寄せ集めの軍勢でユーロン双王国の正規軍に対抗出来るとは思えないのだ。

「軍として出来るのは、今はここまでです。後は国としての方針を決めて頂く必要があります」

「方針?」

「ユーロンを攻めるという決定です」

「まだ攻めるつもりなのかい?」

 アレックス王にはこの期に及んでまだユーロンを攻めようと言う国軍中央団長の気持ちが全く理解できない。だが、アレックス王と気持ちを同じくする者は、実は圧倒的少数だった。

「攻めなければこちらが攻められます。そして領土を攻められるよりは、こちらから攻めたほうが勝つ可能性は高いと思います」

「……何故だ?」

 戦いは守る側が有利。国軍中央団長の説明はアレックス王には理解出来ない。

「ユーロンが攻めてくる場合は万全な体制を整えてからでしょう。それを待つのは、こちらの戦いを苦しくするだけです。それに守りの為に軍を西方に張り付け続けることの負担も大きすぎます。国庫の負担を考えれば、ずっと守りを固め続けるわけにはいかないはずですので、結果、選択肢としてはこちらから攻める以外にないという判断です」

「そうなったのは、そもそも……いや、いい。外交手段による解決はないのか?」

「長兄王は次兄王が事を起こしたのは我が国の扇動によるものと国内で公言しています。そのような状況では休戦は不可能と考えます」

「それは事実だ」

「軍を送ったのは。ですが父王の暗殺まで我が国が唆したからだとの主張は事実ではありません。そもそも父王暗殺も本当に次兄王が行ったことなのか」

「……戦うしかないのか?」

 真偽はアレックス王にも分からない。自分の知らないところで介入していた可能性は十分にあり得ると思っているが、それをこの場で追及しても答えは得られない。

「軍としてはそう考えます」

「文官の意見は?」

「……戦うなら今しかない、ということですな」

 文官を代表してイーストエンド侯爵が口を開いたが、彼らしくない歯切れの悪い言い方だ。今回の件がイーストエンド侯爵にとって想定外の事態であることが大きいが、それだけでもない。イーストエンド侯爵にはちょっとした懸念があった。

「時期が遅くなれば東方が動くということかい?」

「おそらくは……」

 東方は一時、落ち着いているに過ぎない。いずれ東方の覇権をかけた争いが始まる。それが終われば次は。東方を統べた国が大陸全土を従えようと考えてもおかしくない。その前にパルス王国としては、西の脅威は一掃しておく必要がある。

「ユーロンを攻める……それで我が国は確実に勝てるのかな?」

「それは……」

 アレックス王が感じた疑念はイーストエンド侯爵のものでもあった。本当にパルス王国は勝てるのか。パルス王国は大陸随一の強国。そう自他ともに認められてきた。
 だが魔族領、ユーロン双王国との戦いでは、両方とも軍は甚大な被害を受けている。それで本当に強いと言えるのだろうか。イーストエンド侯爵の頭の中にも、そんな気持ちが生まれていた。

「同数の兵であれば、まず勝ちは揺るぎません」

 アレックス王の疑念に応えたのは、イーストエンド侯爵ではなく、国軍中央団長だった。だが、それは軍部として当然の答え。まさか勝てませんとは言えない。アレックス王の不安を消し去るものにはならない。

「同数。ユーロンの総兵数は六万を超えるのだろう?」

「全てをかき集めてです」

「その前提で考えるべきだね。それだけの兵を我が国は動員できるのかい?」

「もちろんです。我が国の総動員兵力は十万を軽く超えます」

「……その案を考えてくれ。それに必要な経費も。判断はそれからにしよう」

 アレックス王としては出兵を認めたわけではない。これ以上話をしても、自分の不安は払しょくされないと考えただけだ。もう失敗は許されない。アレックス王はそう考えている。
 不意にアレックス王の頭の中に、披露の儀でヒューガが口にした言葉が浮かんだ。
 長大な堤防も蟻が空けた穴ひとつで崩れることがある。これがその蟻の穴ではないと、誰にも言い切れないのだ。

 

◆◆◆

 アイントラハト王国の城内にある大広間。これまでほとんど使われることのなかったその場所に今、多くの人が集まっている。ほとんどがリリス族だ。
 そのリリス族の女性たちの輪の中にいるのはサスケとジュウゾウ、そして二十二人の子供たち。亡きネロの子供たちだ。西方の偵察に出ていたサスケたちが子供たちを助けることになったのは成り行きなのだが、生きる場所を失った、まして自国の民であるリリス族を母親に持つ子供たちを放っていくわけにもいかず、大森林に連れてきたのだ。

「……怪我はもう平気なのか?」

「はっ。後遺症が残ることもなく、今は完全に治っているでござる」

 ヒューガの問いに子供たちの代わりに答えたのはサスケだ。次兄王の軍勢から逃げる際に大怪我を負った子供たちがいた。その怪我が治るのを待って、サスケたちは大森林に連れてきたのだ。

「そうか……どうであっても生きているだけで幸せか」

 たとえ後遺症が残っていたとしても生きているだけで幸運だ。ここにいる以外のネロの子供たちは皆、殺されてしまったのだから。

「細かい話はあとにしよう。焦らすと俺が怒られる」

「はっ」

「じゃあ……誰が誰の子か分かるのか?」

 子供たちを囲んでいるリリス族の女性たちの中には彼等の母親がいる。この場は母子を引き合わせる場なのだ。ただずっと地下室に拘束されていた女性たちは、産んだ直後しか我が子の顔を見たことがないはずなのだ。

「陛下。おそらく名を聞けば分かると思いますわ」

 判別方法を教えてくれたのはサキ。ネロがつけた、番号と変わらない名。だが女性たちはその名を聞いている。全員の名を聞かされていなくても最初の一字が一致していれば自分の子だ。

「じゃあ、名前を聞いていこうか」

「はっ。では皆の者、陛下に名を告げるでござる」

 サスケの指示を受けて、順番に自分の名を口にする子供たち。その名を聞いて反応する女性たちの声が大広間に響く。
 その中の一人が子供に駆け寄ったことで、一気に大広間が騒がしくなる。再開を喜ぶ女性たちの声。泣きながら子供を抱きしめている母親もいる。子供たちのほうも最初こそ戸惑っていたが、自分を抱きしめる女性が母親なのだと認識すると喜びを露わにする。
 ただ一方で自分の子供がいないこと、つまり亡くなってしまったことを知って、悲嘆にくれている母親もいる。大広間は喜びと悲しみの感情が入り交じり、当事者以外の人たちにとって複雑な思いを抱く状況だった。

「……陛下」

「ん? 何?」

 声を掛けてきたのはエリザベート。エリザベートは子供たちの父親であるネロの妹。関係者ということで同席していた。

「……あの子らを」

「あの子ら……ああ、あの子たち」

 エリザベートが指しているのは母親が見つからず、寂しそうに立っている三人の子供たちのことだ。

「妾に引き取らせてもらえませんか?」

「……母親になるってこと?」

「はい。あの子らは兄上の子。妾にとって甥、姪にあたる者たち。母がおらぬのであれば妾が面倒をみたいと思います」

「……子供たちが受け入れるなら」

「では尋ねてみることにしましょう」

 意思を確認する為に子供たちの元に向かうエリザベート。ヒューガもそのあとを追った。

「……お主等」

 恐る恐る子供たちに声をかけるエリザベート。だが子供たちの反応は鈍い。

「……妾はお主たちの父であるネロの妹です。お主等にとって、その……叔母にあたります」

 この言葉を聞いて子供たちはエリザベートにまっすぐに視線を向けた。自分の父親の妹、血のつながりのある人として認識した結果だ。

「残念ながらお主等の母はここにはいないようです。それであれば妾と共に暮らすのはどうですか?」

「……共に暮らす?」

 ようやく発した声は疑問だった。

「同じ屋敷……いえ、屋敷と呼べるようなものはありませんね。部屋で共に寝、食事をし、とにかく一緒に時間を過ごすのです」

「……どうして?」

「どうして……それは……」

 理由を聞かれても困る。ただそうしたいだけなのだ。

「エリザベートさんはお前等の母親になりたいって言っているんだ」

 答えに困っているエリザベートの代わりにヒューガが理由を伝えた。

「母親はいない」

「産んでくれた母親はな。エリザベートさんはその産んでくれた母親のようにお前たちを愛したいと言っているんだ。子供を愛し、育ててくれる人も母親だ」

「……どうして?」

「愛情の深さに血のつながりなんて関係ない。もちろん自分が産んだ子を愛してくれる母親がほとんどだけど、中にはそうではなく、酷いことをする母親もいる。逆に血の繋がりなんてなくても深く愛してくれる人もいる。エリザベートさんはそういう人になりたいんだ」

「……お前のこと知っている」

「ああ、前に一度会っているな」

 子供はネロと会った時、護衛として側にいた一人だ。

「……分かった。お前を信じる」

「はっ?」

「お前は父上の大事な人だ。だから信じる」

 ヒューガがネロの友達、正確には候補だが、であることを彼は知っている。ネロが嬉しそうに話していたのだ。そして、それがきっかけでネロが自分たちに優しくなったことも分かっていた。

「エリザベートさんはもっと大事な人だと思うけどな……まあ、それは一緒に暮らしていればそうなるか。名前は?」

「ニジ」

「……サナ」

「ロミ」

「三人は年長のほうだからな。そう遠くないうちにエリザベートさんの暮らしを助けなければいけなくなる」

 三人は生き残った中では年長者。戦う力があり、まだ幼い他の二十人を助ける為にも、命を張って次兄王の軍勢に立ち向かった子供たちの生き残りだ。

「何かしてみたいことあるか?」

「……あれ」

「あれ……サスケ? サスケをしてみたい?」

 ニジが指差している場所にいるのはサスケとジュウゾウ。ヒューガは意味が分かっていない。

「あれみたいに強くなりたい」

「そういうことか……今この場で決める必要はないので、とりあえず強くなる為の鍛錬には参加出来るようにしてやる」

 エリザベートに視線を向けながらヒューガはこれを言う。サスケたち間者の仕事は常に死と隣り合わせ。彼等の母になろうと決断したエリザベートにとっては嬉しい希望ではないはずだと考えたからだ。

「ほんと?」

 出会ったばかりのエリザベートの気持ちなど子供たちは考えることをしない。鍛錬が出来ると聞いて、ただ喜んでいる。

「こんなことで嘘は言わない。この大森林で暮らすのに強くなりたいという気持ちは大切だ。戦う力がある人は皆、もっと強くなる為に頑張っているから、一緒に鍛えれば良い」

 間者の仕事に就くかどうかは別にして、戦う力を身につけることは良いことだ。結界の外で活動出来る人が増えることは国にとって大事なことなのだ。鍛錬に参加することはヒューガにとっても望むところ。すぐにでも参加出来るように手配をするつもりだ。
 ただ、まだ幼い他の二十人まで参加を希望するとは、この時点ではヒューガは思っていなかった。自分たちを助けてくれたサスケとジュウゾウは子供たちにとってヒーロー、憧れの存在なのだ。